5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

臨済録を読む

1 :神も仏も名無しさん:2007/10/06(土) 22:58:11 ID:QUVImiu5
臨済慧玄、一代の言行録である。

2 :神の愛の証言者 ◆IHSXPiND6Q :2007/10/06(土) 22:59:27 ID:rLPz2EBW
2get

3 :神も仏も名無しさん:2007/10/06(土) 23:14:47 ID:QUVImiu5
〔上堂〕一



「今日はわしの本意ではないが、やむを得ず世間のならわしに従って説法することにした。
しかし禅の正統的立場から言えば、禅はまったく一言半句の説くべきものもない。
だからお前たちの思索の足掛かりも無いのだ。しかし今日だけは常侍の強い要請にこたえ、
思い切って禅の本領を示すつもりだ。誰か腕に覚えのある者は無いか、もし居れば旗鼓堂々
一戦を挑んで来い、大衆の前ではっきり勝負しよう。」



「仏法のぎりぎり肝要の処を伺いたい。」

師はすかさず「渇ーっ」と一喝を浴びせた。僧は礼拝した。

4 :(^ω^):2007/10/06(土) 23:21:17 ID:Csi+oLnX
(^ω^)読んだを〜ん♪

5 :神も仏も名無しさん:2007/10/06(土) 23:24:03 ID:QUVImiu5
読んだを〜ん!!!
--------------------------------------------------------

「お前は結構わしの話し相手になれるわい。」

「老師はいったい誰の宗旨を受け、またどなたの法を受け継がれましたか。」

「わしは黄檗禅師の処で修行し、三度質問し三度したたか棒に打たれた。」

 僧はここで疑義した。
すかさず師は「渇ーつ」と一喝し、追打ちの一棒をくらわして言った。

「虚空に釘を打つような無駄な真似はするな。」

6 :神も仏も名無しさん:2007/10/06(土) 23:41:38 ID:QUVImiu5
次に座主が問うた。
「三乗教や十二分教など仏の教えはの一切は、すべて仏性を解き明かすものではありませんか。」

「お前なんぞそんなふうでは実地の修行は少しも出来ていないな。」
座主
「しかし仏陀はまさか人をだますようなことはなさるまい。」

「お前が言うその仏陀はどこにいる。」 座主は答えなかった。

「お前は常侍の前でこのわしをやり込めようとする気か。
 退れ!退れ!他のものの質問の妨げになる。」続けて言った。

7 :神も仏も名無しさん:2007/10/06(土) 23:56:54 ID:QUVImiu5
「… 釈尊も仏法は文字を離れている、因にも属さず縁にも依存しない、
 お前たちは、それを信じ切れないためにこうして無用の問答を繰り返しているのだ。」
「渇ーっ」と一喝して言った。

「信に徹しきれない者はいつまでたっても埒のあく日はあるまい。諸君長い間ご苦労様。」

8 :神も仏も名無しさん:2007/10/06(土) 23:59:51 ID:cFCqAUYV

  臨済宗の秘密はhttp://www.zuiryo.com/unsui.htmlを御覧下さい!!


9 :神も仏も名無しさん:2007/10/07(日) 12:22:27 ID:qHYKkJ/B


王常侍が説法を請うた。師が演壇に登ると、
麻谷が進み問うた。
 「千手千観の観音菩薩の眼は一体どれが正眼ですか?」

師「千手千観の観音菩薩の眼は一体どれが正眼ですか!
  速やかに道え、速やかに道え」

麻谷は師を演壇からおろし、麻谷が代わって坐った。
師はその前に進み
 「ご機嫌よろしゅう」と挨拶した。
麻谷はもたついた。
師は麻谷を演壇から引きずり下し、自分が代わって坐った。
すると麻谷はさっと出て行った。そこで師もさっと座を下りた。

