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【独一本門】日蓮佛法を獅子吼するスレ【唯一佛乗】

1 :原理派 ◆EfW8fh/Q5U :2007/06/25(月) 13:33:00 ID:qjMpvdfr
佛法は、今から約3000年前、インドの釈尊によって説かれました。
釈尊はあらゆる人々を救うために、50年間にわたって説法し、その最後の8年間で
出世の本懐(ほんがい=目的)である法華経を説かれました。
この法華経に説かれる予言どおり、釈尊が亡くなって2000年後の末法と呼ばれる時代に、
民衆を救済する真実の佛さまとして出現されたのが、日蓮大聖人です。
日蓮大聖人は、法華経の極理である御本尊(曼荼羅)を信仰の対象とし、その御本尊に向かって
“南無妙法蓮華経”の題目を唱えることにより、いかなる人も佛の境界に至ることができると
説いています。
御本尊に対して純真な信仰に励むとき、私たちは必ず一切の苦悩を根本的に解決し、
成仏することができるのです。



952 :ぽち:2007/07/26(木) 20:19:08 ID:0RdAp6ib
そのあたり、心配には及びませんでしょうか。

953 :大騒ぎ:2007/07/26(木) 23:15:55 ID:OAnWz1Z+
さて。。。大聖人の時代を想って、アタシなりの観想を書かせて戴きます。
<弐個口乃壱>
「当時の文書の前に、どんなことが大聖人と其の縁者に課されたのか?」です。
坊主は今日で云う所の一種特権階級でして、何処の神社仏閣でも何処の武家の邸宅
でも訪問が可能でした。
(武家社会の内部でも得宗家を筆頭に階級が在って、地方の中小の地頭は、先ず)
(面会の許しを請う手紙を自筆か?お抱え坊主の揮毫か?で尤もらしくしていた)
(農民は、当然ながら「地頭の所有物」という観念がまかり通っていて慰み者の)
(婦女子も大勢居たので、嫡男早世でも家の存続にはコト欠かなかったのである)
大聖人は其の僧侶特権を最大限に生かして「建白書」をしたためて、間接的に為政を
叱った(諭した)のでした。
橋を架けては通行税を採るのが佛教では無いとも触れているので、此処が他の宗門の
収入源(生命線)に触れちゃったので、鎌倉佛教諸宗の怨嗟を受けたのです。
さて、相当に呵責・投石・蹂躪を受けたので、『妙法蓮華経普賢菩薩勧発品』に
出ている「仏罰・応報」が下るであろう。。。と信徒の怒りを鎮めんが為の方便を
書かれているのですし、当然に大聖人でもニンゲンですから『完全体』では無い。
喜怒哀楽の感情は当然に無くならないが、法華の行者として敢えて常不敬菩薩を敬し
『南無妙法蓮華経』の唱題行を最優先に弘めんとした道を選んだ。。。
。。。とは言えども憤懣遣る無きは在っただろう。。。とする部分です。


954 :大騒ぎ:2007/07/26(木) 23:16:28 ID:OAnWz1Z+
<弐個口乃弐>
♪ 一殺多生の理に任せ、彼を殺せと言い合えり ♪

大聖人と法華経の功力を称賛する『能楽:鵜飼』の一節ですが、此処では
御法度を破って殺生禁断域(禁漁区)での、鮎の生殖域では稚魚も一緒に
獲っちゃうので駄目よって処で夜な夜な忍び上って漁をしたのが捕まった
其の「御法度・刑法の理」を言っているのですねぇ。
出典は、中華の故事が在るそうですよ。
(誰か中心人物・最高位人物を粛清すれば治安は回復。。。中華らしい)

仏様と個人の約束では無く、個々人が既に如来・諸菩薩の示現に寄って、
又は、見知らぬ処での御蔭様に寄って『生かされている奇蹟』を感得する、
其れを「成仏」と云い、己の力とか?摩訶不思議な力とか?再誕先とか?
に期待するのは「まぁ、ハズレじゃ無いけど方便だねぇ」と諭しているのが
『妙法蓮華経』の何処の品にも出ている「文律」でしょうねぇ。


955 :ぽち:2007/07/27(金) 00:06:24 ID:/eR3VXFV
ありがとうございました。

956 :おかあちゃ〜んLOVE ◆zUtlDfEf/A :2007/07/27(金) 00:30:27 ID:BY520xBa
>>949
>「一殺多生」の文証、一神教とは違うことは言っておく。
う〜ん納得できません。
魔女狩りとか宗教裁判でいえば仏法にも似たこといっぱいありますよ。

息子が宗教継がないなら家督は継がせないとか。
信心してないやつには仕事回さないとか。
信心しないなら金は貸さないとか
裁判でも自分の宗教に近いなら優遇するでしょう。
正宗なんか他宗は即敵だから裁判官には向かないですね。
ベースの発想はおんなじですよ。
パワーバランス逆転したら正宗は迫害始めるの目に見えてる。
今は弱小だからできないだけ。

>お母ちゃん
>>>939
>>人間は損をしてでも復習する生き物ですよ。
>日本は原爆を投下されシベリア抑留という非道なことに全く抗議していない。
>近くは拉致問題を長期に放置する。
抗議してるやん。
人生捨てて被害者家族は拉致追及してるやん。
今はもう拉致で北と大事になってるよ?

