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阿含宗という宗教133

1 :口下手番長:2007/11/18(日) 22:37:44 ID:bex7Xrs0
このスレッドは阿含宗批判が目的です。
霊感商法、霊視商法をするカルト宗教・阿含宗の宗教詐欺を世に知らしめるためのス
レッドです。
初めての方のためのダイジェスト版は
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2 :神も仏も名無しさん:2007/11/18(日) 22:55:06 ID:xXu+rOis
余裕の2ゲット!
阿含宗フォー!!

3 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/18(日) 22:57:23 ID:XVDRum74
>>1
スレ立て乙です!

前スレ
>415 Q 2007/11/15(木) 21:45:53 ID:y0ZzxDmN
>【意生身】まとめ >解脱者ではない衆生が、死後に意生身に乗じて五道に生まれていくという内容です。
>つまり身命経意生身は沙門果経意生身の「解脱者が作り出す」とは無関係だったのです。
>この大ポカは彼らが「衆生」と「余処に生ずる」を理解できなかったことが原因でした。
>かくして沙門果経意生身を使ってゲイカ説を否定しようとした彼らの試みは失敗に終わりました。
>おまけに、彼らの仏典理解がいかに不充分で、
>間違った仏典解釈をしているかを暴露してしまったのです。

逆にこちらこそ最初からそれを示してあなたに沙門果経意生身と身命経意生身は
全然異なるものだと教えてあげていたことに気付きませんか?
そして異なる意生身を出してどうしたいのかと問い続けていたのが理解できないのか?
あなたが書いたことは全部こちらがあなたに教えて理解を促したものに過ぎない。
こちらが教師であなたが生徒だったのです。
ところがあなたは生徒の分際で教師から教わった内容をそのまま教師に説明して
説教を始め、こんなこともわからなかったのか?と言っているだけです。

4 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/18(日) 23:33:26 ID:XVDRum74
>>429 Q 2007/11/15(木) 22:57:47 ID:y0ZzxDmN
>ここで釈尊のお話です。
>【釈尊の女性観(その1)】
>430 Q 2007/11/15(木) 22:58:43 ID:y0ZzxDmN
>【釈尊の女性観(その2)】
>431 Q 2007/11/15(木) 23:19:21 ID:y0ZzxDmN
>【釈尊の女性観(その3)】
>432 Q 2007/11/15(木) 23:20:21 ID:y0ZzxDmN
>【釈尊の女性観(その4)】
>私がいつどこで釈尊を辱めたのですか?
>私の書いていることはすべて学者の著書に載っていることであり事実です。
>事実を書くことが辱めなのですか?
>あなたこそ釈尊や教団の実情を知らず、自分勝手に理想化しているだけではないですか?

一連の釈尊の女性差別に見える問題だが、仏弟子でもない私は釈尊を擁護する気もなく
やはり批判されても仕方ない面もあるのではないかと私は以前より示しています。
戒律が男性よりも多いというのもその理由の一つとして書いたことがあります。
だから私も釈尊を批判する気持ちや考えはあるのです。
勘違いしないでいただきたい。
いくら桐山さんが悉く釈尊に対立している事実を示したからと言って我々は
釈尊マンセーなのではない。
そこを勘違いして、じゃあ釈尊をやっつけてこちらをギャフンと言わせてやろう
というのが魂胆ならそれは無駄な努力です。
あなたが釈尊嫌い、仏教嫌いなのは4年前から知ってますが。
コテハンを名乗らない時の書き込みからそれがわかった。
当時から女性問題も述べてましたね。

5 :口下手番長:2007/11/18(日) 23:33:30 ID:rJlAB5xB
>>1さん、スレ立てをありがとうございます。

スレ132
>562 :Q:2007/11/18(日) 18:29:11 ID:M6xgA0Xt

木曜日に書いたのに、一週間くらい待つ余裕もないほど、
クリン含さんの憎悪は強烈らしい。
今日は299さんにレスをつけたかったのだが、
どうやら、「居間でオシッコをする子供」は待ってくれないらしい。
クリン含さんの書き込みにレスが後回しになるのは、
今回は別な大きなテーマがあったからというのもあるが、
それ以上に、このスレの主旨からいっても価値がないからです。
意生身の件もこちらの反論を完全に無視して、同じ話をクドクドと繰り返し、
釈尊の女性観など主旨を無視した内容を自分の狭い視野と思い込みを
前提にして書いては、批判側をあざ笑う。
ずんだ餅男が出たから、私も書きましょう。
クリン含さんを見ていると、大先輩のご老体を思い出す。
会合に現れ、意見を言うのはかまわないのだが、思い込みから、
議題と違う自説を滔々と展開するのが得意で、周囲は大迷惑。
誰も止めないのは、うっかり議題と違うなどと反論などしようものなら、
何倍にもなって返ってきて、決して引かないので、若手はみんなため息をついて沈黙する。
すると、ご老体は自分の意見をみんなが拝聴し、受け入れたと誤解して、
大演説が終わって去っていく。
ご老体は脳が老化してあんな状態になったのでしょう。
気の毒に、年をとると周囲の状況がわからなくなる。
ユビキタスさんとさして年齢が違わないと思われるクリン含さんが、
まるでこのご老体のような状態なのには驚く。
しかも、あなたのこの症状はこの一年だけでも進んでいますね。

6 :神も仏も名無しさん:2007/11/18(日) 23:36:58 ID:rJlAB5xB
>>5 :口下手番長:2007/11/18(日) 23:33:30 ID:rJlAB5xB
>>1さん、スレ立てをありがとうございます。

前にも同じミスをしたので、皮肉が来ないうちに説明しておきます。
私もスレを立てようとして「口下手番長」のハンドルを用いようとしたが、
立てられなかったのです。

7 :神も仏も名無しさん:2007/11/18(日) 23:42:09 ID:rJlAB5xB
>435 :神も仏も名無しさん:2007/11/15(木) 23:38:34 ID:zMpqZNrb
>よそのスレではちょっとお目にかかれない超長文が幾レスも連なるさまは圧巻
>しかもかなりの部分中傷
>543 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/18(日) 15:13:25 ID:XVDRum74
>どうでもよいがカキコする時に目に悔し涙を溜めるなよ。

上記の二つの文章に代表されるのが、クリン含さんの文章を見た時の普通の人の印象です。
クリン含さんはただの悪口だと無視したのだろうが、
現実世界でもあなたに対して周囲はこんなふうに言いたいのだから、
周囲の本音、直言と思って心にとめておくといい。
あなたの誤解は前スレの553によく表れていて、あなたの憎しみだけで
できたような文章を理解しようと努力しているのは、
私とユビキタスさんの二人しかいないのです。
私とユビキタスさんはあなたの文章から「かなりの部分中傷」を捨てて、
何を言いたいのか構築し直して反論するという骨の折れる雑用をしている。
他の人たちは、私やユビキタスさんの文章を通じて、
初めてクリン含さんが何を主張しているのか理解する。
前から、私は経過とあなたの主張を説明してから、反論していた。
あなたの言っていることを我々二人が通訳しなければ、
信者も批判側も、理解できないのです。
そして、読者は二人の解説を読んで、クリン含さんが
何を言いたいのかを理解し、あきれはてるから、
ますますあなたの書き込みは嫌われる。
しかし、あなたのようにスレの主旨に関係のない話や、
同じ話の繰り返しでは読者は飽きてしまう。
だから、あなたのことはだんだん後回しになるのです。
あなたの状態はひどくなっている。
ずんだ餅の食べ過ぎです。

8 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/18(日) 23:43:54 ID:XVDRum74
>>432 Q 2007/11/15(木) 23:20:21 ID:y0ZzxDmN
>私がいつどこで釈尊を辱めたのですか?
>私の書いていることはすべて学者の著書に載っていることであり事実です。
>事実を書くことが辱めなのですか?
>あなたこそ釈尊や教団の実情を知らず、自分勝手に理想化しているだけではないですか?

あなたはいろいろ資料を読んではいるが理解が足りないのです。
私はあなたと同じように釈尊批判も辞さない考えもあります。
しかしそれはそれぞれ個別の問題で考えるべきでしょう。
今回あなたが出してきた問題がたまたま女性蔑視としては妥当ではないと判断したから
個別に反論したのです。
大小便の容器というのはこれはその発言だけを聞けば不愉快に思う女性が出る
ことも事実でしょう。
しかしそれは経典の真意を深く理解していないからです。
あなたの女性差別を糾弾する姿勢は上っ面でしかない。

9 :神も仏も名無しさん:2007/11/18(日) 23:59:56 ID:rJlAB5xB
>405-412

読者がクリン含さんを嫌う大きな理由は、
こちらの反論を完全無視して、同じ話をくどくどと繰り返すことです。
それが405-412の件です。
あなたは、私が「沙門果経意生身=身命経意生身」と主張した、と批判している。
私はスレ132の169以降ですでに反論した。
だが、その反論を完全無視して、また同じ主張を繰り返している。
あなたが412に引用した310(スレ131)の私の書き込みについても、
すでに173などで経過を説明し、反論している。
私はあなたの「霊魂の議論などしていない」という逃げ口上を
先に予想して封じたのです。
ところが、予想通り、逃げ口上が始まった。
あなたは、意生身を「出神」と思ったと414で初めて書いた。
あなたがどんなつもりで沙門果経を出したか、
あなたが意生身をどんな意味に解釈するかなど、このスレでは関係ない。
アゴン宗では意生身といえば、霊魂のことです。
ここはクリン含教の議論スレではなく、桐山アゴン宗を議論するスレだから、
意生身を出すなら霊魂の議論とみなされて当然です。
私はそれを前提として310(スレ131)を書いたのです。
私はちゃんと前提を書いている。

>305 :神も仏も名無しさん:2007/10/20(土) 22:28:20 ID:BNsw6c1F
>だから、198-199の経典を引用したのは桐山さんの
>「釈尊が霊魂を意生身として説いた」という説を補強するのが目的であり、
>あなたも桐山さんと同じ考えであるとみなされる。

きちんと310を書くにあたり、これらを前提としていることを
私は述べており、前回169以降でも引用して説明した。
こういう反論をしているにもかかわらず、あなたは完全に無視して、
前と同じ事またくどくどと書いている。

10 :神も仏も名無しさん:2007/11/19(月) 00:06:12 ID:UF0DQLPQ
>561 :Q:2007/11/18(日) 18:27:22 ID:M6xgA0Xt
>なのになぜ、沙門果経を使って
>身命経意生身が霊魂ではないと書いたのですか?

あなたが「桐山意生身を知っている」という前提で私は書いたのです。
信者なら当たり前のこの前提はなんと間違っていた!!
176以降で経過を私は説明した。
私は、クリン含さんは身命経の意生身を知っていたと思い込んでいたのです。
あなたがまさかこんな程度のことも知らずに書いているなんて、
思いもしなかった。
あなたは先月まで、桐山さんが身命経の意生身を
霊魂だと主張していることを知らなかったのですよね?
そして、自分の関心のままに沙門果経を出した。
あなたは桐山意生身を知らず、
私はあなたが桐山意生身を知らないとは知らなかった。
だから、知っているものという前提で反論を書いたのです。
私が沙門果経意生身=身命経意生身と書いたのではなく、
「クリン含さんは沙門果経意生身=身命経意生身と主張している」という
前提で書いたのです。
沙門果経まで出す信者が、桐山さんが何度も引用している身命経を知らなかったなんて、
私の凡人の知性と常識では理解不可能、予想不可能です。
まさか、桐山意生身を知らないなんて、そこまであなたが
無知で恥知らずで、面の皮が厚いなんて、想像だにしなかった。
信者が意生身を出してきたら、桐山意生身(=霊魂)を擁護するために
沙門果経を出したとみなすのが当然です。

11 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/19(月) 00:12:51 ID:iPrMI40u
>433 Q 2007/11/15(木) 23:21:47 ID:y0ZzxDmN
>【釈尊の女性観(その5)】
>愛欲だけを追求していたのだから性体験もかなりのものだったのでしょう。
>女性という生き物の善い面も悪い面もすべてを知り尽くしている彼だからこそ、
>修行という立場からは女性は邪魔な存在であると断言できたのです。
>オ・ン・ナを知らない男が口先で女性を差別したのではなく、
>もっと深い意味があって女性を遠ざけたのです。
>女性に対する深い洞察に基づいているからこそ、その言葉には迫力があり説得力があるんですね。

釈尊は妻子がいるだけでなく、王子という特別な地位にいたので結婚前からも
その性体験というのはゲップが出るほど華やかであったと
想像するのも自由で罰の当たる話でもないでしょう。
しかし豊富な性体験と女性差別とどう関係があるのか?
豊富な性体験から愛欲に溺れる空しさを悟ることがどうして
女性差別になるのか?
愛欲ならば女性だって同じでしょう。
男に溺れる女が愛欲の恐ろしさを知るとその女は男を蔑視していることになるのか?
宜しいですか?制御すべきは自分自身なんです。
相手ではない。自分の愛欲なんです。
自分の問題なんです。
それを外側の対象の責任にしているうちは永久にその苦しみから抜けられません。
あなたは仏教の教えの本質を理解していないのです。
オ・ン・ナを知らない男の差別と、よく知る男の洞察力の違いですか?
こんなことを書いているのが理解していない証拠です。
目が外に行ってしまっている。
ところであなたはオンナを知らないなんてことはいくらなんでもないでしょうな?
あなたが男性だった場合。

12 :神も仏も名無しさん:2007/11/19(月) 00:14:23 ID:uaewaGt1
>339 Q 2007/10/22(月) 14:48:48 ID:hBBb1v+V
>皆さんはあの七氏さんが嘘を書くなんて信じられないでしょう。
>それともこう反論しますか?
>「これは身命経ではなく沙門果経だ。
>ゲイカは身命経をもとに意生身の根拠としたのだから
>ゲイカの擁護になっていない、筋違いだ」
>だが、身命経であろうが沙門果経であろうが意生身には変わらない。
>その意生身を認めていないと書いたのだから嘘を書いたことになります。

しかも、これは何なのだ?
「沙門果経意生身=身命経意生身」と書いたのは私ではなく、クリン含さんです。
普通のこんな自己矛盾を指摘されたら、認めるか、沈黙する。
それを自分が書いていながら、ぬけぬけと批判をする。
君のそのツラの皮はどのくらいの厚さがあるのだろう。
あなたの主張では「沙門果経意生身=身命経意生身=霊魂」です。
だったら、私の書いたことに何をイチャモンつけているのだ?
上記は、あなたが桐山意生身を知らずに、桐山ゲイカに石を投げてしまったと
私から指摘されたのをなんとかごまかそうとした痕跡です。
話をそらそうと必死だったから、うっかり
「沙門果経意生身=身命経意生身」と書いてしまった。
自爆した。
そうやって屁理屈を並べて誤魔化そうとすればするほどやがて自己矛盾を
おこし自爆するのです。
桐山さんがいつもあなたの自爆の見本を示している。

13 :神も仏も名無しさん:2007/11/19(月) 00:23:55 ID:uaewaGt1
>405-412

以上のような指摘は、私がスレ132の176以降で丁寧に説明しているにもかかわらず、
クリン含さんがまた同じ内容を今回繰り返しているのには理由がある。
私から、「クリン含さんは桐山意生身のことを知らなかった!!??」
などと、笑い者にされたことへの激しい恨みですよね。
なんとかこれを、あなたの無知ではなく、私のミスだという話に
もっていきたいから、クドクド同じ主張を繰り返す。
だが、無理です。
あなたはあまりに読者を甘く見ている。
あなたは現実世界で「右は左で、左は上で、上は下」みたいな理屈を並べて、
周囲を辟易させて煙に巻いてきた。
それが通用して、自分は頭がいいと長い間信じていた。
だから、同じ手を使っても、ここでは通用しない。
なぜなら、私は読者にあなたのその手法すら解説しているからです。
今回も解説してあげましょう。
あなたが405-412に書いた内容は、
「クリン含が桐山意生身を知らなかったという無知を笑われたことへの恨み」
というたった一行で済んでしまう。
クリン含さんの405-412のクドクドとした書き込みと、
私のこのたった一行の解説とどちらが説得力があるか。
だから、あなたはまたこの件で因縁を付けてくる。
誰からも要求されていないのに、自分から自慢たらしく出して
自分の無知をさらしたのであって、私は何もしていない。
桐山さんと同じで、さっさと認めてしまえばそれで終わるのに、
なんとか誤魔化そうと見苦しい言い訳を並べるばかりか、
「沙門果経意生身=身命経意生身」と自分が書いておきながら、
私が書いたかのように責任をなすりつけている。
どうして君はそんなに卑怯で下劣なのだ。

14 :神も仏も名無しさん:2007/11/19(月) 00:28:57 ID:uaewaGt1
>412 :Q:2007/11/15(木) 21:34:15 ID:y0ZzxDmN
>誰が読んでも私と同じ感想を持つでしょう。

などと、いくら読者に応援を頼んでも無駄です。
今まであなたの応援をした人はたった一人しかいない。
あなたの405-412での解釈の前提となっている内容が間違っているのだから、
405-412は無意味です。
あなたはこれを蒸し返せば蒸し返すほど、私は同じことを書くしかない。
クリン含さんは先月まで、桐山さんが身命経で
意生身を出していることを知らなかった!!
無知だけなら大した恥ではない。
信者だからといって意生身を知らなくても大した問題ではない。
あなたの場合、釈尊が説いた霊魂がどうのこうのと偉そうに書いているから
その落差に笑われるのです。
いかにも教学をよく理解し、阿含経を読んで、主張しているかのような
素振りをしているが、実は桐山本すらろくに読まないで書いていた。
今回、あなたのこの態度こそが桐山さんと同じであることがわかった。
桐山さんもさも阿含経を徹底的に読んだかのように書いているが、
実は、仙尼経を國訳一切経ですら読んではいないのだ。
学者の転記ミスをそのまま鵜呑みにして書いた。
ろくに知りもしないのに、すべて知っているかのような書き方が、
あなたとそっくりです。
クリン含さんが桐山ゲイカを真似た立派な信者だったとは畏れ入りました。

15 :神も仏も名無しさん:2007/11/19(月) 00:31:42 ID:N43s5vFN
まだやっているのかよ!
いいかげんくだらない議論やめろ
結局、クリンへの個人攻撃なんだろ

16 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/19(月) 00:32:44 ID:iPrMI40u
>434 Q 2007/11/15(木) 23:29:14 ID:y0ZzxDmN
>【釈尊の女性観(その6)】
>あなたの突っ込みは重要どころか、
>あなたは釈尊本人のことをあまり知らない人だということがわかりました。
>今回のあなたの「釣り」であなたの不勉強さが明確になりました。

釈尊を知らないのはあなたの方です。
あなたはその言動の評価が上辺だけで浅いのです。
岩本博士を出すまでもなく私も釈尊の女性差別は指摘できる。
しかしあなたの出したそれは認識が浅く甘い。
これではいくら知識があっても知恵になりません。
誤解だけが生まれる。
繰り返して説きます。
観察制御すべきは自分自身なんです。
女性に愛欲を抱き自分も見失うようなその自分の心を見るのです。
その不浄観とは女性や男性の差別蔑視ではない。
自分の心だけが問題なんです。
対象に心を奪われてはならないのです。
女性に対してその父親も含めて、大小便の容器とはっきり言った。
なるほど、すごい罵り、蔑視に見えますね。
しかしこの時の条件を考えるのです。
これが誰からも相手にされず、寂しい思いをしている女に対して、
「ふん、おまえは大小便の容器なんだから当然だな」なんて言うと思うか?
かの娘は美貌を誇り、父親も三国一の男でないと結婚もさせぬとほざいていた。
その親子に美貌なんて無常なものを誇り思い上がるのを戒めるのに大小便の容器は
見事な説法とさえ言えます。
人を見て法を説いている。

17 :神も仏も名無しさん:2007/11/19(月) 00:37:54 ID:uaewaGt1
>419 :Q:2007/11/15(木) 22:15:50 ID:y0ZzxDmN
>蓮華色尼の話は有名な話だと私、書きませんでしたか?
>私がこの話を最初に出してから随分日が経っているから調べる時間もあったでしょう。

あなたのねじれた性格なら、きっとこういう因縁をつけてくるだろうと思ったから、
手に入りにくい本まで引用し、しかし、発行年を書かなかった。
『釈迦牟尼と女性』宮崎真、明治39年
この本は古本屋でもなかなか手にはいりません。
『淫狂書』(昭和53年)はそれほど古い本ではないが、
マイナーな本だから、これも簡単には手に入らない。
あなたに言わせると短時間の内に116の本を私が調べたそうだ。
短時間でこんな本を手に入れることができるか、自分でやってみたらどうか。
あなたは「有名な話」など書いていない。
あなたが書いたのは「侍従のアーナンダの強姦事件」です。
強姦という言葉を用いたのも、私ではなく、クリン含さんです。
しかし、そんな事件は有名も何も、存在しない。
あなたの読み違いと思い込みと早とちりです。
自分の愚かなミスを素直に認めないばかりか、情報を提供してあげても、
ツバを吐きかけてくるところが、いかにもクリン含さんらしい。
これがあなたの周囲との関係を示す人生の縮図です。

18 :神も仏も名無しさん:2007/11/19(月) 00:46:23 ID:uaewaGt1
>424 :Q:2007/11/15(木) 22:53:00 ID:y0ZzxDmN
>当スレにおいて、個人を批判したスレの量としては、
>あなたが私に当てたスレより多いものはありません。

ずんだ餅の食い過ぎで、自意識が過剰ですよ。
ドツキ漫才の相手だと何度言えばあなたは理解できるのだ?
クリン含さんの個人批判など、このスレの主旨ではない。
アゴン宗批判をするのにちょうどよい相方だと言っているのです。
桐山さん一人が下劣なのではなく、これを擁護し、
染まったアゴン宗の信者がいかに下劣かを示すのに、あなたは好都合な人です。
クリン含さんはあますところなく下劣さを示してくれているから、
私はその汚物を一つ一つ解説するだけです。
信者さんたちに反面教師として見てもらい、
通行人たちには絶句してもらえる。
私が一人で、いくらアゴン宗を批判しても、
通行人たちはそのままは信じない。
だが、本物の信者が出てきて、下劣の限りを尽くしてくれる。
だから、通行人は次のような印象をもってくれる。

>435 :神も仏も名無しさん:2007/11/15(木) 23:38:34 ID:zMpqZNrb
>よそのスレではちょっとお目にかかれない超長文が幾レスも連なるさまは圧巻
>しかもかなりの部分中傷

19 :神も仏も名無しさん:2007/11/19(月) 00:49:38 ID:uaewaGt1
>424 :Q:2007/11/15(木) 22:53:00 ID:y0ZzxDmN
>当スレにおいて、個人を批判したスレの量としては、
>あなたが私に当てたスレより多いものはありません。

出てきた信者が良識を持ち、礼儀正しく、非を非と認めるなら、
なにせ私は元信者であり、“同病”なのだから、批判にも力が入らない。
だが、あなたは違う。
性格がねじれており、根性も悪く、鈍感で、面の皮が厚く、
厚顔無恥を絵に描いたような性格で、どんなに手厳しく殴りつけても、
何も感じないのですよね?
ドツキ漫才の相手とは、そんなふうにゾンビのように鈍感なほうが一番良い。
しかも、自惚れと侮蔑心と慢心が強いのは桐山さんの性格を批判するのに一番使いやすい。
何よりも、あなたは天然記念物的な珍しさがある。
批判を読んで一度遠ざかりながら、もう一度戻った点です。
さすがに、私の周囲でもこんな人見たことない。
再入行した人たちはいるだろうし、ユビキタスさんも一人だが、
彼らはこのスレでの批判など知らないから、桐山さんの正体を知らなかった。
クリン含さんは桐山さんのてんこ盛りの嘘を知ってから、また入り直した。
嘘になんの嫌悪もないのだから、桐山さんの信者としては優等生です。

20 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/19(月) 00:51:16 ID:iPrMI40u
さて、Qさんの書いた釈尊の女性観についての総括です。
つまりは釈尊は女性差別をしていると批判を書いたわけです。
それは自由なんだが、だったらそんなひどい女性差別をする釈尊から離れて
仏教からも離れればよいではないか?
それは全く自由な選択肢で人類は仏教を信じる義務はない。
そして釈尊を一応尊び仏教を標榜する阿含宗からも離れることです。
そうすればあなたのスタンスは一応矛盾はなくなります。
どうして阿含宗なんて仏教にこだわるの?
本心では本当に嫌いな釈尊をさんざん批判した結果、桐山阿含宗に対しては
どう結論付けをしたかと言うと、釈尊の女性蔑視もまた豊富な体験、洞察力により
女性を知っての上だからこれは正しい、だから桐山さんが女性を差別する発言を
することも釈尊と同じ理由なんだろうということです。
あなたは実際にそう書いた。
なんだ?結局女性蔑視をしているのはあなたではないか?
桐山さんを擁護弁明する為に釈尊の女性蔑視までも出した。
それだけでは釈尊も桐山も僕大嫌いということになってしまう。
だから釈尊の女性蔑視も女性に対する洞察力ゆえと容認肯定した。
そうすると桐山さんもまた無罪になるというおかしな計算から。
つまり釈尊は女性を大小便の容器なんてひどいことを言ってるぜと書いて、
しかしそれは女性観察の上なんだから間違いと認めた。
つまりQさんは男性ではない女性という特性を以て大小便の容器
であると思っているのですね。
ひどい人だなあ。


最後に一言。
構図を理解してよく考えてから書け。
とりわけ自分に関することは。

21 :神も仏も名無しさん:2007/11/19(月) 00:55:36 ID:sA0udkvD
昨日の夕方から今日へと続くクリQへの反論説法はなかなか迫力がありますね。
眠さが吹っ飛びます。
最後まで読ませてもらいますよ〜。

22 :神も仏も名無しさん:2007/11/19(月) 00:57:04 ID:uaewaGt1
>422 :Q:2007/11/15(木) 22:38:37 ID:y0ZzxDmN
>確か以前にあなた自身が、私の麻薬は切れていると書いていましたよね。
>私が教団に戻った理由は麻薬ではないということをあなたは知っているのです。

私はこんなことは書いていない。
アゴン宗の宗教麻薬から離れたつもりが、禁断症状に耐えられず、
あなたは教団に戻った。
だが、もはやアゴン宗の宗教麻薬ではあなたには効果が薄い。
なにせ、ここで桐山宗教麻薬のインチキぶりを暴露されているから、
知識のレベルではまがい物だとわかっている。
元々、熱心に梵行をした信者でもなく、解脱供養もろくに出したことがなかった。
その上、アゴン宗のインチキを知り、いよいよアゴン宗麻薬の
効果がなくなった。
あなたの強みは逆恨みの強烈な憎悪と恥知らずです。
自分がアゴン宗から離れた時の苦しみを逆恨みしてここに戻ってきて、攻撃を始めた。
攻撃している時があなたにこれまでにないほどの興奮を引き起こした。
なぜなら、すべて反論され、あなたは激しく私を憎悪したからです。
元々、あなたは憎しみの強い人だから、憎むのが快感なのです。
攻撃してもいい理由を作り、憎むことが生き甲斐なのですよね。
あなたと同じような精神構造をもった信者を相手にしたから、よくわかる。
その信者も憎しみを垂れ流しにしながら、「憎しみなどない」などと、
きれい事を言っていた点まで、あなたとそっくりです。
ここでかき立てられる憎悪に比べたら、道場でへろへろの老人の護摩なんか、
あなたには気の抜けたビールくらいにしか感じない。
だから、クリン含さんはここから離れられない。
私からそのように昨年も言われて、悔しいから離れようとした。
だが、結局、私の言ったとおり、あなたはここに戻ってきた。
言うだけ無駄だが、ドツキ漫才の相方として助言する。
その憎悪はあなたには快感だが、あなたを滅ぼすだけで、私には何の効果もない。
だから、宗教麻薬なのです。

23 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/19(月) 01:01:01 ID:iPrMI40u
>>20の一部訂正

それ(女性は大小便の容器)は間違い

それ(女性は大小便の容器)は間違いない


24 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/19(月) 08:36:08 ID:iPrMI40u
どうでもいい話だが、「喰いしん坊」はフードハンターではなくフードファイターの話だったな。
盗み食いの話ではなく大食いバトルのマンガです。

25 :米国の告発、W田を斬る:2007/11/19(月) 08:53:33 ID:m6j6PqiB
W田N子のプロフィール
阿含宗財務局長 
現在、阿含宗の実質的な総責任者であると職員、及び関係者。
W田局長は、純真な本部の派遣職員二人を懲戒解雇し、
そして幹部をカリフォルニア支部に送り込んで、
米国の職員には雇用契約サインを強制し、
信者から不審を問われていた悪と知っての元カリフォルニア支部職員S崎一人を職員として残し、S崎と米国の弁護士を使用して諸々の真相を知ってしまった元職員、信者に対して行なった行為は、不当解雇、脅迫、ハラスメント、名誉毀損、誹謗中傷、そして詐欺である。
その行為は仏教者とは名ばかりの信じられない行為である。
*W田局長からの指示でハラスメント行為中のS崎は
「本部(W田局長)は私を信者から守ってあげる。」と言っていたと他言。


26 :神も仏も名無しさん:2007/11/19(月) 12:31:51 ID:KiFrVusK
>416 :Q:2007/11/15(木) 22:05:16 ID:y0ZzxDmN
>その批判側は「霊障」というものを主張する場合は
>まずそう主張する側から先に根拠を示さなければいけない、と言っていました。

そのとおりです。
なぜなら、霊障なんて社会的には認められていない概念です。
こんなとっぴな概念を主張するなら、本人がまず根拠を示すべきです。
月にウサギがいるというなら、主張する人が根拠を示すべきで、
ウサギがいないことを示せなどと要求するのは筋違いです。
あなたの指摘で間違っている点は、あなたと違い、桐山さんは霊障の根拠を示した。
あなたは売上や魔女狩りの件でなんら根拠を示していないが、桐山さんは示した。
批判側は桐山さんの示した霊障の根拠が間違っていると批判しているのです。
議論の流れをまるで無視して、一部だけ取り上げても無駄です。
万燈会の売上や魔女狩りは霊障と違い現実世界での話です。
売上が落ちるのも上がるのも現実にいくらでも起きている話で、推測としては珍しくもない。
霊障と売上はまるで違う。
私の推測など、世間でいくらでも行われていることです。
クリン含さんのも推測です。
私は推測の根拠を示した。
今度はあなたが推測の根拠を示すべきだ。
魔女狩りを私は実際に見たことを推測の根拠として示した。
あなたも私も推測を述べているにすぎない。
どちらの推測を納得してくれるかは読者の判断です。
あなたは根拠を何一つ示せない。
できないから、ごまかすために、私の推測の根拠を拒否して、
自分に要求が回ってくると、こうやって見苦しい屁理屈をつけて逃げまどう。

27 :神も仏も名無しさん:2007/11/19(月) 12:34:20 ID:KiFrVusK
>540 :Q:2007/11/18(日) 14:54:33 ID:M6xgA0Xt
>七氏の場合は「霊的な意生身は説いていない」と切り捨て、

切り捨ても何も、身命経のどこで釈尊は霊的な意生身を「説いて」いるのですか。
あなたの書き方はまるで釈尊が霊的な意生身を説いているかのように書き方だが、
釈尊はただ婆蹉種出家の言葉をそのまま繰り返したにすぎない。
意生身とは婆蹉種出家が述べた言葉です。
これが霊的な存在の議論ならば、その言葉を繰り返すことで、
相手のいう霊的な存在を認めたことにもなるだろうが、
釈尊の主張は霊的な存在の話ではなく、煩悩による輪廻を説いているにすぎない。
それどころか、経典の最初のところで、釈尊は霊魂の問いに「無記である」、
つまり議論しない、答えないとはっきり述べている。
この釈尊が、なんで後半で突然、霊的な存在を認めるのですか。
あなたは視野が狭い人だから、釈尊が婆蹉種出家の言葉を繰り返すと、
文字通りに受け取ってしまうようだが、
経典解釈とはまず経典全体から理解するのです。
桐山さんもちゃんと無記を訳している。

28 :神も仏も名無しさん:2007/11/19(月) 12:35:59 ID:KiFrVusK
婆蹉「霊魂(我、命)と肉体はおなじものでしょうか」
釈尊「かような問題には答えない」
(『守護霊を持て』82頁)

クリン含さんは釈尊のこの答えが読めないのか・・読めないらしい。
日本語の読めないクリン含さんはさておき、
他の信者さんたちは上記をよく読んでほしい。
身命経の最初に、釈尊は霊魂については「答えない」と返事をしている。
これは身命経に限らず、阿含経では例外のない常識です。
この釈尊が身命経の後半で、霊的な存在としての意生身を認めると思いますか。
身命経ではたしかに釈尊は意生身という言葉を使っているが、
それはその前に婆蹉種出家が使った言葉をそのまま使っただけです。
しかも、そこで霊魂について議論しているのならともかく、
釈尊は輪廻して生まれ変わる理由としての煩悩を説明しているのであって、
その中間にある霊的な話をしているのではない。
相手の使う言葉をそのまま用いる事例は別に珍しくない。

29 :神も仏も名無しさん:2007/11/19(月) 12:40:16 ID:KiFrVusK
釈尊「かような問題には答えない」

釈尊は真のバラモンとはどうあるべきかを説いている。
ならば、釈尊はカーストとしてのバラモンを認めたことになるのですか。
教団ではいっさいのカーストを認めなかった。
一方でバラモンのあり方を説き、他方でカーストのバラモンを認めていない。
しかし、矛盾などしてない。
釈尊はカーストのバラモンを説いたのではなく、バラモンという民衆に
わかりやすい名前や制度を用いて、解脱した比丘を説いたのです。
だから、バラモンを説いたのでも、認めたのでもない。
釈尊が相手の言葉を用いて意生身と述べたから意生身を認めたというのは、
釈尊はバラモンを説いているのだから、バラモンを認めたというのと変わりない。
こんな解釈は読解力のなさか、言葉尻をとらえた悪意の揚げ足取りです。

30 :神も仏も名無しさん:2007/11/19(月) 12:43:07 ID:KiFrVusK
釈尊「かような問題には答えない」

釈尊が当時の社会で行われていた習慣や名称を用いて、
自分の教法を説くことは珍しくない。
相手にとって馴染みの言葉や概念を頭から否定するのではなく、
むしろそれを利用して教法を説くのです。
バラモン制度など釈尊は否定している。
だが、いきなりバラモンたちにそれを説いたら無用の反発を受ける。
だから、彼らが誇りとするバラモンの名前を残し、
むしろ、その誇りに値するバラモンとは何かを説いたのです。
婆蹉種出家は質問から見ても、普通の人たちと同じように、
輪廻の主体としての霊魂を想定していた。
釈尊が質問に答えてくれないから、いよいよ混乱した。
釈尊が煩悩との関わりを説明したことでようやく理解し始めた。
この婆蹉種出家がつい霊的な意味での意生身という言葉を使ったからといって、
それを頭から「ヲマイ、それ、ちゃうねん」と否定するのではなく、
「君のいう意生身とやらに乗じて生まれ変わるというのも、タンハーが原因だ」
と、相手の使った言葉を用いて、煩悩による輪廻を説明したにすぎない。
相手が馬に乗るたとえを出したら、
「馬に乗って生まれ変わるのも、タンハーが原因だ」と言ったでしょう。
なぜなら、桐山さんやクリン含さんと違い、すでに婆蹉種出家は理解したのです。
そして、最近、こういう解釈すら必要がないことがわかった。

31 :神も仏も名無しさん:2007/11/19(月) 12:53:30 ID:KiFrVusK
釈尊「かような問題には答えない」

スレ132の262=305さんが示した内容です。
私は346以降でレスをつけている。
簡単に言ってしまえば、身命経の意生身は誤訳であるというものです。
雑阿含経には別訳があり、身命経に相当するのが別役雑阿含経190です。
また南伝のパーリ仏典にもこれに相当する経典がある。
意生身に相当する三つの経典の文章を比較すると、

「・・意生身に乗じて余処に生ずるは・・」(雑阿含経、身命経)
「・・意がかなたに生じる・・」(別訳雑阿含経190)
「・・この身を捨てて有情が他の身を生じていない時に、
君ゴータマは何をその取と説くのですか、と。」(パーリ相応部経典44. 9)

身命経は、意生身に乗じるのは余処に生ずる前、
つまり生まれ変わる前だから、意生身は霊的な存在ともとれる。
ところが、別訳雑阿含経の質問者は「その中間には・・」と聞いているのだから、
彼方に生じる「意」とは生まれ変わった後の存在を指していることになり、
これは死後の霊的な存在ではありません。
別訳雑阿含経では質問者は死後の霊的な存在を示す言葉は出していないのです。
パーリ仏典でも、同様に、意生身に相当する言葉は出てこない。
同じ内容の経典が三つあり、その内の二つには意生身や
それに相当する言葉は出てこないのです。
別訳雑阿含経には出てこないというだけなら、身命経が間違いとは言えない。
ところが、南伝のパーリ仏典にも出てこないとなると、
ほぼ間違いなく、身命経の訳者の誤訳です。
身命経にはそもそも意生身など存在しなかったのだ。
クリン含さんの主張はもちろん、>>30までの私の解説すら無用になってしまった。
霊魂の根拠とした桐山意生身は最初からなかったのです。

32 :神も仏も名無しさん:2007/11/19(月) 12:58:40 ID:KiFrVusK
釈尊「かような問題には答えない」

信者さんたちは釈尊のこの答えをもう一度よく読んでほしい。
釈尊は霊魂の有無について「答えない」のです。
答えないというのに、わざわざ意生身や異陰という言葉を用いて、
霊的な存在について説くと思うか。
ましてや、この釈尊が不成仏霊、霊障のホトケを説くと思うか。
桐山さんが霊魂の根拠とした異陰は自爆し、
意生身すらも訳者の誤訳だという。
根拠が二つとも崩れ去った。
阿含経を護持するなら「霊魂は説かない」のです。
この阿含経を護持しながら、霊障のホトケを一番のウリにしていることに
信者さんたちは何か疑問を感じないか。
世界平和を唱える団体が武器の販売をしているようなものです。
釈尊を信仰するなら、せめて「するな」と言われたことくらい守ったらどうか。

33 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/19(月) 14:38:11 ID:S2rpVAFg
アレアレという間に次スレかな。落ち着いた頃にテンプレ貼るか。

34 :神も仏も名無しさん:2007/11/19(月) 14:44:14 ID:i1Yqzfx/
一度桐山さんによって切替えられた頭の中を再度切替え直すべきなのか。
本当にそうだな〜。
原点に戻って素直に釈尊の言葉をかみ締めればいい。
釈尊は霊魂の有無について「かような問題には答えない」と言ったのだ。
そして霊魂など説かなくても彼や弟子は煩悩解脱を果たした。
供養金や梵行で解脱したのではない!
そうだよね〜、応供の如来に供養して解脱したんじゃない!!


35 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/19(月) 15:44:52 ID:iPrMI40u
誰かから突っ込まれないうちに訂正しておこう。
前スレの588、すなわち私の昨夜のカキコで、身命経の意生身の話で、仙尼経と勘違いして慢という煩悩がどうこう書いてますね。
渇愛に訂正します。渇愛タンハーがあるから輪廻する。
な〜に、ちょっとしたミスさ。(古)

36 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/19(月) 18:41:49 ID:iPrMI40u
しかも前スレ588ではなく558ではないか!
そんなの関係ねえ!
そんなの関係ねえ!
はい、おっぱっぴ〜


新しいのはいいが、ありふれ過ぎとるな。

37 :目撃情報!:2007/11/20(火) 10:49:54 ID:70iqrbPs
ロスアンゼルス在住の元信者の友人から、ロサンゼルス市内で関西総本部のA宅職員らしい女性を
見かけたとの連絡がありました。それで、あっちこっち色々調べてみてわかったことは、A宅職員は
10月31日から出張となっていて、11月23日以降でないと関西総本部には出てこないとのこと。
出張先もロサンゼルスのようなので、私の友人がロスアンゼルスで見かけた女性はほぼA宅職員に
間違いないみたいですね。

しかし、カリフォルニア支部は消滅してもうないというのに、何の用で3週間も米国へ出張するのでしょうか。
また「海外出張」という名の「バケーション」に出かけたのかな。(ワーッ、いいなあ!羨ましい!)
でもそうなるとまたもや信者の浄財がA宅職員のバケーション代として消えちゃいますね。
だとしたら、こういうことをさせる上司がおバカさん!部下の行動がちゃんと把握できていないという
証明になりますョ。気をつけてね!それと浄財の無駄使いはやめさせてください!!!

それとも、米国告発さんを「始末」するために、W田さんからの指令でアメリカに秘密工作員として
送り込まれたのかも。(でも元信者に見られてしまうなんて、なんておバカな秘密工作員なんでしょう。
きっとリゾート気分でハメを外して罰が当たったのね。ウフッ)

とにかく米国告発さん、くれぐれもご用心ください。オバカな連中だけど何をするかわかりませんから。



38 :神も仏も名無しさん:2007/11/20(火) 10:53:27 ID:70iqrbPs
>>37
>ロスアンゼルス在住の元信者の友人から、ロサンゼルス市内で関西総本部の
>A宅職員らしい女性を見かけたとの連絡がありました。
>しかし、カリフォルニア支部は消滅してもうないというのに、何の用で3週間
>も米国へ出張するのでしょうか。

ウワサによると、A宅職員はK斐元職員が退職した後、K斐元職員が関わった
ゲイカの英訳本にいちゃもんを付け、その翻訳のやり直しをしており、その際
ロスに在る翻訳会社を使っている関係で年に何回か、ロスに出張(という名の
バケーションを)している模様です。今回の渡米もこのケースではない
かと思われます。

ただし、ここで問題なのがA宅職員の英語力です。
通常日本語から英語への翻訳の場合、まず日本人の翻訳者が下訳をし、そのあ
とでネイティブの翻訳者がこなれた英語に直してゆきます。これまでのゲイカ
の英訳本の場合も、英語に堪能なK斐元職員とA部M子さんが日本語から英
語への下訳をし、Rande Brownというネイティブがこなれた英語に仕上げてい
ったであろうことが、英訳本の裏表紙をみると「Japanese-English Translation
by Rande Brown. In collaboration with Michiko Abe and Fukiko Kai.」と掲載
されていることからわかります。
では、K斐元職員の退職後、A宅職員がインターセプト(横取り)した翻訳業
務においては、A宅職員がK斐元職員の代わりに日英翻訳の下訳をやっている
のかというと非常に疑問です。なぜならば、A宅職員の英語力を知る人たちは
同様に「はあ?翻訳?話す英語はブロークンで、読み書きの英語はビジネスで
は使えないレベルの人が翻訳できるの?」というような反応を示すからです。
もし阿含宗側として翻訳業務に相応しい人を使わずに外部の翻訳会社に丸投げ
しているとしたら誤訳の可能性が大きくなります。



39 :神も仏も名無しさん:2007/11/20(火) 10:54:38 ID:70iqrbPs
>>38の続き
さらに、なぜわざわざロスの翻訳会社を使うのかです。日本にも優秀な翻訳会
社はいくらでもあります。いや、それ以前に現在では翻訳業務はほとんどが
電子メールでのやりとりで済んでしまいます。ですから、たとえ翻訳会社が米国
に在ったとしても高いお金と時間を使ってわざわざ米国に行く必要はありませ
ん。(これは業界の常識です。)

結論を言えばA宅職員は、英語力に問題があるにもかかわらず翻訳業務を行い、
それを口実にロスに在る翻訳会社を使って必要もないのに米国へ出張しており、
それを許可している無知・無能・無責任な上司がいるという仮説が考えられま
す。もしこの仮説が証明されたら経費のものすごい無駄遣いおよび誤訳の心配
のある英訳本が出版される可能性があるということになります。

信者さんは浄財が正しく使われているか否かを確認する必要があるのではない
でしょうか。でないと徳を積んでいるつもりが、問題職員の不正に手を貸して
いるということになり、一緒に不徳を積みかつ阿含宗の信用も失うことになり
かねませんから。



40 :神も仏も名無しさん:2007/11/20(火) 12:39:43 ID:lm73FjvM
スレ132
>299 :神も仏も名無しさん:2007/11/09(金) 18:54:19 ID:3HodR7G3
>阿含宗徒であるこのおばあちゃんが常に行っている瞑想法はといいま>すと、縁起観法と空観法と内観法それに特殊な想念法です。
>桐山管長げい下に直接にこの眼と耳で教わったものばかりです。

「縁起観法と空観法と内観法それに特殊な想念法」を
いつどこで習ったのかと批判側から質問されて、
なんて答えるか待っていたが、一向に返事がない。
行歴の長い信者ですら、あなたの書き込みに??が並んだはずです。
当然です。
桐山さんは公式にはこんなことを教えたことはない。
しかし、なんとなく推測はつく。
これは瞑想講義の中で言ったのを指しているのではありませんか。
第四回の瞑想講義では、月輪観・四念処観・空観の体得と題して、
桐山さんは講義している。
この講義は1978年で、あなたが後にビデオで講義を受けたとしても、
少なくとも二十年の行歴をもった人ですね。
二十年も桐山さんの行状を見ていて、ここの批判を読んでも、
何一つ桐山さんに疑問を持たないのだ?!
これ一つ見ても、あなたのしていることは釈尊の説く縁起観などではなく、
空想のお遊びだとわかる。

41 :神も仏も名無しさん:2007/11/20(火) 12:41:49 ID:lm73FjvM
>>298 :ハイ:2007/11/09(金) 18:48:30 ID:3HodR7G3
>お悔やみ申し上げます。とことん勘にさわる哀れなガキです。
>>299 :神も仏も名無しさん:2007/11/09(金) 18:54:19 ID:3HodR7G3
>すと、縁起観法と空観法と内観法それに特殊な想念法です。

あなたは上記の二つの書き込みが矛盾していることに気が付かないのですね。
本当に縁起や内観を実践している人が、「とことん勘にさわる哀れなガキ」
などと罵声を浴びせるなどありえないことにあなたは気が付かない。
あなたのしている縁起観なんてそんな程度の子供騙しです。
縁起を理解したら、私文書さんを罠にかけようと薄汚い手を使うなどなどありえない。
つまり、釈尊のいう縁起が何を指しているのか、桐山さんと同じで、
あなたは知性のレベルですら、理解していないのです。
桐山さんが縁起すらも理解していないのは、四諦についての説明を聞けばわかる。
信者時代ですら、首をかしげた。
私だけかと思ったら、スレ131の517で「R&H」さんが同じ事を書いていた。
桐山さんやあなたのように口先で縁起観法をしているなどと言っても無駄です。
桐山さんのようにオバサン一人に批判されて人前で激昴して、
暴力で排除する人が縁起観法をしているなどといくら言っても、
ヘソが茶を沸かす。

42 :神も仏も名無しさん:2007/11/20(火) 12:48:49 ID:lm73FjvM
>298 :ハイ:2007/11/09(金) 18:48:30 ID:3HodR7G3
>お悔やみ申し上げます。とことん勘にさわる哀れなガキです。

瞑想講義で、桐山さんは月輪観・四念処観・空観の目的を説いています。
「心を清らかにする」ためです。
しかも、この時、桐山さんは正確な仏教を説いていて、
心を清らかにするとは、貪瞋癡などの煩悩をなくすことだと解説している。
あなたは桐山さんのこの講義のどこを聞いているのだろう。
心を清らかにする修行法を長年していて、
「とことん勘にさわる哀れなガキ」
などと煩悩丸出しにした発言をして、恥ずかしいとは思わないのですか。
ほとんどの人は瞑想講義での空観についての桐山さんの解説など
知らないから、質問されたら、他の信者さんのためにも
あなたがちゃんと説明しなければならないのです。
だが、たぶんあなたも説明できるほど理解していないから、
名前だけ出して、はったりを効かせたか、自分だけが知っていると自惚れた。
これでは桐山さんと同じでアゴン宗は宣伝ばかりだと
信者が証明しているようなものです。
しかたないから、私が概要を紹介しましょう。

43 :神も仏も名無しさん:2007/11/20(火) 12:57:56 ID:lm73FjvM
>299 :神も仏も名無しさん:2007/11/09(金) 18:54:19 ID:3HodR7G3
>すと、縁起観法と空観法と内観法それに特殊な想念法です。

東京で行われた第4回瞑想センターの合同講義(1978年9月16日)です。
桐山さんはいつものように、講義の大半を伝統仏教などの瞑想法への批判をした。
あれでは駄目だと述べて、釈尊の説いた四念処を出し、解説を始めた。
四念処とは空を体得する瞑想だと言い出した。
桐山さんは、四念処が瞑想だと本でも書いている。
これ一つとっても、桐山さんは四念処を理解していないのがわかる。
桐山四念処の思い込みについてはスレ118の505-、594-で書きましたから、
今回は省略します。
従来の四諦の解釈も間違いだと長々と批判しながら、
では、具体的に四念処の一つである空観法をどうするのかという説明は
ほんのわずかです。
内容は二つしかなかった。
一つは、空は学者たちのように知性で理解するものではなく、
実際に頭の中であれこれと思い描く瞑想だという主張です。
そして、二つ目に、空観の具体的な内容を一つだけ桐山さんは示した。
信者さんたちもこれこそが一番聞きたい点です。
他の宗教への批判はもういいから、では、具体的に何なのか。
ここまで来るのに講義時間の半分以上であり、
わずか十分ほど具体例を示した。
学者たちとは違う空観、四念処観を桐山ゲイカはいよいよ開示した。

44 :神も仏も名無しさん:2007/11/20(火) 13:00:36 ID:ACCDig5J
>299 :神も仏も名無しさん:2007/11/09(金) 18:54:19 ID:3HodR7G3
>すと、縁起観法と空観法と内観法それに特殊な想念法です。

それは瞑想のポーズをとり、頭の中で次のように空想することだそうです。
最初、原野だったところに、だんだん人が集まり、集落になり、
街が大きくなり、大都市になり、そして衰退して、
やがて人々は去り、元の野原のようになる。
これをつぶさに具体的に詳細に瞑想するのだそうです。
あなたがいう空観法、縁起観法とはこれを指しているのではありませんか。
桐山さんはこれを初歩であり、今後、もっと教えていくと宣言したが、
私の知るかぎり、それっきりです。
出せるはずがない。
こんなことが空や縁起を体得するための瞑想だというのだから、
あきれてものが言えない。
あなたは二十年もそれをしていて、自分が縁起も空も
体得していないことに疑問を持たないのか。
当然です。
四念処は瞑想ではないし、縁起も空も空想で体得するものではありません。

45 :神も仏も名無しさん:2007/11/20(火) 13:03:08 ID:ACCDig5J
>299 :神も仏も名無しさん:2007/11/09(金) 18:54:19 ID:3HodR7G3
>すと、縁起観法と空観法と内観法それに特殊な想念法です。

桐山さんが説明した内容は縁起や空ではなく「万物は流転する」です。
桐山さんは因縁を運命の星と解釈したように、
縁起や空と「万物は流転する」を一緒にしている。
どうしてかわかりますか。
仏教も縁起も四念処も桐山さんは理解していないからです。
彼は他人の考えを学ぶではなく、自分の頭にある知識や理解した内容の
どれかに当てはめて理解しようとする。
その内容が彼の知識や理解力の範囲ならかまわないが、
違った内容なら悲惨です。
そして、桐山さんはギリシャ哲学の「万物は流転する」を
縁起や空と同じだと思い込んだ。
だから、四念処をオシエにすぎず瞑想だとピンボケなことが言えるのです。
縁起や空と「万物は流転する」は違う。
共通した部分や似た部分はあるが、別物です。
決定的な違いは対象です。
桐山さんは集落の変遷を頭で描くことで、無常を悟ったつもりでいる。
桐山さんのピンボケに気が付きませんか。
彼の対象は「外」にある。
これに対して、釈尊の対象は「内」、つまり自己です。

46 :神も仏も名無しさん:2007/11/20(火) 13:05:56 ID:ACCDig5J
>299 :神も仏も名無しさん:2007/11/09(金) 18:54:19 ID:3HodR7G3
>すと、縁起観法と空観法と内観法それに特殊な想念法です。

桐山さんが集落を対象とした瞑想を縁起観だと思ったのは、
日本人がよくやる無常への誤解です。
集落を対象とした瞑想って、どこかで聞いたことがありませんか。
「夏草や兵どもが夢の跡」
この感性と同じです。
これを集落で映像化したにすぎない。
これは典型的な日本人の無常観で、『平家物語』の
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり」
に始まる日本人の大好きな感性で、正確には“無情観”です。
我々日本人はこれらの文学作品に感動して、
「ああ、何事も一つ所に留まることはなく、
盛者必衰で、変わらぬものなどないのだ」と、
きらびやかな平安貴族がやがて滅ぶ姿に世の無情を嘆く。
無常と無情を一緒にした日本人独特の感情的な解釈です。
平家物語や芭蕉なら文学だからかまわない。
だが、仏教としては誤解です。

47 :神も仏も名無しさん:2007/11/20(火) 13:12:10 ID:8ry3wFDi
>299 :神も仏も名無しさん:2007/11/09(金) 18:54:19 ID:3HodR7G3
>すと、縁起観法と空観法と内観法それに特殊な想念法です。

桐山さんもこういう文学の影響を受けて、
縁起や空が「万物は流転する」ことだと思っている。
釈尊の教法はギリシャ哲学と同じではない。
釈尊が「万物は流転する」の対象を自己においた点が
他の宗教や哲学とは決定的に違う。
だから、もし縁起観で瞑想をするというなら、
その対象は自己以外にはありえない。
空観だろうが、四念処だろうが、中心となる対象は自己です。
桐山さんが縁起観や空観の瞑想の対象として、
集落の栄枯盛衰を選んだのを見れば、彼が仏教を理解していないのがわかる。
四念処は瞑想ではないが、瞑想するのなら、
中心となる対象は自己以外にありえない。
しかも、その場合でも、「万物は流転する」と自己を瞑想するのではなく、
自己のどこにも自己と呼ぶに値するものはないと「分析」するのです
瞑想と称して、自己とはこのようなものであると頭で空想することと、
あるがままの自己を観察し分析することではまるで違う。

48 :神も仏も名無しさん:2007/11/20(火) 13:15:26 ID:8ry3wFDi
>299 :神も仏も名無しさん:2007/11/09(金) 18:54:19 ID:3HodR7G3
>すと、縁起観法と空観法と内観法それに特殊な想念法です。

桐山さんのいう瞑想は空想です。
現実がどうあるかではなく、このようであると頭の中で描くことです。
だから、桐山さんは都市の栄枯盛衰を頭に描けと説いた。
要するに、桐山さんは空想を仏教の瞑想だと思っている。
しかし、釈尊の説く瞑想とはそのようなものではない。
自己の徹底した観察と分析です。
同じように瞑想の姿で座っているが、両者はまるで違う。
桐山さんは頭で縁起や空を空想しているのに対して、
釈尊の瞑想はあるがままの現実の観察と分析です。
この違いを信者さんたちはよく理解することです。
桐山さんの瞑想はほぼ全部空想であり、思い込むことです。
無常、無我、空を頭で想い描くことだと言っている。
どの講義でも、自分が小さくなったとか、巨大になったなどと
空想の世界に遊ぶことを説いている。
だが、釈尊はあるがままの現実を観察しろと言っているのです。
だから、仙尼経に典型的に現れているように、
釈尊はセーニャに一つ一つの自己の要素について質問をしていき、
そのどこにも自己だといえるものがないことを考えさせ、気づかせる。
このように現実を具体的に分析させるのが釈尊の縁起観法、空観法です。
ところが、桐山さんはこれを頭の中で空想するのだと主張している。

49 :神も仏も名無しさん:2007/11/20(火) 13:24:09 ID:8ry3wFDi
『仏陀の真実の教えを説く阿含経講義』(66頁)
「この五蘊のそれぞれを無常・空・無我であると観想していく瞑想法のことです。」

桐山さんは応説経の中で五蘊観を解説している。
五蘊とは自己を形成している要素のことです。
仙尼経で自己の構成要素を釈尊は一つ一つ質問して、
セーニャ自身に考えさせている。
これが五蘊観や縁起観であって、釈尊のしたことを見ればわかるように、
桐山さんのいうような頭で空想することではありません。
現実を分析することと、頭でそのようであると空想することでは
まるっきり違うということに信者さんたちに気が付いてほしい。
優れた小説を書き、芥川賞を取るのと、
芥川賞を取ったと空想するのではまるで違うことくらいわかるでしょう。
桐山さんのいう瞑想とは後のほうです。
299さんは桐山さんの空想ゴッコを長年してきた。
何の効果もないのは当たり前です。
桐山さんと同じで、299さんも頭の中で芥川賞を取った自分の姿を思い描いただけで、
現実は芥川賞どころか、小説そのものすら書いていない。
299さんは無理としても、他の信者さんたちはショックを受けてほしい。
二十年も、彼女はただ空想をして、それを仏道修行だと信じて、
自分だけがゲイカから修行法を学んだと、他人に侮蔑心すら持っている。
なんとミジメで哀れな姿だとは思いませんか。
だが、練脳塾で仏陀の智慧を獲得するとか、守護神をもらって
ラッキーを得ようという人たちも、程度や内容が違うだけで、
299さんと同様に、砂場で宗教の空想ゴッコをしているだけです。

50 :神も仏も名無しさん:2007/11/20(火) 13:26:59 ID:8ry3wFDi
>299 :神も仏も名無しさん:2007/11/09(金) 18:54:19 ID:3HodR7G3
>すと、縁起観法と空観法と内観法それに特殊な想念法です。

せっかく五蘊観が出てきたから、信者さんたちに考えてほしい。
自己を形成している五蘊のどれ一つも自己そのものではない。
桐山さんも今回の本でそれを説いている(65,240頁)。
そこで信者さんたちに質問します。
あなたの霊魂はどこにあるのですか?
五蘊のどこに霊魂があるのですか?
桐山さんは五蘊の中に霊魂があるとは説いていない。
釈尊は自己を形成する要素を五つに分けた。
五つの要素こそが自己を形成しているのであって、他にはありません。
しかも、五つの個々の要素が自己ではない。
だったら、生きている我々のどこに霊魂があるのですか。
そのことを前にクリン含さんにも質問した。
彼は桐山説すら理解していないから、五蘊の内にあるとか、
外にあるとか右往左往していた。

51 :神も仏も名無しさん:2007/11/20(火) 13:30:36 ID:8ry3wFDi
『仏陀の真実の教えを説く阿含経講義』(66頁)
「この五蘊のそれぞれを無常・空・無我であると観想していく瞑想法のことです。」

桐山さんはさかんに霊格や霊性という言葉を使う。
霊格や霊性というのだから、生きている人にも霊魂があることになる。
でも、桐山さんは生きている信者さんたちに霊魂があるとは認めていない。
この矛盾をどう信者さんたちは説明するのだろう。
信者さんたちは、「ゲイカは高度の霊能力によって体得したのであり、
自分がわからなくてもいい」と思っただろうが、
釈尊の説く五蘊観とは他人から教えてもらうのではなく、
セーニャに一つ一つ質問して考えさせたように、
あなた自身が考えて理解する内容なのです。
仏陀の智慧なんてなくても、素人が考えて理解できる内容です。
釈尊のいう瞑想とは一つ一つを自分が徹底的に考えることなのです。
さあ、信者さんも、自分の中に霊魂があるのかないのか、
生きている自分の霊格や霊性とは何なのか、
桐山さんの解説する五蘊観と矛盾しないように説明してください。

52 :神も仏も名無しさん:2007/11/20(火) 17:29:39 ID:I05h7vi5
そうだね、桐山ゲイカは霊性という言葉を多用してるね。
霊性という言葉は品が良いのか?
響きがいいのかな?
・・・霊魂、霊性、霊長類、・・・
鈴木大拙が霊性という言葉を本で使った記憶があるが何か関係あるかな?
学者風に見えるのかな??
とにかく、ゲイカは人の言葉をうまく借用して自分の物にするのがうまい。
たとえば、
「空の悟りをテレパシーで不成仏霊に伝え」ってのがあるが
多分あれは佐保田鶴治先生の本”ヨーガの宗教理念”から取ってきたのだろう。
P256の般若心経の説明で
「・・そのサトリの内容をお説きになるか、または出席している高弟のだれかに
テレパシーをもって自分のサトリの中身を送信して、・・・」てのがある、
これを借用し書き直したんだろうね、詐欺師の嗅覚で。

53 :R&H:2007/11/20(火) 22:49:30 ID:9EhMe9y0
>299 :神も仏も名無しさん:2007/11/09(金) 18:54:19 ID:3HodR7G3
>すと、縁起観法と空観法と内観法それに特殊な想念法です。
この中に内観法というのがありますが、浄土真宗の一派に伝わる身調べと言う方法
です。精神疾患治療の森田療法も取り入れているようです。吉本伊信氏が始め
られました。自分の汚い部分を出していく作業ですから、管長のような傲慢で高慢
な方は1日ももたず逃げ出すと思います。詳しくはここでは書きませんので
ネットで見て頂ければ解ると思います。
管長はたくさんの修行をされたと思いますが、肝心要の自分と向き会うことを
してない。アゴンの経典にすべて貪り奢り怒り愚痴の因縁による・・と言う
部分がありましたが管長そのままです。
本当の聖者は自分を聖者とは言いません。管長!!むかしの純粋に真理を追究
していた頃に戻ったらいかがですか。そして阿含宗カンパニーを廃業しなさい。


54 :神も仏も名無しさん:2007/11/20(火) 23:10:25 ID:xdQv+6xf
>>14 >学者の転記ミスをそのまま鵜呑みにして書いた。

安井廣度『阿含經講義』では、原漢文・読み下し文の両方とも「異陰」となっているので、
単なる誤記とは考えにくいと思います。(なお、第一義空経からの「異陰」引用もありました。)
著者の用いた底本に「異陰」とあったか、あるいは文脈を勘案した上でそのように
訂正したものか、どちらかだったと思われます。

まず底本は大正蔵ではないです。何本かの経典の文字の異同を検討した結果、「元」本でもなく、
どうやら、第四章にも触れられている「明」本のようです。鉄眼版など明蔵系のものではないか
と思われます。しかし、大正蔵の脚注では、明本でも「與陰」とある、となっているので、
事実を確定するためには、縮刷蔵経・卍字蔵経などを含めた確認が、まず必要でしょう。

>>49
応説経を根本に据えたことに関しては、なかなかいい判断だったのではないかと思っています。
知見の重要性を説く経典ですし、慧解脱と縁起観、さらに心解脱と煩悩の止滅などに
関心を持っていければ、それはそれで結構なことではないか、と考えます。


55 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/21(水) 01:04:53 ID:2oa6dio1
>>53 R&H mimi 2007/11/20(火) 22:49:30 ID:9EhMe9y0
>本当の聖者は自分を聖者とは言いません。管長!!むかしの純粋に真理を追究
>していた頃に戻ったらいかがですか。そして阿含宗カンパニーを廃業しなさい。

内容には全く同意なんですが、最後の純粋に真理を追求していた頃の部分だけが
私は同意できません。
私は桐山さんに純粋な真理を追求していた時代なんて過去にも一度もなかった
と認識しています。
阿含宗草創時代、密教時代、観音慈恵会時代と遡っても。
観音慈恵会を開いた時点で悪意の宗教詐欺を始めたのがわかります。
偽ビールで逮捕された。新聞に堤眞寿雄の名前も出た。
桐山靖雄と名乗ったのは前科隠しでしょう。
ビールが駄目なら宗教はどうだ?宗教ならかなり荒唐無稽なものまでまかり通って
しまう世界だから嘘、虚構を得意とする桐山さんには天職と言える。
よほどのことをしない限り警察にも捕まらない。
で占いの本などを頼りに人生相談らしきことを始めた。
おかしな話ですね。
偽ビールで逮捕されてからまもなく教祖、会長となったのですよ。
どこか師を求めてみっちり自分が教えを乞うて修行をしなければならないはず
ではありませんか?