10 :神も仏も名無しさん:2007/10/08(月) 12:33:37 ID:teX7BgJJ


上堂。云く、

「赤肉団上に一無位の真人あり。常に汝ら諸人の面門より出入す。
 未だ証拠せざるものは看よ!看よ!。」

・赤肉団上=生ま身の身体。肉体。宋板『伝燈録』では「肉団心上』(心臓の中)という。

・無位の真人=いかなる枠にもはまらず、一切の範疇を超えた自由人(入屋義高)
      =位置づけることの出来ない、あらゆる差別を超越した大自由大自在の人(朝比奈宗源)
      =凡夫とも聖人とも、その他一切の限定を絶した、真人間(秋月龍a)
      =一切の位置づけや限定性を超えた真実の人間性・人格性・根源的生命(大森曹玄)

・真人   =古くから仏典では仏陀の訳語として用いられた。それを臨済が道教の盛んな
       河北の地で、自己の理想とする自由人を表す語として用いた時、
       全く新鮮な響きを持った禅語が創造されたと言える。(秋月龍a『臨済録』より)

(この生身の肉体上に、何の位もない一人の本当の人間、すなわち「真人」がいる。
 いつでもどこでも、お前たちの眼や耳や鼻などの全感覚器官を出たり入ったりしている。
 いまだこの真人がわからないものは、はっきり見届けよ)

11 :神も仏も名無しさん:2007/10/08(月) 12:36:08 ID:teX7BgJJ

(我々の肉体には、何ものにも限定されない絶対自由な人格性というものがある。
 それは朝から晩まで、目では物を見、耳では音を聞き、鼻では香をかぎ、
 身体では暑い寒いを感じ、意識ではものを識別し、手では握り、足では歩く
 というように、いきいき働いている。それをまだハッキリと自覚し体得してないものは、
 いま、ここで、とっくりと看てとるがよい。)大森曹玄

(霊性というものがある。主人公というものがある。仏性というものがある。
 正法眼蔵というものがある。本来の面目というものがある…
 無修無証、修行することもいらんが、悟りを開くこともいらん、
 生まれたまま、そのままで結構じゃという 立派な主体性があるのじゃ。…
 尽十方法界に弥綸して、…全宇宙、お互い感覚の届くところは何処でも行く
 主観も客観もぶち抜いて、そこに一人の真人が働くのである。
 こういう立派な真人が、仏が、みんなの体の中にちゃんと一人ずつござるのじゃ
 こいつを見分けるのが、それをしっかりつかむのが、見性ということじゃ。
 それがはっきり分かるのが、無字が分かったというのだ。)山田無文『臨済録』抜粋

(「一無位の真人が、赤肉団そのものをかなぐり捨て、露堂々として立つ。」
 「この道人は個一であると同時に超個者であり、超個者であると同時に個一である。」(鈴木大拙)

12 :神も仏も名無しさん:2007/10/09(火) 00:51:41 ID:7imHn1hE
時に僧あり、出でて問う
「如何なるか是れ無位の真人。」

師は席を下りて、僧の胸倉をつかまえて言った。
「さあ道え!さあ道え!。」(さあ言え!)

僧は疑議(ためらう・もたつく)す。

師は僧を突き放して
「無位の真人 是れ什麼の乾屎篦(糞かきべら)ぞ。」

(これでは無位の真人も糞かきべら同然ではないか)朝比奈宗源
(なんと見事なカチカチの糞の棒だ)入屋義高
(無位の真人が、なんという糞かきべらだ)秋月龍a
(ああ情けない。こいつも無位の真人の端くれじゃが、尻ふきにも劣るザマじゃわい)山田無文

と云って、そのまま方丈に帰った。


13 :神も仏も名無しさん:2007/10/12(金) 22:00:59 ID:B+/H/Ag4
無相

14 :神も仏も名無しさん:2007/10/17(水) 21:46:39 ID:WmQM6BJi


上堂。有僧出礼拝。
師便喝。
僧云、老和尚、莫探頭好。
師云、爾道落在什麼処。
僧便喝。


上堂すると、一人の僧が進み出て、問法もせず、ただ黙って丁寧に礼拝した。

師「喝アアァーッ」とすかさず一喝した。
僧「老師、探りを入れちゃいけませんよ。」
師「お前は今の喝の狙いが分かるか?」
僧「喝ァーッ」すぐさま一喝した。


15 :神も仏も名無しさん:2007/10/22(月) 21:39:56 ID:n7b7glyB
又有僧問。
如何是仏法大意。
師便喝。
僧礼拝。
師云、爾道好喝也無。
僧云、草賊大敗。
師云、過在什麼処。
僧云、再犯不容。
師便喝。