>あなたの考えに背反している。
?ぜんぜん反してないが?

>私は戦争論を宗教板ではやらない。ID:r3GyTB2Pの若干の誤りは正しておくが大乗相応日本は
>一神教とは違うことは言っておく。
思想が統一されたら暴走するよ。
正宗なんか目に見えてる。
もっと本質をみてほしいなぁ。


957 :大騒ぎ:2007/07/27(金) 01:13:44 ID:WDAabcT+
穏やかに歴史考察をしてみましょう。
<弐個口乃壱>
「唯一神教の国家」という処では、国家成立以前から「教会が権力と権威の両方」を
司っていました。 さて、14世紀頃からローマカトリックの権力実態が衰えて、
「貴族という地主階級」が己を欲望を適えるべく、近隣の貴族間で「合従連衡」と
云うか「様々な権謀術数の抗争」を経て、欧州各国は概ね出来上がりましたねぇ。

が、其の地位を不動のモノにするべく結局「歴史在る≒権威在る」モノ→教会に
「王位宣下」を受けているのですねぇ。
アメリカ合衆国が、最近に出来上がった「平等意識の実験国」ですが、此処では
聖書に手を当てて宣誓式を行っていますし、1ドル紙幣でも「我々は神を信じる」
と謳っています。

神の存在と教会の権威付けに於いて、古くは「地動説の御仁」や「復古主義」や
「黒死病」での犠牲者が居られますが、各人は名誉回復されて、聖人扱いに迄も
変っています。

余談ですが『御釈迦様も唯一神教の聖人としてヴァチカンで祀られている』のは
有名ですね。


958 :大騒ぎ:2007/07/27(金) 01:14:28 ID:WDAabcT+
<弐個口乃弐>
さて、JAPANでは明治維新前後の「新神道」弾圧や「国家神道の右旋回」
に拠る後遺症がマダマダ大きいですが、実態は教団継続を目的としており、
各々の教団にチャチャ入れるのは、アタシの知っている処では、創価学会員が
立正佼成会本部に殴り込みしたって事件くらいで、共に「新仏教」の範疇です。
プロが煽動したのでしょうが。。。。。

JAPANは1300年前から王統は男子一系を守っているので、其の権力は
一所懸命な地頭の台頭で次第に無くなっても、其の権威を利用して「実権」を
握ろうとした経緯は、
鎌倉・建武中興・南北朝・室町・応仁・戦国・安土桃山・江戸という時間軸を
通じて、天皇家を頂点にして続いてきたので、今更に変えるべくも無い・・・
ってぇのが、アタシの考えです。

国家公務員に限らず、国政選挙で選ばれた衆参両議院の議員様方は、一部の
政党議員さん以外の殆どは、叙勲を恭(うやうや)しく承るモノですから
『尊王・勤皇』って感覚なのでしょうかねぇ。
JAPANの場合には、宣誓式は無いですが、内閣総理大臣の任命式では、
天皇御自らに押印為されるとされている「御爾」と「揮毫」為された「詔書」
を受け取るのですから、最上位の礼服「燕尾服」を纏うのも無理からぬコト
でしょう。                              拝


959 :おかあちゃ〜んLOVE ◆zUtlDfEf/A :2007/07/27(金) 07:14:31 ID:BY520xBa
話ザックリ変わるんですが
戒壇本尊のことでちょっと聞きたいことがあるんですよ。

なんで秘すべき戒壇本尊を金とってオープンにして周知させたの?
なんで?
宗祖は光線流布 本門寺ができてから戒壇本尊の存在を周知させなさいって言ってるんじゃなかった?

いまは正宗の正当性を戒壇本尊に求めているけどこれはおかしい。
そもそも秘されるべき本尊である。
これを持ち出してはいけないはず。
いまじゃあ戒壇本尊を信徒支配一門統率の道具にしてしまっている。
なんとも醜いのである。

960 :原理派 ◆EfW8fh/Q5U :2007/07/27(金) 08:45:23 ID:j9vyevWt
>>959
私が答えるのか?
今でも秘佛だから「内拝」広宣流布までずっとその形式を取る。
信者ならば戒壇様の存在を当然に知っている。内拝料は御供養です。

日蓮正宗の正統性は「唯授一人の血脈」と「本門戒壇之御本尊」の二本柱に依る。
唯授一人血脈御所持の法主が門下を統率する。血脈を否定した宗外の団体も依然として「本門戒壇之御本尊」は
認める。
宗外でも認める以上門下統率の「道具」の機能はしていない。

現在は正統性を上記二本柱にしているが日蓮聖人を含む上代では違う。
日蓮聖人の佛法上の正統性は「内相承」と「外相承」。
以下は日蓮聖人の御振舞と御書に照らして日興門流の正統性を訴えてきた。(他門に対して)



961 :極道坊主:2007/07/27(金) 17:31:16 ID:fAvMnlJP
余談ですが『御釈迦様も唯一神教の聖人としてヴァチカンで祀られている』のは
有名ですね。 →そうなの?しらなかった!