56 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/21(水) 01:16:32 ID:2oa6dio1
>>53 R&H mimi 2007/11/20(火) 22:49:30 ID:9EhMe9y0
>管長!!むかしの純粋に真理を追究
>していた頃に戻ったらいかがですか。

いきなり偉そうに教祖になったのは桐山靖雄と改名したから前科を誰も知らない
からです。
持ち前の口のうまさで人を集めていった。
恥ずかしいことに我ら元信者もその口のうまさに共鳴して騙されたわけです。
で、求道心があるのならば、密教門に行ったのだから
きちんと得度出家して修行をすべきです。
しかし未だに偽僧侶です。
出家しないならしないで在家を名乗っておればよい。
しかしこの人は大僧正だ大阿闍梨などと嘯く。
信者を騙すことから始まっているのですよ。
どこにも純粋き真理を追求するものが感じられない。
常に自分を偉そうに示すことしか考えていない。

57 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/21(水) 01:40:26 ID:2oa6dio1
>>54 神も仏も名無しさん 2007/11/20(火) 23:10:25 ID:xdQv+6xf
>応説経を根本に据えたことに関しては、なかなかいい判断だったのではないかと思っています。
>知見の重要性を説く経典ですし、慧解脱と縁起観、さらに心解脱と煩悩の止滅などに
>関心を持っていければ、それはそれで結構なことではないか、と考えます。

と解釈いただければ桐山さんには勿体無い話になるのですが、あいにく桐山さんには
そんな純粋で真面目な考えはないと思います。
応説経を中心に据えたのは既存の他宗を排撃する為だと認識しています。
七科三十七道品を修行しない者は漏尽解脱を得られないと説いている。
ほれ見ろ、おまえたちの宗派に七科三十七道品があるか?
我ら阿含宗には名前だけ、看板だけある。
しかして実体が無いばかりか内容についても理解できていないが。
その一例が今日(もう昨日になるか)の七氏さんの四念処の話です。
外向けに他宗を攻撃して自分らの優位を示そうということでこの経典を選んだと思う。
私は創価学会が毎日の勤行で「方便品」を読唱することに首を傾げたことがある。
方便品ってのはアレでしょ?
釈尊が今まで説いてきた教えは真実ではなく真実の教えに誘因する為に先に説かれた
方便であり、真実の教えはいまこれから初めて説くのだと表明した経典です。
で法華経はそれからいろいろと明らかにしていって如来寿量品のあたりでその
生命観はクライマックスに達し、それからいやというほどの功徳話になる。
教えの本段ではなく今まで説いてきたのが方便だったのだよとショッキングな
宣告をする段を毎日読むなんて、さすが他宗排撃の創価さんらしいと冷笑していた。
しかし阿含宗ではこの応説経を他宗排撃の武器として方便品の代わりにしてるのです。

58 :樹意:2007/11/21(水) 06:50:32 ID:+PelqFe/
>>57

> 応説経を中心に据えたのは既存の他宗を排撃する為だと認識しています。
> 七科三十七道品を修行しない者は漏尽解脱を得られないと説いている。

同意
これはゲイカがよく説いていたことですね。
かの比丘はついに漏尽解脱することあたわず、ゆえはいかん 修行しないからだ
何を? 七科三十七道品。
日本中の坊さん誰一人としてジョウブツしていない、
弘法大師と道元禅師だけは もしかしたらジョウブツしている ????

他宗への批判を自らの正当性に摩り替えるというやり方ですがこれは毎度
批判されるように他が間違っていたからといって 自分が正しい理屈にはならない。
八正道を出すと戒律やらが出てきますから、七科三十七道品で煙に巻いたのでしょう。


59 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/21(水) 08:45:35 ID:2oa6dio1
>>54 神も仏も名無しさん 2007/11/20(火) 23:10:25 ID:xdQv+6xf
>安井廣度『阿含經講義』では、原漢文・読み下し文の両方とも「異陰」となっているので、
>単なる誤記とは考えにくいと思います。(なお、第一義空経からの「異陰」引用もありました。)
>著者の用いた底本に「異陰」とあったか、あるいは文脈を勘案した上でそのように
>訂正したものか、どちらかだったと思われます。

安井氏が用いた底本に異陰とあれば問題ありませんが、文脈考慮して語句の取り替えをやったとしたら
問題ですね。現存して今目の前にある経典をまずはそのまま引用して、その上で
この與陰は第一義空経には異陰とあり、寧ろこちらを適用する方がわかりやすい
と「私見」を解説文中に述べるにとどめるべきでしょう。
現世とは異なる来世の陰の方がわかりやすいとか。
しかし安井氏の問題は安井氏の問題で、桐山さんの問題は桐山さんの責任です。
安井氏の著書を活用して経典解説するならば、経典元本で確認することが必要です。
桐山さん所蔵の経典と違うならば底本は何であるか確認の上引用すべきです。
ましてや異陰をあれだけ大々的に取り上げておきながら調べてないはない。
安井氏は阿含経講義で異陰の意味をどう解釈しているでしょうか?
来世に生じる陰ではあっても生きている肉体などとは異なる霊魂みたいなもの
という意味には文脈からならない。

60 :神も仏も名無しさん:2007/11/21(水) 12:37:31 ID:GsdaMC7H
>>54 :神も仏も名無しさん:2007/11/20(火) 23:10:25 ID:xdQv+6xf
>著者の用いた底本に「異陰」とあったか、あるいは文脈を勘案した上でそのように

いつも詳細な情報をありがとうございます。
「転記ミス」とは不適切な表現でしたので、撤回します。
桐山さんは國訳一切経を読破したと書いていますから、
様々な大蔵経を比較して検討したのではありません。
学者の本をそのまま鵜呑みにして、標準となるべき漢訳経典すら見なかった。
しかも、今回の本で「陰と與」と直していますから、
もはや、異陰は使えません。
私を含めた批判側の多くは、桐山さんが國訳一切経を読んで、
第一義空経の異陰を仙尼経に持ち込んだと解釈していたのです。
つまり、宗教詐欺師なりの努力をしたと解釈です。
ところが、実際はそんな努力すらしなかった。
どうして桐山さんが第一義空経を名前だけでも出さないのかと不思議に思っていた。
理由は簡単で、今でも知らないからでしょう。
学者の本を丸写ししたばかりか、國訳一切経で確認すらしなかった。
そして、これを、釈迦は霊魂を説いた、自分の大発見だと
二十五年間言い続けている。
本人もズボラだと言っているだけあって、あまりのお粗末さにあきれた。
彼は自分では仏陀の智慧という高度な知性と直感力を持っていると
宣言しているから、改めて元信者たちは大爆笑したのです。

61 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/21(水) 12:41:12 ID:lcBlzBDX
>>54
>>59
何時のとは失念しましたが、桐山は呆話で「国訳一切教と南伝大蔵経をソースにしてる」
と、言ってました。大正蔵とは言ってませんので、国訳一切教と南伝大蔵経を調べてから
安井認定するべきでしょう。

62 :神も仏も名無しさん:2007/11/21(水) 12:41:37 ID:GsdaMC7H
>>54 :神も仏も名無しさん:2007/11/20(火) 23:10:25 ID:xdQv+6xf
>応説経を根本に据えたことに関しては、なかなかいい判断だったのではないかと思っています。

桐山さんの解説を読んだら絶句すると思います。
『仏陀の真実の教えを説く阿含経講義』の二番目の講義です。
なにせ、桐山さんのいう解脱とは因縁解脱ですから、
どの経典を選んでも結果は同じです。
煩悩の解脱しか説いていない経典から、因縁解脱という
仏教に存在しない解脱を出してみせるのですから、まさに手品です。
明日にも、信者さんたちのために他の経典で
その手品の一つを説明する予定です。
煩悩を断ち切ることが「小解脱」であり、
因縁解脱が「大解脱」だというのが桐山教で、
仏教とはかけ離れたオカルト教です。
桐山さんの手には宗教詐欺という雑菌がついている。
だから、どんな良い経典を解釈しても、全部、雑菌に汚染され、
元々の釈尊の教法とは似ても似つかないオカルト経典に変身してしまうのです。

63 :神も仏も名無しさん:2007/11/21(水) 12:49:25 ID:GsdaMC7H
スレ132
>300 :神も仏も名無しさん:2007/11/09(金) 19:00:11 ID:3HodR7G3
>ハイお釈迦様はカルマという穢れを人間に即した場合煩悩という表現で説いたわけで、カルマも煩悩も同じようなものではないかと存じます。

カルマと煩悩が同じ??!!
絶句するような主張ですね。
釈尊はもちろん、さすがの桐山さんもこんなことは言っていない。
あなたのこの反論にとても失望した。
桐山さんの教義を無視して、我流の屁理屈解釈を始めた。
これでは桐山意生身すら知らなかったクリン含さんと同じです。
桐山さんを信じているのなら、あなたの勝手な解釈などせずに、
アゴン宗の教義のままを書けばいいのです。
桐山さんですらカルマと煩悩をきちんと区別している。
桐山ゲイカの最新刊を買って、しっかりと読んで勉強してください。
と、批判側から言われることに、あなたは情けないという気持ちはないのですか。

64 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/21(水) 12:50:21 ID:lcBlzBDX
>>61
は、確かまだ昭和だった。

65 :神も仏も名無しさん:2007/11/21(水) 12:52:45 ID:GsdaMC7H
>300 :神も仏も名無しさん:2007/11/09(金) 19:00:11 ID:3HodR7G3
>ハイお釈迦様はカルマという穢れを人間に即した場合煩悩という表現で説いたわけで、カルマも煩悩も同じようなものではないかと存じます。

「カルマという穢れ」についてはユビキタスさんが前スレで指摘したとおりで、
カルマとは行為であり、行為そのものが穢れていることはありません。
「穢れたカルマ」とは桐山さんやあなたがしている霊感商法です。
あなたの頭には「霊障のカルマ」という言葉があるからですよね?
桐山さんがこれを「霊的不浄」と呼んで、死者たちを罵倒している。
「ヲマエ、臭い」と言うのと同じです。
「霊障のカルマ → 霊的不浄 → カルマという穢れ」
これがあなたの頭の中での連想ゲームです。
他の信者さんたちもよく見てください。
300さんだけでなく、他の信者さんたちも同じような連想をしているはずだ。
だが、釈尊の用いたカルマとはスレ132の288で解説を引用したように、
主に行為という意味であり、霊障のカルマだの霊的不浄なんて意味はありません。
アゴン宗がオカルト仏教なのが、これ一つを見てもわかる。

66 :神も仏も名無しさん:2007/11/21(水) 12:58:23 ID:GsdaMC7H
>300 :神も仏も名無しさん:2007/11/09(金) 19:00:11 ID:3HodR7G3
>言い換えれば、カルマは人間においては煩悩という形をとるということです。

あなたのこの説明は仏教として論外であるばかりか、
アゴン宗の教義としても違います。
300さんのためにもアゴン宗の教義を説明しましょう。
あなたや信者さんたちに合わせて、ここから先の説明は、
カルマ(業)はアゴン宗流のオカルト解釈を用います。
(繰り返しますが、釈迦仏教でこういう意味にカルマを用いるのは間違いです。)
信者さんたちは『修行者座右宝鑑』を開いてください。
桐山さんは前世と先祖の悪業の報いとして、「心の因縁」「からだの因縁」
「運命上の因縁」となって現れるとしている。
・心の因縁 → 性格、気質、癖
・からだの因縁 → ガンの因縁など
・運命上の因縁 → 中途挫折の因縁など
カルマはこの三種類に現れるが、これらは深く絡み合っている。
ガンの因縁を持つ人はこれに相応した心の因縁を持ち、
周囲がタバコを吸う人ばかりという運命的な環境を選んでしまう。
この内、桐山さんによれば、心の因縁が煩悩です。
つまり、300さんの説明と違い、前世のカルマはこの三つとなって現れるのです。

67 :神も仏も名無しさん:2007/11/21(水) 13:00:28 ID:GsdaMC7H
>300 :神も仏も名無しさん:2007/11/09(金) 19:00:11 ID:3HodR7G3
>言い換えれば、カルマは人間においては煩悩という形をとるということです。

あなたの上記の主張では、カルマが煩悩となって現れるのだから、
心の因縁としてしか現れないことになる。
だが、アゴン宗の教義では、カルマは心と身体と運命のすべてに現れ、
それらは密接にからまりあっているのです。
桐山さんによれば、前世でなぜ悪因縁を作ってしまったかというと、
心の因縁こそが悪因縁を作ったのだという。
前世で「貪」という心の因縁で貪ったから、これが今生でのガンの
因縁となったという考えです。(『修行者座右宝鑑』168頁)
・桐山説 心の因縁(煩悩) → 悪因縁(業)
・300説 カルマ(業) → 煩悩
ごらんのように、この観点では、桐山さんとあなたの主張は逆です。

68 :神も仏も名無しさん:2007/11/21(水) 13:03:16 ID:GsdaMC7H
>300 :神も仏も名無しさん:2007/11/09(金) 19:00:11 ID:3HodR7G3

桐山さんは心の因縁(煩悩)を切る行を心解脱行と名前をつけている。
信者さんたちはこの言葉を使う時は気を付けたほうがいい。
仏教にも「心解脱」という言葉があるが、意味が違うからです。
仏教の心解脱とは貪瞋癡のうちの貪からの解脱を指します。
心解脱行などアゴン宗独自の言葉と解釈であって、
釈迦仏教とも一般的な仏教とも使い方や意味が違います。
桐山ゲイカが言っているから正しいのだろうなんて思わないことです。
心解脱行などというのはただのオカルト教義です。
アゴン宗は、因縁解脱が典型で、こういうオカルト用語が非常に多いから、
それを世間でも通用すると思ったから大間違いです。
信者さんたちは桐山さんを信じているから、アゴン宗の使い方こそ
正しいと信じているだろうが、世間では通用しません。
仏教の解脱は煩悩を断ち切ることです。
さすがの桐山さんもこれを無視することはできなかった。
そこで、これを心の因縁として採用し、心解脱行と名付けた。
しかし、アゴン宗の心の因縁は厳密には煩悩とは違います。

69 :神も仏も名無しさん:2007/11/21(水) 13:09:49 ID:GsdaMC7H
『修行者座右宝鑑』134頁
「・・心の因縁(性格、気質、癖)があり・・」
「・・性格(心の因縁)があり・・」

ここでしばらく批判を読んだ信者さんたちは、
釈尊の説く解脱とは煩悩を断ち切ることだと知ったはずです。
煩悩を断ち切ったらアラハン、仏陀、解脱者です。
これが至難の技であることは言うまでもない。
また、この煩悩こそが輪廻転生を引き起こす素です。
そのくらい煩悩とは巨大な存在です。
それなのに、上記を見て下さい。
桐山さんに言わせると、煩悩とは性格、気質、癖なのだそうです。
たしかに、煩悩はこれらに現れてくる。
だが、これが煩悩そのものではありません。
性格、癖、気質なら、多少努力すれば少しは直せる。
こんな程度でシュダオンになれるのなら、仏教などいらない。

70 :神も仏も名無しさん:2007/11/21(水) 13:14:35 ID:GsdaMC7H
『修行者座右宝鑑』134頁
「・・心の因縁(性格、気質、癖)があり・・」
「・・性格(心の因縁)があり・・」

桐山さんが煩悩をこんなふうに軽く見ているのには理由があります。
世間の仏教教団は普通の仏教だから、煩悩をなくすことを主眼にしている。
それを桐山さんは心構えやオシエにすぎないと
罵倒して、自分を際だたせることが第一の理由でしょう。
もう一つ大きな理由は、桐山さんはこういうオシエを守るのが大嫌いだからです。
自分の性格、癖、気質を変えるなんて金輪際やりたくない。
だから、彼は短気で、わがままで、自己中心的で、嘘つきで
若い頃と何も変わっていない。
自分で自分を押さえるのが大嫌いで、何か力を得て、
欲望のままにパッと変えてしまうというのが彼の宗教観です。
釈尊の教えは桐山さんの生き方とは正反対です。
桐山さんは仏教を看板に使いたいが、オシエは一切守りたくない。
こういう矛盾した要求によって教義を作ったから、
桐山さんも信者たちもオシエを侮蔑し、力に頼ろうとする。
それは300さんの次の書き込みに典型的に現れている。

71 :神も仏も名無しさん:2007/11/21(水) 13:18:49 ID:GsdaMC7H
>300 :神も仏も名無しさん:2007/11/09(金) 19:00:11 ID:3HodR7G3
>お釈迦様は6年間の身命を賭した苦行と、その後の7乃至49日間の瞑>想の末に悟られた真理の法が、単に行いを改める程度の
>浅い内容ではないことは明白です

「行いを改める程度の浅い内容」??!!
また、アゴン宗信者による釈尊罵倒が始まりましたね。
浅い内容というなら、やってみたらどうか。
浅い内容といいながら、300さん自身は何一つできていないから、
「とことん勘にさわる哀れなガキです。」
などと、平然と罵声を浴びせかけ、煩悩を丸出しにする。
煩悩を断ち切る修行が浅い内容であるはずがあるまい。
桐山さんから心の因縁を直すのはオシエが主だと教えられているから、
鵜呑みにして、浅い内容などと侮蔑心を持っている。
だから、二十年以上も修行してきて、自分の心におきた怒り、
憎しみを自覚することもなく、
「とことん勘にさわる哀れなガキです。」などという罵声となって出てくる。
怒りや憎しみ、そして空観法をしているなどと慢心を垂れ流しにして、
しかも、あなたは煩悩を丸出しにした自分を恥ずかしいとすら思っていない。
こういうあなたのいう内観法とは誰の「内」を指しているのだ?

72 :神も仏も名無しさん:2007/11/21(水) 13:29:20 ID:GsdaMC7H
>300 :神も仏も名無しさん:2007/11/09(金) 19:00:11 ID:3HodR7G3

300さんは本人だから、指摘されても反発するだけだろうが、
他の信者さんたちはよく見て下さい。
浅い内容などと侮蔑しているから、彼女の煩悩は前と変わっていないどころか、
アゴン宗に入ったたばかりに増えてしまっている。
これは信者さんたちも同じなのですよ。
行いを改めることが浅い内容かどうか、釈尊の教法を学びましょう。
ちょうど、『仏陀の真実の教えを説く阿含経講義』が出版されたから、
信者さんたちも読んでください。
300さんはじめなぜ信者さんたちが釈尊の教法を「浅い内容」などと
侮蔑するようになったか、その典型的な講義を後で紹介します。
桐山さんが、釈尊の説く煩悩からの解脱をどのように業解脱に
すり替えていくかを解説します。
本をお持ちでない信者さんは今日中に買って、
五番目の出家経の講義を読んでください。
桐山ゲイカによるオカルト仏教講義、手品講義の始まりです。

73 :神も仏も名無しさん:2007/11/21(水) 18:50:07 ID:QI9wpJCz
オカルト仏教講義の解説、楽しみが増えたね

74 :神も仏も名無しさん:2007/11/21(水) 23:29:56 ID:oLyeiXq1
仏教の女性観に関しては、「サンユッタ・ニカーヤ X 比丘尼サンユッタ 2 ソーマー尼」が
参考になるでしょう。(下記は、中村元『ブッダ 悪魔との対話』より抜粋)

悪魔・悪しき者「達成しがたくて、仙人たちのみが体得し得る境地は、
二本の指ほどの〔わずかな〕智慧しかない女人がそれを体得することはできない」

ソーマー尼「心がよく安定し、智慧が現に生じているときに、正しく真理を観察する者にとって、
女人であることが、どうして妨げとなるでしょうか。
『われは女であろうか?』『われは男であろうか?』『われは何ものなのであろうか?』と、
このように迷っている人こそ、悪魔がよびかけるのにふさわしいのです。」

そこで悪魔・悪しき者は、「ソーマー尼はわたしのことを知っているのだ」と気づいて、
打ち萎れ、憂いに沈み、その場で消え失せた。


75 :神も仏も名無しさん:2007/11/22(木) 08:13:24 ID:bceBwls/
桐山にはもう二度と貢がんぞ!

76 :神も仏も名無しさん:2007/11/22(木) 08:30:23 ID:bceBwls/
悔しいな 嘘つき爺さんだったんだ

77 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/22(木) 08:50:04 ID:/AWIt/km
出家経の桐山解説もひどいお笑いだね。
ある部分は経典通り現代語訳も解説も進められるのだが、突如経典も説いていない
ことを解説し出す。
何?このページ?と言いたくなるところが何ヶ所もある。

78 :神も仏も名無しさん:2007/11/22(木) 12:31:15 ID:ZHvh2+o9
出家経@仏教の解脱とは

仏教の目的とは解脱することであり、解脱とは煩悩を切ることです。
釈迦仏教か大乗仏教かを問わず、仏教の解脱とは煩悩を切ることです。
これ以外の定義はありません。

「解脱・・仏教では煩悩から解放されて自由な境涯になることをいう。」(『岩波仏教辞典』)

信者さんたちの多くは釈尊が因縁解脱を説いたなどいう嘘を信じている。
桐山さんからそのように教えられているからです。
仏教には因縁解脱なんて言葉すらありません。
また、煩悩を切るなんて言うと、300さん(>>71)がそうであるように、
倫理道徳レベルの低い宗教だと侮蔑的な態度をとる信者が多い。
阿含経を護持すると称しながら、どうして解脱の定義すらも違い、
また釈尊の解脱に侮蔑的な態度をとるようなってしまったのか、
信者さんたちは疑問に思いませんか。
最新刊の『仏陀の真実の教えを説く阿含経講義』
の五番目に「出家経」でちょうどよい講義をしてくれている。
桐山さんが信者さんたちに因縁解脱などというオカルト仏教を
植え付ける手練手管が見事に現れている名講義です。

79 :神も仏も名無しさん:2007/11/22(木) 12:37:05 ID:ZHvh2+o9
出家経@業からの解脱?

「出家経」(151頁〜)を開いて、まず表題をじっと見て下さい。
表題から桐山さんのオカルトが始まっているのです。
表紙には経典講義の副題として
「煩悩と業からの解脱」
とある。
副題からとんでもない嘘が含まれていることに気が付きましたか。
出家経には煩悩からの解脱はあるが、「業からの解脱」などありません。
と、私が言っても信者さんたちは信じないだろうから、
釈尊から説明してもらうことにしましょう。
桐山さんは今回の本では、『ダルマチャクラ』の講義と違い、
「現代語訳」と「解説」を分けて載せています。
信者さんたちは、解説をぬきにして、現代語訳だけを読んでみてください。
出家経の現代語訳のどこに「業からの解脱」があるか
探してみてください(153頁〜,156〜,171〜,185〜)。
そんな言葉も概念も出家経にはありません。
いや、出家経に限らず、あらゆる阿含経には業からの解脱などありません。
業からの解脱という嘘を混ぜて、桐山さんの手品のようなすり替えが、
副題という冒頭からもう始まっているのです。

80 :神も仏も名無しさん:2007/11/22(木) 12:40:29 ID:ZHvh2+o9
出家経@釈尊の説く解脱

出家経は、婆蹉種出家が比丘や在家でどのくらい解脱しているのかと
質問した内容です。
釈尊のいう解脱とは何を指すかは釈尊の次の言葉でもわかります。

「・・私の説く法と律によってもろもろの煩悩を断じつくし、解脱を得て・・」(157頁)
「・・私の説く法と律を実践して五下分結を断じつくし・・」(171頁)
「・・仏法と律を実践して、身見、疑惑、戒取の三結を断じ、愚かな欲貪と瞋恚を断じて・・」(172頁)
「・・仏法と律を実践して、身見、疑惑、戒取の三結が尽き須陀洹になり、」(172頁)

桐山さんも説明しているように、五下分結や身見・疑惑・戒取の
三結、欲貪や瞋恚とはすべて煩悩のことです。
釈尊の言葉を見てもわかるように、煩悩を断ち切ることで解脱すると述べているのです。
業からの解脱なんてただの一言も出てこない。
質問している婆蹉種出家も煩悩を断ち切ることで解脱したのかと
質問しているだけで、業を切ったとか、業からの解脱なんて述べていない。
信者さんたちは驚きませんか。
経典の原文には煩悩からの解脱はあっても、業からの解脱なんて一言もない。
なのに、副題には「煩悩と業からの解脱」などとある。
もちろん、副題のごまかしは序章でしかない。
桐山さんの解説を見てみましょう。

81 :神も仏も名無しさん:2007/11/22(木) 12:45:43 ID:ZHvh2+o9
出家経@まずは因縁の登場

『仏陀の真実の教えを説く阿含経講義』159−160頁
「それは、「此の法律に於て諸の有漏を尽し乃至後有を受けず(わたしの説く法と律によってもろも
ろの煩悩を断じつくし、解脱を得て、もう二度と生まれかわることはない)」とあるように、さまざま
な煩悩や因縁を解脱して涅槃に入り、もう二度と三界のどこかに輪廻することがないようになる、
ということです。」

桐山さんのインチキに気が付きましたか。
「煩悩や因縁を解脱して」の一文です。
桐山さんが引用した経典の文章には「有漏を尽し」とあるだけです。
有漏とは桐山さんも説明しているように、煩悩のことです。
経典の原文にはどこにも因縁などという言葉も概念もないのに、
唐突に「煩悩や因縁を解脱して」などと、因縁をすべりこませている。
スリでいえば、一人目の財布を抜き取った瞬間です。
桐山さんは経典の原文を引用して、しかもその現代語訳まで付けている。
それらはほぼ正確です。
ところが、その直後、原文にも現代語訳にも存在しない「因縁を」を
書き加えている。
桐山さんの解説は158頁から始まり、159頁までの約2頁の説明は
特に変わったことは書いていません。
これはよく桐山さんがやる手で、かなりの部分を正当な仏教の解説をして、
その直後に、唐突に阿含経には存在しない言葉や概念を入れてくるのです。
だから、上記の「因縁を解脱」が出て来るのは解説が始まってから2頁も後です。
そして、いったんこういう言葉を入れると、
まるで経典にこの言葉が出てきたかのようなふりをしながら、
だんだん出てくる回数を増やしていきます。

82 :神も仏も名無しさん:2007/11/22(木) 12:50:41 ID:ZHvh2+o9
出家経@続いて因縁解脱も登場

「人は因縁解脱して成仏しないかぎり、三界のどこかに生まれ変わります」(160頁)

160頁の二行目で「煩悩や因縁を解脱して」などと
解脱の前に因縁という言葉を入れたその直後、
四行目には上記のように、煩悩という言葉をぬきにした
「因縁解脱して」などという言葉が出ています。
信者さんたちはもう一度、156頁の現代語訳から、158頁の解説を読み直してください。
経典にはまったく因縁も因縁解脱もありません。
桐山さんはこれらの言葉の解説もせず、出家経とどう関係しているのか
説明もせず、唐突に、まるで経典に書いてあるかのように、
釈尊が話している既成の事実であるかのように書いています。
「因縁」をまず出し、次に「因縁解脱」を出し、
さらに160頁の後半で、これらが釈尊が説いたかのような錯覚を与えます。

83 :神も仏も名無しさん:2007/11/22(木) 12:54:09 ID:ZHvh2+o9
出家経@カギカッコで強調

「お釈迦さまは、
「三界に自らを縛り付けている煩悩と因縁を断ちきって涅槃に入りなさい」
と、成仏するための教法を説いて歩かれました。」(160頁)

この文章では「お釈迦さま」と主語をつけることで、
いつの間にか釈尊は因縁切りを説いたことになってしまった。
しかも、それがカギカッコで強調されています。
出家経で釈尊が説いているのは、桐山さんと主張とは違い、
「三界に自らを縛り付けている煩悩を断ちきって涅槃に入りなさい」
これが正確な内容です。
だが、普通の読者は桐山さんの手品に気が付かず、
忍び込ませた「因縁」は仏教用語であるだけに、
経典のどこかに書いてあったのかもしれないと読み飛ばしてしまう。
特に信者さんたちは普段から因縁や因縁解脱を聞かされているから、
なんの違和感もない。
おそらく、私から指摘されるまで気が付かなかったのではありませんか。
ここまで来れば、桐山さんのすり替えは準備が整った。

84 :神も仏も名無しさん:2007/11/22(木) 12:59:18 ID:ZHvh2+o9
出家経@結局

『凡夫の煩悩・五下分結』
「結局のところ、人が因縁解脱して完全成仏するためには、
因縁の元となる煩悩を断滅しなければなりません。」(161頁)

次の161頁で表題をつけて、章(項)を変えています。
この時こそがチャンスです。
『凡夫の煩悩・五下分結』という普通の表題です。
ところが、いきなり、上記の文章が始まるのです。
「結局のところ、人が因縁解脱して・・」
桐山さんの手法、わかりますか?
「結局」がキーワードです。
まるでこれまでしっかりと議論をしてきて、そのまとめとして、
因縁や因縁解脱を釈尊が説いたかのようにみせかけたのです。
因縁と因縁解脱が結論であるかのようにみせかけた。
上記の文章を出家経に基づいて正確に書くなら、
「結局のところ、人が完全成仏するためには、煩悩を断滅しなければなりません。」
出家経ではこれしか言っていないのです。
ここまで因縁を何度も出して混ぜれば、
読者は出家経に因縁や因縁解脱があるものと錯覚してしまう。
もうここまで来れば桐山さんのペースです。
これを踏み台に、お得意のキーワードも加えた。

85 :神も仏も名無しさん:2007/11/22(木) 13:03:29 ID:ZHvh2+o9
出家経@ついに「運命」の登場

「わたくしは法話でしばしば、
「人間は因縁のあやつり人形である」
と話ますが、運命をあやつる因縁の糸は十結煩悩から出ているのです。
したがって、十結をすべて切ってしまうことにより、
すべての煩悩の因縁が切れる、つまりは成仏できるわけです。」(162頁)

十結の煩悩を説明しているはずなのに、全然関係のない因縁が出てくる。
経典のどこに「因縁の糸が十結煩悩から出ている」とあるのですか。
釈尊は煩悩を出しているだけで、因縁も因縁の糸も説いていない。
さらにここで登場したのが桐山教のスターである「運命」です。
だが、「運命」なんて阿含経のどこにあるのですか。
釈尊は運命など論じたこともない。
仏教の因縁とは運命のことではありません。
運命が煩悩から出ている?
「煩悩の因縁が切れる」ってどういう意味?
こうやって桐山さんの言葉を丁寧に検証してみれば、
煩悩の話とは何の脈絡もなく、因縁や運命という言葉を入れて、
いかにも釈尊がこれらを説いたかのように、
また煩悩と関係しているかのようにみせかけているだけです。
繰り返すが、出家経の釈尊は、ただ「煩悩を切れば解脱する」と
説いているだけで、因縁も運命も説いていない。

86 :神も仏も名無しさん:2007/11/22(木) 13:06:25 ID:ZHvh2+o9
出家経@因縁因縁因縁

もうここまでくれば桐山さんのバナナのたたき売りの独壇場です。
煩悩の話の中に自在に因縁、因縁解脱、運命の話を紛れ込ませる。

「しかし、お釈迦様は・・(中略)・・五陰(五蘊)が因縁によって仮合することに
よって、現在の自分が存在するのであると説かれました」
「すべてが因縁仮合の存在だからこそ、運命を変え、因縁を断ち・・」(163頁)
「私は常々から我は因縁の現れといっております。
・・・・・その人の因縁はすぐに分かります。」(163頁)
「仏道修行は因縁の法則を理解し・・」(164頁)

これらの文章は煩悩の説明をしている部分です。
ところが、煩悩の説明の中に、経典には出てこない因縁や運命まで
持ち出している。
「因縁の法則」なんてどこから出てきたの?
身見が「我が強い」という意味だなんて解釈もあきれるが、
それ以上に身見が「因縁の現れ」だなんて釈尊がいつどこで説いたの?
因縁、因縁解脱、運命など桐山教のスターたちが
まるで阿含経に登場しているかのように錯覚させ、
すっかり桐山節になったところで、いよいよ解脱の定義をすり替える。

87 :神も仏も名無しさん:2007/11/22(木) 13:11:40 ID:ZHvh2+o9
出家経@因縁解脱にすり替え完了

「因縁解脱して涅槃に至るというお釈迦様の教法に勝る宗教は絶対にない」(164頁)

ほら見てください。
いつの間にか、因縁解脱が釈尊の説いた涅槃に至る教法になっている!?
釈尊の説く解脱とは因縁解脱だと完全に言い換えた。
経典講義が152頁から始まり、160頁あたりで、
読者が前の文章を忘れ始めた頃から因縁や因縁解脱という言葉を
ちらちらと混ぜて、あたかも釈尊が説いたかのように、錯覚させる。
十結煩悩の解説をしながらも、そこにも因縁や因縁解脱を混ぜ込んで、
164頁でついに解脱とは因縁解脱だとすり替えた。
まるで、列を作っている人に話しかけながら、巧みに列の中に紛れ込み、
さも最初からそこにいたかのようなふりをする人と似ていませんか。
見事な手品、すり替えです。
だが、信者さんたちはもう一度、現代語訳を読んでみてください。
釈尊が経典で言っているのは、
「煩悩を断じつくし」「五下分結を断じつくし」「三結を断じ」( 157頁)
と、煩悩を切ることで解脱すると言っているだけです。
ただの一言も因縁や因縁解脱などないし、概念すらありません。
桐山さんはこういう疑惑を持つ者のために釘まで打っている。

88 :神も仏も名無しさん:2007/11/22(木) 13:14:04 ID:ZHvh2+o9
出家経@因縁のわからぬおろかもの

「欲貪や瞋恚は、因縁の法則がわからないおろかさから生じる欲や怒りですから、
貪恚癡というのです。」(174頁)

この一文は釈尊の教法を逆手にとって、桐山教を信じない者への
一撃を加えた見事な文章です。
桐山さんのいう因縁や因縁解脱を信じない者は、
釈尊のいう欲貪や瞋恚という煩悩が切れていない証拠であり、
「愚か者」だと言っているのです。
読者は誰しも愚か者と言われるのはいやです。
信者なら、桐山さんのいうことを理解していないと言われるのを恥じる。
実際は、因縁や因縁解脱をいつの間にか出家経の解説に紛れ込ませただけで、
出家経にも仏教にも、桐山さんのいう「因縁の法則」なんてない。
普通に出家経を読んだら、「因縁の法則」なんてわかるはずがないのです。
ところが、分からない奴は愚か者だと言われると、つい受け入れてしまう。
似たような話を信者さんたちは聞いたことがないか。
裸の王様です。
仕立屋に「王様のすばらしいお洋服が見えない奴はおろかものだ」と
言われたら、つい、周囲の大人は裸の王様のお洋服を誉める。
こういう人間の弱みを桐山さんは巧みに利用しているのです。
桐山さんのいう「因縁の法則」なんて、釈尊は説いていないのだから、
桐山教という外道の説です。

89 :神も仏も名無しさん:2007/11/22(木) 13:19:36 ID:ZHvh2+o9
出家経@三流か一流か

さらには、181頁頃になると、「三悪趣の因縁」などと、
ついにアゴン宗のオカルト仏教そのものが出てくるようになる。
言うまでもなく、出家経とは何の脈絡もない話です。
列に紛れ込んだというたとえをしたが、他人の荷物のそばにしばらくいて、
まるで自分の荷物であるのように持ち去る置き引きに似ている。
ただ、これだけなら、桐山さんは阿含経に因縁解脱が説かれているかのように、
混ぜ込んで、錯覚をおこさせているにすぎない。
本物を使って、ニセモノを紛れ込ませるのだから、
ある意味で消極的なゴマカシ、コソドロです。
彼がこういう小手先のゴマカシしかしなかったら、
二流の宗教詐欺師で終わっていたでしょう。
だが、この程度のゴマカシは他の経典でもしているのに、わざわざ出家経を
選んだのは、この後に桐山さんが一流であることを示す講義が続くからです。
牛肉と偽って豚肉を売るのはまだ二流の詐欺師で、
一流なら段ボール紙を肉として売るのです。
さあ、信者さんたちも心して読んでください。
一流の詐欺師の面目躍如!オカルト仏教の炸裂です!!!

90 :神も仏も名無しさん:2007/11/22(木) 13:20:30 ID:ZHvh2+o9
出家経@『仏陀の真実の教えを説く阿含経講義』176頁

また、煩悩を切りさえすれば、それでよいというものでもありません。なぜならば煩悩をなく
しても、それまでの煩悩だらけの自分がつくった不徳(=悪因縁)は消えないからです。ひとく
ちに「解脱」と申しますが、「解脱」には「小解脱」と「大解脱」の二種類があります。「小解脱」
とは、いわゆる「煩悩解脱」です。それに対して、「大解脱」とは、「因縁解脱」のことなのです。
因縁因果の道理が分かった、因縁は空だと理解したというのは「小解脱」であって、それだけ
では前世と現世で自分がなした不徳、それから先祖が何代も重ねて積んできた不徳は消えません。
煩悩をなくすと同時に、先祖代々からの不徳と自分が前世と現世でつくった不徳を消し、「因縁
解脱」をしなければならないのです。
欲をなくし、煩悩を滅したからといって、不徳がすべて消えると思いますか? それで消えて
なくなるならば、こんな楽なことはないでしょう。
今までの自分の煩悩がつくった業(カルマ)や不徳は、借金のようなものです。十結煩悩がき
れいになくなっても、業や不徳という借金は消えません。それらをなくすには、仏の加持力と不
徳を消すだけの徳が絶対に必要です。その仏の加持力と徳を得るのが梵行なのです。

91 :神も仏も名無しさん:2007/11/22(木) 13:22:04 ID:ZHvh2+o9
出家経@小解脱

信者さんたちは、肉ではなく段ボール紙だと気が付きましたか。
この一文は桐山オカルト教の真髄、圧巻、名講義と言っていい。
首をひねるどころか、すさまじいことが書いてあります。
煩悩解脱とは「小解脱」だとある。
釈尊に向かって、「おまえの解脱は小解脱だ。劣った解脱だ。
本物の解脱ではない」と言ったのです。
出家経の現代語訳をよくて見てください。
釈尊は「煩悩を断じつくし、解脱を得て」(157頁)と述べている。
煩悩を切ったことが解脱であり、解脱とは煩悩を切ることだと言っている。
だから、釈尊も煩悩を断ち切った解脱者であると宣言しているのです。
ところが、桐山ゲイカによれば、「煩悩を切りさえすれば、
それでよいというものでもありません」と不十分であるとして、
これを「小解脱」だと批判している。
信者さんたちは桐山さんの凄まじいばかりの釈尊への罵声に気が付いているか。
釈尊に向かって、「ヲマイのは小解脱だ」と罵ったのです。

92 :神も仏も名無しさん:2007/11/22(木) 13:25:54 ID:ZHvh2+o9
出家経@釈尊を罵るアゴン宗

信者さんたちがしばしば煩悩を断ち切ることを
オシエにすぎないと侮蔑的な態度を取るのも当然で、
教祖みずから、釈尊の説いた煩悩を断ち切る解脱を小解脱だと罵っている。
煩悩を切ることなど、劣ったことだ、不十分な解脱だと教え込まれている。
教祖自ら、こうやって釈尊の解脱を「小解脱」と卑しめるのだから、
信者たちが釈尊の教法にツバを吐きかけてもおかしくない。
これが300さん(>>71)のように釈尊の教法を「浅い内容」などと罵った背景です。
信者さんたちに考えてほしい。
あなた方は釈尊の解脱に小解脱と罵声を浴びせたいのか。
そんな気にはありませんよね。
だが、現実にアゴン宗の信者なら、桐山さんが書いたこの一文を
あなた方もまた信じていることになる。
しかも、信者さんたちは因縁解脱を目指している。
ということは、口で釈尊を罵倒しなくても、
釈尊の説く煩悩解脱では不十分であり、小解脱しか得られず、
因縁解脱こそが大解脱を得られるのだと言っているのと同じです。
アゴン宗と桐山さんを信じているかぎり、釈尊を罵倒しているのと変わりない。

93 :神も仏も名無しさん:2007/11/22(木) 13:30:17 ID:ZHvh2+o9
出家経@因縁解脱したければ仏教を捨てるしかない

釈尊は煩悩を切れと説いたのです。
信者さんの中には、「桐山ゲイカの因縁の説明ももっともではないか」と
言う人がいるでしょう。
つまり、「前世や先祖のなした不徳という悪業が煩悩を切っただけで
消えるとはないのだから、悪因縁は消えず、運命が変わるはずがない。
やはり因縁を切ることは必要だ」という意見です。
桐山さんがこのように主張しており、これを信じるのは一向にかまわない。
釈尊は横変死の因縁を切って運命を変えるなんて説いていない。
だから、大目連は異教徒に襲われた傷が元で死んだ。
アゴン宗流にいえば横変死の因縁です。
釈尊も食あたりで亡くなった
ヴァッカリのように自殺した比丘もいる。
しかし、仏教では彼らは全員が解脱者であり、仏陀です。
なぜなら、釈尊のいう解脱とは、カルマを切ることではなく、
煩悩を断ち切ることだからです。
だから、信者さんたちが運命を変えたい、悪因縁を切りたいというなら、
仏教を選ぶのは間違いです。
阿含経にはもちろんのこと、大乗仏教にすら悪因縁を切るとか、
運命を変えるなんて教法はありません。
「それなら、因縁の切れるアゴン宗を選ぶ」というのは信仰の自由です。
だが、その前に仏教を捨てるべきです。
仏教や釈尊の名のもとに、阿含経を護持宣布すると称して、
因縁解脱や運命改造をいうのは間違いであり、釈尊への罵りに等しい。
なのに、どうして桐山さんは釈迦の成仏法と称して、
釈尊が説いてもいない解脱を説くのだ?
なぜだと思いますか。

94 :神も仏も名無しさん:2007/11/22(木) 13:33:45 ID:ZHvh2+o9
出家経@誰が因縁解脱したの?

因縁解脱そのものが嘘だからです。
桐山さんが因縁解脱したというなら、それでかまわない。
それは仏教ではないが、アゴン宗という仏教以外の
カルマを断ち切る宗教としてはかまわない。
事実、釈尊の時代にもジャイナ教はカルマ解脱を説いた。
だが、現実の桐山さんはどうですか。
彼のどこが因縁解脱したのだ?
因縁を完全解脱した後に、密教食事件で有罪になり、今は脳梗塞です。
刑獄の因縁と脳障害の因縁を丸出しにしている桐山さんのどこが因縁解脱なのだ?
あるいはアゴン宗のどこに因縁解脱した人がいるのだ?
桐山夫人はガンで死んだのですよ。
因縁解脱なんて桐山さんの絵空事です。
桐山さんですらできないことを信者さんたちは目指すのですか。
できもしないことをゴマカスために、阿含経の権威を利用して、
入れ物だけ拝借して、中身を因縁解脱というオカルトを入れた。
そして釈尊の解脱を小解脱と罵倒した。
これがアゴン宗であり、桐山さんの阿含経講義の正体です。

95 :神も仏も名無しさん:2007/11/22(木) 13:39:09 ID:c2PSQD4h
出家経@もう一つ

出家経講義のインチキは、煩悩解脱を小解脱と卑しめただけではありません。
桐山さんはもう一つ、釈尊が説いた言葉の意味を
まるっきり別な意味に用いている。
非常に悪質です。
信者さんたちに考えてほしいから、先に答を書きましょう。
「梵行」です。
桐山さんの使い方はあまりにひどい。
解脱といい、梵行といい、釈尊の説いた教法を完全に歪めており、
これが阿含経の釈尊が説いたなどと書くのは宗教的犯罪です。
アゴン宗のいう梵行は信者にとって重要な位置を占めている。
釈尊がはたして、桐山さんが説いているような、今信者さんたちが
信じているような意味で梵行という言葉を使ったのかどうか、
私の批判を読む前に、本来の仏教の梵行の意味を調べてほしい。
これによって、桐山さんが宗教に何を求めたのかまでわかります。

96 :神も仏も名無しさん:2007/11/23(金) 09:42:29 ID:x9+X+lfI
新刊をアマゾンで買いました。
明日、到着します。

97 :Q連続体:2007/11/23(金) 14:59:06 ID:QrShFTQJ
あ〜、もう一週間経ったんですね。
う〜ん、相変わらず屁理屈を並べとるなぁ。
家に帰ってからゆっくり読ませてもらいます。





98 :神も仏も名無しさん:2007/11/23(金) 15:22:51 ID:E/iIFCFE
>>37
>ロスアンゼルス在住の元信者の友人から、ロサンゼルス市内で関西総本部の
>A宅職員らしい女性を見かけたとの連絡がありました。
>しかし、カリフォルニア支部は消滅してもうないというのに、何の用で3週間
>も米国へ出張するのでしょうか。

ウワサによると、A宅職員はK斐元職員が退職した後、K斐元職員が関わった
ゲイカの英訳本にいちゃもんを付け、その翻訳のやり直しをしており、その際
ロスに在る翻訳会社を使っている関係で年に何回か、ロスに出張(という名の
バケーションを)している模様です。今回の渡米もこのケースではない
かと思われます。

ただし、ここで問題なのがA宅職員の英語力です。
通常日本語から英語への翻訳の場合、まず日本人の翻訳者が下訳をし、そのあ
とでネイティブの翻訳者がこなれた英語に直してゆきます。これまでのゲイカ
の英訳本の場合も、英語に堪能なK斐元職員とA部M子さんが日本語から英
語への下訳をし、Rande Brownというネイティブがこなれた英語に仕上げてい
ったであろうことが、英訳本の裏表紙をみると「Japanese-English Translation
by Rande Brown. In collaboration with Michiko Abe and Fukiko Kai.」と掲載
されていることからわかります。
では、K斐元職員の退職後、A宅職員がインターセプト(横取り)した翻訳業
務においては、A宅職員がK斐元職員の代わりに日英翻訳の下訳をやっている
のかというと非常に疑問です。なぜならば、A宅職員の英語力を知る人たちは
同様に「はあ?翻訳?話す英語はブロークンで、読み書きの英語はビジネスで
は使えないレベルの人が翻訳できるの?」というような反応を示すからです。
もし阿含宗側として翻訳業務に相応しい人を使わずに外部の翻訳会社に丸投げ
しているとしたら誤訳の可能性が大きくなります。



99 :神も仏も名無しさん:2007/11/23(金) 15:24:25 ID:E/iIFCFE
>>98の続き
さらに、なぜわざわざロスの翻訳会社を使うのかです。日本にも優秀な翻訳会
社はいくらでもあります。いや、それ以前に現在では翻訳業務はほとんどが
電子メールでのやりとりで済んでしまいます。ですから、たとえ翻訳会社が米国
に在ったとしても高いお金と時間を使ってわざわざ米国に行く必要はありませ
ん。(これは業界の常識です。)

結論を言えばA宅職員は、英語力に問題があるにもかかわらず翻訳業務を行い、
それを口実にロスに在る翻訳会社を使って必要もないのに米国へ出張しており、
それを許可している無知・無能・無責任な上司がいるという仮説が考えられま
す。もしこの仮説が証明されたら経費のものすごい無駄遣いおよび誤訳の心配
のある英訳本が出版される可能性があるということになります。

信者さんは浄財が正しく使われているか否かを確認する必要があるのではない
でしょうか。でないと徳を積んでいるつもりが、問題職員の不正に手を貸して
いるということになり、一緒に不徳を積みかつ阿含宗の信用も失うことになり
かねませんから。



100 :ベレムベア:2007/11/23(金) 18:39:47 ID:aPfRU0vV
ものみな流れる1.
自分の人生の節目というかアゴン信仰の節目は、親父が倒れたときでした。
桐yさんの強い意念のため、今まで仲良く付き合ってきた企業と別れ、別の個人的に
嫌っている企業と付き合わなければならなくなったことがありました。
このことは、一年ほど拒否し続けてきたのですが、なにやら運命的な操作をされ
そうせざるを得なくなっていきました。話が少しデンパですみません。
その間、長年付き合ってきた親友ともアゴンの信仰のことで絶交状態となり、
仕事、家族など日常のまわりの人間関係も悪い方向へ変化していきました。
霊能操作とでも表現すればいいのでしょうか?
桐yさんの意念の力なのか、またはアゴンの全体的な怨念の力なのか、
自分のまわりの人間の心を、彼らはある程度うまくハッキングできるようです。
言うことをきかないと
そのように霊能制裁を加えられ、自分は孤立状態にもっていかれました。
下手をすると死活問題にまで発展しかねません。
それで、しぶしぶ、付き合う企業を乗り換えている途中の過程で、親父が倒れました。


101 :神も仏も名無しさん:2007/11/23(金) 18:40:14 ID:F7JL0u6a
>>97
Qよ、もう賞味期限の切れた話はせんでよろしい。
あんたの屁理屈はうんざりするから聞きたくない。

102 :ベレムベア:2007/11/23(金) 18:40:34 ID:aPfRU0vV
ものみな流れる2.
親父が倒れてから、ここの企業の販売店で、何年かしばらくの間、
別に欲しくもなく必要もない品物を買わされていました。
自分は、この店を気に入っている客或いは、
この店で扱っている品物を欲しがっている客を
演じていなければならなかったのです。
実に馬鹿げた話です。逆らえば、例の霊能制裁を受けてしまう。
アゴンの信仰だけでなく、ここの店と付き合うことでも多額の金を
浪費させられました。
ここの店の店長格の男は、軽薄でイヤミな調子のいい男で、自分の本心は、
まずこの人物がいることで、ここの店を嫌っていました。
以前にも一度この店で品物を買っていたことがあり、ひどい目に遭っていたのです。
しばらくは、この男の言いなりで、されるがままでした。
まともに誰かに相談することも出来ない。被害妄想者扱いされるだけです。
今になって振り返ってみると、この男のキャラクターが、桐yさんの裏の性格を
投影していたように感じます。
また、この店の雰囲気というか店員の対応も、どういうわけか悪い意味で
アゴンの道場とそっくりでした。
まだあの当時は、桐yさんやアゴンの裏側をほとんど知らず、信じていましたので
そのことを何者か?が教えてくれていたとも採れます。


103 :ベレムベア:2007/11/23(金) 18:43:01 ID:aPfRU0vV
ものみな流れる3.
親父が倒れた直後は、万事休すで仕事をこなすのが精一杯、アゴンの活動や道場の参拝、
集いの参加が、まるで出来ませんでした。半年ほどアゴン関係のことは、ほとんど遮断
されてしまいました。
地区ブロックは、拒否し続けてきましたので、関西総本部に直接お手配などのお願いを
電話で数回してみましたが、職員は、ほとんどまともに取り合ってくれませんでした。
ひどいときは、電話の受話器の向こうから人をバカにしたような笑い声が聞こえてきた
という信じられないことがありました。
アゴンの事務手続きは、自分の住んでいる町に、まともに話しが通じる主婦信者の方が
いらっしゃいましたので、道場へ書類や金銭を持って行ってもらったりしていました。
そして半年後ぐらいに、やっと時間を作り関西総本部へ伝法に言ったのですが、
桐yさんの信じられない言動を目の当たりに見せられ愕然としたのは、
前にもカキコしたとおりです。


104 :ベレムベア:2007/11/23(金) 18:45:00 ID:aPfRU0vV
ものみな流れる4.
伝法からの帰りの夜、時間が許せる範囲で少し大阪の街をぶらつきました。
アゴンに入信した学生時代から大阪に馴染んでいましたので…
もうここへ来ることも、当分なくなるだろうなと思うと、大阪の夜景の光を
なるたけ目に焼き付けて帰ろうと必死になっていました。
翌月、なんとか例祭に行くことができ、その帰りにО道場へ藁をもすがる思いで
立ち寄りましたが、いつも会うことのできた先達さんとは会えません。
不思議と、道場内の顔ぶれが変わっているようでした。
知っている法友が一人もいませんでした。
親父が倒れることによって、半年ほどの空白ができ、その間に自分のまわりが
変わってしまっていました。アゴンの内も外もです。
“こぶとりじいさんの悲劇”の次には、“浦島太郎の悲劇”が訪れたのでした。
どういうわけか、大阪の街では、ホークスが、南海からダイエーへ身売りをしようと
して揺れ動いている時期とオーバーラップしていました。
愛別離苦、怨憎会苦を地でいっています。
時代も、昭和から平成に変わろうとしていました。
なにもかも、ものみな流れていくのだなと思いました。
誰にも止めることなんて出来やしない…


105 :ベレムベア:2007/11/23(金) 18:47:01 ID:aPfRU0vV
我流で情報解析が少し雑ですが、このスレにいらっしゃって間もない方へ…
参考になさってください。


過去スレ 桐yの裏側編1.
全角数字 [半角数字]
全角数字が、そのスレの番号で、半角数字が、そのスレの中の項目番号です。

7[289 310]

ナツカシィー  19[482 485]

バイオレット吉川  19[419〜422 426 440 450 455 473 486
619 689 691]

七氏  75[70〜74] 84[266〜273] 85[658〜665]

フジウス  78[891 895〜900 902 905〜909 940〜943]
  79[27(国税局) 28 31 33 34
287 289 291 292 294
353〜356
  403 404 455 457 458 459 461
  548 549 550 555 556
  617〜620 624 625 671 672 673 675 676 678
  714 715 796 798
  800 801 802 807 810 813 815 857]
      80[21 23 25]

現役職員の密通  79[73]


106 :ベレムベア:2007/11/23(金) 18:50:10 ID:aPfRU0vV
過去スレ 桐yの裏側編2.
全角数字 [半角数字]
全角数字が、そのスレの番号で、半角数字が、そのスレの中の項目番号です。

ゲイカは糖尿病  18[602〜605 607 613 763 790 794 796]  
19[469 470] 22[382 398]   26[475]
 50[793〜796 798 799] 59[645]

ゲイカは脳梗塞  1[124 179 197 200 201 202 211 227 233
274 275 277 278 304 313]
18[491]   19[393]   21[593]   25[336 338]
26[472]  30[452]   59[645] 63[580]
78[302 784 895 897 926 967]   79[76 77 810]
94[389 390 391]  97[467 468 470]
118[345〜352 355〜365 368〜378]

桐y転倒  22[427] 50[800]

桐y欠席  7[659 708] 10[114] 30[624] 60[27]



