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「悟り」がどんなものか分かった!【大発見】2

1 :神も仏も名無しさん:2007/11/09(金) 00:55:37 ID:jRYZYam3
前スレ:「悟り」がどんなものか分かった!【大発見】
http://life8.2ch.net/test/read.cgi/psy/1182812908/l50

注)書き込みは前スレ消化後に。


2 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/09(金) 00:57:17 ID:9J503WiX
2ゲット

3 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/09(金) 01:02:56 ID:jRYZYam3
とられた〜(笑)
・・・前スレ消化しようっと。

4 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/09(金) 01:06:37 ID:9J503WiX
阿弥陀仏に頂いた「2」なので、それが運命ですw

5 :神も仏も名無しさん:2007/11/09(金) 01:14:15 ID:wxEeAm7F
    ┌─────────
    │>>1を迎えに来たよ 前スレ>>1ID:jRYZYam3も
    └───v─────
      /⌒ \
     /'   ⌒'ヽ\      /\
    (  ( 从从) )    /\  |
    \  |● ● l |〃 /   |: |
      / .ハ~ ■ノ)./     .|: /
     /⌒   ミミ \     .|/
     /   /  |::| |
     |√7ミ   |::|  ト、
     |./|:|    V_.ハ
    / |_V       |
 . /   N .i      N
/       ヘ、|   NV
         V\W
           V

6 :神も仏も名無しさん:2007/11/09(金) 01:22:12 ID:wxEeAm7F
前スレ
http://life8.2ch.net/test/read.cgi/psy/1182812908/

7 :神も仏も名無しさん:2007/11/09(金) 01:43:17 ID:wxEeAm7F
ちょこちょこHN替えるのは、なしね!


8 : ◆SKMlSPfKqU :2007/11/09(金) 01:46:01 ID:wxEeAm7F
HN+トリ ね!

9 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/09(金) 15:48:09 ID:9J503WiX
>生存欲を出さなければ死欲がわく。どちらにしろ欲がわく。

煩悩の原因をもう一回考えてみたけど、
生存欲も死欲も駄目だと考えている「思想」こそが煩悩の原因でないか?

すなわち、「あらゆる事に意味を見出している思想」が煩悩の原因と考えたら論理的に繋がる。
そう考えると、般若心経の色即是空にも論理展開できるぞ!

10 :神も仏も名無しさん:2007/11/09(金) 18:22:17 ID:TcFYz8lF
浄土教=ゾロアスター教
無量寿経はゾロアスター教が国教(仏教も容認)のパルティアで書かれた偽経です
お上がゾロアスター厨なので気を使いトンデモ経典が生まれたと思われる
ちなみに漢訳した安世高はパルティア人

                  ↓
<タジキスタン>仏教とゾロアスター教融合の仏像型発見
11月1日21時37分配信 毎日新聞

 7〜8世紀ごろに栄えた中央アジア・タジキスタン西端の都城跡を発掘調査していた龍谷大の蓮池利隆・客員研究員(西域仏教文化)が1日、
ゾロアスター教(拝火教)を象徴する拝火壇を描いた当時の仏像の型を発掘したと発表した。
蓮池研究員は「仏教とゾロアスター教の融合を確認でき、仏教の源流の一つを示す貴重な資料」としている。
 現地の国立歴史考古民族博物館と合同で9月、首都ドゥシャンベの南西70キロにあるカレ・コファルニホン遺跡を調査。
地下約3メートルから発見された工房とみられる施設の跡から、粘土を詰めて仏像の塑像を作るための型(高さ約10センチ)が出土した。
仏の足もとにはゾロアスター教で神聖な火をたく拝火壇が描かれ、仏が手を差し伸べている。

「型の存在から大量生産されて庶民に広まっていたことがうかがえる」
「ゾロアスター教の影響を受けたと考えられている阿弥陀仏の起源を考える上でも重要な発見だ」 蓮池氏談


11 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/09(金) 20:26:06 ID:jRYZYam3
>>9
>生存欲も死欲も駄目だと考えている「思想」こそが煩悩の原因でないか?
そうだろうね。惑わされる。どちらがどうという「執着」がね。

色即是空。自分が何をして何が起きているか、
何をされて何が起こされているか、明確に分かる事が必要だね。

12 :神も仏も名無しさん:2007/11/09(金) 20:36:04 ID:TcFYz8lF
「比丘らよ。未来世に比丘どもは次のようになるであろう。
 如来の説かれたこれらの諸経典は深遠であって意義が深く、出世間のものであり、空と相応して
いるものであるが、それらが説かれる時には、彼らはよく聞こうとしないし、耳を傾けようとしないし、
了解しようという心を起こさないであろう。それらの教えを受持すべくよく熟達すべきものであるとは
考えないであろう。
 これに反して文芸人によって創られ、詩文調であり、文辞麗しい諸経典は、外道(ゾロアスター バラモン)に
由来するものであり
弟子たちの説いたものであるが、それらが説かれる時には、彼らはよく聞こうとし、耳を傾けよ
うとし、了解しようとする心を起こすであろう。それらの教えを、受持すべくよく熟達すべきものである
と考えるであろう。
 かくの如くにして、如来の説かれた、深遠にして意義が深く、出世間のものであり、空と相応してい
る諸経典は消滅してしまうであろう。」


13 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/09(金) 21:24:16 ID:9J503WiX
>>10
浄土真宗では「阿弥陀仏の約束」のみを真実と信じているので、
蓮池利隆(客員研究員)の考えは別にどうでも良いのです。

たとえ阿弥陀仏の教えが仏教であろうと無かろうと、
仮にゾロアスター教であったとしても、
それが阿弥陀如来の教えには変わりないので別にどうでもいいです。

14 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/09(金) 21:44:54 ID:9J503WiX
>何をされて何が起こされているか、明確に分かる事が必要だね。

そうすると、「悟り」は全ての事を「論理的に明確に分かる事」と定義することが出来る。
この時点で、神秘体験とか幸せの波動などは否定出来るでしょ。

第一、そんな体験したかったら、自己催眠でもして洗脳すれば思えるし
毒キノコでも食べて幻覚症状を起こして「まぼろし」を見ればすむ。

問題はどうやったら「論理的に明らかに出来るか」がポイントだな。
明らかにする方法ってなんだ?
______________________________
ここまで来て、
浄土真宗では「現世では悟れません」と教えているので諦めることになる。
「諦める」→「明らめる」→「明らかになる」????
やっぱり「悟れない」で納得しとくわw
考えるのメンドクサイ\(^o^)/
_______________________________

15 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/09(金) 22:33:19 ID:jRYZYam3
>>14
>考えるのメンドクサイ\(^o^)/
(笑)

>第一、そんな体験したかったら、自己催眠でもして洗脳すれば思えるし
>毒キノコでも食べて幻覚症状を起こして「まぼろし」を見ればすむ。
その通りと思う。分かりやすい例えだね。
悟りを超常現象やらと勘違いしている人多そうだからね。
もしそうだったら、釈迦は人間ではない事になってしまう。

>明らかにする方法ってなんだ?
人それぞれが理解することだろうから、「これ」というのは難しいだろうね。
だから釈迦でも人それぞれに方便をつかうのだろうね。
釈迦も「これ」と言えないくらいだから、とても難題だ。

言わば「人を悟らせる方法論」ということだろうね。
主体が自分でなく他人になるだけで、とても難解になる。

16 :神も仏も名無しさん:2007/11/09(金) 22:51:43 ID:zJTxcg4A
自力から言えば、この現実は洗脳やまぼろしと変わらない自己の錯覚だと気付くのが悟り
だろう。

洗脳やまぼろし以外に確固たる現実があると思ってる自我に気付き、それも空と悟る。

それは超常現象ではないけどある意味神秘だと思うよ。
だってこの世の論理も経験も何も、一切関係ない、初めて見る世界なのだから。


17 :神も仏も名無しさん:2007/11/09(金) 22:55:48 ID:KKawQPCO
ttp://wwwww.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1194610222/

18 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/09(金) 23:35:40 ID:9J503WiX
>>16

自力門の悟りに至るプロセスを論理的に教えて。

19 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/09(金) 23:54:50 ID:9J503WiX
>釈迦も「これ」と言えないくらいだから、とても難題だ。

うん、
釈迦は対人説法なので一人ひとりに適した説法をしたから、8万4千にもいたる説法がある。(だったっけ?)
逆にいうと、わざわざ個人個人で異なる説法したのは最初から「コレ」という誰でも共通に出来る「悟り方」なんて無いのでないか?

そうすると、悟って仏になった人から個人レッスンしてもらって直接悟らせて頂くしか方法がない。
だとすると、悟った人を見つけて悟らせて頂くしかないという考えに至ってしまった。

20 :神も仏も名無しさん:2007/11/10(土) 00:00:06 ID:zJTxcg4A
>>18
プロセス?
といってもむずかしいな、専門家じゃないし。
禅とかで言えばこの世の本当の姿に気付くのが悟り。ありのままに観る。ありのままに生きる。
そのためには経験や記憶や知識、感情、そういった全てを一度手放す必要がある。
そういったものから見えるものは単なる個人的見解だからね。
ただ記憶や知識、感情を手放すといってもそれが消えるわけじゃない。
それにしがみついてしまう自我、経験によってつくられた自分とそれらの依存を切るだけ。
だからものを食べればおいしいが、おいしい以上においしいわけでもなく不味くもない。
味ですら経験をともなって脳で味わっているからね。
悟ればそういうことがわかる。
個人的に言えば、なんでも初めて食べる味だからおいしいというよりおもしろい味。

では経験によってつくられた自分とそれらの依存を切るにはどうしたらいいかと言うと、それは
論理的には言えない。
なぜなら論理は人間がつくりだした説明のルールであって、悟りはそういったものが全て
去った後に来る、ただありのままだから。

しかし論理的でないけど説明するなら、自我は自我を100%観れれば不思議と勝手に消える。
自我が消えないのは自我のなんたるかに100%気付けてないから。
それを観れない他への依存や盲目さが自我をつくりだしている原因だから。
深層心理に抑圧されたトラウマも、自分で思い出せば何故か消えるのと同じ。
気付けない、思い出せないというのが自我そのものだから。

というのが仏教を通じて自分的に理解できたプロセスかな。
説明できてるとは思わないけど、説明できるもんじゃない(論理ではない)と思うのでごめん。

21 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/10(土) 00:18:46 ID:tKjhDjfa
長文ありがとう

>えばこの世の本当の姿に気付くのが悟り。ありのままに観る。ありのままに生きる。
すなわち、「明らかにする」つーことだね。

>論理的には言えない。
>なぜなら論理は人間がつくりだした説明のルールであって、悟りはそういったものが全て
>去った後に来る、ただありのままだから。

となると、仏教では悟れないことになるな。釈尊の個人レッスンでも悟りは不可能。

>自我を100%観れれば
観かたkwsk 
っていっても、「説明できない」とあるので諦めますがw

分かったことは、
もし「悟る方法は論理的に説明できない」とすると、
仏教の教え全てが最初から説明不足であって意味不明である。

そして、悟るためには自分で悟る方法を気付くしかない。
ありがとうございます。

22 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/10(土) 00:22:30 ID:tKjhDjfa
>悟るためには自分で悟る方法を気付くしかない。

そういえば、これ自力だね。
さらにいうと、自力門の人に聞いても悟る方法は分からない。
ってことか。

23 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/10(土) 00:29:31 ID:tKjhDjfa
まとめると

自力門の人の中には悟った人もいるが、そいつですら悟る方法を教えれないので、
ご利益は別にないし、崇拝したって時間と金の無駄、、ただ励め。
悟れなかったら他力門と一緒に救われる。

他力門は全員悟ってないwけど、全員が来世悟り候補生。

つーわけで、気付いたら勝手に自己完結してた。

24 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/10(土) 00:29:42 ID:Zm/m6KOr
>>19
>8万4千にもいたる説法がある。(だったっけ?)
そんなにあるのかぁ。それは知らんかった。
説法は言わば「釈迦名言集」みたいなものだろうから、それくらいはあるんだろうね。

>最初から「コレ」という誰でも共通に出来る「悟り方」なんて無いのでないか?
うん。俺はそう思うなぁ。釈迦でさえも一言では無理だったんだろう。

>悟った人を見つけて悟らせて頂くしかないという考えに至ってしまった。
それか、自力で悟るかって感じだね。

25 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/10(土) 00:34:42 ID:Zm/m6KOr
まぁ、誰も崇めることはないっつうことですな。

26 :記事見つけてきたよ ◆3cQIHyTQhw :2007/11/10(土) 00:35:34 ID:tKjhDjfa
お釈迦様が涅槃され3ヶ月が過ぎた頃、
お釈迦様より直接教えを受けたマハーカッサパ長老、
アーナンダ長老を始めとした500人のアラカン
(完全な覚り"アラカン道果の智慧"を得た比丘)
がインド・ラージャガハに集い、"結集"を行いました。
高弟たちは正しい教えがなくなったり変えられたりすることを懸念し、
この会議においてお釈迦様ご自身が語られた教えをまとめ、
経典を確立されたのです。第一結集と呼ばれます。

アラカン達によって一言一句漏れることなく
正確に記憶されていた教えは、
500人のアラカン達によって内容を確認され誤りや漏れがないか
検討されました。正確なものであると認められたお釈迦様の説法は


その数8万4千にのぼり、←ここです。


"経(2万1千)・律(2万1千)・論(4万2千)"に分けて編集されています。
この経典をパーリ経典と呼びます。

27 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/10(土) 00:39:58 ID:tKjhDjfa
>まぁ、誰も崇めることはないっつうことですな。

ですな。
浄土真宗でも阿弥陀如来とは何も取引関係無いので、
別に崇めなくても信じなくても救ってくれることになってるので、
結局、同じ論理展開に行きついてる。

では、ノシ

28 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/10(土) 00:45:30 ID:Zm/m6KOr
>>26-27
情報ありがd。やはり理論は大切ですな。
ノシ