962 :大騒ぎ:2007/07/27(金) 18:49:59 ID:Smaf8i2q
>>961さんへ
うん。。。ヴァチカン市国へイエローマンキーの一行が訪問すると、
大概が「ブッディスト」と想われてますので
。。。。。其処の彫像が「オリエンタル思想を始めた仏陀」です。。。。。
。。。。。主と御子と精霊は預言者としての彼を祝福したのです。。。。。
と、(時間軸の合わない)後付説明を受けます。
アタシは四半世紀前に経験しまして「写真バシャバシャな無礼」をせず、
「唯一神教式での礼拝」≒「膝間付いて十字or合掌」をしたものです。

此処で書いておきたいのは、信教には「何処でも作法が在る」ってコトです。
JAPANに来られた国賓は(。。。何処の報道機関も流さないですが。。。)
『宮中三殿にて神道礼拝を行っている』という事実です。

セレモニーとは、儀典・儀礼なので、相手の文化・伝統・面子を重んじる
最たるモノが『信教儀典』なので、日本人としては、自国文化の顕れでも
ある「参拝方法」くらいを行って欲しいモノです。
→「お寺さんで拍手打っちゃ駄目」,「神社で合掌するな」
→「お寺さんでは合掌と決り文言」,「神社では弐礼二拍」      拝

963 :hage:2007/07/27(金) 18:51:46 ID:Nwuwibc6
次のスレどうしましょうか??
ちなみに、私は今のところスレ立て駄目みたいです。

いろんな宗派の方が、来られ、率直に意見を言える。
そういうスレを望みます。



964 :大騒ぎ:2007/07/27(金) 19:05:00 ID:Smaf8i2q
ソロソロ。。。スレッドを立ててみましょうかねぇ?
題名は。。。☆唯一佛乗☆。。。で如何で?

965 :hage:2007/07/27(金) 21:40:36 ID:k9z0yhDl
あえて、あげるなら、

【最高真実の宗教】☆南無妙法蓮華経☆【唯一佛乗】

というようなスレタイにすると、逆に他の宗派の方もたくさんこられますよ。

966 :大騒ぎ:2007/07/27(金) 21:43:48 ID:Xaj6P7ZW
ありゃ。。。立てちゃったw

967 :神も仏も名無しさん:2007/07/27(金) 21:51:51 ID:bMc3BZdV
    |┃≡
    |┃≡
 ガラッ.|┃∧∧   
.______|┃´・ω・) こんばんわん〜〜〜
    | と   l,)
______.|┃ノーJ_

>>966
オツカレチャ━━━━( ´∀`)━━━━ン!!!!

968 :hage:2007/07/27(金) 21:52:18 ID:k9z0yhDl
大騒ぎさん、ありがとうございます。
こちらですね。

☆唯一佛乗☆
http://life8.2ch.net/test/read.cgi/psy/1185531518/l50

了解しました。大切に使用させていただきます。

969 :神も仏も名無しさん:2007/07/27(金) 22:45:22 ID:bMc3BZdV
じゃ、|・ω・`)おやすみ〜
明日は泊まりなので明後日ね。(´・ω・`)(´・ω・`)

ZZzz…(。-ω-)。。ooO((【・:*:・夢・:*:・】))
ε(*'-')з†.。*・☆Good Night☆・*。.†ε('-'*)зε(*'-')з†.。*・☆Good Night☆・*。.†ε('-'*)з

970 :神も仏も名無しさん:2007/07/28(土) 01:05:14 ID:NSiZPC8k
                       《二人の上行菩薩》
上行菩薩には、法華教相上の上行菩薩と妙法蓮華経の当体としての上行菩薩、つまり二人の上行菩薩がおられます。

