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1 :タイトル ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 18:26:32 0

                         【箱庭の夢】

2 :初日 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 18:27:14 0

 滂沱。この感情がいずれかに属するというのなら、どうかお教え下さい。泣き崩れるその前に。
 世界の静寂。極寒のこの、廃墟と化した街でひとり、ただただ震えております。
 数えた夜は数知れず。
 他者との距離は、もはや幾星霜も隔て、凍える孤独だけが日々を彩り、また、色を奪ってゆくのです。
 削った命は数知れず。此処に辿り着いたのもまた必然。
 今宵もアルコールに溺れましょう。睡眠薬という優しい毒と共に。
 次第に世界の輪郭が曖昧になっていきます。孤独を追い遣り、麻痺させ、そして私は束の間の安寧に身を委ねるのです。
 この儀式は善悪の彼岸。それを穢れ――堕落だと罵る者は、もうこの世界には存在しないのですから。
私はただただ、琥珀色の液体で体を、心を満たしていきます。意識が途絶えるその瞬間まで。
 締め切ったカーテン。その向こうにどんな世界が広がっているのかは分かりません。
 私にとっては、この乱雑とした部屋だけが全て。
 無人の世界でただひとつ、言葉だけが私の拠り所。
 意味を求めてはおりません。言葉が私に、私が言葉に。
 目が霞んでまいりました。ベッドに身を横たえ、そして私は甘美なる眠りを待ちます。
それが永遠となることを、心のどこかで祈りながら。
 それではごきげんよう。また明日。おやすみなさい。

3 :二日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 18:27:51 0

 起床してからどの程度時間が経ったかは定かではありません。記憶というものは、思い出の儚さよりさらに脆弱なもので、
おそらくは忘れることが前提となっているのでしょう。
 さて、部屋には無数のサプリメント、それからペットボトルの水、ウーロン茶などがあります。
 ビタミンとミネラルは各種サプリで補給できますし、なおかつ水分が不足するという因果から免れたこの状況下。
日頃から食事を怠りがちだった私ですが、今やその食事をする必要もございません。
 生きたいと願わずとも、人生は問答無用、時間は無常。きたるべき終焉へ向けた緩慢な歩みを続けていくだけです。
 どうやらこの孤独な星にも、言葉だけは残ったようですね。彼方から飛来する――あるいは私の中から生じる狂おしさ。
 思考を止めてしまえたならば、どんなによいことか。
 人間としての欠片でさえ、私を苦しめてやまないのです。
 今朝は凍てつくような寒さですね。上手く指が動きません。これを世界の悪意と捉えてしまうのは、私の弱さゆえでしょうか。
 眠りましょう。幸いあの衝動は、心の奥深くに。機を逃してはなりません。
 淡いブルーのグラスに焼酎を少々。そこへウーロン茶を注ぎます。
手元に気球の形を模した、オレンジのシリコンゴムがついたマドラーで十三回転半。琥珀色をした毒の出来上がりです。
 グラスに口をつけ、空にし、再び琥珀色に染め上げる。
 もはや慣例と化した儀式を何度繰り返したでしょう。右に、左に、意識が揺れ始めました。
今や私は、あらぬところのものであり、あるところのものではありません。
 遊離。この心を天に捧げるべき瞬間。
 私は終焉を望んでいるわけではありません。平穏なる心の最果てにある空白を求めているのです。
そう、私は空白と同化したい。あの音もなく、光もなく、けれども慈愛に満ちた始まりの空白と。
 奪われてゆく体温。この身体は、否応なく世界に晒されています。ですが、心まで好きにさせるつもりはありません。
 ベッドに潜り込みました。ぬくもりとあたたかさに涙しました。
どこか一方的な想いではあるものの、優しさを感じずにはいられません。
 凍てつく私にどうか救いを。宇宙へ、心の最奥へ祈りを捧げ、そして私は逃避とも呼べる眠りへと落ちていきました。

4 :三日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 18:28:27 0

 雨天。夏が近ければそれは恵みの。
 しかし、今は真冬です。たとえ部屋の中にいようとも、容赦なき寒波が私を責め立てるのです。
 咎人としての私。寝起きには骨の芯までも凍てつく有様。
 エアコンの電源を入れても、温風が私を癒すことはありません。シャワーを浴びようと思いました。あたたかいシャワーを。
 温水の斜線がこの体のみならず、心にまでも熱を注いでいきます。ほんのささやかな救い。生命が許される瞬間。
 バスルームから出ました。群がる冷気は、たちまち私が得た熱を奪おうとしてきます。
 悪意という言葉が脳裡を過ぎりましたが、よくよく考えてみるとそれは、極めて自動的な物理現象なのですね。
 やむことなき攻撃は、目覚めたばかりの私をたいそう疲労させました。
 言葉を知らぬ私ですから、自らと戯れて時間を過ごすといった芸当はなかなかに困難なのです。
 気がつけば睡眠薬とアルコール。
 この孤独なる宇宙で、私だけが自らの堕落を観測しています。どういった評価を下すのかは私の自由。
 私はただ、そう長くはないであろう時間を、深海に身を沈めるように、ただただ穏やかに、音もなく遣り過ごしたいのです。
 それは欲求と呼ぶにはあまりにもか弱い。
 祈り――そう、祈りであるならば、私の行動原理を説明するのに足る言葉でしょう。
 琥珀色の液体は優しい。次から次へと、この体に注ぎます。
 繋いだ手、解き放って、思考は言葉へ、言葉は空白へ。
 還元された私は、惰性に、無意識に身を任せ、ベッドへと潜り込みます。
 ここに至って、何も想うところはございません。明日はなく、ましてや目覚めの期待など。
 どこが終着点であろうと構わないのです。死さえも厭わないのです。
 私は連続的な存在ではなく、ただただ気紛れに生じている現象。風が凪げば何処かへ。
それ以上でもなくそれ以下でもないのでしょう。
 穏やかな眠りを下さい。永遠を下さい。希求を天に解き放ち、そして私は目を閉じました。

5 :四日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 18:29:07 0

 明けない夜に怯えながら、遠い日の夢に心馳せていました。
 ひとつの悪意というものは、どこからやってくるのでしょう。目には見えなくても、それは必ず連鎖という形をとっています。
 人を残酷にし、または優しくする。私にはそういった大局的な流れが見えません。
ただ在るがままに、そうであるのだろうと感じるだけです。
 まだ人のいたあの世界でも、そして私しかいないこの世界にも、結局神様は姿を現さなかった。
いえ、たった一度だけ――しかし、今それを思い出す必要はないでしょう。
ああ――それもまた悪意だというのなら、それを享受できぬか弱い精神は、どこに居場所を見つければいいのでしょう。
 私にもたらされるべき救いは、きっと誰かの手によって粉々に打ち砕かれていたのだと思います。
 同様に富というものもまた、それに固執する人の手の中に。分かち合う悦びを知らぬ哀しい、哀しい人。
 馳せた想いは、色褪せたあの秋へと。幸いこの部屋では、音楽を再生することができます。
染み渡るようなメロディーと歌詞が、私を追憶へと誘うのです。
 当時も闇に包まれた部屋の中たったひとり、音楽を聴いていました。
悪意に追い詰められ、自殺へと踏み出すその一歩手前の逃避。
 是非もなく、透明な心で。音楽――その意味は変容しているかのよう。
 狂乱する世界では見出せなかった。繰り返される、代わり映えしない日々、そして音楽と静寂。
それがどれだけ価値のあるものなのか、今では解ります。
 カーテン越しに朝陽が。夜明けです。
 新しい一日の始まり。私に許された生命。
 悦び。今日という日を生きられること。
 私はこの世界と繋がっていて、未来が与えられたのであれば、それを受け入れようと思います。求めに応じて。
 琥珀色の液体は、たいそう美味なものでした。睡眠薬もまた、私の心を解き放ってくれます。
 ゆるやかに睡眠の時間が近づいてきました。私は両手を広げ、睡魔と抱擁を交わします。
 人生は夢――どこかで聞いた言葉。その真理を胸に、私はベッドへと身を委ねました。
 何も願わず、何も祈らず、精神の止揚が私を眠りへと誘っていきます。
 それでは、おやすみなさい。