29 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/10(土) 00:57:47 ID:tKjhDjfa
>それか、自力で悟るかって感じだね。

あーそうか、釈尊は自力で悟ったからそれも論理上正しいな。
気付かなかったよ^^

寝ようとしたけど、書き込みたくて寝れなかったw
今度こそ、ノシ

30 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/10(土) 00:59:28 ID:Zm/m6KOr
ノシ

31 :神も仏も名無しさん:2007/11/10(土) 09:43:08 ID:oKYmZsq4
>20 (悟りは)
>説明できてるとは思わないけど、説明できるもんじゃない(論理ではない)と思うのでごめん。

説明を求めている者は、【知りたい】という欲望に飲み込まれていて、
その者に理解できる言葉を与えようとするわけだけれど、
この時点で既に悟りから逸脱している。

知りたいという【欲望】を是認しておいて悟りについて説明しようとするのは、
ハナから失敗している。

というのも、知りたいという【欲望】が無い時、初めて悟りの状態にあるのだから。
その時に、ほら、これだよと指摘されれば、
ああ、これかとなりえるけれど、

知りたい病にうなされていて、いわゆる自我に巻き込まれていて、
何を聞こうと、自我の紡ぎだす妄想しか見出せない

だから、親切なのは、知りたいという欲望でカッカしているその頭を、
覚ますよう働きかけること

棒、喝という手法があるんだろうね



32 :むあみ:2007/11/10(土) 11:00:49 ID:yUcw/tRj
>>29

質問させて下さい。
阿弥陀仏は、生きてる内には悟らせてくれないんですか?
死んだ後の事なんてどうでもいいので、
この世で悟らせて欲しいんですが。

33 :神も仏も名無しさん:2007/11/10(土) 14:48:03 ID:gUcFM/j4

このろくでもない自己満の世界




34 :31:2007/11/10(土) 16:07:51 ID:oKYmZsq4
>>33 このろくでもない自己満の世界

そうだよ、このろくでも無い自己満足の生活

自己が満足することだけをひたすら求める餓鬼の道、
それが生きることだと言われている、

自己を満足させるという欲求だけが、この自分を活動させるエネルギーだ、
自己を満足させようという動機が無くなったら、ただの怠惰なぐうたら人間、

でもそれはおめでたいことだよ、
動機無く息をしている、そこにいるだけ、
動機なき観察の状態かな、
おっとこれは、クリシュナムルティの専売特許だったかな、



35 :神も仏も名無しさん:2007/11/10(土) 16:36:11 ID:gUcFM/j4
>>34
矛盾してる

36 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/10(土) 17:10:47 ID:tKjhDjfa
>>32=むあみさん

>阿弥陀仏は、生きてる内には悟らせてくれないんですか?
>死んだ後の事なんてどうでもいいので、
>この世で悟らせて欲しいんですが。

はい、現世では「絶対」悟らせてくれません(正確に言うと「救って」もらえません。)
なので、現世にこだわるなら浄土真宗は止めた方がいいでしょうw

ただ、
悟りとは「全てを明らかにする」ことだと一応の結論ができてますので、
結論から(初期の状態+「 ? 」=悟りの状態)と逆算して
論理的にこの「?」を貴方なりに導きだして修行して自力で悟ることは理論上可能です。
(ただ、この「?」というのは超個人的なものなので万人向けでなく、また説明できないものと推測・仮定しております。)

また、釈尊の対人説法のように悟った人から貴方に適した方法で悟らせてもらう方法もあります。
しかし、悟った人を特定する方法が判明していない以上(釈尊本人が公認したとかなら別ですが)、
自力で修行する方が騙される恐れが無いので理にかなっていると思います。

それでは、

37 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/10(土) 17:12:51 ID:tKjhDjfa
追加

「?」=悟りの状態−初期の状態

ということです。

38 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/10(土) 17:47:53 ID:tKjhDjfa
>>31

>>20さんは、
俺の>>18での「自力門の悟りに至るプロセスを論理的に教えて。」
に対する答えであって、あくまでも対象は「プロセス」です
>>20の冒頭で「プロセス?」と反復していることからもそれが分かります。)

なので、>>31さんの書き込み

>20 (悟りは)←この(  )は読み違いです。 正確には(プロセス)です。
>説明できてるとは思わないけど、説明できるもんじゃない(論理ではない)と思うのでごめん。

39 :むあみ:2007/11/10(土) 18:34:31 ID:yUcw/tRj
>>36

それは浄土三部経のどこかにはっきりと
書かれているのですか?

40 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/10(土) 18:57:07 ID:tKjhDjfa
>>39

浄土三部経はメンドクサイので読んでません。
ただ、歎異抄の5番目に「阿弥陀仏の願にまかせてこの世を去るときそれで浄土に往生して、
悟りをひらけば・・・・」という一文があります。

それによく考えてみてください。
もし現世で阿弥陀仏に救われているなら、あなたはすでに救われているはずです。
しかも、全員勝手に現世で救われてるなら自力門の宗派は皆消滅してるはずです。
自力門がまだ存在しているというのは、阿弥陀仏は現世では救ってくれないからじゃないでしょうか?

もし貴方が苦しんでいるのなら、阿弥陀仏は現世で救ってくれていない証拠です。

41 :むあみ:2007/11/10(土) 19:30:44 ID:yUcw/tRj
>>40
要するに、阿弥陀仏がこの世で悟らせて
くれるかくれないかは、わからないと
言う事ですね。

私はまだ救われてません。阿弥陀仏を信仰
している訳じゃ無いので。

ただ、他力の教えが、この世での悟りを
全く切り捨てているならば、それはもはや
大乗でも仏教でも無いんじゃないかな?
とふと思ったので、質問した次第です。

42 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/10(土) 19:35:28 ID:tKjhDjfa
違うwww

繰り返しますが、阿弥陀仏は現世で「むあみ」さんを悟らせてくれません。
って↓↓↓でも書いてるじゃんw

>阿弥陀仏は、生きてる内には悟らせてくれないんですか?
>死んだ後の事なんてどうでもいいので、
>この世で悟らせて欲しいんですが。

はい、現世では「絶対」悟らせてくれません(正確に言うと「救って」もらえません。)

43 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/10(土) 19:38:54 ID:tKjhDjfa
>ただ、他力の教えが、この世での悟りを
>全く切り捨てているならば、それはもはや
>大乗でも仏教でも無いんじゃないかな?

これは世間にあわせてるだけ、
俺が阿弥陀仏云々と言ってるくせにキリスト教徒を名乗ってもオカシイでしょ。

別に名前はどうでもいいです。
ただ、阿弥陀仏の約束だけが希望なのですよつーわけです。

44 :神も仏も名無しさん:2007/11/10(土) 19:39:51 ID:RgUowMNO
>>40
namuamidabutunamuamidabutuarefuhikarinowasinenamuamidabutu


45 :むあみ:2007/11/10(土) 19:51:01 ID:yUcw/tRj
>>42

この世じゃ絶対救われ無い、
とあなたが言い切れる根拠は、歎異抄であって、
浄土三部経じゃ無いのですね。

現実に今救われてなくても、将来は
どうかわかりませんよね?

絶対この世じゃ救われ無い、
と言い切れ無いと思いますが…

はっきりとした釈尊の言葉は無いのですよね?

歎異抄は釈尊が書いたものじゃ無いですよね。

46 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/10(土) 20:01:56 ID:tKjhDjfa
>この世じゃ絶対救われ無い、
>とあなたが言い切れる根拠は、歎異抄であって、
>浄土三部経じゃ無いのですね。

はい、浄土三部行は読んでないので。

>現実に今救われてなくても、将来は
>どうかわかりませんよね?

>絶対この世じゃ救われ無い、
>と言い切れ無いと思いますが…

俺が知っていることは阿弥陀仏は貴方を現世では救わないということです。
貴方はどうぞ勝手に誰かによって救われたら良いのではないのでしょうか?
あしからず、

>はっきりとした釈尊の言葉は無いのですよね?
>歎異抄は釈尊が書いたものじゃ無いですよね。

ウィキペディアに詳しく載ってますので参照してください。

47 :むあみ:2007/11/10(土) 20:09:31 ID:yUcw/tRj
>>46

最後にもう一つだけ質問いいですか?

あなたは、浄土真宗の教えは
この世では救われない教えだと
言う事を、浄土真宗のどこかのお寺の
僧侶の方から聞いたのですか?

それとも、独学で勉強された上での結論ですか?

どちらでしょうか。質問ばかりで申し訳ないのですが、
これで本当に最後ですからよろしくお願いします。

48 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/10(土) 20:10:16 ID:tKjhDjfa
っていうか、そんなに俺が信じられないのであれば、
貴方が自分で浄土三部経を読んで確認すればいいでしょうに。

49 :むあみ:2007/11/10(土) 20:13:30 ID:yUcw/tRj
浄土三部経読んでみました。
長いんですよね。
最後の質問にどうかお答え下さい。

50 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/10(土) 20:17:43 ID:Zm/m6KOr
書いてあったらそうなのかい。
釈尊が言ったらそうなのかい。

別にだれにってわけじゃない。独り言ひとりごと。

51 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/10(土) 20:24:09 ID:tKjhDjfa
>最後にもう一つだけ質問いいですか?

実は俺もこういう応答をすることで、浄土真宗を試してるのです。

>浄土真宗の教えは この世では救われない教えだと・・・

まず、歎異抄は浄土真宗の開祖親鸞聖人の口述を唯円が書いたものとお考えください。
なので、
>ただ、歎異抄の5番目に「阿弥陀仏の願にまかせてこの世を去るときそれで浄土に往生して、
>悟りをひらけば・・・・」という一文があります。

って言うのも浄土真宗の開祖が言った言葉です。
その開祖が「この世を去って悟りをひらくことを言っている」ってことは
浄土真宗の開祖・親鸞も悟ってないし、生きているときは救われてないということです。

な・の・で、浄土真宗の教えでは現世では救われません!

もう一度言います。

親鸞聖人は悟ってませんし救われてませんので、
浄土真宗が救われないことを大前提にしている宗教である事が分かるでしょう????

もし分からないのであれば、本願寺に電話して聞いてください。

52 :むあみ:2007/11/10(土) 20:28:53 ID:yUcw/tRj
>>51

要するにあなた独自の結論なのですね。
わかりました。質問に答えていただいて
ありがとうございます。

53 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/10(土) 20:30:31 ID:tKjhDjfa
>>52
もういい、
本願寺に行って確かめてこいw

54 :むあみ:2007/11/10(土) 20:31:45 ID:yUcw/tRj
いいです
メンドクサイんでw

55 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/10(土) 20:32:53 ID:tKjhDjfa
俺も貴方に答えるのメンドクサイわww

56 :31:2007/11/10(土) 20:36:39 ID:oKYmZsq4
>>38
お名前が長いので、浄土さんと呼ばせてもらいましょう、
悟りではなく、悟りのプロセスだという話は、その通りですね。
あの文脈でいけばおっしゃるとおりです、
がどうでもいいことです、

お経に書いてある内容が、こう解釈すべきとか、いやいやこっちの解釈のほうがいいとか、
そんな理屈合戦どうでもいいことです、

なんとしても、
この心身が救われたい、その一念の前では屁みたいなものです、

音ばかりうるさくて、臭い、そしてすぐに消えてしまって何も残らない、

放屁合戦など不要です

悟りたい、それを知りたい、それに成りたい
その欲求こそ救われたいの一念です、

そしてこの一念こそが問題の張本人でもあるということです

57 :むあみ:2007/11/10(土) 20:41:57 ID:yUcw/tRj
>>55
僕もですw

58 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/10(土) 20:43:21 ID:tKjhDjfa
まー、
本業の合間の気分転換でレクレーションとして楽しみながらやってるので^^
「浄土真宗のあら探し」(俺は守備の役割)もなかなか面白いですよ。(今回は疲れたけどw)

59 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/10(土) 20:45:11 ID:tKjhDjfa
>>57
ワロタww
同じ質問を何度もすんなww(本業が疎かになるw)

また、来いよw(ウソ)

60 :むあみ:2007/11/10(土) 20:48:48 ID:yUcw/tRj
まあ、自分でどう思おうが自由だからなw

61 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/10(土) 20:51:24 ID:tKjhDjfa
じゃあ聞くなw

62 :むあみ:2007/11/10(土) 20:52:52 ID:yUcw/tRj
うるせー聞くのも自由だろうがwクソが

63 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/10(土) 20:54:17 ID:tKjhDjfa
黙れwww
答える身も考えろやww

64 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/10(土) 20:55:04 ID:Zm/m6KOr
むあみは荒らしか?

65 :むあみ:2007/11/10(土) 20:55:08 ID:yUcw/tRj
浄土真宗の守備?
お前いつ何を守った?
ホラ吹くのも大概にしろよW

66 :神も仏も名無しさん:2007/11/10(土) 20:55:41 ID:gUcFM/j4
無課金浄土真宗教徒
死ねやカス死ねや

67 :むあみ:2007/11/10(土) 20:56:26 ID:yUcw/tRj
メンドクサイならスルーすりゃいいだろがW

68 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/10(土) 20:56:47 ID:tKjhDjfa
>>65
お前とはもう議論しないw
その手には乗らんwwww

69 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/10(土) 20:58:03 ID:tKjhDjfa
俺もココにいると荒れてくるから、
収まるまで本業に戻る。

ゼロさん、すいませんがよろしくお願いします。
ノシ

70 :むあみ:2007/11/10(土) 20:58:35 ID:yUcw/tRj
歎異抄読んで、浄土真宗じゃ救われないと
答えただけで浄土真宗の守備だと!
いや〜気が狂っても言えないわこんな事W

71 :無課金浄土真宗教徒 ◆3cQIHyTQhw :2007/11/10(土) 21:00:17 ID:tKjhDjfa
あと、荒らしてスイマセン。
ノシ

72 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/10(土) 21:00:49 ID:Zm/m6KOr
>>69
了解。また話そう。ノシ

さて、みんなどうしたんだい?