富士では、これを「文上の上行」と「文底の上行」に立て分けて、一往文上をうけて、再往文底に法門を建立しています。

法華経神力品の教相に説かれた釈尊から上行菩薩への結要付属を一往認めますが、その上行菩薩が三大秘法所持

の人となって末法に出現されるときには釈尊の弟子であることを脱却して、かえって本門の釈尊を従えて登場します。

これを「互為主伴の法門(互いに主伴となるー主従が入れ替わること)」といいます。

                          「観心本尊抄」
「此の時地涌千界(上行菩薩-筆者註)出現して本門の釈尊を脇士と為す一閻浮提第一の本尊此の国に立つべし

月氏震旦に未だ此の本尊有さず」

このの御文もまた、当家にとっては互為主伴の法門を説き示されたものと拝することができましょう。


971 :神も仏も名無しさん:2007/07/28(土) 01:10:51 ID:NSiZPC8k
上行菩薩と言いましても、それがあくまでも法華経の教相上の存在=文上の上行であれば、同じ教相上の本門の

釈尊を脇士とするようなことはできません。同じ教相という土俵の上では、釈尊は常に師匠であり、主であり、

上行菩薩は弟子であり、伴であります。久遠以来、釈尊は本果の仏であり、上行はその第一の弟子として、

これまた見思無明の惑を断じ切った高貴な菩薩なのであります。

それでは本果の仏、釈尊が師と仰ぐ存在とは何かと中しますと、諸法実相抄に大聖人が

「凡夫は体の三身にして本仏ぞかし、仏は用の三身にして迹仏なり、然れば釈迦仏は我れ等衆生のためには主師親の

三徳を備へ給うと思ひしに、さにては候はず返って仏に三徳をかふらせ奉るは凡夫なり」

と仰せられましたように、妙法を受持されたところの名字初心の凡夫身を師と仰ぐのであります。







972 :神も仏も名無しさん:2007/07/28(土) 01:16:22 ID:NSiZPC8k
互為主伴の法門の一つのポイントは、上行菩薩が教相上の高位の菩薩ではなく、見思未断の凡夫身でなければ

ならないということです。

ゆえに、報恩抄における釈迦・多宝を脇士とする「上行菩薩」も、本尊抄における本門の釈尊を脇士とせる「地涌千界」も

ともに、法華経の教相を離れた存在です。

言うならば、大聖人によって観心釈をほどこされた上行菩薩なのであります。ここに日有上人が説かれた上行菩薩も

断惑の高貴な菩薩「文上の上行」ではなく、未断惑の凡夫身=「文底の上行」であります。すなわち、教相において

上行菩薩は釈尊よりの付属を承けるため高貴な姿形をもって現われますが、これはあくまでも外用であり、その内証は

三大秘法所持の人=名字凡身の上行菩薩であるとするのが当家に上代より伝わる法門であります。

冒頭本文の上行菩薩も、もちろん名字凡身の上行菩薩を指されてのことであります。





973 :大騒ぎ:2007/07/28(土) 09:05:09 ID:7Ne7ajZ7
上行菩薩とは大乗佛教で唱える四弘誓願を対応する最も広く重き誓願を使役とする
菩薩とアタシは読んでますです。
其れがプロ坊主様でしょうねぇ「先師先哲の中の御解釈のヒトツ」として、『外用』
『内証』と云う言葉を使えば。。。一切の声聞・縁覚・菩薩の『即身成仏』を説いて
いるかの様にも読めますね。

マズは、自分が菩提心を起こして、心躍らせるコトなく過ごせれば善いのね〜、が
アタシ自身の課題としてます。

そうしているウチに、周囲の環境変化で相談は受けちゃうし、御人好しな性格なので、
利用されているのを承知で、シゴトでもナニでも手伝っちゃうし、其の「利用者」には、
何処かで『法華金句』を喋っちゃうし。。。ってな人物に成りたいモノでございます。



974 :神も仏も名無しさん:2007/07/28(土) 15:30:33 ID:AF64+ZZI
よくよく勉強しておられるが、歴史や文献になんも根拠もなく不確かなもの
さらには、解読とて正しいとは限らず、解釈も都合よく人の手により変わってきている。

どの宗教にもいえる事だが真理や宇宙の法則、神や仏の存在の有無
なんてものを人が知る事なんて出来ない

ましてや、それを教え導くなど詐欺に等しい。

975 :神も仏も名無しさん:2007/07/28(土) 16:28:24 ID:/KtgoKKu
はいはいカッカッカッ

976 :おかあちゃ〜んLOVE ◆zUtlDfEf/A :2007/07/28(土) 17:54:34 ID:Ha1tKDaO
>>970
非常にえげつない法門ですね。
見思ジンシャを断じないで無明だけを断じた凡夫が本仏と。
無明を断じるとはつまり信じる・信仰のことであろうと思いますが
こんなものは誰でもいえるのです。

これだと信じる以外に成仏はないが教義の核であるわけですね。
そこらの新興宗教はみんなこの手口ですよ。

無明を断じたとどう証明されたのです?
無明を断じてどうして見思惑が残るのでしょう?
「天晴れぬれば地明らかなり」はどこにいったんでしょう?