6 :五日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 18:29:52 0

 ワイルドベリーのアロマキャンドル。その甘苦しい香りと共に一晩を過ごしました。
 灯った火、ゆらゆら揺れてそれは、ささやかな生命を想わせます。頼りなさげ。けれども確かな現象。
 昨夜もまた雨でした。けれどもそういった悪意に、私は慣れ始めているのでしょう。無抵抗――どこか諦念めいて。
 そういえば、香りもさることながら、優しい音楽もまた、陽が昇るまで私を癒し続けました。
九年経った今でも色褪せないメロディー。それは私の宝物。
 閉ざされていた心。けれどもここ最近は、それが氷解したのを感じています。
視界が広くなったとでもいうのでしょうか。より人間らしくなった私。戸惑い。それも仕方のないことなのでしょうけれど。
 こういうとき、無性に人と触れ合いたくなります。それは、今では叶わぬ夢。
 ふと、携帯電話に手を伸ばしました。滑稽ですよね。誰とも繋がれないのに。
 無作為に選んだアドレスへ試しにメールをしてみたものの、当然返信はありません。
それでも――この程度の孤独であれば、まだ優しい部類に入ります。
 そう、今は朝なのですから。曇天であれ、かけがえのない。
 締め切ったカーテン。私はその向こう側を知りません。私にとっての世界とは、この部屋、ただそれだけ。
 自分を憐れむには、私は歳月を重ね過ぎました。孤独においては、自己憐憫など何の意味もございません。
 さて、頃合でしょうか。朝が来たという安心感を以ってして眠りへと。
 苦々しい、けれども長きに渡り私の友であった睡眠薬。そして口の中で転がすと甘美をもたらす睡眠薬。
その二種類の睡眠薬を胃に収めました。
 続いてアルコール。グラスを琥珀色に染め上げ、酩酊へと身を委ねます。
 ああ、そういえば――私は一日三度、精神安定剤を服用しているのでした。壊れぬよう、心穏やかでいられるよう。
 幸い、嵐は過ぎ去りました。私は私。
 睡魔が私と同化しようとしています。
 明日、目覚め、未来。そういった言葉は私の中にはなく、また望んでもいません。
 ただただ穏やかな眠りを。
 途切れ途切れの意識。
 草原における微風。
 そして私は、今日もまたベッドの中で呟くのです。「おやすみなさい」――と。

7 :六日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 18:30:28 0

 見えなくてもよいものが見え、聞こえなくてもよいものが聞こえてきます。私の世界は均一ではありません。
 せっかく心穏やかに夜を過ごしたのに、せっかく夜明けを待ったのに、とうとうこの脆弱な心が揺らめき始めました。
 冷蔵庫の上にある、大量の精神安定剤に手を伸ばします。それを常温の水で服用。
 怯懦しつつ祈りを捧げる時間。
 私は救われたいのです。ただただ救われたいのです。
 震える手足、定まらぬ視界。鼓動は速まり、脳内に漆黒のノイズが走ります。
 恐怖。
 私は私。
 自己同一性を祈ります。此処に在る私の価値を、存在を祈ります。
 生きなければなりません。私は――私は生きていたい。それすらも叶わぬのですか。
 哀しみに涙しました。如何にしてこの私が自らの存在証明などできましょう。
そのような強さを持ち合わせていたならば、世界が閉ざされることはなかったはずです。
 睡眠薬を飲みました。アルコールも。ただ心落ち着かせるためだけに。どうぞ存分に罵って下さい。享楽的――自堕落だと。
 底辺でもよいのです。そこで生きていられるのなら。得られぬ理解など、最初から求めようとは思いません。
 矜持であれば、とうの昔に朽ち果てました。私には、誇れぬ自分を許しながら日々を耐え忍ぶ――
――そういった生き方しか残されてはいないのです。
 酩酊。しかし、果たして上手く眠れるでしょうか。真冬の雨が私に降り注ぎます。この悪意を振り払わなければなりません。
 祈ります、光を。夢見ます、光を。絶え間ない――安寧を。
 孤独の中にも闘争があるという不思議。心というものは、ひとりにひとつというわけではないのですね。
 破片と化した私の心は、それぞれがせめぎ合います。勝利を得るためには、少しの勇気、少しの優しさ、
そして何よりも、一切を忘却してしまう能力が必要です。
 遠くから優しい歌が鳴り響いてきました。救いの予兆、眠りへ誘う序曲。
 ベッドへ身を沈め、目を閉じます。
 祈りは私の中で溶け、そして同時に私を包み始めました。
 気がつけば恐怖は何処へやら。薄れてゆく意識は救いそのもの。
 さあ、世界を空白で埋め尽くしましょう。それでは、おやすみなさい。

8 :七日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 18:32:58 0

 朝が重く、冷たくのしかかってきます。夜明けの時間はとうに過ぎたというのに、未だそれを予感させる光がありません。
 世界から熱は失われる一方。未来などない。
 深刻な方向へ傾きかけた思考を振り払うかのように、ベッドから起き上がりました。
 冷水を浴びているかのよう。末端神経などは、哀れなほどに凍えています。
 私はすぐに熱いシャワーを浴びました。睡眠中に奪われた熱を取り戻すのです。
 体が温まっていく間、私の心は何処かへ遊離していました。とかく心地よさというのは、現実感をともなわないものですね。
 その場しのぎかもしれませんが、ともかく私はこの凍てつく世界に抗い、今日を始めます。
 さあ、記憶の回想を始めましょう。

9 :八日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 18:36:05 0

 全てはあまりにも突然な友人の死に端を発します。詳しい死因は存じませんが、
それが自殺であったことだけは、それとなく分かりました。
 私は涙を流しました。泣く、といった行為とはまた違い、半ば生理的に眼球が痛みを覚えたのです。
 停止した思考のその淵、無意識では哀しんでいたのでしょう。
しかしそういった哀しみ、涙、そんなものが死者にとって何になりましょう。
 私は、いえ、生きる者はすべからく戦場にいるのだと思います。ですから私は、次は自分の番かもしれないと恐怖しました。
 他者の死といった厳然たる真実、過去に対し、人間はあまりにも無力です。
 ならばこそ思考を切り替えて、改めて自分の生と向き合うべき――そう私は考えました。
 ところが、何事もなかったかのように振る舞う私は異端なる者として糾弾されました。
 冷ややかな視線。言葉の一切は無視をされ、私の存在自体が黙殺されたのです。
 涙であれば、哀しみであれば、告別式までに済ませました。
 しかし、処世術とでもいうのでしょうか。人前で失意の淵にいる自分を演じなければならなかったのでしょうね。
 私は咎人。太陽が眩しかったからという妄言を吐く部類の。こうして私は、何人かの友人との交流を一方的に断ち切られました。
 誰かを憎まずにはいられなかったのでしょうね。失望と諦観とで、私はそれを甘んじて受け入れました。
 明るく振る舞う私、友人を亡くした自分をことさらに周囲に見せつける人たち。さて、この場合どちらが道化でしょうか。
 せいぜい演じていればいい――気の済むまで。私は二度と振り返ることはありませんでした。
 そして今に至ります。

10 :九日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 18:37:46 0

 孤独であればこそ、他者からもたらされる不条理な悪意から逃れられるというもの。これはそう……功罪です。
 所詮正しさなど、各々が振りかざす暴力に他なりません。
証明する手段は限られていて、そして私にはそのような強さが備わってはおらず、
人間に絶望する一歩手前で踏みとどまることしかできないのです。
 喜劇に彩られた世界で悲劇を演じて何になりましょう。それは自らに与えられた生命への冒涜。
 ああ――忌まわしき記憶を消し去ってしまえたら。いえ、きっとそれは、優しい時間が徐々に忘れさせてくれると信じています。
 さて、朝に光が注がれてきました。一切の不安は、儀式とともに麻痺しております。
 惰眠を貪りましょう。堕落を愉しみましょう。こうしている間にも、明日は否応なく近づいてきているのですから。
それが生ける者としての義務。
 それでは就寝とまいりましょう。おやすみなさい。