73 :神も仏も名無しさん:2007/11/10(土) 21:01:33 ID:gUcFM/j4
ゼロAND無課金浄土真宗教徒は
荒らしか?

74 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/10(土) 21:03:57 ID:Zm/m6KOr
>>73
いんや。そんなつもりはないよ。浄土さんも荒らすつもりはないでしょう。
荒らすためにスレ立てる必要なんてないでしょう?

75 :神も仏も名無しさん:2007/11/10(土) 21:15:01 ID:gUcFM/j4
無課金浄土真宗教徒の本業ってなんだろ?
のあ?

76 :神も仏も名無しさん:2007/11/10(土) 21:19:11 ID:gUcFM/j4
ゼロの職業は何だい?

77 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/10(土) 21:19:17 ID:Zm/m6KOr
>>75
なんだろうね。俺は知らないなぁ。
75さんは浄土真宗を信仰しているのかい?

78 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/10(土) 21:22:01 ID:Zm/m6KOr
>>76
俺はまだ学生だよ。
偏見が生じないことを祈る。

79 :神も仏も名無しさん:2007/11/10(土) 21:54:30 ID:QqH5IQsu
無課金浄土真宗教徒さんの話は歎異抄だけを自分勝手に解釈していて親鸞の真意を読み取っていませんね。
弟子の唯円の書いた歎異鈔の一文だけで判断するのでなく、本当に理解しようとするなら親鸞の教行信証他親鸞の言う高僧七人のことも少しは学ぶべきです。
そうでなければ親鸞を偏った見方で捉えてしまいます。
むあみさんの 
 他力の教えが、この世での悟りを
 全く切り捨てているならば、それはもはや
 大乗でも仏教でも無いんじゃないかな?
という捉え方は大切だと思います。
阿弥陀仏の脇座にいる観音菩薩は阿弥陀仏の意を受けてこの世の衆生を悟りに導こうとして娑婆に来ているのでしょうから。
親鸞を理解しようとするなら名をいただいた曇鸞の往還回向を知らなくては話になりません。

80 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/10(土) 22:00:22 ID:Zm/m6KOr
>>79
そうなんだ。詳しそうだね。
俺が疑問なのは、親鸞聖人って「聖人」だから悟っているという事だよね。
そこが気になる。

81 :神も仏も名無しさん:2007/11/10(土) 22:27:36 ID:QqH5IQsu
法然にしろ、親鸞にしろ、延暦寺で20年以上にわたって一切経を幾度か読み込んだといわれて言います。
その上で、自分も他の人達も等しく救われる大乗、それが念仏だったと考えるべきです。
二人とも阿弥陀仏の極楽浄土往生を説きますがその一方で自分は地獄へ落ちてもかまわないとさえ言い切ります。
自分の今、目の前で苦しむ民衆をどうにか救いたいと心底沸き起こる心。
それこそ、まさに大乗の菩薩の精神でしょう。

82 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/10(土) 22:58:17 ID:Zm/m6KOr
>>81
そうなのかぁ。
菩薩は尊重されるだけのことはあるわけだね。
親鸞やら法然やらは経を意味分かって読んでたんだろうと思う。
素人(?)の念仏の意味はあるのだろうか。と、俺なんかは思うけれど、どうなんだろう。

救われるならいいのかな。

83 :31:2007/11/10(土) 23:05:40 ID:oKYmZsq4
>>81 自分の今、目の前で苦しむ民衆をどうにか救いたいと心底沸き起こる心。
それこそ、まさに大乗の菩薩の精神でしょう

人助けが生きがいですって人に正面切って、そんなこと止めなさいとも言いにくい
けど、その人助け、ほんとに人の為かいな、
自分の為じゃなかろうかって思う、
徳を積むって、自分のために、

所詮大乗も小乗もなかろうに、
大乗が良くて小乗が悪いっていうなら、
そうやって比較して優劣つけてる己がいて、
その己は、優れているほうにいるっていういつもの自己満足、

そう大乗も小乗も無く、ましてや親鸞だ法然だ、いやさ釈迦すらどこにもいない、

それらをこねくり回している、この自己ひとりきり

それが証拠に、眠りに落ちれば何もかも消えてなくなる

どこに仏教があるんだろ?


84 :神も仏も名無しさん:2007/11/10(土) 23:28:03 ID:bboFCnRD
>>83
クリシュナムルティを読んでる方なようなので言うのですが、民衆を救うというと我の働きの
ように聞こえますが、実際は自他同一の境地なのではないでしょうか。
それがわかりやすい話になる過程で民衆をとか、他を助けるという話になっているような気が
するのですが。

もっとも実際どうかなんてわからないですけどね。過去の高僧の話なんて。

助けるとか、何かをするということではなく、自分に対するのと同じように他者とも接するという
ことはあるかと思いますね。

85 :神も仏も名無しさん:2007/11/10(土) 23:37:23 ID:QqH5IQsu
一切を阿弥陀仏に観音菩薩に任せてしまう。
つまり自我を手放す、一切を任せるとは自分が無い状態に他なりません。
そこでは、身分の上下も、僧、在家の違いもありません。
あるのは一切を任せることだけでしょう。
ましてや、自分だけ往生をお願いしますとか、どうにか自分の家族だけはお願いしますなどというのは自我の念仏でしょう。
つまり死後は極楽往生できようが地獄に落ちようが阿弥陀仏の意のまま、とにかく任せます、一切を託すというのはそういうことでしょう。
そもそも自分の意のままにいかないのだというのがこの世であり仏法の教えですよ。
いくらやっても自分にはできないことを知って、すべてを阿弥陀仏に任せるしかない、というのが観想を否定した法然のそして親鸞の念仏だと知るべきです。
一切を任せきった、捨てきったところで感じるのが、阿弥陀仏からの回向といえます。
この世にいながら阿弥陀仏からの回向がある、これが環相回向といえます。
環相回向の象徴が理想が観音菩薩といえるでしょうか。

86 :神も仏も名無しさん:2007/11/10(土) 23:56:21 ID:QqH5IQsu
親鸞は自らを愚禿といいましたが真宗教徒と名乗るなら、愚禿という言葉を感じ知るべきでしょう。

87 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/11(日) 00:06:40 ID:jUzSXo0m
>>85-86
親鸞って謙遜してたんだね。

>そもそも自分の意のままにいかないのだというのがこの世であり仏法の教えですよ。
そうだったけ。俺が知っているのは、釈尊の悟りは縁起ってことだけれど。
まぁ深く考えるとそうなるか。表現は悪いかも知れんが、無常に従えってことになりそうだからね。

それを象徴したものが阿弥陀仏という考え方なのかな。

>ましてや、自分だけ往生をお願いしますとか、
>どうにか自分の家族だけはお願いしますなどというのは自我の念仏でしょう。
本当にそうだね。仏性を何も分かっていない者なんだろう。
信仰はだから怖い。釈尊の意図に反してしまう。

88 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 00:24:10 ID:tf+7UMcu
>>87
>信仰はだから怖い。釈尊の意図に反してしまう。
というより、浄土真宗は仏教の一派というより独立した宗教と考えたほうがいいと思う。
その教えはキリスト教によく似ている。と高名な宗教学者さんも言ってるね。
おれもほんとそう思う。



89 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 00:33:44 ID:oP+ZkDTS
QqH5IQsuさん

「一切を任せきった、捨てきったところで感じるのが、阿弥陀仏からの回向といえます。」

って言うけど、どうやったら阿弥陀仏に一切を任せられるのか方法を教えてください><

90 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/11(日) 01:07:41 ID:jUzSXo0m
>>88
>その教えはキリスト教によく似ている。と高名な宗教学者さんも言ってるね。
そうなんだ。今度教義を対比してみたいな。

91 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 01:13:19 ID:oP+ZkDTS
QqH5IQsuさん
「一切を阿弥陀仏に観音菩薩に任せてしまう。
つまり自我を手放す、一切を任せるとは自分が無い状態に他なりません。」

って一切を任せきった時点で悟ってるじゃん!><
どうやったら任せられるのか教えてください、オネガィ (人´ω`*).☆.。.:*・゜

92 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 02:25:45 ID:4zHSrkqX
仏に手を合わせていながらも阿弥陀仏も無ければ観音菩薩も無い、釈迦も無ければ釈迦の教えさえも無い、一切無いから本来無一物。
仏法のはじめ、教えの始まりは自分というものつまりその一切が無いから始まります。
つまり自己一切を捨てきったところから始まります。

これを般若心経の菩薩は空といい、自己一切が無いことを無と示します。
誰もがありがたがるはずの釈迦の教えさえも無と言い切る。
釈迦が説いた縁起はそのとおりだけれど、縁起に拘っているうちは次から次に沸き起こる縁起つまり原因や条件に振り回されこころがやすまらないのです。
般若心経は縁起に捉われて自己を縛っている舎利仏に観音菩薩がそれに拘らない空を説き、一切の苦厄を克服できると説きます。






93 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 02:35:56 ID:Vr7Puxj8
>>91
自分の思考に気づく生活を始めたらどうでしょう。
そうすると思考自体が機械であるゆえに
自らその限界を知る時が来ます。

そのとき思考が自らを放棄するようになります。
自分(私)が一切を任せるようになるのとは
少し異なる状態のように思います。

94 :承狂 ◆nR84EH8w52 :2007/11/11(日) 02:44:55 ID:cY4Pg0MR
>>92
誰の言葉か知らんがデタラメだぞ!(笑

> 般若心経は縁起に捉われて自己を縛っている舎利仏に観音菩薩がそれに拘らない空を説き、

アレは、仏が弟子のシャーリプトラに、観音を例に挙げて空を説いた経典だ。(笑

95 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 02:49:46 ID:4zHSrkqX
法然や親鸞の念仏は法然の一枚起請文にあるようにインドや中国の先人が言う観想することではなく、一切を思わず念仏することです。
だからところかまわず誰にもできたやすいのですが、ただ座禅でもいえますがそうたやすく自己を捨てることは困難です。
まぁ、やりきって疲れ果てたところで悟る人がほとんどです。
これは釈迦も全く同じだったでしょう。
自己に自我になれ浸っているのですから。
阿弥陀仏を信じると言葉でいえても、自己捨てたと体得、納得できるのはなかなか容易ではないのです。

96 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 04:41:56 ID:oP+ZkDTS
>>93=QqH5IQsuさん???
ぁたし、考えて生きてるしぃw
これって自分の思考を気づいてるってことじゃないの?(/ω・\)

2行目から難しくて分からないですぅ。・゚・(ノД`)・゚・。

http://namahage.dip.jp/public/2ch_s/read.asp?url=http://life8.2ch.net/test/read.cgi/psy/1182812908/
↑もう一度、前スレ読んで勉強してくるよ。
800くらいから阿弥陀仏についてよく書いてあるけど、
QqH5IQsuさんの書き込みだと思うしぃ(´-`).。oO

97 :93:2007/11/11(日) 16:49:49 ID:fiOywKKC
>>96
私はQqH5IQsuさんではありません

>ぁたし、考えて生きてるしぃw
>これって自分の思考を気づいてるってことじゃないの?(/ω・\)

簡単に言います。そういうことを考えてるあなたを見つめると言うことです
例えばあなたの心につらいことや悲しいことが出てきたとします。
これを空を流れる雲を見るように見て下さい。悲しい心などは相手にしないで下さい。
やがて雲が見えなくなるように悲しみも消えていきます。
実はもうそれだけでかなり悟りに近いものがあります。

そしてやがて悩んでいるあなた自身が思考(思ったり考えたりすることや感情)
が作り上げた幻だと分かるはずです。
そのとき苦しんでるあなたは風船が破裂するように消えてしまいます。
難しく考えないで下さい。幸せはあなたの目の前にあります。気がつかないだけなのです。



98 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 17:05:49 ID:wPnh0soK
悟りなどこの世界には存在しません。
あなたが悟りだと思ってるものは、既に誰かが
広く公のものとし、天地に知れ渡っています。
当然ながら、あなたが悟りだと思うのは、ただの
一般常識の理解に過ぎません。
一般常識を理解したからといって、それを
知ったかぶって周囲に言い広めれば、
あなたは周囲を白けさせるだけで、世に不幸を
広めるだけです。

99 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 18:04:06 ID:dZK/5WT4
ヒーローマンカード










ぼくもってる

100 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 18:27:14 ID:WTvk6K+g
ゴミスレ

101 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 18:28:15 ID:F7ijhfr6
待望の糞スレ

102 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 18:28:16 ID:WTvk6K+g

  ミ
    ス
      レ

103 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 18:45:08 ID:WTvk6K+g
>>98
は神

104 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 19:00:34 ID:F7ijhfr6
>>98
その通りだなw

105 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/11(日) 19:08:02 ID:jUzSXo0m
>>98
>悟りなどこの世界には存在しません。
では、釈尊は何故仏陀となったんだい?釈尊がこの世のものではないと?

>あなたが悟りだと思ってるものは、既に誰かが
>広く公のものとし、天地に知れ渡っています。
「あなた」とは誰を指しているのか分からないけれど、
もし悟りが公に知れ渡っているならば、カルト問題は生じないだろう。

>あなたは周囲を白けさせるだけで、世に不幸を
>広めるだけです。
ん?良く分からないな。白けと不幸が等価となっているところが。

106 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 19:25:17 ID:WTvk6K+g
>>105
一々反応するなよな
もう ウンザリだ

107 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/11(日) 19:27:58 ID:jUzSXo0m
>>106
えっ?
反応がなきゃ2ちゃんねる成り立たないでしょ。

108 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 19:30:13 ID:WTvk6K+g
>>107

いい加減!悟りなさいな

109 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 19:30:52 ID:dZK/5WT4
天網恢恢疎にしてもらさず

105は悟ってなにがしたいのかな?