また一人の僧が問うた。

僧「如何なるか是れ仏法の大意。」
師「喝アアァーッ」すかさず一喝した。

僧は礼拝した。

師「お前、言ってみよ。今の喝は好喝であるかどうか。」
僧「大敗した土一揆と同じ。」
師「失敗の原因は何処にあるか。」
僧「二度目の反乱は大目にみませんぞ。」
師「喝アアァーッ」すかさず一喝した。

16 :神も仏も名無しさん:2007/10/25(木) 23:08:45 ID:YYTIElXi


17 :神も仏も名無しさん:2007/10/30(火) 19:58:18 ID:9I3pnCmk
是日両堂首座相見、同時下喝。
僧問師。
還有賓主也無。
師云、賓主歴然。
師云、大衆、要会臨済賓主句、間取堂中二首座。便下座。


「喝アーッ」「喝アーッ」

是の日、前堂と後堂の首座が行き合うと、同時に一喝を交えた。

それを見た僧が師に問うた。

僧「ただ今の喝に主・客の差別、相対、優劣といった区別がありますか?」
師「主・客の別はハッキリしてる。」
師「お前たちよ。私が常々言っている、主・客の意味を知りたければ、堂内の二人の首座に聞け。」
と言って、座を下りた。

18 :神も仏も名無しさん:2007/11/04(日) 22:11:32 ID:3rlFLhg1


上堂。僧問
如何是佛法大意。
師竪起拂子
僧便喝。師便打。
又僧問。如何是佛法大意。
師亦竪起拂子。僧便喝。師亦喝。僧擬議。
師便打。師乃云、大衆、夫爲法者、不避喪身失命。
我二十年、在黄檗先師處、
三度問佛法的的大意、三度蒙他賜杖。如蒿枝拂著相似。
如今更思得一頓棒喫。誰人爲我行得。
時有僧出衆云、某甲行得。師拈棒與他。其僧擬接。師便打。

19 :神も仏も名無しさん:2007/11/04(日) 22:12:17 ID:3rlFLhg1
上堂すると、ある僧が問うた。

僧「如何なるか是れ仏法の大意。」

師は払子を、スッと立てた。

僧「喝ァーッ」
師は払子で僧を打った。

また一人の僧が問うた。

僧「如何なるか是れ仏法の大意。」

師がまた払子を、スッと立てると、

僧「喝ァーッ」
師「喝アアァーッ」
僧は疑議した。(もたついた)
師はその僧を打った。そこで師は言った。
「お前たちよ、法のために修行するものは身命を惜しんではならぬ。
 わしは二十年前、黄檗先師の処で三度、仏法的的の大意を問うて、三度棒でしたたかに打たれた。
 でもそれは柔らかな蓬の枝で撫でられたようであった。できたらもう一度あのような棒を受けてみたいと思う。
 誰かわしのために棒で打ってくれる者はおらんか。」

一人の僧が列の中から進み出て

僧「わたくしが致しましょう。」
師は棒を取ってその僧に差し出した。
僧が受け取ろうとすると、師はすかさずその僧を打った。

20 :神も仏も名無しさん:2007/11/14(水) 15:31:32 ID:G40eB+oi
如何是佛法大意

21 :神も仏も名無しさん:2007/11/14(水) 15:49:40 ID:OBDT2IOz
>>10

>無位の真人  って事実上アートマンのことでしょ?
        ヒンドゥ的梵我一如と紙一重じゃん。
        一切法無我    やばくね?