思い込みで突っ走ることを本仏と称しているにすぎない。

977 :南無妙法蓮華経:2007/07/28(土) 19:51:40 ID:ahHNlrBj
なんという不自由な2択

^_^


978 :神も仏も名無しさん:2007/07/28(土) 21:39:41 ID:tNtPM39B
ところでスグに終わりそうだね。

979 :原理派 ◆EfW8fh/Q5U :2007/07/29(日) 04:53:59 ID:MUWV8HSO
>>976
凡夫本佛論の松戸氏の論理とは違うよ。
これは現代仏教学の成果を盛り込むのは一応置いてですね、石山の本佛論の解説です。
>無明を断じたとどう証明されたのです?
文上の上行菩薩ですから他門と同じです。法華経でそうなっている。
>無明を断じてどうして見思惑が残るのでしょう?
これが富士法門の文底の上行菩薩。文上の上行菩薩は現実世界に実在したことはない。
文上の上行菩薩が現実の存在として出現したのが、日蓮聖人ですから当然に未断惑の凡夫です。
発迹顕本遊ばされて御本佛の境涯と自覚に立たれる。
「本地自受用報身の垂迹上行菩薩の再誕、本門の大師日蓮」です。
「天晴れぬれば地明らかなり」
別に矛盾は感じません。


980 :神も仏も名無しさん:2007/07/29(日) 20:38:40 ID:It9BzUdU
カルトの教義などどうでもいい。

981 :hage:2007/07/29(日) 22:24:28 ID:TY53FzTn
最近、波木井さん見かけないけど・・・・
創価学会のスレに行けば、会えるのかな???

982 :神も仏も名無しさん:2007/07/30(月) 02:44:59 ID:n2pNegfU
                       「曼茶羅本尊の解釈」
中央「南無妙法蓮華経 日蓮花押」

この中央の「日蓮」が、教相上の断惑の上行菩薩であるならば、左布に同じく教相上の釈迦・多宝を配することは

主客の顛倒、師弟の混乱となりましょう。また、その脇士として上行菩薩を曼茶羅に認めることは、中央の

「日蓮」と重複するのみであります。

何故そのような矛盾や誤解が生じたのかと言いますと、他門では、もっぱら曼茶羅本尊は霊山会上の儀式(法華経の教相)

を写しとったものとのみ考えているからであります。

「南無妙法蓮華経 日蓮花押」

までを中尊として捉えず、ただ宝塔の首題の妙法蓮華経を中心に釈迦多宝ほか諸仏菩薩が並ばれているという教相上の

解釈を曼茶羅本尊に付しているわけです。それゆえ他門の歴代貫首が書写された曼茶羅は、日蓮在御判」を用いず、

首題のもとに自らの署名をただちに付ける方式が一般になっております。








983 :神も仏も名無しさん:2007/07/30(月) 02:51:42 ID:n2pNegfU
しかし、曼茶羅本尊が霊山会上の儀式を写しとっただけのものならば、それは教相の本尊であり、大聖人が格別に

「観心の本尊」と称された意味もなくなり、曼茶羅の讃に「一閻浮提之内未曾有之大曼茶羅也」と認められた所以も

限りなく希薄になります。曼茶羅本尊において最も大切な証しは、

「南無妙法蓮華経 日蓮花押」

であります。名字凡身の大聖人が妙法を受持して即身成仏を遂げられた姿、それが一幅の曼茶羅本尊であります。

教相の霊山会上の釈迦多宝ならびに諸仏菩薩はすべて法華経の行者の一身に摂入されて、末法観心の本尊が建立

されているのであります。だからこそ「未曾有」であり「後五百歳二始タル」本尊なのであります。

日有上人が、「当宗御門徒ノ即身成仏ハ十界互具ノ御本尊ノ当体也」 と仰せられたとおり、曼茶羅本尊は私たちにとって

即身成仏の手本であり、それは大聖人を教相上の断惑の上行菩薩と捉えていれば永遠に導き出すことのできない

結論であるようです。つまり「即身成仏ノ実義ヲ得ハツ」す結果に陥るのであります。これみな

「中間ノ妙法蓮華経ノ当体ヲ上行菩薩ト知ラザレバコソ」犯す誤謬であるといっても過言ではありません。

984 :神も仏も名無しさん:2007/07/30(月) 03:04:55 ID:n2pNegfU
                      「観心本尊抄の正しい訓」