11 :十日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 18:44:11 0

 まどろみ。
 早朝に目が覚めてしまったため、私は街を徘徊していました、無人の街を。
 目的はなかったのです。故に、自分の心までもが無機質になっていくのを感じました。
 誰かを、なのか、何かを、なのか。私には分かりません。しかし求める心があったのは確かです。
 失われた熱。これが世界の終焉――いいえ、私に与えられた唯一の、そして最期の世界。
 部屋に戻りました、惰性からではなく。やはりここが私にとっての聖域のようです。
世界に晒されることのない、大切な、大切な、心安らげる場所。
 ふと、アコースティックで奏でられた音楽を探し求めます。
出窓に積み上げられた無数のCDの中から数枚を選び、次から次へと回していきました。
 過去と出逢うというのはいいものですね。様々な想いと光景が甦ってきます。
 この世界から人は消えました。それでも私と音楽は残された。切り離せない、一体であるということなのでしょうね。
 音楽は流れるもの。水流にも似てそれは、生命を想わせます。
水流――ああ、そういえば。この体にも流れているものがありましたね。
 絶え間なき流れ、それが生命。
 眠りは短い死だと言った人がいます。しかし、眠りなくして、夢なくして、そして――死なくしてそれを人生と呼べましょうか。
 人生は第二の夢だと言った人がいました。私はその言葉に賛同します。
 信じていなくても朝は訪れるように、目覚めもまた必ず訪れます。
 始まりへの杞憂、終わりへの拒絶感。全てを受け入れられたのならきっと、何も怖れずにいられるのでしょう。
 そう、流れに逆らわずに。
 私はベッドへ身を預けました。微笑みを浮かべた睡魔が手を差し伸べています。逆らわずにその手を取りました。
 目を閉じます。記憶の断片が浮かんでは消え、私を眠りへと誘います。
 次に目覚めたら夜でしょうか。それも悪くありませんね。それでは、おやすみなさい。

12 :十一日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 19:44:27 0

 世界は終わらない雨かと思っていました。それほどひどく降り続いたのです。
 日中は灰色の斜線が視界を覆い、夜はさらなる漆黒を謳う、そんな毎日でした。
 光。そう、光。それが享受すべきものだということを忘れるほど、私は闇に染まっていたのです。
 早朝に目が覚めると、あの断続的な音が止んでいました。
 私はそれとはなしに時間を過ごし、やがて不思議な感覚に包まれたのです。
 暖かい――根源的な感覚、あるいは感情。
 カーテン越しに光が差し込んでいました。
 天候とは徒なものですね。私に失意をもたらしたかと思うと、今度は最も分かりやすい形で希望を示すのです。
 誘われるがままに外へ。足取りは軽く、西へ東へと散策します。
 ふと、空を見上げました。まずその蒼さに驚きます。こんなにも空は高く、雄大であったでしょうか。
 天、という言葉が脳裡をよぎりました。生涯初めてのことです。畏敬の念を天へと放ち、私は散策を続けます。
 風は強く、生命の息吹を想わせました。そしてこの陽気。まるで春のよう。
 記憶の中にはいくつもの春があります。それは始まりの季節。心躍らせ、時に憂鬱になるあの季節。
 いえ、今は過去を回想するのは慎みましょう。
 凍える日々に訪れたこの僥倖に、しばし浸っていたいのです。
 冬を乗り越えれば、いずれ必ず春がやってきます。きっとそれは素敵なことではないでしょうか。
 振り返ってもただ見えるだけ。そんな春よりも、この静かな日々の階段を上った先にある春。私は其処に価値を見出します。
 未来へ。ゆっくりと、心穏やかに。
 閉ざされていた視界。垣間見えた未来。
 ああ――私はまだ生きていてもいいのですね。感謝を捧げたい気持ちです。私の――私だけの神様に。
 こうして私は、今日を生きました。

13 :リリン ◆oohM.Gz.q. :2007/10/30(火) 19:45:16 0 ?2BP(1338)
ごめん、ちょっとうんこしてもいい?

ぶりゅぶりゅ

(´ω`)はぁ、すっきり。

14 :十二日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 19:49:17 0

 生命の在処、心の在処。曖昧――けれども私は信じたい。
 いつかどこかで出逢った言葉があります。人生とは永遠を探し求める旅だと。
 ああ――それは何て儚くて力強い言葉。
 死、それはあまりにも無慈悲。
 恐怖――ところ構わずに。
 私の心はふとしたはずみで傾斜します。それはとてもとても哀しいこと。
 明日が見えなくなるのです。囚われた精神は視界を闇一色に染め上げてしまうから。
 揺らぐ、揺らぐ私の心。
 記憶の海に――そう、どんなささやかでもよいのです、私が笑っていられた瞬間。
想いを馳せると柔らかな沈痛がもたらされます。
 白い錠剤を口に。徐々に身を包む空白は広大。
 他人というものが消え失せたこの世界で、なおも私は呼びかけました。皆さん如何お過ごしですか――と。
 それが孤独のせいなのかは分かりませんが、心は蝕まれ、削られていく一方。
 たとえそれが延命措置に過ぎないと知りつつも、抗い、踏みとどまり、このちいさな生命を抱きしめるのです、両手で。
 すがるべき愛はきっと、人々と共に消え去った――いえ、あるいは最初から存在していなかったのかもしれません。
 いずれにせよ、その存在を胸の中に受け入れ満たされるには、私はあまりにも壊れてしまっているのです。
 ならば救いであればどうでしょう。
 それは感覚から解放されること。束の間の眠り。
 生きることへの執着、そして死への恐怖、渇望。人間であるが故に。そう、私はあまりにも人間でありすぎるのだと思います。
 想いは相反し、やがて調和――ひとつへと。
 眠りましょう、いつまでも。眠りましょう、心穏やかに。
 明日を得たいなどとは思いません。一切を忘れていられるならば、それはきっと幸せなことではないでしょうか。
だから今日という日も、空へ向かって解き放ちます。
 程よい酩酊。頃合いですね。
 そして私は、さよならを告げずに、何も求めぬまま眠りにつきました。

15 :十三日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 19:53:30 0

 前を向いて歩いていますか。見上げた空は青きものでしたか。
 始まりは遠く遠く――願わくば未来にあらんことを。
 静けさの中に眠っていた喧噪によって私は揺らぎ、空間を塗り替えてしまうことを望みます。
 私の在処、それはただただ優しい音楽の中に。私は語るべき言葉を持ちません。
放たれるそれ、その一切が歌へと昇華されたなら。
 ああ――私は忘れていきます、何もかも。途切れた連続性はきっと、存在から現象へ、必然から偶然へ。
 私にはあまりにも抱えるものがありすぎました。ならばいっそ――思い出さえも消し去って。
 願い――問いかけに応じてくれる生命。それは今、この瞬間に感じられるならば、それで事足りるのです。
 明日、というものは、可能性だけでいいから。微かな光、それはときに救いとなります。
 生きられる、許されている、感じられたならもう怖れることはありません。
どこか曖昧で柔らかなもの、ああ――これを安心と呼ぶのでしょうね。眠りへと誘ってくれる大切な、大切なもの。
 評価などしなくてもいいのです。生命と共にあった今日に祝福を。
 ゆるやかな酩酊。孤独の中でしか得られない恍惚。私の世界。眠りましょう、ささやかな祈りを捧げて。
 どうか私を眠りへと誘って下さい。どうか私を空白で包み込んで下さい。
 閉ざした瞳に星々の瞬きが。
 それでは、おやすみなさい。