22 :神も仏も名無しさん:2007/11/14(水) 15:59:57 ID:OBDT2IOz
>>10
>仏性 って梵我一如になれる可能性のこと?縁起を超越した梵のこと?
     ブッダの縁起の「無明」と正反対の人間観でしょ。
     一切行無常=縁起=空    やばくね?

23 :神も仏も名無しさん:2007/11/14(水) 17:30:26 ID:OBDT2IOz
木刀をいかに磨こうと真剣にはなりはせぬわいのう、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ

のう、神秀どの

24 :昆布 ◆konbu//XQ6 :2007/11/18(日) 06:51:28 ID:qlp3z6JF
逆じゃないの?
木刀は、磨く必要がないから、真剣以上。

25 :神も仏も名無しさん:2007/11/18(日) 09:46:06 ID:g0jnnMm3
渇ァー!
だろうなw

臨在録は糞ベラと同じってことを言いたいわけだね。

26 :昆布 ◆konbu//XQ6 :2007/11/18(日) 09:56:10 ID:qlp3z6JF
確かに、真剣でケツ拭く奴は変態だw

27 :神も仏も名無しさん:2007/11/18(日) 10:04:19 ID:1hxAtht/
ZENとは?


28 :昆布 ◆konbu//XQ6 :2007/11/18(日) 11:02:36 ID:qlp3z6JF
ウォシュレットw

29 :神も仏も名無しさん:2007/11/18(日) 11:52:32 ID:1hxAtht/
ウォシュレット壊れてしまった 使いすぎ

30 :昆布 ◆konbu//XQ6 :2007/11/18(日) 11:58:10 ID:qlp3z6JF
うんこしなくてもよくなったんだよw

31 :神も仏も名無しさん:2007/11/18(日) 15:31:30 ID:FKXLnQGK
ウォシュレットでほんと綺麗にもどる。

32 :神も仏も名無しさん:2007/11/18(日) 22:52:36 ID:FKXLnQGK
>無位の真人  って事実上アートマンのことでしょ?

>>10-11

シャンカラなどに代表される絶対不二一元論の立場、
「アートマンはブラフマンであり無属性である。」は無位の真人と同じではないかと思う。

半眼で結跏趺坐を組んで修禅する方法はゴーダマ・仏陀以前から存在し、
数千年以上のインドのサンニャーシの伝統で、「無位の真人」と同じくする見地に至った僧は
おそらく無数に存在したのではなかろうか。

33 :神も仏も名無しさん:2007/11/19(月) 01:11:28 ID:hjoEACgc


上堂。
僧問、如何是劍刄上事。
師云、禍事、禍事。
僧擬議。
師便打。

上堂すると、ある僧が問うた。

僧「如何なるか是れ剣刃上の事。」(真剣を抜き放ったときはどうですか?)

− 真剣で一切の知的分別を切断したかのような絶対無の境地 −

師「うおぉ!!! うおぉ!!!。」(危ない、危ない。)

僧はひるんで口篭った。 師はすかさずブッ叩いた。

34 :神も仏も名無しさん:2007/11/19(月) 23:30:27 ID:Qanr5ahh
切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ 踏み込み行けばあとは極楽