110 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 19:34:33 ID:dZK/5WT4
えらそうなことかいてるんだから
こたえよ!!!
こたえてみよ。

冗談に逃げたり、書物にはしったり、あなたは
さだまらないわけだが、それでいいのだな


111 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 19:35:47 ID:WTvk6K+g
>>109
は神

112 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/11(日) 19:38:39 ID:jUzSXo0m
>>108
そのエクスクラメーションの使い方…
もしや君は>>5かな?

>>109
俺が悟ってなにがしたいかって?「したい」ってことはないかな。
まぁ強いて言うなら、己の苦の根源をちゃんと知りたいということかな。
それが悟りの目的(結果)らしいからね。

>天網恢恢疎にしてもらさず
読めない…

113 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/11(日) 19:41:10 ID:jUzSXo0m
>>110
えらそうなこと…ねぇ…。何がそう見えるのだろうか。

114 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 19:42:15 ID:WTvk6K+g
>>112
めっかっちゃった〜?

115 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 19:44:11 ID:jUzSXo0m
>>114
(笑)だって特徴あるもん。今日もよろしくね。
ところで、酉はどうした?ころころかえるのは!なしね!

116 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 19:47:19 ID:JlmFr3Ed
誰が悟りと継っても、迷惑かけるわけじゃないから
好きにやっていいと思うよ

カルトだけは迷惑だけどね

117 : ◆SKMlSPfKqU :2007/11/11(日) 19:49:10 ID:WTvk6K+g
>>115
わかったよ〜だっ


118 :かかし:2007/11/11(日) 20:14:15 ID:Y4gUKpTd
ダライラマは悟ってる人?

119 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 20:17:11 ID:dZK/5WT4
kodomo


120 : ◆SKMlSPfKqU :2007/11/11(日) 20:29:53 ID:WTvk6K+g
神様〜っ!
どうかゼロがもうカキコしませんように!

121 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/11(日) 21:06:40 ID:jUzSXo0m
>>118
ダライラマは沢山いるからね。
悟っているか否かはどうなんだろう。
でもチベット仏教最高指導者ってくらいだからね。
どう指導しているかとても興味深いね。

>>120
何言い出すの急に。

122 : ◆SKMlSPfKqU :2007/11/11(日) 21:13:19 ID:WTvk6K+g
神は居ないみたい!

123 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/11(日) 21:23:14 ID:jUzSXo0m
原始仏教は無神論者向けだよ。

124 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 22:02:35 ID:JlmFr3Ed
原始仏教は本当に神を否定しているのかな

125 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 22:05:43 ID:dZK/5WT4
わかった!
わかった!!
わかったぞーーーーーー!!

126 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/11(日) 22:31:51 ID:jUzSXo0m
>>124
神や魂の存在を否定はしてないらしいよ。釈尊は沈黙したそうだ。
時代が時代だからね。
何で沈黙したかというと、人間にそれを知る術がないから。
だから、否定ではなく沈黙した。いるともいないとも言ってない。

ただ、これだけは言った。
現世の苦しみから逃れる為にそれは必要ですか?と。

127 : ◆SKMlSPfKqU :2007/11/11(日) 22:31:59 ID:WTvk6K+g
>>125
何が?

128 : ◆SKMlSPfKqU :2007/11/11(日) 22:34:03 ID:WTvk6K+g
ゼロは沈黙出来ない人!

129 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/11(日) 22:35:00 ID:jUzSXo0m
>>128
だから君にも構う(笑)

130 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 22:40:02 ID:dZK/5WT4
おお、感動に打ち震えている
もう何も聞かないでくれ。
二度とゆり戻されることがないように・・・

131 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 22:46:47 ID:9Dhn8e7M
>>130
つーか、あんたがここ見るのやめて
独りで喜んでれば?
何なの?悟ったんですかって聞いて欲しいの?w
ただの自己顕示欲じゃんw

132 :セロ ◆SKMlSPfKqU :2007/11/11(日) 22:50:51 ID:WTvk6K+g
>>129
今から俺の名前はセロだ!
>>130
悟っちゃったの〜?

133 :かかし:2007/11/11(日) 22:53:32 ID:Y4gUKpTd
ゼロ かっこいいよ。

必要ですか?の後がしりたい。
現世の苦しみから逃れることなんかできないのに
知ってってわざわざ釈迦はそんなことを聞いたんですか?

134 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 22:57:30 ID:dZK/5WT4
おお、なんというか。ゼロさんは、
一度ならずと、悟っているはずだ。
なぜ、放棄して菩薩業に励むのか。
不思議だ。まあいい。ありがとう

135 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/11(日) 23:11:58 ID:jUzSXo0m
>>132
セロよろしく(笑)

>>133
照れるなぁ。嬉しい。
必要ですか?の後は、弟子は何も言わなかった。
弟子はきっと何で自分が釈尊についていっているのか確信したのだろうね。
釈尊は、生きながらにして、苦から逃れることが出来た。
その方法が諸行無常という考え方だそうだよ。
万物流転と、苦を結びつけたところが釈尊の特徴なのだそうだ。
生きながら悟り、涅槃に至るまでを説法に費やしたクールな人なんだ。

>>134
俺は、悟っているかどうかは分からないけれど、
欲まみれだった自分からは脱したよ。地位も名誉も金も最低限あればいい。
俺は一生菩薩業に励むだろうね。釈尊も一生修行の身だったわけだし。
134さんは何かを発見したんだね。
是非聞いてみたいな。

136 :31:2007/11/11(日) 23:16:40 ID:VvJ7ux0R
>>84 助けるとか、何かをするということではなく、自分に対するのと同じように他者とも接するという
ことはあるかと思いますね。

なるほど、大乗の教えといっても、ことさらに自我分別に
汚されないで表現することがあるのですね。

むしろ、その言葉に過剰反応する自分が可笑しいですね、

大乗の教えと聞くと、無意識に反発を感じる私の中には、
小乗と呼ばれる自分のスタイル、自力門と呼ばれるような癖があるようです、

その自分のポジション(小乗)を、擁護したい、反対のポジション(大乗)を
否定したいという動機があるようです。
ありがとうございまず。


137 ::2007/11/11(日) 23:17:07 ID:ww/MEcRp
いくつか悟ることもございましたので
語らせて頂きたいと思います
悟りというのは究極絶対神と言うのがございまして
究極絶対神とぴったり一致して生きることが出来るということであります


138 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 23:25:33 ID:2AYBUa70
158 名前:153[sage] 投稿日:2007/09/08(土) 09:34:34 ID:C1MystXE
>>155
テクスレでテクの話をしようとネタ振ってるんだから、
頭ごなしに小バカにするんじゃなくて、
もう少し生産的なレスをお願い。

アバターテクに関しての俺の体験的見解は、

1.ひとえに心を静めるメソッドである。

2.心が静まった状態とは、雑念が連鎖しない状態である。

3.雑念が連鎖しない(いわゆる雑念がない)とは、
  プライマリはあるが、セカンダリがない状態。
  禅語にいう「二念をつがない」状態のことである。

4.一般的な瞑想では、静座してこの状態をめざす。
  経験上、比較的容易に達成する。これがいわゆる座禅。

5.アバターテクは、座禅ではなく動禅のテクと思われる。
  つまり日常的活動をしながら、心が静まった状態にある。
  
6.即物的な願望達成のテクではない。


161 名前:神も仏も名無しさん[sage] 投稿日:2007/09/26(水) 20:45:04 ID:AofUkM6y
>>159
>アバを習得しても、暫く放っておくと元の木阿弥状態になるというのも事実。
それ、すごく同意。
私もそうでした。
あの感動、あの静謐さはどこへ・・・って感じで。大苦笑。

139 :セロ ◆SKMlSPfKqU :2007/11/11(日) 23:31:49 ID:WTvk6K+g
>>138
コピペか?

140 ::2007/11/11(日) 23:31:57 ID:ww/MEcRp
諸行無常についてお答えします

諸行無常の認識は釈尊出家の要因でございまして
諸行無常を知ることで苦を滅したのではなく
その逆で、おしゃか様は死ぬほど苦しんだのでございます


141 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 23:32:55 ID:2AYBUa70
仏陀の悟りがどういうものかしらんけど、
俺が経験したのは>>138みたいなやつだね。

「今ここ」にいて、喜怒哀楽を引きずらないって感じ。
時間が過ぎるのが速かったね。「あれ、もう夜?」てな感じで。


142 :神も仏も名無しさん:2007/11/11(日) 23:36:24 ID:JlmFr3Ed
>>125
おめでとう
>>137
唯一神、創造主、究極絶対神、amida,呼び名が違うだけで、一緒かな?
悟りや、有形の神ではない、もっとも最上の次元と合一できたの?

143 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/11(日) 23:38:54 ID:jUzSXo0m
>>140
そうなの?それは初耳だなぁ。
まぁ全て苦であると言っているからあれだけれど、
それが絶望だったら死んでるんでない?
無常を知って俺なんかは楽になったけれど。

何でみんなに説いて支持されたのだろう。
自分の苦しみを説法で説いたってこと?

>>141
そうなのかぁ。悟り経験があるんだね。

144 ::2007/11/11(日) 23:38:55 ID:ww/MEcRp
矛盾するような言い方でございますが
究極絶対神とは諸行無常の事でございます


145 ::2007/11/11(日) 23:41:01 ID:ww/MEcRp
セロさまは万物流転と諸行無常を区別されて語られている事に気がつきました
釈迦に説法だったかもしれません

146 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/11(日) 23:42:32 ID:jUzSXo0m
俺はゼロね。セロさんは別人よ。

147 :セロ ◆SKMlSPfKqU :2007/11/11(日) 23:45:16 ID:WTvk6K+g
あのね
ここの連中はコピペばっかりなんだよね!
拾って来たモノばかり!

セロやめようか?ややこしいもんな

148 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/11(日) 23:46:59 ID:jUzSXo0m
>>147
なんか別なHNでも構わないなら、そのほうがいいかもね。
俺はコピペしとらんよ〜

149 :31:2007/11/11(日) 23:48:12 ID:VvJ7ux0R
>>92 般若心経は縁起に捉われて自己を縛っている舎利仏に観音菩薩がそれに拘らない空を説き、一切の苦厄を克服できると説きます

自己を失うことで、自分を忘れることで、無のなかで一切の苦厄は克服できる
と説くお経、救いです

何度も何度も元の木阿弥に戻る、
何も進歩しておらず、少しも深まってもいない、
凹んでぐうの音も出なくなる、
そんな時、心経をみる、
一切の苦厄を克服できると書いてある、

うれしくなる
涙が落ちる


150 :ロゼ ◆SKMlSPfKqU :2007/11/11(日) 23:48:41 ID:WTvk6K+g
ロゼはどうだ?
これもまたややこしいな

151 ::2007/11/11(日) 23:49:23 ID:ww/MEcRp
苦行に勤しむ釈尊はある時、仏の慈悲深い掌の上で七転八倒していたことに気がついたのでした
そこで苦行を止めたのでございます


152 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/11(日) 23:50:05 ID:jUzSXo0m
>>150
酉だけのほうがシンプルで良かったんじゃないかな。
登場時もそれだったわけだし。

153 :141:2007/11/11(日) 23:53:04 ID:2AYBUa70
「今ここ」にあれば、抱えている苦しみとか関係なくなるけどね。
世界を見る目も味わい方も変わっちゃうから。

そしてそれは、特別なことでもないと分かる。
普段やってることじゃん、ただ気づいてなかったんだと。

154 : ◆SKMlSPfKqU :2007/11/11(日) 23:53:37 ID:WTvk6K+g
>>152
そうしましょーっ

155 ::2007/11/11(日) 23:54:18 ID:ww/MEcRp
31
まさしく
気休めでもなんでもなく
現実に苦悩者を救う救済の手が苦悩している最中にも無数に伸びているのですが
我見に囚われているのでそれに気がつかないのです


156 : ◆SKMlSPfKqU :2007/11/12(月) 00:00:05 ID:WTvk6K+g
覚者同士がセクロスするとどうなるでしょう?

157 ::2007/11/12(月) 00:03:13 ID:WzCMQPEF
という悟りがあったのですが、さらにまだ上がありますでしょうか


158 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/12(月) 00:07:42 ID:zCzsehDP
>>156
気持ちいい。

>>157
悟りは個人的な覚醒だと思う。上も下もないんでないかな。

159 ::2007/11/12(月) 00:12:20 ID:WzCMQPEF
おしゃか様も悟りを追い掛けているうちは
この宇宙の玄妙な働きには気がつかなかったはずです
自分の苦しみ、自分の迷い、自分自分自分と自分が生み出した妄想の世界に居た
しかし苦行だなんだと人の道から外れた自分もなんだかんだいって生きているわけで
生きているからには大宇宙の様々な要因に守られ生かされているわけで
はっとこの宇宙の大慈悲に気がつき大悟徹底した

160 : ◆SKMlSPfKqU :2007/11/12(月) 00:12:23 ID:twRr7Xux
>>158ゼロ
間違っては、いないな。

161 :141:2007/11/12(月) 00:12:39 ID:nS8RYsW7
>>157
理屈として悟ったんじゃなくて、
自分の体験を言葉(理屈)で説明してるんなら、それでいいように思う。

上はあるんじゃないかな。
たぶん、こうやって言葉で語ることから離脱すると思う。
体験に埋没するというか。そのものになるというか。

162 :141:2007/11/12(月) 00:15:14 ID:nS8RYsW7
>>158
>上も下もない

おお、まさにそうだね。
俺もまだまだ無自覚に価値判断してるね。

163 ::2007/11/12(月) 00:18:21 ID:WzCMQPEF
体験に埋没すると言っても「凡夫」の体験とは空ではない
空ではないから苦悩が生じます


164 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/12(月) 00:19:27 ID:zCzsehDP
>>162
賛同ありがd。
俺はあくまでそう思うのだけれど、
悟りというのは、どこか(忘れてしまった)では50段階に分けられているそうだよ。
釈尊の悟りが一番高くて、それ以下に段階があるという。

165 :神も仏も名無しさん:2007/11/12(月) 00:23:04 ID:yhfQONBK
>>97さん〃 ̄∇)ゞアリガトォーーーーーーーーーーーーーーー♪

やっと理解できましたぁ↑
日常のなかで色々心を見つめてみることにします!!((o(^-^)o))わくわく

166 : ◆SKMlSPfKqU :2007/11/12(月) 00:24:55 ID:twRr7Xux
>>164
間違いなくオマイラは一番低い段にも達していないわな!