           「此時地涌千界出現本門釈尊為脇士一閻浮提第一本尊可立此国」

他門では、「此の時地涌千界出現して本門の釈尊の脇士と為り、一閻浮提第一の本尊此の国に立つべし」と

読んでいます。本尊抄は漢文体でありますから、この部分は、漢文の通途の読み方では「本門の釈尊を脇士と為す」と

読み下さなければならないところです。その根拠として、同じような用例を本尊抄に求めますと、

「小乗釈尊迦葉阿難為脇士」 「小乗の釈尊は迦葉阿難を脇士と為す」

「迹門等釈尊以文殊普賢等為脇士」 「迹門等の釈尊は文殊普賢等を以て脇士と為す」

などの例があり、これらの文は他門下においても正しく読み下しているのであります。つまり「為」の字はいずれも

他動詞として使用されており「脇士」はその目的語になっているわけです。また、当該部分は

地涌千界(上行菩薩)」が主語にな一ており閻浮提第一の本尊此の国に立つべし」までで一文の構成がなされて

います。ゆえに、その間の「釈尊為脇士」を「釈尊の脇士と為り」と読むことは、主客が入れ替わることになり、文章上、

首尾一貫していないきらいがあります。



985 :hage:2007/07/30(月) 09:03:33 ID:HHhhl83Y
次スレはこちらですね。

☆唯一佛乗☆
http://life8.2ch.net/test/read.cgi/psy/1185531518/l50


986 :神も仏も名無しさん:2007/07/30(月) 09:11:50 ID:vX5cxu5C
日蓮ウザイ

987 :神も仏も名無しさん:2007/07/30(月) 09:16:43 ID:bkCQrpFI
    |┃≡
    |┃≡
 ガラッ.|┃∧∧   
.______|┃´・ω・) おはようさん〜〜〜
    | と   l,)
______.|┃ノーJ_

まあご本尊の並びの解釈は…わたしの所とは違うみたいねえ(´・ω・`)(´・ω・`)
毎回云ってるけれど…でも中身はナイショ(>_<)(>_<)

本尊抄は、何故漢文体なのか?誰に何の為に?というのがありますね(´・ω・`)(´・ω・`)
まあ漢文体の御書全部を参照しならがら、じっくりやっていきましょ(´ω`*)ネー

>>985
今回のIDは…(ノ-^0^)ノキャーキャー♪

988 :神も仏も名無しさん:2007/07/30(月) 10:32:07 ID:ay6PPT5l
【在日北朝鮮カルト顕正会絡みの凶悪犯罪の歴史・日本編 第一部】
1992年 8月28日 顕正会への入会強要 顕正会員 2名 逮捕 送検
1993年 3月26日 拉致監禁暴行 男子高校生失明 逮捕 送検
1996年11月 2日 覚醒剤取締法違反 顕正会員 逮捕 送検
1999年 8月 入会強要で暴行 男子高校生骨折の重傷
2000年11月 入会強要 森田 議文 中原 ムネハル 小川 ジュン 北森 某 事情聴取 厳重注意
2000年 5月 2日 顕正会員が強制わいせつ・余罪多数 丸山 陽三 立件 逮捕
2000年 3月18日 顕正会員が違法射撃 秀島 裕展 逮捕 送検
2001年 7月25日 顕正会員が住居侵入・暴行 田中 えりな 逮捕
2001年 7月 2日 入会強要・暴行 桜井 祐也 太田 隆司 高橋 康晃 逮捕
2001年 3月 4日 入会強要 顕正会員 武藤 ひさ子 解雇
2002年 6月15日 殺人・覚醒剤取締法違反 顕正会員 宇高 明男 宇高 聡 起訴
2002年 6月15日 殺人 顕正会員 宇高 明男 逮捕
2002年 5月 顕正会への入会強要 小池 淳子 厳重注意
2002年 4月 顕正会への入会強要・殺人未遂・暴行 前川 某 逮捕
2003年11月11日 顕正会への入会強要 松野 登志彦 和田 茂樹 逮捕
2003年 9月19日 軽犯罪法違反(つきまとい) 顕正会員2名 逮捕 送検
2004年 6月   ジャパネットたかた契約社員(37)約51万人分の顧客情報を記録して流出させる。
2004年 9月14日 大阪教育大付属池田小学校殺人事件 宅間守死刑執行。
2005年 5月 5日 監禁 石川 秀樹 行徳 祐一 逮捕 「 起 訴 猶 予 処 分 」にて釈放。
2006年 7月 3日 傷害 群馬の中沢誠が元短大教授(71歳)を暴行、顕正会群馬県施設に一斉捜査。
2006年12月    埼玉・行田市で溝口順子容疑者(47)ら2人が器物損壊の疑いで逮捕、ほか二名別件で逮捕
2007年 1月11日 「顕正会本部」を初捜索 大学生に入会強要、「神奈川県警公安1課」が3人逮捕
2007年 2月   派遣社員の顕正会員が派遣勤務先から約900万件の個人情報を持ち出し逮捕。
2007年 4月 奈良の騒音おばさん実刑確定。刑務所送りになる。
2007年 4月19日 1999年9月池袋通り魔事件 造田博被告(31)死刑確定。
2007年 5月18日 千葉県八街市の派遣社員坂本和章容疑者(25)が飲酒運転で男子高校生(15)を轢き殺す。