踏み込み行けば→入廛垂手



35 :神も仏も名無しさん:2007/11/19(月) 23:55:15 ID:Qanr5ahh
さてさて、言葉と思考とは不自由なものだ。

36 :昆布 ◆konbu//XQ6 :2007/11/20(火) 05:19:27 ID:BtYEyiYd
> 踏み込み行けばあとは極楽

ずいぶん、主体性のない生き方だヽ(^。^)ノ
もっと、前向きに思考したほうがいいぞw

> さてさて、言葉と思考とは不自由なものだ。

自分が不自由なのを他のせいにしてはいけないw
でも、まあ、糞掻きベラで飯をくうやつはいないわな(^o^)/


37 :神も仏も名無しさん:2007/11/20(火) 07:45:56 ID:e8KcB8IV
>>36
>>34-35を全く読み違えている。

38 :昆布 ◆konbu//XQ6 :2007/11/20(火) 07:57:44 ID:BtYEyiYd
逆もまたしんなりしてるぞぉ〜ヽ(^。^)ノ

言葉の両義性を切り捨ててどう読もうってんだろうねぇ〜

39 :昆布 ◆konbu//XQ6 :2007/11/20(火) 07:59:12 ID:BtYEyiYd
仏舎利は単なる灰だw

って、どっかにあったような・・・・・・・

40 :紅炉上一点の雪:2007/11/21(水) 16:35:30 ID:GgXpGiCE
>>33に対しては>>34もいいが、
 「碧巌録」六十九則の中から「荊棘林(けいきょくりん)を透る衲僧家(のうそうけ)は
               紅炉上一点の雪の如し」もカッコいいよな。

 川中島大会戦  謙信  如何なるか剣刃上の事!
           信玄  紅炉上一点の雪!!     人生は気合だ

41 :昆布 ◆konbu//XQ6 :2007/11/22(木) 03:55:47 ID:0q4F1Z6L
やっぱり、意味なんだな。

みんな極楽に行ったつもりで、痛いぞぉ〜ヽ(^。^)ノ


42 :神も仏も名無しさん:2007/11/23(金) 22:29:29 ID:Y35fCaDo
問、祇如石室行者踏碓忘却移脚、向什麼處去。
師云、沒溺深泉。
師乃云、但有來者、不虧欠伊。總識伊來處。
若與麼來、恰似失却。不與麼來、無繩自縛。
一切時中、莫亂斟酌。
會與不會、都來是錯。
分明與麼道、一任天下人貶剥。
久立珍重。

(ある僧が) 問うた。

僧「石室行者は碓を踏みながら忘我の三昧境に入り、脚を移すことを忘れた
  といいますが、その時の心境はどこへ向かって行ったのでしょうか?」

師「(三昧境の)深い淵に落ち込んで、溺れてしまったのだ。」(慧の働きなき)

師「わしの処にやって来る者があれば、すべてその者を見誤らない。
  必ず、その者の境界を見抜く。
  そのように自ら悟ったとして来てもいけない。(剣刃上や忘却移脚の境界の様な絶対や無心とやらを自ら引っ担ぎ)
  そうでない迷いで来たならば、自縄自縛ということになる。
  どんな時でも無暗に、ああだ、こうだと当て推量で分別するな。
  悟ったいうも、悟らないというも、全て誤りだ。
  わしはハッキリとこう言い切る。
  天下の人がなんと批判しようとも、どうぞご自由に。

  立ちっぱなし。ご苦労さん。」

43 :神も仏も名無しさん:2007/11/26(月) 14:58:58 ID:JTZNCCg3
臨済の思想とクリシュナムルティの類似性は指摘されますが、
禅的なセンスのある方はクリシュナムルティに流れていますね。
明らかにクリシュナムルティの読者と禅に追随する方とでは、
クリシュナムルティを支持する立場のほうが理解力があると思います。

44 :神も仏も名無しさん:2007/11/26(月) 16:31:32 ID:yPoT8Z4C
>クリシュナムルティを支持する立場のほうが理解力があると思います。

クリシュナムルティを支持する人のほうが理解力を、より、もっているという意味?

クリシュナムルティを支持する人のほうが理解され得るという意味?

立場って???

45 :神も仏も名無しさん:2007/11/26(月) 22:13:14 ID:9eJmVwCs
岩波の薄いヤツをざーっと読んでみた、感想は・・・

「おいおい、無茶苦茶だな、なんだこの坊さんは」


スレ諸兄のように精通してないから多分内容の5分の1も理解はしてないだろう
と思うけど心なし何かスッキリした。多分白隠とかいう和尚の本の方が読みやすいと思うから
今度読んでみようと興味は持てた。あだ名が「将軍」のワケも少し解った。


46 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 23:10:13 ID:MvmI9Sju
私は初読のときは、臨済と学人の遣り取りを滑稽にすら感じました。
訳注が詳しいものと師家の提唱録を読んで何とか読みやすくなった程度です。