167 ::2007/11/12(月) 00:25:17 ID:WzCMQPEF
凡夫が体験しているのは己自身の低級な意識であって空ではない
般若心経では「おまえが経験しているのは夢、幻だぞー。夢幻を実態だと思うから苦悩が生じるんだぞー」と繰り返しといてます

168 : ◆SKMlSPfKqU :2007/11/12(月) 00:31:45 ID:twRr7Xux


ここは自慢すれだな




169 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/12(月) 00:33:00 ID:zCzsehDP
>>164
今、ネットで調べたら、五十二位(段階)だった。
どう分別されているのだろう。誰か詳しい人いないかな。

170 :141:2007/11/12(月) 00:35:30 ID:nS8RYsW7
>>163
まあ俺も今は元の木阿弥で普通の凡人状態だから、
それらしい状態のときを解説するだけなんだけど。

体験に埋没するっていうのは、
自分が今経験してることを解釈しないというか、価値判断しないって感じ。
良いとか悪いとかジャッジしない。

たしか聖書にもあったよね。
「他人を裁くな、同じはかりで自分も裁かれる」みたいな。
それを理屈でやるんじゃなくて、ただ「そうなってる」って感じ。

だから、自分の経験をただあるがままに受け止めるから、
それは味わって一瞬で消え去る。
ジャッジしないから。ただ経験するから。

人が苦しむのは、経験をジャッジして良し悪しを判断しようとするからなんだと、
つまり経験することに抵抗して、経験を避けようとするからだと。

「判断する」という思考の働きがなくなると、
自動的に、今経験していることに埋没するというか没入する。
つまりそのものになる。
それが禅で言うところの「二念をつがない」っていうことなんだと思った。

「空」とかはよく分からんね。
俺の経験では、思考を消去すれば勝手に悟る、つーか楽になる。
思考をこねくり回して「悟りとは?」なんてぐるぐる考えているうちは、
悟りには近づけないと思う。

171 : ◆SKMlSPfKqU :2007/11/12(月) 00:36:00 ID:twRr7Xux
>>169
ワロ!

172 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/12(月) 00:38:36 ID:zCzsehDP
>>168
そうかな。悟りを理解した人と思った人が情報交換するスレだと思うけれど。

173 : ◆SKMlSPfKqU :2007/11/12(月) 00:38:50 ID:twRr7Xux
>>170
それだけ分かっていればいいんでないの

174 : ◆SKMlSPfKqU :2007/11/12(月) 00:44:17 ID:twRr7Xux
>>172ゼロ
どんな要素もあるがな、ここは!

175 ::2007/11/12(月) 01:04:20 ID:WzCMQPEF
経験を解釈しないというのは違うように思います。仏教とはかなり高度な世界解釈です
空とは自然状態では得られない認識です
釈尊が苦行を終え菩提樹で休んでいると一人の少女がミルクを献上しました。
釈尊はそこに空を見たのです。
「あー美味しい有難う」と言う話では無い
そこに高度な思考があったから、恐らくはその少女に手を合わせたのです


176 : ◆SKMlSPfKqU :2007/11/12(月) 01:05:14 ID:twRr7Xux


   ここの連中は生まれ変わってもなお、悟らないだろう、きっと!



177 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/12(月) 01:06:41 ID:zCzsehDP
急にどうした?◆SKMlSPfKqU。
何か悩み事があるなら聞くぞ。

178 : ◆SKMlSPfKqU :2007/11/12(月) 01:12:34 ID:twRr7Xux
>>177
いや、なんでもないよ  セロ

179 : ◆SKMlSPfKqU :2007/11/12(月) 01:14:08 ID:twRr7Xux
ごめん ゼル いや せろ じゃなくて ゼロ!

180 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/12(月) 01:14:59 ID:zCzsehDP
>>◆SKMlSPfKqU
ならいいんだ。良かった。
少し心配になってね。

181 :神も仏も名無しさん:2007/11/12(月) 02:36:41 ID:tWjmDPtx
多くの人は阿弥陀仏にしろ観音菩薩にしろ大日如来にしろ他の如来、菩薩も拝む対象、崇拝する対象だと考えています。
だから、キリスト教や他の宗教とごっちゃに同じにしてしまいます。
たしかに阿弥陀仏や観音菩薩に救ってもらいたい願って仏法を学ぶ人がほとんどですので宗教者僧侶も含めそのように間違ってしまいます。
しかし、大乗仏教の如来、菩薩は最終的には拝む崇拝する対象ではありません。
見性、または悟りにおいては、自分の身体、心の中にもあって自分を突き動かし、自分を生かさせているのだと知るのです。
これを大乗では一切衆生悉有仏性といい、道元においては、悉有は仏性の現れであると言い切ります。
親鸞は環相回向で説明します。
観音菩薩は頭に阿弥陀仏を掲げていますが、将に阿弥陀仏と観音菩薩は一体であり、見性悟りに気づいたものは観音菩薩と同じだと示しているのです。
観音菩薩は智慧つまり悟りと慈悲の象徴ですが、それは見性の時の自他一体の体験、無分別の体験から慈悲の心が強く芽生えるのです

182 :神も仏も名無しさん:2007/11/12(月) 02:55:04 ID:tWjmDPtx
私は、79、81、86、92、95も書きこみましたが、 92の
 仏に手を合わせていながらも阿弥陀仏も無ければ観音菩薩も無い、釈迦も無ければ釈迦の教えさえも無い、一切無いから本来無一物。
とは、空であるということは本来無一物であり、仏性の現れであり、言葉を変えれば環相回向のあらわれだという事を言いたいのです。

183 :神も仏も名無しさん:2007/11/12(月) 03:24:36 ID:tWjmDPtx
181で、観音菩薩と同じだと示していると書きましたが、気づいたといっても我々はまだまだ凡夫のままですので他のものに人にやさしくするよう努めなければならないでしょう。
仏に生かされているとは、言葉を変えれば大自然に生かされているともいえます。
自分のことだけを考えるのではなく、自分の周りを大切に思い、ともに生きていると知ることも大切でしょう。

184 :神も仏も名無しさん:2007/11/12(月) 05:00:22 ID:ihy5RUs/
なんで宗教の力をかりないといけないんだ?
自分で解決しろよ。

185 :武庫川女子大学総長 ◆gqBBZUnUPk :2007/11/12(月) 05:48:15 ID:J+34x8Jj
「悟りを得てくるにつれて自力と他力の明確な区別がしにくくなる」と、当方に語った仏道の(在家)修行者がいる。
「変に自力と他力の峻別を行なわないほうが仏に近づくことができるような気がするんですよ」とも。

ただ、発願は完全な自力だと自分は思う。
発心ならば他力の作用も加わってのことだろうとも受け取れるんだけど、
いくら他人から発心を促されたところで機根に乗じることができなかったならば、発心させることは難しい。
ただ、発心して発願するのはあくまでも当人なわけだから、何が機縁であったとしても「発願は自力」となるんだと思える。

発願の念の強さに応じて、やがて他力が作用するというのが仏の法則なのでは?
・・・・こう考えると「他力本願」にしても「自力本願」にしても、とどのつまりは同一であるように錯覚してしまうことすらもよくある。

186 :神も仏も名無しさん:2007/11/12(月) 06:17:51 ID:8jVSv/kq
神秘体験などで、宗教なんか知らない子供のうちから
虚空蔵などに、継ってしまうのは、何なんだろう。
これは、完全に他力のような気がするが。

187 ::2007/11/12(月) 08:08:33 ID:WzCMQPEF
11/12(月) 05:00 ihy5RUs/
なんで宗教の力をかりないといけないんだ?
自分で解決しろよ。


あなたのような方の為に「宗教」があると考えてよい
「自分」など無い。無なのだ空なのだと説くのが宗教だからです。


188 :神も仏も名無しさん:2007/11/12(月) 08:15:16 ID:b0lFAiYG
悟りとは? 心の横に吾が居る。 離れてない姿。

忌まわしいとは? 心の上に己が居る。 揺動かされている姿。
悩ましいとは? 心の横に脳が居る。 アタマだけで考えてる姿。

「文字で何となく解るモノ」≒「克己心」を佛教では説いてるね。

189 :神も仏も名無しさん:2007/11/12(月) 09:02:51 ID:Od3KjbVh
>>184
宗教って、人間が生きて行く、道を踏み外さない為の
一つの人生の道しるべだと思う。
教えには、人を苛めなさい、苦しめなさい、憎みなさい
呪いなさいとか、感情のまま、欲望のまま生きなさいとか
書いてないと思う。
人は尊重するもの、感謝の心、思いやりとか、欲を持ち過ぎないとか
大切な事が書かれているように思う。
日常色んな事があるから、悪い感情に振り回されて、自分を見失わないように
する為の戒めでもあると思う。
何も勉強しなくて、これらを忘れずにやれるんだったら、いう事はないと思うし
立派だと思うけど、多くの人は、人生を間違えたり失敗したりする事が多い。
皆失敗が無いのならいいけどね。
だから人生には、曲がった所を正す所が必要になって来るんだと思う。


190 :774 ◆1KWe/Jkuxs :2007/11/12(月) 16:39:22 ID:YFiTvq47
>なんで宗教の力をかりないといけないんだ?
>自分で解決しろよ。

自力で進む人が知らない背後で援助があったりするものだ。
子供が2本の足で立ち始めたら、いちいち援助しない。
ただ見守るだろ?それが他力。それは確かにあるよ。
けれども自分が関われるところは自力だけだ。
だから要点は、見守られていることへの信頼だ。

ここには知っている人も知らない人もいるかもしれないが、
ここを読む人、読まない人を含めて我々は見守られている。
私にとってはそれは事実だが、他の人は違うかもしれない。
けれどもそれは全然問題じゃない。

191 :神も仏も名無しさん:2007/11/12(月) 16:44:39 ID:mcLQE/WT
ミーもマモーも
盛られているの?

ふーーん

アーナンダー

192 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/12(月) 16:45:40 ID:zCzsehDP
おっ。774 ◆1KWe/Jkuxs久しぶり〜。

193 :79:2007/11/13(火) 13:03:46 ID:o75NfiYR
他力というと、阿弥陀仏の本願のはからいとだけ理解する人がいますが、大乗仏教全体では他力を仏のはたらき、言葉を変えると大自然の働きと理解したほうが間違いが無いでしょう。
例えば、北国では冬が過ぎれば日の光が少しずつ強まるとともに春の温かい南の風が吹き雪を溶かします。
それと呼応するかのように木々も芽吹き花が咲き生き物たちも活発に活動し始めます。
これは自分でこうしよう、ああしようと考えて変わっているのではなく、環境の変化気候の変化に応じて自然に自然に自分を変化させ生かさせその環境にうまく適応させている不思議な働きがあるとも考えられます。
それを人によっては仏の働きといい、他力といい、自然法爾といい、仏性の現われといい、他多くの言葉で表されます。
このときの自己のはからいが無いことを無心というのでしょう。
俺は他力など必要ない自分の力で何でも解決できるのだと思うのは自由ですがそれですべてうまくいくとはいえません。
たしかに知識を使えばなんでも解決できそうですが案外一時的だったり自己中心的なものだったりして多くの人に迷惑を掛けたりするものです。
私たちが今生きている生かされているのは大自然や環境、他の人やものとの微妙な関係の中でうまく成り立っているということを知ることが大切です。

194 :へぼ将棋:2007/11/14(水) 08:44:36 ID:qQrBchs5
いくら他力本願の人でも 閑な時でも良いから
仏様もなにもかも気にせずありのままの自己見つめる
これ大切と思う。駄目な私があってもこれから全てが始まる。


195 :774 ◆1KWe/Jkuxs :2007/11/14(水) 09:45:21 ID:DYzv8jdS
>私たちが今生きている生かされているのは大自然や環境、他の人やものとの微妙な関係の中でうまく成り立っているということを知ることが大切です。

本質的な意味で人間である我々がそれを知ることはできない。
私たちができるのはあくまでも限定的理解。もし本質的に知っているなら、こんなにひどい世界にも
ならなかったであろうし、地球環境もましだったであろう。それは理想論。

あらゆる論は空論だ。仏教のそれであれ、物理化学のそれであれ。
私のいう自力、他力は知識ではなく、実践だ。他力の経験、すなわち即時の
知なのである。それ以外に人が目覚める手だてはない。