16 :十四日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 19:56:11 0

 多くの記憶が消えていきます。しかし、これもまた正しき条理なのでしょう。
 囚われた過去への復讐という形で生きるならそれは、歪と言わざるをえません。閉ざした未来は哀しいだけだから。
 失うことしかできなかった無力な自分。厳然たる過去はいかなる手段によっても変えようはないのです。
 かつては情動に左右され、激情に翻弄されていました。ゆえに私が憧れたのは、無関心、無気力、達観、諦観、
そういった静的なものでした。
 心痛めぬためといった悲観的な理由からではなく、ただ軽やかで在りたかっただけ。そう、もっと自由に。
 ベッドの上で夢想します。凪ぐ風は優しく、私は大草原にひとり、両手を広げて世界を受け入れるのです。
そこに言葉など必要ありません。ささやかであればこそ、それは幸福と呼べるのですから。
 私が待ち望んだ孤独。きたるべき結末、祝福。今や私は世界とひとつ。
 睡魔――融けていくよう。逆らわず私は、眠りへと落ちていきました。

17 :十五日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 20:01:22 0

 愛。
 孤独。
 矛盾しているようですが、このような状況下で私は、それが両立するというおぼろげな予感を、胸の中漂わせています。
 愛にせよ幸福にせよ、それらは相対性の中でしか獲得できないように思われがちですが、
そうではないと私は思い、そして願うのです。
 経験――喜びも哀しみも。
 無意識に刻まれた記憶。
 自らにとって最大の理解者が、他ならぬ自分自身であること。一体どれだけの人が気付いているのでしょう。
 確かに閉塞した自己愛は存在します。しかし、この世界にたったひとりの自分。それを慈しむのは果たして罪なのでしょうか。
 想いをどこに繋げるか。それ次第によっては無限の広がりへ手が届く。私はそう信じております。
 己を愛すること。それは全てにおける始まりであり、けして堕落などではないと信じたい。
 世界は優しくなどない。ならばこそ、この世界でたったひとりの自分を愛するのです。生きるために――そう、生きるために。
 自分の中に眠るもうひとりの自分。ええ、そう――世界と繋がっている自分。自己本位とは真逆の透明なる意志。
 逃避ではなく、自己欺瞞でもありません。私は永遠を信じたいのです。人生とはそういったものではありませんか。
そのために限りある時間を懸命に駆け抜ける。
 願わくば、世界が愛で満ちることを。

18 :十六日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 20:05:59 0

 笑いましょう、そこに哀しみがあるのなら。
 人前ではいつも笑顔でいたいと思うのです。その代わり、ひとりの時間が訪れたなら、大いに泣く――私はそうしてきました。
 人は基本的に孤独であり、誰かに構って欲しいと願っているのでしょう。
何らかの口実で、哀しんでいる自分を演出する、それを卑怯だと私は思うのです。
 哀しみに浸るのは罪ではありません。しかし、意図的に他者からの慰めを得ようとする行為は、
私の美学とは相容れないものであります。
 何故なら、孤独に負けたことになるから。
 さて――果たしてそういった思想を持つ私は皮肉にも、最も解り易い形で孤独と接しております。
 これも私の望んだこと。そう、僥倖。
 思い出しては空へ還していく。薄れゆく記憶。
 柔らかな解放。それは私にとって心地よいもの。
 前向きでも後ろ向きでもありません。ただそこに在る時間を慎ましく消費していくだけ。
余生とでもいうのでしょうか。愛すべき老人の精神が私の中に。
 ときおり混沌が。ときおりノイズが。ときおり恐怖が。苛まれては白い錠剤を口に。それで事足りますから。
 孤独の中に評価はなく、他者というものが存在しないため、蔑まれることもありません。
 夜毎の酩酊はもはや堕落ではなくなりました。純粋なる沈痛であり、救いにも似た忘却でもあるのです。
 刹那的な自己決定が私を許し、肯定し、このちいさな手の中に生命を委ねてくれます。
 生命の在処――見失ってようやっと、心の中に在ることを許容された、そんな気分。
 今にして思えば、喜怒哀楽とは一体何だったのでしょう。それは端的な人間らしさ。
けれども、降り積もった雪のように、ただそこに在るだけ――それもまた人間。
 孤独、それは私の親しき友。静謐、それは私の好きな言葉。
 ああ――夜も深まってきました。間もなく朝を迎えることでしょう。
 とても、とても穏やかな気分です。
 目を遣ったベッドは、優しく私を誘うように微笑みかけてくれました。逆らう理由はありません。
 この淡々とした日々の中、最も甘美なるときを過ごすことにしましょう。
 よき夢を。

19 :十七日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 20:11:03 0

 最期の言葉を考えていました。
 生涯消えることのなかった幾重もの憎しみ。それは散漫としていて、どれだけ言葉を羅列しても、
けして伝わることはないでしょう、誰にも。
 世界の悪意、そして抗うことのできない不条理。結局のところ、語り得ることは何もないのだと思います。
 それでも――たった一言でもいい、何かを遺したくて。未練……なのでしょうね。いつ消えるとも知れぬこの命、だから。
 記憶は風に流されていく雲のように、否応なく消えていきます。
 私にあるのは今だけ。明日を迎えられる保証などありません。
 家族、そして友人たち。彼らの最期の言葉は上手く思い出せないのですが、
それらはきっと何気ない日常として――そう、最期だなんてことを予感さえさせないものだったのでしょう。
 私にも死期が迫っています。
 ペットボトルの水、ウーロン茶、カシスに焼酎。深夜から明け方にかけて飲み干したと思っても、
目が覚めればそれらは全て元通りに。
 この孤独なる世界でたったひとつの変化。それは部屋の中に散乱した睡眠薬。
日に日に増えていっている――そのことに気付き私は初めて、この世界の在り方を理解しました。
 私がどういった選択をするのか、試されているのでしょう。孤独を前に屈してしまうのか、それとも――――。
 幸い今、この時点における私の心は穏やかです。取り乱すことなどありません。孤独との調和。孤独という箱庭。
 世界は優しくはないけれど、今となっては過酷でもありません。淡々と繰り返される日々。
私はそれを受け入れております。何も望むことなく。
 いつか永遠を見つけられたのなら、その時こそ私は、この孤独なる旅に終止符を打つのでしょう。
 気長に待つことにします。生きたい、そして逝きたい。そんな相反する気持ちから解放される日を。
 実を言えば、最期の言葉はもう決まっているのです。ささやかな、明日へ続くかのような一言。
 ああ――抱擁のごとき睡魔が舞い降りてきました。逆らう理由はありません。
 それではまた明日。おやすみなさい。

20 :十八日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 20:16:17 0

 日々は続いていきます。覚悟さえ忘れさせて。
 このところの気候は実に穏やかです。まるでそう――春が訪れたかのように。
 そういえば――私はふと、古い記憶を思い出しました。あれはまだ北国で暮らしていた頃のこと。
 寒いと感じたことは幾度となくあります。しかし、それに嫌悪感を抱くことはありませんでした。
 どこまでも澄み切った空気。その価値が分かったのは、南へと移り住んでから。
 人々が集うというのは、それだけ大量の悪意が生み出されるということ。
そして汚染されるのはまず空気から。そう――半ば自動的に。
 優しさの在処を説いてみたところで、今となっては詮無きこと。
見え隠れしていたそれは、不器用さで霞みがかっていました。無論、私にも勇気というものが欠けていたのです。
 もっと触れ合いたい。もっと言葉を交わしたい。けれども、怖くて――怖くて。
 拒絶という言葉が、私の前に厳然として立ちはだかっていたのです。哀しみさえも道を照らす、そう教わったのに。
 誰かがいてくれる。それだけで救いになるのですね。望んで手に入れた孤独。それが私に気付かせてくれました。
 欠落しているからこそ、私には分かります。他者が存在している。それ以上を望むのは罪なのでしょう。
 けれども――それなのに私は、私の手には孤独が握られています。
それは依存という言葉をかき消すため。見失いかけた自分を在りのままとどめておきたかったから。
 白い錠剤とアルコール。命を繋ぐ術。最期まで私は私のままで。
 ぬくもり、どこからともなく。眠りへと誘う。
 生きる、そして死ぬ。そんな覚悟さえ空白に染まっていきます。救い、なのですね、眠りというものは。
 いいでしょう、永遠は夢の中に。
 享受。そして私は、深い、深い眠りへと落ちていきました。