滴水下の老師の提唱を実際に聴いたことがあるのですが、
解らない箇所をその場で質問できないので
そういう読み方をするのかと感心して終わりました。
後で自分で調べている時に少しは思い出す程度ですね。

訳者による訳注の違いがあるので比較しながら読んでます。

47 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 23:30:26 ID:G7SxXcK4
こんな坊さんもアリなのか?とちょっと笑いが出た。

仏像を枕に昼寝してる一休さんとか百姓が一息ついてる時に辻で腰を下ろして話をしてる白隠とかは何か親しみがもてる。
臨済や普化の遣り取りはどうも自分にはかなり難しいが形式にとらわれないで本質を見なさいというメッセージはなんとなくわかった。

自分は坊さんでも研究家でもないサラリーマンだけど、この先達のやりとりで少し視野が広がったような気がする、有難い。
・・・でも黄檗をどついた臨済に内心「それはやり過ぎだ!」と思った。

48 :神も仏も名無しさん:2007/11/29(木) 01:45:07 ID:xFUJF+6Y


上堂。云、
一人在孤峯頂上、無出身之路。
一人在十字街頭、亦無向背。
那箇在前、那箇在後。
不作維摩詰、不作傅大士。
珍重。


一人は孤峯頂上に在って出身の路無く、一人は十字路頭に在って亦向背無し。
那箇か前に在り、那箇か後に在る。維摩詰と作さざれ、傳大士と作さざれ。珍重。


弧峯頂上 = 絶対平等の世界。本分の正位。
無出身之路 = 超出の余地のない独尊の境地。
十字街頭 = 相対差別の世界。現成の偏位。
無向背 = 前後・進退がない。差別にとらわれない。
珍重 = お大事に。さらば。ご苦労。

維摩居士 =「維摩経」の主人公。架空の人物と考えられている。維摩一黙。

傳大士 = 梁代の居士(497-569)。善慧大士。市井の中で衆生済度された。
祖師と同格とされ弥勒の化身とみられた。『善慧大士語録』『心王銘』。
幼時は長江で漁師が獲ってきた魚の見張り役をにない、漁師が漁に出かけると
カゴの魚に「逃げたかったらお逃げ、居たかったら居ていいよ」と語りかけたといわれる。

49 :神も仏も名無しさん:2007/11/29(木) 01:45:52 ID:xFUJF+6Y
上堂して言った。

一人は絶対究極の悟りの境涯にいて、悟臭もなく独り超然としている。
一人は相対・差別の現実生活の中にいて、現実生活の差別に執われず自在に衆生済度す。
(社会生活を送りながら、絶対無心・自在の境涯にいる)

どちらが優れ、どちらが劣っているか。
前者は維摩居士であろう、後者は傳大士であろうなどと当て嵌めて
他人事の様に考えてはならぬ。
お前たち、各自のことだ。

珍重。

(維摩居士と傳大士の二者に優劣はない)

50 :神も仏も名無しさん:2007/11/30(金) 20:14:28 ID:eL5T5Pa9
弧峰の禅も執すれば病になり、街頭の禅もそれを是とすれば病に陥る。

51 :神も仏も名無しさん:2007/12/02(日) 22:52:21 ID:YmPwr4WR


上堂。云、
有一人、論劫在途中、不離家舍。
有一人、離家舍、不在途中。
那箇合受人天供養。
便下座。

途中=相対・差別の世界、十字街頭。
家舍=本来の場所(平等・本分の悟りの絶対境)、弧峯頂上。

上堂して言った。

一人は永遠に現実生活を歩みつつ衆生済度の働きをしながら、しかも悟りの絶対境を離れない。
一人は悟りの絶対境も捨て、しかも世俗の相対境を離れている。(無事是貴人の至妙境)
さて、このどちらが人間界・天上界の供養を受ける資格があるだろうか。

こう言って、すぐに座を下りた。

20 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)