196 :31:2007/11/14(水) 10:50:49 ID:fuPk51XY
>>193
他力本願に腰をすえての御意見かと拝察します。
仏の働きとしての他力があり、それに見守られる自己がある。
その代表的な例として、二人の例がある、
>>81二人(法然、親鸞)とも阿弥陀仏の極楽浄土往生を説きますがその一方で自分は地獄へ落ちてもかまわないとさえ言い切ります。
自分の今、目の前で苦しむ民衆をどうにか救いたいと心底沸き起こる心。
それこそ、まさに大乗の菩薩の精神でしょう。
つまり、地獄行きのつまらない自分がいるけれど、しかし心の内側には、
苦しむ民衆を救いたいという慈悲の心=仏の働きが同居する。
この良き例が法然であり、親鸞であると。
しかしこれは、精神分裂病患者だといえます。
本来無一物の、本来不二である自己=無  
に反し、自分とそれを見守る仏の二者分裂の状態。
確かに、自分はさておいて、他者を救うという自己犠牲の精神は、
美しく、けなげに、そしてなにより、当の本人に満足感を、充実感をもたらすかもしれません。
が、それは自己満足のそしりを免れません。
仏法が本来無一物から始まるというなら、
満足する自己が消えた時、本来無一物たる自己の面目躍如たるものがあるでしょう。
例え、どんなに高邁な自己犠牲の精神だろうと、自己以外に何かあれば
それは作り物、人為、壊れ物でしょう。
ただのガラクタですから、捨て去るべきです。
そういったガラクタを後生大事にすることは、本人の自由です。
がそれを人前で吹聴することは、人を誤らせます。
本来無一物の自己に、余計なものを付け足す愚行です。
クリシュナムルティもそういった愚行を行った人です。
無選択の覚醒というガラクタをあまりにも吹聴しすぎたので、その言葉に
ひっかかって、想念で想念を観察する精神分裂を延々と繰り返す犠牲者が、
大勢います。
悲しいことです。


197 :神も仏も名無しさん:2007/11/14(水) 14:34:16 ID:/GCqJnPD
>>196
>しかしこれは、精神分裂病患者だといえます。
これは、にわかに覚えた言葉を使ってみたかったために用語の意味をわからず使ってしまいましたね。
難しい言葉は意味がわかってから使うようにしましょうね。

198 :774 ◆1KWe/Jkuxs :2007/11/14(水) 15:12:15 ID:DYzv8jdS
>本来無一物の、本来不二である自己=無  
>に反し、自分とそれを見守る仏の二者分裂の状態。

ここいらが悲しむべきところですな。
あなたは実に甘い。仏や無を論ずるよりあなたのガラクタを捨てて
自信を知ることです。そのあとで他者を批判してください。
でなければただの笑いものですょ。

満足と自己は常に同時に存在します。自分を観察すれば即わかります。
そうでしょ?
無選択と覚醒、これも同時です。そのとき無です。
しかし、無をですとは本当にはいえません。精神を使って精神を止めさせる
ことはできないのです。「無」にはなれません。




199 :Zeus(ゼウス):2007/11/14(水) 15:31:30 ID:dFp4OyzD
「悟りを開く」ということは、
「絶対に認識できないこと」を「認識できるようになること」である。

200 :zztop:2007/11/14(水) 16:16:45 ID:xarMOPkL
なにもさとらなくていいんだよ。
こころの扉をおじさんが開けてあげるからね。
キィーー、、、、、、、、あーーーーやめてーーー

そんな言い方するからいけないんだよ。そうだなうんうん
云々かんぬん

云々かんぬん

座らすことが一番だ。座る、それだけでいい。
ただいっておくが、必須条件ではない。ウホッ







ってなかんじ。

201 :zztop:2007/11/14(水) 16:37:33 ID:xarMOPkL

「甘くもなし、辛くもなし」
それが悟りにちかい表現かな。
己が介在する隙間すらないw

泣くが修行、笑うが悟り、こっちの方が
本質に近いな。


202 :神も仏も名無しさん:2007/11/14(水) 17:58:34 ID:Wv+cfo0m
Mだけだっ!
ここにもいないっ?・・・鬼和尚どこだっ!

203 :神も仏も名無しさん:2007/11/14(水) 18:35:19 ID:zX7+EeTE
ここもお子さまが出入りし出してウザいな。

お子さまがウザくなったら、お子さま書き込みは削除してくれるこちらへどーぞ。
http://yy59.60.kg/occult/

204 :31:2007/11/14(水) 19:41:56 ID:fuPk51XY
>>197
精神分裂病といったのは、
文字通り、精神が自己と仏という二つに分裂しているようだから
そして、それは病んでいるので、そのように表現したまでです。

ただ社会通念上は、社会生活に適応できないで、医療機関に認定をもらった場合、
そのように呼ぶのでしょうが、そしてこちらの比重が極めて高くて、
そう、アラシと取られたのかもしれませんね、

いや、こちらの医療機関での認定基準を加味すれば、
お二人とも成功者で、社会不適応していたわけじゃないでしょうから、
精神分裂病じゃないことは明らかですね。
そう、でも仏法本来からすれば、分裂し、心が病んでいる
それは事実でしょう。
そしてその分裂は、心身脱落した人を除いてみなに起こっているということです。
精神分裂と言う言葉は、誰かを貶める為に使っていいるのでなく、
無心=本来から外れている事を表現する為に使っています。



205 :zztop:2007/11/14(水) 20:00:42 ID:xarMOPkL
体操選手でも、突然飛躍するらしいね。
これだけの技でこれだけの余裕があると。
ならば、、、、(新技誕生)
 閃きと飛躍は似ているようで、似ていない。
俺なんか774や31のような文章は読めても書けない。
31さんには、ぜひとも飛躍してほしいね。話題の転換とかじゃなくて。

なんか解りにくいwことかいて悪いな。コツをつかむ方法があれば
いいのにな。


206 :zztop:2007/11/14(水) 20:05:10 ID:xarMOPkL
精神そのものを題材にして、論理の限界まで
あたってみないと、話題の転換と「飛躍」の
ちがいはわからないだろうな・・・

207 :31:2007/11/14(水) 20:12:57 ID:fuPk51XY
>>198満足と自己は常に同時に存在します。

そうです、自己満足のとき、
それがいつもだと、自己満中毒

>精神を使って精神を止めさせる
ことはできないのです
そうですね、精神で精神を止めると考えるのは、分裂した精神です、

>無にはなれない、
そうですね、なろうとする理想と、ならんと欲する自己の分裂があるだけです

>無選択と覚醒、これも同時です。そのとき無です。

ここがどうでしょうか、
無選択というとき、選択しないでいるという自分がいるのかいないのか、
無選択と覚醒が同時にあるという表現は、
無選択の自分を覚醒して見ている自分がいるという意味でしょう。

このように、無選択でいる自分を覚醒している自分が見ているというなら、
無選択でいる自分と、それを眺めている自分という分裂があります。
立派な精神分裂状態です。



208 :zztop:2007/11/14(水) 20:52:20 ID:xarMOPkL
話の筋はあってるかわからないけれども
(もちろんあってると思ってつなぐわけだが・・
http://www.b-net/daisen-in/2002/2feb.htm

世の中大変で、問題だらけ。私事、よく地べたに座るものの、やっぱり
おけつのほこりはらって歩きます。人の話もまあ同じかな。去る時は
サル。なんせ大伝根だからね。

209 :zztop:2007/11/14(水) 20:54:27 ID:xarMOPkL
http://www.b-model.net/daisen-in/2002/2feb.htm

210 :zztop:2007/11/14(水) 20:56:55 ID:xarMOPkL
ああ大信根か。これようわからんわ。

211 :zztopじゃ もんくあるか!:2007/11/14(水) 22:13:49 ID:XmuM6mKN
zztop
http://jp.youtube.com/watch?v=QE-o9OQJswY
zztop
http://zztop.hippy.jp/gallery.htm

212 :神も仏も名無しさん:2007/11/14(水) 22:16:27 ID:/GCqJnPD
>>204
専門用語を使う場合、きちんとその用語の使い方にのっとって使いなさい。
おまえの解釈で用語の意味を変えてはいけません。
わかりましたね。


213 :31:2007/11/14(水) 22:25:19 ID:fuPk51XY
>>205
ZZTOPさん、
じわーときまっせ、
いい響きですうー

てめえでひり出したウンコ、箒で掃いてビニール袋にいれてっと、
失礼しました、じゃ、またね

214 :774 ◆1KWe/Jkuxs :2007/11/15(木) 20:41:02 ID:1HpnulN8
>無選択の自分を覚醒して見ている自分がいるという意味でしょう。

ううん。
自分がいないと言う意味。知覚のみがあるという感じかな。

分裂とは思考そのもの、あれ、これ、わたし、あなた、満足、恐怖、
願望、記憶、などなど、私たちは思考によって分裂している。
そうでしょ?

だから精神医学的にではなく、人間の本質として、我々は思考をつかって
自分と他人と世界を切り刻んでいる。切り刻まれた対象が分裂しているように
見えるけれど、本当は私たちが分裂しているのだ。

この全体に気づく特、切り刻むのを止める。
愛は糊のようだ。断片をくっつける。わたしは糊でありたい。


215 :神も仏も名無しさん:2007/11/15(木) 21:00:22 ID:xJrPdFuO
ハンネ、ちょこちょこ変えたらあかんよ!

216 :神も仏も名無しさん:2007/11/15(木) 21:18:00 ID:ustdS+sV
ぐっすり眠ってるときが悟っている時間じゃないのかなぁ?
だって何されようが罵倒されようが無言で受け入れているじゃないか。
んっ!寝言を言う事があるから違うか?

217 :神も仏も名無しさん:2007/11/15(木) 21:23:35 ID:xJrPdFuO
>>216
ワロタわ!

218 :神も仏も名無しさん:2007/11/15(木) 21:40:52 ID:xJrPdFuO
>>216
あんたみたいなんが来てくれると、ほっとするわ!

219 :神も仏も名無しさん:2007/11/15(木) 21:41:36 ID:cGqgz+bo
悟りとは、

自分が、自分も含めたこの世の全てにおいて、無力じゃと
知ることじゃ。

驕るなということじゃ。

ツマラン、邪心ばかり腹に抱えてる人間は、
何の価値も無いことが

わかれば、悟りになるのじゃや。



220 :zztop:2007/11/15(木) 21:46:28 ID:7xYYbmzp
ついさっきまで
unnkoかかえてました。

221 :神も仏も名無しさん:2007/11/15(木) 21:54:41 ID:r37n7C4X
>>219
半分あたっているじゃないか。でもそれだけじゃ悟りではない。じゃどうするか?
このどうするかを分って実践すると、悟りに通じる。

222 :神も仏も名無しさん:2007/11/15(木) 21:56:53 ID:cGqgz+bo
>>220

あんたがツマラン人間か、

詰まる人間かは知らんが、

勝手に生きていけや。

お前様の人生は全然しらんが、
どうとなと、しなされ。

さいなら。




223 :神も仏も名無しさん:2007/11/15(木) 21:59:22 ID:xJrPdFuO
>>221
つーか>>216も半分あたっているじゃないか。


224 :zztop:2007/11/15(木) 22:19:26 ID:7xYYbmzp
よくわからんけど、
さいなら。

225 :神も仏も名無しさん:2007/11/15(木) 22:21:05 ID:cGqgz+bo
まあ、勝手にな。

226 :31:2007/11/15(木) 22:49:49 ID:vzyy8uwr
>>214自分がいないと言う意味。知覚のみがあるという感じかな。

あなたが、自分がいなくなった経験をしていないなどといっていないよ、
それを味わったからこそ、それを欲しがってる、あなたがいて、過去の甘味な経験に恋焦がれてる、
自分がいて、経験=記憶を求めている、これが分裂している状態なのさ、
そう、これを皆やる、
あの時の、自分のいない、感謝と充足といろいろのえもいわれぬ喜びを、
欲張りだから、またちょうだい、ちょうだい、もっとちょうだいって、
そんな時、インド人がいて無選択の覚醒があるとき、それが手に入っていますと説明する、
しかしそれは、バラはばらですと言っていいるだけで、間違いじゃないけれども、何の役にも立たない。
がしかし、無選択の覚醒という言葉にひっかかっかってしまう、
悟りとか、心身脱落だとかは無理だけど、これならできそうだって、
選択しないで観察していればいいんだ、
観察しているという感じさえも、感じなければいいんだ、
自分がいると感じなければいいんだ、
がしかし、これは失敗するよ、だってそうしてるのは、自分だもの、自分が自分を無くすことなんてできるはずがない、
そもそも、自分をなくそうなんて思っちゃいない、あの甘味な経験を再体験したいだけなのさ、
そうそう、むしろ、それを再体験する為には、この自分がいなきゃいけないよ、
味わう人が居なきゃ味わえないじゃないか
だからこう結論する・・・
私は甘味な経験の再体験がしたいのであって、
そのためには自分が消えちゃだめだ、だから、騙せばいい、自分はいない、感覚だけがあるんだと、
うそでも、100回言えばほんとに思える、それに人を騙すんじゃない、自分を騙すんだ、
誰にも迷惑かけるわけじゃないさ、
でもね自分を騙すのは破滅的だ、
クリシュナムルティ好きな人にそういう人多い、思考を落とすって思考フル回転にしてたり、
観察だけがあって自分は居ないんですって、敵意丸出しにしたり、
うーん、これ書いててワレながら理屈好きだな、
でもね、ほんとに自分がいなくなるって、マジ顔で言う人いるよ、
般若心経だけじゃないよ、だからガンバりましょ


227 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/16(金) 00:25:17 ID:9USS74t9
悟り関係ないけれど豆知識を一つ。
精神分裂症は今は統合失調症と呼ばれているよ。

今、精神分裂症という言葉は差別用語的っす。

228 :川口喜三郎さんの喜念カードを差し上げます。 :2007/11/16(金) 01:50:05 ID:2GS3KfKm
川口喜三郎さんの喜念カードを差し上げます。
〜アセンションへの扉〜地球が癒される〜
以前は1万円で販売されていた!?そうですが、 現在は非売品です。
川口喜三郎さんは、 個人の病気その他の問題を解決するだけでなく、
戦争、地震、水害、干ばつ、寒波、台風、 地球温暖化、様々な人的・物的もしくは
自然災害から 『地球』を守る事を目的として全国で講演活動をされています。
http://www.eonet.ne.jp/~hk0810/kiraku/present.htm

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
<<捏造されたデマのジュセリーノ予言情報の見分け方>>
「ジュセリーノ予言」といっても全体で9万件以上あって、99%は未公開です。
一般公開されているのは1%にもみたず、 そのうちネットで流れてる
情報の大半は嘘の予言も珍しくありません。 下記は嘘のジュセリーノ予言の
見抜き方ですので、これにそって 予言を照らし合わせると本物を見極める
目を養うことができます。 お試しあれ。