21 :十九日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 20:21:48 0

 目に映る情景全て最期だと――哀しい生き方。
 喪失感が常に私を苛みます。存在というものがあまりにも愛おしくて涙が出るのです。
 いかなるものにも生命は宿っているのでしょう。同様に意味や価値も。
 分かっては、いるのです。私は自らが造り出した箱庭の中にいて、終焉を間近に控えた余生を過ごしているのだから。
 いかなる救いがありましょう。死、それは厳然たる恐怖。しかし、私はそれを全うしなければなりません。
 怖くて、怖くて、泣き出して逃げ出したいほど怖いのに。
 誰に赦しを請えばいいのでしょう。私の罪とはいかなるものでしょう。
 何のために私は生きてきたのか。戸惑いながら、彷徨いながら、その答えを追い求めてきました。
 ああ―― 一切が偶然に塗り潰されていきます。過去は追憶を許さず、未来は遠のいていくばかり。
 潰えた希望が絶望へと至り、崩壊した精神はただただ死の一文字を刻むのみ。
 死ぬ。私が? そう、私が。
 絶え間なき悪意。優しくない世界。
 狂気の淵。正しさなど見えてはきません。
 私という歪さを排除したなら、世界は再び動き出すのでしょうか。私はそんなにも必要とされていなかったのでしょうか。
 強さを下さい。終着点を出発点に変えるだけの強さを。翼を下さい。飛翔――今日を明日へ変えるための。
 つまり私は、生きていたいのです。一日でも長く、未来という幻想に浸りながら。
 あ、ああ――どうやらアルコールが睡魔を招いたようですね。この重力には逆らえません。
 私はベッドに身を任せました。悲愴に覆われた思考が途切れていきます。
 道化。
 演じた悲劇を過去へと追いやって。
 目を閉じました。そして私は、瞬間的に眠りへと落ちていったのです。

22 :二十日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 20:25:10 0

 助けて下さい――木霊する。
 言葉が、私の生きようとする余地を瞬時に奪っていきました。
 夢を追う、それだけが私の在り方。そんな私を実の両親が罵っていたのです。
 あの方たちが求めていたのは、自分にとって都合のいい子供。
 普通という言葉が何より私を困惑させました。仕事という言葉は恐ろしく冷たい刃物。
心臓に突き立てられて、私は呼吸すら忘れたのです。
 私がどのような夢を抱いていたのかは定かではありません。傍目からはさぞかし滑稽で愚かに映っていたことでしょう。
 侮蔑、侮蔑、侮蔑侮蔑侮蔑。
 逃避、幻想への。解っては、いたのです。誰しもが前を向いて歩いている世界で、私だけが空を見上げていました。
 ですがそれは生きるため。生きているため。そうでなければ私にはもはや、自ら命を絶つことしか考えられなかったから。
 自らの体裁と子供の生命。選択。天秤は無慈悲で冷酷。
 まさか自殺するわけがないと思っていたのでしょうね。またはその逆――自殺するように仕向けていたのかもしれません。
 どうして私が生まれてこなければならなかったのか。分からないのです、今でも。
 私という現象は偶然なのでしょうか。だとしたら……あまりにもひどすぎます。
 弄ばれるだけの生命。ああ――だからこそ私は承認が欲しかったのでしょう。生きていてもいいという。
 承認の最たるものが愛。求めて、求めて、躓いて、血を、涙を流して、そして諦めて。
なのに諦めきれなくて、叫ぶ。声にならない言葉で。

23 :二十一日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 20:27:38 0

 夢を追った代償がこの孤独、緩やかな傾斜。死というものが現実味を帯びてきました。
それを救いと呼ぶほどに、私は追いつめられているのです。
 怖いはずがない。怖い、はずが……ない。けれども私には他にとるべき手段が思いつきません。
 孤独という箱庭は優しい。そこに言葉はないから。ならばこそ最期の舞台に相応しいではありませんか。
 せめて――心穏やかに逝けるように。
 夢を追っていた自分。叶うか叶わないかは問題ではありません。
それまで積み重ねた全ての事柄に、私自身満足しているのだから。
 ふふ、残された時間はそう多くはありません。その中で私は、一体どこまで辿り着けるのでしょう。
 朝晩に飲む精神安定剤。就寝前には睡眠薬とアルコール。
壊れた心で時を刻みます。せめて眠りの中だけでは安らかでいたいから。
 ふわふわと、まるで体が浮いているよう。多くの考えが散逸し、空へと還っていきました。
私にもまた、身も心も無意識に委ねる時間が訪れたようです。
 どうか永遠を謳う哀しみに終止符が打たれんことを。祈りを捧げ、そして私はベッドへと向かいました。

24 :二十二日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 20:29:26 0

 酷い頭痛がします。頭痛薬を飲むと今度は吐き気を催すようになりました。
 苦痛にまみれる夜。
 今もなお、頭痛が警鐘のごとく脳内で鳴り響いています。責め苦が削ぎ落としていくのは心。私は疲れ果てていくばかり。
 人生とは概ねこういったものでしょうが、その理不尽さを呪わずにはいられません。
世界の膨大なる悪意に対し、私はあまりにも無力だから。
 寒い……寒い。私という熱源に悪意がまとわりついてきます。奪われて、奪われて、それでもなお奪われる。
 この部屋から、この街から抜け出せたなら。無機物の残骸。人のいない街。
 私は北国の冬を思い浮かべました。そこに悪意はなく、むしろ優しさがあるのです。何よりの違いはそう――空が在ること。
 文明。絶え間なき動き。
 自然。変わらないもの。

25 :二十三日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 20:33:08 0

 私が生きるべき舞台は……一体何処なのでしょう。見失ってばかり。いつだって彷徨いながら生きてきました。
 心安らげる場所。私が私でいられる場所。今となっては叶わぬ願いなのかもしれませんが。
 文明――何を追い求めたのかは解りませんが、その成れの果てがこの世界とは、まさに喜劇です。
残されたのは悪意だけ。もはや人が生きられる環境ではありません。
 思えば、父も母も不器用であっただけで、愛情、というものを私に注いでいてくれたのでしょう。
今さらになって解ります。北国で過ごした記憶の中にそれは在るから。
 そして私は戦場へ。差別化、虚飾、傲慢、嫉妬、汚染、嘲笑、総じて悪意。
 高き山の頂を目指す。それこそが正しい生き方だと思っていました。平地では生きられないと。
 ですが、私は今日まで何を得てきたのでしょうか。情熱という名の虚勢は、虚しく風にさらわれました。
自分で選んだはずの道が、どこにも繋がってはいなかったのです。
一切の時間は無駄だった――それを悟ったとき私の過去、そして記憶が消滅しました。
 何故でしょう、求めることをやめたときから少しずつ、物事が解り始めたのです。
 虚飾――自分というものが希薄なため、服で、言葉で着飾る。消費が消費を呼び、私はさらに透明になっていきました。
 さて、此処に在るこの孤独ですが、それは私が自らに仕向けたものに相違ありません。紛れもなく望んだのです、私自身が。
 どのような感情が根拠になっているのかは、そのうち思い出すことでしょう。
 普遍的。それなのに稀有に感じられる孤独。未来というものが見えません。此処が最期の舞台なのだとさえ思っています。
 それでも――それでもまだ生きていたい。誰かを見つけられる可能性はないのかもしれないけれど。
孤独の中でも生きられるのならもう少し――もう少しだけ。