107 :R&H:2007/11/23(金) 23:04:52 ID:Ts6r3oH7
104 :ベレムベアさん何年在籍なさっていたか分かりませんが、ご苦労
なさったんですね。私は10年で辞めましたが、辞める決心まで時間がかかり
家族から家族を犠牲にしてまでなぜやっているのと何回も言われました。幸い
私は親兄弟の身代わり祈願だけで、他の人には阿含宗を導いたりしませんでしたので、
辞めるときはさっぱりと辞めることができました。
辞めたくても辞められない人は導いた人がいるからです。
桐山さんが世界平和、人類の幸福を祈るのなら、信者を解放しなさい。そうすれば
あなたのところで意味もなく金銭や大切な時間を工面している信者は自由の
身になって幸せになります。そしてたくさん辞めていけばいくほど幸せな
人が増えるそして日本の幸福、世界平和となるのです。わかりますか?
あなたのいう因縁解脱やもろもろの法など意味ないんです。
毎日1回こうして生きていられることに感謝します。と手を合わせるこれで
いいんです。難しいことは何も要りません。シンプルでいいんです。
前にも言いましたが、ブッダが人間の苦しみを解決するために行に励み、見事に
ブッダは悟りを得ました。それの教えが難しいものだったら人々の救済は意味が
ありません。ですからどんな人でも悟りできるようにシンプルに教えを残して
いるんです。大乗院の星野圓道住職は荒行を終えて生き成仏を実践しました。
なんともさわやかな青年で邪気がなくこれこそほんとうの僧侶、もうすでに
阿闍梨となっているかもしれません。
桐山さん、本当の聖者は目立たない空気の一部のような暮らしをしているんです。

108 :神も仏も名無しさん:2007/11/23(金) 23:39:15 ID:vnACti0h
雑阿含(964)出家経に、男女差別と誤解されやすい所があるので、一言。

優婆塞(うばそく。男性の在家信者)で、五欲を受けている者は、斯陀含(しだごん)を得て、
優婆夷(うばい。女性の在家信者)は須陀オン(しゅだおん)を得るというように、
女性の扱いが一段低いランクのように思われがちですが、丁寧に読むと、斯陀含の方には
「三結を断じ、貪恚癡の薄きもの」というように「貪恚癡が薄い」という条件がついています。

これは雑阿含(797)の「何等をか須陀オン果となすや。三結を断ずるをいう。
何等をか斯陀含果となすや。三結を断じ、貪恚癡の薄きをいう。」に基づいています。

なお、類経の別訳雑阿含経(198)では、「貪恚癡の薄きもの」ということは書いてなくて、
男女両方とも「須陀オンを得る」となっています。


109 :樹意:2007/11/24(土) 02:38:18 ID:3zjICBER
ゲイカの阿含経講義を立ち読みしてみた。
仏教書コーナーというよりは カルト本のコーナーにあったのには笑った。
ただひたすら ばっちい。 (しかも高い) 上巻 下巻
こんなのを何冊も買って施本していた自分が 恥ずかしい。
批判のためとはいえ こんなものを買われる勇気には感服いたします。
異陰のとこも確かに書き換えていましたね。
(陰惨な不成仏霊とか書いた書物があるのに まぁ 昔は陰惨の脅しで
 巻き上げて今は本の売り上げで食いつなぎたいわけか?)
その場その場で金になれば なんでもありなんだろう。



110 :樹意:2007/11/24(土) 03:35:15 ID:3zjICBER
釈尊の女性観だとか 差別だとか Q氏が持ち込んだようですが、
そもそも釈尊の教法の根幹は 五蘊無我 であり 無常 苦 無我 の三相を
よく観察するというのが骨子です。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
男だとか 女だとか 親だとか子だとか そもそも(誰が)という観方をしない。
過去世を記憶している者もいるが 五蘊のいずれかを記憶しているのであると
いう言い方をします。

名色を把握し、その縁を遍求し、無明などの縁起をみて、
「これは縁と縁巳生法のみのものである。他に有情や人は存在しない」
と、疑いを越え、縁のある名色を三相に載せ、観を増大させつつ、
次第に阿羅漢果を得る。
(大念処経注釈)

十二因縁や三相 によらないいわゆる(誰が)の観方は邪見の部類に入る
のです。



111 :樹意:2007/11/24(土) 03:47:06 ID:3zjICBER
仏陀の修行の骨子はこれら三相 (無常 苦 無我)を観察し 
「これは縁と縁巳生法のみのものである。他に有情や人は存在しない」
我想を除くことがその骨子になります。
ゲイカが般若心経瞑想法で書いている 流転観は仏陀の縁起の観方でも
ありませんし 私も数年この観想をやりましたがこれはゲイカが目くらましに
したのか 小説を書いただけかのいずれかに過ぎない底の浅いものです。

内容も格段にひくく お話になりません。



112 :樹意:2007/11/24(土) 04:02:38 ID:3zjICBER
>>108
> 女性の扱いが一段低いランクのように思われがちですが、丁寧に読むと、斯陀含の方には

これはゲイカが言ったのかどうかは忘れましたが 女性の場合は子供を育てる必要上
どうしても執着が残る。
との話を聞いた覚えがあります。

仏陀の本当の教法は無我であり 性上の差別の議論はあまり意味のないことでは
ありますが、
心と体の機能 構造上差があるのは仕方の無いことです。

蔑視であるとか差別であるとかの議論が好きな方が世間にはいますが
それが構造上の差なのか 或いは 区別なのか選別した上で
差別にあたるのかどうか判別する必要があるかと思います。


113 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/24(土) 10:12:10 ID:gXmHTOBy
いわゆる解脱供養の洗い出しの正体。

解脱供養をすると必ずと言っていいほど不具合が起こる。殊に冥徳供養は人間関係が
険悪になるとだいたいみんな口を揃えて言う。割とみんなが体験する不思議現象だ。
いわば「負の験」だが、みんなは桐山が霊力がある一つの証拠と勘違いしてる。

これは要するに霊障の言いがかりを付けられた祖霊が怒ってるんだよ。
霊障が桐山の作り話で経典にも根拠がないのは121スレで明らか。また123スレの
晴雄さんの情報で「霊視」なるものも、かなりいい加減なことが判明した。

と、言うわけで、霊視とやらで降りてきた霊位は不成仏霊・霊障のホトケとか言われて
言いがかりやいちゃもんを付けられ、現実の不幸の原因と濡れ衣を着せられてるわけだ。
先祖供養どころかあべこべに先祖侮辱してるのだ。だからアレは十万もはたいて
「解脱供養」という名前の「先祖侮辱」して、祖霊を怒らせて、祟られたり蔭から支えて
頂いていたことを手抜きされてるようなもんだ。それを却って桐山の霊力だと勘違いする
のもいい加減にしなさい。

だいたい桐山は質疑応答などでこの「解脱供養の洗い出し」のことがたまに出ると、
わめくように否定する。「解脱供養に洗い出しなど無い!」と。現役会員でもこれだけは
承服できないと言う人は昔から結構居たから今でもいるのでは?
ありもしない霊力の証拠に利用しやすいのに否定するのは、洗い出しが怖くて二の足を
踏まれて申し込みが減るからだろうね。

初回申し込みの人や一般人には、普通に龍神辺りの加持祈祷を施して(桐山は一部の
行者の世界では龍神行者で通ってる)験があればさも成仏力であるかのように見せかけ
られること受け合い。

なお、この件の書き込みは客観的な検証に耐えうるモノでないことを認めます。
経験者体験者以外はノーレスでお願いします。

114 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/24(土) 10:12:48 ID:gXmHTOBy
退会マニュアル

・法具類は郵送や宅配で関東別院もしくは関西総本部に送りつける。最寄りの道場でも可。
・退会の旨を記した文章を添える。丁寧にするなら郵便局で内容証明を。書式はいずれも
以下の文面で充分。「阿含宗管長桐山靖雄宛 阿含宗を退会します。 以上。」
・顔を出す必要はない。その他何を言われても一切従う必要はない。(憲法第20条2項・後述)
・解脱供養、護摩木の代金などの未払いを、たとえ一筆書かされてても、精算する必要は無い。(民法第90条・後述)
・阿含宗や光和食品などから来る郵便物がうざければ、赤ペンで「受取拒否」と書いてポストに投函。

115 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/24(土) 10:13:20 ID:gXmHTOBy
退会マニュアル解説

宝塔は貸与の建前になってるらしいので、一応送りつけて返却すること。「どういう反応するか
話のネタに見てやろう」という好事家でもない方でストレス無く退会したい人は送りつけで。
その時に退会の旨を記した文書を添えれば常識的には伝わるはずだが、今後法的措置を
とりやがるかも知れないので(ただし、多少もめることになるだけで無効。嫌がらせに過ぎない。
→憲法第20条2項・後述)内容証明を送りつけて退会の意思表示を第三者に判るようにすると丁寧。
内容証明は郵便局にいけば詳しく作成方法を教えてくれる。内容証明は同じ文面の書類を三通書き、
一通は相手、一通は自分の控え一通は郵便局で保管してくれるのだが、受け付けるとき郵便局職員が
文面をチェックするので出来る限り文章は短い方が親切。犯罪者の桐山とそれに荷担してる宗務局に
遠慮する必要も無し。

また、「道場に直接持参でないと受け付けない」「規則になってる」「入行した時点で宗規に従う
ことに同意したことになってるので従う必要がある」などとか言われても一切従う必要はない
→憲法第20条2項・後述
また、内容証明を送りつけないで法具類に退会の旨を記した文書を同梱した場合、嫌がらせ半分で
退会の意思表示と認めないと文句言ってきても取りあう必要なし。その他なんでもあなたが
「阿含宗の一切を拒否しよう」と思った瞬間から、何の手続きも必要無しに何も従う必要は無し。
また、あべこべに阿含宗が内容証明を送りつけて出頭や支払いを言ってくるかも知れませんが、
それでも従わない権利が憲法で保障されてます。

ちなみに内容証明は、相手にある意志を伝えたことを、伝えた内容と事実を公的に証明するものですが、
それだけのモノであって別に何か指示された内容に効力・拘束力があるわけではありません。所定の手続きと
料金さえ払えばどんなムチャクチャな事でも書けるのです。こけおどしに乗らないようにしましょう。


116 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/24(土) 10:26:39 ID:gXmHTOBy
退会マニュアル解説続き

解脱供養や護摩木の代金など分納誓約書などを一筆書かされていても一切払う必要も無し。→民法第90条・後述
既に払ったお金を取り戻したい場合は個別に弁護士に相談してください。あなたが
「阿含宗に鐚一文払いたくない」と思った瞬間から何の手続きも必要無しに鐚一文払う必要はありません。

また、阿含宗が何をするのか見て笑ってやろう、このスレに情報を提供してやろうと言うのでもない
限り阿含宗や光和から送られてくる郵便物がうざいと思ったなら、赤ペンで「受取拒否」と書いて
ポストに投函すると返却されます。

また、ストレス無く退会することを主眼にして書きましたが、宝塔を勝手に処分したあと、所有権は
阿含宗にあると言って法的措置を執ってきても、宝塔貸与の約束も民法90条(後述)に基づいて
無効化出来ます。
阿含宗が喧嘩売ってきたら買ってやろうという根性ある方は宝塔など燃えないゴミに出しましょう。


117 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/24(土) 10:27:17 ID:gXmHTOBy
ttp://www.houko.com/00/01/S21/000.HTM#s3
日本国憲法
第20条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。

つまりどういう風に運用されるかというと、阿含宗が何を言ってきても従う義務は無いということです。
「退会するときは道場に来い」「話を聞いた上でないと受け付けない」など、強制できないことが
謳われております。
また、「入会した時点で宗規に従うものとする」「宗規に従え」あるいは宗規に従うことを誓約
させられた文書を取られていて、それがどんなに法的に調ったものであっても、一番上位の
最高法規である憲法に強制できないとある以上、一切従う義務はありません。
もちろんあべこべに阿含宗側が内容証明を送りつけて、出頭や支払いを言って来ても従う必要は
ありません。

また、「宗教上の行為でなく、単なる事務手続きの問題だ」と、言ってくるかもしれませんが、
阿含宗は「宗教法人」なのですべての事業・行為が宗教行為です。

あなたが
「阿含宗の一切を拒否しよう」と、思った瞬間から、何の手続きも必要無しに何も従う必要は無し。


118 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/24(土) 10:28:12 ID:gXmHTOBy
ttp://www.houko.com/00/01/M29/089.HTM#s1.5
民法
(公序良俗)
第90条 公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。

これはどう運用されるかというと、阿含宗桐山のウソで固めた一切合切が公序良俗に
反するので、その上で締結した解脱供養料や護摩木代金の未払い金の誓約や分納誓約を
履行する必要がないと言うことです。一番近いことで言えば天皇と無関係な褒章を衒いて
天皇の権威を利用したことですか。 阿含宗は一から十まで詐欺みたいなもので、そんなことに
カネを払う義務はなく、たとえ 法的に調った文書を一筆書かされていても、90条に基づいて
無効と言うことです。

あなたが
「阿含宗に鐚一文払いたくない」と、思った瞬間から何の手続きも必要無しに鐚一文払う必要は無し。

この条文の適用でよく引き合いに出されるのは、ギャンブルの負け金借用書は無効で
履行義務がないと言うことです。ギャンブルは公序良俗に反するどころか法律で禁止まで
されてるから、いかに法的にも様式も調った文書を取られていても無効なのです。

だから、一筆書かされていても護摩木等の未払い金を払う義務は一切ありません。
人としての道?詐欺にカネ払うのですか?また、そうして貢いだカネが新たな詐欺行為に
使われるのですよ?犯罪に荷担するのですか?

また、民法90条は阿含宗が未払い金に対して告訴などの法的措置を執ってきた場合に
出番が来るのであって、多くは憲法20条2項に基づいて一切を拒否して終了です。


119 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/24(土) 10:38:20 ID:gXmHTOBy
退会マニュアル:ソフトバージョン
出来ることからしてみましょう。

◎道場に一切顔を出さない。
◎勤行を止める。
◎阿含宗グッズをすべて一箇所にまとめて目に触れないようにする。
◎勤行を止めて不具合が出たら、線香を焚いてみる。


120 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/24(土) 10:38:54 ID:gXmHTOBy
退会マニュアル:ソフトバージョン解説

退会にまで踏み切れない人、まだ迷いがある人、止めたくともしがらみがある方
まずは無理しないで出来ることから始めましょう。

まず、道場には一切顔を出さないことです。道場外でする奉仕作業やイベント等
にも参加しないことです。理由もあらかじめ考えておきましょう。会費は振り込み
用紙が毎月送られて来るでしょ?

勤行も止めましょう。その他阿含宗から習った修法も止めましょう。

経典に依りますとそもそも仏舎利塔というのは「それを目にすることによって釈尊の
教えや法を思い出し、遺徳をしのぶ」存在です。だから反対に阿含宗グッズが目に
付く状態であると、いつまでも桐山の術中より抜けられません。一箇所にまとめて、
収納するか箱などに入れて、目に触れないようにしましょう。

勤行を止めると頭痛や吐き気、体がだるいなどの不具合が出て、「やっぱり法はあるんだ」と、
錯覚するかも知れません。そう言うときは線香を焚いてみて下さい。もちろん入行したとき
おまけで付いてくる時々斜めに立って灰を受けるのに小皿では間に合わないしょぼい線香立てを
使わずにちゃんと阿含宗と無関係な香炉を使ってです。線香は今まで使ってたのでも構いませんが。
フランス系のアロマテラピーと言うのは香を使う治療法として確立されたものです。
そう言う効果を法と錯覚してることが判ります。
また、長年の良いと思いこんでいた習慣を止めることによるストレスによって、不具合が出ること
もあります。これは線香焚いても治りませんが、しばらく様子を見てると解消します。ゆめゆめ
「やっぱり法はあるんだ」と、錯覚なさらぬように。

121 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/24(土) 10:39:55 ID:gXmHTOBy
おまけ。

Q(klingo〜n)って何物?

不幸な亡くなり方をした歌手を、解脱供養したと言って自慢してる痛い香具師。
批判側を攻撃するためなら阿含宗桐山に中ってしまうようなことでも言い、
ウソ、人格攻撃、セクハラ、印象操作、論文改竄、阿含宗と無関係なことに粘着、と
卑怯なことでも穢いことでも何でもするので阿含宗も迷惑な香具師。

122 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/24(土) 10:50:28 ID:gXmHTOBy
おまけ2

∞三十三神天慶聖威徳大皇 ◆jDlNlQunI.って何物?

阿含宗会員かどうかは不明だが擁護側のコテハン。栗花・栗花馨・33点とも言われる。過去には
三十三神天慶大使∞ 毘や、∞三十三神天慶威徳大聖帝 ◆bdoY2j2dFEや:∞三十三神天慶威徳大
聖國手 ◆jDlNlQunI.などとしょっちゅう変えるが、威張りくさったアホなハンドルを使い、
オカルトバカな書き込みやコピペ等を延々としてスレを汚し、また一切対話をしようとしないので
コミュニケーション能力が無いものと思われ。過去のオカルトバカカキコやデムパ発言
に対して私文書為造は、
・私が拝んでる神仏の霊査は?
・餘陰・余蘊の典拠は?
と、問い質すも一切スルー。一度だけ霊査にたいして、

>阿含宗という宗教116 http://life8.2ch.net/test/read.cgi/psy/1172025619/305
>305 名前:三十三神天慶大使∞ 毘 投稿日:2007/02/25(日) 22:21:44 tuL+FYrm
>>304
>あなたは明王や毘沙門天など憤怒や戦いなどの至高神を自分の内に
>映してみようとするタイプです。

と、全然答えになっていないインチキ占い師のバーナム効果みたいないい加減なことを
言って、突っ込まれてしばらく姿を消していたが、復活して私の問いには一切スルー。
そして半年近く経ってから上記の書き込みに対し、
>阿含宗という宗教125 http://life8.2ch.net/test/read.cgi/psy/1185533693/337
>337 名前:∞三十三神天慶聖威徳大皇 ◆jDlNlQunI. 投稿日:2007/08/02(木) 05:26:01 uWUzbZZg
>これはなりすまし荒らしです。
などと抜かす恥知らず。

123 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/24(土) 19:02:11 ID:gXmHTOBy
これを忘れたらいかんかった。

>>118
民法90条における「公序良俗に反する」例。

http://www.agon.org/news/news-2005-2006/detail/2006_08_26.html
>阿含宗本山に『紺綬褒章』授与

>06.08.26

>阿含宗本山に『紺綬褒章』授与
>阿含宗本山はこのたび、天皇陛下より『紺綬褒章』を賜りました。
>               ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
>この栄誉ある褒賞は、長年に亘る阿含宗のさまざまな社会活動が、
>正式に認められたことを示すものです。