●特別な?塩やお札を高額で販売し、災難が防げると安心させる。
●予言の原文が無い。 ソースが無い。 サイト管理者が匿名である。
●第三者がこういってました口調で書かれている。
●アセンション、フォトンベルトなど関係ないカルト用語が含まれている。
●人工地震という言葉をよく口にする。
●マクモなんとかってデブのインチキ予言と関連づけしたがる。
●予言をネタに関係ないセミナーへの引き込みがある。
●災害がくるから、海外へ分散投資せよと、投資先を紹介される。
●お金を預けると、毎月高利回りの配当があるといわれる。
●円天と手法が良く似ている。


229 :31:2007/11/16(金) 08:38:32 ID:qZxCEvAW
>>228●第三者がこういってました口調で書かれている。

うーん、いいこというねえ、
残念だけど、おいらはまだ、決着付いていないよ、
だから自分がいないよって、一人称で言えない
もっとも、いなくなりゃ一人称も二人称もないのか


だったら黙ってサッポロビールでも飲んでるか、うん
そうすっか、でも不景気だから第三のビールだな、

あと、ここ見るのは、冷やかしお遊びがほとんどだね、
まともに議論する奴はおらんのかいね、
絵に描いた餅じゃなくて、本当の大安心があるってのに、
勿論おいらの中だけじゃなく、あなたの中にもね
もったいない、もったいない


230 :神も仏も名無しさん:2007/11/16(金) 09:28:37 ID:eVGVPCQx
二次元の女の子は美しいと悟った
あれは名画より癒される

231 :774 ◆1KWe/Jkuxs :2007/11/16(金) 15:24:26 ID:7D3lMCVh
>>226
>それを味わったからこそ、それを欲しがってる、あなたがいて、過去の甘味な経験に恋焦がれてる、
>自分がいて、経験=記憶を求めている、これが分裂している状態なのさ、

それが思考、それがあなたが私に対して持っているイメージ。
私が悟りの体験に恋い焦がれているだって?あはは。
あなたは私を通して自分自身を語っている。わかりますか?

悟りに恋いこがれる必要はない。わたしと悟りはイコール。
そしてあなたも。あなたと悟りはイコールだ。悟りは概念でも
体験でもない。捕まえられない。得られない。
得ようとしているのは誰ですか?そういうものが全てやめば、
向こうからやってくる。
やってくるものを拒むのも、なかなか難しいよ。
ちょっと待ってくれと言っても聞いてくれないからね。

>がしかし、これは失敗するよ、だってそうしてるのは、自分だもの、
>自分が自分を無くすことなんてできるはずがない、
そう結論づける前に、「自分は誰か(何か)」を自らに問うてみるといい。

自分が、これは自分だと「思っている」思考でしかない。
それを直接知ってしまうと、もうショッキングだよ。
けれど、このブレークスルーは必要なのだな。
がんばってください。


232 :zztop:2007/11/16(金) 15:46:41 ID:5a9/gcQT
人間の意識って、、、」

音楽の機材で言えば重層的に、イコライザーのように
複数のものが、上がったり、下がったり、している。

そして顕在意識のてっぺんに去来してくるものがある。
それを重要であるか重要でないかきめるのは、自我。
本来の個性ではなく、自分流にオーダーメイドしたいもの。
すなわち嗜好性。イコライザーのすきな形みたいなもの。

嗜好性というのは、本来ばらばらだけれども
、社会性というエフェクターによって、部類され、ふるいに
かけられ、試される。その失敗の経験よって、自我は、あらゆる努力をする。

本来の個性は嗜好性によってとらえられないため、そもそもが無駄な努力であるが。
そうして、その上、精神論によって強化された、嗜好性または志向性は、大きな
絶望までを生む。そうした一連の流れはただ、精神の本質であるばかりである。


233 :31:2007/11/16(金) 19:30:59 ID:qZxCEvAW
>>231それを直接知ってしまうと、もうショッキングだよ。

残念だけど、言葉の端々に貴方が現れています、
知ってしまう・・・誰が?
そのものはいないと答えるのでしょう、これ全部本に書いてあることです。
でもね、本当に自己の脱落した人は知るなんて表現しません、
自分のない実感=無から出る言葉だもの、自我の痕跡を窺わせるものなどないのです、

>愛は糊のようだ。断片をくっつける。わたしは糊でありたい。
自己を脱した人が、糊でありたい・・・
何かでありたいなど、理想と現実の自分の分離があるから使う言葉です、

>わたしと悟りはイコール
これも、どこにでも出てくる言葉、聞きかじりで誰でも言います
そうなっているかどうかが問題です、

自分で自分を騙すのは最も簡単です、しかしそれは仏を騙すことです、
いくらでも、際限なく私は悟ったとか、自分などいないと騙し続けることが出来ます
止めましょう、貴重な時間の無駄です
心の奥底で、なんだか落ち着かない、落着しない、そうつぶやく声こそ仏の声です
その声を聞く以外に手がかりはありません、







234 :zztop:2007/11/16(金) 22:06:34 ID:5a9/gcQT
関係ないかもしれないけど、暇なんで書かしてもらいます。

OCD(強迫性障害)の本を読んでるんだけど、集中力がないようだ。
途中で投げ出した読書だが、さわりに、よいことが書いてあったので、
定着という意味でも記しておくのにこのスペースつかわしてもらいます。

脳は信じられないほど複雑な機械で、わたしたちが世界とコミュニケーション
をとるために役立つ気分や感情をつくりだしてくれる。
脳が正しく機能していれば、容易に「そう思っているのはわたしだ」と
考えられる。だが、脳が間違ったメッセージを送りはじめ、それがまちがって
いることがすぐにわからない場合には、OCDのような苦しみが始まる。
 <メッセージがまちがっていると悟る能力、つまり自覚的な警戒心が役に
たつのはこのときである>
わたしたちが、OCD患者から学んだのは、<まちがった行動を促すメッセージ
が脳から送られた時、これを行動で修正するために必要な観察力は、
だれにも備わっているということだった。>

235 :zztop:2007/11/16(金) 22:14:37 ID:5a9/gcQT
例えば、雑音だらけのラジオを聞くようなものだ。よく耳をすませて
いないと、まちがった音や、意味をなさない音しか聞こえないかもしれない。
だが、よく耳をすませて聞いてみれば、何気なく聞いている人には聞き取れない
ことが聞こえてくる。<とくに訓練を>していれば、上手にききとること
ができる。さらに混乱したメッセージを受け取った時に、<何をすべきか
適切に指示されていれば、混沌の只中で現実をみきわめることができる。>

わたしはよく「大事なのはどう感じるかではなく、何をするかなんですよ」
と言う。正しいことをしている時は、自然と感情も改善されていく。
ところが深いな感情にこだわったまま時を過ごしていると、
改善につながる行動を取れないで終わってしまう。自分の生活を改善
してくれる精神的、身体的行為に関心を集中すること。それが、本書の
行動哲学であり、<ブレインロック>を克服する道である。

236 :zztop:2007/11/16(金) 22:30:12 ID:5a9/gcQT
<大事なのはどう感じるかではなく、何をするかなんですよ>

ブレインロックをはずすには、四段階方式が、この本には提唱されて
いる。
@ラベルを張り替える。(自分が強迫性の障害に悩まされていると
認識する
A原因を見直す(それは脳の生物学的アンバランスが原因だと知る)
B関心の焦点を移す(強迫行為を拒否し、別の健全な行動に
焦点を移す)
C価値を見直す(強迫観念は無意味だと自分に言い聞かせる)




237 :zztop:2007/11/16(金) 22:40:53 ID:5a9/gcQT

そもそもこういった掲示板で議論するということは、相手がいると言う
想定上のことだと思うんですが、結局、(そう)考えているのは
自分でしかないんですね。

しかしその想定が大事なんだと思いますが、想定が現実を越えることは
ないんです。こういったところで表現は少し違ったかもしれませんが、
「愛の糊で、あなたの思考の断片をくっつけたい」というような
発言は現実にはやはりありえないのであって、あくまでもあなた774さん自身が
思っていること(ほんとかな?)なんですよ。



238 :zztop:2007/11/16(金) 23:34:53 ID:5a9/gcQT
正直言わしてもらうよ。774さんって、わかりやすい。
精神世界で、商売しているひとではない。
なんかの団体の命で、カキコしてるひとだね。
本当に修行してね。まちがった修行するとさらに
解りやすくなる。

239 :zztop:2007/11/16(金) 23:37:25 ID:5a9/gcQT
31、もうあいてにするなって。
商売の奴はまだええんや。
指定組織はくだらん。

240 :ゼロ ◆ZwzTRF3Nd2 :2007/11/17(土) 02:01:20 ID:wsZsLpyo
最近浄土さん来ないな…

241 :神も仏も名無しさん:2007/11/17(土) 05:53:03 ID:brbNiDr6
るっせーよ

242 :31:2007/11/17(土) 08:23:53 ID:XWtvkxqj
>〉239
ZZちゃんおはよう、
尾関老師オモシロイひとだね、
むかし大仙院拝観したとき、くっついてきて説明してくれた、
そんであんたは、日本人で初めて合衆国大統領になりますって言った、
???


243 :武庫川女子大学総長 ◆gqBBZUnUPk :2007/11/17(土) 09:04:53 ID:kt9k2Vey
>>229
オリオンビールのほうが美味いかもです w

244 :zztop:2007/11/17(土) 20:00:35 ID:C5sE2JSm
尾関老師といえば、昔、一冊だけ本読んだなぁ。
内容はなんにもおぼえてないけど。老師自ら説明とは、なんとも
運がいいのか悪いのか、まあいいんだろう。うらやましいから。

大徳寺は龍源院の庭園拝観したことがある。吟龍庭か。自分はああいう
庭の方もいい。苔むしてて隣の垣根が当たり前に見えて・・・
大仙院ってばりばりの石庭のイメージがあるけど。まあそういうのもすきだから、こんど
いってみるか。

245 :神も仏も名無しさん:2007/11/17(土) 20:03:22 ID:brbNiDr6
雑談 乙 !

246 :神も仏も名無しさん:2007/11/17(土) 21:37:34 ID:6aH5mwcq
悟りかぁ。明日の朝まで悟りの勉強に行ってきます。

だけど現世に帰ってきます。

247 :神も仏も名無しさん:2007/11/18(日) 13:30:50 ID:oUlNzWT/
マジきんもー☆

248 :メデア:2007/11/18(日) 17:34:20 ID:dLBZzCbZ
>>774 は詳しそうだから聞いてみよう。
思考によって自他を区別していて、ホントの自分は思考でしかない
としたら、その思考の発生源は何? 
植え付けられた記憶や生きてきた環境が影響してるとしても
その中心に自己の塊みたいなものはないのかな?
同じ環境、似たような記憶でも思考は全くの同じにはならないで
個体の独自性みたいなものってないのかな・。・

249 :神も仏も名無しさん:2007/11/19(月) 00:00:24 ID:+1JWMPE/
ノノ゛゛ヾ
ノリ|‘ o^ノ| おわりんこ


250 :へぼ将棋:2007/11/19(月) 13:05:23 ID:F3RT5tcq
思考の発生源は脳やコンピューター?等色色あるのか?
空の空間に色入って私?

251 :774 ◆1KWe/Jkuxs :2007/11/21(水) 11:04:57 ID:1AdZ0HvP
>でもね、本当に自己の脱落した人は知るなんて表現しません、
>自分のない実感=無から出る言葉だもの、自我の痕跡を窺わせるものなどないのです
知覚はあるが、自我の感覚は無い。自我ではない何かがある。
31さん。あなたは私がクリシュナムルティを引用しているだけだと言いたいよう
だが、それは違う。私は自分の体験として語っている。
そういう意味で言葉は実に不自由だ。しかしあなたの私に対する判断はあなたの
ものであるので、それには私は干渉しようと思わない。誰もが色つきのメガネを
かけて他者と世界と自分を見る。それは仕方のないことだし、誰かからその色つ
きメガネの事実を指摘されても、なかなか認識できるものでもない。
不可能ではないが。

また私は、悟りと言う言葉について仏教的な解釈の範疇から自由だ。
悟りは私にとって、自分自身と世界の認識の深まりを意味する。広義の意味での
リアライズであるし、本源的な認識である。「自分自身を知る」これが私にとって
の悟りだ。それが仏教的な意味で正しいかどうか、などどうでもいい。

教典に書いてあることと違うというなら、それは一種の教条主義である。
そもそも釈尊の悟りは何か? 悟りを知覚する「者」はあり得ないという
定義から判断するなら、釈尊が「私は悟りを開いた」ということ自体、あなたの
解釈では間違いということになる。あなたは釈尊の悟りを否定しますか?

そもそも誰が悟りを評価するんでしょうか。悟りを開いた第三者ですか?
その第三者の悟りを何が保証するんでしょうか。こういう風に評価に囚われると
悟りというものが本当にあるのかどうかという話になります。

それでも悟りはあるんですよ。そこを掴まないと、ただの仏教の信徒です。
わたしの言ってることは伝わりますかね?

252 :神も仏も名無しさん:2007/11/21(水) 11:29:27 ID:60erA+hK
つたわりません

253 :774 ◆1KWe/Jkuxs :2007/11/21(水) 12:07:08 ID:1AdZ0HvP
>思考によって自他を区別していて、ホントの自分は思考でしかない
>としたら、その思考の発生源は何? 

記憶です。そうでしょ?

>植え付けられた記憶や生きてきた環境が影響してるとしても
>その中心に自己の塊みたいなものはないのかな?