26 :二十四日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 20:36:47 0

 今日も今日とてアルコールに溺れています。
 この非生産性は私にとって心地よく、悪夢にうなされることもありません。
 私が愉しんでいるのはあくまで、人間本来の在り方なのでしょう。けして怠惰や自堕落に酔っているわけではないのです。
 労働以前に奴隷というものが誕生していたのを思い出しました。貴族と奴隷。貴賎。ヒエラルキー。
 これは何も古代に限ったことではありません。私が記憶している限り、少数者による多数者の搾取、支配は、
過去におけるそれよりもはるかに巧妙で歪なものと化しています。
 暴力が廃棄されることはなく、制限しているように見せかけることで人々を欺く、それが実態。
 強制されているのでも支配されているのでもない、自らが望んで労働に及んでいるのだ――
――そのような錯覚に陥っている人間も少なくはないでしょう。結局それは自己欺瞞にすぎないのに。
 経済が何をもたらしたでしょう。あくなき闘争でしょうか。
 文化や文明という言葉でさえ、今の私には虚しく響きます。
 労働という形容し難い暴力と苦痛。その対価は微々たるもの。消費欲を煽られ散財し、
結局のところ労働者は、搾取、その輪廻から逃れられないのです。
 とすれば、私に訪れたこのちいさな世界はまさに僥倖といえましょう。
 道化を演じる必要はありません。解り合えず、すれ違い対立し合うだけの他者の存在よりも私は、静謐なる孤独を選びます。
 この静かな日々に時間というものはなく、生命を感じる瞬間が全て。
 偽りの仮面から解放され、私は私以外の何者でもなく、酩酊に身を任せて生きていられることに感謝し、
それを誇りにさえ思っているのです。
 眠りはいかなるときでも救い。目を閉じれば柔らかく、そしてあたたかい世界へ。
 深く沈み、高く舞い上がるのです。
 私はベッドへ向かいました。それではまた、後ほど。

27 :二十五日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 20:38:34 0

 アロマキャンドルの炎を見つめています。今夜の香りはワイルドベリー。
 何故でしょう、心が安らぐのです。
 外はおそらく氷点下。生命を奪うには充分な悪意。
 だからでしょうか。炎とは生命の象徴でもあり、最も解りやすいぬくもり、あたたかさ。
 揺らぐ、揺らぐ炎。ちいさな命。その在り方はどこか、私と相似しているように感じます。
 懸命に、そして賢明に生きなければならない。そうでなければ世界の悪意に、容易に押し潰されてしまうから。
 忘れられれば、いいのですけどね。この凍える寒さ、痛み、惑い、そして悪意。何もかも、全て。
 享受すべきは炎。それは癒し。それは慰め。私の中に在るそれもまた、燈し続けなければなりません。
 一日の始まり。それはあたたかなベッドから出る勇気が必要。自己決定、意志の力、決断力。
どれだけ自動的に生きていようと、必ずどこかで選ばなくてはならないのですね。
 だからこそ生命には敬意を払わねばならないのでしょう。無数の選択の上に積み重ねられたそれは、実に尊いものです。
 さて――私はキャンドルの炎を吹き消しました。再びベッドの中へ。
 想いの扉をひとつずつ閉じていきます。
 そして私は眠りへと。

28 :二十六日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 20:40:57 0

 ――ところが、眠れぬ夜を過ごしました。
 無数の煩雑なる想いが交錯し、私を現実に引きとめてはやまなかったのです。
 そこで睡眠薬にすがりました。そう、いつもの倍量を飲むという暴挙に。
 眠れないというのは苦痛でしかありません。特に私のような人種にとっては。
 救いなどという言葉を安易に持ち出すべきではありませんね。しかし、結局のところ私は祈ったのです。
深海とも呼べる心の奥底で。あたたかなベッドの中で。
 そんな夜を乗り越えた目覚め。凍える体で起き上がります。カーテンの向こうは、陰鬱な灰色に染まっていました。
 どのように過ごせばいいのか――途方に暮れているうちに夜の訪れが。半日以上も経過していたのですね。
これで、いいのです。記憶など私には必要ないのですから。
 変化。クローゼットの手前に見慣れぬ酒瓶が。手に取るとそれは、どうやら焼酎のようでした。それも高級な。
徒な世界ではこのような現象も起こりうるのでしょうか。
 もうひとつの変化。睡眠薬は冷蔵庫の上に置かれているのですが、いつの間にかその量が増えていたのです。
山積みといっても過言ではありません。
 この符号をどのように捉えたらいいのでしょう。今の私には解りかねます。
 何も考えないようにしました。
 いつものように睡眠薬を飲み、そして手に入れた高級な焼酎をウーロン茶で割る。ただただ酩酊に身を任せるだけ。
 ああ、それでも――この刹那は優しく、そして私に確かな安らぎを与えてくれるのです。
 今夜はきっと上手く眠れるでしょうね。
 この世界は気紛れで、依然として私は孤独のまま。それでも、このような時間を私は、僥倖として受け止めています。
 それでは祈ることにしましょう。酩酊が時間を眠らせてくれることを。おやすみなさい。

29 :二十七日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 20:43:08 0

 目覚めは夜。
 どのような夢を見ていたのでしょう。それが幸いなものであったことだけは覚えています。
 ベッドから出ると、途端に寒気が。即座に私はバスルームへ向かい、シャワーを浴びました。
 雨音。
 私はこの世界が正常なものだとは思えません。奪われていくだけの熱。末期とも呼べるでしょう。
 思考が発生するというのもまた病的なもの。
 意識を酩酊へと誘います。睡眠薬とアルコール。そして夜明けを待っています。
 取り立てて何もない一日。平和……なのでしょうね、これもまた。
凍てつく空気との闘いは絶えませんが、心だけは穏やかでいられました。
 ああ、そういえば――珍しく空腹というものを覚えたのです。
各種サプリメントでビタミンとミネラルは補給しているのですが、それだけでは物足りないようですね、この体は。
 ですが、きっと生きていけるでしょう、このままで。
やがて春が訪れたなら――あるいは雨の降り続く梅雨の時期か、はたまた太陽がその力強さを謳う夏か。
いずれにせよ、私にとっての最期の日は少しずつ近づいています。
 せめてもの思い出が欲しいと願う心。この孤独の中でそれでもなお。人間ゆえに、人間だからこそ。
 叶わぬ夢を胸に抱き、そして私はベッドに身を沈めました。
 どうか――晴天の中での目覚めを。

30 :二十八日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 20:46:53 0

 晴天。
 ふわふわと、まるで春のよう。
 夢とも現実ともつかぬ夜を過ごしました。陶酔――想いを遠くに馳せて。
 そしてこの朝に漂着しました。空は蒼く、凪ぐ風は力強く。この孤独な星が、それでも懸命に生きているのだと感じます。
 ときに私は死を想い、ときに私はそれを遠ざける。ときに私は絶望を求め、ときに私は希望を見出す。
 一切は澱みなく流れ、思考もまた無へと。
 そう、人間が絶望に至るのは可能なのかどうか。自殺でさえ当人にとっては一縷の希望。
それを悲劇で飾り立てたいとは思いません。せめてもの救いであったと想いたいのです。
 ふと、そう遠くない過去の記憶が甦りました。
 自ら命を絶った友人の死に顔。それがけして安らかなものとして私の目には映らなかったのを覚えています。
 何故でしょう、憐憫の情さえ抱かなかった私。
 いえ、その理由は――解っています。
 私はその当時、生きるということは闘いだと思っておりました。無数の人々が繰り広げる生存競争。
世界はあまりにも過酷で醜いもの。
 故人のために何ができましょう。涙も哀しみも喜劇的ではあるものの、その実喜劇ほどの価値もない。
 私は漠然と思いました。次は私の番だ――と。
 生きる、死ぬ。自己決定。
 答えが出せぬまま私は、やがてこの孤独に満ちた世界へと辿り着いたのです。それは幸いなこと。
 実際のところ、結論は出ています。それに猶予が与えられたことは、素直に悦ばしい。
 どうやら夕暮れが訪れたようです。世界から徐々に光が失われ、部屋の中には冷気が舞い降ります。少し、物悲しい。
 忘れましょう、何もかも。浸るのです、酩酊に。
 睡眠薬とアルコール。沈痛、そして麻酔を心に。止揚、徒然なる想い。
 空白で満たされていく私。たとえ幸福とは程遠くても、ここには孤独があります。
私はそれに手を伸ばし、そして孤独は私を包み、夢の中へ誘う。
 特別なことは何もありません。
 言葉にさよならをしましょう。では。