紺綬褒章は内閣総理大臣の名前で出される物であり、天皇陛下とは無関係です。

http://www.agon.org/news/news_detail.html?topics=91
>8月15日発売の産経新聞に、「桐山雄管長猊下と柳田邦男氏の対談」並びに「シベリア大柴燈護摩供レポート」
>記事が掲載されました。
 ~~~~

ただの新聞広告を「記事」と詐称。
これらまるっきりウソであり、こんなウソを堂々とホームページに載せてる信じられない詐欺行為です。
(参考)詐欺の定義
ttp://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%BA%BE%B5%BD&kind=&kwassist=&jn.x=35&jn.y=9&jn=%B9%F1%B8%EC&mode=0
(1)巧みにいつわって金品をだまし取ったり、相手に損害を与えたりすること。あざむくこと。ペテン。
「―にひっかかる」「―を働く」「―師」
(2)〔法〕 他人をあざむいて錯誤に陥らせる行為。民法上、詐欺による意思表示は取り消すことができ、また、詐欺による損害は詐欺者の不法行為として賠償させることができる。
→詐欺罪

124 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/24(土) 19:33:55 ID:y9MGtwvC
>>100 ベレムベア 2007/11/23(金) 18:39:47 ID:aPfRU0vV
>霊能操作とでも表現すればいいのでしょうか?
>桐yさんの意念の力なのか、またはアゴンの全体的な怨念の力なのか、
>自分のまわりの人間の心を、彼らはある程度うまくハッキングできるようです。

ご自身デンパと断り書きしての書き込みですが、私などはなかなかデンパ的思考すらせず、
合理的解釈で済ませてますが、何か見えない力、働きかけを想定するにしても
桐山さんの悪なる霊能操作の意念なんてものはないのではないかと思います。
善悪ともに霊能力などない。意念で悪意を操作もできない。
だからデンパ的思考をするにしても、私は阿含宗という教団に取り憑く低級な動物霊や
悪魔みたいのを想像してしまいます。
教祖が低俗であさましいから低級な動物霊が集まってくる。
時には焚き火の火にもいたずらをする。
いたずらと言えるほどたしかな造形を成してないのだが。
集まる信徒も同じあさましさを持った狢だ。
中にはそんな低級霊の御利益を受けた人もいるかもしれない。
しかし悪魔というのは契約社会で絶えず貢ぎ物をしないと相手にしてくれない。
相手にしてくれないだけならよいが、八つ当たりでもされた日にゃたまったものでない。
だから想定するのなら私の場合、桐山意念操作などではなく、桐山さんすら知らないところで起きている
現象ではないかと解釈します。
桐山さんすら低級霊に使役されている。
少し反逆の気持ちを持った人は許さない。

125 :神も仏も名無しさん:2007/11/24(土) 19:45:22 ID:3jcdH0lC
阿含宗がイタイ宗教だっていうのは解った

宗教っていうのは死への恐怖を和らげたり、人生を有意義に生きるための教えを広げるものだろ?
霊とかなんだとか言ってる奴は気が触れたとしか思えないな

126 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/24(土) 20:26:04 ID:y9MGtwvC
ザのスレでまたもや退会手続きを済ませた人が現れました。
かと思うと退会して一周年を迎えた人もいる。
桐山さん、阿含宗の欺瞞を知り、最初は誰もそれをすぐに受け入れようとしない。
しかしスレから逃げないで批判の書き込みを読んでいるうちにどうしても
認めて受け入れざるを得なくなる。
そこで退会に至る人と、星祭さんや○○屋さんに見られるような退会は選ばず
とりあえず居続ける人たちとに分かれる。
私は欺瞞を認めた瞬間、直ちに去りたくなりましたね。
こんな教団と関わりを持ち続けることが恐ろしく感じた。
邪霊みたいな凶々しいものに触れたくない。
触れられたくない。
三十六計逃げるに如かず。
脱兎のごとく立ち去ればよい。追いかけてなんか来ない。
すっぱり縁を切ってホッとした。
悪魔に魅入られていたかどうかは知らない。
悪魔を仏と思って見間違い、魅入っていたのだろう。
正体が割れたら悪魔は捨てるし、逃げますよ。
おっかない、おっかない。

127 :偽会員(だって):2007/11/24(土) 22:49:33 ID:Iw+Yim4z
>>125
いや、阿含宗に限ってそういうこと(死への恐怖を和らげたり、人生を有意義に生きるための教えを広げる)
は一切広げていません。
所詮金集めのための詐欺の自称宗教ですから。


128 :ベレムベア:2007/11/25(日) 01:43:24 ID:xI9oRVLZ
自分が、アゴンに入信したのも低級な情けない人間だったからかもしれません。
この信仰の途中で、アゴンの欺瞞を感じ始めても、10年以上アゴンを抜けることが
できませんでした。
それは、過去スレに語ったように、入信してから最初の1年半ほどの幸運な体験を
捨てられなかったからです。
アゴン信仰を媒介にして、いろんな人たちと知り合い、彼らと良き人間関係を
築いていくことができました。少なくともその間は、自分は非常に楽しかったですよ。
そのときだけは、世の中や人を、心の底から信じることができたのですがね…
そのときの人の良心とか真心とか(自分はそう思ってます)は、
粗末にしてはいけないと思い、なかなか捨てられませんでした。
いろんな人たちとは、アゴンの信者さんたちだけではなく、
アゴンの外の一般の人たちも含まれます。
超能力や守護霊など、全然欲しいなんて思いませんでしたよ。
あの体験をインチキ宗教の低級な御利益だとは、今でも割り切って決めつけることが
できません。
まあ、それが自分の心の弱みであり、情けない部分であるのかもしれませんが…
桐y意念操作については、そうでなかったにしても、桐yさんが自分に
そのように行動して欲しかったことを伝法会でほのめかしましたので、
ある程度そのような意向であったのだなと確認しております。


129 :樹意:2007/11/25(日) 01:45:13 ID:WR+hzLC+
>>124

同意
ホテルオークラや京都の弁当 藍人
仏陀は五根に嵌っているのであると経典で説かれています。
私がいつも霊とは書かず識魂と書くのも これらの顰に倣うものです。
欲や執着を満足させる為 欲や執着が強いからこそ一種の(通力)を発揮する
識魂もあり、ゲイカもまたそういった低級なものの影響を受けた存在であると
思われます。

つまり動物としての感覚に引きずられたままの識が その欲求を満たすために
利用すべきものを利用している。

三相(無常 苦 無我)をよく観察し 智慧を得て(慢)煩悩や執着が消滅するなら
これら動物としての感覚に引きずられた 識 も消滅するのであろうと考えます。

いずれにしろユビ氏の分析と同意見です。



130 :樹意:2007/11/25(日) 02:00:18 ID:WR+hzLC+
>>128
> 自分が、アゴンに入信したのも低級な情けない人間だったからかもしれません。
> この信仰の途中で、アゴンの欺瞞を感じ始めても、10年以上アゴンを抜けることが
> できませんでした。
> それは、過去スレに語ったように、入信してから最初の1年半ほどの幸運な体験を
> 捨てられなかったからです。

あなたの症状は私と同様 ばくちやパチンコ 或いは 麻薬(アルコール タバコを含む)
に嵌る初期パターンと類似しています。
(初めにいい思いをし その後何倍にも 反動がくる。)
やはり こういった教団に導かれる縁がどこかにあるのかもしれません。
それが ばくちや麻薬に依存する初期現象として 貴方にも私にも現れたのであろうと
思います。
(霊的なものの 動きを想定しても別段構いません)
(ちなみに 初めにえさを撒くのは 円点の例をみるまでもなく マルチやその他でも
 見られる現象です。 )

しかしながら こういったものは世間に蔓延するものですから、いずれにしろこの世界で
生きていく上で免疫を付ける必要があります。
一度は騙されて世間というものをよく認識する必要があります。
また逆縁として活用する手もあります。
その為には現実をよく分析することです。



131 :ベレムベア:2007/11/25(日) 05:47:00 ID:xI9oRVLZ
>>130
アドバイスありがとうございます。
まあ、表社会の風評などは鵜呑みにしてはいけないのだなと今では思っております。
ただただ、目の前で起こってきた現象が自分には極端すぎて困惑ばかりしてきました。
あるときは、薄々騙されていると気づいていながら、流されて生きていかないと
他に方法がなかった当時の自分が情けないです。
これから、少しでも今の人生を立て直していくには、
長年信じてきたこと(アゴン以外のことも含めて)を根本から切り捨てていかなければ
ならない厳しさがあります。
今まで構築してきたものを崩していく、あるいは崩れていくのを見るのは、
なんか寂しいですね。


132 :樹意:2007/11/25(日) 08:57:10 ID:WR+hzLC+
>>131
> 長年信じてきたこと(アゴン以外のことも含めて)を根本から切り捨てていかなければ
> ならない厳しさがあります。

アゴンがその筆頭ではありますが世の中には脱法産業や詐偽はありふれたもので、
おたふく風邪のウイルスのようなものです。
投資の世界では上場詐偽などで合法的に投資家の出資金を捕ってしまうやり方もあります。
親子で上場して親会社が子会社の利益を吸い上げるやり方もあります。
やる気になればどんな業界でも似たようなことはできるでしょうし
カルトを利用して、票(政治力)と金銭を同時に吸い上げるやり方で憲法すら曲げる
場合もあります。

僅か何円かの携帯電話の充電をした門で捕まる例もあれば、宗教詐偽のように 
のうのうと死ぬまで法律の不備を堪能する輩もいるわけです。
問題なのは合法的(?)な詐偽行為にどう対応していくかです。
世間に蔓延しているのだから生きている以上どこかでその被害に遭う、
であるならば、逆縁としてよく観察分析する方がいいのではと思います。
ゲイカのやり方はそれこそ詐欺手法のデパートともいっていいほどの
バリエーションがあります。
詐偽ウイルスで風邪を引いたと思えばいいのではないでしょうか。

133 :樹意:2007/11/25(日) 08:58:15 ID:WR+hzLC+
> 今まで構築してきたものを崩していく、あるいは崩れていくのを見るのは、
> なんか寂しいですね。

無常といってしまえばそれまでなんだが
仕事などで後進には沢山失敗して考えるように薦めています。
(ただし 致命的なものはやるなという薦めです。)
失敗というのは後になってノウハウという形で その方の
実になっていくからです。
(ただし失敗したとき何故失敗したのか 考え分析する癖が必要です。)
何を言いたいかというと、貴方が崩れたと思っているものは 新たな
構築物の礎となり まったく無駄になっていないということを言いたい
わけです。

  (その為にもよく振り返って 考え分析することが必要なのでは
   ないでしょうか?)


134 :神も仏も名無しさん:2007/11/25(日) 09:17:29 ID:wU8xVSIr

釈迦の杭打ち法を学びました。


135 :神も仏も名無しさん:2007/11/25(日) 09:28:29 ID:VByniWWV
ふ〜ん で、そんなもんがどうなるんだい。

136 :神も仏も名無しさん:2007/11/25(日) 10:15:44 ID:wU8xVSIr

2万円出せば財運を授けてやると言われました。


137 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/25(日) 14:12:15 ID:KHYBatHD
>>134 神も仏も名無しさん 2007/11/25(日) 09:17:29 ID:wU8xVSIr
>釈迦の杭打ち法を学びました。

>>136 神も仏も名無しさん 2007/11/25(日) 10:15:44 ID:wU8xVSIr
>2万円出せば財運を授けてやると言われました。


それぞれ1行カキコながら見事に阿含宗批判になってるね。
批判側が百千万言費やさなくても。

138 :神も仏も名無しさん:2007/11/25(日) 14:35:07 ID:KHYBatHD
>>128 ベレムベア 2007/11/25(日) 01:43:24 ID:xI9oRVLZ
> 自分が、アゴンに入信したのも低級な情けない人間だったからかもしれません。

まあ、そんなこともなく、これは誰しも陥りやすい罠と言えます。
要はある時点で気づきを得て離れることができれば成功ではないかと。

> この信仰の途中で、アゴンの欺瞞を感じ始めても、10年以上アゴンを抜けることが
>できませんでした。
>それは、過去スレに語ったように、入信してから最初の1年半ほどの幸運な体験を
>捨てられなかったからです。
>この信仰の途中で、アゴンの欺瞞を感じ始めても、10年以上アゴンを抜けることが
>できませんでした。
>そのときの人の良心とか真心とか(自分はそう思ってます)は、
>粗末にしてはいけないと思い、なかなか捨てられませんでした。

似たようなケースをザのスレの旧住人に思い出しました。
よさんです。解脱供養の一回きりの体験から桐山霊能力もあるのでは?と信じて
しまった人です。活動の場からは離れているが、未だにそれを捨てないでいる。
そしてベレムベアさんとも共通した点は教団の示す活動を真面目に取り組み
真摯な活動仲間を持っていた点ですね。

>あの体験をインチキ宗教の低級な御利益だとは、今でも割り切って決めつけることが
>できません。
>まあ、それが自分の心の弱みであり、情けない部分であるのかもしれませんが…

御利益の中身ではなく、御利益も得られた当時の自分や周囲の真摯な取り組み姿勢に対して、これを
インチキと片付けるのはもの悲しいのではないかと感じてられるのかもしれません。
当時の信者が真剣で良心があったことは否定しません。
そのようなコミュニティーを持てたことは生涯の財産でも
ありましょう。今交流がなくても経験として。

139 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/25(日) 14:53:20 ID:KHYBatHD
>>128 ベレムベア 2007/11/25(日) 01:43:24 ID:xI9oRVLZ
>そのときの人の良心とか真心とか(自分はそう思ってます)は、
>粗末にしてはいけないと思い、なかなか捨てられませんでした。
>あの体験をインチキ宗教の低級な御利益だとは、今でも割り切って決めつけることが
>できません。

これは私が最近レスもつけたこの書き込みとも関連あると思います。↓

>>53 R&H mimi 2007/11/20(火) 22:49:30 ID:9EhMe9y0
>本当の聖者は自分を聖者とは言いません。管長!!むかしの純粋に真理を追究
>していた頃に戻ったらいかがですか。そして阿含宗カンパニーを廃業しなさい。

実は純粋に真理を追究していたのは桐山ゲイカではなく、自分とその仲間だったのです。
それの象徴を桐山ゲイカに描いていた。
この認識の誤謬を観察しなければならないと思う。
インチキではないのは自分たちの道を求めて真面目に取り組み協力して助け合う
営みです。これはもはや桐山さんの関与しないところで自主的に行われている。
惜しむらくは、仲間たちが共通目的とした理念が絵に描いた餅で、単なる騙され仲間
に過ぎなかった点です。
しかし騙され仲間とはいえ、仲間は仲間で大切なものだと思う。
本来皆良心を持っていた。
但し良心ある人ほど辞めて減ってしまい、変な自己顕示欲の強い癖のある奴ばかり
残った。
ひきこもりやニートでない我々が実社会で生きていくにあたって最も関心が強くなるのは
人間関係です。
まだ純粋に信仰活動を進められた時代は人間関係も素晴らしかった。
それまで否定する必要は全くありません。
我々が築いたコミュニティーを超えた桐山ゲイカの欺瞞こそを憎むべきでしょう。
我らの善意を悪用して自分の名誉と金の肥やしにした。

140 :R&H:2007/11/25(日) 15:45:15 ID:76cEffCr
<139実は純粋に真理を追究していたのは桐山ゲイカではなく、自分とその仲間だったのです。
そうです。私は真理に辿り着きたくてアゴンに入り、そうでないことがわかって
すぐ辞めたかったのが悲しいかなすっかりアゴンの歪んだ世界に入り込んでいました。
そこがこの新興宗教の怖いところです。分かっていても他の会員達から脱落者
と思われることが恐ろしかった。中途挫折の因縁があるからと言われて。
責めて純粋にと書いたのは自分が進んで入行したところが偽であると自分が
あまりにかわいそうだからです。
それと動物霊や低級霊ですが、滝行の修行で憑かれてしまうのではないですか。


141 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/25(日) 16:37:49 ID:KHYBatHD
>>138にユビキタスとネームを入れ忘れたな。

142 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/25(日) 18:13:24 ID:KHYBatHD
>>140 R&H mimi 2007/11/25(日) 15:45:15 ID:76cEffCr
>それと動物霊や低級霊ですが、滝行の修行で憑かれてしまうのではないですか。
桐山さんがそのようなことを説いてましたね。
きちんとした指導者に付かずに勝手に山などに籠もって滝行なんかやると悪い霊に
取り憑かれたりするので注意と。
それが真実なのかは知りません。
まあ人間はそうそう霊などに取り憑かれなどはしないと考えますが。
私は滝行はしませんが、趣味の登山はたいてい単独行ですが、霊に取り憑かれたり
したことはありません。
それよりもそんな荒行などしなくても阿含宗の道場に通い、シャカの杭打ち財運増強法
なんて馬鹿げたあさましい話に乗って伝法なんか受けたりしてるあさましい連中なんか、低級の動物霊
たちと波長もあい、つい乗り移られたりしやせんかと心配しますね。
杭打ちで思い出すのが百目蝋燭を頭に乗せて丑三つ時に誰にも見られないように外に出て藁人形に呪いの杭、釘を打ち込む作業です。
敵を呪い殺すのではなく財運を高めるのだなんて言ったところであさましい
まじないごとに過ぎない。
どうしてこんなものを釈尊が認めるのか?
阿含経解説の著書を出したばかりのところどう考えているのか?

143 :神も仏も名無しさん:2007/11/25(日) 22:02:47 ID:pv/ncP21
今日、お坊さんが檀家の法事帰りに自転車に乗った
小学生児を跳ねて死なせてしまうなんとも
やりきれない事故がありました。

話は変わり動物霊や低級霊や高級霊など存在するのですか?
どこにいるのですか?
視覚で捉えるならやはり外ということになるのですか?
神仏も目でみえた 視覚で捉えるなら外ということになるですか?
神仏の数々の眷属の幻視 やはり外ということになるのですか?
釈尊の教えは外ですか?
外の否定というより外に囚われると内を知る妨げになる
と釈尊は考えたのではないですか?



144 :神も仏も名無しさん:2007/11/25(日) 22:30:00 ID:LIIKwvwV
横レス失礼いたします。
批判側の方か擁護側の方かを明記していただけるとロム者としてはありがたいです。
わたしは、批判側です。

145 :神も仏も名無しさん:2007/11/25(日) 22:43:15 ID:pXqyES8r
>>143の記入者です。批判側です。

146 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/25(日) 22:50:50 ID:KHYBatHD
>>143 神も仏も名無しさん 2007/11/25(日) 22:02:47 ID:pv/ncP21
> 話は変わり動物霊や低級霊や高級霊など存在するのですか?
どこにいるのですか?

さあ、私にはわかりません。
低級霊、動物霊を私が書きましたが、これは私が目でみたり知覚したのではなく、
あくまでも頭の中で想定をしたものです。
そういう存在を想定してみたのです。
よって一般論的に霊を語ることもできません。
ただ目に見えない存在を語るならば何も神仏のような高いものを想定する必要もない。
桐山さんのような低次元低俗な営みをする人の背景の想定として。
動物霊がいるかどうかも実はあまり真面目に考えてないのです。

>視覚で捉えるならやはり外ということになるのですか?
>神仏も目でみえた 視覚で捉えるなら外ということになるですか?
>神仏の数々の眷属の幻視 やはり外ということになるのですか?

その場合外になりますね。
低級霊ではない神様だとしても。
但し仏とは煩悩から離れた人を言うので、普通の人の目に見えない神霊的存在
と捉えるのは本来間違いでしょう。
しかし釈尊その人ですら我々の教師、お手本ではあっても自分ではない他人なのだから
やはり「外」に分類されるでしょう。

>釈尊の教えは外ですか?
>外の否定というより外に囚われると内を知る妨げになる
>と釈尊は考えたのではないですか?

しかし釈尊その人は自分にとっても外でも、その説いた教えは自分の内の問題として
根ざすようにするのが仏教でしょう。

147 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/25(日) 23:03:48 ID:KHYBatHD
>>143 神も仏も名無しさん 2007/11/25(日) 22:02:47 ID:pv/ncP21
>外の否定というより外に囚われると内を知る妨げになる
>と釈尊は考えたのではないですか?

そうでしょうね。外などに囚われ、追い求め、あるいは恐れをなすことを否定して
内に目を向けることを説いた。
だから悪い霊がいてもそのせいにしたりせずあくまでも自分の行いは自分で責任を
持てと説く。
また高い神霊のようなものに祈ったり依存したりすることも否定した。
これって阿含宗と正反対ですよね。
阿含宗は不成仏霊の霊障を説く。
霊障があると自分の理性や意志などではどうすることもできない。
成仏法を体得した導師に解脱供養してもらうしかない。
そこからようやく修行が始まるのであり、霊障があっては修行どころではない。人間として生活していくのも大変なのです。
こんなことを釈尊は説かない。
また仏を神霊のごとき存在に祭り上げて、御利益やら運命好転の本尊にしたり
霊障解脱の力の本体として祈る依存の対象とする。
全く逆の教えでしょう?

148 :神も仏も名無しさん:2007/11/26(月) 01:58:02 ID:KzCEDEjk
まさにそのとうりです

149 :神も仏も名無しさん:2007/11/26(月) 06:00:49 ID:+/cdOblb
>>143
米理論物理学者のリサランドールによると、この世は5次元らしい。
もしかしたら5次元が霊界なのかもよ。



150 :優しい名無し:2007/11/26(月) 10:21:52 ID:VNoT1OuH
>>149 
今私たちは三次元の世界に確か住んでいます。5次元波動はエーテル体で、肉体とか物質に 拘束されない世界です。
思うこと、考えることが即座に 結果として出てくるような世界です。 エーテル体だから軽いし、
フォトンの 光に反応しやすい状態になります。 瞑想により自分の過去世を思い出すようになったり、見知らぬ土地へ行き、
魂が過去世の記憶に反応し自分の過去世や前世を自分で思い出せるようになり
そこからの体験を智慧を活かせる様になります。輪廻の時代が終わるのは、5次元波動に移行した人だけです。
2012年の前に、2つの世界にわかれます。5次元波動に乗り切れる人と、そうでなく、3次元世界が心地よいという人も
人口の85% いますので、そういう人たちは、地球に似た惑星へ移転させられ、その惑星で、カルマの法則は続きます。  
首尾良く地球学校を卒業できた、人たちは5次元波動を帯びた 地球に戻ってきます。いったんは、地軸の傾きにより、
別の惑星に以降するかも知れませんが、地球の変動が収まると、戻れるような記がします。
地球は、まったく新しい環境になるでしょうね。 人類がいままで考えてきた、物質文明が一つの 区切りをつけるのが2012年12月21日です。
今からは、物質波動を持つものに執着をもたない 生活をする事が肝心です。
もともと我々が手に しているものは、地球生活の場において一時借りているものですので、
何時消えて無くなってもそれは それで、良いという考えで暮らすことです。
 
物質だけでなく、名誉、お金、地位、権利など こうしたものも同様に執着を持たないことです。   
自然のリズムと摂理に合わせて、今から心を中心に 魂磨きを優先に生きるようにみんなが意識を変えれば
大きな変動が合っても悲しむことはありません。人類が地球という学校で、
3次元での卒業式を迎えるという ことなです。 私は光 私は愛 私は調和 私は永遠の光の魂!  
この言葉のマントラを唱えるだけでも、心は安定します。   
現在、修行をされて魂磨きをかけている人は、自分の使命や神という存在とのコネクションを思い出していきますので、
この方々は、光輝の時代にふさわしい世界を造っていくと思います。  
以上は、私が宇宙から受け取ったメッセージです。



151 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/26(月) 14:16:45 ID:/lxcx/vJ
    ┏━┳━┳━┓                              ┏━┳━┳━┓
    ┃  ┃  ┃  ┃           、            ┃  ┃  ┃  ┃
┏━┫  ┃  ┃  ┃       九仕 三火. | -|-         ┃  ┃  ┃  ┣━┓
┃  ┃  ┃  ┃  ┃       木比 口火 l Ο-   、、  ┃  ┃  ┃  ┃  ┃
┃  ┃  ┃  ┃  ┣━┓    ─- ─- 二|二.  ̄フ ┏━┫  ┃  ┃  ┃  ┃
┃  ┃  ┃  ┃  ┃  ┃    ,__. ,__.  Ο- <. ┃  ┃  ┃  ┃  ┃  ┃
┃          、   ┃  ┃  ┏━━━━━━━┓  ┃  ┃              ┃
┃    九仕 三火 ┃  ┃  ┃              ┃  ┃  ┃l二 |、 | 「ヽ    ┃
┃    木比 口火     ┣━┫   ・ヽ─/ ・  ┣━┫    l_ | `| Lノ   ┃
┃                  ┃  ┃       ∨     ┃  ┃                  ┃
┗━━━━━━━━━┛  ┗━┳━━━┳━┛  ┗━━━━━━━━━┛
                            ┃      ┃
                        ┏━┻━┓  ┃
                        ┃      ┃  ┃
                ┏━━━┛      ┣━┻━┓
                ┃              ┃      ┃
                ┗━━━━━━━┫      ┗━━━┓
                                ┃              ┃
                                ┗━━━━━━━┛

152 :神も仏も名無しさん:2007/11/26(月) 17:26:29 ID:KzCEDEjk
正法眼蔵

153 :R&H:2007/11/26(月) 18:34:31 ID:iKyPac/u
<150    私は光 私は愛 私は調和 私は永遠の光の魂!
優しい名無しさんもしかしてAdept受けられました?


154 :神も仏も名無しさん:2007/11/26(月) 18:54:07 ID:KzCEDEjk
内と外、そして天の印
には二つあるという。

不動、無執着
あるがままに

155 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/26(月) 20:14:40 ID:/lxcx/vJ
今度は無関係な話にスレを誘導する作戦か?

阿含宗の話題が無ければ黙っとけ。

156 :Q連続体:2007/11/26(月) 21:00:33 ID:StJtr5E1
昨日は例祭に参拝しました。
阿含宗は健在なりですね。
腐って澱んだ批判側をよそに、
教団は常に前進あるのみです。
さて意生身が途中になっていますが
その前に興味深いサンプルを見つけたので、
新ガイドライン作成作業から始めます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新ガイドライン【批判側陣営が抱える幕下のコバンザメ】
    前スレ>547 :神も仏も名無しさん:2007/11/18(日) 16:02:31 ID:p7BAg2nZ
    >我慢できずにのこのこと出てきやがったぞ。   
    前スレ>564 :神も仏も名無しさん:2007/11/18(日) 19:40:48 ID:r3b5XnsO
    >その間に西の横綱ユビキタス関が十分に料理してくれるよ。
    >東の横綱、大御所は最後の最後に登場でしょう。      
    >>101 :神も仏も名無しさん:2007/11/23(金) 18:40:14 ID:F7JL0u6a
    >>97 Qよ、もう賞味期限の切れた話はせんでよろしい。
    >あんたの屁理屈はうんざりするから聞きたくない。

157 :Q連続体:2007/11/26(月) 21:01:14 ID:StJtr5E1
七氏やユビキタスの書き込みの後に、
決まって現れる連中がいます。
作文が苦手らしく、
ほとんどが罵倒の一行レスを残していくだけです。
おそらく信者時代は「使えない人」と見なされて、
信者仲間から干されていたのでしょう。
今になってこの板で怨みを晴らしているというわけです。
彼等は単独では現れず、まともな反論もできない。
いつも七氏やユビキタスの影に隠れていて、
擁護側を罵倒する機会を狙っているのです。
いわば彼らの腹にくっ付いた「コバンザメ」といったところです。
思い出せば子供の頃、クラスで成績が良かったり、
運動ができて目立つ生徒のまわりに
必ずこんなお調子者たちがくっついていたものです。

158 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/26(月) 21:03:20 ID:/lxcx/vJ
で、Klingo〜n改めQ連続体よ、何時になったら「第九識=霊魂」の筋道通った
根拠や典拠見せてくれるの?
桐山が言ってるから?学者でもなければ僧侶ですらない桐山の言うことなど
根拠などになりません。それは「あくまでも桐山の臭い口が勝手に言ってる」に
過ぎません。

もしかしたら根拠とか典拠の意味が解らないのかな?
経典や論書、実績ある学者の説などを引用すればいいんだよ。わかったかな?
既に説明したような真っ赤なウソをつくなよ。

159 :Q連続体:2007/11/26(月) 21:03:51 ID:StJtr5E1
さて意生身です。
>>31にあるように、スレ132の262さんが
身命経の誤訳の可能性を書いていますが、
もう少し早くこの情報が出ていれば
七氏もユビキタスも沙門果経を引き合いに
せずともよかったのですが、残念でしたね。
ユビキタスと七氏は私の批判に対して
長文レスを被せて誤魔化そうとしているようです。
ところがコバンザメ君たちの目には
これが素晴らしい反論に見えるのだから
世の中とは面白いものです。
こちらは彼等のダラケタお喋りに付き合って
貴重な時間を浪費する愚は避けたいので、
ポイントだけを書きます。

160 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/26(月) 21:06:37 ID:/lxcx/vJ
>>156-7
で、おまえさんはその「コバンザメ」が気になって気になって仕方ないんだ?
コバンザメが気になるおまえさんは何物?

(・∀・)ニヤニヤ

161 :Q連続体:2007/11/26(月) 21:07:10 ID:StJtr5E1
その話の前に一言。
くどいようですが、
「概念」とは「一般化された考え」を言うのであり
意生身の概念とは「意識だけの存在」を言います。
それ以外の概念はありません。
ユビキタスは「概念」という単語の意味を知らずに使いました。
概念が色々あるだの、概念の質が違うだの、
それはもう支離滅裂なことを書きました。
こちらがそれを指摘すると、それは
「揚げ足取りのイチャモン」だと言う(前スレ560)。
自分の間違いを指摘されたのに、
相手がイチャモンを付けたと言っているのです。
まったくもってケシカラン話です。
これを見ても彼がどんな男かわかるでしょう。

162 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/26(月) 21:07:33 ID:/lxcx/vJ
>>159
で、Klingo〜n改めQ連続体よ、何時になったら「第九識=霊魂」の筋道通った
根拠や典拠見せてくれるの?
桐山が言ってるから?学者でもなければ僧侶ですらない桐山の言うことなど
根拠などになりません。それは「あくまでも桐山の臭い口が勝手に言ってる」に
過ぎません。

もしかしたら根拠とか典拠の意味が解らないのかな?
経典や論書、実績ある学者の説などを引用すればいいんだよ。わかったかな?
既に説明したような真っ赤なウソをつくなよ。

163 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/26(月) 21:08:13 ID:/lxcx/vJ
>>161
人のことよりおまえはどうなの?

で、Klingo〜n改めQ連続体よ、何時になったら「第九識=霊魂」の筋道通った
根拠や典拠見せてくれるの?
桐山が言ってるから?学者でもなければ僧侶ですらない桐山の言うことなど
根拠などになりません。それは「あくまでも桐山の臭い口が勝手に言ってる」に
過ぎません。

もしかしたら根拠とか典拠の意味が解らないのかな?
経典や論書、実績ある学者の説などを引用すればいいんだよ。わかったかな?
既に説明したような真っ赤なウソをつくなよ。

164 :Q連続体:2007/11/26(月) 21:13:24 ID:StJtr5E1
意生身の話に戻ります。
こちらの言っていることはたったこれだけです。

『沙門果経意生身は「解脱者」の話であり、
身命経意生身は「衆生」の話です。
七氏はこの両者を比較するという失敗を犯した』

それを指摘されて七氏とユビは新たな理屈を考え出しました。
まず援軍であるユビキタスからいきましょう。
同じようなことを七氏も書いているのですが、
「意生身は身命経では説かれていない」
というものです(>前スレ>558)。
身命経が誤訳だという理由ならばよいのですが、
この場合はそういう理由からではなくて、
『釈尊は婆磋の言葉を繰り返して
「意生身」と言っただけであり、
自らは説いていない』というのです。
だから我々は沙門果経と比較したわけではない、
と言いたいのです。

165 :Q連続体:2007/11/26(月) 21:15:16 ID:StJtr5E1
しかしこのような理屈は実は何の役にも立ちません。
もし身命経には「意生身」が説かれていない、
というのなら、最初から両者を比較する理由はありません。
「身命経には意生身は説かれていない」、
と書けば済む話です。
ところが実際の七氏は、
『沙門果経では意生身とは解脱者が作るものだ。
その解脱者が輪廻の主体である霊魂を作る必要はない。
だから身命経の意生身は霊魂ではない』、
と書いたのです(スレ131の>310)
このようにはっきりと、
沙門果経と身命経を関連付けています。
そしておまけに「身命経の意生身は霊魂ではない」と書いた。
これは「霊魂ではない意生身がある」と主張しているのと
同じではないか?
七氏は、身命経には(霊魂ではない)意生身が
説かれていると考えていたのです。
だからユビキタスが、
「身命経では意生身は説かれていない」
という理屈を考え出しても七氏の考えと矛盾してしまい、
ユビの理屈は成り立たなくなるのです。

166 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/26(月) 21:15:22 ID:/lxcx/vJ
>>164
意生身の話よりこっちが先なんだがな?いつになったらまともに答えるの?
このままごまかし通そうという魂胆かい?

で、Klingo〜n改めQ連続体よ、何時になったら「第九識=霊魂」の筋道通った
根拠や典拠見せてくれるの?
桐山が言ってるから?学者でもなければ僧侶ですらない桐山の言うことなど
根拠などになりません。それは「あくまでも桐山の臭い口が勝手に言ってる」に
過ぎません。

もしかしたら根拠とか典拠の意味が解らないのかな?
経典や論書、実績ある学者の説などを引用すればいいんだよ。わかったかな?
既に説明したような真っ赤なウソをつくなよ。

167 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/26(月) 21:18:21 ID:/lxcx/vJ
>>165
>しかしこのような理屈は実は何の役にも立ちません。

人にそんなこと言うより、おまえ、
これは116スレで出てきた話だぞ?いつ答えるの?

で、Klingo〜n改めQ連続体よ、何時になったら「第九識=霊魂」の筋道通った
根拠や典拠見せてくれるの?
桐山が言ってるから?学者でもなければ僧侶ですらない桐山の言うことなど
根拠などになりません。それは「あくまでも桐山の臭い口が勝手に言ってる」に
過ぎません。

もしかしたら根拠とか典拠の意味が解らないのかな?
経典や論書、実績ある学者の説などを引用すればいいんだよ。わかったかな?
既に説明したような真っ赤なウソをつくなよ。

168 :Q連続体:2007/11/26(月) 21:18:34 ID:StJtr5E1
ところで釈尊は婆磋の「意生身」という言葉を
ただ繰り返しただけなのか?
ユビキタスの理屈をわかりやすく喩えるとこうなります。

   クリン含太が釈尊にたずねました。
   「師よ、指タンがオナゴに縁が無いのは何故ですか?」
   師はこう答えました。
   「クリン含太よ、指タンがオナゴに縁が無いのは、
   性格が女々しいからだ」

この場合、ユビキタスの理屈によれば
釈尊は、指タンが女々しい性格であることを早く言いたいので
「指タンがオナゴに縁が無い」というクリン含太の言葉を
ただオウムのように繰り返したことになります。
釈尊は実際に指タンがオナゴに縁が無いかどうかわからずに
ただ繰り返したというわけです。
しかし、釈尊ともあろうお方が
そんないい加減なことを言うでしょうか?
これと同じように、
釈尊は「渇愛があるから生まれていく」という結論を早く言いたいから、
婆磋の「意生身に乗じて」という言葉を
繰り返したと解釈するのはどう考えてもおかしいです。
ユビキタスは意生身を削除したいから
このような解釈をしているに過ぎません。
もし「意生身に乗じて」が間違いであるならば
最初から「余処に乗ずるは」とだけ説いたでしょう。
つまりこのようになるはずです。
   「衆生此処に於て命終り、余処に生ずるは、
   爾時に当りて愛によるが故に取し、愛によりて住するが故に余ありと説く」
解釈にあたって個人の意向で経典の文言を削除することは
経典の捏造に等しい行為です。
ユビキタスの解釈は明らかに経典の改ざんです。

169 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/26(月) 21:19:20 ID:/lxcx/vJ
>>168
はいはい、これが先だよ?ごまかす気かい?

で、Klingo〜n改めQ連続体よ、何時になったら「第九識=霊魂」の筋道通った
根拠や典拠見せてくれるの?
桐山が言ってるから?学者でもなければ僧侶ですらない桐山の言うことなど
根拠などになりません。それは「あくまでも桐山の臭い口が勝手に言ってる」に
過ぎません。

もしかしたら根拠とか典拠の意味が解らないのかな?
経典や論書、実績ある学者の説などを引用すればいいんだよ。わかったかな?
既に説明したような真っ赤なウソをつくなよ。

170 :Q連続体:2007/11/26(月) 21:20:19 ID:StJtr5E1
さてもう一つの理屈です(前スレ>565)。
これはもっとお粗末というか反論になっていません。
ユビキタスはこう言っています。
『私(Q)が沙門果経意生身を出したことが、
ヴァッカリ、ゴーディカ、そしてゲイカの霊障意生身と
どう繋がっているのか未だに示していない』
これが、沙門果経と身命経を比較した間違いを
私に指摘されたことに対する反論です。
私が沙門果経を出した理由を示していないことと、
自分たちがそれを身命経と比較するという失敗と
何の因果関係があるのか?
ユビキタスは失敗の弁明ができないので
話をすりかえているのです。

171 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/26(月) 21:21:28 ID:/lxcx/vJ
>>170
> これはもっとお粗末というか反論になっていません。

これをず〜と無視して答えないおまえの方がお粗末だぞ。

で、Klingo〜n改めQ連続体よ、何時になったら「第九識=霊魂」の筋道通った
根拠や典拠見せてくれるの?
桐山が言ってるから?学者でもなければ僧侶ですらない桐山の言うことなど
根拠などになりません。それは「あくまでも桐山の臭い口が勝手に言ってる」に
過ぎません。

もしかしたら根拠とか典拠の意味が解らないのかな?
経典や論書、実績ある学者の説などを引用すればいいんだよ。わかったかな?
既に説明したような真っ赤なウソをつくなよ。

172 :Q連続体:2007/11/26(月) 21:21:51 ID:StJtr5E1
>前スレ>567 :ユビキタス
>衆生と余処を見落とさずに理解していたから両経典の説く意生身は別物である
>と区別していたのです。
ユビキタスと七氏は何度説明されても理解できない。
両名ともこの程度の人間だったのかと思うと
擁護側としても張り合いが無くなります。
彼等は自分たちが何を批判されたのか未だにわかっていない。
沙門果経意生身と身命経意生身が
別物であることを知らなかったことを批判されたと思っている。
ちがうのです。
両者は同じものです(別に違っていても構わないのですが)
ただ経典によって違う性質が説かれている。
見る角度によって両者のちがう性質がわかります。
一方の顔は「生きている解脱者が作るもの」であり、
もう一方の顔は「死んだ衆生に関係しているもの」です。
彼等が批判されたのは、何度も言うように
両者を関連付けたことです。

173 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/26(月) 21:24:08 ID:/lxcx/vJ
>>172
>ユビキタスと七氏は何度説明されても理解できない。

これを何度聞いてもバックレ通すおまえに、そんなこと言う資格があるのか?

で、Klingo〜n改めQ連続体よ、何時になったら「第九識=霊魂」の筋道通った
根拠や典拠見せてくれるの?
桐山が言ってるから?学者でもなければ僧侶ですらない桐山の言うことなど
根拠などになりません。それは「あくまでも桐山の臭い口が勝手に言ってる」に
過ぎません。

もしかしたら根拠とか典拠の意味が解らないのかな?
経典や論書、実績ある学者の説などを引用すればいいんだよ。わかったかな?
既に説明したような真っ赤なウソをつくなよ。

174 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/26(月) 21:27:52 ID:450AFPBF
熱心なカキコの最中に申し訳ないが、Qさんは猫舌ですか?
カレーうどんを「熱っ!熱っ!」と言いながら、あまり食い進むことができないなんてことありませんか?

175 :Q連続体:2007/11/26(月) 21:28:45 ID:StJtr5E1
>前スレ>568 :ユビキタス
>相手に手の内を隠す卑怯者です。
書き込みをするときは
常に主旨を明らかにすべきだ、
というルールはありません。
ユビキタスとて主旨不明な内容を
書き込んだ経験があるだろう?
七氏たちは、沙門果経を
ゲイカの霊魂説否定の材料にしようと
勇み足をしたことが失敗でした。
これほど効果的な釣り玉もそう滅多にありません。

176 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/26(月) 21:31:06 ID:/lxcx/vJ
>>174
>メル欄
そんだけ喰ったら脳に血めぐらんでしょう。今日の所は私が絞めときます。

177 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/26(月) 21:37:40 ID:450AFPBF
ずんだQさんは昨日の日曜例祭に出られましたか?
ならば今一番の関心事があるはずです。
意生身よりも仙尼経の異陰です。
あれだけ霊魂としての異陰を仙尼経に紹介し続けてきた桐山さんが、今回は仙尼経
を出しながら異陰を引っ込めた。与陰、陰と与(とも)にと、國訳一切経の訳にならい、異陰を隠した。
その理由を昨日の法話の新著紹介で桐山さんはふれたか?
これに関する質疑などはなかったのか?
これはあなた方信徒が一番関心と疑問を持つはずのことなんだから。

178 :Q連続体:2007/11/26(月) 21:40:09 ID:StJtr5E1
次に七氏の書き込みです。
これがまた酷いものです。
ユビキタスの話には屁理屈なりにも
それなりに論理のかけらがあるが
七氏の場合はほとんどが話のすり替えです。
読んでいると何かゾクゾクッとした
イヤ〜な気持ちに襲われます。
前から、彼の書き込みを読んでいる時に
悪寒が走ることがあったのですが今回もそうでした。
前に某擁護側から
「あなたはよくこんな○○○を相手にできるね」、
と言われましたが彼の気持ちがよくわかります。
他の擁護側もそう感じているだろうから、
誰も彼を相手にしなくなった。
彼自身はその理由を
「自分に反論できないからさ」と思っているのでしょうが。
まあ、裸の王様というところでしょう。

179 :Q連続体:2007/11/26(月) 21:41:57 ID:StJtr5E1
私は七氏が「沙門果経意生身=身命経意生身」
と言ったのだと批判したのではありません(>>9
何故なら私自身が
「沙門果経意生身=身命経意生身」と考えているからです。
両者ともに同じ意生身を説いています。
違いは両者の背景です。
沙門果経は解脱者の話であり身命経は衆生の話であり、
こちらが批判したのは両者を比較したことです。
それを前スレ>410、412で書いているのに何故無視するのか?
意生身が何であろうが、二つの経典の意生身が
同じであろうがそうでなかろうが一向に構わない。
だが両者を比較した七氏の批判は大失敗であり、
意図的だったのなら悪質極まりないと書いたのです。

180 :Q連続体:2007/11/26(月) 21:43:59 ID:StJtr5E1
さてここで問題の書き込みを載せます。
  >スレ131の>310 :神も仏も名無しさん
  >桐山さんやあなたの説によれば、意生身=霊魂が輪廻の主体らしいが、
  >意生身を作り出せる比丘たちは輪廻から脱出しているのですよ。
  >輪廻から脱出している彼らがなんでわざわざ輪廻の主体を作るのだ?
  >読んでいて何か矛盾を感じる知性は残っていないのか。
  >解脱した彼らでなければ作り出せないのが意生身です。
  >俗人でも持つという霊魂=意生身なら、解脱などしていなくても、
  >死んでしまえば、ニョロっと意生身が出てくるはずだ。
  >だが、この経典の釈尊はそんなことは説いていない。
  >解脱して神通力を獲得した者だけが、あるいは解脱の過程で意生身を作れるというのです。
  >どう見ても、釈尊のいう意生身は霊魂などではない。

七氏はこう言いたいのです(>>9>>10)。
『自分が310で沙門果経を霊魂に関連づけたのは、
アゴン宗では意生身といえば、霊魂のことであり、
意生身を出すなら霊魂の議論とみなされて当然である。
だから自分が沙門果経を霊魂に結びつけたのは当然である』
呆れるくらいの責任の擦り付けであり無駄な悪あがきです。
そしてそのおまけとして、
私(Q)は桐山意生身が霊魂であることを
知らなかったのだろうと非難まで加えた。
>>10だけでもそのことを6回も書いています。
読者の目を自分のミスから逸らそうと必死なわけです。

181 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/26(月) 21:48:11 ID:/lxcx/vJ
>>180
>読者の目を自分のミスから逸らそうと必死なわけです。

人のことを言う前に自分のケジメを付けてから言えよ。

で、Klingo〜n改めQ連続体よ、何時になったら「第九識=霊魂」の筋道通った
根拠や典拠見せてくれるの?
桐山が言ってるから?学者でもなければ僧侶ですらない桐山の言うことなど
根拠などになりません。それは「あくまでも桐山の臭い口が勝手に言ってる」に
過ぎません。

もしかしたら根拠とか典拠の意味が解らないのかな?
経典や論書、実績ある学者の説などを引用すればいいんだよ。わかったかな?
既に説明したような真っ赤なウソをつくなよ。

182 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/26(月) 21:50:57 ID:450AFPBF
>>175 Q連続体 2007/11/26(月) 21:28:45 ID:StJtr5E1
>ユビキタスとて主旨不明な内容を
>書き込んだ経験があるだろう?

うん、あるある。最近書いた。
たとえばこんなの↓

174 ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o ずんだ餅30個牛タン定食10人前鮭いくら弁当10個 2007/11/26(月) 21:27:52 ID:450AFPBF
熱心なカキコの最中に申し訳ないが、Qさんは猫舌ですか?
カレーうどんを「熱っ!熱っ!」と言いながら、あまり食い進むことができないなんてことありませんか?

183 :Q連続体:2007/11/26(月) 21:52:52 ID:StJtr5E1
七氏は本当に愚かな男です。
反論すればするほど310の文章を出されて
ミスを再び晒すことになる。
いまさら何を言ってもどうしようもないのに
諦めが悪いですね。
彼の発言を見れば明らかに
沙門果経にある「解脱者が作る意生身」を使って
身命経意生身=霊魂説を否定しようとしたことが
丸見えです。
身命経の「衆生」も「余処に生ずる」も
哀しいかな、彼の目にはまったく見えていない。
  >輪廻から脱出している彼らがなんでわざわざ輪廻の主体を作るのだ?
  >解脱した彼らでなければ作り出せないのが意生身です。
  >俗人でも持つという霊魂=意生身なら、解脱などしていなくても、
  >死んでしまえば、ニョロっと意生身が出てくるはずだ。
  >だが、この経典の釈尊はそんなことは説いていない。
  >どう見ても、釈尊のいう意生身は霊魂などではない。
想像してみましょう、このときの七氏の心理を。
彼は私が沙門果経を出したのを見て
これはチャンスだと飛びついたんでしょうね。
ところがこの沙門果経はトンデモナイ釣り玉だった。
彼にとっては代償がとても高くついたクソボールだったのです。

184 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/26(月) 21:55:14 ID:/lxcx/vJ
>>183
>七氏は本当に愚かな男です。

じゃあ賢いおまえはこれに答えられるよなあ?ほれほれ。

で、Klingo〜n改めQ連続体よ、何時になったら「第九識=霊魂」の筋道通った
根拠や典拠見せてくれるの?
桐山が言ってるから?学者でもなければ僧侶ですらない桐山の言うことなど
根拠などになりません。それは「あくまでも桐山の臭い口が勝手に言ってる」に
過ぎません。

もしかしたら根拠とか典拠の意味が解らないのかな?
経典や論書、実績ある学者の説などを引用すればいいんだよ。わかったかな?
既に説明したような真っ赤なウソをつくなよ。

185 :Q連続体:2007/11/26(月) 22:02:47 ID:StJtr5E1
>>177
あ〜、きのうはちょっと用があって
法話だけで退出しました。
異陰の件はどうなのかな?
まだみんな読んでないんじゃないの?
というか、関心無いと思いますよ。
ゲイカの法力を信じればいいのです。
私ですか?
私には霊体験があるから
異陰が消えても何の支障もありません。
自分の耳で聞いたものがすべてですから。
新刊本は新宿三越のジュンク堂の宗教コーナーに
7、8冊置いてありました。
なかなかいい本じゃないですか?
帯の「ブッダ道をゆく」には痺れました。

186 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/26(月) 22:06:09 ID:/lxcx/vJ
>>185
>ゲイカの法力を信じればいいのです。

あれ〜?おまえ信者じゃ無いって言ってなかった?
「解脱供養は非会員でもできる」と言って会員番号晒すのバックレたじゃん?
つか、思考停止してないでこれに答えろよ。

で、Klingo〜n改めQ連続体よ、何時になったら「第九識=霊魂」の筋道通った
根拠や典拠見せてくれるの?
桐山が言ってるから?学者でもなければ僧侶ですらない桐山の言うことなど
根拠などになりません。それは「あくまでも桐山の臭い口が勝手に言ってる」に
過ぎません。

もしかしたら根拠とか典拠の意味が解らないのかな?
経典や論書、実績ある学者の説などを引用すればいいんだよ。わかったかな?
既に説明したような真っ赤なウソをつくなよ。

187 :Q連続体:2007/11/26(月) 22:08:27 ID:StJtr5E1
それと沙門果経の意生身ですが
あれは「出神」であり
霊魂ではないと思うなんて書いちゃったけど
「出神」とは幽体離脱みたいなものだから、
本当は霊魂なのかもしれない。
誰か調べてみたらどうじゃろ?

188 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/26(月) 22:08:37 ID:/lxcx/vJ
>>185
>私には霊体験があるから

( ´,_ゝ`)プッ

189 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/26(月) 22:09:53 ID:/lxcx/vJ
>>187
> 「出神」とは幽体離脱みたいなものだから、

そんな桐山も言ってない馬鹿話のことなどどうでもいいからこれにお答え。

で、Klingo〜n改めQ連続体よ、何時になったら「第九識=霊魂」の筋道通った
根拠や典拠見せてくれるの?
桐山が言ってるから?学者でもなければ僧侶ですらない桐山の言うことなど
根拠などになりません。それは「あくまでも桐山の臭い口が勝手に言ってる」に
過ぎません。

もしかしたら根拠とか典拠の意味が解らないのかな?
経典や論書、実績ある学者の説などを引用すればいいんだよ。わかったかな?
既に説明したような真っ赤なウソをつくなよ。

190 :Q連続体:2007/11/26(月) 22:14:20 ID:StJtr5E1
>>188
くわいい。
さっそく反応してます。

191 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/26(月) 22:17:48 ID:/lxcx/vJ
>>190
はいはい釣られた釣られた。
で、どうせ相手する気があるならこれに答えてくれよ。

で、Klingo〜n改めQ連続体よ、何時になったら「第九識=霊魂」の筋道通った
根拠や典拠見せてくれるの?
桐山が言ってるから?学者でもなければ僧侶ですらない桐山の言うことなど
根拠などになりません。それは「あくまでも桐山の臭い口が勝手に言ってる」に
過ぎません。

もしかしたら根拠とか典拠の意味が解らないのかな?
経典や論書、実績ある学者の説などを引用すればいいんだよ。わかったかな?
既に説明したような真っ赤なウソをつくなよ。

192 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/26(月) 22:18:11 ID:450AFPBF
>>185 Q連続体 2007/11/26(月) 22:02:47 ID:StJtr5E1
>あ〜、きのうはちょっと用があって
>法話だけで退出しました。

その法話だけで十分なんだよ。
法話で新著の話を出したか、与陰に変えた話を出したかそれだけさ。
例祭の構成って知ってる?
先に護摩法要がある。
時間を置いて法話の時間となる。
法話が終了したらそれでおしまい。
奉仕の修行者以外はそそくさと帰るのさ。
奉仕の修行者も後片付けが終わったら帰るよ。
昔みたいに法話終了後も名前忘れたが、座談会だか研修会みたいのはないんだよ。
本当に例祭に参拝したの?

> まだみんな読んでないんじゃないの?
>というか、関心無いと思いますよ。

んなこたないですよ。
あなたと違って真面目な人もいるんですよ。
こういう問題に関心も持たないからあなたはいつまでもボンクラなんです。

>新刊本は新宿三越のジュンク堂の宗教コーナーに
>7、8冊置いてありました。
>なかなかいい本じゃないですか?

で、例祭の帰りだかにそれを買ったの?
書店であるなと確認して素通りしただけだったりして。

193 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/26(月) 22:22:21 ID:/lxcx/vJ
>>192
>昔みたいに法話終了後も名前忘れたが、座談会だか研修会みたいのはないんだよ。

関西では「行動隊定例会」と言ってました。週一回以上何らかの奉仕作業してるのが
出席資格でした。

194 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/26(月) 22:24:26 ID:/lxcx/vJ
桐山が黒い衣に折五条の時は機嫌悪いとき、木欄色の時はそうでもないときと言われてたなあ。

195 :Q連続体:2007/11/26(月) 22:32:30 ID:StJtr5E1
>>192
あ、法話じゃなくて法要だった。
半人前のくせに、
偉そうに人をボンクラ呼ばわりするな。
今回の意生身の件はスレ131の262さんの功績が大きい。
批判というのはああいう風にするんだよ。
君のように屁理屈を並べても駄目なの。
それと意味のよくわからない用語を使うときは
必ず辞書を引きなさい。
そういう手間を省くから
今回の概念のようなヘマをするんだ。
わかったかい?
宝塔息子。

196 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/26(月) 22:35:45 ID:450AFPBF
>>193
そうそう、定例会。
参加資格を絞る時と絞らない時もあった。
まあ座談会なんかにはならない。
代表者が恭しく活動状況を報告して指導を乞い、桐山さんが一方的に好きなこと
しゃべっておしまい。
おっさんおっさん、異陰はどこに行ったの?
うん、あれはねえ・・なんて気さくな雰囲気には絶対にならない。

197 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/26(月) 22:36:52 ID:/lxcx/vJ
>>195
>宝塔息子。

はいはい、そんな身代わり行の「将来の子供の宝塔」もらった人しか解らんような
冗談こいてる間があったらこれにお答え。

で、Klingo〜n改めQ連続体よ、何時になったら「第九識=霊魂」の筋道通った
根拠や典拠見せてくれるの?
桐山が言ってるから?学者でもなければ僧侶ですらない桐山の言うことなど
根拠などになりません。それは「あくまでも桐山の臭い口が勝手に言ってる」に
過ぎません。

もしかしたら根拠とか典拠の意味が解らないのかな?
経典や論書、実績ある学者の説などを引用すればいいんだよ。わかったかな?
既に説明したような真っ赤なウソをつくなよ。

198 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/26(月) 22:44:56 ID:/lxcx/vJ
>>195
>宝塔息子。

阿含宗にいた頃は、思いついても絶対口に出せないダジャレだったなあ。

199 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/26(月) 22:51:17 ID:/lxcx/vJ
>宝塔息子。

桐山がなんかの博士号を初めて買ったとき、思わず口が滑って
「これで浣腸芸かも池田大作さん並ですね」と言ってしまい、キヨパレに絞められた
口の軽い私だったが、さすがに「この子が生まれる前に御宝塔戴いてたのです」
と、人から聞かされてのど元まで出かかったが・・・。

200 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/26(月) 22:57:42 ID:450AFPBF
>>157 Q連続体 2007/11/26(月) 21:01:14 ID:StJtr5E1

> 作文が苦手らしく、

君も苦手だろ?オレも作文には苦労してるが。時には文章になってなかったりして。

>おそらく信者時代は「使えない人」と見なされて、
>信者仲間から干されていたのでしょう。

そうかい、そうかい、そういう厭な思い出を抱えて生きているんだね。

>思い出せば子供の頃、クラスで成績が良かったり、
>運動ができて目立つ生徒のまわりに
>必ずこんなお調子者たちがくっついていたものです。

そうかい、そうかい。
子ども時代の暗い思い出まで思い出させてしまったかい。
君はその運動ができて目立つ生徒ではなく、彼らを妬んでいて、いつの日か皆オレ様に注目を集めてやる
という怨念を抱えて青春時代を送ってきた中で阿含宗と出会ったんだね。

201 :神も仏も名無しさん:2007/11/26(月) 23:15:42 ID:PpwtZLLL
出家経@梵行@釈尊も説く梵行

「・・もろもろの梵行を修し、私の説く法と律を実践して五下分結を断じつくし、
阿那含となって・・・」(171頁)

『仏陀の真実の教えを説く阿含経講義』の出家経(152頁〜)の講義の続きです。
釈尊は出家経で梵行という言葉を用いています。
阿含経には因縁も因縁解脱も出てこないと申し上げた。
しかし、信者さんたちは梵行が阿含経の中にもあったことを喜んでいるでしょう。
だが、仏教の因縁とアゴン宗の因縁の意味が違うように、
梵行も意味が違います。
桐山さんの解説を抜きにして、阿含経の現代語訳だけを
読んでみれば、釈尊の説いた梵行とアゴン宗の梵行が
似て非なるどころか、中身がまるで違うのがわかります。
これは普通の国語力があれば十分で、私の説明が必要ないくらいです。
さらに普通の仏教を理解していれば、正反対の意味であることに気が付きます。
まず、桐山さんの説く梵行を見てみましょう。

202 :Q連続体:2007/11/26(月) 23:19:25 ID:StJtr5E1
>>200
指タン、少し怒っているようだ。
怒ると途端にいつもの切れが無くなる。
子供時代の暗い想い出?
このあたり七氏さんとは見解が違うようだね。
私は自分で言うのは気恥ずかしいが
女性にはもてたよ。
その頃はゲイカじゃないが紅顔の美少年だったし。
今でもその頃の面影があるよ。

203 :神も仏も名無しさん:2007/11/26(月) 23:20:06 ID:PpwtZLLL
出家経@梵行@桐山梵行

『仏陀の真実の教えを説く阿含経講義』175頁
「「梵行って、なんですか?」
などと質問する人さえいるかもしれません。
梵行とは「浄め、高める修行」です。まず、法にしたがって身を浄める。また、先祖供養をし
て不成仏霊・霊障のホトケを成仏させる、という霊的な浄化もこれに入ります。それから、仏さ
まのお手伝いをして徳を積み、自分を高める。このように「浄め、高める修行」が梵行です。」

アゴン宗の梵行は二つに分かれており、
梵行1.霊的浄化・・先祖供養による不成仏霊、霊障のホトケの成仏や因縁切り。
梵行2.積徳行・・アゴン宗のイベントの手伝い、布教活動など。
いずれも信者さんにはお馴染みの内容です。
釈尊もまた霊的浄化、積徳行を説いたと桐山さんは言っている。
『ダルマチャクラ』(38号、1992年)には今回の本と同じ内容が載っています。
桐山さんは前に出家経を本に引用した時は違う説明をしています。

204 :Q連続体:2007/11/26(月) 23:20:33 ID:StJtr5E1
あ、それと一応優等生だったよ。


205 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/26(月) 23:21:30 ID:450AFPBF
>>159 Q連続体 2007/11/26(月) 21:03:51 ID:StJtr5E1
>さて意生身です。
>>>31にあるように、スレ132の262さんが
>身命経の誤訳の可能性を書いていますが、
>もう少し早くこの情報が出ていれば
>七氏もユビキタスも沙門果経を引き合いに
>せずともよかったのですが、残念でしたね。

そんなことはありませんよ。
身命経の意生身が誤訳である可能性がもっとうんと早くに示されていたとしても
こちらは変わらぬレスの仕方をしてあげたでしょう。
なぜならば沙門果経なんて桐山さんも説きもせぬ経典から意生身なんか出してきた
のはあなたの方なんだから、こちらもその沙門果経意生身と桐山身命経意生身と
どういう関係がある?と疑いをこめて質問するのは当然です。
この時身命経意生身誤訳説など関係ありません。
誤訳説はなかなか説得力はあるが、あくまでも可能性に過ぎない仮説なんです。
だからこれを以て、身命経に意生身なんか無いなんてことは言いません。
まだ学説にも定説にもならないものを鬼の首を取ったかのように騒いで示したりしません。
そういう説もあるが、ここではあくまでも婆磋は意生身という言葉で質問して
釈尊もまた婆磋の使った意生身をそのまま使用して返して、しかし問題点を慢という煩悩に目を向けさせているのであり、
ここで「ほ〜ら、釈尊は意生身という言葉を使ったという事実は意生身を認めた、
霊魂みたいのを認めたことになるんだ」なんてアホ話にはならないことを論じているのです。
誤訳説はさておき、あくまでも経典に沿って解説してるのです。
これは私も七氏さんも共通です。

206 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/26(月) 23:23:04 ID:/lxcx/vJ
>>202
> 私は自分で言うのは気恥ずかしいが
> 女性にはもてたよ。
> その頃はゲイカじゃないが紅顔の美少年だったし。
> 今でもその頃の面影があるよ。

はいはい。そんな確かめようのないことを言ってないでちゃんと根拠があっての
ことならいくらでも説明できることに答えなさい。

で、Klingo〜n改めQ連続体よ、何時になったら「第九識=霊魂」の筋道通った
根拠や典拠見せてくれるの?
桐山が言ってるから?学者でもなければ僧侶ですらない桐山の言うことなど
根拠などになりません。それは「あくまでも桐山の臭い口が勝手に言ってる」に
過ぎません。

もしかしたら根拠とか典拠の意味が解らないのかな?
経典や論書、実績ある学者の説などを引用すればいいんだよ。わかったかな?
既に説明したような真っ赤なウソをつくなよ。

207 :神も仏も名無しさん:2007/11/26(月) 23:24:17 ID:PpwtZLLL
出家経@梵行@前と内容が違う

『末世成仏本尊経講義』212頁、1986年
「〔梵行〕この義に二つあり。一は出家者の梵行で、男女の欲を禁じ、肉食を断ち非時に食事をせぬ等のき
びしい行を守る出家の梵行。二は在家者の梵行で、財物を寄進し、或いは仏の教法をひろめんがために身
心をささげる在家の梵行。」

註解として「・・あり。」などとあるから、漢文経典や辞書の説明の
ようですが、これは桐山さんが書いた内容です。
今回の本の説明と違うことに気が付きましたか。
ここでの梵行とは、
1.出家のための性的な禁止、肉食禁止などの戒律
2.在家が金と労力を出し、信者を獲得すること
今回の本の梵行の説明と大きく違うのは、霊的浄化がない点です。
この本が出たのは1987年で、霊障による地球壊滅を予言し、
霊的浄化を声高に叫び始めていた。
ところが、その時の梵行には霊的浄化なんてありません。
なぜだと思いますか。
桐山さんの話は「その場しのぎ」「思いつき」だからです。
桐山さんのいう梵行は仏教としての厳密な意味ではなく、
アゴン宗というオカルト仏教を釈尊も説いたかのように見せかけるのが
目的だから、ちょっと時間がたつとこんなふうに別な話になってしまうのです。
桐山さんの話がいかにいい加減かを示す例です。

208 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/26(月) 23:24:18 ID:450AFPBF
>>204
優等生の割に人気がなかったとか、友達が少なかったとか?
なぜだろう?どこに問題があったのだろう?

209 :神も仏も名無しさん:2007/11/26(月) 23:27:10 ID:PpwtZLLL
出家経@梵行@肉食

『末世成仏本尊経講義』212頁、1986年
「〔梵行〕この義に二つあり。一は出家者の梵行で、男女の欲を禁じ、肉食を断ち非時に食事をせぬ等のき」

話が少しそれますが、桐山さんは「肉食を断ち」と書いていますが、
釈尊の時代の教団にはこんな習慣はありません。
仏教は不殺生を説き、日本では禅宗などの精進料理などがあるから、
釈尊は肉食を禁止したと信じている人が多い。
釈尊は出されれば肉食をした人です。
阿含経を読破し体得し、自らも栄養講義をする桐山さんが
こんなことも知らないなんておかしい。
信者さんたちは小さいなミスだと思うかも知れない。
でも、それでは桐山さんの正体が見えない。
こういうちょっとした所に仏陀の智慧を持つという桐山さんが、
どの程度仏教を知っているのか、また知性の程度が見えているのです。
信者さんたちだって、桐山さんの法話や本を読んで「あれ?」と
思ったことが一度ならずあるはずだ。
「あれ?」はたいてい正しい。
話を元に戻すと、アゴン宗の梵行の意味はわかりましたから、
次に、仏教の梵行の意味を学びましょう。

210 :神も仏も名無しさん:2007/11/26(月) 23:28:50 ID:PpwtZLLL
出家経@梵行@仏教辞典

『岩波仏教辞典』
[梵行]清らかな行い.すなわち出家者が戒律を守って禁欲の生活を送ること.
特にあらゆる性的な行為を慎むこと.

『日本佛教語辞典』663頁
[梵行]禁欲の訳。禁欲を実行する修行。

『総合佛教大辞典』1324頁
[梵行]浄行とも訳す。きよらかな行為のこと。
梵天(色界に含まれる)は淫欲を断っているから、淫欲を離れることを梵行といい、
反対に淫欲の法を行うことを非梵行という。
また戒を守ること、さらには広義においては欲を離れる八正道などの修行をも梵行という。

『仏教・インド思想辞典』427頁
[梵行]このヒンドウー教における梵行の意味を受けて,仏教における梵行も,基本的には
欲望を離れ,淫欲を断って性的行為を遠ざけるという,いわば絶対的禁欲生活を送る
ことを意味する.出家修行者はつねに淫欲を断ち,戒律を守り,犯すことなく,清浄