あまりこういう言い方は好きではありませんが、
「大いなる自己」とでも呼べそうなものがあることは、認識しています。
しかしその全体像は私にとってまだまだ探求の対象です。

>同じ環境、似たような記憶でも思考は全くの同じにはならないで
>個体の独自性みたいなものってないのかな・。・

個体の独自性...私たちは自分は独自だと皆思っているようですが。
しかし個人のこころの動き方と働き方というもの共通しています。
思考と記憶は大いに関係しています。そのメカニズムは共通している
わけですね。だから心理学という分野が成り立つ。
また思考は伝染性を持っています。だから宗教や政治的プロパガンダ
が可能でもあります。思考も記憶も見ていくと自分自身のものと呼べる
ものはことごとく無いことに気づきます。

そうではない本来の思考の独自性はありうるか。独自性は思考には
影響を与えるかもしれませんが、思考そのものではなく、ひらめき
だと思います。ひらめきは記憶と関わりありません。それは個人の
ものではなく、どちらかと言えば未知からもたらされる恩寵のよう
なものです。それが何か。未知です。

254 :神も仏も名無しさん:2007/11/21(水) 12:55:40 ID:C0X9lncR
>>248
単純に脳の造りの違いが個人の思考の差だよと言ったら夢が無いか。

人は過去の記憶、脳に記憶されている単語やイメージ、その日の状態や気分なんかが合わさって思考を作っている。

そして、本人の中でよく使われて来た・思い出されて来た記憶やイメージはより影響し易くなっている。

元々脳の体質でドパミンの出やすい・出にくいという違いもあり、気分が良くなりやすい・落ち込み易いという差もある。
本人の体温で、その日の気温に対する感想と気分に対する影響もまた違って来る。

同じDNAを持つ一卵性双生児の思考が似てくるのは、その差が比較的少ないからなのかな。

正直俺も、本当の自分という精神的存在を信じてみたい気もするが、少し酒が入っただけで支離滅裂になる人間の思考に、本当も嘘もない気がする。
恒常的に酒に近い物質が人間の脳内では出ているが、これが多い人はハイな思考だったり、少ない人は鬱な思考になったり。

どれ位の量が出てる時の思考が、本来の自分の思考と呼べるのだろう。

結局思考というものは物理的な影響の塊であるから、本人を特徴付けている純粋な精神的存在はちょっと疑問だな。

宗教板でこんな事言うと怒られるかも知れないけどな。

255 :へぼ将棋:2007/11/21(水) 18:06:49 ID:VKhNotbO
全世界意識と全世界単位の脳(知性)?が出会って世界が出来たのかな?
私は自分が感じてるもの以上かも。


256 :神も仏も名無しさん:2007/11/21(水) 20:25:14 ID:KKTL8lPm
>>248

思考の発生源は自己、自我、自分という意識、実感です。
つまり自分と自分以外の存在の間に生まれるズレ、ギャップ、分別です。
記憶はあってもそれに執着しなければ思考は生じない。

クリシャナムルティは悟っても個性は残ると言ってますが、それはおそらく肉体感覚のような
ものです。
肉体が違うからその差はでる
自我はなくても身長体重は違うし、その差はでる
例えば体温が違うから同じ気温でもある人は暑いといい、ある人は涼しいという
でもそれは体感したままであり、思考ではありません

そういう差がでますし、そこから出る言葉も表現もかわりますが、でも自己、自我という中心は
ありません。





257 :神も仏も名無しさん:2007/11/21(水) 23:40:49 ID:bP0VnNkg
253さん、
大いなる自己、どうやって探求するの?

未知からもたれされる恩寵ね
それ、恩寵のほうが、探してるんでしょう
地球限定の生得権だろうか?


258 :神も仏も名無しさん:2007/11/21(水) 23:43:28 ID:zE73TbCb
アンドロイドは電気ヒツジの夢を見るか

259 :神も仏も名無しさん:2007/11/22(木) 12:16:04 ID:bxYTGhPY
悟った人が2ちゃんになんかくるのか?

260 :神も仏も名無しさん:2007/11/22(木) 13:17:49 ID:lV/SGaOc
脳内でだけ悟った人なら沢山いるよ。
理屈を理解するだけなら、わりと簡単だし。

261 :神も仏も名無しさん:2007/11/22(木) 14:59:44 ID:yShXkin6
あんねー
http://www2.gyojya.jp:8000/Flash/one.swf

262 :zztop:2007/11/22(木) 16:09:00 ID:D5jDA5Qk
未知が大事で、記憶から自由でありたいと、書くと同時に
人に聞いてるw。自分の中で整合性つかないことは、普通黙してる
ものだけど・・・それほど他人が馬鹿だと思う理由はなんなの?
253の(言う)ひらめきってなんなの?ひらめき」について述べる
と同時に、自分の体験に基づいて語ってると言っている。
なら、未知、とひらめきで文章、終了させて言いわけ?

263 :31:2007/11/22(木) 17:52:43 ID:wPZuIqVg
>>251 私は自分の体験として語っている。
OKです、どんな体験をしようと、意識が爆発しようと、背骨が震えようと、
でもそれでおしまい、しかしおしまいにできない、それを引きずる、
そしてそのように引きずることが苦しみを産む、再体験したい、人に理解してもらいたい、自慢したい等々
捨てる作業が必要です、そしてこれが、一大事業、険しく労多くして益少なしですか、
いえいえ、何かにつけ無頓着になる、益多しです

〉悟りは私にとって、自分自身と世界の認識の深まりを意味する
〉「自分自身を知る」これが私にとっての悟りだ。
無いものを知ろうとすること=妄想です。貴方はその妄想行為を後生大事にしています。
白隠禅師は何百回も何千回も悟りを開いたというけれど、その意味するところは同じだと感じます、
認識の深まり、だとか慈悲のレベルとか、その比較判断している根っこ、
自分が残っています。根はちんけな自己満足の輩

〉釈尊が「私は悟りを開いた」ということ自体、あなたの
解釈では間違いということになる。あなたは釈尊の悟りを否定しますか?

私という言葉は、貴方にとっては自我、感覚作用を含むんでしょうが、釈迦も同じだと考えていますね、
釈迦のものと思しき般若心経には、自分=空であり、そこでは、無眼耳鼻舌身意だといっているようです、
つまり自我と感覚はないよということ、あなたとまるで認識が違いますよ。

〉それでも悟りはあるんですよ。
自我がつかむ究極のパラダイス・ゴールとしての悟りではなく、
誰もがそれであり、忘れている本来の面目があるようです、
その本来の面目に行き会うには、自分だと思っている自信、誇り、経験、信念
何でもかんでも捨てることがやり方ですか、
難しい、

264 :zztop:2007/11/22(木) 19:20:35 ID:D5jDA5Qk
自覚的に感じることは、道理を勉強すれば(肉体技法、心理的な技法ともに)、勉強する意思が
あればできる。しかし、本当に、自覚的に行動できるようになるのは案外むづかしい。
けれども慮るに、むづかしいと思うのは、勉強が足りないから、と感じるのも違うらしい。
ならば、最初にもどって本当に、自覚的に感じているのかというのもあやしく
なってくるw。ただ、自覚という、スイッチだけは入れることが出来る。
その辺は凡だの玄だのあるかもしれないね。毎度わかりにくい文章悪いなw。

265 :zztop:2007/11/22(木) 20:08:27 ID:D5jDA5Qk
やっぱりそんなんないかな。玄とか凡とか。(法悦)はあるかもしれないね。
しかしそりゃ多分、やっかいだ。


266 :31:2007/11/22(木) 22:20:56 ID:wPZuIqVg
>>264自覚的に感じているのかというのもあやしく
なってくるw。ただ、自覚という、スイッチだけは入れることが出来る。

なんだ、ZZも結構クリシュナムルティ好きなようですな、
自己想起って言葉、グルジェフも好きなのかな、
関係なくばスルーね、でも彼らに加えてOSHOW、EO
精神世界の著名人、おもしろいけど、物足りない
自己の真面目を示してはいない、捨て切っていない、
一物を待った人だったね


267 :へぼ将棋:2007/11/23(金) 10:48:05 ID:J9DqedbG
結局 お釈迦さま。キリストと言っても。私がついてきたら
私と同じレベルになってしまう。レッテルはレッテルか。
私を語っているのか?

268 :へぼ将棋:2007/11/23(金) 12:54:10 ID:J9DqedbG
私は実力無い恥かいた。反省すいません。

269 :聖なる者:2007/11/24(土) 14:56:25 ID:Yl2zv4ow

http://www.mumyouan.com/e/eo-i.html

eo はおもしろい 凄くおもしろい



悟りを開きたい人は是非読んでみて 凄くおもしろいよ

270 :神も仏も名無しさん:2007/11/24(土) 15:25:04 ID:jbJ04g+p
>>269
EOって架空の人物らしいね。


271 :31:2007/11/24(土) 19:41:47 ID:jGC/aapO
>>269悟りを開きたい人は是非読んでみて 凄くおもしろいよ

フィクション作品として面白くできてるね、
でも饒舌で、まわりくどいし、様々にある悟りの名言を羅列しているようにしか見えない

EOは過去の霊的体験をベースに、ラジニーシなどのアイデアを肉付けして、誇大広告打っているだけだよ、
本を売る為の商売かな。彼の文章、
〉私はたったひとつの確実な大悟者の判定方法を知っている。
それは『無制限の隔離実験』である。
いつ出られるという保証のない数年の歳月、完全な暗黒の部屋に閉じ込めて、
そこで発狂しなかった場合にしか、私はその者を大悟者とは認めない。
なぜならば無限の無との対面に耐え得るたったひとつの意識が本当の大悟だからである。

似たようなことラジニーシが言ってたね、
それにしても、なんともぐちゃぐちゃな屁理屈だこと、
彼が認めているバーナーデッド・ロバーツやオショウはこの実験にパスしたのかね、


272 :zztop:2007/11/25(日) 01:31:06 ID:WzpJHW7r
はたまた、現代は情報に事欠かない。
なにが本物か、しいては、本物とは何かという議論まで。
精神世界の棚にありそうなのにも、隠れた名著はあるにはあると思う。
一冊あげると、「それでもあなたの道を行け」−アメリカインディアンの
ナチュラルウィズダム
「内容もいいけど、表題だけで十分」
切れが違う。さっと読めて、風のように去ってゆく。

風のようにやってくる。間違っても風をとらえるようなものではないよ。



273 :神も仏も名無しさん:2007/11/25(日) 03:05:44 ID:ewJrYg5L
ちょこちょこハンネ変えんなボケ!(^-^)v

274 :zztop:2007/11/25(日) 22:58:36 ID:WzpJHW7r
オキシジェンの濃度ぐらい
自分で決めてもええやん。ああはははははは
オキシジェンが先かごはんがさきか、まあきめたらええ

275 :神も仏も名無しさん:2007/11/26(月) 18:13:07 ID:s1HXqQ9S

まぁ
   能ある鷹は爪を隠す
       だな!
   このスレのオマイラへ!
   
    age


276 :zztop:2007/11/26(月) 23:06:27 ID:sOf8Ir0v
272で紹介した、「それでもあなたの道を行け」そして
加島祥造さんの著作がいいよと、、、、紹介しておくよ。

結局並大抵じゃないかもよ。きばりや〜〜〜〜

んちゃ(ばいばい)



277 :西成リョウ:2007/11/27(火) 13:54:05 ID:rsIHm08o
悟っている人とは、いい人のことだよ。
あれこれ能書きを述べるのは、優越感に浸っているだけ。
日々出会う人々に、心から好意を持って接する事が出来る人間が悟った人間だね。

278 :神も仏も名無しさん:2007/11/29(木) 00:51:28 ID:BnVShAlv
それは悟りというより優しさなんじゃないのかな。
悟ってるひとより優しい人のほうが好きだけど。

279 :神も仏も名無しさん:2007/11/29(木) 10:02:21 ID:pw8qs6E8
悟ったら優しくなるのではないかなぁ。

280 :神も仏も名無しさん:2007/11/29(木) 16:39:18 ID:i0KDCKL3
三昧って何なんだい。

281 :神も仏も名無しさん:2007/11/30(金) 00:00:20 ID:58nik+R9
すべての人間は神様の作品だからね。
軽くは扱えないよ。

282 :武庫川女子大学総長 ◆gqBBZUnUPk :2007/11/30(金) 07:38:09 ID:mGH/Vh8w
>>280
没入すること。 と、日記には書いておこう(古〜 w)

283 :神も仏も名無しさん:2007/11/30(金) 15:03:45 ID:DTtHz1NS
>>279
悟ったら、立ち位置がもう自我じゃないから、
自我である自分らにとってはあんまり優しく感じないんじゃないかな?

突き放したような、素っ気無い感じの人格ってイメージ…。

考えてみれば自我ってかわいそうだよね…、
自ら苦しんだ挙げ句、お前が犯人だって言われて、救われずに
消滅させられて…。

284 :神も仏も名無しさん:2007/12/01(土) 08:26:07 ID:VjXAe5H7
>>283
悟ったら自我でない、というのがよくわからないのだけど。
もしかして自分自身の意識?
そうだったら利己的でなくなってやっぱり優しくできるようになるって気がする。


285 :神も仏も名無しさん:2007/12/01(土) 18:55:52 ID:3KXKnhrN
悟りを開いて20年30年すると子供の心になるよ。
いつもクラブの女の子に子供みたいと言われます。
心は大人、子供どっちももっているよ。
誰でもそうだと思います。
余り人と違うところはありません。
たった一つ違うとしたら、悩みの代わりに、
大安心があります。
絶対肯定があります。


286 :神も仏も名無しさん:2007/12/01(土) 19:05:42 ID:h5EHXBrx
オマイラいい加減にしろよ!

287 :神も仏も名無しさん:2007/12/01(土) 23:32:01 ID:e0lAeR0/
自我が無くなったら優しくばかりは出来ないだろ
地球温暖化だってなんとか変えようと思ったら負担になるだろ

288 :神も仏も名無しさん:2007/12/03(月) 10:26:01 ID:o5tPttPk
>>285
>大安心があります。
>絶対肯定があります。

いいなぁ〜




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