31 :二十九日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 20:50:09 0

 孤独の中における平和とは、己が心の平穏を意味します。
 共通のものは、此処では求められません。かといってそれが成し易いといえばそうでもなく、
一切が自らに依るという現実に対し、よりいっそう強さを求められるのです。
 揺れる心を疑って、私は此処と強く願い、ともすれば消え入りそうな自分を何とか保つ、そんな日々。
 疲れないはずがありません。怖くないはずなど……ないのです。それでも私は生きています。人間として、せめてもの抵抗を。
 今夜は「蒼い月」という名前のキャンドルを燈してみました。深く澄み、優しく染み込んでくるような、そんな香り。
自分の心が少しずつ安らいでいくのが分かります。
 炎に融けていく蝋燭が広がっていくと、それはまるで湖面のよう。あたたかな気持ちが生まれるというこの不思議。
神秘、それが胸中に宿り、私に健やかなる眠りを予感させます。
 世界は依然として寒さを保ったまま。果て遠き春への道。未来というものが見えません。
しかしそれは、私を不安にさせることはないのです。少なくともこの瞬間、このあたたかな部屋の中では。
 歌を思い浮かべました。心温まる歌を。私を眠りへと誘ってくれるよう祈って。
 眠りましょう、心ゆくまで。
 ベッドに身を沈めました。そして、眠りは瞬時に訪れたのです。

32 :三十日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 20:54:05 0

 覚悟のお話。
 生きるということは、半ば贖罪のようなもの。常に求められるのです。対価を、代償を。
 糧なくして人間は生きられません。いえ、しかし私の知る社会では、それ以上のものを求められていたと記憶しています。
 自分の存在を主張していなければ無に帰すという観念。色を、音を、そして言葉を求めて。
 求めたものが光でも、手に入ったものは闇だったということも多々。単純な仕組みです。
誰かの不幸の上に築き上げられた歪な、偽りの幸福が厳然な、そして強固なまでに世界を支配していたから。
 最大多数の最大幸福――かつて私が好きだった言葉。功利主義の極地、それが利他主義。
 分かち合えないのであれば、何を以ってして幸福と呼べばいいのでしょう。私には何かを独占する意図が解りません。
けれどもそれはきっと――そう、心の奥底に眠る闇を模倣したもの。
 他者との闘争もまた生きる上での代償。逃れられないのでしょう、おそらくは。
 ただし諦観、諦念に基づき、求めることをやめたのであれば、見える世界は全く別のものへ変わるのだと思います。今の私がきっとそうだから。
 孤独の中、私と世界との境界線は曖昧に。何かを犠牲にしているという罪悪感はありません。
蒼天。生命の息吹に運ばれていく雲。時間だけは止まらずに流れていきます。それは消費ではなく、此方と彼方との輪廻。
 さて、孤独における覚悟ですが、本来他者との関わりの中で保たれる心、
それを私が、私自身によってのみ護っていかなければならないということ。
 壊れた散逸構造。狂気と隣り合わせ。自らを見失わぬよう、必死で精神の均衡を保っているのです。
 酩酊といえば聞こえはいいですが、睡眠薬とアルコールという組み合わせは愚の骨頂でしかありません。
そう、私は未来を、生命を代償とし、死を覚悟した上で生きているのです。
 私は私のままで死にたい。
 おや、どうやら睡魔が訪れたようです。カーテンの向こうは明るく、世界の果てしない広がりを想わせます。
 生命、死。全てが白く染まっていき、思考という柱は静かに消滅していきました。
 さあ、私は命を賭けました。どうか速やかに眠りへと落ちていけるよう祈ります。同時にその眠りが安らかであることも。
 舞い降りてくる天使たちの羽。浮遊感。どうか私を誘って。終わらぬ夢の中へ。

33 :三十一日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 20:56:55 0

 午前二時。目覚めは氷点下の中で。
 自然の摂理に意思を求めようとは思いません。それは自動的なものだから。
けれども私は――どこかに悪意を感じてしまうのです。
 どうしてこのような責め苦を味あわねばならないのか。あまりにも不条理で哀しい。
 どうやら冬という季節は、私とは相容れぬよう。重く冷たい時間が春の訪れを拒んでいるようにも思えて。
 安らかでありたい。ずっと眠っていたい。願いは虚しく裏切られる。
 ゆえに私は逃避をするのです。各種サプリメント、それから睡眠薬とアルコール。
起きて間もないというのに陶酔に身を委ね、そして再び眠ろうとしている。
 滑稽でしょうか。哀れでしょうか。しかしどんな姿であれ、それが孤独への慰めであるのなら、私は甘んじて受け入れましょう。
 アルコールで火照った体。今だけは忘れていられる。寒さとその冷酷さを。
もっともっと――琥珀色の液体を私は、体の中に注いでいきます。
 堕落というのであれば、喜んで堕ちていきましょう。誰も私を止められません。そう、私自身でさえも。
 此処には正しさも過ちもないのです。望み、そして欲するがままに。これが還元された人間の在り様。
 ああ――これは私の求めていたもの。労働、ましてや為すべきことなど一切ない。
止まった時間の中、私は手にした自由を制限することなく行使しています。
 死――終焉の刻ですら福音と成り得る。静かな日々の階段を一歩一歩上り、いつか辿り着ける日を夢見て。
 さあ、眠りましょう。目覚めなど期待してはおりません。永遠をこの手に。
 定まらぬ視界。心地よい酩酊。ベッドが私を呼んでいます。ならば従いましょう。孤独が帰結する唯一の場所へと。
 さよならに似たおやすみを唱え、そして私は再び意識を深く、深く沈めていきました。

34 :三十二日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 21:02:25 0

 不思議なものですね。今日に限っては、雨が優しいものに感じられました。
 猫の歩みにも似た柔らかな雨音。生じるはずの冷気がそこにはなく、郷愁さえ感じさせるほどあたたかなのです。
 もしかしたらそう――エゴ、あの心の境界線を塗りつぶす力。それが揺らいだのでしょうか。私の中のちいさな変化。
 そうですね、日中は晴れ、夜更けにかけて雨が降っていました。それはとても自然なリズム。
 さて、雨は過ぎ去り、静かな夜がやってきました。朝と呼ぶにはまだ少し早い時間。
 この一日を心穏やかに過ごせたことを感謝しましょう。
 飽きもせず、今宵もカシスウーロンを嗜んでいます。何もない世界ですが、それゆえに数少ない嗜好品は私にとっての宝です。
 そういえば日付が変わるころ、久しく感じていなかった空腹に襲われました。
 私は水とサプリメントだけで生きています。このままでも生きられると私は思っていますし、
仮に餓死するようなことがあればそれも一興。
 食事というのはもちろん生命を維持する上で欠かせないでしょう。ひとつの大いなる文化であり、それはしばしば人々を悦ばせます。
 ですが、どうやら世界が孤独へと還元される際に、私は食事という義務から解放されたようです。
それはおそらく……私自身が望んだことなのでしょう。求めたのです、より自由に――と。
 観測されることのない世界。在りのままの世界。
 いけませんね。せっかく真理へと近づけたと思ったら、集束した言葉が霧散していきました。酩酊の功罪です。
 深く深く思索の海の底へ。それが私にとっての何よりの愉悦。問いに対する解は、また新しき問いを呼びます。
其処に私は永遠を見るのです。
 この孤独の中で、限られた時間の中で、私は何処へ辿り着くのでしょう。前に進むことを怖れてはいません。少なくとも今は。
 ああ――心地いい。何かあたたかなものに包まれて、宙に浮かんでいるかのよう。健やかなる眠り、そして目覚めの訪れ。
疑いもしません。信じるに足る何かが私の胸の中に満ちているから。
 そして私はベッドの上に横になり、光にも似た闇のぬくもりを感じながら今日という日に別れを告げました。