なる身を維持しなければならない.また在家信者においても,布薩会の日には,性
的行為を断ち,絶対的禁欲生活を送らなければならないとされる.さらに,このよう
な原意から発展して,広義としては,ブッダの教えに従い,戒律を守りながら,悟
り,涅槃をめざして修行すること全般をも意味し,たとえば,八正道を実践する
ことなども梵行と称する.

211 :神も仏も名無しさん:2007/11/26(月) 23:30:18 ID:PpwtZLLL
出家経@梵行@『岩波仏教辞典』

[邪淫]仏教では輪廻(りんね)の世界の本質を渇愛(かつあい)に求めるが,
渇愛とは根源的な愛欲(kama)をその実体とする.
この根源的愛欲は性欲として発現するのであるから,
輪廻からの解脱(げだつ)を目的とする原始仏教ないし部派仏教においては,
この性欲を抑制する梵行(ぼんぎょう)が仏教の修行法の基本となり,
逆に性行為は違反の最たるものとなる.
したがって出家者に対しては性行為はいかなる意味においても
戒律(不婬戒)によって禁止される.
それに対し,在家信者に対しては現世および後世に悪法を招くような
邪な性行為だけが禁止され,<邪婬戒>(不邪婬戒)として在家の五戒の一つをなす.

212 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/26(月) 23:31:58 ID:450AFPBF
ずんだゴンさんお目当ての七氏さんは当初より予告編を出して課題を掲げていた
出家経梵行論を始めたところだから、おあいにく様ずんだゴンさんに今晩レスが入ることはなかろう。
待ってないでおとなしくネットカフェを後にしなさい。

213 :神も仏も名無しさん:2007/11/26(月) 23:33:48 ID:PpwtZLLL
出家経@梵行@梵行とは禁欲

辞書の間の説明の差はほとんどありません。
梵行は、仏教以前から、バラモンがヴェーダの習得期間は欲望を
断ったことを指していたようです。
仏教もこれを採用し、簡単にいえば禁欲、特に性的な禁欲を意味するようです。
出家は性的な禁欲は当たり前ですが、在家はそうではありません。
在家の不邪淫戒には、夫婦間の性的な関係などは含まれません。
不邪淫戒を守ることも梵行の初歩の段階です。
在家の中には一歩進んだ梵行として性的禁欲なども修行をしていた。
普通はこれを梵行といったのです。
信者さんたちは読んで驚きませんか。
辞典での梵行の解説には霊的浄化も積徳行もありません。
梵行にも狭い意味や広い意味など、いろいろあるようだが、
そのどれと比較しても、アゴン宗の梵行とは全然内容が違う。

214 :Q連続体:2007/11/26(月) 23:35:11 ID:StJtr5E1
>>205
>釈尊もまた婆磋の使った意生身をそのまま使用して返して
そういう解釈には賛否両論です。
それとこういう解釈もできますよ。
経典には書かれていないが、
普段、釈尊は意生身なる言葉を使っていたのかも知れない。
それをバシャが偶然聞いていて、
質問する際に「意生身」という言葉がつい口をついた。
こんな推理だってできるんです。

あなたのような解釈もそれは推理だろうと
言われてしまう可能性があります。
だが262さんのような話はそういった曖昧さが無いので
かなり有力な説になり得ます。

215 :神も仏も名無しさん:2007/11/26(月) 23:37:42 ID:PpwtZLLL
出家経@梵行@全然違う

桐山梵行と仏教の梵行では似ても似つかない。
これだけで桐山さんの嘘は十分に証明されたようなものです。
仏教の梵行には霊的な浄化や積徳行なんて意味はありません。
これは釈迦仏教か大乗仏教かすらも関係なく、
仏教で梵行といえば禁欲であり、主に性的な禁欲を指します。
アゴン宗の梵行は桐山さんの作り話、オカルト仏教用語です。
信者さんたちには驚き、ショックを受けてほしい。
出家経での梵行の話は在家信者にとっては重要なポイントです。
梵行のあるなしでシュダオン、シダゴン、アナゴンと結果が違う。
アゴン宗においても梵行は重要な修行です。
意味や内容が釈尊の説く梵行と違っているのでは話しにならない。
だが、信者さんたちはどこまでも桐山さんを信じたいだろうし、
学者など学者にすぎないと思っている。
そこで、いつものように釈尊ご本人に説明してもらうことにしましょう。

216 :神も仏も名無しさん:2007/11/26(月) 23:40:11 ID:PpwtZLLL
出家経@梵行@婆蹉種出家のいう梵行

出家経で釈尊は梵行そのものの説明はしていません。
だが、梵行をするかしないかで結果が違ってくるという説明をしているから、
梵行をした者としなかった者の説明を差し引けば、それが梵行の説明です。
まず、婆蹉種出家が梵行をどんな意味に使っているか見てみます。
『仏陀の真実の教えを説く阿含経講義』の157−158,
171−172頁で婆蹉種出家は、
・在家で梵行をする人
・在家で梵行をしない人
で二つに分け、さらに男女の違いで合計四種類に分けて質問しています。
梵行をする人、しない人のことを婆蹉種出家の表現の差だけを見ると、
・梵行をする人→「梵行を修し」(157,171頁)
・梵行をしない人 →「五欲を受けて生きる」(171−172頁)
とあり、つまり、梵行を修するとは五欲を「受けず生きる」ことであり、
梵行をしないとは五欲のままに生きることです。
五欲とは桐山さんも説明しているように(178頁)、五感に関わる欲望の
ことですから、婆蹉種出家のいう梵行とは、五感に関わる欲望を
抑えるという意味で、仏教辞典の意味と同じです。
婆蹉種出家の述べている梵行には、どこにも桐山梵行のような
霊的浄化や積徳行の意味はありません。
次は釈尊のいう梵行の意味を見てもみましょう。

217 :Q連続体:2007/11/26(月) 23:40:13 ID:StJtr5E1
>>205
まあ、ここはひとまず、
意生身は誤訳であるという説が出てきたのだから
批判側は一安心できるんじゃないかな?
そんなにムキになって理屈を並べる必要は無いと思うよ。
私が批判側ならそう思って安心して眠りにつきます。

218 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/26(月) 23:41:45 ID:/lxcx/vJ
>>217
おまえは意生身がどうこう言う以前にこれにお答え。

で、Klingo〜n改めQ連続体よ、何時になったら「第九識=霊魂」の筋道通った
根拠や典拠見せてくれるの?
桐山が言ってるから?学者でもなければ僧侶ですらない桐山の言うことなど
根拠などになりません。それは「あくまでも桐山の臭い口が勝手に言ってる」に
過ぎません。

もしかしたら根拠とか典拠の意味が解らないのかな?
経典や論書、実績ある学者の説などを引用すればいいんだよ。わかったかな?
既に説明したような真っ赤なウソをつくなよ。

219 :Q連続体:2007/11/26(月) 23:42:02 ID:StJtr5E1
というところで、そろそろここを出ますかな?

では皆さん、いい夢を。

220 :神も仏も名無しさん:2007/11/26(月) 23:42:42 ID:PpwtZLLL
出家経@梵行@釈尊のいう梵行

釈尊は、「五欲を受けて生きる在家信者」という婆蹉種出家の質問を受けて、
この部分を次のように言い直しています。

「・・妻子を持って仕事を行い、香水や香木、花、宝石で身を飾り、
男女の使用人をたくさん持ち・・」(172頁)
「・・家庭に入って、男女の使用人をたくさん持ち、五欲にしたがって生き、
香水や香木、花、宝石で身を飾りつつ・・」(172頁)

これが釈尊のいう梵行でないこと、非梵行です。
簡単に言ってしまえば、普通の人が普通の欲望のままに生きることです。
妻子や家庭というのだから、妻や夫とは性的な関係も持ち、
仕事や家事を切り盛りするのだから、普通に働き、蓄財し、消費し、
五感を楽しませながら、身を飾る程度のことはする人たちです。
つまり、今日の在俗の我々のことです。
ただし、彼らは釈尊の説く教法と律は守っていますから、
どこかの教祖様のように愛人を持ち、高級品を身につけ五欲を強く
満たそうとするとか、嘘を並べて人を霊的に脅かして、
超能力獲得という嘘をついて金と人を集めて、伽藍を誇り、
所有欲や名誉欲を満たすような、欲望そのものを追求するということはありません。
梵行をしないとは、普通の世俗的な欲望を満たしている在家信者のことです。
ご覧のように、釈尊の説く梵行のどこにも桐山梵行のような
霊的浄化、積徳行なんてありません。

221 :神も仏も名無しさん:2007/11/26(月) 23:50:31 ID:KmVQfEjU
出家経@梵行@桐山ゲイカと逆の生活が梵行

釈尊の説く在家の梵行とは、妻や夫がいても性的な関係を持たず、
もちろん、他の人との性的な関係や関心も断ちきり、
身を飾らず、花や風景で目を楽しませることもせず、囲碁なんて娯楽もせず、
耳を楽しませる音楽も聴かず、目を楽しませる映画や演劇も見ず、
食事は必要最小限にして、睡眠も貪らないことです。
もちろん、これらの梵行は教法と律を守ることが前提です。
だから、どこかの教祖様とは逆に、嘘をつかず、
脅かして信者の金を盗むこともせず、
死者をもう一度殺すような殺生もせず、
焚き火をして好運を得ようなどという欲の皮をつっぱらせず、
ホテルオークラで信者には安いワインを飲ませ、自分は高級ワインに
舌鼓を打ちながら、成り上がり者を満喫するということもしない。
桐山さんは音楽はかまわないなどと言っているが(178頁)、
いかにこの人が釈尊の教法を理解していないかをよく示している。
信者さんたちは釈尊が何を基準としているかわかりますか。
「生きていく必要最小限」です。
この最小限の度合いが、在家には段階があり、厳しくしたのが梵行です。
「在家信者として生活できる必要最小限」の欲望に留めるのが梵行です。
性関係、香水、花、音楽がなくても生きていられる。
こういう生きるに必要のないものをすべてカットして、
食事、睡眠など最小限にする。
自分の欲望や執着を刺激するものを排除し、制御するのが梵行です
これをもっと厳しく徹底したのが、出家の戒律であり、
彼らと在家の梵行の違いは、仕事や家事など社会生活をすることでしょう。
桐山さんは出家だというのに梵行とは正反対の生活をしている。
仏教の梵行からみたら、桐山さんは在家以下なのです。
欲望のままどころか、欲望を増やしている彼が聖者であるはずがない。

222 :神も仏も名無しさん:2007/11/26(月) 23:54:02 ID:KmVQfEjU
出家経@梵行@出家経はアゴン宗の梵行が嘘だという証拠

桐山さんのわかりやすい現代語訳を信者さんたちも
しっかりと読んでみてください。
出家経での釈尊の説く梵行には霊的浄化や積徳行なんてありません。
文言もなければ概念もありません。
先祖供養や死者成仏もないし、僧侶への布施すら説かれていない。
アゴン宗でいう徳を積めなんて釈尊は説いていない。
何の脈絡もなく、桐山さんは唐突に梵行を霊的浄化と積徳行だと説明している。
だが、経典はそんなことは書いていないばかりか、
釈尊は梵行の内容を言葉でちゃんと説明しているのです。
これは経典解釈ですらなく、文章の読解の問題にすぎない。
出家経の梵行に霊的浄化や積徳行なんて意味は逆さにふっても出てこない。
信者さんたちが梵行だと信じている内容など桐山さんの作り話だと
これを見てもはっきりわかる。
出家経は、釈尊がアゴン宗のいう梵行など説いておらず、
桐山さんの嘘、オカルトだという証拠の阿含経なのです。

223 :神も仏も名無しさん:2007/11/26(月) 23:57:59 ID:KmVQfEjU
出家経@梵行@人と金

桐山梵行は釈尊の説く梵行とは内容が明らかに違うのに、
どうしてこんな嘘を桐山さんは堂々と言うのでしょう。
答えは桐山さんの梵行の説明にそのまま出ています。
桐山梵行である霊的浄化と積徳行の共通点に気が付いたでしょうか。
一見宗教的な話しのようですが、両方に共通する点がある。
信者に「人と金を教団に差し出せ」と言っているのです。
批判側の悪口などではない証拠に、桐山さんは何度も口にしている。
例祭法話ではさすがに言わないが、定例会など昔は修行者しか
参加しなかった時期もあったから、内々の会合という雰囲気があって、
こういう場面で、桐山さんは本音をもらした。

224 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 00:00:43 ID:TLy4d9lw
出家経@梵行@人集め金集めこれしかない

1991年3月3日、定例会
「人を集め、金を集めているんですよ、私の今やっていることは。」
「十何年、二十何年というもの、一生懸命、金を集め、人を集め、これしかないわけです。
そのために法を説き、法を施しているわけでしょう。」

これは関東の定例会での桐山さんの発言です。
これはメモだが、違うというなら、ぜひビデオを聞いて、
どのように言っているのか書いてほしい。
関西の法友から、関西でも「金と人がほしい」の本音が出てしまい、
ビデオの貸し出しが中止になったという話があった。
法友は定例会に出ていて、その耳に聞いたと言っていた。
九州から関東に来た某大先達は、九州の道場建立で、桐山さんが
「君たちは熱心な人たちだから話すが・・」と前置きして、
金と人が欲しいという本音を聞いたという。
この某大先達は今でも最前線で活躍している人です。
こういう桐山さんの本音がそのままであることは、
現実に桐山さんのしていることを見れば十分です。
定例会での発言どおり、「金集め人集めのために法を説いた」。
「これしかないわけです。」と本人がいうくらいで、
今回の杭打ちという法を説いて、金を集める方法を教えて、
桐山さんが金と人を集めた。
集財の法というが、集財したのは桐山さんの懐だけです。

225 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 00:07:34 ID:TLy4d9lw
出家経@梵行@釈尊の梵行とは正反対

釈尊の説く梵行と、信者さんたちのしている梵行は正反対だと気が付いているか。
釈尊は欲望を減らせと説いているのです。
ところが、信者さんたちは何をしているのだ?
財運強化・杭打ちの秘法?
釈尊の梵行では金銭的な欲望を減らすのです。
ところが、信者さんたちは逆に、釈尊の名前を使って、
金銭欲を増大させることをしている。
財運強化なんて、釈尊のいう梵行と正反対だと気が付きませんか?
そういう欲望を減らせと説いているのに、
なんでわざわざ釈尊の名前を使って増やそうとするの??
杭打ちの秘法は、大餓鬼が餓鬼の秘法とやらをエサにして、
小餓鬼の金をくすねたにすぎない。
これを釈尊は非梵行と呼んでいる。

226 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 00:14:38 ID:TLy4d9lw
出家経@梵行@アゴン宗こそ非梵行

アゴン宗の梵行だという霊的浄化も同様です。
霊的浄化の中身とは、釈尊が否定した死者成仏です。
釈尊が霊的浄化なんて説くはずがない。
阿含経のどこをひっくりかえしても霊的浄化に相当する言葉も概念もありません。
釈尊が出家経で説いているのは自己の煩悩の浄化です。
霊的浄化なんて言葉はきれいだが、実際は解脱供養、冥徳供養、
そして護摩木という金集めと、釈尊が禁止した護摩のイベントです。
霊的浄化という名前を使い、金集め、イベントによる売名こそが
桐山さんの本音です。
これのどこが梵行なのですか。
欲望を減らせというのが釈尊のいう梵行なのに、
桐山さんは逆に金集め、人集め、売名と欲望を増やす努力をしている。
信者さんたちはまだ気が付きませんか。
「アゴン宗の梵行」=「桐山ゲイカの肥大した欲望を満たす手伝いをすること」
信者さんたちのしている梵行とは、桐山さんのはてしない欲望拡大の
お手伝いをしているにすぎない。
釈尊は欲望のままであることを不浄と説いている。
信者さんたちは桐山さんの不浄のお手伝いをしているのです。
桐山さんの欲望の手伝いをし、自らも欲望を増やすことが非梵行です。
死者が不浄なのではなく、欲望を増大させている桐山さんと信者さんたちこそ、
仏教では不浄なのです。

227 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 00:20:45 ID:bCg1qTV4
>>208
性格が悪いからでしょ。
私文書さんの質問をまったく無視して、自分の書きたい事だけ
書く人だからね。
皆、もうわかってるよね。

228 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 00:22:27 ID:KOC03iGr
聖徳大使は
神と仏を同時に信仰し大乗にて可能なそうな
そして(ユビキタス)ネットワークの原点だそうな。

ユビキタスのHNはここから意図してつけたのかな?

229 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 00:30:33 ID:0JqTdYiH
黒幕は統一協会だったのかw


230 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 00:30:48 ID:GrABCrW7
だから、ちまたの霊能者、拝みやのインテリが
本よんで、思い込みだけで立てた教団なんだって
それが時代の波にのって大うけしただけ・・・
今や過去の遺物。
まだガタガタ論争だとかぬかしている奴らもバカ
それだのことだよ。

231 :樹意:2007/11/27(火) 00:42:32 ID:X5roTAmv
>>186

> あれ〜?おまえ信者じゃ無いって言ってなかった?
> 「解脱供養は非会員でもできる」と言って会員番号晒すのバックレたじゃん?

確かに その節はそのように書いていたもようです、ゲイカのお弟子だけあって
その場その場で 書かれているのでしょう。

仏陀が沙門果経で説かれる意生身は 片山一良氏訳経典によると
占いをしない護摩を焚かない等戒を満たし 煩悩から離れた比丘が
作りだすものとの事です。

ゲイカはこういうものの概念はきっちり分けていて 凡夫の生死は分断生死
こういった聖者の生死は不思議変易生死。
不成仏霊も成仏した方も オンナジと言っているのと同様だから、まぁ
那菜氏さんと戯れに きたのでしょう。
沙門果経なんてものをゲイカの擁護に持ち出す神経というのは 私は
理解できません。 私が教団関係者だったらやめてくれと言うでしょう。




232 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/27(火) 01:05:18 ID:JQetYgpp
>>228
昨日の夜のテレビ朝日系の聖徳太子の特番見てた?
私も見てた。
聖徳太子が築いた斑鳩の里は「いつでもどこでも情報につながる」ユビキタス
ネットワーク社会の先駆だったという堺屋太一論ね。
あの番組見て、聖徳太子のハンドルネームで書いてやろうと思ったよ。
仏教も神道もとかそういう宗教的な意味だけにユビキタスを使用したのではない
と思うよ。あの番組の趣旨は。
また私も宗教的意味をユビキタスに添えたことはない。
参加当時からケータイでアクセスして読んだり書いたりしてることから
いつでもどこでもネットにつながるユビキタスワーキングと言えなくもないと
いう意味でユビキタスを使用した。
2002年のことでまだ覚えたての用語だったんだけど。
まだユビキタスという用語自体そんなに広まってなかったけど。
有明のビッグサイトとかにITの展示会を見に行った時に目にし耳にした用語さ。
展示会に行った目的はコンパニオンのおねいさんで、カメラ小僧もしていた。
まだ信者だった時だけど、当時からその点は脳天気でして。
退会宣言をして批判側に回った時に改名も頭をよぎったんだけど、敢えて
「昔の名前で出ています」ということで、大して気に入ってもいないユビキタスを名乗り続けることにした。
擁護側信者から批判側元信者に至るプロセスを忘れずに大切にしようと考えてね。
最近展示会に行ってません。
コンパニオンに飽きました。
モーターショーも行ったけどちょうど新車に乗り換える時なんでクルマばかり見てた。
でもセーラー服は未だに目の色が変わりますね。
夏の高校野球予選をまた見に行きたい。

233 :樹意:2007/11/27(火) 01:07:58 ID:X5roTAmv
>>214

> 普段、釈尊は意生身なる言葉を使っていたのかも知れない。
> それをバシャが偶然聞いていて、
> 質問する際に「意生身」という言葉がつい口をついた。
> こんな推理だってできるんです。

一切煩悩経注釈には 内に霊魂があると捉え、いろいろ思惟するのは
見の煩悩になるとの事です。

つまり 私 を前提にいろいろ思惟するのは五蘊の一部である(識)を増長することになる。
それに対して煩悩を離れた比丘がつくるものとは概念が違うわけです。
感覚器官に引きずられた識とは一線を画すものであるのでしょう。

経典を引用してみましょう。
「かれは、このように邪に思惟します。(私は過去に現れたのか、過去に現れなかったのか。
過去に何になったのか。過去にどのようになったのか。私は過去に何になり、その後
何になったのか。私は未来に現れるのか。未来に現れないのか。未来に何になるのか。未来に
どのようになるのか。私は未来に何になり、その後何になるのか)と。あるいはまた、〈今、
現在、私は存在しているのか。存在していないのか。何であるのか。どのようにあるのか。
この生けるものはどこから来ているのか。かれはどこへ行くものになるのか〉と、
内心に疑いを抱きます。
方山一良氏訳 マッジマニカーヤ 一切煩悩経
無明を縁とし 煩悩 渇愛を縁とし生じる識を 私という認識で捉えるのは見の煩悩
になるわけです。
煩悩を離れた比丘の意と 凡夫の識では違いがあるし 何より仏陀本人が煩悩の扱い
としているものを 仏陀が説いたと同じくくりで扱える道理は無いわけです。


234 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/27(火) 01:38:16 ID:JQetYgpp
>>172 Q連続体 2007/11/26(月) 21:21:51 ID:StJtr5E1
>沙門果経意生身と身命経意生身が
>別物であることを知らなかったことを批判されたと思っている。
>ちがうのです。
>両者は同じものです(別に違っていても構わないのですが)
>ただ経典によって違う性質が説かれている。
>見る角度によって両者のちがう性質がわかかります。
>一方の顔は「生きている解脱者が作るもの」であり、
>もう一方の顔は「死んだ衆生に関係しているもの」です。

ハア???





ハア???の解説までは明日の朝では間に合うまい。
まあ気長に待ちなさい。
そのアホな理屈に反論する。
しばらく待ちなさい。
しかしその都度言うことが異なるな。
結局出神霊魂説に持っていきたかったようだし。
相手に合わせてレスを付けるのは本当に疲れる。
辛抱が必要ですね。精神科医、臨床心理カウンセラーのごとく。

235 :米国の告発、W田を斬る:2007/11/27(火) 05:30:33 ID:NFzdNxPi
W田N子のプロフィール
阿含宗財務局長 
現在、阿含宗の実質的な総責任者であると職員、及び関係者。
W田局長は、純真な本部の派遣職員二人を懲戒解雇し、
そして幹部をカリフォルニア支部に送り込んで、
米国の職員には雇用契約サインを強制し、信者から不審を問われていた
悪と知っての元カリフォルニア支部職員S崎一人を職員として残し、
S崎と米国の弁護士を使用して諸々の真相を知ってしまった元職員、
信者に対して行なった行為は、不当解雇、脅迫、ハラスメント、
名誉毀損、誹謗中傷、そして詐欺である。
その行為は仏教者とは名ばかりの信じられない行為である。
*W田局長からの指示でハラスメント行為中のS崎は
「本部(W田局長)は私を信者から守ってあげる。」と言っていたと他言。




236 :米国の告発、W田を斬る:2007/11/27(火) 05:32:03 ID:NFzdNxPi
告発してきた今迄の最初のあらすじ
1) 米国阿含宗カリフォルニア支部閉鎖に至迄の真相
   事件はすべて金銭と陰謀に絡んだ一連の出来事です。
事の起こりは1999年頃、S崎がK斐職員の紹介によりカリフォルニア支部で
アルバイトで経理担当(後に職員となり、カリフォルニア支部の責任者となる。)
として働き始めてから不正を始めていった。
仏舎利基金の行方不明、
及び米国で起きた数々の事件は米国の信者、職員を巻きこみ信者の個人情報を
流していた犯罪人と言われている元カリフォルニア支部職員S崎Y子と阿含宗幹部との関わりと、後に責任者W田局長がS崎に寝返った後は、S崎一人を職員として残し、
S崎に指示して元職員に行なった行為は悪質きまわりなく、
しかし、最後には結局S崎に定款を変えられ、阿含宗カリフォルニア支部を
乗っ取られる。そして阿含宗はS崎を訴訟。
しかし、それは原告の阿含宗側がS崎に和解金を支払って終わりとなる。

注: *事件を聞き阿含宗とS崎の裁判を観てきたある専門家の米国人は、
『いざ裁判が始まってみたら宗教という中で行なわれた、宗教団体とS崎との
どちらもひけをとらない知能的犯罪性の悪質さに驚かされた。
この犯罪に非常に興味がある。』と言われていた。


237 :米国の告発、W田を斬る:2007/11/27(火) 05:34:30 ID:NFzdNxPi
2)
関連して現在騒がれている売却した阿含宗ニューヨーク土地に関して
S崎との裁判でS崎に土地を追求されていたW田さんは、2005年10月に
$1,5ミリオン(約1億8千万円)の利益を上げてS崎との和解後に売却。
後に元職員側から土地の質問に対して阿含宗弁護士は『W田さん個人のものである』
と断言。(失言?)
本部経理職員によって暴露された日本からニューヨークに不明な2億円の送金。
当時、ニューヨークセンターで働いていたK斐元職員とW田局長とのそれらの
金銭関係のやりとりに対する証言.

これからの後半は詐欺としての証拠を載せていきます。


238 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/27(火) 08:45:45 ID:JQetYgpp
>>161 Q連続体 2007/11/26(月) 21:07:10 ID:StJtr5E1
>その話の前に一言。
>くどいようですが、
>「概念」とは「一般化された考え」を言うのであり
>意生身の概念とは「意識だけの存在」を言います。
>それ以外の概念はありません。
>ユビキタスは「概念」という単語の意味を知らずに使いました。

だからその問題については、あなたがもたもしているうちに前スレが落ちたので
コピペできなくなったが、そちらの言い分を認めてあげて、概念という言葉を
取り下げて、あなたが書いた別の用語に置き換えています。
本当は取り下げる必要もなく、概念にも広義の概念と狭義の概念があるのだ。
意生身を一つの言葉で述べよと問われたら、広義の概念として「肉体を伴わずに
意識だけで生きている存在」と示すしかない。
しかし意生身の基本概念だけを示しても、それで全ての説明がつくというものではない。
その一つ一つの用例についてさらに細分化分類が必要なんです。
だから岩波仏教辞典を示したように、意味も用例も幾通りもあるのです。
狭義の概念とも言うべきものに分かれる。
しかし私は概念という言葉にこだわる気もなかったので、面倒臭いし、ハイハイ
私の使った用語が適切でなかったということにしてあげて、あなたの使う用語に
準拠しましょうと妥協したのだ。
その分類によってもやはり沙門果経に説かれる意生身と身命経で婆磋が示した意生身
とは混同できないものです。いくら同じ意識だけの存在でも。
片方は釈尊も経典でそんな芸当も可能になっていると説き、片方は婆磋が述べて
釈尊がそれをオウム返し的に使ったとて死者の意生身を認めたという話にはならない。

239 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 12:34:03 ID:6FGe3WE4
>>230 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 00:30:48 ID:GrABCrW7
>まだガタガタ論争だとかぬかしている奴らもバカ

と言いながら、まだ信者のままでいるあなたはバカではないのですか。
過去の遺物だと言いながらも、
桐山さんの霊能力だけは信じるそうですね。
付き合いが長いあなたのために何度でも書いてあげます。
仏舎利カスケットの中には長い間仏舎利は入っていなかった。
だが、あなたはそこから聖なるバイブレーションを感じた。
神仏があなたに目を覚ませと横面をはたいた瞬間だとは思わないか。
空のカスケットから聖なるバイブを感じていたあなたもおかしいが、
それに気が付かない桐山ゲイカの霊能力をあなたはどう思うか。
桐山さんに霊能力なんかありゃしない。
彼にあるなら、空のカスケットを有り難く拝んでいた大バカな私やあなたにもあることになる。

240 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 12:40:25 ID:6FGe3WE4
出家経@借金@仏道修行は借金の返済?

『仏陀の真実の教えを説く阿含経講義』176−177頁
「今までの自分の煩悩がつくった業(カルマ)や不徳は、借金のようなものです。十結煩悩がき
れいになくなっても、業や不徳という借金は消えません。それらをなくすには、仏の加持力と不
徳を消すだけの徳が絶対に必要です。その仏の加持力と徳を得るのが梵行なのです。」

信者さんたちが仏教について大きく誤解している元となった文章が上記です。
桐山さんは「借金の返済」というわかりやすいたとえを用いている。
信者たちは、仏教を次のように信じている。
「自分には前世や先祖が作った悪因縁(業や不徳)という借金があり、
これを返済しないから、様々な不幸がおきる。
オシャカさんはこの借金の返済を説いたのである。
悪因縁を持っているのも、先祖に霊障のホトケがいるのも、
すべて前世での自分の悪業という借金が原因である。
オシャカさんとは、梵行として金と人と労力という形で貢ぐと、
それを徳という形に“換金”してくれて、
これを借金の返済にあててくれるありがたい金融聖者様なのだ。
この借金返済こそが梵行であーる!」
桐山さんの文章を具体的に説明するとこのようになる。
釈尊のいう梵行にはこんな意味がないことは説明した。
こんなふうに露骨に金銭にあてはめて説明されると、
桐山さんの借金のたとえがいかがわしいことに気が付きませんか。

241 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 12:47:07 ID:6FGe3WE4
出家経@借金@釈尊が説いていない借金返済

信者さんたちは、仏道修行とは前世で作った“借金”を返すことだ
という桐山さんのたとえを信じている。
借金返済は俗人には現実的でわかりやすいたとえだからです。
だが、出家経をよく読んでみてください。
釈尊は前世や過去の“借金”の話しなど一言もしていない。
釈尊が前世の借金返済業をしているのなら、
どうしてこれだけの説明の中に一言も出て来ないのですか。
釈尊が説いているのは、今自分が持っている煩悩のことだけです。
そういう目で読んでみてください。
釈尊は「今の自分」のことしか話をしていない。
前世でどんな悪業をなしたかなど、ただの一言もない。
ましてや死んだ先祖という自分以外の話などしていないのです。
今の自分が何をすべきかを説いているだけです。
釈尊が説いているのは、先祖供養でも前世の借金の話でもなく、
「今の自分の煩悩を切れ」と言っているのです。
今の自分の煩悩(三結、五下分結等)を切った度合いに応じて、
解脱の境涯が進むと説いているのです。
釈尊の言葉を素直に読んで、桐山さんのいう“借金”など
釈尊は説いていないことに気が付いてください。

242 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 12:51:20 ID:6FGe3WE4
出家経@借金@仏教の供養とは?

信者さんたちは三供養品の三福道や、如来への供養という言葉で、
まるで釈尊が、梵行として金や人を差し出すと、徳に換金してくれて、
借金返済にあててあげると説いたかかのように信じている。
だが、出家経の現代語訳を見てもわかるように、
釈尊はそんな事はただの一言も言っていない。
たしかに釈尊は出家に供養するようには説いている。
だが、それは出家が生きるのに必要最小限のものを提供するよう
呼びかけているにすぎない。
二千五百年前の食料も不足していた時代に、働きもしない比丘たちに
食べ物を与える人たちは少数だった。
彼らがひどく餓えていたのは経典のあちこちに出てくる。
マハーカッサパが自分の奥さんだった比丘尼に托鉢した食べ物を分け与えたため、
まだ奥さんに未練があるのだろうと非難された。
夫婦だった頃、金のワラジどころか、金の銅像で探させた三国一の美人の妻に
指一本ふれなかった彼にそのような心があるはずもない。
彼女が托鉢で食べ物がもらえず、見るに見かねるほどやせ衰え、
衰弱していたのでしょう。
当時は供養を受けられるかどうかは生死に関わるほどだった。
だから、釈尊は在家に供養するように説いたのです。
供養とは、比丘への衣食住の提供という以上の意味はなく、
信者が因縁や煩悩を切る見返りとして差し出すことではありません。

243 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 12:55:24 ID:6FGe3WE4
出家経@借金@誰が供養を受け取ったのか

信者さんたちは仏に供養すると徳という見返りをもらえると信じている。
だが、釈尊のいう供養には見返りはありません。
徳だろうが何だろうが、釈尊は取り引きはしません。
仏に供養した在家は善業を為したから、来世で善果は得られるだろうが、
善果は仏が授けるのではありません。
善業で善果が得られるのはこの世界の成り立ちであって、釈尊は関係ない。
いくら供養しても、釈尊は徳などくれないし、在家の煩悩も悪因縁も切ってくれない。
何よりも、信者さんたちは誰に供養しているのか。
すでに死んでしまった釈尊にいくら金や物を供養したつもりでも、
釈尊は必要がないから受け取らない。
衣食住の供養を受けたのは必要だったからです。
では、信者さんたちが供養した金と人は誰が受け取っているのか。
桐山さんです。
釈尊に届けるようなふりをしながら、すべて彼の懐に入っている。
受け取るはずのない釈尊の代理人のふりをして、
信者に金と人を出せと言っているのだから、これは宗教詐欺です。

244 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 12:57:40 ID:6FGe3WE4
出家経@借金@前世の借金返済などデタラメ

桐山さんの宗教詐欺の内容は三つある。
一つは、信者さんたちに前世の“借金”があると因縁をつけている。
二つ目は、釈尊が前世の“借金”を帳消しできると説いたと嘘をついている。
二つ目は、桐山さんは釈尊の代理人であり、信者さんから“返済金”を
預かり、“借金”の返済をしているかのような嘘をついている。
出家経を読めば、二つ目と三つ目は真っ赤な嘘だとわかる。
釈尊は前世の借金の返済をするようには説いていない。
もちろん、前世の借金の返済をしてあげるとも説いていない。
桐山さんに金や人を預けても、釈尊に届けたはずはないし、
そもそも釈尊はそんなものは受け取らない。
いくら信者さんたちが真心を込めて護摩木に金を払っても、
導きと称して人を勧誘しても、釈尊はそれらを受け取ることはない。
受け取っているのは誰ですか。
釈尊ではなく、桐山さんです。

245 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 13:03:37 ID:6FGe3WE4
出家経@借金@オシャカ金融業

借金があるかのように借金の証書を捏造してインネンを付け、
金を払わなければ死ぬぞと脅かすのは詐欺、恐喝です。
世間でこういうことをするのはヤクザ、暴力団です。
桐山さんのしていることはまさにこれです。
信者に自己申告させて、横変死やガンなど怖そうな悪因縁を付けて、
修行者宝鑑として授ける。
仏道修行のような立派な名前がついているが、ヤクザが捏造した借金の証書です。
自分の悪因縁もわからない桐山さんが他人の悪因縁などわかるはずがない。
借金を払わなければ横変死するぞと脅かす。
悪因縁や霊障や大災害で信者を脅かした後、
骨のオシャカが借金の帳消をする“オシャカ金融業”をしているかのように
話しを持ちかけ、桐山さんは代理人だと名乗る。
桐山さんの釈迦の成仏法とは“オシャカ金融業”の代理人という意味です。
ありもしない借金を作り、信者に借金があるかのように錯覚させ、
返済しなければタダでは済まぬと脅かし、釈尊まで引っ張りだして、
“オシャカ金融業”で金と人と労力を提供させるのが、
アゴン宗の桐山梵行です。

246 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 13:12:34 ID:6FGe3WE4
出家経@借金@『仏陀の真実の教えを説く阿含経講義』176頁

「欲をなくし、煩悩を滅したからといって、不徳がすべて消えると思いますか? それで消えて
なくなるならば、こんな楽なことはないでしょう。」

信者さんたちはこのもっともらしい一文を納得していることでしょう。
だが、釈尊は煩悩を滅することしか説いていないのです。
不徳(借金)をなくせとか、消してやるなんて説いていない。
だから、この一文の問いかけ自体が仏教としては間違っている。
仏教を理解しない者の問いかけです。
桐山さんは借金というわかりやすいたとえを用いているから、
仏に供養すれば、その見返りに、過去の悪業である悪因縁を
釈尊が切ってくれるかのように信者さんたちは信じてしまう。
だが、出家経のどこにもそんな話は出てきません。
出家経の現代語訳を何度でも読んでみてください。
前世や先祖の借金の話などただの一度も出てこない。
悪因縁であれ、煩悩であれ、釈尊は何もしてくれない。
本人がどれだけ本人の煩悩を切ったかだけで、
本人の境涯が決まると述べているだけです。
煩悩こそが釈尊の説いた内容であり、信者さんたちが出家経から学ぶべきことです。
出家経では釈尊は在家に関係する煩悩を具体的に述べている。
その説明に信者さんたちは愕然としなければならない。
三結についてはアゴン宗は全部違反していることに気が付いていますか。
私から説明される前に、自分の目で釈尊の説く三結を理解してください。

247 :優しい名無し:2007/11/27(火) 14:09:33 ID:xHBNHas7
http://www1k.mesh.ne.jp/reikan/japanese/higai110/higai110.htm

悪徳宗教、霊感商法、スピリチュアル系の騙し等の相談窓口を開催するそうです。

248 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 17:00:51 ID:SLEPViKF
功徳の種まき、
白隠禅師の「施行歌」の解釈は?

易経の言葉、
「積善の家には必ず余慶あり、積不善の家には必ず余殃あり」の解釈は?

249 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/27(火) 17:56:00 ID:DHFhvHiP
>>248
>白隠禅師の「施行歌」

確か修行読本か何かにあったねえ。桐山が実際に講釈など、とんと聞いたこと無いが。

>「積善の家には必ず余慶あり、積不善の家には必ず余殃あり」

それも、確か総本殿か関東別院の落慶の時に言ってたが、結局解脱供養しろと言う
話になってたよ。

250 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 18:46:36 ID:h89JszLN
白隠禅師の「施行歌」

「今生 富貴する人は 前世に蒔をく種がある
 今生施しせぬ人は 未来はきわめて貧なるぞ
 利口で富貴がなるならば 鈍なる人はみな貧か
 利口で貧乏するを見よ
 此世は前世の種次第 未来は此世のたね次第・・・・・・」



251 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 18:58:50 ID:h89JszLN
>>250
本来は桐山猊下の言う梵行とは関係ないとは思うが
猊下はよくこの歌を自分が言う功徳の話に利用しています。
そこのところの誤りを誰か正確に解説お願い出来ますか?

252 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 19:47:07 ID:uCyw0hQV
アウシュッビッシュ法要が去年6月に行われたことについて、思い出し
タコとがあります。パリの法要後、例祭で桐山氏が”いつも安全な所で法要
しているが、世界平和を唱えるには中東の戦闘が激しいところで次回は行う”
と言って信者が盛大なる拍手をしたことがありました。どなたか記憶なさっている方
いませんか。私はずっとイランかイラクでやるのかと思っていました。
そしたらやはり許可が下りなかったんでしょうね。知らない間にアウシュビッツ
になっていました。
それと6年前国会で総理が短期間のうちに3人ほど変わりました。小渕氏、森氏
その時候補に出ていたのは小泉純一郎氏でした。厚生大臣から総理になることが
決まってから、桐山氏は”今この日本で首相になる人がいない。小泉さんは
性格がきついからやっていけないだろう。”と言ったんです。しかし彼は
任期を全うし、特に北朝鮮拉致問など歴代の首相はみなこの問題から逃げていた。
それを桐山氏は性格がきつくうまくいかないと言ったんですよ。
あとソンディの話、図書館などで調べたんですけど、何処の文献から桐山氏は
抜粋したんでしょうね。結局わかりませんでした。
もうひとつ、ご霊神様を頂いた信者さんのその後幸せに生活しているのでしょうか。
追跡調査できるといいんですがね。

253 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/27(火) 19:54:28 ID:DHFhvHiP
>>251
そもそもいつ頃のどこでの話です?少なくとも20〜10年ぐらい前の関西総本部では
白隠禅師の施行歌など聞いたこと無いですよ。

最近言ってるのですか?

254 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 20:59:48 ID:TRwdL7oO
最近の新刊でも書いてます。

利口でもチャンスに恵まれない理由→徳が無い→布施をせよ→(応供の仏がおられる阿含宗に)
としたいのでしょう。

255 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 21:43:29 ID:0+OiafVV
>>179
  「命終後の意生身」
雑阿含 意生身(佛告婆蹉。衆生於此處命終。乘意生身生於餘處。當於爾時。)
婆沙論 −−−(世尊告曰 梵志當知 此身已壞 餘身未生 意成有情 依止於愛 而施設取)
別訳雑 −−−(佛言。當於爾時)
パーリ −−−(yasmiM ... aJJataraM kAyaM anuppanno hoti)

  沙門果経の「禅定による意生身」
長阿27 −−−
増阿39 −−−
寂志果 −−−(化無数身)
パーリ 意から成る身(=意生身)を(manomayaM kAyaM)

説一切有部の『大毘婆沙論』では『身命経』を「中有」説の根拠の一つにしています。
(世尊既説「此身已壞 餘身未生 意成有情 依愛立取」。故知中有 決定非無。)

しかし、パーリ上座部では中有を認めません。このことは、『身命経』に対応するパーリ相応部
44.9に「意生身」に当たる言葉がないこととも関連していると思われます。
そして、パーリ仏典の体系において出てくる「(中有でない)意生身」とは、パーリ『沙門果経』に
出てくるような、禅定によって現出させるもの、という捉え方なのでしょう。

けれども、このパーリ『沙門果経』に対応する漢訳経典3本を見ると、『寂志果経』には近い表現は
ありますが、「意生身」という言葉としては出ていません。パーリ仏典だけの言葉だったかも知れま
せんし、そもそも、語形が manomayakAyaM でなく manomayaM kAyaM と2つに分離されているので、
「意から成る」と「身」の結合度が少し弱いとも考えられます。

結論として、説一切有部の雑阿含経「意生身」とパーリ上座部の沙門果経「意生身」とでは、少なく
ともパーリ上座部から見た場合は、その意味範囲がかなり異なるものであると言えるでしょう。

256 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/27(火) 23:01:43 ID:JQetYgpp
まだまだ残っているQずんだ団子体は美味しくもないので後回しにしまして、
その白隠の施行歌について考察しましょう。
こちらの方が賞味する価値がある。
たしかにこの施行歌は布施に対する功徳を説いています。
桐山さんは若い頃この本を読んでがーんと頭を打たれたそうだ。
利口が貧乏するを見よ。これは俺のことだと桐山さんは思ったそうです。
つまり桐山さんは自分をお利口さんの天才だと思い、しかしこんな利口な俺様を
世間は認めず不遇を囲って貧乏をしている。
気にくわん。そうか、布施をすれば富貴になれるんだなとしたわけです。
見返り目的であることがよくわかる。
だって白隠さんが布施の見返り功徳を説いているんだから求めて当然だろう?
何が後ろめたいことがある?と言う人がいるかもしれませんね。
白隠禅師は禅僧ですが彼の説く施行歌と阿含経は共通する点もあり異なる点もあります。
共通する点は善因善果、悪因苦果の因果の法則ですね。
これは阿含経でも説きます。善いことを為した人が来世に容色すぐれ善い境遇に
生まれるという内容の文もあります。
しかし見返り目的の布施を説かず布施は無貪で行わねばならないとした。
白隠の施行歌は在家庶民を相手に一見見返りを示して欲を煽って
貪りを喚起しているようにも取れる。
しかしまあこれは布施する人の程度にもよるでしょう。
桐山さんもこの辺の無貪の原則はわかっているらしく、意地悪く笑いをこらえながら
言いますね。「功徳があるからなんてそんなことを期待してはならないがしかし期待する」
とかわけのわからんことを言います。
さて問題なのは「何に」対して布施供養するか、功徳はどこから生じるのかという問題です。
これが桐山施行歌と桐山梵行の関係につながる。

257 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/27(火) 23:40:19 ID:JQetYgpp
ザのスレで大王の使者さんと議論をしている時、一応大乗も含めた仏教書も読む彼は
面白い話を出してきた。
布施供養の対象が初期仏教の頃は比丘、比丘尼であったのに対して、後の大乗は
これを拡大して対象を社会的弱者にまで広げた。
大乗の慈悲の精神もあるだろうが。
ここで使者さんは面白い思考をする。
ここに突然として桐山大乗批判の観点が入り込むのです。
桐山さんは阿含仏教に対して大乗仏教を創作の偽仏教と批判する。
この構図をそのまま使者さんは捉える。
阿含はエライ!大乗はアホじゃの価値基準を中身を考えずにあてはめる。
アホの大乗は弱者救済の布施なんてやるとはアホの証拠だな。
それに比べて釈尊の阿含を基にした初期仏教はまだそんなことをしない。
出家の比丘や比丘尼集団だけが対象で経典は布施を説いている。
ということは出家の比丘や比丘尼集団は大変な御利益を与えてくれる特別な存在
なんだと使者さんはこう結論付けた。
なかなか強引な面白い発想でしょ?
しかしこれは使者さんが功徳の授かる原理を理解していないのです。
布施を施した対象の出家が功徳をプレゼントしてくれるのではない。
だからもちろん障害者など大乗も対象にした社会的弱者が施主にお返しで功徳を
プレゼントするのではないのは考えてもわかる道理です。
布施することによって功徳を得るとはどういうことか?
それは自分が布施という行為を行うことによって善因楽果の法則で得られるものであり、
内的には貪りの心から離れるからです。
人の命まで奪ってでも自分の利得を勝ち取ろうとする貪りの心の対極にあるのが
人に与えて養おうという慈悲の心の現れでないか?
となると、社会的弱者も布施行為の対象とした大乗の方がよほど使者さんよりも
初期よりの仏教の精神を理解している。

258 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/27(火) 23:52:31 ID:JQetYgpp
さて白隠の施行歌に戻りましょう。
白隠は施行の功徳を説くが、それはどこに対する布施か?
どうして功徳が得られるのか?
駿河の原のわしの寺に布施供養しろと説いたのが施行歌か?
そんなことはあるまい。
施行というように「行」として人に施こす心の重要性を説いたのです。
だから功徳を得るのは貪りのない慈悲の心から生じる己の徳性(福運とかでなく
人格に根ざす意味での徳性)と因果の法則によってです。
人から奪うことばかり考えてないで人に与える、感謝して世の中に還元しようと
する人には利益があるぞという教えです。
一般論であり、特定の教団の特定の本尊に布施をして褒美をもらう話ではない。
一方桐山「梵行」はどうか?

259 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/28(水) 00:10:40 ID:fG03R0m2
桐山梵行という言葉が生まれる前提として押さえておかねばならないポイントがあります。
梵行は梵福を得る為に行うものとしている。
梵福とは何かというと、出世間福です。
福には世間福と出世間福がある。
出世間福を梵福ともいう。
世間福とは桐山さんによると、世間でボランティア活動などの善事を行って得られ福だと説く。
しかしこういう世間の因縁の中で執り行うボランティアは世間の因縁をちっとも
超えてないから因縁を切ることにつながらない。
下手をするとかえって悪事に働いてしまう結果にもなるのも因縁次第である。
しかしまあ世間的なボランティア善事も善事には違いないから善因善果で功徳はある。
しかしそれは来世に初めて得られる。
今抱えている悪因縁を切る徳にまではならない。
悪因縁を切る徳を得るにはどうすればよいか?
それは世間福ではなく出世間福を得ることです。
では出世間福とは何か?
ところで途中なんだが、この世間福解釈は桐山さんの嘘です。
次の出世間福も嘘解釈です。
それはさておき桐山出世間福を見てみましょう。

260 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/28(水) 00:28:19 ID:fG03R0m2
桐山出世間福とは世間の因縁を超えた仏教教団に施すことによって得られる福
なんだそうだ。
桐山さんによると仏とは因縁を切った存在だ。
だからここに施しを与えないと因縁を切る徳にはならない。
自治体の施設になんかに施しても因縁は切れない。
しかし因縁を超えたホトケに施すことにより因縁を切る基となる徳が戴ける。
それはホトケというのだから本当の仏でなければならない。
いくら国宝の仏像を本尊とする大寺院でもそんな偽物の模型の仏ではダメだ。
となるとどうなるか?
阿含宗しかないではないか!(笑)
阿含宗こそ抹殺された(?)シャカの成仏法を発掘し蘇らせたのは阿含宗しかなーい!
しかるにその阿含宗はまだ弱小な教団だ。
この弱小教団を巨大にし、世に広める為の行動を起こす、つまりあなたがシャカに
なるのだ!シャカを世に出せ!布教伝道に邁進せよ!
さすれば出世間福、梵福が得られ、あなたは因縁を解脱できる。
さあ、この大梵行に邁進せよ!
縁の下の力持ちになるのだ。ずんだ餅ではない。
教団の布教行事を盛り立てる戦力、労力となれ。
金も集めよ、人も集めよ。
これが桐山梵行のしくみです。
世間福、出世間福の捏造の問題はさておき、すんごい差別化が行われているでしょ?
阿含宗という自分んとこの教団に対して。
阿含宗でなければ布施しても意味がないのです。
人に慈悲の心を以て施しを与えよなんて一般論ではない。
白隠施行歌ともそういった点が全然違うとは思わないか?

261 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/28(水) 00:31:35 ID:fG03R0m2
また日本語になってない箇所があるよ〜(T_T)

262 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/28(水) 00:38:28 ID:fG03R0m2
世間福、出世間福という言葉はたしかに阿含経にあります。
しかし桐山さんの解釈は全く嘘のデタラメの捏造です。
その本当の意味ですが、私が示すよりも七氏さんの方がより正確に示せます。
そこで申し訳ありませんが、七氏さんにおかれましては、今現在の批判書き込み
のご自身の構想とは別に、あるいは連関させて、今一度世間福と出世間福の正しい
意味と桐山欺瞞を書いてくださいませんか?

263 :神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 00:38:50 ID:iWaE8rFj
こんなにスラスラ解説できるユビキタスさん凄いね〜
おれとは雲泥の差だよ。

264 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/28(水) 01:27:52 ID:fG03R0m2
白隠の施行歌を阿含宗の「修行読本T」から一部抜粋引用します。



富貴幸ひある人は 貧者に施しせらるべし
貧者に施しせぬ人は 富貴で暮らすかひもなし
狗でも口は過ぐるぞや 飢人貧者を助くべし

(中略)

飢死ぬ貧者を見ぬ振に 暮す心は鬼神か
慈悲善根のなき人は 子孫繁盛長からじ

(中略)

貧者の命救ふなら 広大無辺の善事なり



ご覧下さい。布施する対象は貧者なのです。
それで慈悲の心を育てて果報を得るのです。
阿含宗にしか成し得ないシャカを世に出すボンギョーとはエライ違いでしょ?

265 :米国の告発、W田を斬る:2007/11/28(水) 06:57:04 ID:n5L3CCeM
シリーズ10 

詐欺の過程。

仏舎利基金の開始から、その後の基金不明について騒いでいる
信者に宛てた偽りの書簡。

証拠1
カリフォルニア支部が会員に送付した趣意書から一部を抜粋
『この度、かねてからの念願でありました真正仏舎利尊御奉安と
カリフォルニア支部道場の移転に向けて、桐山管長猊下の許可のもと、
基金を募る運びとなりました。        平成11年9月吉日』
http://www.wadaokiru.com/home/page7.html

証拠2
平成13年6月26日付け
真正仏舎利御奉安許可の申請書にW田局長の許可印
http://www.wadaokiru.com/home/page5.html

証拠3
平成13年11月27日付け、カリフォルニア支部から
真正仏舎利基金達成状況の金額
基金額累計$170’745,45(2,000万円以上)をW田局長とI江部長に報告
http://www.wadaokiru.com/home/page8.html



266 :米国の告発、W田を斬る:2007/11/28(水) 07:02:11 ID:n5L3CCeM
証拠4
カリフォルニア支部事務局から日付けなしの信者に宛てた偽りの書簡1
http://www.wadaokiru.com/home/page1.html(1枚目参照)

*信者は基金に不審を持ち始めた為、支部はいかにも信者の基金を
銀行に保管しているように見せかけ、偽りの文章を信者に送って
信者を欺いていた。

原文
『前略
2000年の3月よりカリフォルニア支部では真正仏舎利尊奉安、
新道場建立の為に会員の皆様と一丸となって基金を募ってまいりました。
真正仏舎利尊御奉安趣意書に記載されてありますように、期間ー2001年
11月末までに皆様のご支援により、無事誓願は達成いたしましたので、
基金はすでに終了いたしております。

尚、基金として申し込まれた解脱供養、御法施の残金がございます場合は
完納されるまで基金の用紙をお使いください。
集められました基金は、将来のカリフォルニア支部の新道場建立のために
使わせて頂くために基金の口座に保管いたしております。
会員の皆様のご支援、ご協力心から厚く御礼申し上げます。
合掌
カリフォルニア支部事務局』

*この時点で2000万円以上の達成された基金はすでに無くなっていた。




267 :米国の告発、W田を斬る:2007/11/28(水) 07:04:19 ID:n5L3CCeM
証拠5
カリフォルニア支部事務局から日付けなしの信者に宛てた偽りの書簡2
http://www.wadaokiru.com/home/page1.html(2枚目参照)

会員に送付した一部から抜粋
『皆さまにおかれましては、仏舎利尊御奉安および道場建立の誓願を
達成され、さぞかし道場建立を心待ちにしておられると思いますが、
事情により延期となっております。しかし、着々と準備をしておりますので、
安心して修行に精進していただくよう、お願い申しあげます。』

*上記を信者に送って信者を欺き、最後には信者に基金不明の説明が
ないまま、カリフォルニア支部道場を閉鎖。



268 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/28(水) 09:00:54 ID:fG03R0m2
>>164 Q連続体 2007/11/26(月) 21:13:24 ID:StJtr5E1
>まず援軍であるユビキタスからいきましょう。
>同じようなことを七氏も書いているのですが、
>「意生身は身命経では説かれていない」
>というものです(>前スレ>558)。
>身命経が誤訳だという理由ならばよいのですが、
>この場合はそういう理由からではなくて、
>『釈尊は婆磋の言葉を繰り返して
>「意生身」と言っただけであり、
>自らは説いていない』というのです。
そうです。身命経の中には意生身という言葉が出ていますが、これは婆磋が出した
質問であり、釈尊はこれをまともに取り上げたわけではなく、問題とすべきは
慢という煩悩にあると視点を変えた。最後に衆生が意生身に乗じて余処に生じると
釈尊の言葉からも意生身という言葉が発せられているので最終的に意生身を認めた
と解釈しているようだが、それは安直な見方であり、経典のテーマから意生身があるかないかは

問題の外であるのだから。
しかし釈尊は意生身なんか説かなかったが、婆磋は中有としての意生身を質問した
ことはこの漢訳が誤訳でない限りたしかです。
釈尊は説かない、婆磋は話題を出した、この構図をまず押さえて下さい。

>だから我々は沙門果経と比較したわけではない、
>と言いたいのです。

いえ、比較しました。
釈尊はきちんと認めもしないが婆磋が出した身命経意生身とあなたがわざわざ
出した沙門果経の意生身と比較した。
なぜ比較したか?比較してこれは同類で語る内容ではないことをあなたや周囲に
確認してもらう。
その上でどうして阿含宗でも説かない沙門果意生身を出したの?と改めて問うためです。

269 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/28(水) 11:36:07 ID:LtvawRrI
>>254
え〜と、あなたとユビキタスさんに同意。

270 :神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 12:29:39 ID:iZkXfAle
>>248 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 17:00:51 ID:SLEPViKF
>白隠禅師の「施行歌」の解釈は?
>「積善の家には必ず余慶あり、積不善の家には必ず余殃あり」の解釈は?

ユビキタスさんと重複します。
アゴン宗は阿含経を元にした根本仏教だと言っている。
ところが、二つとも桐山さんがアゴン宗になってからも引用している。
どうして大乗仏教系で、桐山さんが批判する日本仏教の白隠禅師が出てくるのか、
信者さんたちは不思議に思わないか。
ましてや、易経は仏教ではない中国思想です。
釈迦仏教が正しいというなら、後世の坊さんや他思想を引用する必要はありません。
まさに、「木に竹を接ぐ」という言葉どおりです。
御都合で、大乗仏教や伝統仏教を激しく非難したかと思うと、
阿含経を小乗だと文字に残した白隠禅師の言葉を
桐山梵行と同じものだとして引用する。
それも、原文の意味のままに使うのではなく、歪めた手前勝手な意味に利用する。
もちろん、桐山さんはこれを利用したい理由がある。
自己弁護と金集めです。

271 :神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 12:33:28 ID:iZkXfAle
>250 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 18:46:36 ID:h89JszLN
>利口で貧乏するを見よ

「利口で貧乏するを見よ」という言葉に頭を殴られたような気がしたと
桐山さんはよく引用する。
つまり、「オレ様は利口だ」と言いたいらしい。
桐山さんのどこが利口なのだ?
と言うと信者さんたちは悪口だと反発するだろうが、
桐山さんの作り上げた物を見てごらんなさい。
解脱の定義すら間違えたのですよ。
今でもまだ因縁解脱、カルマ解脱が仏教の解脱だと信じている。
仏教辞典を開ければ小学生でもわかることを彼は一生かけて理解できなかった!
この桐山さんのどこが利口なのですか。
桐山さんは自分がものすごく頭がいいと若い頃から思い込み、
今でも仏陀の智慧を持っているなどと自惚れている。
桐山さんは利口なのではなく、自己評価ばかりが異常に高く、
他人の知性を侮蔑する強烈な慢心の持ち主にすぎない。

272 :神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 12:35:52 ID:iZkXfAle
>250 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 18:46:36 ID:h89JszLN
>利口で貧乏するを見よ

桐山さんは、「自分はものすごく頭がいいが、運が悪いから、
才能の開花に恵まれなかった」と言いたいのです。
桐山さんは、芥川賞作家くらいの才能があったなんて書いているが、
彼の芥川賞小説はどこにあるのだ?
本人は徹夜に徹夜を重ね、さらに四時間ほどの睡眠で、
「人の三倍食べて五倍はたらくんだ。」(『求聞持聡明法秘伝』76頁)
という。
囲碁やゴルフをしている時間があったのだから、
その気になれば芥川賞程度の小説くらい書けたはずです。
因縁解脱して、才能を邪魔している霊障のホトケもいなくなったし、
トラック一杯分の徳まで持っているところに、
さらにオシャカを世に出す仕事で徳を積んだのだから、
俗人も取れる芥川賞か直木賞くらい朝飯前でしょう。
施行歌や易経どころではない大きな徳を積んで、運を良くして、
桐山ゲイカの小説家としてのすごい才能が開いた・・・か??

273 :神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 12:37:46 ID:iZkXfAle
>250 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 18:46:36 ID:h89JszLN
>利口で貧乏するを見よ

桐山さんは実際にいくつか小説を書いている。
だが、どれか一つでも世間から認められたことはありません。
だから、機関紙に載せたり、平河出版から出ている。
つまり自費出版です。
作品を読んでも、主人公に仮託した作者の鬱屈した自己顕示欲ばかりが
鼻につき、本人が盛り上がるにつれて、読者は冷める。
こういう桐山さんに芥川賞作家並の才能があると思いますか。
才能があるが運が悪いから認められなかったなんて、嘘だと
桐山さんの小説が示している。
桐山さんに芥川賞並の才能なんかありしゃしない。
これだけ本を書いているのだから、文才がないとは言わない。
だが、こんな程度の文才なら世の中に掃いて捨てるほどいる。
桐山さんは自分に突出した才能がないのを認めたくなく、
ひたすら努力することを面倒がっているのをごまかすために、
才能があるのに環境が悪くて発揮できなかったとか、
中途挫折の因縁が強くて途中で駄目になったなどと
みっともない言い訳を並べているだけです。
自分の才能や努力のなさを素直に認めるのではなく、
それは運が悪いからだと「自分」以外のせいにする。
「利口で貧乏するを見よ」を読んで、自分の言い訳と
責任逃れと自己弁護に使えると飛びついたのです。

274 :神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 12:41:12 ID:iZkXfAle
>250 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 18:46:36 ID:h89JszLN
>利口で貧乏するを見よ

信者さんたちに助言したい。
くれぐれも桐山さんのこういう自己弁護を真似しなさんな。
「ヲレは才能があるが運が悪かったのだ」なんていうのは
男としてあまりにみっともない。
こんなことを口にしたら「ヲレは実は才能がない。
努力もしない。しかし、自惚れと自己評価だけは誰にも負けない」と
わざわざ自分のゲロを出して見せているようなものです。
ところが、桐山ゲイカはこれを繰り返し堂々と言い、文字にする。
近所の老人が自費出版の小説を示しながら、「ヲレは芥川賞くらい取れたさ」
と言うのを信者さんたちはどう思うか。
年よりのタワゴトです。

275 :神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 12:46:27 ID:iZkXfAle
>>262 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/28(水) 00:38:28 ID:fG03R0m2
>世間福、出世間福という言葉はたしかに阿含経にあります。

ユビキタスさんから、桐山さんの世間福と出世間福の
ゴマカシを説明するようにとの要望がありました。
釈尊のいう世間福、出世間福の使い方と全然違うのです。
桐山さんのインチキ解説の一つです。
桐山さんはこれを三供養品の解説で書いているので、
次回、下巻が出た時に批判しようと思っていました。
だが、何度でも書いた方がいいようです。
できれば今週中に、カビの生えたずんだ餅は後にして、説明します。

276 :神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 12:49:13 ID:+mWylqDi
>248 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 17:00:51 ID:SLEPViKF
>「積善の家には必ず余慶あり、積不善の家には必ず余殃あり」の解釈は?

ここでいう積善とは、アゴン宗でいう積善とは違います。
易経は施行歌と同様に、善行をなせと説いているのです。
ところが、桐山さんは「善行=桐山梵行」とさっとすり替えた。
阿含経、易経、白隠禅師などの権威という入れ物だけ拝借して、
中身をすり替えてしまうお得意の手品です。
信者は無意識に「積善→徳を積む→アゴン宗の梵行」と置き換えている。
まるで、易経や白隠禅師が桐山梵行を奨励したかのように錯覚する。
だが、彼らはそんなことは一言も言っていない。
彼らのいう施行や積善とは世間の困っている人たちを助けることです。
一方、桐山さんはこれを批判している。

277 :神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 12:53:59 ID:+mWylqDi
「富貴幸ひある人は 貧者に施しせらるべし」(施行歌)
「積善の家には必ず余慶あり、積不善の家には必ず余殃あり」(易経)

「しかし世間福が、必ずしも真の幸せをもたらすものではあるとはいいがたい。」
(『社会科学としての阿含仏教』318頁)

信者さんたちは、白隠と易経に対して、桐山さんが違うことを
述べていることに気が付きましたか。
白隠も易経も、桐山さんが世間福だと批判した世俗への善行を
なすようにと説いているのです。
桐山さんは世間への善行を否定している。
因縁を切らないかぎり、どんなに金銭的に助けても元の木阿弥だと称して、
世間の慈善事業を劣ったものだと非難している。
だが、易経や白隠の説いた内容は、桐山さんが批判した世間への慈善です。
桐山さんの集金のための手練手管です。
ある時は、易経や白隠禅師の権威を利用しながら、
それでいて、その内容を否定するようなことを平気で言っている。
なぜなら、信者に世間への慈善などされては桐山さんの所に金が集まらない。
信者に金を出させるために布施は大切なんだという所までは彼らの
権威を利用するが、その先は、
「積善→徳を積む→アゴン宗の供養・梵行」
と信者の頭で変換されるように持っていく。
こういう流れを信者の頭に植え付ければ、金と人は自ずとアゴン宗に、
つまり桐山さんの所に集まる。

278 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/28(水) 12:57:46 ID:fG03R0m2
>>275
ありがとうございます。都合の宜しい時にお願いします。

279 :神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 13:00:18 ID:+mWylqDi
『社会科学としての阿含仏教』318頁
「しかし世間福が、必ずしも真の幸せをもたらすものではあるとはいいがたい。」

桐山さんは世俗的な福と出世間的な福とは別だと説いている。
後日、説明しますが、釈尊は桐山さんのような意味で世間福、
出世間福は説いていない。
桐山説では、世俗的な福では因縁がそのままだから、幸せになるとは限らないという。
これは施行や善行をする相手が世間の人間か仏かによって、
得られる結果が違うという説です。
つまり、桐山さんの説明では、
・世間的な寄付 → 世間福 → 真の幸福ではない
・アゴン宗への寄付 → 出世間福 → 真の幸福
というのだから、信者がどちらに金を出すかは明らかです。
白隠と易経の権威を使って信者の財布を開かせ、
お金はちゃっかりと自分のほうでいただく。
まるで狐が人間を騙しているかのような手口です。

280 :神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 13:03:12 ID:+mWylqDi
「此世は前世の種次第 未来は此世のたね次第・・・・・・」

桐山さんは施行歌の「五升や一斗はみのるぞや」をよく引用する。
つまり、白隠が見返りを説いたとしている。
なんというさもしい、あさましい解釈でしょう。
よく施行歌を読んでみてください。
見返りもあると白隠は述べているが、ほんのわずかです。
題名からして「施行歌」であって、「見返り歌」ではありません。
他人に施せと言っているのであって、見返りの御利益を説いたのではない。
施行歌という題名どおり、白隠の言いたいことは、
>>264でユビキタスさんが引用しているように、
「困っている他人に施しをしなさい」
であって、
「施しをすれば、たんまりと見返りがありまっせ」
ではない。
仏教的には見返りを期待して施しをするのは餓鬼と同じです。
ところが、桐山さんがこの白隠の施行歌を読んで感銘したのは、
「五升や一斗はみのるぞや」
「利口で貧乏するを見よ」
だという。