989 :大騒ぎ:2007/07/30(月) 12:35:18 ID:Ak4O3NF5
さて、曼荼羅様のお話ですか。 プロ様でのイロイロと解釈があるのですねぇ。
宝塔ってぇのが『南無妙法蓮華経』って方便を集大成した唯一佛乗を説く
法華経のタイトルなので「表札って捉え方」と、其れで「全てをも包含すると云う捉え方」
が在るが、アタシが未曾有大曼荼羅御本尊に観るのは、中心に宝塔として唱題行の
七文字を顕して、「理の一念三千」と「事の一念三千」の合一を表記している
と見做してます。
そうしてから宝塔に譬えた曼荼羅(世界観の表装)なのだから、経典の記述に随って、
「両尊」と「地涌の四大菩薩」が結坐して、四隅を四大天王が固めて、大菩薩と、
日本国内で云う処の天子・神祇が書かれてる。
別にそんな感じなのでしょ?

揮毫者の大聖人は真下に居る地涌の菩薩のヒトリとしての自覚は当然に
在ったのでしょう。
次第に「不可思議な体験」を通じて、上行菩薩と重ね合わせる様に
なるのも頷けるのです。
処で、上行菩薩が最も重い行を為す菩薩なのは諸賢は当然にご存知ですよね。

阿弥陀如来さんは来られるモノには苦の滅除を誓願しているが、其れは
生まれ変わりの方便であって、上行菩薩は娑婆世界での
「一切の仏道成就を誓願している凄い菩薩様」ですねぇ。
日蓮宗でも、宗祖なので「上行菩薩の降臨」と見做してますねぇ。
但し、曼荼羅には『行者日蓮大聖人の揮毫せし:未曾有大曼荼羅御本尊』の
配置を崩す謂われも無いので、代々の先師先哲は大聖人を南無妙法蓮華経の
真下に大菩薩として配して、其の更に真下に揮毫したご自身を書いてますねぇ。




990 :原理派 ◆EfW8fh/Q5U :2007/07/30(月) 13:52:24 ID:n2pNegfU
                「如来滅後後五百歳始観心本尊抄」の題号

如来滅後後五百歳始観心本尊抄(如来滅後後ノ五百歳ニ始ム観心ノ本尊抄)

日寛上人は本尊抄文段に「始」の字をどのように読むべきか、諸師の義を挙げられ、自らは始ム」と結論されました。

始メテ」「始メ」「始マル」「始リタル」等は、いずれも機および時、法に約した文点の付し方であり、正しくは応に約して

「上行菩薩始めて弘むる義を明かす」ゆえに「始ム」と読まれました。

991 :hage:2007/07/30(月) 13:56:35 ID:HHhhl83Y
門祖日隆聖人がこの題号について解釈されていまして、お互いはそれを中心にしなくてはなりません。
しかし、これは門祖聖人がこの本尊抄など主だった17通の日蓮聖人の御書を段落に区切って私たち
の解釈が誤らないようにされた「御書御文段集(ごしょごもんだんしゅう)」【1436年・永享(えいきょう)8年
9月 門祖52歳の頃のご著作】の中に簡単に書いてあるだけですので、やや補足しないとわかり難いと
思います。
 ではどのようにお書きになっているかと申しますと
久遠(くおん)本覚(ほんがく)独尊(どくそん)三界(さんがい)慈父(じふ)釈尊(しゃくそん) 常住(じょうじゅう)
不退(ふたい)滅後(めつご)末法(まっぽう)悪人(あくにん)下種本門(げしゅほんもん) 易行(いぎょう)
観心本尊抄(かんじんほんぞんしょう)
とあります。

http://www.onmyoji.or.jp/005/NYOSETSU/honzon/h_1_1.htm

992 :原理派 ◆EfW8fh/Q5U :2007/07/30(月) 13:57:10 ID:n2pNegfU
                       「互為主伴の法門」
互為主伴の法門といいますと、その字義の上からは、釈尊と上行菩薩が互いに師になったり弟子になることを永遠に

繰り返す、いわゆる八品日隆師いうところの「繰り返しの五百塵点説」を思い浮かべがちです。

しかし当家の互為主伴とは、左京日教師が穆作抄にて「釈迦は今日一旦の師、上行は三世の諸仏師匠の事」

と説かれていますように、釈尊を教相文上に定め、上行菩薩を文底本因に位置せしめたものです。つまり、

種脱勝劣の立場から上行主、釈尊従を主張したものであります。言うならば、当家の互為主伴の法門とは

釈尊世界から上行世界への切り替えを教えたもの、世界観の相違を指し示したものにほかなりません。

993 :hage:2007/07/30(月) 14:13:53 ID:HHhhl83Y
「始」の字もさまざまな解釈ができます。さきほど述べましたように「観心本尊を始むる」と読むように、

下の字と呼応させる解釈をした先師もありましたが、ふつうに無理なく考えますと「はじめて」か

「はじめに」のどちらかになります。

門祖聖人は 「始の一字、即ち正像未弘(しょうぞうみぐ)の希有(けう)の深法(じんぽう)」
                               (一帖抄 宗義書2巻113頁)

と、正法、像法時代には弘められなかったまれな甚深(じんじん)の御法を「始」の字が表していると

ハッキリお示しですから、ここは「末法に始めて」という意味になるわけです。

http://www.onmyoji.or.jp/005/NYOSETSU/honzon/h_2_4.htm


994 :hage:2007/07/30(月) 14:17:46 ID:HHhhl83Y
こちらでも、皆さん1000を狙ってる・・・・

995 :原理派 ◆EfW8fh/Q5U :2007/07/30(月) 14:29:25 ID:n2pNegfU
>>991
「日扇さんパート2」をROMっています。あちらに結構な物知りがいるようですね。
”長年、教学畑・御法門畑を歩いてきた”方が”お祖師様の目からみれば、謗法です。”
”仏立宗の教学はもちろん、 他門流の教学もよく理解しています。”増上慢に思います。
七慢=慢・過慢・慢過慢・我慢・卑下慢・増上慢・邪慢
「卑下慢」
卑慢ともいう。慢の一種で、自分より数段勝るものに対して、少しく劣るのみと思って慢心すること。
七慢の一つに数えられる。また通俗的には、へりくだっているふりをして、実際には自慢する意にも用いられる。
岩波仏教辞典」より
卑下慢は、自慢することは同じだが、自分を卑しめ見下しながら、それを美徳として誇るのである。

こんな風に説明されます。どう見ても hageさんに該当しない。

hageさん(´・ω・`)さんこのスレが埋まったら私は常駐しないことにします。
お二方からは特に人間性について学ぶ所「大」でした。富士法門のごく易しい解説のコピペをしておきました。
最後に一応はいいます。
日蓮正宗が正しいのです。是非富士に宗旨変えをなさってください。
南無妙法蓮華経

996 :hage:2007/07/30(月) 15:18:10 ID:HHhhl83Y
原理派さんが、どんどん意見ださないと、盛り上がらないですよ。

理趣経さんも来なくなったし・・・・
波木井坊さんも、最近みかけないし・・・・

みんなで、意見をぶつけ合いましょう。
(個人的な誹謗は、無しで)


次スレはこちらです。

☆唯一佛乗☆
http://life8.2ch.net/test/read.cgi/psy/1185531518/l50


997 :hage:2007/07/30(月) 17:18:43 ID:HHhhl83Y
題目君の新スレは

http://life8.2ch.net/test/read.cgi/psy/1185696073/l50

998 :原理派 ◆EfW8fh/Q5U :2007/07/30(月) 18:04:08 ID:n2pNegfU
                        「曼茶羅本尊の意義」 連陽房雑々聞書から
曼茶羅本尊の讃文には、上代より必ず妙楽大師の御釈を用いられている。

それは法華文句記の「若悩乱者・頭破七分・有供養者・福過十号」「讃者積福安明・誇者開罪無間」等の御釈である。

当家では、無二の信心をもって余事余念なく妙法蓮華経と唱え奉る時には、すでに我が身即ち妙法蓮華経の当体

である。ゆえに、その時は、釈迦・多宝・三世十方の諸仏・諸天・神砥は用であり我々こそ体であるから、三世の諸仏や

諸神が別に外より集まって行者を守られるということは、当宗では心得ざることである。もとより当宗の信者の功徳が大変

すぐれていることは、阿弥陀如来・薬師如来・大日如来・観音菩薩・地蔵菩薩などの未だ無常を免れない権仏を供養する

功徳よりも遥かに勝れている。なぜならば御本尊の讃文には「福、十号に過ぐ」と認められている。

十号とは、応供・正遍知・明行足・善逝・世問解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊などの如来の十箇の別号であり

権仏とはその十号を具足している存在である。

すなわち、本尊=法華経の行者を供養するものは、十号具足の権仏を供養するより福徳まさることを知らねばならない。

妙法蓮華経を能く受持された上は、自身と他身を区別して、外より我れを守る仏神が来られることはすでに無い、

信がわずかにでも成就するならば、自分自身は即ち諸仏諸神の体なのであり、まったく自身と諸仏諸神とは別物

ではないのである。



999 :波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆rMNMPSLh1Y :2007/07/30(月) 18:37:08 ID:3hkDULQE
すみません。
仕事忙しくてしばらく見ていませんでした。

また書き込みします。

1000 :波木井坊竜尊@日蓮宗葵講 ◆rMNMPSLh1Y :2007/07/30(月) 18:38:15 ID:3hkDULQE
ということで、

波木井坊が1000!

1001 :1001:Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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