信者さんたちはどう思いますか。
困っている人に施しなさいという教えが、桐山さんには、
「頭がいいヲマイでも布施すると大きな見返りが来るぞ」と読めたというのです。
こういう桐山さんの解釈をアゴン宗流に言うなら、
貪りの餓鬼クラス、慢心の畜生クラスということになる。

281 :神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 13:05:11 ID:+mWylqDi
「富貴幸ひある人は 貧者に施しせらるべし」(施行歌)
「積善の家には必ず余慶あり、積不善の家には必ず余殃あり」(易経)

信者さんたちは、施行歌や易経の言葉をそのまま素直に読んではどうだろう。
二つとも同じ事を言っている。
これらが書かれた時代には、まだ多くの人たちが餓えており、
人の命など軽いものだった。
だから、少し持てる者は持たない者に分けてあげなさいと説いたのです。
それは決して自分が損をすることにはならないのも当たり前です。
たとえば、「あなたのお祖父さんには助けてもらった」という人は、
その子孫が困っていれば、助けようとするでしょう。
信者さんたちは徳などと見えない何かをすぐに信じたいようだが、
そんなものを考えなくても、他人に善意をなせば、
それが自分に跳ね返ってくるなんて当たり前ではないか。
社会を構成する人のために何かをすれば社会はよくなり、
結局、自分も住みやすくなるという利益を得るのです。

282 :神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 13:07:21 ID:luFHADiZ
アゴン宗のシャム派名誉大僧正さまは
シャム派日本大サンガ主任大長老アルボムッレ スマナサーラ長老から
解脱供養を批判されてますが、反論しないのですか?

アゴン宗は根本仏教を標榜してますよね? 

ゴータマの門は一つしかないはずですが。



283 :神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 13:09:04 ID:WQ40L1AQ
「富貴幸ひある人は 貧者に施しせらるべし」(施行歌)
「積善の家には必ず余慶あり、積不善の家には必ず余殃あり」(易経)

信者さんたちにも施行歌と易経の教えを実践してほしい。
世界には餓えたり、病気の子供たちがたくさんいる。
彼らを助けなさいというのが、この二つの教えの実践です。
アゴン宗に金を出しても、焚き火と桐山さんの名誉買いに使われる。
社会運動と称して、寄付によって為政者たちにおもね、
名誉を買い集めているにすぎない。
施行歌と易経を実践することはそんなに難しいことではない。
まもなく年末であり、寄付の呼び掛けが来る。
つまらない我欲と恐怖から木切れに欲望を書くよりも、
そのたった百円で世界の餓えや寒さで困っている人を救える。
護摩木で出せば、桐山さんの欲望に浪費されるだけです。
護摩木祈願して何かを得たいという欲望を抑えるなら、
釈尊の説く善業であり、その金を困っている人に寄付するなら、
施行歌や易経の教えに沿った善行です。
善業と善行を為しましょう。

284 :神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 13:12:02 ID:WQ40L1AQ
>>252 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 19:47:07 ID:uCyw0hQV
>アウシュッビッシュ法要が去年6月に行われたことについて、思い出し
>しているが、世界平和を唱えるには中東の戦闘が激しいところで次回は行う”

イスラエルで護摩を焚くという話ではありませんか。
戦争をしている所に出かけて護摩を焚くなら、
それはそれで勇気のあることだと、ここの批判側も期待していた。
なにせ、桐山ゲイカは横変死の因縁を元々持っていないし、
因縁はすべて切っておられる方だから、死ぬ心配はない。
信者は切れていないだろうから、ゲイカお一人で出かけて、
戦闘地域で焚き火をして霊障のカルマと戦われたなら、
きっと世界は平和になるでしょう。

285 :神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 13:13:58 ID:WQ40L1AQ
>>252 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 19:47:07 ID:uCyw0hQV
>性格がきついからやっていけないだろう。”と言ったんです。しかし彼は

桐山さんの政治予言は当たったためしがない。
彼の予言には二つの要素がからんでいる。
一つは、世間の下馬評です。
あちこちから情報を集めて、それらをパッと判断する智慧を
持っていると思い込んでいる。
だが、彼の発言を聞けば、たいていどこかの評論家が
言っている程度のことです。
もう一つは嫉妬です。
エラクなる奴がうらやましくて仕方ない。
だから、たいてい首相になった人を腐します。
桐山さんが誉めたり擁護するのは自分の利害関係のある人だけです。
たとえば、暴力団を取り締まる法律が出来たとき、
「彼らの生活もあるのだから、追いつめればいいというものではない」などと、
信じられないような発言をしたことがある。
右翼やヤクザと昔から付き合いがあったからです。

286 :神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 13:17:40 ID:WQ40L1AQ
>>252 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 19:47:07 ID:uCyw0hQV
>あとソンディの話、図書館などで調べたんですけど、何処の文献から桐山氏は
>抜粋したんでしょうね。結局わかりませんでした。

ソンディについては、
?ttp://religion.bbs.thebbs.jp/1178432617/e100
「阿含宗と桐山氏について―第三十章―祈りの命」
の[150]以降に転載されていますから、ごらんください。
この中でもいくつか文献を上げていますから、参照してください。
桐山さんはソンディ心理学すらもしっかりと理解していない。
家族的無意識という言葉と、家系の因縁や霊障とをくっつけただけです。
あなたは、桐山さんが引用したソンディ心理学の話が
どこにあるのかと探してのではありませんか。
あれは桐山ソンディです。
桐山さんはネタを元にして、彼の自由な空想で作り直す。
仏教もソンディ心理学も、全部そうです。
ソンディの恋愛事件は事実であり、本でも紹介されています。
家族的無意識もソンディは説いている。
しかし、ソンディ心理学の原型を留めるのはここまでで、
あとはほぼ全部桐山さんの空想と勝手解釈です。

287 :神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 13:19:44 ID:WQ40L1AQ
>252 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 19:47:07 ID:uCyw0hQV
>あとソンディの話、図書館などで調べたんですけど、何処の文献から桐山氏は

桐山さんがソンディの恋愛事件を大仰にかき立てるから
心理学の論文になっていると思っている人がいる。
あれはソンディから聞き取りをした学者たちが書いているのであって、
ソンディ自身は書いてもいないし、もちろんそんな論文はありません。
あの事件はソンディ心理学の中心にはないのです。
話の取り上げ方も、桐山さんの空想が加わっている。
最大の嘘は、ソンディが異母兄の生まれ変わりであり、
ソンディが大人になるまで異母兄夫婦の問題は知らなかったという話です。
事実は、ソンディは四歳から異母兄に育てられたのです。
これはザのスレにも学者たちの解説を引用してあります。
異母兄夫婦に育てられたのだから、二人は同時代に生きていた。
どうやって生まれ変わるのですか。
ソンディが生まれた時、異母兄が死んでいたなんて桐山さんの空想です。
また、異母兄が自殺したという記述もないし、
彼の妻が悲惨な死に方をしたなんて記述もありません。
桐山さんはソンディと知り合った女性は異母兄の妻の生まれ変わりだ書いているが、
年齢から推測すると彼女が生まれた時、まだ異母兄の妻は生きていた可能性が高い。
つまり、全部、桐山さんの空想小説です。

288 :神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 13:24:22 ID:763+5SpT
ほんとにそうだよね。
護摩木に欲望を書いて祈るよりは、その金を餓えや寒さで困っている人に
寄付する方がよっぽど布施の行に沿っている。
どうしてこんな簡単なことが歪められてしまうのだろうか?
あの人は真の餓鬼だよ。

289 :神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 13:26:53 ID:WQ40L1AQ
>252 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 19:47:07 ID:uCyw0hQV
>あとソンディの話、図書館などで調べたんですけど、何処の文献から桐山氏は

ソンディは異母兄夫婦の喧嘩を見て育った。
成人後、兄夫婦に喧嘩が絶えなかったことを夢に見たとしても、何の不思議もない。
なにせ、子供の頃から夫婦の喧嘩を見て育ったのです。
ソンディはブロンドの義理の母親からは可愛がられたから、大人になって
同じような容姿の女性に好感を持っても、不思議はない。
ブロンドの多いアーリア系でザクセン出身で、
当時の女性がつける知的な職業はかなり限られていたのだから、
英語教師をした女性なんて珍しいはずはない。
ソンディの恋愛事件自体が、こんなふうに現実的な解釈ができて、
ソンディ心理学の家族的無意識の解釈すら必要としない。
何よりも、ソンディは自分の体験をそのまま心理学にしたわけではなく、
あくまで動機であり、入口にすぎなかった。
だから、あなたがいくらソンディの本からこの体験に基づく話を
探しだそうとしてもできなかったのは当たり前です。
小説家・桐山さんの作り話です。

290 :神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 13:33:08 ID:WQ40L1AQ
>252 :神も仏も名無しさん:2007/11/27(火) 19:47:07 ID:uCyw0hQV
>あとソンディの話、図書館などで調べたんですけど、何処の文献から桐山氏は

桐山さんの霊視によれば、ソンディは異母兄の生まれ変わりだという。
だが、ソンディは異母兄に育てられた。
この一つを見ても、桐山さんの霊視能力なんて嘘です。
『修行者座右宝鑑』にあるように、桐山ソンディは、
ソンディ型としてアゴン宗の因縁と霊障教学の二本の柱の一つです。
その柱が真っ赤な嘘、桐山さんの空想、このザマなのです。
もう一つの、桐山型の元ネタの上意討ちによる霊障話も嘘です。
いずれも、アゴン宗独自の教義であり、桐山さんが阿含経の
シャカの成仏法から体得したという霊視能力の根拠となっている。
ソンディ型と桐山型の話こそが、桐山さんがシャカの成仏法を体得した公式の証拠であり、
アウシュビッツやガダルカナルの柴燈護摩、解脱供養、冥徳供養から、
練脳塾での超能力獲得法、さらには今回の杭打ちまで、
アゴン宗のありとあらゆる宗教行事の土台となっている。
ところが、釈迦の成仏法とやらによる霊視は真っ赤な嘘です。
異母兄に育てられたソンディが異母兄の生まれ変わりと霊視する桐山さんの
インチキ霊視能力をみても、まだ信者さんたちが冥徳解脱や守護神、
柴燈護摩などに金を出すことに驚かされる。
施行歌や易経が勧めるような、本当の善行のために金を出してはどうだろう。

291 :神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 19:23:55 ID:YcHDGcTr
モヤモヤした点が明確になって桐山アゴン宗はますます不利になりますね。
だいたい「阿含宗でなければ布施しても意味がない」なんて
信者さん達は黙って聴いていたが
いくら何んでもこんな主張がまかり通る訳ないでしょ、キチガイ沙汰だよ。

292 :神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 19:32:51 ID:Ebo3lHzy
梵行です。

293 :神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 19:40:19 ID:JnRykwlC
<284〜290神も仏も名無しさん私の疑問に答えてくださってありがとう
ございました。在籍していたときから疑問続きで、質問してもしっかり答えて
くれる人がいませんでしたから、有り難いコメントです。
桐山氏の欺瞞だらけの教団、それでもQ体という方が今月の例祭で阿含宗
健在と言っていましたね。もりだくさんの欺瞞の中で信者がいることに驚き
です。私は辞めたくても辞められない誰にも相談できない人を助けられたら
と思います。

294 :神も仏も名無しさん:2007/11/28(水) 20:01:52 ID:B7IXTXGM
http://www.01-station.com/asq/enquete/asq1175995787.html



295 :偽会員(だって):2007/11/28(水) 23:46:22 ID:BWTDFHDL
>>252
>もうひとつ、ご霊神様を頂いた信者さんのその後幸せに生活しているのでしょうか。
>追跡調査できるといいんですがね。

以前書いた手前、もう一度書きます。(例のいい人で能力はないがバカでもある人です)

私の知り合いに一人「守護神」様をもらった人がいますが、彼は・・・特に何もも変わっていません。
もらう前と変わらず、ろくな仕事に就いていないし、彼の望み通り結婚したとわけでもない。
相変わらずウダツが上がらず、性格すら改善されていないし、もちろん生活も改善されていない。

彼は守護霊神様の前に、解脱供養、冥徳解脱供養を併せて数百体以上やり、福寿暮稜も
結構高いのを買っている。400万円かどうか知れないが、さらに金をかけて守護霊人様とやらを
もらっても、無いも変わらないという実例だなと思って見ています。

阿含宗は何の役にも立たないという実例として、参考にしていただければ幸いです。

296 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/29(木) 00:12:37 ID:6kGGBzW9
>>165 Q連続体 2007/11/26(月) 21:15:16 ID:StJtr5E1
>もし身命経には「意生身」が説かれていない、
>というのなら、最初から両者を比較する理由はありません。

「説かれていない」を「全く(経典に)書かれていない」と取り違えていませんか?
身命経には誤訳でない限り意生身が書かれているのです。
しかしそれは釈尊の教えの内容ではない。
釈尊がそもそも意生身というのはだな・・これこれこういうものだからよくポイントを
押さえておきなさい。と説く時初めて、「お釈迦様は意生身をお説きになった。」と言えるのです。
お説きになってないのです。
「最高のバラモンというものは煩悩を離れた人である」と説く時、釈尊はバラモンと
いう階級、カースト制度を肯定したことになるのか?
違います。最高の階級、最高の人間と世間で通念的に言われているバラモンを
ネタに出して、最高の人間とはこうでなければならないのだよと身分、階級を
度外視した観点を示したのです。
逆にバラモン階級の通念を否定したに等しい。
それと同じで、釈尊は意生身を説きたかったのではなく、慢という煩悩による輪廻を
説きたかったのであり、それを理解してもらう為に婆磋の出した意生身を活用しただけです。
なぜそう言えるかと言うと、最初に釈尊は霊魂についての質問に答えないと拒否を
示しているからです。
この経典に限らず一貫した態度です。霊魂を語らない。考えるなとしている。
そんな釈尊の説かない意生身だが、しかし身命経で婆磋はこれを題材に出した。
その婆磋の意生身と沙門果経の意生身を比較して、全く性質が別物であると
示してあげたのです。

297 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/29(木) 00:51:00 ID:6kGGBzW9
>>168 Q連続体 2007/11/26(月) 21:18:34 ID:StJtr5E1
>ユビキタスの理屈をわかりやすく喩えるとこうなります。

>   クリン含太が釈尊にたずねました。
>   「師よ、指タンがオナゴに縁が無いのは何故ですか?」
>   師はこう答えました。
>   「クリン含太よ、指タンがオナゴに縁が無いのは、
>   性格が女々しいからだ」

>この場合、ユビキタスの理屈によれば
>釈尊は、指タンが女々しい性格であることを早く言いたいので
>「指タンがオナゴに縁が無い」というクリン含太の言葉を
>ただオウムのように繰り返したことになります。

下手な喩えだな。全然わかりやすくないぞ。
それでは問題の所在が見えないだろうから同じネタで私が代わりに喩え話を
作ってあげよう。

「師よ、指タンが女に縁が無いのは何故ですか?」
「クリンずんだよ。そのような個人攻撃をする質問には私は答えない」
「しかし師よ。あなたは人望の薄き者はどこかに性格の欠点があるとお説きに
なっているではありませんか?指タンは私が見るに女に縁が無いものと思われ、
私が感じるに女々しい奴です。だから女々しい指タンは女に縁が無いというのは
道理にあっているではありませんか?」
「女々しい性格の男が女に縁が薄いというのは道理である。その指タンとかいう者が
女々しい性格で女縁がないというのも、まさに性格と人間関係の密接な関係を
表すもので性格を明朗にするということが重要なのである。」


さて、クリンずんださん。
この師の言葉は指タンが女縁がないことを認めたということになるでしょうか?

298 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/29(木) 01:02:43 ID:6kGGBzW9
師は個人攻撃につながる質問には答えないと前置きをしています。
どうしても指タン攻撃をしたいクリンずんだは自分の観察と推理だけで指タンの
性質を決めつけて師に提示しました。
師は日頃から説いている性格論を検証する題材として、わしは指タンという人物を
よく知らんが、その者がおまえの言うとおり女々しい性格ならばいろいろと支障もあろう、
まっこと人間関係をよくしていく上で大切なのは性格であり、我々はこれを明朗に
するよう努力しなければならないと一般論だけを語ったのです。
指タンの女々しさや女縁が無いことを認めて個人攻撃をしたわけではない。

299 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/29(木) 01:25:54 ID:6kGGBzW9
>>168 Q連続体 2007/11/26(月) 21:18:34 ID:StJtr5E1
>しかし、釈尊ともあろうお方が
>そんないい加減なことを言うでしょうか?
>これと同じように、
>釈尊は「渇愛があるから生まれていく」という結論を早く言いたいから、
>婆磋の「意生身に乗じて」という言葉を
>繰り返したと解釈するのはどう考えてもおかしいです。

意生身だの中有だの霊魂について否定も肯定もせず、そんなことは考えても仕方がない
としているからです。
中有身なんてものは絶対に無いのだ、俺は徹底的に否定するぞという立場ならば
もう面倒臭いから渇愛の問題を示す為に婆磋のセリフをオウム返しに使ったのは
随分信念のないいい加減な男です。
しかし釈尊にとって、いや煩悩解脱を目指す仏教徒にとって中有身なんてものは
あってもなくてもどうでもよいのです。
説きたいのは渇愛による輪廻だけだから、婆磋が意生身を想定してそこから
離れられないとしたらそれを絶対に否定しても仕方ないし、とにかくおまえは
意生身を介しようと何であろうと輪廻のあるは渇愛あればこそという原理を
理解しなさいと説いたのです。
師も指タンが女々しいのか女縁が無いのか否定も肯定もしない。
個人攻撃につながることを詮索しても信条に反するからです。
説きたいのは一般論だけだ。
指タンが女々しくても女々しくなくても、女縁が無かろうとあろうとそんな個別な
ことはどうでもよいのです。

300 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/29(木) 01:37:41 ID:6kGGBzW9
>>268 ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o 2007/11/28(水) 09:00:54 ID:fG03R0m2
>そうです。身命経の中には意生身という言葉が出ていますが、これは婆磋が出した
>質問であり、釈尊はこれをまともに取り上げたわけではなく、問題とすべきは
>慢という煩悩にあると視点を変えた。最後に衆生が意生身に乗じて余処に生じると

また慢と渇愛を取り違えた。
我は渇愛す。マンを渇愛す。

301 :神も仏も名無しさん:2007/11/29(木) 06:57:54 ID:lBVMuLn1
<295偽会員(だって)
引き続き回答ありがとうございます。
2,3年前U戸E子氏が自分だけの意向で連絡所に霊神様を頂いた人を呼んだのです。
自分個人で、その方はみんなが一番聴きたかった生活がどのように変化したかを
心がどのくらい安定したかを話さなかったというより話がへたでわからなかったと
がっかりしていました。私はその時事務をやっていたので話しはきかなかったですが、
話が終わってそのかたをU戸氏どこかの高貴な人を接待するように見苦しい
ほど腰を低くして”ああなにしてる○○さんにお茶お出しして”とたいへんな
接待でしたよ。そのあげく事務をしていた私に地区運営費から3万円お祝儀として
くるみなさい。と言うのでなんでじぶんが勝手に連れてきたのに連絡所から
出すのと憤慨しました。もう一人の事務の会員は言う通りにしてやってと目で
合図してました。


302 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/29(木) 08:54:35 ID:6kGGBzW9
>>170 Q連続体 2007/11/26(月) 21:20:19 ID:StJtr5E1
>これが、沙門果経と身命経を比較した間違いを
>私に指摘されたことに対する反論です。
>私が沙門果経を出した理由を示していないことと、
>自分たちがそれを身命経と比較するという失敗と
>何の因果関係があるのか?

その因果関係を説明してあげましょう。
私にしても七氏さんにしても今回の件で最初から最近に至るまで一度も失敗していない。
まずあなたは沙門果経の意生身を出すよりも以前に議論の流れとも関係なく
いきなり唐突にヴァッカリ経やゴーディカ経を出した。
その時も私は訝しく思って質問した。
「で、それが?何が言いたいの?それが桐山批判や擁護とどう関係があるの?」と訊ねた。
しかしあなたから納得のいく説明は未だにしてもらってない。
それからしばらくしてあなたはまたもや議論の流れも文脈も関係なく沙門果経
の意生身などを書いてきた。
私はまた訝しくも質問した。
で、何が言いたいの?桐山批判と擁護とどう関係があるの?
ただし今度は意生身というキーワードがある。
阿含宗の信者、元信者で意生身という言葉を知らない者はいない。
著書に何度も引用されているし法話でも話されている。
質問をする際にこの身命経の意生身を示して、これとどう関係あるのか?と
問い質すのは失敗でも何でもなく当然のことです。
もちろん同じ意生身でも内容が全然異なるのはわかりきったことです。
だからそのわかりきったことを書いて、ね?身命経の意生身とは別の物で関係ないでしょ?
とあなたにもギャラリーにもわかるように示した。
まさかあなたが身命経意生身を知らなかったとは想像だにしてないから。
あなたの真意を語ってもらう誘い水でした。
つづく

303 :宮本伝太夫:2007/11/29(木) 08:55:54 ID:qccRp+xn
主戦論者は悪魔よ
彼らは人々を争いの坩堝に投げ込むだけで
彼ら自身は争いの指示を出すだけで
決して彼ら自身は先頭に立って戦おうとしません。
彼ら、主戦論者の悪魔に騙されないようにしましょう。


304 :神も仏も名無しさん:2007/11/29(木) 12:35:02 ID:2P47z3kg
出家経@三結@せめて三結だけでも

『仏陀の真実の教えを説く阿含経講義』の出家経を読む時は、
桐山さんの解説など抜きにして、現代語訳の釈尊の言葉を読んでみてください。
特別難しいことを言っているのではありません。
「煩悩を断ちきれば、その程度に応じて、解脱へと進む」
と述べているだけです。
釈尊が説いているのは煩悩だけなのだから、霊的浄化や因縁切りなどという
余計な雑音は抜きにして、煩悩だけに着目してください。
出家経では煩悩が具体的に示されており、それらは十結です。
最初の五下分結は在家のままでも切ることのできる煩悩です。
さらに、最初の三結を切れば、シュダオンという境涯になる。
信者さんたちも仏教徒なら、死ぬまでにせめて三結だけでも
切っておきたいと願っているはずです。
桐山さんはアゴン宗以外では三結すらも切れないと説いている。
だが、三結の中身を読めば、まったく逆で、
アゴン宗にいる限り、絶対に三結は切れません。
その根拠を示します。

305 :神も仏も名無しさん:2007/11/29(木) 12:38:16 ID:2P47z3kg
出家経@三結@三結とは

釈尊のいう梵行ほど厳しくしなくても、釈尊の教法と律を守れば、
シュダオンまでなれるといいます。(172頁)
釈尊のいう梵行はなくてもいいから、三結(身見、疑惑、戒取)を
切ることが条件です。
三結は桐山さんの説明によれば次のような煩悩です。(194頁)

@身見・・・永遠不滅の自我があるという見解。
A疑惑・・・お釈迦様の教法に疑いを持つこと。
B戒取・・・お釈迦様の教法以外の宗教・道徳・哲学等を信じること。

桐山さんのこれらの説明は説明不足や桐山節もありますが、
大筋で仏教の説明と同じです。
では、最初の身見からアゴン宗にあてはめてみましょう。

306 :神も仏も名無しさん:2007/11/29(木) 12:43:14 ID:2P47z3kg
出家経@三結@身見
@身見・・・永遠不滅の自我があるという見解。

少し説明を付け加えると、永遠不滅であろうがなかろうが、
自分があると執着することも身見です。
桐山さんは自己が五蘊でできていることを説明して、
これが崩壊した死後に、別な五蘊、桐山異陰という霊魂が生じると説いた。
今回の本で桐山異陰は姿を消し、仙尼経の「陰と與に」になったが、
それでも「陰と與に」が霊魂であるという主張は引っ込めていない。
生きている時の五蘊と、死後の陰が違うのだから、
一見、永遠不滅の自我があるとは説いていないかのように見える。
だが、これは桐山さんの小手先のゴマカシです。

307 :神も仏も名無しさん:2007/11/29(木) 12:44:25 ID:2P47z3kg
出家経@三結@霊魂を説いたら身見

第一に、釈尊は死後の存在については無記であった点です。
身命経で婆蹉種出家が霊魂の有無について質問しても、
釈尊は「そのような質問には答えない(=無記)」というのが答えだった。
釈尊は自我(自己)とは五蘊の集まりであるという以上ことは何も述べていない。
身見とは、こういう釈尊の見識から離れることです。
身見を切るとは、こういう釈尊の見識を理解し受け入れることです。
ところが、桐山さんは死後の存在を説いてしまった。
釈尊が無記とした霊魂があると説いているのですから、
身見そのものです。

308 :神も仏も名無しさん:2007/11/29(木) 12:50:39 ID:2P47z3kg
出家経@三結@生きている時の霊
@身見・・・永遠不滅の自我があるという見解。

釈尊の説く五蘊を採用したら、生きている時に霊魂があるという説は成り立たない。
桐山さんはいかにもこの五蘊を採用したかのように見せかけて、
実際は生きている人間の霊魂も間接的に説いている。
二つ目のゴマカシであり、それが、霊(れい、おみたま)や霊性や霊格という言葉です。
桐山さんは霊性の回復を何度も本で叫んでいる。
人間性と霊性を対比させているのだから、
生きている人には霊性という霊があると説いていることになる。
それは桐山さんの次の記述から見ても明らかです。

『守護霊を持て』
「胎児といえども、三ヶ月以後は、未熟ながら霊がそなわってきている。」
「水子といえども、霊界の法則では、一箇の霊格をそなえているのである。」(45頁)
「水子といえども、三ヶ月以後は、未熟ながら霊性がそなわってきている。」
「水子といえども、霊界の法則では、一箇の霊格をそなえているのだ。」(180頁)
「死と同時に肉体はたんなる物質にもどるけれども、
精神的活動体の一部は残るのである。」(65頁)
「死と同時に肉体はたんなる物質(五蘊)にもどるけれども、
精神的活動体の一部は一種の知覚体として残る。」(119頁)

309 :神も仏も名無しさん:2007/11/29(木) 12:57:30 ID:2P47z3kg
出家経@三結@胎児の霊
@身見・・・永遠不滅の自我があるという見解。

桐山さんは胎児に「霊」がそなわっていると書いている。
その後で水子にも「霊」がそなわっていると書いている。
つまり、生きている人間(胎児)にも、死んだ人間(水子)にも霊があると説いているのです。
この桐山さんの記述から信者さんたちはどのような霊を想像しますか。
生きている我々も霊が備わり、死ぬと肉体はなくなるが、
霊だけが残り、ひどい死に方をするとその霊が暴れて不成仏霊になる。
つまり、よく映画などで出て来るように、死ぬと、衣類をぬぐように、
身体から“透明な自分”がニョロッと出てきて、
物体に触ったり、意志を伝えることはできないが、移動や
現実世界で起きていることを見たり聞いたりはできる。
つまり、死後も知覚を含めた精神活動としての自分が残るというイメージです。
信者さんたちは桐山さんもこういう霊魂を説いていると思っていませんでしたか。
実際、引用した『守護霊を持て』の記述はまさにそうです。
だが、こういう霊感観は「永遠不滅の自我があるという見解」そのものです。

310 :神も仏も名無しさん:2007/11/29(木) 13:03:36 ID:2P47z3kg
出家経@三結@霊魂説は外道の説
@身見・・・永遠不滅の自我があるという見解。

生きている時も霊があり、死んだあとも霊があるといったら、
そこに連綿として自己が存在することになり、身見そのものです。
釈尊はこういう考えを身見という煩悩だとした。
これは釈尊以前のウパニシャッド哲学で唱えられた霊魂観なのです。
自己の本体や輪廻の主体としてアートマンの存在を認めた思想としては、
たいへんよく出来ていて説得力がある。
後に、大乗仏教が採用したほどです。(←ここで笑ってください)
桐山さんの霊魂観などこれに比べたら、稚拙で程度が低い。
もちろん、釈尊はウパニシャッドの霊魂観を否定したからこそ、
仏教では無我説(非我説)の旗を振っているし、
十結の最初に身見が出てくるのです。

311 :神も仏も名無しさん:2007/11/29(木) 13:08:11 ID:2P47z3kg
出家経@三結@五蘊のどこに霊魂があるのか
@身見・・・永遠不滅の自我があるという見解。

桐山さんのズルイところは、生きている我々にも霊魂があるかのように説き、
一方で、仏教の無我説も説いている点です。
こんな相反する内容を同じ本で書くのだから、桐山さんてすごい度胸なのか、
無知なのか、恥知らずなのか、どれなのだろう。
無我説では、自己は五蘊でできているにすぎない。
そこで信者さんたちに毎回お聞するのが、
五蘊のどこに霊があるのか、という質問です。
五蘊とは、桐山さんのいう物質だけではなく、簡単に言ってしまえば、
人間を構成する肉体と精神活動を示す言葉です。
五蘊という部品が人間を作っているというよりも、人間を構成する要素を
観察したら5つに分けられるという意味でしょう。
五蘊のどこにも霊に相当する概念はありません。

312 :神も仏も名無しさん:2007/11/29(木) 13:11:57 ID:2P47z3kg
出家経@三結@五蘊と霊魂は両立しない
@身見・・・永遠不滅の自我があるという見解。

桐山さんは一方で人間を構成する要素として霊を説き、一方で五蘊を説いている。
だが、五蘊には霊はない。
桐山さんは言葉を濁し、話をそらして誤魔化している。
さあ、信者さんたちはこの矛盾をどう解決しますか。
五蘊には霊がないと認めるなら仏教としては正しいが、
桐山さんは胎児にも霊があるというのだから、アゴン宗では矛盾する。
五蘊に霊があると主張すると、五蘊のどこにあるのかと質問され、
返事のしようがない。
今のアゴン宗は、「前門の虎、後門の狼」みたいな状態です。
五蘊と霊とは水と油のように相容れないのに、
桐山さんはこの両方を説いてしまった。
そして、必死に自己の霊魂観に執着している。
こういうのを身見というのです。
信者さんたちは五蘊と霊の両方を説き、自説に執着する桐山さんを信じている。
五蘊と霊の両方を説くのは身見です。
つまり、アゴン宗を信じている限り、身見は切れません。

313 :神も仏も名無しさん:2007/11/29(木) 13:15:04 ID:2P47z3kg
出家経@三結@疑惑
A疑惑・・・お釈迦様の教法に疑いを持つこと。

釈尊の説く煩悩解脱を信じようとせず疑って、
桐山さんはこれを「小解脱」と罵っている。(176頁)
煩悩をなくせという釈尊の教えを疑い、護摩木や守護霊などで欲望を増大させている。
「木片を焼いて清らかになると思うな」という釈尊の護摩禁止を疑い、
死ぬまで護摩を焚くと誇り、柴燈護摩をアゴン宗の最大のウリにしている。
釈尊は死者成仏を否定しているのに疑い、死者を不成仏霊、
霊障のホトケと罵りながら、死者成仏を金集めの道具にしている。
釈尊は占いを禁止しているのに疑い、占いを信者獲得の道具に使っている。
アゴン宗のしていることは、教えを疑うなどというレベルではなく、
釈尊の教えを否定して、侮蔑し、無視して、逆のことをしている。
疑惑をなくすどころか、わざわざ疑惑に相当することをしているのがアゴン宗です。

314 :神も仏も名無しさん:2007/11/29(木) 13:17:53 ID:2P47z3kg
出家経@三結@戒取
B戒取・・・お釈迦様の教法以外の宗教・道徳・哲学等を信じること。

アゴン宗では、因縁解脱やカルマ解脱など外道の解脱を信じている。
霊的浄化、積徳行など、釈尊が説いていない外道の教えを信じている。
不成仏霊の崇り、霊障のカルマ、地球が壊滅、土地浄霊など、
釈尊の教えとは似ても似つかない外道の教えを信じている。
護摩はバラモンが説いた外道の教え、悪因縁は近代の新興宗教の教祖が説いた教え、
霊障は真光系が言い出した事、地球壊滅はノストラダムスの予言、
いずれも釈尊の教えではないことを
アゴン宗では正しいと信じており、固執している。
密教占星術など仏教では禁止されていることを堂々と行っている。
仏教以外の外道の教えを正しいと信じて実践しているのですから、
アゴン宗にいる限り戒取を越えるなどありえません。

315 :神も仏も名無しさん:2007/11/29(木) 13:21:38 ID:Xehrhv50
出家経@三結@三結を絶対に断てないアゴン宗

アゴン宗は三結において見事なまでに違反している。
一つだけでも駄目なのに、三つともに駄目なんて、
大乗仏教でもこんな高得点は取れません。
信者さんたちはショックを受けませんか。
桐山さんからは、アゴン宗だけが三結において合格すると教えられた。
桐山さんは疑惑と戒取において、大乗仏教は不合格だと述べている。(194−195頁)
だが、お釈迦様の教法を疑わず、他の宗教を信じないことで、
疑惑と戒取をなくすとは、阿含経を護持すると口先で宣言することではありません。
実践しなければ意味がない。
アゴン宗は阿含経を護持すると口先では言うが、
実際は阿含経の釈尊が禁止したことばかりやっている。
護摩や占い一つとっても、釈尊は禁止したのだから、戒取なのです。
これをやりながら、戒取に違反していないなどと口先ばかり言っても何の意味もない。
釈尊の説く解脱を「小解脱」と罵倒しながら、よくまあぬけぬけと、
「身見から瞋恚までの五下分結は、解脱宝生行で切れるわけです。」(196頁)
などと言える桐山さんのツラの皮の厚さには絶句する。
人を殴りながら「私は非暴力主義です」と言っているようなものです。
194頁の表題は「三結さえ断てない大乗仏教」だが、正確には、
「三結など絶対に断てないアゴン宗」です。

316 :神も仏も名無しさん:2007/11/29(木) 13:24:39 ID:Xehrhv50
出家経@三結@桐山ゲイカお得意のすり替え

「須陀洹になれないということは、亡くなった時に三悪趣に堕ちて、
不成仏霊や霊障のホトケになるわけです。」(195頁)

信者さんたちには、この桐山さんの文章の根拠を考えてほしい。
あたかも出家経の中にこういう一文があるかのような書き方です。
だが、どこにあるのですか。
三悪趣に堕ちることはないと書いてあるだけで、
三悪趣が、不成仏霊や霊障のホトケだなんてどこにもない。
出家経に限らず、不成仏霊だの霊障のホトケなんて阿含経には出てこない。
釈尊はただ三結を切れば、六道輪廻の中でも苦しい境涯に
堕ちることはないと説いているだけです。
なのに、桐山さんは三悪趣という言葉をとらえて、
そこに不成仏霊、霊障のホトケという言葉をすべりこませ、
「これはわたくしがいっているのではありません。
お釈迦さまがおっしゃっているわけです」(195頁)
などと言い出した。
信者さんたちは両者を分離して読むことです。
釈尊は不成仏霊も霊障も言っていない。
もう一つ、上記の文章での桐山さんのすり替えに気が付きましたか。

317 :神も仏も名無しさん:2007/11/29(木) 13:30:23 ID:Xehrhv50
出家経@三結@全員三悪趣?

釈尊は、三結を断じた人は三悪趣に堕ちることはないと説いているだけです。
普通の人は六道(または五道)を輪廻すると説いているのです。
ところが、桐山さんの上記では、三結を断じていない人は、
全員が三悪趣に堕ちると書いている。
桐山さんの説明だと、仏教を信じない人は全員が三悪趣を輪廻することになる。
釈尊は全員が三悪趣に堕ちるなんて言っていないのに、
どうして桐山さんはこんな極端なことを書いているのか、
信者さんたちも理由を考えてみてください。
霊視したなんてのは駄目ですよ。
これを書いた桐山さんの心を考えるのです。
答えは、桐山さんの世間への激しい憎しみです。
桐山さんのすり替えを書くと次のようになる。
「三結を断じれば悪趣に堕ちない」(元の文章)
→「釈迦仏教を信じないと三悪趣に堕ちる」(ちょっとだけすり替え)
→「釈迦仏教を信じないと霊障のホトケになって苦しむ」(霊障ホトケ登場)
→「アゴン宗を信じないと霊障の仏になって苦しむ」(アゴン宗にすり替え)
→「オレ(桐山)を信じない奴らは霊障のホトケとなって地獄で苦しめ!
それがいやなら、オレに頭を下げて助けを求めろ!」(本音)
つまり、霊障のホトケで脅かして、自分を批判した連中を含めて世間を土下座させ、
自分に帰依しろと言い換えているのです。
こういう汚い心をはき出すのに、釈尊を隠れ蓑に使うところが、
いかにも狐のように小ずるい桐山さんらしい。

318 :神も仏も名無しさん:2007/11/29(木) 13:33:30 ID:Xehrhv50
出家経@三結@釈尊は因縁解脱も霊障解脱も説いていない

「お釈迦さまの仏教以外の宗教は、因縁を解脱させ、
不成仏霊や霊障のホトケを成仏させることができないからです。」(195頁)

釈尊は因縁解脱も霊障解脱も説いていないのだから、
お釈迦様の仏教でもそんなことはできません。
何度でも信者さんたちに言うが、出家経に限らず、
釈尊は因縁解脱も霊障解脱も死者成仏も説いていない。
出家経にも他の阿含経にも因縁解脱や霊障解脱など一行も一言もないのに、
桐山さんはまるで自明の理であり、仏教の常識みたいに書いている。
桐山さんの書いていることは完全な嘘です。
仏教には因縁切りも死者の成仏もありません。
それを桐山さんは、わからない奴がバカだという態度で断言するから、
読んでいる信者さんたちの多くは出家経などで、
釈尊が因縁解脱や死者成仏を説いたのだろうと錯覚する。
世の中で、因縁解脱や死者成仏を説いているのはアゴン宗などの新興宗教だけです。

319 :神も仏も名無しさん:2007/11/29(木) 13:35:38 ID:Xehrhv50
出家経@三結@桐山ゲイカを観察しましょう

霊魂があると主張するアゴン宗は身見そのものです。
釈尊の説く解脱を「小解脱」とバカにするのは疑惑です。
護摩や占いや死者成仏という外道宗教を実践するのは戒取です。
ご覧のように、アゴン宗は三結のいずれにも反する。
桐山さんはアゴン宗にさえいれば、とりあえず三結は切れるようなことを書いている。
だが、アゴン宗にいる限り、絶対に三結は切れませんから、
信者さんたちは絶対にシュダオンにすらなれない。
桐山さんは
「大乗仏教ではシュダオンにさえなれません」(195頁)
と書いているが、他人の心配よりも、自分の心配をしたほうがいい。
三結を実践している桐山さんがシュダオンになったはずはない。
三結の後には欲貪と瞋恚があります。
信者さんたちは、欲貪の瞋恚の説明(164頁)を読んで、
それをまず桐山さんにあてはめてみてください。
私に指摘される前に、桐山さんが欲貪と瞋恚を断ち切っているように
見えるかどうか、自分の目でまず観察してください。

320 :神も仏も名無しさん:2007/11/29(木) 13:41:13 ID:IwRuNML/
修正
>>319
正 ご覧のように、アゴン宗は三結のいずれにもあてはまる。
誤 ご覧のように、アゴン宗は三結のいずれにも反する。

321 :元会員:2007/11/29(木) 14:30:29 ID:Jt4Skoqu
>>265
>>266
>>267

桐山さんはいまだに米国の問題を解決できないでいる。
米国告発さんの内容はエキサイティングですねエ〜。


322 :Q連続体:2007/11/29(木) 15:02:06 ID:kZ+7EEPj
>>227 :神も仏も名無しさん
>208
性格が悪いからでしょ。
私文書さんの質問をまったく無視して、自分の書きたい事だけ
書く人だからね。

早速コバンザメが釣れました!
今回も三行レスがやっとです。

私文書の質問には既に答えている。
この三歳児は、それを無視して
壊れた蓄音機(ちと古いか)のように
同じ質問を繰り返す。
いちいちそれに答える必要なし。
このスレの番人気取りで
へばりついていて五月蝿い奴です。
こいつが登場してから、
その下品さに呆れて
擁護側は減りました。

>>231 :樹意
>確かにその節はそのように書いていたもようです、
>ゲイカのお弟子だけあって
>その場その場で 書かれているのでしょう。

オレンジを名乗っていたときは、
少しはマシなところもありましたが、
今やすっかり腐って見るも無残な姿です。
仏説の披露以外はやることもなく
こうして私文書とお喋りするまでに
落ちぶれてしまいました。

323 :Q連続体:2007/11/29(木) 15:04:18 ID:kZ+7EEPj
七氏さんはよく嘘を書く人ですが、
それを持ち前の口のうまさで
事実だと思い込ませてしまう。
天性の詐欺師とは、
こういう人を指すのでしょう。
先般の万燈供養や魔女狩りの件にしても、
彼の手にかかれば、あら不思議
ホントの話になってしまう。

嘘と言えばこんな話もあります。
以前、「仙尼経の相続」が話題になったとき、
連続体の一員であるクリン含が
「何か」という言葉を使うたびに、
七氏さんは、
『ゲイカは異陰=霊魂を説いたのであり、
「何か」などはゲイカ説ではなくクリン含説だ。
そんなものはお呼びでない』
と、相手を散々にコキ下ろしました。
ところがなんと、ゲイカ本には
「なにかが」とはっきり書かれているのです。

324 :Q連続体:2007/11/29(木) 15:05:20 ID:kZ+7EEPj
輪廻する葦(第14刷)
  
  つまり、死んでも人間は「なにかが」存在をつづけるのである。(154頁)

  霊魂とよぼうが、異陰とよぼうが、そんなことはどうでもいい。
  とにかく釈尊は、死後もなにかが存在をつづけると
  はっきりとおっしゃっておられるのです。(156頁)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
先日発売された異陰の消えた新刊本にも
同様な表現が使われています。
『死後、何かが存在をつづける』というのは
正真正銘のゲイカ説なのです。
いつも相手を無知だと批判しながら、
七氏さん本人は
ゲイカの本をまともに読んですらいない。
この件は早速ガイドラインに追加しておきます。
新ガイドライン【84.「何か説」はゲイガ説ではないと嘘を書いた】

325 :Q連続体:2007/11/29(木) 15:10:35 ID:kZ+7EEPj
ユビキタスもゲイカ本をよく読んでいません。

前スレ>484
>Qさんが冗談で書いているでしょ?
>異次元の陰だと。

輪廻する葦(14刷) 154頁7行目
『五陰とはまた異なった集まり、つまり異次元の集まり、
と解釈したらいいでしょう。

326 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/29(木) 15:15:54 ID:6kGGBzW9
>>170 Q連続体 2007/11/26(月) 21:20:19 ID:StJtr5E1

>何の因果関係があるのか?

身命経に釈尊が認めなくても意生身という言葉がある限り、これと沙門果経にも書かれている意生身は
同じものだろうか、違うだろうかという比較検証は価値のない話ではない。
一応比較してみる価値がある。
比較した結果は広義の概念では意識だけからなる存在であり共通ではあるが、
そんな広義な概念分類など意味がないほど中身は別物です。
それはあなたにもギャラリーにもわかる話でしょ?とこちらはオープンに示した。
だからあなたは同意すればよいのです。
そうだ。婆磋が質問した死んだ衆生が次の肉体を得るまでの中有の存在と
沙門果経に説かれる解脱した聖者が神通力で作ってしまえるという意識だけの
自由な存在とは全く別物だと。
そこでお互いの共通認識を得る。
そこが出発点なのです。
ちなみにこの段階でこちらはヴァッカリもゴーディカも出してない。
で次の段階に進む。
Qさんよ。あなたはこの沙門果経意生身を示して阿含宗批判とその反論スレで
何を主張したいのかい?
ところがあなたはこのステップに進むことを許そうとせず、沙門果意生身と身命意生身
を混同する愚か者とトンチンカンな罵倒に走った。
で、そうこうしているうちにあなたは、ある日この沙門果意生身はヴァッカリや
ゴーディカの話を説明することになると思うのだと書いた。
だからこちらはじゃあそれを示してよと促している。
それを解説して結局ヴァッカリやゴーディカの話と意生身の話がどう連関して
どう桐山批判の反論、阿含宗の擁護になるかわかるからです。
だからそれを促すのさ至極当然です。

327 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/29(木) 15:18:45 ID:6kGGBzW9
>>325
おお!異次元の陰はずんだQさんの冗談ではなく、桐山節でしたか?
それはかえって都合がいい。
私の記憶の悪さは認めてあげてもいいからさ。

328 :Q連続体:2007/11/29(木) 15:21:51 ID:kZ+7EEPj
七氏さんや他の批判側は
阿含宗が真言を用いて祈祷することを批判しています。
釈尊はそういった類のことを全面的に禁じたという理由です。
しかしそれは出家者に対するものであり、
在家の場合は事情が違っていたようです。
次は岩本裕著「佛教入門」180頁からの引用です。
(原文のまま)

329 :Q連続体:2007/11/29(木) 15:22:39 ID:kZ+7EEPj
ブッダは、すでに述べたところから明らかなように、
個人による苦の克服を説いたのであるから、
祈祷・まじないなど神秘的な威力によって災禍を免れるという、
いわば姑息な手段を許すはずがなかった。
しかし、祈祷・まじないなどの類はインドでは非常に古くから流行し、
『アタルヴァ=ヴェーダ』はそのような際に唱えられる
祈りの文句や呪文を集めた聖典である。
その中には癩病・熱病の平癒を祈る文句もあれば、
恋敵を呪い仇敵の破滅を願う文句があり、
古代インド人の生活において祈祷・まじないがいかに広く、
また重く用いられたかが知られる。
ブッダは祈祷・まじないの類を禁止したけれども、
また一方では世俗の慣習を容認していたので、
在俗の信者たちの間で祈祷・まじないが従来どおりに用いられた。
しかも、そのような慣習は教団の内部にも次第に蔓延したのであって、
ヴィナヤ(律)の中には守護呪(自分を守るための呪文)の使用が記されているのは、
その間の事情を物語っている。

330 :Q連続体:2007/11/29(木) 15:24:23 ID:kZ+7EEPj

以上のとおり、釈尊は在家の信者には祈祷・まじないを禁じなかったのです。
しかし、そのことが教団の出家者たちの堕落した生活にも繋がった。
『沙門果経』46〜62節にはそのことが書かれています。
七氏さんなら小躍りしてその部分を取り上げて、
祈祷・まじないはイケナイことの根拠にするでしょう。
しかし阿含の信者は出家者ではないのです。
そして何と、時と場合によっては、
釈尊みずから呪文を使い、また弟子にも教えていたのです。
同書・120頁にこんな話が紹介されています。
(以下、要約)

331 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/29(木) 15:41:36 ID:6kGGBzW9
>>328-330
新しいネタを出してきましたね。感心感心。
それならば後回しにされることもない。
あなたの旧ネタを後回しにして、そちらの新ネタ(まあ大して目新しいネタでもないが)
について、後でレスをつけて軽く論破して差し上げましょう。

332 :Q連続体:2007/11/29(木) 16:08:05 ID:kZ+7EEPj
>>330の続き

釈尊が祇園精舎に逗留していた時のこと。
アーナンダは町で乞食をしていたが、
そこでプラクリティという娘に出会う。
一目でアーナンダに恋してしまった彼女は
彼を誘惑するよう母親に頼んで
呪文と呪術で彼を誘惑してもらう。
呪術によって僧院を抜け出し、
彼女の家に引き寄せられてしまった彼は、
釈尊に救いを求める。
彼の窮境を知った釈尊は
呪文を唱えて彼にかけられた呪法をはらい、
彼は無事に僧院に帰ることができた。
このとき釈尊は、このような災難をのがれる呪文を
アーナンダに教えた。
(『シャールドゥーナ=カルナ=アヴァダーナ』より)

333 :Q連続体:2007/11/29(木) 16:13:27 ID:kZ+7EEPj
阿含宗の在家信者たちが、
病気の平癒や息災を願って
日夜真言をお唱えするのを
ニルヴァ―ナの釈尊は
決して禁じはしないでしょう。

批判側の話は
自分たちの都合のいい話だけを取り上げ、
批判材料に仕立て上げているところがあります。
(先日の解脱者の話である沙門果経を使って
霊魂説を否定した件など)
当然のことですが、
彼等は釈尊やその教団について、
すべてを知り尽くしているわけではありません。
彼等が目にしていない文献など山ほどあるでしょう。

祈祷や占い件だけでなく、
釈尊やその教法を真に理解するには
当時のインド社会の抱えていた問題(カースト制度など)
を抜きにしては語れません。
仏伝に触れれば触れるほど
批判側の語る仏陀像は歪んでいるのを強く感じます。

334 :Q連続体:2007/11/29(木) 16:14:36 ID:kZ+7EEPj
>>4>>8>>11
このスレは釈尊そのものを語るスレではないので、
彼の女性観そのものが問題なのではありません。
あくまで阿含宗との関係において
釈尊を話題として取り上げたのです。
今回は七氏さんの日頃の発言との関連で
釈尊に御登場願いました。

七氏さんは信者や職員をいつもこのように批判しています。
『信者や職員が悪いのはゲイカがそうだからだ』
彼は、信者や職員とゲイカの内面を同一視しています。
信者や職員はゲイカの心の鏡だと言いたいのです。
こうした彼の主張に従うのなら、
釈尊教団においても、弟子の言動は
教祖である釈尊の心を反映していることになります。

335 :Q連続体:2007/11/29(木) 16:23:33 ID:kZ+7EEPj
蓮華色尼が乱暴されたとき
釈尊の教団でそれが話題になりました。
『悟りを得たものでも犯されたときに
感じたのだろうか?』
いくら修行に関連した話とはいえ、
このような発言は今でいうセクハラであり、
女性蔑視であると言われても仕方ありません。
ユビキタスとて彼等の発言をそう見なすでしょう。
(もっとも彼自身、偶然にも弟子たちと同じ発言をしていましたがw)
七氏さんによれば、
こうした弟子の女性蔑視発言は
教祖である釈尊の心を反映したものということになります。
つまり七氏さんは、釈尊は女性蔑視の心を持っていると
考えているわけです。
彼もこれには異論が無いと思いますよ。
ここで釈尊教団と阿含宗は別であると考えることは
御都合主義になります。
主旨は一貫することが大事です。
新ガイドライン【85.ブッダは女性蔑視をしていたと考えている】

336 :Q連続体:2007/11/29(木) 16:34:34 ID:kZ+7EEPj
内容の見直しが必要ですが
追加がありましたので
一応これを上げておきます。

47.魂や霊魂を過剰に意識する(スレ128の>252)
48.無我説を誤解している(スレ128の>358)
49.被害者の連帯意識がやたらに強い
50.先達の死を冒涜する(スレ128の>96)
51.優等生や学歴にコンプレックスを持つ(子供時代に頭がいいと誉められたんだろ スレ129の>259)
52.他人の代弁をしたがる(誤解されないように358さんは無我(非我)説と書いた スレ129の>266)
53.人にケチをつけるのが生きがいである(文章をカットしただろ スレ129の>260)
54.とにかく阿含はよそと違うんだという理屈を考え出す(←52.から変更)スレ128の>49)
55.知能は三歳児(バーカ、ションベン発言スレ130の>71、>72、ボケ・アホ発言スレ131の>361から367)
56.相手が文章の主語を読み違えたとして言い逃れる(スレ130の>330 宗務局の混乱は現場の混乱)
57.御都合主義である(スレ130の>331、肩書きと貢献度の優先度をケースによって使い分ける)
58.教団にぶつける質問を信者にぶつける(スレ130の>336 何故「阿含宗」と名乗る?)
59.批判側の一人はいい歳をした○便小僧(○○の○便を今すぐ止めて スレ130の>343)
60.相手の言葉尻をとらえる(心癖という言葉に絡む スレ130の>407)

337 :Q連続体:2007/11/29(木) 16:36:12 ID:kZ+7EEPj
61.最近の道場事情に疎い( ゲイカが脳障害の因縁を出したことを認めるのだね?スレ130の>390)
62.知ったかぶりする程には仏教の知識は無い(釈尊の女性差別を知らない スレ130の>403)
63.擁護側にだけ強弁を禁止する身勝手さ(強弁をやめろ スレ131の>209)
64.正式な退会手続きをしないから教団から離れられない(家族達の会費をずっと滞納 スレ131の>209)
65.かなりの自意識過剰である(Qさんと別れるのですか スレ131の>>221
66.一日に同じことを5回も書くという明らかな精神疾患(境界性人格障害 スレ131の>253〜>274)
67.スルーしろと忠告されてもスルーできない哀しいサガ(スレ131の>254)
68.それは屁理屈だと言い出し相手の反論をかわす(スレ132の>231)
69.相手の生活などわかりもしないことを想像して書く(スレ131の>233)
70.相手の発言の一部を取り上げて批判する悪辣さ(スレ131の>234)
71.小学生でもわかる理屈が理解できない(どうやって筆者注が出てくるのだ?スレ131の>238)
72.「というくらい」と書いて内容をぼかして誤魔化す(スレ131の>245)
73.理解できる人にだけ理解できる、で幕を引く<スレ131の>248)
74.最後には「とにかくこうなんだ」で終わりにする(盆器は盆器だ スレ131の>249)
75.反論が終わると長い感想文で相手を罵倒する<スレ131の>262〜>270)
76.相手を誇大妄想であると決めつけ自分たちこそ正義だと思い込む(スレ131の>255)
77.ブッダは霊的な意生身を認めていないと嘘を書く(スレ103の>591)
78.意生身は解脱者しか作り出せないと嘘を書く(スレ131の>307、>310)
79. 盂蘭盆は盆器であると嘘を書く
80.都合の良い時だけ解釈を限定させる
81.読解力が無い(身命経の「衆生」と「余処」に気づかなかった スレ131の>310)
82.理屈をつけて自分のミスを絶対に認めない(我々は身命経と沙門果経を混同していない スレ132の>156)
83.批判側陣営が抱える幕下のコバンザメスレ(132の>547、564、>>101
84.「何か説」はゲイガ説ではないと嘘を書いた
85.ブッダは女性蔑視をしていたと考えている

338 :Q連続体:2007/11/29(木) 16:39:07 ID:kZ+7EEPj
訂正

65.スレ131の》221→>221

339 :Q連続体:2007/11/29(木) 16:53:22 ID:kZ+7EEPj
>>328−332
多分こんな反論が出てくるでしょう。
釈尊が在家信者には祈祷や占いの類を禁じなくても
そのことが結果的には出家信者の堕落につながった。
だから祈祷や占いは釈迦仏教の本道ではなく
所詮「悪」なのだと。
そういう理屈も言えないことはありません。
しかしそれはあくまで理屈であって
在家信者には容認していたという事実は事実として
認めねばなりません。
それに在家信者に対して、
出家生活の厳格さを求めるのは
行き過ぎでないかとも思えるのです。

340 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/29(木) 17:57:28 ID:6kGGBzW9
>>339
あ〜、違う違う。
そんな語り口の反論ではない。
まだ忙しいのでまた晩〜深夜あたりにね。
(↑忙しいくせにどうして書いているのだ?)

341 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/29(木) 20:51:41 ID:lj+ef0i2
>>322名前:Q連続体 投稿日:2007/11/29(木) 15:02:06 kZ+7EEPj
>私文書の質問には既に答えている。

答えてない答えてない。「桐山に聞け」そんなの答えになってない。

で、Klingo〜n改めQ連続体よ、何時になったら「第九識=霊魂」の筋道通った
根拠や典拠見せてくれるの?
桐山が言ってるから?学者でもなければ僧侶ですらない桐山の言うことなど
根拠などになりません。それは「あくまでも桐山の臭い口が勝手に言ってる」に
過ぎません。

もしかしたら根拠とか典拠の意味が解らないのかな?
経典や論書、実績ある学者の説などを引用すればいいんだよ。わかったかな?
既に説明したような>>322のような真っ赤なウソをつくなよ。

342 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/30(金) 00:02:57 ID:6kGGBzW9
いかん。終電逃してまったがや。近くで泊まりだ。
ネットカフェは情けない。疲れがとれん。カプセルカプセル。
予告編書くといつもロクな目に遭わないな。

343 :神も仏も名無しさん:2007/11/30(金) 00:23:10 ID:hNRt7hSb
>>306
>それでも「陰と與に」が霊魂であるという主張は引っ込めていない。

>>324
>霊魂とよぼうが、異陰とよぼうが、

パーリ上座部では、
  現在の「此陰」→(異陰が生じていない時)→未来の「異陰」
であって、「中陰」について経典は説いていない、と見なし、

『雑阿含経』を伝えた説一切有部では、
  「此陰」→(中陰)→「異陰」
と見なしており、「霊魂」に相当するのは、「異陰」ではなくて「中陰」であり、

したがって、「異陰」を「霊魂」と同一視するのは桐山氏独自の解釈である、と言えるでしょう。


いずれにせよ、仙尼経の話は、『ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッド』4.4.3の、
「蛭(ヒル)が一つの葉から別の葉に移る」ように、「アートマンがこの世の身を捨てて
別の新しい身に移る」という比喩などを受けて、仙尼外道が質問したものでありましょう。

ただ、外道の仙尼が仏教の言葉遣いである陰(スカンダ、五蘊)という表現をとるものなのか、
むしろ身(シャリーラ)と表現したのではないか、という点が、いささか疑問ではあります。

なお、『大智度論』巻第一に「先尼婆蹉衢多羅」とあって、先尼(仙尼)を婆蹉衢多羅
(ばしゃぐたら、サンスクリット語 Vatsa-gotra, パーリ語 Vaccha-gotta、「子牛」家系)
としているので、『雑阿含経』の「婆蹉種出家」と「仙尼出家」が同一人物の可能性もあります。

344 :偽会員(だって):2007/11/30(金) 00:24:11 ID:73ufendv
>>301
まあ、宗務局の無能な仕事ぶりは今に始まったことではないのですが、社会では使い物にならず、
まともな会社はどこも雇ってくれないような人材が宗務局に入っているのだから、そんな風な対応に
なっても仕方がないかなと思います。
あいつらは世の中のことを何も知らない学生から、あるいは無能な(ここのところ大事ね。でも、主婦は
無能であるという意味ではないから注意ね。)主婦から潜り込んだ奴らが多いからしょうがないのだが。
でも、まあ、そんな奴らを採用する(そんな奴らしか来ないだろうな、あんな非常識な教団)教団側に
一番問題があることは言うまでもありません。


345 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/30(金) 00:48:46 ID:THy69KxC
>>328-330
>>332
主旨はこれだろうね。↓
>以上のとおり、釈尊は在家の信者には祈祷・まじないを禁じなかったのです。

>しかし阿含の信者は出家者ではないのです。
>そして何と、時と場合によっては、
>釈尊みずから呪文を使い、また弟子にも教えていたのです。

順序を無視してでもレスしてあげましょう。
これは一つにはQさんが珍しくずんだ餅や牛タン定食や鮭いくら弁当を離れて
新たなメニューで挑戦してきたことに対する敬意です。
もう一つはギャラリーの注目に答えるためです。
ユビファンの期待にも応えねばならぬ。(笑)
ロムする人はQさんのさんざん反論され尽くしたネタの蒸し返しには辟易としていて
読みたくもない。スルーしてくれとの要望もある。
しかし新たなネタとなると話が違い、批判側はどんな反論をするか興味が
持たれるところだ。
自分で既に反論を持っている人もいようし、うーん、どうなんだろうと悩む人もいる
ことだろう。
だからこういう新鮮なネタが出された時には速やかに調理して賞味するのが宜しい。
私が要望した世間福、出世間福などもロムを続けている人には、ああ、あれか
とわかるし、そういうのは後回しにして宜しい。
しかしその前に風呂へぇってくるね。
マッサージも受けたい気分だが幸か不幸か予算が十分でない。
アダルトビデオでも鑑賞しながらかくかな。
あ、「書く」の方ね。
では人工温泉へ。
また後で。

346 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/30(金) 02:01:05 ID:THy69KxC
>>328-330
>以上のとおり、釈尊は在家の信者には祈祷・まじないを禁じなかったのです。

出家には禁じていた葬送儀礼に携わること、祭祀などに関わることなどは
在家には認めていました。
出家は不淫戒でセックスを禁じていたが、在家には不倫とか不邪淫戒だけで
夫婦間のセックスは禁じていなかったようにゆるいわけです。
先祖、先人を尊び天に感謝し豊作を願うような祭祀に参加することも否定しなかった。
いずれも程度モノでありましょう。
とにかくあなたの言うようにまじないめいたものでもある程度は寛大に許容した
わけです。そこから広がっていく堕落についてはここでは触れません。

>しかし阿含の信者は出家者ではないのです。

しかしだからと言って、世間で行われている一見非合理にも思える習俗に参加が
許されるといって、一応トップのリーダーは出家の僧侶を名乗る阿含宗という
仏教団体が在家信者を集めて、さあまじないや占いや祈祷を始めようと率先して
オリジナルのまじないメニューを用意するだろうか?
釈尊の周囲にも比丘グループ、比丘尼グループだけでなく、優婆塞、優婆夷の
在家信徒のグループがあり、教えを聴聞して信仰に励んでいた。
この在家の「オシャカクラブ」に出家の釈尊が「おまえたち、今日はサービスだ、
オシャカ特製のまじないを伝授する!その名もオシャカ杭打ち集財秘法!
さあ、このまじないでリッチ、セレブを求めよう!などと率先するか?

347 :神も仏も名無しさん:2007/11/30(金) 02:10:53 ID:JetwiqKb
【カ ル ト な 様 子】

カルトに染まっていく過程にはある決まったシナリオがある。

1.「接触」 知人から/家族から/同僚から/ など色々なケースがあるが、
縁遠い知り合いから突然「会わない?」と誘われた場合 99.86%は、カルト勧誘であると調査結果が出ている。
飲み会/芸能人に会える/お寺で法話/ などの誘いに乗ってその場へ行けば 「信者会合だった」というケースは 97.38%ある。

カルトはカルト組織との「縁」を強調する。「縁があったんだから。頑張りなさい」と言い 勧誘/献金/献身を勧める。
しかし「悪い縁」ならば、切った方が良いのは言うまでもない。

ttp://sky.geocities.jp/sonnna_ahona4649/arucult.html#yousu


348 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/30(金) 02:19:26 ID:THy69KxC
> 以上のとおり、釈尊は在家の信者には祈祷・まじないを禁じなかったのです。
>しかし阿含の信者は出家者ではないのです。

信者がパチンコに興じることをうるさく禁じないのはわかる。
しかしわざわざパチンコ台を用意して、さあこれで楽しめと出家がトップの仏教教団
があるだろうか?
釈尊としては理想は出家のように占いやまじないや祈祷などから離れてほしいのです。
離れなくても深入りしてほしくない。ほどほどにしなさいと説く。
「禁じなかった」「認めた」と「奨励した」とは違うのです。
まあ、禁じやしないよ。節度を忘れないならやってもよいよという許可は
奨励どころか減らしてほしいのです。
だから祈祷行事であれまじないであれパチンコであれ、教団とは関係ない娑婆世界
のそれに参加するのは黙認もしようが、教団がわざわざおまじないサービス
なんか提供して煩悩を増やすようなことはするわけない。
しかし阿含宗はそれを奨励しているのです。
「さあ、やれ、励め」と煽る。
その根拠が「禁じはしなかった」だけ?
羽目のはずし過ぎではありませんか?
普段説いている欲を減らす教えとは逆のまじない実践メニューで、ついに反逆
を起こしてしまった。

349 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/30(金) 02:21:51 ID:x2DaaOn4
>>347
どうだろうな?
私の場合は確かに人の縁で入ったが、それ以前に桐山の本読んでたしなあ。
それで疑問とかを直接ぶつけて納得して乳業したし。
周りの会員も、教義に何らか納得したものがあって入ったというし。

おそらくそういう感じで入った人はすぐ止めるか、幽霊会員じゃないだろうか?

350 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/30(金) 02:42:13 ID:THy69KxC
>>332
さて、今回のあなたの切り札のアーナンダを釈尊が呪文で救い呪文を教えた話です。
シャールドゥーナ=カルナ=アヴァダーナですか?
アブァダーナを調べるとジャータカの説話、物語なども含んでいるようだ。
説話、物語、作り話です。
この紹介された話を作り話だなんて簡単には逃げません。
ある程度は真実のものとしましょう。ただしかなり脚色も入っているでしょう。
窮地のアーナンダを釈尊が救った。
しかしこれはたとえ呪文を唱えたにしても、やむを得ず取った策とも言える。
普段からこんなことはやらない。
治毒呪なども認めるようになっていったとのことですね。
毒蛇に咬まれても呪文を唱えただけで毒が癒えるわけだ。
すごいなあ。現代にあったら血清いらずだ。
当時のインドは出家も樹の下、ジャングル、洞穴などで暮らした。
毒蛇ほど怖いものはない。
やはり防備というものはする。
現代なら血清、解毒剤を用意するかな?
古代だったら治毒呪みたいのしかなかったわけだ。
こういうものを使用したからといって必要最小限なんです。
普段は呪文など唱えない。まじないをしない。
本来やってはならない、やるのが望ましくないことでもやらざるを得ないものもあろう。
だったらそれは必要最小限にする。
阿含宗みたいに普段からそれ目的で売り込んだりなんかしない。

351 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/11/30(金) 08:49:01 ID:THy69KxC
>>332 Q連続体 2007/11/29(木) 16:08:05 ID:kZ+7EEPj
>釈尊が祇園精舎に逗留していた時のこと。
>アーナンダは町で乞食をしていたが、
>そこでプラクリティという娘に出会う。
>一目でアーナンダに恋してしまった彼女は
>彼を誘惑するよう母親に頼んで
>呪文と呪術で彼を誘惑してもらう。
>呪術によって僧院を抜け出し、
>彼女の家に引き寄せられてしまった彼は、
>釈尊に救いを求める。
>彼の窮境を知った釈尊は
>呪文を唱えて彼にかけられた呪法をはらい、
>彼は無事に僧院に帰ることができた。
>このとき釈尊は、このような災難をのがれる呪文を
>アーナンダに教えた。
>(『シャールドゥーナ=カルナ=アヴァダーナ』より)

催眠みたいのをかけられて拘束されてしまったらどうにもならない。
催眠を解く技術でも魔法の呪文でもなんでもよいが応急に対処する。
それだけです。
それ以上には使わないのです。普段から。

352 :神も仏も名無しさん:2007/11/30(金) 12:17:52 ID:UgigiyoZ
>>323 :Q連続体:2007/11/29(木) 15:04:18 ID:kZ+7EEPj
>ところがなんと、ゲイカ本には
>「なにかが」とはっきり書かれているのです。

クリン含さんは何を議論していたのかきれいに忘れる人ですね。
桐山さんは「桐山異陰=霊魂」だと唱えた。
だから、あなたが引用した『輪廻する葦』に書いてある「なにか」とは
仙尼経にあるという「桐山異陰」のことです。
一方あなたは仙尼経の議論の過程で、仙尼経に出てくる「與陰(=桐山異陰)」を
桐山さんのように霊魂だとは言えなくなった。
誰が読んでも、仙尼経の與陰は生まれ変わった後の存在であり、
霊魂など霊的な存在ではない。
あなたも與陰を霊魂だと主張するほどバカになれなかった。
あなたは否定するだろうが、一時はあなたも、仙尼経には異陰がないこと、
仙尼経の與陰(桐山異陰)には霊魂の意味などないことを認めた。
普通なら議論はそれで終わりです。
だが、これで諦めるようなクリン含さんではない。
そこでクリン含教の「何か説」が始まった。

353 :神も仏も名無しさん:2007/11/30(金) 12:24:39 ID:UgigiyoZ
>>323 :Q連続体:2007/11/29(木) 15:04:18 ID:kZ+7EEPj
>ところがなんと、ゲイカ本には
>「なにかが」とはっきり書かれているのです。

「仙尼経にはたしかに霊的な存在を示す言葉はないが、
しかあああああし!現世と来世をつなぐナニカがあるに違いない。
ナニカがなかったら、説明がつかないではないかあああああ!
それこそが論理的というものであーる」と、クリン含教が始まったのです。
桐山さんのいう「なにか」は桐山異陰であるのに対して、
あなたは桐山異陰(=なにか)以外のナニカがあると言い出した。
両者は言葉が同じなだけで、中身は違う。
私は、桐山さんは、仙尼経の異陰(與陰)を「なにか」だと言っているのであって、
クリン含さんのいうように桐山異陰の他にナニカがあるなんて説いていないと反論したのです。
桐山さんも説いていないナニカなど議論したければ、よそに行けと何度も書いた。
あなたはそのナニカを証明するために延々とクリン含教を唱え続け、
私はスレの主旨から離れているのを覚悟で、
あなたが自己矛盾を起こして自滅するまで付き合ってあげたのだ。
桐山異陰(=なにか)以外にナニカかがあるなんて、桐山さんは言っていない。

354 :神も仏も名無しさん:2007/11/30(金) 12:33:16 ID:UgigiyoZ
>>323 :Q連続体:2007/11/29(木) 15:04:18 ID:kZ+7EEPj
>ところがなんと、ゲイカ本には
>「なにかが」とはっきり書かれているのです。

あなたはナニカという言葉だけ覚えていて、桐山さんも「なにか」と
書いているの今頃気が付いて、七氏に一撃を加えてやると出てきたのだろうが、
自分の記憶のなさを暴露しただけです。
誰かが「あれ」といったからといって、他の人の「あれ」と同じではない。
言葉が同じだから内容も同じだと限らない、そんなこともわかりませんか。
あなたは昨年まで、『輪廻する葦』を持っていなかった。
あなたは『輪廻する葦』が出た頃には信者だった可能性が高いのに、
『輪廻する葦』をここでの議論が始まってから買った。
おもしろいのは、『輪廻する葦』に意生身が出てくるのに、これを読まなかった。
残念ながら、今回もあなたの投げた石はあなたの頭に当たった。
逆の立場ならあなたは高笑いをするだろうが、
私はうれしくもなんともない。
男のくせに、ヘビのように執念深いのがひたすら気持ち悪いだけです。
今、読者が何を危具しているかわかるか。
あなたが私のこの反論に激しく怒り憎しみ、また執念深く屁理屈をつけて、
一年以上も前に済んだ議論や、桐山さんですら使っていない異陰の話を
また蒸し返すだろうと予想している。
つまり、またあなたが「居間でオシッコ」を始めるだろうとウンザリしている。

355 :神も仏も名無しさん:2007/11/30(金) 12:42:57 ID:UgigiyoZ
>>323 :Q連続体:2007/11/29(木) 15:04:18 ID:kZ+7EEPj
>先般の万燈供養や魔女狩りの件にしても、
>彼の手にかかれば、あら不思議
>ホントの話になってしまう。

私が万燈会や魔女狩りの件を書いたのは推測です。
だれが「ホント」だと書きましたか。
推測は、後に当たっていたか、外れていたかがわかるだけで、
それまではホントも嘘もない。
あなたも推測で書いているにすぎない。
私は推測の根拠を示したが、あなたは推測の根拠など示せるはずがない。
お互いに推測を示したにすぎないのだ。
どちらの推測を納得するかは読者の判断です。
何度説明されても、こんなことも理解できないのか?

356 :神も仏も名無しさん:2007/11/30(金) 12:54:10 ID:UgigiyoZ
>>323 :Q連続体:2007/11/29(木) 15:04:18 ID:kZ+7EEPj
>彼の手にかかれば、あら不思議
>ホントの話になってしまう。

クリン含さんの主張をことこどく論破されるから、悔しいのですね。
なぜなのか、現実をよく見ることだ。
私は「あら不思議」な理屈など並べていない。
私やユビキタスさんの知性は普通だ。
ところが、往年の優等生で、周囲をいつも論理で負かしているはずの
クリン含さんが、ここに来ると百戦百敗です。
この三年ほどの議論で、あなたはただ一度も勝ったことがない。
理由は簡単です。
私もユビキタスさんも自説を唱えているのではない。
あるがままの現実をあるがままに説明しているだけです。
ところが、あなたは桐山さんと同じで、先に現実とは違う自説があり、
それに併せてその場しのぎの屁理屈をつけるから、後で矛盾する。
桐山さんがその場しのぎの嘘をつくから、後で嘘がばれるのと同じです。
私やユビキタスさんはただ現実や事実をそのまま書いていて、
間違いがあれば修正するから、矛盾しない。
あなたはその場しのぎに作り上げた自説をこねくりまわすから、自爆する。
あなたを見ていると、壺の中のリンゴを取ろうとして、捕まったサルのたとえ話を思い出す。
リンゴを取ろうとするから、手が壺から抜けない。
リンゴを離せば逃げられるのに、欲が強すぎてリンゴを離すということすらわからなくなる。
あなたもこのスレから逃げられず、自爆して笑い者になる。
手が抜けない理由はサルは欲望で、クリン含さんは慢心と憎しみです。

357 :神も仏も名無しさん:2007/11/30(金) 12:55:44 ID:UgigiyoZ
>>330 :Q連続体:2007/11/29(木) 15:24:23 ID:kZ+7EEPj
>以上のとおり、釈尊は在家の信者には祈祷・まじないを禁じなかったのです。

ユビキタスさんが反論している内容と重複します。
クリン含さんは釈尊が在家に呪術を禁止しなかったことで何を言いたいのだ?
あなたは、だからアゴン宗は正しいと臭わせたいのですね。
相変わらず、狐のような小手先の誤魔化しで、議論の焦点を
ずらしたつもりだろうが、成り立たない。
反論は三点に分かれる。
一つ目は、あなたが在家だけに目を向けさせ、出家や教団が
関係ないかのように書いている誤魔化しです。
阿含経を護持するというアゴン宗が加持祈祷をいっさい行わず、
在家がよそで加持祈祷を頼んだとか、よそで占いをしたというなら
あなたの主張もいいだろう。
在家がアゴン宗と関係なしにしているのだから、
釈尊も容認したといえば、間違ってはいない。
だが、現実のアゴン宗は加持祈祷そのものではないか。
あなたはいったいどこに目を付けているのだ?
というよりも、目をそらしてやろうという魂胆ですよね。
無駄です。

358 :神も仏も名無しさん:2007/11/30(金) 13:02:54 ID:UgigiyoZ
>>330 :Q連続体:2007/11/29(木) 15:24:23 ID:kZ+7EEPj
>以上のとおり、釈尊は在家の信者には祈祷・まじないを禁じなかったのです。

アゴン宗は大作さんのところみたいに在家だけの教団ではない。
桐山さんや法務部は自称とはいえ出家です。
法務部には正式な坊さんが二人もいる。
だが、彼らは何をしているのだ?
護摩を焚き、柴燈護摩や土地浄霊、はては占いまで、
彼らの仕事のほとんどが釈尊が禁止した加持祈祷です。
アゴン宗は加持祈祷宗教だと言ってもいいくらい、
その教義やイベントのほとんどが加持祈祷です。
教団の中心をなすはずの出家が加持祈祷をやるなど論外です。
釈尊はこれを全面禁止したのです。
加持祈祷をするなと在家に説かなければならない出家が、
アゴン宗では逆に在家に積極的に加持祈祷をするように勧めている。
とんでもない破戒教団、破戒僧・・いや、破戒偽僧です。
アゴン宗の信者は、教団とは別にどこかで加持祈祷をするのではなく、
アゴン宗という出家のミモトで加持祈祷をしているのだ。
あなたはまるで在家が勝手にやっているかのように錯覚させるつもりだろうが、
アゴン宗の場合、在家だけではなく、出家が加持祈祷をしているのだ。
あなたのすり替え手法は、権力を持っているのは官僚の夫で、
妻は権限がないのだから、お金を受け取っても収賄にはならないと
主張するのと同じで、成り立たない。

359 :神も仏も名無しさん:2007/11/30(金) 13:06:57 ID:UgigiyoZ
>>330 :Q連続体:2007/11/29(木) 15:24:23 ID:kZ+7EEPj
>以上のとおり、釈尊は在家の信者には祈祷・まじないを禁じなかったのです。

二つ目の反論は、釈尊が在家の加持祈祷を禁止しなかったことを
あなたはまるで奨励したかのように、あるいは何をやってもいいかのように
言い換えている点です。
これは私が桐山出家経への批判に対するものなのでしょう。
あなたの主張はピンボケであり、釈尊の意図をねじ曲げた解釈です。
釈尊は在家に対して、出家を理想的な目標として、
できるだけ出家に近づくように勧めたのだ。
どの程度近づくかは各人に任される。
それが出家経でも述べられている。
性関係など五欲もそのままの在家もいた。
彼らは従来から行われてきた先祖供養に相当する行事もしていた。
しかし、釈尊はそれらを奨励しているのではありません。
在家として、やむを得ず容認しているだけです。
タバコは禁止されていないが、吸わないことが理想的なのと同じです。

360 :神も仏も名無しさん:2007/11/30(金) 13:20:27 ID:UgigiyoZ
>>330 :Q連続体:2007/11/29(木) 15:24:23 ID:kZ+7EEPj
>以上のとおり、釈尊は在家の信者には祈祷・まじないを禁じなかったのです。

釈尊のいう五欲をおさえた梵行をするほどの信者が、加持祈祷をするはずがない。
なぜなら、五欲を慎むよりも、加持祈祷をしないことのほうが簡単だからです。
だから、戒取は欲貪よりも手前にある。
釈尊のいう梵行とは煩悩をよりいっそう押さえることです。
呪術などの加持祈祷とは、内容はどうあれ、欲望の成就、つまり煩悩の増大です。
釈尊し煩悩をできるだけ少なくし、さらには断ち切るよう勧めたのです。
釈尊の教えに従い、出家に近いことをしようという在家なら、
戒取として戒められている呪術など絶対に手を出さない。
あなたみたいに、禁止されていないからやってもいいなんて、
解釈を見ていると、タバコを吸う坊さんを思い出す。
仏教では、酒と違い、タバコは禁止されていないから、かまわないというのです。
普通の人は、釈尊の教法を守り煩悩を断ち切ろうと努力する。
あなたやタバコ坊主は煩悩のままに抜け穴を探そうと努力する。

361 :神も仏も名無しさん:2007/11/30(金) 13:22:05 ID:UgigiyoZ
>>334 :Q連続体:2007/11/29(木) 16:14:36 ID:kZ+7EEPj
>今回は七氏さんの日頃の発言との関連で
>釈尊に御登場願いました。

三つ目は、クリン含さんがとりあげた阿含経についてです。
釈尊の登場とは、アーナンダとプラクリティの話のことですか?
とすれば、あなたに一つ教えてほしい。
この話は阿含経のどこに書いてあるのだろう?
あなたに前に紹介した本の瀬戸内寂聴さんなどもこの話を引用している。
だが、私は元となった漢訳の阿含経を未だに探せない。
気になるのが、あなたが引用してくれた
>(『シャールドゥーナ=カルナ=アヴァダーナ』より)>>332
という一文です。
ユビキタスさんも指摘しているように、アヴァダーナというのは、
仏教説話文学であり、“創作”されたものだと何かで読んだことがある。
仏教文学って、お話しという意味ですよね?
ジャータカも阿含経の一部だが、仏教文学なのだから史実ではない。
同様に、アヴァダーナが仏教文学なら、これを史実というのは無理で、
大乗経典と同じで、登場する釈尊もアーナンダも本物ではありません。

362 :神も仏も名無しさん:2007/11/30(金) 13:24:06 ID:UgigiyoZ
>>334 :Q連続体:2007/11/29(木) 16:14:36 ID:kZ+7EEPj
>釈尊に御登場願いました。

学者の解説ではこの話が載っている漢訳経典は、
『摩登伽経』『仏説摩登女経』『仏説摩登女現形中六事経』です。
なんだ、あるじゃないかと喜ぶのは早く、これらは全部密教経典です。
つまり、保証書付きの創作経典です。
阿含経にないと言っているのではありませんよ。
私は探せない、知らないと言っているのです。
つまり、こおそらくの話を引用している人たちは、
仏教文学や密教経典から引用しているのでしょう。
最古の文献でも、アヴァダーナという仏教文学にしかないとすれば、
話の元は何かあったのかもしれないが、詳細部分は物語です。
アーナンダに惚れて、出家した女性がいたとしても不思議ではない。
話は伝承として伝わり、後世の人たちが、これを女性の母親が呪術をかけたとか、
釈尊が呪文でこれを打ち破ったという話に脚色したのでしょう。
密教経典にこれが取り上げられているというのも、
あなたと同じで呪術が大好きな人たちだからでしょう。

363 :神も仏も名無しさん:2007/11/30(金) 13:26:47 ID:UgigiyoZ
>>334 :Q連続体:2007/11/29(木) 16:14:36 ID:kZ+7EEPj
>釈尊に御登場願いました。

私が気になるのが、あなたの根拠がこんな伝承や物語に書かれた文章から
釈尊が呪文を唱えてアーナンダにかけられた呪法を払ったなんて
本気で書いている点です。
喜んでいないで、「呪文を唱える釈尊」という異様な光景に疑いを持つべきです。
桐山さんの解説を抜きにして、阿含経だけから受ける釈尊のイメージとして、
あなたには彼が呪文を唱えると思えるのですね。
私はあなたのその貧弱すぎる空想力が理解できない。
阿含経にある釈尊の性格は合理主義、現実主義で、
あなたが理解できるたとえでいうなら、バルカンの論理性と
ボーグの効率性を兼ね備えており、
桐山さんやクリン含さんとは正反対の性格です。
こういう釈尊が呪文を唱えるなど、感情のままのバルカンや
自我をもったボークのようなもので、ありえない。

364 :神も仏も名無しさん:2007/11/30(金) 13:29:18 ID:UgigiyoZ
>>334 :Q連続体:2007/11/29(木) 16:14:36 ID:kZ+7EEPj
>釈尊に御登場願いました。

早く桐山さんの本を買って、解説はどうでもいいから、
現代語訳のところだけしっかりと読んでください。
桐山さんからさんざん大乗経典はニセモノだと教えられた時、
大乗経典の釈迦が実在したかのように説く僧侶や一部の学者たちの
良識を疑いませんでしたか。
まずは引用されている経典に根拠がどれほどあるのか、調べてみてはどうだろう。
阿含経から引用されても、ジャータカのような物語もあるし、
餓鬼事経のように素人が読んでも後世の作だとわかる経典もはいっている。
こんなふうにまず阿含経のどこに根拠があるのかを調べて、
また、その経典に読んでみて、本当に釈尊が呪文を唱えたのかどうか、
それをアーナンダに教えたのか、確認してください。
私は知らないから、ぜひ教えてほしい。
私の知識の範囲では、この話は仏教説話文学にすぎない。
文学ですから、釈尊が登場した根拠にはなりません。

365 :神も仏も名無しさん:2007/11/30(金) 13:31:45 ID:UgigiyoZ
>>334 :Q連続体:2007/11/29(木) 16:14:36 ID:kZ+7EEPj
>こうした彼の主張に従うのなら、
>釈尊教団においても、弟子の言動は
>教祖である釈尊の心を反映していることになります。

この愚かな主張を二度書いたから、反論しておきます。
私は、桐山さんの慢心が職員や先達に反映し、影響を与えていると書いた。
あなたは、弟子の女性差別(かどうかはさておき)をそのまま釈尊にあてはめている。
では、職員が万引きをしたら、桐山さんも泥棒なのか。
あなたの書いていることは、「職員が傲慢だから、桐山さんも傲慢だ」と
言っているのと同じ事です。
私は職員の傲慢から桐山さんも傲慢に違いないと推測したのではない。
桐山さんの傲慢さが、弟子である職員の傲慢を増長させていると書いたのです。
クリン含説さんは「弟子の差別 → 釈尊の差別の証拠」だと書いている。
私は「桐山さんの傲慢 → 弟子の傲慢を増幅」と書いたのです。
私は桐山さんの傲慢さの推測や証拠として書いたのではない。
桐山さんは見ての通りで、傲慢を額にはりつけている。
あなたの論理展開と私のそれではまるで違うのに、わざと混ぜて、
すり替えて、あたかも私がそのような発言をしたかのように見せかけている。
どうして君はそんなにいつもやることが薄汚いのだ?

366 :神も仏も名無しさん:2007/11/30(金) 13:35:10 ID:UgigiyoZ
>>334 :Q連続体:2007/11/29(木) 16:14:36 ID:kZ+7EEPj
>こうした彼の主張に従うのなら、
>釈尊教団においても、弟子の言動は
>教祖である釈尊の心を反映していることになります。

あなたと同じ手法で反論しましょう。

『尼僧の告白』中村元、20〜21頁
60〔悪魔いわく〕「理解しがたく、仙人たちのみが体得し得る境地は、二本の指ほどの
〔僅かな〕智慧しかない女人がそれを体得することはできない。」
61〔ソーマー尼が答えていわく、〕「心がよく安定し、知慧が現に生じているとき、正しく
真理を観察する者にとって、女人であることが、どうして妨げとなろうか。」

ごらんのように、ソーマー尼は解脱において男女に差はないと悪魔に反論している。
クリン含さんに言わせると、弟子の言動は釈尊の心を反映したものだという。
その理屈を使うなら、ソーマー尼の主張は釈尊の心を反映しているのだから、
彼女の発言は釈尊が修行における男女差別をしていなかったことの証拠です。

367 :孫 青柿(あおがき):2007/11/30(金) 14:48:03 ID:eDScItsy
Q連続体さん、恥ずかしい〜見苦しい〜 ぎゃは
擁護派のリーダーでありかつてユビキタスさんの永遠のライバルと称された星祭さんでさえ下記のように言葉を吐かれていますよ。
http://religion.bbs.thebbs.jp/1187386916/393
「なにを今さら方術のくい打ちなんぞ教えるんですか?
 あんなもの普通の本屋で占いコーナーに行きゃいくらでもありますよ。」

「釈迦唯一の仏教をやっているだの 成仏法があるだとか大法螺もたいがいにせい!と言いたい。」

おまじない(や占い)しかないのと、おまじないを容認してるのとは違うというのは批判派だけの意見じゃないようです。
もっとも星祭さんももうすぐあごん宗があぼーんするので批判派にすりよってハンドルを私の弟分のように変えて「干柿」と名乗ってます。
あなたもわびをそろそろ入れるか批判派におもねるかしたほうがいい時期です。

368 :孫 青柿(あおがき):2007/11/30(金) 14:50:24 ID:eDScItsy
おもねる って阿ると書くのね
阿る を 含む 宗派か なるほど

369 :神も仏も名無しさん:2007/11/30(金) 21:55:05 ID:BeJQvzy1
>>343
アートマンを蛭にたとえるのも変な気がして、原文を見るとトリナ・ジャラーユカーとありました。
ジャラーユカー単独では蛭の意味もありますが、上にトリナ(草)がつくと、服部正明訳のように、
青菜を食べる「青虫」などの意味になります。
葉を食べ終り、別の新しい葉に移る姿から、次々と身体を移り変わりながら永続するアートマンを
連想させるので、「青虫」の方が適訳だったと思われます。

>>362
>『摩登伽経』『仏説摩登女経』『仏説摩登女現形中六事経』です。
>これらは全部密教経典です。

『摩登女經』は安世高の漢訳であり、その年代からして、まだ密教が興起する前のものです。
なお、これらの類経は『阿難問事佛吉凶經』や『玉耶女經』など全部で12経典を数えます。


370 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/11/30(金) 23:09:35 ID:x2DaaOn4
>>369
まあ、大正蔵では21巻の密教部に入れられてますから、そう言う意味じゃないですか?
理趣経はれっきとした密教経典ですが般若部に入れられてますし・・・・。
元々の言いたい意味では、大間違いではないでしょう。

371 :Q連続体:2007/12/01(土) 14:28:18 ID:7DSmeP3J
>>356 :神も仏も名無しさん
>クリン含さんが、ここに来ると百戦百敗です。
>この三年ほどの議論で、あなたはただ一度も勝ったことがない。
今日はたまたま目にしたこのレスにだけ反応しておきます。
残りはいずれまた。

駄目ですよ、先生。
あなたがいつも使っている言葉を
無断借用させてもらいます。
あなたのそういう態度を
「勝手に一人勝ち」というのです。
あなたのここ3ヶ月の書き込みで
どうにか格好つけてその場を収められたのは
「盂蘭盆経の盂蘭盆は盆器である」だけで
それ以外はすべて根拠を示せなかったのです。
あなたはいつもの妄想癖で
自分が勝ったつもりになっているだけです。

372 :Q連続体:2007/12/01(土) 14:49:20 ID:7DSmeP3J
>>355 :神も仏も名無しさん
>私が万燈会や魔女狩りの件を書いたのは推測です。
>だれが「ホント」だと書きましたか。
>あなたも推測で書いているにすぎない。
>私は推測の根拠を示したが、あなたは推測の根拠など示せるはずがない。
ついつい出そびれてしまった。
また超過料金取られるか。
無念・・・

何ですか、これは?
今頃になって
『あれはホントではなく推測でした』
はないでしょう?
では私が問いたださねば
ホントの話で通すつもりだったのですね。
呆れた先生です。
それに『自分は推測の根拠を示したが
あなたは示せなかった』とは・・・・・
推測に過ぎなかったことを認めるのが悔しくて、
今度は推測の根拠などと言い出した。
先生のあまりにもブザマな姿はもう見たくないw

373 :Q連続体:2007/12/01(土) 14:58:08 ID:7DSmeP3J
>>366
また始まりましたね。
お得意のすり替えです。
せっかく釈尊とあなたを比較することで
あなたに素晴らしい名誉を与えてあげたのに
ソーマー尼を出してしまっては台無しです。
どうして素直に人の好意を受け取らないのでしょうか?
きっと人生があまりにつらくて
次第に心が塞がってしまったのでしょう。
気の毒な方です。

374 :Q連続体:2007/12/01(土) 15:04:57 ID:7DSmeP3J
>>352−354
ひとことで済みます。
『自分は知らなかった』と書けばいいのです。
温暖化問題が叫ばれている今、
レスも節約して温暖化に歯止めをかけましょう。

375 :Q連続体:2007/12/01(土) 15:20:34 ID:7DSmeP3J
>>345>>351
釈尊は呪文を使って呪法を祓った。
またその呪文を弟子に教えた。
この事実を知って驚いた信者もいるでしょう。
そしてその呪法の目的とは
なんと一女性の恋心から可愛い弟子を守ることでした。
何とまあ、優雅な時代だと思いませんか?
古代のインド社会とは、
現代と比べれればはるかに呑気な時代だったのです。
だが我々は生きる時代が違います。
古代インドよりはるかに過酷な時代に生きているのです。
そんな我々が自分や家族を守るのに
呪法を用いるのがなぜ悪いのか?
教団が在家信者の幸せにそれを用いるのが
なぜ許されないのか?
指タンは信者時代、自分もそれを用いていたが
彼の場合は何の効験も無かったので
僻んでいるのです。

376 :Q連続体:2007/12/01(土) 15:24:12 ID:7DSmeP3J
釈尊がゴマを禁じた理由について
中村先生が本に書いています。
今、手元に本が無いので載せられません。
いずれまた。


377 :神も仏も名無しさん:2007/12/01(土) 18:31:29 ID:PgHm7Xan
* *

378 :偽会員(だって):2007/12/01(土) 18:33:56 ID:55wZLo0X
さてと、またまた「あぼ〜ん」が並んだな。
Qよ 消えろ、来るな。
お前の屁理屈は聞き飽きた。もっと本質的な話をしろ。
論理的に正しいかどうかなど、どうでもいい。
とにかく、見るたびに「あぼ〜ん」に設定するのはめんどくさいから
来るな。

379 :自殺は横変死の因縁か?:2007/12/01(土) 21:14:44 ID:qoUuPOj/
釈迦は自殺を容認した?

ヴァッカリの自殺(サンユッタ・ニカーヤ(相応部22.87))

長者ヴァッカリは、陶器づくりの者の家で、病に臥、困苦し、重病だった。

ヴァッカリの願いで釈迦が病床に訪れ、体の具合を尋ねる。
ヴァッカリは釈迦に答える。
「師よ、私にはしんぼうができません。元気もございません。
強い痛みが増して、薄らぎはしません」
釈迦はヴァッカリに無常を説いた後、帰る。
その夜、鬼神が釈迦を訪れ、ヴァッカリの涅槃(同時に自殺でもある)を予言する。
釈尊はその夜が過ぎてのち、比丘たちに呼びかけられた。
「比丘たちよ、あなたがたはヴァッカリ比丘のところへいきなさい。
行ってヴァッカリ比丘に次のように伝えなさい。
「ヴァッカリよ、おそれるな。
おまえの死は罪に汚れてはいない。罪なくして臨終を終えるであろう」
比丘たちはヴァッカリに釈迦の伝言を伝える。
ヴァッカリは教えに疑念を持っていないと釈迦に伝えてくれと比丘たちに頼む。
「友よ、承知しました」と、比丘たちは長者ヴァッカリに返事をして、帰って行った。
そのとき長者ヴァッカリは、この比丘たちが出てゆくや否や、刀を取り出した。
ヴァッカリは自殺した。
後にそれを知って釈迦は次のように述べた。
「比丘たちよ。善男子ヴァッカリは、その魂がどこかに止まることなく、
完全な涅槃に入ったのである」
『バラモン教典・原始仏典』。中央公論社


380 :自殺は横変死の因縁か?:2007/12/01(土) 21:17:16 ID:qoUuPOj/
「サンユッタ・ニカーヤ」(相応部)の第四篇第三章第三節。
イシギリ(仙人の住所)といういわば聖地に住むゴーディカは、熱心に修行に精励して、
さとり(心解脱)が得るが、そのさとりは一時的なものであって、再び元に戻ってしまう。
そこでまた熱心に修行に精励して、さとりを得るが、また戻ってしまう、そういうことを
計6回繰り返し、その7度目にさとり(心解脱)に到達しましたときに、今回もまた
従来と同じように、それが一時的であって元に戻ることを恐れまして、剣をとって、
自殺しようとします。それを知った悪魔が釈尊のところに来て、そのことを告げたそのときに、
ゴーディカは自殺をとげました。そこで釈尊はその悪魔に向かい、
「ゴーディカは英雄のように渇愛を根絶してニルヴァーナに入った」という詩を唱える。
さらに、釈尊がその現場まで来ると、そこには四方にも上下にも煙が立ち昇っていて、
釈尊は「ゴーディカはニルヴァーナに入った」という詩をとなえる。
 「阿含経を読む」 青土社刊より。
この部分を「サンユッタ・ニカーヤ」 中村元訳、岩波文庫では
悪魔が 「尊師よ。教えを喜ぶあたなの弟子が、まだ心にさとりを得ないで、
まだ修め学ぶべきであるのに、どうして死を遂げるということがあってよいでしょうか。」
これに対し釈迦は
「思慮ある人々は、実にこのようにするのである。
生命を[延ばすことを]期待していない。
妄執を、根こそぎにえぐり出して、ゴーティカは安らぎに帰したのである」
と答えた。


381 :自殺は横変死の因縁か?:2007/12/01(土) 21:19:19 ID:qoUuPOj/
入滅直前の釈迦に料理を給仕したチュンダの自殺。

上記の事例は出家修行者(比丘)の自殺でしたが、
在家の信者の自殺のケースを次に挙げます。
これは釈迦本人から自殺の許しを得た上で、
釈迦の目前で自殺がなされた事例です。


チュンダは(仏)に礼拝をしおわって、隅に座りました。
そして仏に申しあげ言う。
「私は入滅したいと思います、私は入滅したいと思います
(完全なニルヴァーナを得たいと思います、
完全なニルヴァーナを得たいと思います。」
仏はこのチュンダに告げて言います。

「それにふさわしい・ちょうどよい時期を知るべきである」
「いまがちょうどふさわしいチャンスであるかどうか、
よく考えた上で、随意に行動しなさい」の意」

そこですぐに、チュンダは仏の前、その場で入滅しました。
 青土社刊より。

382 :神も仏も名無しさん:2007/12/01(土) 22:47:04 ID:OUk+xBPO
>>372 :Q連続体:2007/12/01(土) 14:49:20 ID:7DSmeP3J
>今頃になって
>『あれはホントではなく推測でした』
>はないでしょう?

私がいつ万燈会や魔女狩りの件を「ホント」と書いたか示してみなさい。
「今頃」ではなく、両者とも私は推測として書いたのであり、
ついこの間も説明した。

>>26 :神も仏も名無しさん:2007/11/19(月) 12:31:51 ID:KiFrVusK
>私の推測など、世間でいくらでも行われていることです。

憎悪で目がくもって、推測という文字すら読めませんか。
何度同じ事を書かれても無視して、あなたの勝手な思い込みを
執念深く私に押しつけてくる。
あなたと違い私は推測の根拠を示した。
クリン含さんは何とか難癖を付けたいから、私がこれらが「ホント」と
書いたと決めつけて執拗に因縁をつけている。
さすがは因縁付けのアゴン宗です。

383 :神も仏も名無しさん:2007/12/01(土) 22:56:13 ID:OUk+xBPO
>>373 :Q連続体:2007/12/01(土) 14:58:08 ID:7DSmeP3J
>また始まりましたね。
>お得意のすり替えです。

あなたが>>334で書いたことのどこが「人の好意」なのだ?
いかにも私が書いたかのような悪質なすり替えをして、
手前勝手な屁理屈をならべるのに利用して、どこが私への好意なのだ。
何がどうすり替えなのか説明してみなさい。
>>366はあなたの>>334の理屈、いや屁理屈をそのまま使ったのだ。
あなたは>>334で私の言葉を逆手にとったつもりだった。
してやったりと自惚れていたら、私から逆に>>366で足払いをかけられた。
何も言い返せなくなって、悔し紛れに、「すり替え」と罵っている。
みっともない。

384 :神も仏も名無しさん:2007/12/01(土) 23:03:25 ID:OUk+xBPO
>>374 :Q連続体:2007/12/01(土) 15:04:57 ID:7DSmeP3J
>『自分は知らなかった』と書けばいいのです。

去年の議論内容を忘れたのはあなたであって、私ではない。
桐山さんのいう「なにか」とクリン含さんのいうナニカは違う。
あなたの記憶が悪いことを証明したにすぎない。
>>323のあなたの高笑いはバカ笑いになったのです。
クリン含さんには無駄だと思うが、提案します。
自分の勝利を確信して高笑いをして、これまで何度も私から足払いをかけられた。
毎回、力任せに石を投げて、それがあなたや桐山さんの顔にぶち当たる。
少しはそれを学習して、今後は自分の退路を確保しておいたらどうか。
今回の場合でいうなら、
>323 天性の詐欺師
>325 ゲイカの本をまともに読んですらいない
>325 新ガイドライン【84.「何か説」はゲイガ説ではないと嘘を書いた】
などと罵りを書いて、自分から退路をふさいでしまうのではなく、
ただの質問の形をとったらどうか。
勝利宣言や罵りは私をやっつけてからでいい。
質問なら、自分のほうの間違いであっても、「記憶違いでした」の
一言で済んでしまい、恥をかくのも少しで済む。
悔し紛れに、>>374のようなさらなるゴマカシを書く必要もない
・・・やはり、クリン含さんには無駄な提案ですね。

385 :神も仏も名無しさん:2007/12/01(土) 23:18:44 ID:OUk+xBPO
>>375 :Q連続体:2007/12/01(土) 15:20:34 ID:7DSmeP3J
>釈尊は呪文を使って呪法を祓った。

あなたは、>>328-333で釈尊が呪術を用いた根拠として学者の説明を引用した。
だが、その根拠となった経典は仏教説話、物語だと反論されたのだ。
物語は事実ではない。
こんな簡単なことすらわかりませんか?
あなたが「釈尊は呪文を使って呪法を祓った」の根拠として出した経典は否定されたのです。
物語であり、事実ではないと根拠が否定されたのに、あなたはまた、
「釈尊は呪文を使って呪法を祓った」「この事実を知って」などと書いている!
クリン含さん、あなたはこれをするから、知性や精神の健康を疑われるのです。
示された反論や根拠を完全無視している。
クリン含さんが示した経典は根拠がないと反論されても、
完全無視して、まるで何もなかったかのようにまた同じ主張を繰り返す。
これまでもあなたはこれを繰り返してきた。
相手を小馬鹿にした態度で、慢心を垂れ流しにして、
三度、五度と反論をされても、同じ主張を繰り返す。
そして、今年になってだんだんそれがひどくなっている。
その病的なしつこさと、知性を疑わせる学習能力の低さにみんなウンザリしている。
私がクリン含さんの個人批判をたくさん書いていると言った。
あなたが>>375で書いたような、普通の人ならまずしない異様な反応を
読者に説明してあげているのです。
あなたには個人批判が多いように見えたとすれば、
それだけ今回のようにクリン含さんの異様な発言が多いということです。

386 :神も仏も名無しさん:2007/12/01(土) 23:22:59 ID:7QYeBR/Y
>>362 >>370
玉耶女経は、良妻とはどういうものか、ということについて書かれた経典ですが、
摩登伽經に出てくる呪文のサーヴィトリー讃歌(『リグ・ヴェーダ讃歌』3.62.10)、
これはマハーバーラタ第3章のサーヴィトリー物語(別名、貞女のかがみ)につながる
と思われるものですが、この貞女物語と摩登伽經を混同していました。

正しくは類経は下記のとおりでした。失礼しました。
 大正藏 經集部 第14冊 No.551《佛説摩ケ女經》後漢安息國三藏安世高譯
 大正藏 經集部 第14冊 No.552《佛説摩登女解形中六事經》失譯附東晉録
 大正藏 密教部 第21冊 No.1300《摩登伽經2卷》呉天竺三藏竺律炎共支謙譯
 大正藏 密教部 第21冊 No.1301《舍頭諫太子二十八宿經(一名虎耳經)》西晉三藏竺法護譯
 梵本 シャールドゥーラカルナ・アヴァダーナ(zArdUlakarNAvadAna)

摩登伽經や舍頭諫經には呪文や占いが出てくるので、『大正藏』ではこれらを「密教部」に
入れたのでしょう。摩ケ女經や解形中六事經の段階では、まだ占いなどの要素は現れておらず、
  母閉門以蠱道縛阿難。..佛即持神。心知阿難。阿難還至佛所 (摩ケ女經)
  母即閉門。以蠱道縛阿難。..即叉手呼佛。佛即知之。使神脱阿難。 (解形中六事經)
となっている程度です。『大正藏』では「經集部」に入れられています。
なお、明治時代の『卍字蔵経』では、これら4本はすべて「阿含部」に収載されているようです。

この経典は、アーナンダに恋した賎民の乙女の物語が中心であり、むしろ、本来は相応部3.3.1、
雜阿含(1146)、別譯雜阿含(69)で説かれるような「四姓平等」に重点があったように思われます。


387 :神も仏も名無しさん:2007/12/01(土) 23:29:24 ID:OUk+xBPO
>>371 :Q連続体:2007/12/01(土) 14:28:18 ID:7DSmeP3J
>それ以外はすべて根拠を示せなかったのです。

こんなことをいくら口先で言っても無駄です。
桐山さんは口先で聖者を宣言すれば聖者になった気分になるように、
あなたも「根拠を示せなかった」などと書くと、
まるで現実であるかのように錯覚できるのでしょう。
だが、現実は、桐山さんやクリン含さんがいくら口先で言っても変わらない。
今回の議論だけを見ても、あなたの主張や高笑いはすべて否定された。
>>323の異陰についての「なにか」はあなたの物忘れであることを私は示した。
私が忘れていると非難したが、忘れていたのはクリン含さんのほうです。
>>355では、勝手に私の話を「ホント」などと決めつけたにすぎないことを指摘した。
>>357以降では釈尊が呪術など認めたはずがないことを三つの観点から指摘した。
特に、>>361以降では、あなたが高笑いをしながら出した経典根拠が、
実はろくに調べもせず、本をそのまま鵜呑みにして出したことがばれた。
いかがか。
私は「根拠を示しながら」、あなたの主張を全部否定した。
そして、>>366では、あなたの手法を逆手にとって、あなたの主張を否定してみせた。
いくら口先であなたが「根拠を示せなかった」などと宣言しても無駄で、
今回だけを見ても、私が根拠を示してあなたの主張を全部否定したのが現実です。

388 :神も仏も名無しさん:2007/12/01(土) 23:41:16 ID:OUk+xBPO
>>386 :神も仏も名無しさん:2007/12/01(土) 23:22:59 ID:7QYeBR/Y
>この経典は、アーナンダに恋した賎民の乙女の物語が中心であり、むしろ、本来は相応部3.3.1、
>雜阿含(1146)、別譯雜阿含(69)で説かれるような「四姓平等」に重点があったように思われます。

ご意見に賛成です。
また、普通、あの経典を読む時は、そのように読むのであって、
釈尊や弟子が呪文を唱えたなんて解釈には用いません。
桐山さんも信者も、阿含経をあるがままに読むのではなく、
先に、霊魂や呪術という結論があり、それに合わせて読むから、
トンデモない読み方や解釈をします。
その結果、止息は呼吸法になり、三善根は御利益話になり、
四神足の神通力でカルマを切るというオカルト仏教ができあがります。
>>362の経典は『仏陀とその弟子』(金岡秀友)の110頁の解説を転用しました。
また、>>343の興味深い情報もありがとうございます。

389 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/12/02(日) 00:01:10 ID:TpD5hqn5
やっとつながったか。
ずんだ餅はまた明日からでも食べるかな。

390 :樹意:2007/12/02(日) 10:41:57 ID:L69IAXG7
>>231樹意 2007/11/27(火) 00:42:32 ID:X5roTAmv
> >>186
>
> > あれ〜?おまえ信者じゃ無いって言ってなかった?
> > 「解脱供養は非会員でもできる」と言って会員番号晒すのバックレたじゃん?

>>322Q連続体 2007/11/29(木) 15:02:06 ID:kZ+7EEPj
> >>231 :樹意
> >確かにその節はそのように書いていたもようです、
> >ゲイカのお弟子だけあって
> >その場その場で 書かれているのでしょう。
> ↑
> オレンジを名乗っていたときは、
> 少しはマシなところもありましたが、
> 今やすっかり腐って見るも無残な姿です。
> 仏説の披露以外はやることもなく
> こうして私文書とお喋りするまでに
> 落ちぶれてしまいました。

コメントありがとうございます。
このところ忙しく、ずんだ餅を食べる暇がありませんでした、ゲイカもそうですが
あなたのような方は 一見するとまともなような発言をしているかの如く装う為に
その時の都合によって立場を微妙にずらす手法をとります。
ご都合主義といいますか ダブルスタンダードといいますか 更に 筆者注の如き
引用文意改ざんまでやってのけるところは ゲイカの経典改ざんを彷彿させます。
あなたのような方とやりとりするには 主張論理構成から読む方に説明する必要があり
膨大な時間をとられることとなります。


391 :樹意:2007/12/02(日) 10:43:19 ID:L69IAXG7
スレ124(>>667)klingo〜n 2007/07/25(水) 22:46:22 ID:JpnPUOYD

> 擁護側が信者で、批判側が元信者だとはわからない。
> その逆もあり得ます。
> 擁護側、批判側それぞれの立場で議論しているだけであり、
> 本人の素性は誰も知らない。
> 私が本当に信者かどうかも誰も知らない。
> 私をアゴン信者だとは誰も確定できないのです。
> ゲイカも私を信者代表とは見ないでしょう。
> 何処の馬の骨かわからんのだから。

ちなみにその当時私は クリン含氏改めQ氏の立場に配慮した書き込みをした
覚えがあります。

Q氏の書き込みは やたらと形容詞が多く事実と意見をごっちゃにし
自分で張ったレッテルを元に議論を進めようとする。
ゲイカの場合は (シャカのジョウブツ法 シャカのジョウブツ法 )
と連呼し信者の思い込みを誘導する手法です。
大乗仏教を批判しながら 大乗仏教を利用し 阿含経を依経とするといいながら
禁止された行為を平然とする。
ゲイカの育てた人材を見るなら ゲイカその人なりを推測できるというものです。
ゲイカが説いた 徳性 霊性の究極であるオメガ点というのは もしかしたら
Q氏のことなのかもしれません。 Q点です。




392 :神も仏も名無しさん:2007/12/02(日) 10:47:48 ID:lLiN8bzX
釈迦の説く悟り、解脱
はどのような境地なのか?
>>380を読む処
神や通力に目覚めたり
するものではなく
ただこの世への執着、未練が今あるかないかそれだけ
のようです。

あの言葉を想い起こします
金持ちが天国へ入るのは
ラクダが針の穴を通るより難しい。

393 :神も仏も名無しさん:2007/12/02(日) 12:26:53 ID:FLgOipFN
まだやってるのか、おまえら。
結論の出ない議論をよく続けられるな。
おまえらは、アゴン宗を批判するというよりも趣味の一つとして楽しんでるだろ。
あんま無理すんなよ。

394 :神も仏も名無しさん:2007/12/02(日) 13:09:50 ID:wsS1Z2Zh
沈黙、沈黙、沈黙。ああ沈黙の例祭法話。
ネットワークで日本中がシンと静まり返る。
たまらないこの瞬間。

395 :Q連続体:2007/12/02(日) 15:16:15 ID:TpFSYrqv
七氏さんも精が出ますね。
何故か最近ハイペースです。
少し休みを取ったらどうですか?
我々「衆生」は「解脱者」と違って
休息を取らなければいけません。
先は長いのです。
お互い気長にやりましょうね。

396 :Q連続体:2007/12/02(日) 15:22:36 ID:TpFSYrqv
前から批判側に名前を付けたいと
思っていたのですが
こんなのはどうでしょう?

「怒身煮怨」(ドミニオン)

身体が煮えくり返る程の怒りと怨念
ぴったりでしょう?

397 :神も仏も名無しさん:2007/12/02(日) 16:47:09 ID:lLiN8bzX
チュンダはおそらく晩年で
もはやこの世に憂いがなかったのでしょう
在家衆生は子供や家族など
直ぐに捨てきれない強い想いがあります。
在家衆生に於いてどういう
心のありかたが大事なのか
私は桐山さんは知っていると思いますよ。

キリスト教の保守派はただイエズスを神として
崇拝する事に囚われています。
外側の常見に於いてなにが大事なのか
ということだと思います。

398 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/12/02(日) 17:35:52 ID:y7y4i2Js
>>334 Q連続体 2007/11/29(木) 16:14:36 ID:kZ+7EEPj
>>>4>>8>>11
>このスレは釈尊そのものを語るスレではないので、
>彼の女性観そのものが問題なのではありません。
>あくまで阿含宗との関係において
>釈尊を話題として取り上げたのです。
そうです。こちらも最初から釈尊の女性観一般をこのスレでなく、あくまでも
あなたが出してきたから、こちらも
阿含宗との関係においてそれを示すことが適当かどうか検証したのです。

>>335 Q連続体 2007/11/29(木) 16:23:33 ID:kZ+7EEPj
>蓮華色尼が乱暴されたとき
>釈尊の教団でそれが話題になりました。
>『悟りを得たものでも犯されたときに
>感じたのだろうか?』
>いくら修行に関連した話とはいえ、
>このような発言は今でいうセクハラであり、
>女性蔑視であると言われても仕方ありません。

非常に特殊な環境ではありますが、電車の中で女性の目の前でナイタイレジャーの
エッチ記事を堂々と広げているだけでセクハラになる現代なればそうなるでしょうね。
ましてや「おまえ感じてたんだろう?くりゃあ〜」と武田鉄矢みたいな口調で
言ったともなれば、けしからん弟子どもとも言える。

>(もっとも彼自身、偶然にも弟子たちと同じ発言をしていましたがw)

私ユビキタスが普段からそういう考えを持っているから書いたのではなく、
善も悪も美も醜も両方理解できる知性を持ったユビ様なればこそ、そういう想定も
してみて、あなたはこう言いたいのではあるまいな?と示されたのであります。

399 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/12/02(日) 17:51:14 ID:y7y4i2Js
>>335 Q連続体 2007/11/29(木) 16:23:33 ID:kZ+7EEPj
> 七氏さんによれば、
>こうした弟子の女性蔑視発言は
>教祖である釈尊の心を反映したものということになります。
>つまり七氏さんは、釈尊は女性蔑視の心を持っていると
>考えているわけです。

全く呆れた話だ。釈尊が弟子たちと混じって「そうだそうだ、犯されたからと
いって甘ったれるなよ。女のさがゆえに感じてたんだろう?ちくしょう羨ましい」
とか述べたのなら釈尊は女性蔑視になるが、弟子の発言を否定したのですから
釈尊に責任はありません。
弟子たちに理解度が少し足りないからといって師の責任になるのか?
教科を教える教師がいて、ある者は50点しか取れないのは教師の責任か?
全員が落第点ならば教え方に問題もありとなりましょう。
しかし釈尊は弟子がセクハラまがいの責めをしたという落第点を見て、さらに
その間違いを是正してあげる指導をしているのです。
普通の感覚の人ならば弟子が一時的に蓮華尼を辱める発言をしたことを釈尊の
責任と決めつけないですよ。
そんなひねくれ思考をする人はよほど釈尊が嫌いなんだろうなと思われるだけです。
必要とあらば釈尊でも誰でも女性蔑視者と批判を辞さない。
批判するのは結構なんだが、その後あなたの立場をどう説明するのか見事に愚か
を示しています。

400 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/12/02(日) 18:10:50 ID:y7y4i2Js
>>334 Q連続体 2007/11/29(木) 16:14:36 ID:kZ+7EEPj
>今回は七氏さんの日頃の発言との関連で
>釈尊に御登場願いました。

で、こちらとしても阿含宗との関係であなたが出してきた釈尊の女性観(女性蔑視論)
を検証した結果、あなたという人物が問われることになった。
質問する。
あなたは釈尊を女性蔑視者と結論つけた。
それはそれであなたの自由なんだが、それであなたは釈尊を否定するのか肯定するのか?
女性蔑視はよくないと釈尊のそこだけは否定するのか?
その場合、あなたは桐山さんも似たような女性蔑視発言をするのだから、桐山さんも
含めて女性蔑視はいけないと批判することになる。
あなたは桐山さんも批判したいのか?
あなたは桐山さんが女性蔑視ともとれる発言をするのも、女性という深い性質を
知っての上だと書いた。その比較として釈尊の例を出したつもりだ。
あなたは桐山さんを擁護したかったからこれを書いたわけです。
するとどうなるかと言うと、釈尊だってこんだけの女性蔑視をしてたんだから
桐山さんの女性蔑視も許されるとしたことになる。
するとどうなるかと言うと、あなたは実は釈尊も桐山さんも女性蔑視発言をしても
許されるという立場を示したことになる。
つまり釈尊の弟子が釈尊の名の責任において、女のさがを追及することも
実はもっともなことであり、女性蔑視ではなく女性の本質を見抜いたに過ぎない
のだから、釈尊も桐山さんも両方許されるという結論になる。
同時にその一見女性蔑視に見えてしまう考えはあなたも肯定したことになる。
あなたが女のさがで女は感じることに関して業がより深いと認識していることになる。
宜しいですか?
あなたが釈尊を否定する時桐山さんも否定したことになり、桐山さんを肯定した時
釈尊も肯定したことになり、片方だけというのはあり得ないあなたの論の進め方なんですよ。

401 :神も仏も名無しさん:2007/12/02(日) 18:15:18 ID:LHkl0g+Q
釈迦は出家に対し呪文や占いを禁止したのは勿論である。護摩も同様。
不成仏霊に関与する供養も示した事はなかった。

三宝帰依し五戒を守るのが在家信者の努めであるとすれば、上記の教
説は不邪見戒に抵触する。従って擁護側の主張(特に人の弱みに付け込
むような浮かばれぬ先祖の供養だの)は完全無効である。

仮に不邪見戒の代わりに不飲酒戒であったとしても、きり山氏自体
これを守ってはいないだろう。きり山が飲酒をしていることは本に
も書いてあった。

従って「在家信者」としてもきり山はなんら「阿含」を名乗る資格
など無いのである。ましてや加行も灌頂もしていないのだから僧侶
などととても呼べる代物ではない。

分かったか擁護側よ。きり山あごん宗はすべて嘘で構築された虚構
なのだ。


402 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/12/02(日) 18:28:58 ID:y7y4i2Js
>>335 Q連続体 2007/11/29(木) 16:23:33 ID:kZ+7EEPj
>七氏さんによれば、
>こうした弟子の女性蔑視発言は
>教祖である釈尊の心を反映したものということになります。
>つまり七氏さんは、釈尊は女性蔑視の心を持っていると
考えているわけです。

七氏さんが阿含宗の職員や先達が傲慢なのもよく桐山さんの傲慢さを習ってしまった
からいう論じ方を釈尊と弟子の関係にもあてはめてみたわけですよね。
仮説として。
七氏さんを否定する為に仮説として示したならば、実は釈尊が女性蔑視をしていた
なんて理屈にはならないではないかと、今度はあなたが
釈尊の女性蔑視を否定しなければならない。
私が示したように釈尊は決して女性蔑視などしておらず、弟子の理解が足りなかった
に過ぎないというのが私の本音であるとしないと、あなたは七氏さんを否定できなくなる。
そうですよね?弟子の悪いのは師の責任だ。弟子がセクハラするのは釈尊の女性蔑視
の責任だ。これを本気で認めたら、あなたは七氏さんと同意したことになる。
七氏さんを否定したいつもりならば、釈尊の女性蔑視は皮肉だよ。俺はそんなことは
本当は思っていないと示さねばならないのです。
七氏論法で皮肉の仮説例を出したに過ぎないというわけです。
ここのところどうなんですか?実際。
もちろん七氏論法とこの話が関連つけられないのは既に七氏
さんが説明しています。
桐山さんの傲慢さは職員や先達を離れて個別に観察しても認められます。
職員や先達を観察するとその傲慢さはよく桐山さんにも似ている。
もともとこの職員や先達たちが持っていた特性なのかもしれないが、桐山さんの
傲慢さが投影されたものとの解釈も可能です。
弟子から釈尊に遡る考証ではなく、桐山さんの傲慢さが先に観察できる考証なので
両者は別なんです。
で、釈尊の女性蔑視を否定したら桐山さんの女性蔑視発言はどうなるの?

403 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/12/02(日) 18:44:17 ID:y7y4i2Js
>>335 Q連続体 2007/11/29(木) 16:23:33 ID:kZ+7EEPj
>七氏さんによれば、
>こうした弟子の女性蔑視発言は
>教祖である釈尊の心を反映したものということになります。
>つまり七氏さんは、釈尊は女性蔑視の心を持っていると
>考えているわけです。

実を言うとずんだQさんは憎しみに囚われて、なんとか七氏さんを攻撃したい
だけなのがよくわかる。
その為には釈尊だって辱めて比較に活用する。
釈尊はこのとおり、女性蔑視をしている。
七氏もまた釈尊が女性蔑視をしていることになるのだと攻撃したい。
これがあなたが反仏教者、仏教否定者、釈尊否定者であるならば、そういう攻撃
の仕方もある面理解も少しだけできる。
ところがあなたは阿含宗の信者であり、阿含宗と桐山氏を擁護しなければならない
立場なんです。
それを考えた時、あなたの発言は軽率過ぎます。思慮に欠けている。
阿含宗は一応釈尊の仏教を標榜しているのです。
釈尊を否定してしまって一番困るのが阿含宗なんです。
桐山さんが怒ります。
キサマよくも釈尊と仏教とわが阿含宗を否定して辱めてくれたなと。
あなたが構図を取り違えて、何を否定して何を肯定しなければならないかを
念頭に置いてない。
七氏さんを攻撃したいのはわかるが、だからといって釈尊も仏教も桐山さんも
批判してはなりません。

404 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/12/02(日) 19:14:00 ID:y7y4i2Js
>>375 Q連続体 2007/12/01(土) 15:20:34 ID:7DSmeP3J
>>>345>>351
>釈尊は呪文を使って呪法を祓った。
>またその呪文を弟子に教えた。
>この事実を知って驚いた信者もいるでしょう。
>そしてその呪法の目的とは
>なんと一女性の恋心から可愛い弟子を守ることでした。
>何とまあ、優雅な時代だと思いませんか?
>古代のインド社会とは、
>現代と比べれればはるかに呑気な時代だったのです。
>だが我々は生きる時代が違います。
>古代インドよりはるかに過酷な時代に生きているのです。
>そんな我々が自分や家族を守るのに
呪法を用いるのがなぜ悪いのか?
>教団が在家信者の幸せにそれを用いるのが
>なぜ許されないのか?

そうは思えませんね。
今の日本ほど平和ボケと言えるほど平和と安全が諸外国に比べても
保障されている国もない。また現代という時代もそうですね。
戦前戦時に比べて豊かで呑気にもしていられる。
こんな恵まれた国と恵まれた時代に祈祷だなんてあさましい。
古代インドにも戦争も戦乱も絶えなかった。
釈迦族なんか大国にはさまれて甚だ危うい立場にあった。
仏弟子にしてもモッガラーナなどは命までねらわれ、そして
攻撃を受けて死んだのです。殺されたのです。
どうして呪法で守ることをしなかったのか?
これを考えてもアーナンダの例など作り話か脚色とわかるのです。

405 :神も仏も名無しさん:2007/12/02(日) 22:46:26 ID:e1WYFy63
>>395 :Q連続体:2007/12/02(日) 15:16:15 ID:TpFSYrqv
>七氏さんも精が出ますね。
>何故か最近ハイペースです。
>>396 :Q連続体:2007/12/02(日) 15:22:36 ID:TpFSYrqv
>身体が煮えくり返る程の怒りと怨念
>ぴったりでしょう?

クリン含さんのおもしろい癖は、自分の状態やしていることを
相手のことだと言い換える。
「怒身煮怨」とは誰がみても、あなた自身の姿です。
サルが鏡に映った自分の姿を別なサルだと思って威嚇するのと似ている。
この後、レスをつける意生身はあなたが一週間前に書いた内容です。
私は前は遅くても数日中にレスをつけていたが、こんなに遅れた。
一週間も遅れた私を、あなたはハイペースだという。
そう言われれば、あなたはこの一週間だけでも三回も出ていますね。
前はせいぜい一〜二週間に一度だった。
こんなハイペースなのは初めてではありませんか。
ほらね、私ではなくクリン含さんがハイペースなのです。
あなたは前よりも頻繁にここに来て、そのたびに私の書き込みを読むから、
あなたではなく、私が頻繁にここに来ているかのように錯覚したのです。
主観的な世界に生きている小さい子供がよくおこす錯覚です。
細かいことだが、ドミニオンと言われても、あなたや私と違い、
読者はスタートレックを知らない人も多いから、どういう意味なのかわからない。
自分の好きなものは他人も知っていると思い込むのは子供です。

406 :神も仏も名無しさん:2007/12/02(日) 22:50:16 ID:e1WYFy63
>>178 :Q連続体:2007/11/26(月) 21:40:09 ID:StJtr5E1
>七氏の場合はほとんどが話のすり替えです。
>読んでいると何かゾクゾクッとした
>イヤ〜な気持ちに襲われます。

そのゾクゾクは風邪ではなく、追いつめられて、クリン含さんの逃げ場がなくなり、
私への憎悪が頂点に達したからです。
念のためにいうが、私はあなたを追いつめてなどいない。
あなたが自分で仕掛けた罠にまた自分ではまったのだ。
あなたは、桐山意生身を知らなかったという大爆笑ネタを提供してくれた。
六回も書いてあるというが、あなたがこのテーマを出す限り、
私もずっと書くことになる。
なにせ、あなたが桐山意生身を知らなかったことこそがこの議論の原点です。
一般信者ならともかく、去年から桐山さんの霊魂を擁護するために、
異陰でからみ、まとわりつき、次は阿含経で魂などの言葉が出てくる経典を探して、
大喜びして飛び出してきて、いつものように自爆した。
それでも懲りず、また知ったかぶりの付け焼き刃で意生身を出してきたのはいいが、
桐山意生身を知らずに議論していたことがばれた。
あなたは昨年、『輪廻する葦』を買って読んだはずだ。
あの本では仙尼経の桐山異陰の説明の後に身命経の意生身が出てくる。
いやでも読んだはずなのに、知らなかった。
桐山さんの説く霊魂説を完全に理解したとばかりに
偉そうに主張してきたのに、実は桐山さんの本すら読んでいなかった。
偉そうな口調の割には知識が付け焼き刃なのは気が付いていたが、
まさか、ここまで底の浅い男だとは思っていなかった。
クリン含さんを買いかぶっていましたね。

407 :神も仏も名無しさん:2007/12/02(日) 22:52:05 ID:e1WYFy63
>>183 :Q連続体:2007/11/26(月) 21:52:52 ID:StJtr5E1
>七氏は本当に愚かな男です。
>反論すればするほど310の文章を出されて
>ミスを再び晒すことになる。

この文章もそうです。
あなたが書けば書くほど、またあなたの大ボケを再度説明される。
桐山意生身を知らなかったことを笑われたものだから、
クリン含さんは「七氏めえええ、この恨み晴らさでおくものかあ」と、
あなたの歯ぎしりが聞こえるようだった。
私があなたを攻撃したのではなく、あなたが自爆したのだ。
私を恨むのは逆恨みです。
だが、もちろん、クリン含さんにはこういう道理は通じない。
悔しさで目に涙をためながら、反撃に出たのが、
私が「沙門果経意生身=身命経意生身」と思いこんで書いたと決めつける手法です。
経緯をすでに三度ほど説明しても、その内容は完全無視する。
なぜなら、反論できないし、かといって受け入れてしまったら、
攻撃のネタがなくなってしまう。
だから、今回も反論を完全無視して、執念深く同じ主張を繰り返している。
ところが「沙門果経意生身=身命経意生身」と書いていたのは、
実は私ではなく、クリン含さんであることをユビキタスさんに指摘された。

408 :神も仏も名無しさん:2007/12/02(日) 23:00:29 ID:e1WYFy63
>96 :Q:2007/11/03(土) 17:51:23 ID:XbRmfgUt
>つまり七氏さんは、身命経で説く意生身と
>沙門果経で説く意生身は同じだと考えていることになります。
>536 :Q:2007/11/18(日) 14:32:11 ID:M6xgA0Xt
>七氏は二つの意生身が別物だとは書いていません。

>>179 :Q連続体:2007/11/26(月) 21:41:57 ID:StJtr5E1
>私は七氏が「沙門果経意生身=身命経意生身」
>と言ったのだと批判したのではありません(>>9

96や536を書いておきながら、よくまあ、
言っていないなどと言いますね。
クリン含さんて本当にその場しのぎのことを平気で書く。
(ところで>>9って、私の書いた文章の何をさしているのですか。)
クリン含さんのツラの皮がブ厚いことは知っていたが、自分が
「沙門果経意生身=身命経意生身」と書いておいて、
それを私が書いたと非難した。
その矛盾を指摘されたものだから、今度は、
「沙門果経意生身=身命経意生身だが、性格が違う」などと言い出した。
クリン含教はいらんと何度言われたらわかるのだ?
桐山さんは「性格の違う同じ意生身」などというタワケは説いていない。
アゴン宗では「意生身=霊魂」なのだ。
自分からわざわざ沙門果経を出して、桐山意生身を否定してみせた。
クリン含さんがミスと大失態をしたのだ。
それを「七氏のミス」「大失態」などと書いている。
あなたはそうやって自分の失態を他人がしたのだと言い換えることで、
自分を納得させ、信じてしまう。
桐山さんがそっくり同じ事をしている。
だから、桐山さんもクリン含さんも同じ間違いをいつまでも繰り返す。

409 :神も仏も名無しさん:2007/12/02(日) 23:06:04 ID:e1WYFy63
>>179 :Q連続体:2007/11/26(月) 21:41:57 ID:StJtr5E1
>だが両者を比較した七氏の批判は大失敗であり、
>意図的だったのなら悪質極まりないと書いたのです。

>>178-183まで、延々と「七氏の大失敗」を叫び続けている。
その根拠は、>>180で引用した内容で、すでに何度も何度も
私は説明し、反論している。
それに対してあなたは具体的には何も反論せず、説明もせず、
ただ毎回同じ文章を引用して、大失敗だと叫び続けている。
何がどう大失敗なのだ?
>>180に引用された批判(スレ131の310)は今でもそのまま成り立つ。
先に前提を書くと、ここはクリン含教ではなく、アゴン宗を批判する場だ。
あなたが意生身をどう解釈しようが関係ないし、お呼びでない。
性格の違う意生身などアゴン宗では取り扱わない。
桐山さんは意生身を「釈尊の説いた霊魂」の証拠として出した。
だから、アゴン宗の意生身にはこれ以外の意味はありません。
アゴン宗でいう意生身とは釈尊の説いた霊魂、という意味です。
アゴン宗では「身命経意生身=霊魂」、つまり「桐山意生身=霊魂」です。
ここまでがアゴン宗とこのスレの大前提です。
そこで、クリン含さんは沙門果経の意生身を引用した。
あなたが何のつもりで沙門果経の意生身を出したかなんてここでは問題ではない。
「意生身を出したら、それは桐山意生身であり、
桐山さんの霊魂説を擁護するためものである」とみなされる。
また、私はそのように前置きをして、スレ131の310を書いている。
あなたはこれを必死に無視しようとしているから繰り返すが、
あなたがどんな意図で出したかなんて関係ない。
なぜなら、ここはクリン含教ではなく、アゴン宗の議論スレだからです。

410 :神も仏も名無しさん:2007/12/02(日) 23:07:53 ID:e1WYFy63
>>179 :Q連続体:2007/11/26(月) 21:41:57 ID:StJtr5E1
>だが両者を比較した七氏の批判は大失敗であり、
>意図的だったのなら悪質極まりないと書いたのです。

あなたは沙門果経を引用した時、自分の意図や解釈を書いていない。
矛盾を攻撃されるのを恐れて、あなたは引用だけした。
それがかえって致命傷になった。
最初から意生身を「出神」と言っていたら、
アゴン宗の教義と関係のない話だとただ拒絶されるだけで済んだ。
ところが、意図や解釈を書かないでごまかそうとしたものだから、
当然、このスレでは桐山意生身とみなされた。
「出神」と思っていたというのは本当なのでしょう。
なにせ、あなたは桐山意生身を知らなかったのだ。
だから、スレ131の310で、まさか桐山意生身の話として反撃されるなど、
あなたが予想もしなかったので、びっくりした。
後は、ひたすら、みっともなく今日まで逃げまどっている。

411 :神も仏も名無しさん:2007/12/02(日) 23:15:23 ID:e1WYFy63
>>179 :Q連続体:2007/11/26(月) 21:41:57 ID:StJtr5E1
>だが両者を比較した七氏の批判は大失敗であり、
>意図的だったのなら悪質極まりないと書いたのです。

クリン含さんは「沙門果経意生身=身命経意生身」と認めた。
これもうっかり書いてしまいましたね。
大失態、大失敗とはあなたのことです。
あなたはこうやって自分がなした失態を相手がしたと言い換える。
私からスレ131の310などで予想外の攻撃をかけられて、
あなたは大混乱に陥った。
桐山さんが意生身を書いていたのは知っていたが、
身命経で霊魂として出しているとは知らなかった。
しかも、自分(クリン含)が桐山意生身を知らないことを
七氏に知られるという大失態をした。
あなたのこの時の関心は、自分が知らないことを
どうやってごまかそうかという点だけだったから、
うっかり、「沙門果経意生身=身命経意生身」と書いてしまった。
つまり身命経の意生身のことを知っていて書いたのだと連想させるために、
愚かにも同じであるなどと書いてしまった。
嘘に嘘を重ねると、自己矛盾をおこすのです。
なんとかその場をごまかそうとしたから、批判側が意生身を大乗仏教の
産物だと言った、などという根拠のない話まで付けたが、
これも私から反撃されて、一言もない。

412 :神も仏も名無しさん:2007/12/02(日) 23:20:16 ID:e1WYFy63
>>179 :Q連続体:2007/11/26(月) 21:41:57 ID:StJtr5E1
>だが両者を比較した七氏の批判は大失敗であり、
>意図的だったのなら悪質極まりないと書いたのです。

沙門果経意生身は明らかに霊魂ではない。
これは釈尊が直接説明しているのだから、
釈尊の言う意生身(沙門果経意生身)とは霊魂ではありません。
ところが、クリン含さんによれば、
「沙門果経意生身=身命経意生身」だそうだ。
沙門果経意生身は霊魂ではないのだから、
身命経意生身も霊魂ではないことになる。
一方、桐山さんは身命経意生身は霊魂だと主張しているのだから、
クリン含さんは桐山さんの意生身を沙門果経を引用して否定してみせたのだ。
以上が、あなたが何度も引用するスレ131の310前後の内容です。
ごらんのように今でもちゃんと成り立つ。
沙門果経を意気揚々として出した時、まさか私からこんなふうに逆手に
取られるとはあなたは予想もしなかった。
桐山意生身を知っていたら、沙門果経なんか危なくて出せるはずがない。
念のために言うが、この説明の中には私の意見など一つも入っていない。
私は何も主張などしてない。
あなたの主張と桐山さんの主張をただくっつけて、
あなたの主張が桐山さんの主張を否定していることを示しただけです。
私は何も主張していないのだから、失敗のしようもない。
あなたの投げた石が桐山意生身にぶち当たっただけです。

413 :神も仏も名無しさん:2007/12/02(日) 23:27:43 ID:e1WYFy63
>>179 :Q連続体:2007/11/26(月) 21:41:57 ID:StJtr5E1
>だが両者を比較した七氏の批判は大失敗であり、
>意図的だったのなら悪質極まりないと書いたのです。

クリン含さんの努力で次のことがわかった。
沙門果経で釈尊は意生身の説明をしているが、霊魂などの意味はない。
これは読んでいる信者さんたちにとっても大ショックでしょう。
身命経では釈尊は自発的には意生身という言葉を使っておらず、説明もしていない。
沙門果経は釈尊がはっきりと意生身の説明をしており、それは神通力であり、
霊魂の話ではない。
誰が読んでも「沙門果経意生身=身命経意生身」であるはずがない。
意生身にはいろいろな意味があるのだというのはかまわないが、
現実の経典での釈尊の使っている意味は神通力です。
クリン含教の、性質が違う、なんて屁理屈をいくら並べても、
桐山さんがそんなことを書いていないのだから、無駄です。
これほど明瞭に釈尊が説明してしまったら、
もう身命経の意生身が霊魂だなんて説は成り立ちません。
なかなか素晴らしい経典を引用してくれた。
桐山意生身を知っていたら、あなたは引用しなかったでしょう。
無知も時には役立つものですね。

414 :神も仏も名無しさん:2007/12/02(日) 23:31:13 ID:e1WYFy63
>>179 :Q連続体:2007/11/26(月) 21:41:57 ID:StJtr5E1
>だが両者を比較した七氏の批判は大失敗であり、
>意図的だったのなら悪質極まりないと書いたのです。

クリン含さんにはもう一つ感謝しなければならないことがある。
それは>>343=386さんの登場です。
身命経の意生身が超訳という誤訳である可能性があるとは知らなかった。
それどころか、南伝の沙門果経の意生身すらも実は怪しげだとある。
両者ともに、具体的な文献が示されており、たいへん説得力がある。
こうなると阿含経に意生身が載っていること自体が疑われ、
桐山意生身は議論以前の問題であり、そもそも存在しなかったということになる。
元々、343さんはクリン含さんにレスを付けてきた。
あなたはいつものように無知と無恥を武器に罵り返した。
クリン含さんが沙門果経を引用しなかったなら、
343さんからこういう情報は提供してもらえなかったでしょう。
クリン含さんの努力によって、桐山意生身は経典における存在すら
疑わしい根拠のない話だとわかったのです。
真実が明らかになったのは、クリン含さんのお手柄です。
どうぞ、読者の皆さんはクリン含さんに温かい拍手をおくってください。

415 :偽会員(だって):2007/12/02(日) 23:37:02 ID:3VqzXDOB
>>394
あまりもつまらんオヤジギャグ(ジジイギャグか?)を管ちょーさんが言って、
全国一斉に真っ白になったんでしょうか?

416 :樹意:2007/12/03(月) 03:11:33 ID:nB5c2KJB
>>396
> 「怒身煮怨」(ドミニオン)
>
> 身体が煮えくり返る程の怒りと怨念
> ぴったりでしょう?

会員の件にしても 意生身にしてもあなたの場合その場その場で
言い逃れのウソを書いている。
普通の会話と違いスレッドには書き込み内容がちゃんと残っているから
あなたがいつも周囲にしているような、ケムにまくやり方は通用しない。
あなたはそれに対して腹を立てている。 ですがそれはわがままが
通用しないとダダをこねているだけの 恥ずかしい姿です。
>>322Q連続体 2007/11/29(木) 15:02:06 ID:kZ+7EEPj
>>231 :樹意 の 書き込みに対して憤激されているようですが、
>>231での私の書き込みの本体は以下のようなものです。

> 仏陀が沙門果経で説かれる意生身は 片山一良氏訳経典によると
> 占いをしない護摩を焚かない等戒を満たし 煩悩から離れた比丘が
> 作りだすものとの事です。

つまりあなたの関心は議論の内容ではなく自分のことを芯に考えている。
自意識過剰なのです。
ここはアゴン宗を批判するスレッドですから、あなた個人のことなど議論の
対象ではありませんが、ゲイカを擁護する立場で書くからそれに応じた
反応があるという認識を持った方がいいでしょう。

417 :樹意:2007/12/03(月) 03:23:41 ID:nB5c2KJB
>>396
> 「怒身煮怨」(ドミニオン)
>
> 身体が煮えくり返る程の怒りと怨念
> ぴったりでしょう?

私も人のことは言えませんが
怒りは瞋恚ともいいます、 怒りの呼吸となり目が脹れるからとの事です。
怒りや煩悩どこから生じるかというと、あなたやゲイカのように我見に執着し
自意識が肥大するところから生じるのです。
仏陀本来の修行は 人は五蘊 集合体でしかないことを観察し、この我見を
除くことを目的とするのです。(十二因縁 無我の教法)
完全に我の思い込みが無くなった方を阿羅漢というのです。
理解するだけで 即生にして効果のあるのが仏陀本来の教えなのです。
ゲイカやその信徒のあなたの在りようがそのまま 教団の歪んだ姿を
示すものです。



418 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/12/03(月) 08:34:27 ID:BTNG7PSC
>>172 Q連続体 2007/11/26(月) 21:21:51 ID:StJtr5E1
>沙門果経意生身と身命経意生身が
>別物であることを知らなかったことを批判されたと思っている。
>ちがうのです。
>両者は同じものです(別に違っていても構わないのですが)
>ただ経典によって違う性質が説かれている。
>見る角度によって両者のちがう性質がわかります。
>一方の顔は「生きている解脱者が作るもの」であり、
>もう一方の顔は「死んだ衆生に関係しているもの」です。
>彼等が批判されたのは、何度も言うように
>両者を関連付けたことです。

さてずんだ意生身の話に戻ります。
私が「ハア???」と叫んだところですね。
これまでの流れはQさんが沙門果経意生身を出してきたので、こちらは身命経を
比較に出して、両者の意生身はかなり性質が異なるねと示したわけです。
こちらが両者は別物だと言っているにも拘わらず、Qさんがこちらは別物だと
知らなくて両者を混同したのだろうと全くトンチンカンな罵りをしてきた。
これだけ罵っておきながら今度は自分の方から両者は別物ではなく同じであるなどと
書いてきた。まさに「ハア???」と溜め息が出るばかりの節操の無さです。
最初から人を馬鹿にするのが目的だったのでしょうか。
共通認識を確かめあおうという気持ちがないのですね。
さて婆磋が死後転生に向かう霊魂のような存在と、釈尊が
生きた解脱者が神通力として示すことのできる意生身を敢えて性質が違うものの
同じものとQさんが書いたその意図は次の書き込みで読み取れる。

419 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/12/03(月) 08:54:45 ID:BTNG7PSC
>>187 Q連続体 2007/11/26(月) 22:08:27 ID:StJtr5E1
>それと沙門果経の意生身ですが
>あれは「出神」であり
>霊魂ではないと思うなんて書いちゃったけど
>「出神」とは幽体離脱みたいなものだから、
>本当は霊魂なのかもしれない。
>誰か調べてみたらどうじゃろ?

沙門果経の神通力意生身が幽体離脱なのかどうかについては論じません。
Qさん自身沙門果経意生身は仙道の出神ではないか、出神とは幽体離脱みたいな
ものだからと想像に過ぎないことを書いているわけですし。
しかしQさんの出した沙門果意生身に対して桐山さんの示した身命経霊魂意生身
をこちらが対比として出した時、Qさんはこちらを馬鹿にしたのです。
霊魂に対して過剰反応だよ。こちらは霊魂の話など出してないのに霊魂と結び付ける
と罵ってきた。
して今になって霊魂と関係のある話だというのです。
実に人を馬鹿にした話ではありませんか?
こんな自分の考えをはっきり示さず、相手の言葉尻のみ攻撃する人とマトモな
会話が成り立つわけがない。
こちらは予想もしていたのです。
なんとか霊魂の話に結びつけて桐山さんの霊魂意生身を証明したいのではないか?と。
片や死んだ人の霊魂、片や生きた人の霊魂とか。
こちらの問い掛けには全く肯定せず馬鹿にするばかりで、いざ本音を吐かせると
どうもこちらが問いかけ確認したことが外れてもないようだ。
どうなんですか?ここのところ。
それに幽体離脱とヴァッカリやゴーディカの話はどう関係あるのですか?
今度こそ自分の方から自分の言葉で語ってみなさい。

420 :神も仏も名無しさん:2007/12/03(月) 12:34:41 ID:oUsqlyM2
>>392 :神も仏も名無しさん:2007/12/02(日) 10:47:48 ID:lLiN8bzX
>神や通力に目覚めたり
>するものではなく
>ただこの世への執着、未練が今あるかないかそれだけ
>>397 :神も仏も名無しさん:2007/12/02(日) 16:47:09 ID:lLiN8bzX
>心のありかたが大事なのか
>私は桐山さんは知っていると思いますよ。

392と397とが矛盾していませんか。
桐山さんはこの世への未練と執着が普通の人よりも強い。
神通力で欲望を成就するのだと宣言している。
その彼が、心のあり方が大事だと知っているというのはおかしい。
釈尊の説く心のあり方を知らないから、
煩悩のままに、名誉欲や食欲の成就に邁進している。
自分の心のあり方こそが重要だと気が付いたら、
悪因縁だの霊障だのと他人のせいにすることはありえない。
世界平和が心のあり方が基本だとわかったら、
柴燈護摩なんて心の外にあるイベントをするはずがない。
ましてや、心のあり方を問う煩悩解脱を「小解脱」と罵るはずがない。
桐山さんの言動を見る限り、彼が心のあり方、特に自分の心のあり方に
何の考察も反省もないのはあまりに明瞭です。

421 :神も仏も名無しさん:2007/12/03(月) 12:38:06 ID:oUsqlyM2
>>394 :神も仏も名無しさん:2007/12/02(日) 13:09:50 ID:wsS1Z2Zh
>沈黙、沈黙、沈黙。ああ沈黙の例祭法話。
>ネットワークで日本中がシンと静まり返る。

桐山さんの話が途中で止まってしまったのですね。
たぶん本人は自分が何を話していたのか忘れてしまい、
次に何を話す予定だったか、必死に思い出そうとしていたのでしょう。
かと思うと、滔々と話を始めて、しかも話があっちに飛び、
こっちに飛び、さっき話したようなことをまた繰り返す。
脳のプログラムが個々には存在するが、うまくリンクしてないのです。
脳梗塞を患った老人には珍しい症状ではありません。
今はずいぶん護摩を焚くようになったが、
脳梗塞を発症した当時、護摩の最中にフリーズしたことがある。
信者たちは桐山ゲイカが定に入っていると思っていたのだろうが、
内陣の人はパニックで、箝口令がしかれ、今後桐山ゲイカがフリーズしたら、
どのように進めるかも決めたという。
話が途中で止まるのも、作法が途中で止まるのも理由は同じです。
何をしていたのか、次に何をすればいいのかわからない。
リハビリで2003年以降、ある程度機能回復したが、
それは代替回路ができただけで、元の回路が復活したわけではない。
桐山さんのこの有様は批判側の批判よりもはるかに説得力がある。
信者さんたちは目を開けて、よおくあるがままの桐山さんを観察することです。
求聞持脳とブッダの智慧を持ち、普通の人よりもはるかに若いというが、
現実の桐山ゲイカの脳と身体は86歳の普通の老人にすぎない。
普通の人と違う点は、欲望と執着が普通の人よりも何倍もある。
信者さんたちはこういう桐山さんの「管長並の知能」を獲得するために
徳とやらを積み、練脳塾で脳の訓練をするのか。
それで体得できるのは、桐山さんと同じで欲望と執着だけですよ。

422 :神も仏も名無しさん:2007/12/03(月) 12:39:05 ID:oUsqlyM2
ザ33より転載

[438]擁護派現役信者代表! 07/12/01 04:25 BykKWUBgaP
君たちいいかげんにしとけよ。
不世出の大聖者を愚弄すると今に仏罰が下るぞ!
それと、如月さんとやら語尾に毎回「?」を付けているが、
本当は不安なのではないですか?
「・・・良かったですね?」等の表現が
本当は阿含に戻りたい気持ちを表しているのではないですか?
まだ間に合います。
阿含に戻りましょう!

423 :神も仏も名無しさん:2007/12/03(月) 12:41:10 ID:oUsqlyM2
>[438]擁護派現役信者代表! 07/12/01 04:25 BykKWUBgaP
>不世出の大聖者を愚弄すると今に仏罰が下るぞ!

法話の最中にフリーズしてしまう「不世出の大聖者」!?
名誉をあるが上にも欲しがり、人々を騙し、
釈尊を餌に使って作り上げた教団に執着する「不世出の大聖者」!?
宗教詐欺師を批判すると「仏罰が下るぞ!」??
なんとおもしろいジョークだと、「わあ、仏罰、恐いよ、助けてくデー」
とレスをつけようと思ったら、どうやら本気らしい。
438さんの書き込みには信者の典型的な洗脳が現れている。
信者さんたちは気が付きましたか。
「不世出の大聖者」と「仏罰」です。
これら二つは桐山さんに洗脳された典型的な反応であり、
ほとんど条件反射に近い。
批判されると、内容ではなく、パッとこういう言葉が
出てきた438さんはまさに自己洗脳の典型です。
信者さんたちにも参考にしてほしいから、説明しましょう。

424 :神も仏も名無しさん:2007/12/03(月) 12:43:24 ID:Idv/k7Ao
>[438]擁護派現役信者代表! 07/12/01 04:25 BykKWUBgaP
>不世出の大聖者を愚弄すると今に仏罰が下るぞ!

まず「不世出の大聖者」です。
これは438さんが考えたのではなく、桐山さんの口まねです。
桐山さんを「不世出の大聖者」と言っているのは桐山さん本人です。
それを鵜呑みにして、438さんは条件反射のようにこの言葉が出てきた。
桐山さんはいつも自称です。
超能力者、解脱者、阿那含、メシア、アンゴルモアの大王、
有余依涅槃の聖者などもそうだが、大僧正や阿闍梨という肩書きすらも
自称であり、嘘です。
不世出の大聖者とは、「めったに世に現れないほどすぐれた偉大な聖者」
というくらいの意味です。
桐山さんのどこがめったに世に現れないほどなのですか。
その点を信者さんたちもよく考えてみてください。

425 :神も仏も名無しさん:2007/12/03(月) 12:46:51 ID:Idv/k7Ao
>[438]擁護派現役信者代表! 07/12/01 04:25 BykKWUBgaP
>不世出の大聖者を愚弄すると今に仏罰が下るぞ!

桐山さんの業績としては、阿含経を蘇らせたとか、
釈迦の成仏法を体得したなど言っているが、これ自体が嘘です。
阿含経は桐山さんが発見したわけではないし、
世に広めようと努力した僧侶も桐山さんが初めてではない。
新興宗教で阿含経を正式に教義に取り入れたのも、立正佼成会のほうが何十年も早い。
そういうと、信者さんたちは「桐山ゲイカは釈迦の成仏法を体得した」と言う。
桐山さんのいう釈迦の成仏法とは因縁解脱、霊障解脱、死者成仏です。
だが、桐山さんの新刊に載っている阿含経を見ても、
どこにも因縁解脱も霊障解脱も死者成仏もない。
これ自体が桐山さんの作り話です。
阿含経にはないのだから、蘇らせたのではなく、
信者の無知につけ込んだ自作自演です。

426 :神も仏も名無しさん:2007/12/03(月) 12:49:32 ID:Idv/k7Ao
>[438]擁護派現役信者代表! 07/12/01 04:25 BykKWUBgaP
>不世出の大聖者を愚弄すると今に仏罰が下るぞ!

信者さんたちは今回の新刊と、この後発刊される下巻にある約20の阿含経、
また桐山さんがこれまで本などで講義した阿含経だけを、
「因縁解脱、霊障解脱、死者成仏をどこで釈尊が説いたか」
という視点で読んでみてください。
桐山さんの解説は読まずに、阿含経の和訳だけを読んで、
どこに因縁解脱、霊障解脱、死者成仏があるか探してください。
今まで信者さんたちはこういう視点で阿含経を読んだことがないはずです。
いつも、桐山さんの解釈を聞いて理解した気になっている。
だが、出家経でも説明したように、全部桐山さんのすり替えであって、
阿含経の本文のどこにも因縁解脱、霊障解脱、死者成仏はありません。
カルマ解脱、死者解脱なんて釈尊は説いていません。
そして、あろうことか、釈尊の説いた煩悩解脱を小解脱だと罵っている。
こういう桐山さんが阿含経の釈迦を現代に蘇らせたなんて
成り立つはずがない。

427 :神も仏も名無しさん:2007/12/03(月) 12:56:02 ID:Idv/k7Ao
>[438]擁護派現役信者代表! 07/12/01 04:25 BykKWUBgaP
>不世出の大聖者を愚弄すると今に仏罰が下るぞ!

桐山さんが大聖者だという証拠は何でしょうか。
信者さんたちは成仏リキを体得したことをもって大聖者と言いたいらしい。
桐山さんも、死者を解脱成仏をさせる力があるから有余依涅槃の聖者だと宣言している。
だが、これも二つの点において根拠がない。
一つは、前述のように、桐山さんのいう因縁解脱や死者成仏の
成仏法、成仏リキなんて釈尊は説いていない。
また、そんな力などないことは、桐山さんが刑獄や脳障害の因縁を
丸出しにしているのを見れば十分です。
二つ目に、仏教の聖者とは煩悩を断ち切った人を指すのです。
出家経でも十結を断ちきった人たちが聖者、解脱者であると
釈尊がはっきりと述べている。
死者の成仏なんて阿含経をひっくりかえしても出てこない。
釈尊ですらこういう力があるとは述べていない。
だから、死者を成仏させる力をもった聖者なんて仏教には存在しない。
桐山さんのように煩悩を丸出しにしている人が聖者だなんてありえないのです。
以上のように、現実の桐山さんは「不世出」でもなければ「大聖者」でもない。

428 :神も仏も名無しさん:2007/12/03(月) 12:59:19 ID:Idv/k7Ao
>[438]擁護派現役信者代表! 07/12/01 04:25 BykKWUBgaP
>不世出の大聖者を愚弄すると今に仏罰が下るぞ!

洗脳の二つ目は「仏罰」です。
信者さんたちは仏罰なんて大した問題ではないと思っているかもしれない。
だが、これこそ強烈な洗脳手段なのです。
438さんだけでなく、おそらく読んでいる信者さんたちも
気が付かないうちに、仏罰、法罰を深く信じてしまっている。
恐怖による支配、恐怖心によるコントールです。
「仏罰なんて言葉一つで大袈裟なことを言う」と反発するでしょう。
それが甘いのです。
何もこれは桐山さんの専売特許ではなく、古くから行われてきた。
アメとムチこそが、人間を支配するのにもっとも簡単な方法です。
宗教的なムチ、宗教的な恐怖が仏罰です。
桐山さんは攻撃的な性格だから、アメよりも宗教的ムチを得意とする。

429 :神も仏も名無しさん:2007/12/03(月) 13:00:31 ID:Idv/k7Ao
『修行者座右宝鑑』

そういう人の行くすえを見ていると、決してよいことが起きていない。かならず、
悪くなっている。
かりそめにも「如意宝珠」とまでたたえられているありがたい仏さまを放棄して、
よいことがあろうはずがないではないか。(273頁)

御宝塔なくして成仏はぜったいに不可能であり、これを棄捨する者は、必ず堕
地獄の苦患に会うであろうこと、諸経典の説く通りなのである。(289頁)

430 :神も仏も名無しさん:2007/12/03(月) 13:09:10 ID:Idv/k7Ao
>[438]擁護派現役信者代表! 07/12/01 04:25 BykKWUBgaP
>不世出の大聖者を愚弄すると今に仏罰が下るぞ!

ご宝塔を返却すれば、「かならず、悪くなっている」、
それどころか、「必ず堕地獄の苦患に会う」。(>>429)
これが桐山さんが文章にした仏罰です。
アゴン宗を辞めたら、地獄に堕ちるというのです。
『修行者座右宝鑑』という信者の教科書に霊的な脅迫が書いてあるのです。
信者さんたちはこれが霊的な脅迫であることに気が付いて
いなかったのではありませんか。
しかも、こんなのは氷山の一角にすぎず、
実は、アゴン宗とは仏罰そのものでできたような教団です。
因縁も霊障も、アゴン宗を信じなければ信者さんたちに襲いかかってくる。
桐山さんは今でもまだ地球壊滅を説いており、アゴン宗にいないと
信者さんたちは横変死するぞと脅かしているのです。
アゴン宗の骨ホトケを見捨てたら、死ぬというだから、仏罰です。
信者はこんなふうに自分では気が付かないうちに、
仏罰を受け入れてしまっている。
その結果、何かあると438さんのようにポロッと仏罰という言葉が飛び出てくる。
こういう宗教的な条件反射を自己洗脳というのです。

431 :神も仏も名無しさん:2007/12/03(月) 13:17:54 ID:Idv/k7Ao
>[438]擁護派現役信者代表! 07/12/01 04:25 BykKWUBgaP
>不世出の大聖者を愚弄すると今に仏罰が下るぞ!

自分が恐怖心から信仰しているなんて大人なら認めたくない。
なにせ大多数の信者さんたちは自分の恐怖心すら自覚していない。
だが、438さんを見てもわかるように、植え付けられているのです。
>>429のように、桐山さんの言うことを聞かないと不幸になるぞ、
死ぬぞとはっきりと脅かされている。
私も信者時代、自分の信仰が恐怖心から出ているなど気が付かなかった。
最初に意識したのは、「関東は毎月桐山ゲイカの護摩に出席できていい。
地方や海外は大変だ。自分たちは恵まれている」と思った時です。
つまり、自分は護摩に出て因縁や霊障をゲイカのお力で払ってもらっていると思っている。
桐山さんの力の依存し、その背景は因縁や霊障への恐怖心です。
因縁や霊障が恐いから、護摩に出席してナモナモしている。
こういう自分の姿にギョッとした。

432 :神も仏も名無しさん:2007/12/03(月) 13:25:08 ID:Idv/k7Ao
>[438]擁護派現役信者代表! 07/12/01 04:25 BykKWUBgaP
>不世出の大聖者を愚弄すると今に仏罰が下るぞ!

このかつての私の愚かな姿を笑える信者など一人もいない。
多かれ少なかれ、心の中に因縁や霊障への強い恐怖心をもっている。
だから、これらを解決できるという桐山さんに依存して離れられない。
その恐怖自体が桐山さんから植え付けられたにすぎないのだが、気が付かない。
しかも恐怖とは理屈ではなく、本能的な感情だから、
いくらアゴン宗の嘘を暴露されても離れられない。
438さんのように自分の恐怖心など認めるどころか、意識したこともないから、
批判は悪口だと切り捨てる。
上記のように桐山さんの口まねをして、他人を霊的に脅かすようになる。
暴力を受けて育った人が自分の子供にも暴力を働くのと同じことで、
自己洗脳の症状が一歩進んでいる。
また、某信者のように、自分は批判側のようにすべてを捨てるのではなく、
客観冷静にアゴン宗を見ているのだ、などと離れなくてもいい屁理屈をあれこれと考える。
私もその道に迷い込んでいたから、よくわかります。
だが、先輩として助言するなら、その道に出口はありません。
護摩など外に出口を求めるのではなく、釈尊がおっしゃっているように、
自分の心を振り返り、依存と恐怖に気が付くことが出口です。

433 :神も仏も名無しさん:2007/12/03(月) 21:22:08 ID:EGJnso/j
これ以上火祭りで地球温暖化を助長するのは辞めてください。

434 :Q連続体:2007/12/03(月) 21:26:48 ID:ogVqMUB6
怒身煮怨(ドミニオン)たちの作文はとにかく長い。
長さで相手を圧倒するつもりでしょうが
読むのに一苦労です。
こちらは簡潔かつ明快なレスを心掛けます。
まずはセーラーむんむんの指タンからです。
異性身、もとい意生身からいきましょう。

>>238
また支離滅裂なことを書いていますね。
概念に広義も狭義も基本もありません。
概念は概念です。
「広義の概念」「狭義の概念」「基本概念」?
すべて指タンの造語です。
彼のいう細分化分類とは
狭義の概念ではなくて個々の性質のことです。
もう一度辞書を引いて
「概念」という言葉を調べてください。
それでもわからなければ逝っていいです。

435 :Q連続体:2007/12/03(月) 21:27:50 ID:ogVqMUB6
>>268
本当に色々な屁理屈を考え出すものです。
だがそのような努力はすべて徒労に終わります。
七氏さんはこう書いてしまったからです。
『意生身とは解脱者がつくるものだ。
その解脱者が何故、
輪廻の主体である霊魂を作る必要があるのか?
身命経の意生身は霊魂ではない』
このように、七氏さんは両者を比較して
はっきりと『身命経の意生身は霊魂ではない』、と
結論づけているのです。
指タンが言うように、
『あんた、何で沙門果経など出したのさ?』
と私に疑問を投げかけるために
両者の違いを比較してみせたのではありません。
書かれた文章がすべてを物語っています。
指タンがどのような理屈を考え出しても無駄なことです。

436 :Q連続体:2007/12/03(月) 21:28:46 ID:ogVqMUB6
>>299
『釈尊の真意は渇愛による輪廻であり
意生身はどうでもよかったから、
弟子の言葉を否定もせずただ繰り返した』
これが指タンの言いたいことです。
これには何が何でも「意生身」を排除しようという
彼の狙いがあります。
こうした彼の解釈もできないことはないが、
経典に書かれた文字に忠実に従えば
飛躍した考えであるとも受け取られ、
あくまで推論にすぎないとも言えます。
釈迦の真意は本人にしかわかりません。

437 :Q連続体:2007/12/03(月) 21:33:58 ID:ogVqMUB6
>>302
>>435と重複しますが、
七氏さんは沙門果経と身命経の関係を
私に問い質してはいません。
また両者の内容がちがうことを
私やギャラリーに示したのでもない。
彼は自分ではっきりと結論を書きました。
『身命経の意生身は霊魂ではない』
これが質問の提起に見えますか?
彼は両者を比較した上で
明確に自分の結論を下したのです。

438 :Q連続体:2007/12/03(月) 21:35:46 ID:ogVqMUB6
>>326
>そうだ。婆磋が質問した死んだ衆生が
>次の肉体を得るまでの中有の存在と
>沙門果経に説かれる解脱した聖者が
>神通力で作ってしまえるという意識だけの
>自由な存在とは全く別物だと。
>そこでお互いの共通認識を得る。
>そこが出発点なのです。
私がいつ、あなたと共通認識を持ちました?
さんざん屁理屈を並べたあげく
やっと観念してこちらの主張を認めたのだから
まず今までのは屁理屈だったと認めるのが先です。
それを勝手に共通認識を持っただの
それが出発点なのだと言い出して話をすりかえる。
さすが宝塔息子だけのことはありますね。
だがあなたにとっては出発点であっても
私にはとってはこれが終点です。
ヴァッカリやゴーディカなどどうでもよいのです。
全くの別物を関連付けるというミスを
気づかずやったとすれば大ポカであり
故意だと解釈すれば悪質な手口となります。
どちらに転んでも批判ネタに使えるわけです。

439 :Q連続体:2007/12/03(月) 21:37:01 ID:ogVqMUB6
>>346>>348
指タンのような厳しい見方もあるでしょう。
だが教団は強制しているのではなく
あくまで信者は自由参加ですからね。
在家信者によって支えられている教団であれば
イベントを行うのは致し方ないでしょう。
それをやらなければ存続できないからやむを得ない。
教団の消滅を願っている人から見れば、
そういうイベントは許されぬ行為だと映るでしょう。
立場によって見方が変わるのです。

>>350
必要最小限であろうが釈尊が呪文を使い、
弟子にそれを教えたという話は、
それがどこまで真実かはわからぬが
興味深い話ではあります。

440 :Q連続体:2007/12/03(月) 21:40:36 ID:ogVqMUB6
さてここからが七氏さんです。
でも何故か、この頃迫力が無いですね。
何かあったのでしょうか?
まあ詮索は止めておきましょう。

>>352>>384
彼のダラダラ書きを簡潔にまとめます。
彼はこう言いたいのです。
『ゲイカの「何か」は與陰(桐山異陰)=霊魂であり、
クリン含教の「何か」はそれらとはちがう「何か」である。
だから何か説はゲイカ説ではない』
彼の14行にもわたる文章も
まとめればこのようにたった3行で済みます。

441 :Q連続体:2007/12/03(月) 21:44:16 ID:ogVqMUB6
だがこれもいとも簡単に崩せます。
ゲイカは確かに「異陰」とは霊魂だと書かれていますが、
>>324でも触れましたが本にこうあるのです。   
 輪廻する葦(156頁)
   霊魂とよぼうが、異陰とよぼうが、そんなことはどうでもいい。
   とにかく釈尊は、死後もなにかが存在をつづけると
   はっきりとおっしゃっておられるのです。(156頁)
これを読めば、ゲイカの真意は
『死後もなにかが存在をつづけている』
ということだとわかります。
だからこそ、異陰の消えた新刊本にも
同様な表現が使われているのです。
ゲイカ説は「何か説」と同じなのです。
つまりクリン含が異陰や霊魂の代わりに
「何か」だと言ったのと同じです。
実はクリン含本人がゲイカの上の文章を読んで
「何か説」を唱えたと申しておりますので間違いありません。
「クリン含説はゲイカ説とはちがう」と言った七氏さんは、
ゲイカ本をろくに読んでさえいないのです。

442 :Q連続体:2007/12/03(月) 21:45:28 ID:ogVqMUB6
>>355>>382
七氏さんが今になって
万燈会や魔女狩りの件を推測だ、
と言い出したのには驚きました。
推測で批判を続けていたとは
明らかに中傷行為です。
私にさんざん追求されて、もはや逃げ場がない、
と観念したのでしょう。
だが転んでもただでは起きない彼らしく、
今度は自分には「推測の根拠」がある、
などと言い出しました。
ところが肝心の推測の根拠というのが
全然根拠になっていません。

万燈供養の売上落ちにしても
実際に信者のアンケートをとったわけでもなく
ただこうあって欲しいという
希望的観測を述べているだけです。
何ら裏付けの数字というものがない。
宗務局の魔女狩りにしても
宗務局とはこんなところだ、
という自身の見聞を基に想像しているに過ぎず、
これまた根拠といえるものなど無し。
こうした例を見れば、この他にも
根拠無く書き込まれているものが多々あるでしょう。
中傷を書き続けるとは大した神経です。
そして根拠もない推論を並べておいて
お前はその推論を否定できる根拠を示せないだろう、
といい気になっていられるのだから
もはや病気なのかもしれません。

443 :Q連続体:2007/12/03(月) 22:10:22 ID:ogVqMUB6
>>356
自分では相手を論破しているつもり・・・
自分では百戦百勝しているつもり・・・
自分では自説を唱えていないつもり・・・
自分ではあるがままの現実を説明しているつもり・・・

病人が相手ならこちらも遠慮させてもらいます。

>>357->>360
教団は最初から、
「阿含経を密教的手法で実践していく」という、
教団の理念を打ち出しています。
だから加持祈祷をやるのは当然です。
密教的手法という部分を無視して
怒身煮怨たちは批判しているに過ぎない。
もし文句をつけるなら
阿含経を密教的手法で実践するとはどういうことかと、
その理念を教団に質してみればいいのです。
それができないヒヨコが日陰に隠れて
ピーチク、パーチクさえずるのは
見ていて本当に見苦しいです。

444 :Q連続体:2007/12/03(月) 22:11:24 ID:ogVqMUB6
>>361>>364
創作経典であろうが、説話文学であろうが
釈尊が呪文を唱え、弟子にもそれを伝えた
という話が残っているのは
それが真実かどうかという問題は別として
そういう話が伝わる素地があるということです。
俗に言う、火の無いところに煙はたたぬ、です。
仏教を理解するには当時のインド社会を
深く知る必要があります。
釈尊が呪文を祓ったという話を奇異に感じるのは
仏陀を自分の好きなように理想化していることが、
原因なのかもしれません。

445 :Q連続体:2007/12/03(月) 22:13:18 ID:ogVqMUB6
>>385
仏教説話、物語だから事実ではないと
結論づけることはできません。
説話や物語には全くの作り話もあるが
何らかの事実を基にしたケースもあります。
今回の話が何れのケースに属するかは知らぬが、
少なくとも事実ではないと結論づける材料はありません。
説話や物語は事実ではない、あってはならぬと、
七氏さんが思い込んでいるだけです。
哀しいかな、七氏さんの心は
自分が見たくない、聞きたくない、信じたくない
と感じると、自動的に心から抹消するように
プログラムされているのです。だからこそ、
7年もの間、根拠の無い推論に過ぎぬことも
平然と書き込み続けることができるのでしょう。
常人の神経ではとても無理です。
驚人だけが為せる業だと思います。

446 :Q連続体:2007/12/03(月) 22:21:38 ID:ogVqMUB6
>>365
「証拠」が「増長」「増幅」に変わっても
心に反映されていることには変わりません。
七氏さんは弟子である信者や職員には
ゲイカの心が反映されていると批判してきたのです。
それが釈迦と比較された途端に、
こように不様な言い逃れを始める。
どうして七氏さんはこのように薄汚いのか?
いや薄汚いから人を中傷するのでしたね。
愚問でした。

447 :神も仏も名無しさん:2007/12/03(月) 22:23:16 ID:sIDxuk6X
因縁です。

448 :Q連続体:2007/12/03(月) 22:24:35 ID:ogVqMUB6
>>366
七氏さんは、信者や職員の行為には
教祖であるゲイカの心が反映されている、
と以前から批判してきました。
その論法に従うなら、蓮華色尼が乱暴されたとき、
彼女を侮辱する発言をした比丘たちの行為には、
教祖である釈尊の心が反映されていることになります。
ところが今回、七氏さんはソーマー尼の話を用いて
釈尊には男女差別の心は無いのだと反論しました。
いいいでしょう。その反論を受け入れましょう。
釈尊には差別の心など無かったのだ。
すると蓮華色尼の話はどうなりますか?
釈尊は女性差別などしていないのだから
女性侮辱発言をした比丘たちには
釈尊の心は反映されていないことになります。
すなわち教祖と弟子とは
本来何の関係もないという話になります。
ならば弟子には教祖の心が反映しているのだと、
以前から批判してきた七氏さんは
その批判を取り下げなければならなくなります。
>してやったりと自惚れていたら、
>私から逆に>>366で足払いをかけられた(>>383
残念ながら足払いをかけられたのは七氏さんの方です。
七氏さんがソーマー尼を持ち出して
釈尊には男女差別の心がないことを立証したことで
従来の批判を取り下げなければならなくなったのです。

449 :Q連続体:2007/12/03(月) 22:27:56 ID:ogVqMUB6
ソーマー尼をとれば
釈尊は男女差別をしていないことになって
教祖の心が弟子に反映されているという
従来の七氏論法を否定することになります。
逆にソーマー尼を捨てれば
比丘が蓮華色尼を侮辱した件で
釈尊は男女差別の心を持っていることを
認めざるを得なくなります。
どちらを選ぶかは七氏さんの心次第です。

450 :Q連続体:2007/12/03(月) 22:29:20 ID:ogVqMUB6
おまけ

>>378 :偽会員(だって)
>Qよ 消えろ、来るな。

【小判鮫】
スズキ目コバンザメ科の海産の硬骨魚の総称。
またその一種。全長約80センチメートル。
細長い頭頂に第1背びれの変形物である小判型の吸盤があり、
これで回遊魚の皮膚や船の底に吸着して移動する。
コバンイタダキ。アヤカシ。
                    (広辞苑第五版より)

451 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/12/03(月) 22:47:36 ID:BTNG7PSC
>>434 Q連続体 2007/12/03(月) 21:26:48 ID:ogVqMUB6
>怒身煮怨(ドミニオン)たちの作文はとにかく長い。
>長さで相手を圧倒するつもりでしょうが
>読むのに一苦労です。

いやいや、アンタの文も無駄に長い。
読みにくくてしょうがねーわな。

>概念に広義も狭義も基本もありません。
>概念は概念です。
>「広義の概念」「狭義の概念」「基本概念」?
>すべて指タンの造語です。
>彼のいう細分化分類とは
>狭義の概念ではなくて個々の性質のことです。
>もう一度辞書を引いて
>「概念」という言葉を調べてください。
>それでもわからなければ逝っていいです。

あーわかったわかった、みんな私が悪うございました。アンタはエライ。
と、敗退してあげよう宣言してるでしょうが?
概念なんてどうでもいいのよ。議論するだけ面倒くさい。
だから性質が違うんでしょ。
身命経意生身と沙門果経意生身は性質が違うと言いたいのよ。ぼくわ。
(身命経も知らなかったくせに…)
それでは逝ってきま〜す。
あ?逝かなくていいのか?

452 :偽会員(だって):2007/12/03(月) 22:48:49 ID:fi9izWWG
>>450

コバンザメェ??
別に何でもいいけど、要するに何が言いたいんだ?

そもそもな、いつまでもいつまでもいつまでもいつまでもダラダラダラダラダラダラダラダラと
くだらない話をしてるなよ、このクズ!

ここは阿含宗の批判スレであって、仏教のスレではないんだよ。
ここは桐山阿含宗がインチキだという話をするための場所であって、論理的にどうだとか、仏教学的に
どうだとか言う場所ではないの。こんな簡単なことすら判らないのか、このバカ。アホ!(関西人用ね)

釈迦が女性蔑視かどうかなどこのスレとは何ら関係ないし、自殺を推奨しようが、釈迦が何を主張しようが
このスレには何の関係もないんだよ。このマヌケ。

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 
ここは桐山が、いかにインチキかと言うことを糾弾する場所なんだよ。  このクズ!
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 

全く更生する見込みの無いお前のようなクズの来る場所ではないんだよ。この馬鹿者。

Qよ 消えろ、来るな。
お前の屁理屈は聞き飽きた。もっと本質的に役に立つ、意味のある話をしろ。
仏教学的にとか、論理的に正しいかどうかなど、どうでもいい。
とにかく、見るたびに「あぼ〜ん」に設定するのはめんどくさいから
二度と来るな。このクズ!!


453 :Q連続体:2007/12/03(月) 22:50:55 ID:ogVqMUB6
>>402>>419
はまた後でゆっくり読むことにしよう。
しかし長い・・・長すぎる・・・
こんなの読んでていいのかしらん。
一瞬の光陰軽んずべからず、だな。

454 :Q連続体:2007/12/03(月) 22:57:56 ID:ogVqMUB6
>>452
擁護側のみなさん、ご覧ください。
これがやめた信者の姿です。
七氏や指タンは例外中の例外であって
大部分はこういうタイプです。
何が言いたいんだ?と言いながら
自分自身は何一つまともなことが言えない。
クズ、マヌケと罵ることしかできないのです。
そんなに見たくなければスルーすればいいだけの話です。
要するに擁護側を罵倒したいだけなんですね。
まさに地獄の亡者のようなカキコですね。

455 :Q連続体:2007/12/03(月) 23:01:54 ID:ogVqMUB6
コバンザメ君は書けば書くほど
ネットに醜態を晒す。
こちらの思う壺だということです。


456 :神も仏も名無しさん:2007/12/03(月) 23:04:06 ID:Cv9vSVLB
 阿含宗、教祖は桐山氏、彼は高知で刑期を終えて出て来た罪状は詐欺罪、
悪質な犯罪だったことから懲役二年六ヶ月の実刑だ、弁護側は情状酌量を求め
裁判は長期に渡った、しかし判決は実刑だった、クスネタ金は数千万円、
大型の花火祭り、大型焚き火祭り、彼が焚き火の前で叫ぶと、炎が阿弥陀如来を
創る訳は無いが、アゴンも会員は随分減った、バレタ、ばれた、又ばれた。

457 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/12/03(月) 23:17:02 ID:BTNG7PSC
>>436 Q連続体 2007/12/03(月) 21:28:46 ID:ogVqMUB6
>こうした彼の解釈もできないことはないが、
>経典に書かれた文字に忠実に従えば
>飛躍した考えであるとも受け取られ、
>あくまで推論にすぎないとも言えます。

根拠はその身命経の冒頭にあります。
婆磋は霊魂について質問したのです。
霊魂と肉体は同じものか別のものかとの問いに頑なに答えないのです。
その釈尊が婆磋の口車に乗ってうっかり答えてしまったと言うか?
これは何もこの身命経に限ったことでなく、霊魂だの宇宙の創始だの形而上的な
質問に対して一切答えず無記を貫いたのです。
だからこの経典だけ霊魂意生身を認めたなんてことにはならないのです。

458 :偽会員(だって):2007/12/03(月) 23:20:35 ID:fi9izWWG
>>454
そうかねぇ? 俺はまともなことを言っていると思うよ。 お前のようなクズ相手にまともな人間相手のような
受け答えをする必要はないからね。
クズで、マヌケ相手には、罵るしかやることはないんじゃないの? だって、いくらまともな理屈を言っても
まともに返事が来ないし、質問しても答えない、相手の言うことは聞かない。
こんな奴相手に何を家というの?バカは相手にするだけ無駄だから、消えろと言っているの。
地獄の亡者ってのには会ったことがないから判らないけど、あんたが、まともな理屈の判らない馬鹿者
であると言うことは良くわかるよ。

何度でも言うけど、ここは「桐山のインチキを暴き立てて糾弾する場」なの。仏教スレではないの。
あなたの屁理屈を披露する場でもないの。

まともな理屈が判るなら、消えて二度と来るな!! プンプン

459 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/12/03(月) 23:24:42 ID:BTNG7PSC
>>438 Q連続体 2007/12/03(月) 21:35:46 ID:ogVqMUB6
> 私がいつ、あなたと共通認識を持ちました?

共通認識が持てるように呼び掛けたのです。
ここまでは同じだが、この後どう見解やら主張が異なるか。
日本語の読めないあたが勝手に共通認識すら持つことを拒否したのです。

>さんざん屁理屈を並べたあげく
>やっと観念してこちらの主張を認めたのだから
>まず今までのは屁理屈だったと認めるのが先です。

いや、それ逆でしょうが。
(なんか漫才演じてるみたいだな…)

>ヴァッカリやゴーディカなどどうでもよいのです。

ぶひゃひゃひゃ。都合が悪いもんだから逃げてやんの。

460 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/12/03(月) 23:36:04 ID:BTNG7PSC
>>439 Q連続体 2007/12/03(月) 21:37:01 ID:ogVqMUB6
>だが教団は強制しているのではなく
>あくまで信者は自由参加ですからね。


>在家信者によって支えられている教団であれば
>イベントを行うのは致し方ないでしょう。

↑だから↓になるという論はおかしい。
私の反論がまだ理解できてないようですね。
なるほど強制的に禁じてないから祭りの参加なども自由です。
しかしそういった祭り事は俗世間に既に行われているものに参加すればよいというか、
参加してしまわれることも致し方ないが、わざわざ出家とやらが主宰する阿含宗という仏教教団が
本来は在家でも身を焦がしてほしくないまじないごとのイベントを開くのが
おかしいのです。
あっ、そう。ネットで恋占いをしたの?
あまり囚われちゃいかんよというところを、阿含宗はなんと自分の方から占いサービス
を提供しているのを批判しているのですよ。
参加する在家の問題ではない。
企画してしまう出家とやらの欺瞞を批判しているのです。

461 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/12/03(月) 23:41:38 ID:BTNG7PSC
>>439 Q連続体 2007/12/03(月) 21:37:01 ID:ogVqMUB6
>必要最小限であろうが釈尊が呪文を使い、
>弟子にそれを教えたという話は、
>それがどこまで真実かはわからぬが
>興味深い話ではあります。

この場合、呪文がどうこうということでなく、必要最小限の問題解決を書いたつもりだ。
囚われの身になったアーナンダを僧院に戻れるように努力することだね。
作り話のソースについてあなたも言及しているが、あったとしてももっと
現実的な知恵ではないかと。
この後に書く予定。

462 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/12/03(月) 23:49:54 ID:BTNG7PSC
>>443 Q連続体 2007/12/03(月) 22:10:22 ID:ogVqMUB6
>自分では相手を論破しているつもり・・・
>自分では百戦百勝しているつもり・・・
>自分では自説を唱えていないつもり・・・
>自分ではあるがままの現実を説明しているつもり・・・

それアンタですがな。

>教団は最初から、
>「阿含経を密教的手法で実践していく」という、
>教団の理念を打ち出しています。
>だから加持祈祷をやるのは当然です。

だからそんな理念など成り立たない矛盾を指摘して論じているのです。

463 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/12/04(火) 00:03:27 ID:z9b/Q2s9
>>444 Q連続体 2007/12/03(月) 22:11:24 ID:ogVqMUB6
>創作経典であろうが、説話文学であろうが
>釈尊が呪文を唱え、弟子にもそれを伝えた
>という話が残っているのは
>それが真実かどうかという問題は別として
>そういう話が伝わる素地があるということです。
>俗に言う、火の無いところに煙はたたぬ、です。

素地とは釈尊の側にあるのではなく、民衆の側にあるのです。
奇跡の力、神秘の力を求めたい、すがりたいのが民衆の欲望なんです。
だから当初純粋な教えも時間を経るにつけても認識されず、欲望に流されて
変貌してしまうのです。改悪もされ堕落もするのです。

>仏教を理解するには当時のインド社会を
>深く知る必要があります。

そうそう、もともとヒンズーが受ける社会ですからね。

>釈尊が呪文を祓ったという話を奇異に感じるのは
>仏陀を自分の好きなように理想化していることが、
>原因なのかもしれません。

一部の民衆もまた自分の好きなように呪文を唱えさせたりして彼らなりの
理想化を図ったつもりでしょう。
岩本先生の主張はどうなのか?
仏教が変遷していくのはもともとその釈尊の教えに問題があったからと説くのか?
創作物語も作られてしまう民衆の期待にこそ押し流されて変遷を遂げてしまうのです。
餓鬼事経ができて施餓鬼供養が生まれるのも釈尊の責任とは別のところに問題がある。

464 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/12/04(火) 00:13:33 ID:z9b/Q2s9
>>445 Q連続体 2007/12/03(月) 22:13:18 ID:ogVqMUB6
>説話や物語には全くの作り話もあるが
>何らかの事実を基にしたケースもあります。
>今回の話が何れのケースに属するかは知らぬが、
>少なくとも事実ではないと結論づける材料はありません。

私もそういうネタのソースとなった事件もあったのではないかとも想定しています。
しかし釈尊のとった問題解決法はもっと現実的な知恵ではないかと思う。
釈尊はアーナンダをかくまった親子にある詩句を説いて考えを改めさせた。
これが呪文。
釈尊はアーナンダに対して今後この親子にあったら、こう言ってやれ、さすれば
おまえはさすがに嫌われ誰も寄り付かないから。これも知恵だと。
これが呪文、呪法の伝授。
あるいはアーナンダが催眠にでもかけられたなら、それを解いて正気に戻す
心理学的にも荒唐無稽でもない手段。
古代なればこそ何でも魔法にも呪法にもなります。
何?アーナンダは隔離されている?
ケータイじゃよ、ケータイで呼び出したのじゃよ。
ケータイにメールを入れたのじゃよ。(笑)

465 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/12/04(火) 00:24:44 ID:z9b/Q2s9
>>448 Q連続体 2007/12/03(月) 22:24:35 ID:ogVqMUB6
>七氏さんは、信者や職員の行為には
>教祖であるゲイカの心が反映されている、
>と以前から批判してきました。
>その論法に従うなら、蓮華色尼が乱暴されたとき、
>彼女を侮辱する発言をした比丘たちの行為には、
>教祖である釈尊の心が反映されていることになります。

どうしてその原理をいつでもいかなる時でも適用させるのでしょうか?
なるほど部下の社員がセクハラ発言をするのはその会社の社長が女性蔑視、
セクハラをしているのが反映されているところもありましょう。
そういうところも一部にはあるでしょうが全部が全部そうではあるまい。
大部分は個々の社員の自己責任です。
だからこれはそれぞれ個別に検証しなければならない問題なんです。
阿含宗の場合は職員や先達を見ずとも桐山さんを観察すればその傲慢さは理解できる。
釈尊の弟子にしては宜しくない発言をする弟子がいたとしても、釈尊その人が
そんな女性蔑視の発言をしていたのかと言うとこの場合当てはまらない。

466 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/12/04(火) 00:32:22 ID:z9b/Q2s9
>>448 Q連続体 2007/12/03(月) 22:24:35 ID:ogVqMUB6
>釈尊には差別の心など無かったのだ。
>すると蓮華色尼の話はどうなりますか?
>釈尊は女性差別などしていないのだから
>女性侮辱発言をした比丘たちには
>釈尊の心は反映されていないことになります。
>すなわち教祖と弟子とは
>本来何の関係もないという話になります。

なんでそんな極論にするのですか?
小学生にもバカにされますよ。
単に理解が十分でなかったで済む話ではありませんか?
人間は一を聞いて十を知る人ばかりではない。
一を知ってもらう為にこんこんと教えを説き続けるのです。
その同じことをこれでもかこれでもかとしつこく説いたのが阿含経です。
理解が十分でなかったら、誤解が発見されたら是正指導すればよいのです。
だから釈尊は弟子たちの意見に反して蓮華式尼を庇う発言をしたのです。
これも指導の続きです。

467 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/12/04(火) 00:35:46 ID:z9b/Q2s9
>>449 Q連続体 2007/12/03(月) 22:27:56 ID:ogVqMUB6
>ソーマー尼をとれば
>釈尊は男女差別をしていないことになって
>教祖の心が弟子に反映されているという
>従来の七氏論法を否定することになります。
>逆にソーマー尼を捨てれば
>比丘が蓮華色尼を侮辱した件で
>釈尊は男女差別の心を持っていることを
>認めざるを得なくなります。

小学生に笑われるような論はやめなさいよ。
いずれ息子に笑われるぞ。
息子がいたらの話だが。

468 :ユビキタス ◆1tAcIUMQ8o :2007/12/04(火) 00:42:24 ID:z9b/Q2s9
>>453 Q連続体 2007/12/03(月) 22:50:55 ID:ogVqMUB6
>>>402>>419
>はまた後でゆっくり読むことにしよう。

そうか、今日の書き込みはこれらを読まずに書いたのか。(溜め息)
私だったら議論の相手の書き込みを一通り読んでから書き出すが。

469 :神も仏も名無しさん:2007/12/04(火) 01:42:07 ID:yq2nhpeJ
>>458 偽会員(だって):2007/12/03(月) 23:20:35 ID:fi9izWWG 
うるさい
豚は黙ってろ

470 :屹度来福:2007/12/04(火) 06:37:50 ID:sxcdccAA
>>469君たちは名無し氏やユビさん達に忠告されたロ、
君たちのののしりのお言葉は君たちの今の状態を
表していると。スルト君は豚なんだネ。
クリンQ君と同じで豚語しか話せない。
豚語の分かる名無し氏やユビさん達しか
我々に通訳出来ないのだよ。
君たちは阿含宗という豚舎でブヒブヒ言ってればいい。
ホラあそこから豚の大聖者様がにらんでいるぞ
ブヒ−ブヒ−と口からよだれタラしながら
君たちは汚染豚だから、此方に来ても
処理されて廃棄されるだけだから。
オット−私の人間語理解出来ないだろうから
忠告も無駄かア− 俺としたことが!!スマンスマン
お詫びに君たちの大好きな汚物とゴミだ。
これは大聖者豚様の垂れ流したものだ。
食べるも良し体になすりつけるもよし
君等の自由だ。ア−俺は寛大ダナア−
ありがたく頂戴するように


471 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/12/04(火) 10:25:41 ID:7oPWiNEX
アク禁くらってる間に糞みたいなカキコダラダラしやがって。
>>454名前:Q連続体 投稿日:2007/12/03(月) 22:57:56 ogVqMUB6
>何が言いたいんだ?と言いながら
>自分自身は何一つまともなことが言えない。

で、そう言うKlingo〜n改めQよ、何時になったら「第九識=霊魂」の筋道通った
根拠や典拠見せてくれるの?
桐山が言ってるから?学者でもなければ僧侶ですらない桐山の言うことなど
根拠などになりません。それは「あくまでも桐山の臭い口が勝手に言ってる」に
過ぎません。

もしかしたら根拠とか典拠の意味が解らないのかな?
経典や論書、実績ある学者の説などを引用すればいいんだよ。わかったかな?
既に説明したような真っ赤なウソをつくなよ。

472 :私文書為造 ◆iCtd3oCMyM :2007/12/04(火) 10:47:20 ID:7oPWiNEX
>>454名前:Q連続体 投稿日:2007/12/03(月) 22:57:56 ogVqMUB6
>何が言いたいんだ?と言いながら
>自分自身は何一つまともなことが言えない。

それはおまえや ('A`)
そこまで言うなら、いい加減これに答えろ。

で、そう言うKlingo〜n改めQよ、何時になったら「第九識=霊魂」の筋道通った
根拠や典拠見せてくれるの?
桐山が言ってるから?学者でもなければ僧侶ですらない桐山の言うことなど
根拠などになりません。それは「あくまでも桐山の臭い口が勝手に言ってる」に
過ぎません。

もしかしたら根拠とか典拠の意味が解らないのかな?
経典や論書、実績ある学者の説などを引用すればいいんだよ。わかったかな?
>>322見たいに既に説明したような真っ赤なウソをつくなよ。

473 :神も仏も名無しさん:2007/12/04(火) 12:21:45 ID:wfCf7Luw
きもい。きもすぎる。おまえらみんな死ねばいいのに。

474 :神も仏も名無しさん:2007/12/04(火) 12:32:59 ID:Wt5x+HJH
>>441 :Q連続体:2007/12/03(月) 21:44:16 ID:ogVqMUB6
>つまりクリン含が異陰や霊魂の代わりに
>「何か」だと言ったのと同じです。

いいえ、成り立ちません。
桐山さんが言っている「なにか」と、クリン含さんのナニカは違います。
「桐山なにか」=「仙尼経の異陰」
「クリン含教ナニカ」=「仙尼経の異陰ではないナニカ」
これのどこが同じなのだ?
あなたは上記で「異陰の代わりにナニカと言った」と書いている。
異陰の代わりなどと曖昧に書いている、あなたは「異陰ではないナニカ」を
主張したのだ。
一方、桐山さんは異陰の代わりや異陰でない「なにか」と言ったのではない。
「なにか」とは異陰そのものです。
桐山さんと主張が違うどころか、あなたは桐山異陰を否定したのだ。

475 :神も仏も名無しさん:2007/12/04(火) 12:35:02 ID:Wt5x+HJH
>>441 :Q連続体:2007/12/03(月) 21:44:16 ID:ogVqMUB6
>つまりクリン含が異陰や霊魂の代わりに
>「何か」だと言ったのと同じです。

あなたが引用した『輪廻する葦』の152頁で、桐山さんは
仙尼経の解説をしている。
霊魂の一般論ではなく、仙尼経の解説をしているのです。
桐山さんが「なにか」とわざわざ言ったのは、
釈尊が仙尼経で霊魂ということば使っていないことを認めるためです。
霊魂を異陰と言おうが同じだとすり替えるために、
いずれにしろ「なにか」が存在し、それは霊魂であり異陰だと飛躍させた。
だから、次の頁には
「異陰とは霊魂」
と堂々と結論が書いてある。
ところが、当時のあなたは桐山仙尼経の異陰は霊魂ではないと認めた。
あなたは「異陰とは霊魂」でないこと認めるしかなくなり、
苦し紛れに、それでもナニカあると言い出したのです。
「桐山なにか」は異陰です。
あなたは「異陰ではないナニカ」があると主張したのです。
同じではありません。

476 :神も仏も名無しさん:2007/12/04(火) 12:35:39 ID:yq2nhpeJ
>>470 :屹度来福:2007/12/04(火) 06:37:50 ID:sxcdccAA
そうかい
君も誰かに飼われてるのかな

477 :神も仏も名無しさん:2007/12/04(火) 12:42:07 ID:Wt5x+HJH
>>440 :Q連続体:2007/12/03(月) 21:40:36 ID:ogVqMUB6
>まとめればこのようにたった3行で済みます。

もっと正確にまとめてください。
「クリン含さんのナニカと桐山ゲイカのなにかは違うのに、
クリン含さんは同じであるかのように悔し紛れに嘘をついている」
現実世界ではあなたはこうやって、相手が議論内容を忘れた頃に、
執念深く屁理屈つけて食い下がり、相手が辟易して沈黙するのを見て、
自分が勝利したと錯角する人生を歩んできた。
だが、現実世界と違い、ここは文章での議論だから、
その小手先の誤魔化しは成り立ちません。
数年間議論していて、私にその手法が一度でも通用したことがあるか。
私はあなたのような屁理屈人間を何人も相手したことがあるから、
その誤魔化しの手法にも慣れているのです。
あなたの手口のほとんどが、読者が気が付かない程度に
話をほんのちょっとずらして、いつの間にかとんでもない結論を出してみせる。
桐山さんが阿含経に因縁解脱や霊障解脱があるかのように、
いつのまにかすり替えてしまうと同じです。
桐山さんもあなたもそういう手法を自分が頭がいいからだと思っている。
だが、そういうのを誤魔化し、嘘といい、詐欺師やペテン師のすることです。
次の事例などほんとうにあなたは桐山さんの弟子らしく、悪質だ。

478 :神も仏も名無しさん:2007/12/04(火) 12:44:37 ID:Wt5x+HJH
>>435 :Q連続体:2007/12/03(月) 21:27:50 ID:ogVqMUB6
>このように、七氏さんは両者を比較して
>はっきりと『身命経の意生身は霊魂ではない』、と
>結論づけているのです。
>>437 :Q連続体:2007/12/03(月) 21:33:58 ID:ogVqMUB6
>彼は自分ではっきりと結論を書きました。
>『身命経の意生身は霊魂ではない』

クリン含さんて本当に悪質な人間ですね。
議論の前提を隠して、文章の一部だけを持ってきて、
私がこのように断言したかのように書いている。
私はこんなことを主張していない。
私は、あなたの主張を使って、身命経の意生身は霊魂ではないと述べたのだ。
あなたの理屈を使うなら、あなたが上記のように言っている、と私は主張しているのだ。
私が言っているのではなく、あなたが言っているのだ。
再度、説明しましょう。
桐山さんは「身命経意生身=霊魂」だと主張した。
あなたは、「沙門果経意生身=身命経意生身」だと主張した。
だが、沙門果経を読めば、沙門果経意生身は霊魂ではありえない。
とすれば、クリン含さんの「沙門果経意生身=身命経意生身」の主張は、
桐山さんの「身命経意生身=霊魂」を否定しているのだ。
クリン含さんが、『身命経の意生身は霊魂ではない』
と述べているのだ。
私が書いたのではない。
なぜなら、私は「沙門果経意生身=身命経意生身」などと言っていない。
これを言っているのはあなたです。
どうしてあなたは自分のしていることと他人のしていることの区別もつかないのだ?

479 :神も仏も名無しさん:2007/12/04(火) 12:52:46 ID:Wt5x+HJH
>>442 :Q連続体:2007/12/03(月) 21:45:28 ID:ogVqMUB6
>ところが肝心の推測の根拠というのが
>全然根拠になっていません。

あなたがここの“裁判官”ではない。
判断は読者がするのだ。
さんざん私の根拠を腐しながら、あなたは自分の推測の根拠を何一つ示さない。
というよりも、示せない。
他人の推測を勝手に「ホント」などと決めつけて、難癖をつけるしか能がない。
こういう手法もあなたのすり替えです。
最初から私は推測として書いているのに、自分の思い込みを棚に上げて、こちらを罵る。
どうしてそんなに底意地が悪いのだ?
クリン含さんの万燈の申込数を書けといわれても、
嘘を書いてもだれもわからないのにあなたは書かない。
私はそこにあなたのほんのわずかながら、嘘をつきたくないという良心を
みる思いがする・・・誤解かもしれんが。
あなたは魔女狩り説を嘘だと言いながら、ネットカフェから書き込んでいる。
宗務局から特定されないための防衛策ですよね?
じゃあ、クリン含さんは私の魔女狩りの推測を信じているのだ。
宗務局に特定されるのではないかと、ビクビクしているから、
その恨みで私に八つ当たりしているのでしょう?
見つからないようにがんばってくださいね。
見つかったら、タダでは済みませんよ(推測です)。

480 :神も仏も名無しさん:2007/12/04(火) 12:55:27 ID:Wt5x+HJH
>>443 :Q連続体:2007/12/03(月) 22:10:22 ID:ogVqMUB6
>「阿含経を密教的手法で実践していく」という、
>教団の理念を打ち出しています。

桐山さんの誤魔化しを示すよい事例をクリン含さんが出したくれた。
読んでいる信者さんたちも言葉にごまかされないことです。
「密教的手法」とか、「理念」などと美しい言葉を使うことで、
実態をごまかす桐山さんのお得意の手法です。
教団への無料奉仕を梵行と言い換えるのと同じです。
「法律を詐欺的手法で実践いく」なんて詐欺師の理念にすぎないとの同じで、
「阿含経を密教的手法で実践していく」など、宗教詐欺師の理念です。
もし阿含経に書いてあることを実践するというなら、
阿含経が大前提であり、これに違背することはしてはならない。
阿含経を実践するのであって、密教を実践するのではないからです。
阿含経で護摩や占いなど加持祈祷は禁止されているのだ。
なんの様式を使おうが、加持祈祷はしてはならない。
法律を実践するなら、どんな手法だろうが、泥棒や詐欺はしてはならないと同じです。
法律を実践するなら、法律で禁止されていることはしないのと同じで、
阿含経を実践するなら、阿含経で禁止されていることはしてはならない。

481 :神も仏も名無しさん:2007/12/04(火) 12:57:30 ID:Wt5x+HJH
>>444 :Q連続体:2007/12/03(月) 22:11:24 ID:ogVqMUB6
>それが真実かどうかという問題は別として
>そういう話が伝わる素地があるということです。
>>445 :Q連続体:2007/12/03(月) 22:13:18 ID:ogVqMUB6
>仏教説話、物語だから事実ではないと
>結論づけることはできません。

だから、何なのですか。
仏教説話に元があっただろうなんて一般論はあなたでなくても誰でもそう思う。
私もアーナンダのこの件は実際にあったことを元にした話だろうと書いている。
「話の元は何かあったのかもしれないが、詳細部分は物語です。」(>>362)
議論の焦点は、アーナンダが女性から迫られたかどうかではなく、
釈尊やアーナンダが呪術的な呪文を唱えたかどうかです。
あなたはその証拠として出したのですよ。
しかも、原文すら知らず、学者の説明を鵜呑みにしている。
釈尊が呪術を禁止したことは普通の学者たちが共通して言っている。
これに反する根拠を示すなら、仏教説話や後世の大乗経典から
引用するのはおかしい。
根拠になりません。

482 :神も仏も名無しさん:2007/12/04(火) 13:01:40 ID:Wt5x+HJH
>>445 :Q連続体:2007/12/03(月) 22:13:18 ID:ogVqMUB6
>仏教説話、物語だから事実ではないと
>結論づけることはできません。

クリン含さんは自分の興味や憎しみのままに勝手な理屈を展開しているが、
いつ桐山さんがこの話を呪術の根拠とした?
あなたのはただのクリン含教です。
大乗経典の多くは、全部がまるっきり嘘が書いてあるわけではなく、
実際にあった出来事を元にして作り上げた物語もたくさんある。
マガダ国のビンビサーラ王は息子に殺された。
これは阿含経にもありますから史実でしょう。
観無量寿経ではその内容が詳細に語られている。
では、牢獄にいた王の前に釈尊が神通力で現れて説法したなんて話は正しいのか。
いくら実際の出来事を元にしても、あれらは大乗経典であり、偽経典です。
仏教説話が釈尊が呪文を唱えた証拠だというなら、
シャカは霊鷲山で法華経を説いたことになる。
ろくに調べもしないで引用して、足払いをかけられのが悔しいのはわかる。
だが、根拠がないとわかったら、さっさと引っ込めるだけの男らしさは
残っていないのか・・・ないよなあ、聞くだけ無駄だった。

483 :神も仏も名無しさん:2007/12/04(火) 13:03:33 ID:Wt5x+HJH
>>446 :Q連続体:2007/12/03(月) 22:21:38 ID:ogVqMUB6
>七氏さんは弟子である信者や職員には
>ゲイカの心が反映されていると批判してきたのです。

相変わらず、私の反論を完全無視して、同じ事を繰り返す。
他人の書いたことに勝手な解釈を加えて、
否定され、反論されても、まだ同じ事を根拠もなしに書くことの失礼さが
あなたにはわからないらしい。
その悪癖はなんとかならんのか。
私は、弟子の心はそのまま桐山さんの心だなんて書いていない。
桐山さんの傲慢さが、弟子の傲慢さを増長していると書いたのです。
クリン含さんのように桐山さんと似て慢心の強い人はますます増長する。
あなたが傲慢なのが、桐山さんの傲慢さの証明だなどと書いていない。
あなたの傲慢さは生まれつきと、成長過程で獲得したものであり、
桐山さんによってより一層それが増幅されただけです。
現実に、信者の中にも慢心の少ない人はいる。
桐山さんの傲慢さがそのまま信者に感染するなら、
全員が傲慢になっていいはずだが、私はそんなことは書いていない。
どうしてこんな極端な解釈をして、ごりごり他人に押し付けるのだ?
>>365で反論されてもまだ言いたいのなら、
私がこのように書いている具体的な文章を引用しなさい。

484 :神も仏も名無しさん:2007/12/04(火) 13:12:19 ID:Wt5x+HJH
>>448 :Q連続体:2007/12/03(月) 22:24:35 ID:ogVqMUB6
>ならば弟子には教祖の心が反映しているのだと、
>以前から批判してきた七氏さんは
>その批判を取り下げなければならなくなります。

どこで私が「その批判」を書いたか示しなさい。
>>365で私は否定しており、あなたは反論できるだけの
根拠など何も示していない。
ところが、あなたの勝手な解釈を前提にして、
私がはっきりと否定した内容について、まるで認めたかのように
話をすり替え、一人でそうやって勝手な理屈を並べる。
あなたの論法っていつもこれですよね。
私の主張をあなたの勝手解釈に置き直し、まるで私がそれを最初から
主張したかのように反論をつけてくる。
私が書いてもいない、認めてもいない内容を前提にして、
上記のようなことを書いて何の役に立つのだ?
クリン含さんが万引きを認めたという前提で、「で、クリン含くん、
どう謝罪するのかね」などと議論されたらあなたはどう思うか。
あなたのしていることはこれと同じです。
今後、上記のようなことを書くなら、あなたの解釈は必要ないから、
根拠とする私の文章を具体的に引用しなさい。
繰り返すが、あなたの解釈は必要がない。

485 :神も仏も名無しさん:2007/12/04(火) 13:17:45 ID:Wt5x+HJH
>>446 :Q連続体:2007/12/03(月) 22:21:38 ID:ogVqMUB6
>七氏さんは弟子である信者や職員には
>ゲイカの心が反映されていると批判してきたのです。

あなたはこれを比丘尼の強姦事件と関連づけたいらしい。
この件を追求した弟子たちの言葉をもって釈尊の女性差別だという論理です。
これだけでもスレ違いであり、主張も支離滅裂です。
現実の釈尊は、疑う弟子達と違い、比丘尼に罪はないと擁護した。
心のない弟子と釈尊が同じなら、なぜ両者は正反対のことを言っているのだ?
あなたはこうやって、物事の一部だけを取り上げ、
私の主張をねじ曲げて、強引に両者をくっつけようとしているにすぎない。
現実は、私はあなたの言うようなことは主張しておらず、
また、経典の釈尊は比丘尼を擁護した。
私からクリン含さんの主張を逆手に取られたのが悔しくて、
同じ手法でやっつけてやろうとしたのですよね。
あなたはこれ以外にもいくつかも私のやり方を真似ようとしている。
だが、憎しみで付け焼き刃をしても無駄です。
なぜなら、私の手法はあなたのその憎しみを押さえることから始まるからです。
この件でわかるのは、釈尊の女性差別ではなく、
クリン含さんの根性も知性もねじくれているということです。

486 :神も仏も名無しさん:2007/12/04(火) 13:22:21 ID:Wt5x+HJH
>>448 :Q連続体:2007/12/03(月) 22:24:35 ID:ogVqMUB6
>釈尊には男女差別の心がないことを立証したことで
>従来の批判を取り下げなければならなくなったのです。
>>449 :Q連続体:2007/12/03(月) 22:27:56 ID:ogVqMUB6
>どちらを選ぶかは七氏さんの心次第です。

立証??どちらを選ぶ??
なんの話だ?
私がいつクリン含さんと釈尊の男女差別について議論した?
あなたがこのスレと関係のない釈尊の男女差別について議論を始めたから、
差別と性差について言及して、桐山さんの差別を批判した。
私は桐山さんの男女差別は批判したが、
釈尊の男女差別についてあなたと“議論”した覚えはない。
むしろ、あなたに関係のない話をするなと注意をした。
私がなにもしていないのに、あなたの頭では「立証した」ことになった。
いったい、あなたの頭ってどうなっているのだ?
こういう脈絡のない頭だから、仏教説話も史実も区別がつかず、
嘘だらけの桐山さんも信じられるのでしょうね。
あなたは子供っぽいから、自分の関心は相手も持つと信じ込んでいる。
再度書くが、私の議論対象は「桐山さんの女性差別」で、
これだけがこのスレでの議論対象です。
あなたの釈尊の女性差別議論はスレ違いです。
いつまでも「居間でオシッコ」をしていないで、トイレに行きなさい。

487 :神も仏も名無しさん:2007/12/04(火) 13:24:59 ID:Wt5x+HJH
>>443 :Q連続体:2007/12/03(月) 22:10:22 ID:ogVqMUB6
>自分では相手を論破しているつもり・・・
>病人が相手ならこちらも遠慮させてもらいます。

「遠慮させてもらいます」というのを論破されているというのです。
書かれて、何一つ反論できないのを論破されたというのです。
何一つあなたの主張など通用したことがない。
大半はアゴン宗とも関係のないクリン含教です。
あなたは>>454で、まともなことが言えず、罵るだけだと452さんを非難している。
だが、上記の文章はなんだ?
「病人」とは私のことを指しているのでしょう。
その根拠となることを何一つ書いていないのだから、罵りです。
>>454「自分自身は何一つまともなことが言えない。
クズ、マヌケと罵ることしかできないのです。」
という内容がそのままクリン含さんにこそあてはまる。

488 :神も仏も名無しさん:2007/12/04(火) 13:33:55 ID:Wt5x+HJH
>>454 :Q連続体:2007/12/03(月) 22:57:56 ID:ogVqMUB6
>何が言いたいんだ?と言いながら
>自分自身は何一つまともなことが言えない。

そんなことはない。
誰が読んでも>>452さんの論旨は明瞭です。
批判側は、私を含めて禿同しているはずです。
そればかりか、信者さんたちはあなたの存在をありがた迷惑と思っている。
桐山ゲイカの顔に泥を塗っているからです。
ここを読んでいる人で、あなたを歓迎しているのは私とユビキタスさんくらいです。
今書いている人の中で一番わかりにくいのは、間違いなく、クリン含さんの文章です。
これは私が批判側だから皮肉で言うのではない。
あなたのは、私が言いもしないことを勝手に作り上げているように、
自分の狭い論理の中で、木に竹を接ぐような話を延々とやるから、
理解するのに誰でも苦労する。
「上は下で、下は右で、右は斜めだ」というような屁理屈を並べる。
それも怒りや憎悪の味付けをしているから、舌にからみついてくる。
だから、いつも私とユビキタスさんが通訳しないと、誰も理解できない。

489 :神も仏も名無しさん:2007/12/04(火) 13:37:56 ID:Wt5x+HJH
>>454 :Q連続体:2007/12/03(月) 22:57:56 ID:ogVqMUB6
>何が言いたいんだ?と言いながら
>自分自身は何一つまともなことが言えない。

現実世界ではあなたのその煙に巻くような論法が今でも通用するでしょう。
私も現実世界であなたと話をしたら、苦笑いしながら、引き下がる。
と言われて、あなたは周囲の人で苦笑いしながら引き下がった人たちを思い出したはずだ。
あれをあなたは自分が議論で勝ったと思ったのですよね。
違います。
あなたの“悪臭”に辟易して逃げ出したのだ。
ナニカの話のように、一年以上もたってから、ああでもない、
こうでもないと持ち出したら、たいていの人は逃げる。
あなたが長年勝利だと思っていたのは錯角で、みんな逃げ出したのだ。
その証拠に、あなたが話の輪に加わろうとしたとたん、
それまで楽しそうに話していた人たちが急に沈黙したり、
話をそらすのを、あなたはこれまでの人生で何度も体験しているはずだ。
自分が周囲からどう思われているかを知らないのは幸せなことです。
452さんはそれをストレートに言ったにすぎない。
現実世界でのあなたの周囲のほとんど人が思っていることを
452さんはそのまま文章にしたのです。
何度でも読んで、苦さを味わってください。
その苦みはあなたが現実世界で周囲の人たちにいつも供養している苦みです。

490 :屹度来福:2007/12/04(火) 13:43:41 ID:sxcdccAA
ドウモ私が注意したお相手が間違っていたようですね。
信者さん達に言ったつもりが、
誤爆のようです。被害を受けられた方 ご容赦願います。

491 :神も仏も名無しさん:2007/12/04(火) 17:44:14 ID:yq2nhpeJ
>>490 :屹度来福:2007/12/04(火) 13:43:41 ID:sxcdccAA
家家どういたしまして。
だから黙っててね 豚さん。

492 :屹度来福:2007/12/04(火) 17:54:54 ID:sxcdccAA
ハイ了解

493 :神も仏も名無しさん:2007/12/04(火) 17:58:58 ID:yq2nhpeJ
>>492 :屹度来福:2007/12/04(火) 17:54:54 ID:sxcdccAA
e?(::)
暇なんだからサ〜
了解せんでちょっとヤリあおうぜよ〜
ゴク豚さん。

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