35 :三十三日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 21:06:21 0

 後悔と懺悔。肺の奥が空洞に。暗黒に染まったそれが痛い。
 夢を見ました。このところ何度か見ている夢と内容は似ていますが、しかし今回のメッセージは強烈でした。
 静かに淡々と過ぎてゆく日々。あの頃の私は何故あんなにも――矛盾――静寂を嫌いつつ周囲を遠ざけていたのでしょう。
 人と人。触れればあたたかい、そんなことは分かりきっていたのに。接触と容認。分からないことだらけ。
 それでもたったひとつ。その当時の私はすでに、取り返しがつかぬほど孤独という病に囚われていたのです。
今になって気付いたところでもう手遅れなのですけどね。身震いするほどの不条理。
「ここに冬という季節はないの?」――そう友人に訊ねたことがあります。
思えばあの土地には、一年中春が続いているかのようなあたたかさがあったのです。
それに私は恐怖し、やがて――逃げ出しました。
 別の世界、別の可能性。選択が過ちであったという罪悪感。心が砕けそうです。
 手放したのは私。居心地のよい場所、大切な友人たち。価値あるものの判別がつかぬほどに愚かだったのです、私は。
 全てを書き換えてしまえるだけの力。私はそのようなものを求めていたのでしょうね。
 ゆえに功罪、とでもいうのでしょうか。過ぎゆく日々の中、刹那を感じる瞬間がありました。
何もかもが仮初に染まっていくのです。感傷に浸りながらも、振り返ることだけはしませんでした。
見据えていたのはただひとつ。きっと其処に在るだろう違った未来。
 私は何を手にしましたか。私は何を失ってしまいましたか。
 どこからやり直せば、私は正しく生きられたでしょう。

36 :三十四日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 21:14:27 0

 政治、経済、文化と文明。しかして私は、別の舞台の上に。
 交互に繰り返される躁と鬱。曖昧なままの記憶。
 愛憎、甦ることのなかった感情。
 正直、当時の自分というものをあまりよく覚えていません。
環境の変化が私の心境にもたらしたものは少なくないでしょうが、だからこそ。
 ああ、でも――このような欺瞞を連ねて何になるでしょう。消したい記憶それは、人を好きになるたびに惨めになっていった自分。
 其処には哀しみしかないというのに、何故求めずにはいられないのか。
 原初の記憶。神と呼ばれる以前の少女そして、無数の鏡。
 他者という幻想。孤独という病。それを模したものが人間というのなら、私もまたひとつの骸なる魂。
 苦悩から救ってくれる唯一のものが孤独だなんて、世界はまさしく喜劇です。
逃げるのでもなく立ち向かうのでもなく、ただ立ち止まってゼロを刻む。
 やはり今のこの世界は、私が選択したものなんですね。孤独しか知らないから。孤独の中でしか語り合えないから。
 過去への追憶の中、やっと私は思い至りました。今手にしているもの、今ここに在る時間、大切にすべきはそれだけなのだと。
 だから私は、自らが選んだ孤独を不毛だとも堕落だとも思いません。もはや孤独とは私自身。否定と還元の最果て。
 音なき世界に歌を捧げましょう。あの始まりの世界で少女――神――がそうであったように。そして夜の訪れを静かに待つのです。

37 :三十五日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 21:16:13 0

 物悲しいのは寂しさのせい。人恋しいのは孤独だから。
 今宵の酩酊は、いつもとは違っています。酔いが回るのが早く、少し、胸が苦しい。
 話すべき相手がいないというのに、私は言葉から解放されてはいません。それもそうでしょうね。
人間は死ぬ間際まで言葉と共に在るのですから。
 誰かがいなければ伝わらない。それならばと思い私は、歌を歌うことにしました。
世界と交わるために。満たされた孤独を空に還すのです。
 静かに、呟くように韻を踏み、そして情熱的な声を捧げます。
 不思議な夢、その余韻。夜が訪れようとも、それは結局消えることはありませんでした。
 だからこそ、新たな夢を見ようと思います。
 もしかしたら私は、夢から夢へ渡り歩いているのかもしれません。
そしてきっと――信じているのでしょう。孤独の中でさえも幸福が得られるのだと。
 それでは夢の中へ。ごきげんよう。

38 :三十六日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 21:19:07 0

 早朝に目が覚めました。あまりの寒気のため、ベッドから出られません。
 そういえば夢の中では……ああ、雪が降り積もっていました。けれども私にとって雪は悦び、幸いなるもの。
何故かといえば理由はひとつ。ただひたすらに美しいからです。
 半日以上眠っていたかったのですが、それは現実によって遮られました。挫けそうです、生きることに。
 迷わず手にしたカシスの酒瓶。グラスに注ぎ、そしてウーロン茶を加え完成。ひとつめの毒。
 サプリメントを水で飲み下し、今度は睡眠薬を胃の中に収めます。これがふたつめの毒。
 起き抜けにもかかわらず再び眠りへと。気を失うほどの酩酊を私に。
 包まれていたいのです、夢に。いつまでも、どこまでも。
 凍てついた現実はあまりにも冷酷。逃げ出してしまいたい。
 どうしてこのような季節があるのでしょう。泣き出したいほど苦痛で、目を覆いたくなるほどに惨め。
 無力な私には酩酊に浸る以外に逃げ道などないのです。呼びかけても応じる者のいない世界。
言葉の意味は変質してしまい、せめて私が変わってしまわぬよう祈るだけ。
 今私は、どの程度酔っているでしょう。麻酔でも構わないのです。どうかこの意識を追い遣って。
朽ち果ててもいい――ええ、死をも厭いませんから。
 死にたいとき、消えたいときにそう想える自由。これもまた人間。私という存在。
 それでは束の間の死に身を委ねるとしましょう。どうか終わらない夢を。どうかあたたかな目覚めを。

39 :三十七日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 21:22:52 0

 届かぬ言葉。隔てた距離。
 人恋しさ。拒絶。だから、ひとりにしてと扉を閉ざす。
 奇形なる私の精神は忌み嫌われてきました。偽ることしかできない自分。
しかし、その擬態こそが私だったのです。人間で在りたい。人間として誰かと話をしたい。ただ、それだけだったのに。
 自らの価値を顧みて私は、非常に惨めな気持ちになりました。
無価値――そんな言葉が私を冷たく打ちのめします。だったらいっそ存在なんてしない方がいい。消えてなくなりたい。
そのようなことばかり考えていたのです。
 触れ合いたい。苦しい。触れ合えない。哀しい。
 追憶の中にある過去と今とを比べてみます。そうすることでこの孤独は、
まるで優しい揺り籠のように私を護ってくれているのだと思い至りました。
 何も、いらないのです。私は求めることから解放されたい。誰も、何もいらないから。
私は確かに此処にいます。それだけで充分でしょう。それ以外の何が必要だというのか、私には分かりません。
 だから私は歌います。この孤独なる星とひとつになるために。
 遥かなる天空よりも、深い深い海の底よりも、ずっとずっと大切な場所――聖域。最小の宇宙。本当の私がいる処。
 きたるべき刻が来たならば、他者に、この世界に別れを告げましょう。
 私が彼岸へと至るその日まで、どうか人々の棲む世界が地獄の業火で焼き払われんことを。
 嫌い、嫌い、人間なんて。

40 :三十八日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 21:24:46 0

 欠落の継続。那辺の破片。
 空白――蒙昧への逃避。
 孤独は私に自虐的な悦びを与えてくれます。
 昏い、冥い感情が私に仄めかす。孤独とはかくも甘美だろうと。表情のない世界で傷つくことはないだろう――と。
 共有されなかった時間。それを私は、失われたものとして引きずっていました。
いつか購われるだろうという淡い期待はしかし、明白な形で裏切られたのです。
 これは怒り。これは哀しみ。
 時間は何ももたらさなかったということ。私はかつての弱い自分のまま。分岐した路にただひとり。
 観衆などおりません。舞台さえないのです。それなのに私は演じ続けている。悲劇か、それとも喜劇か。
 在りのままの私が愛されないというのなら、もはや演じるしかありません――偽りの、自分を。
それさえも拒絶されたなら、一体私はどうすればいいのでしょう。
 その結論がこの世界。

41 :三十九日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 21:25:54 0

 あの者に死を。彼の者に死を。偽りの友人など滅すべき対象でしかありません。
 裏切り、拒絶し、果ては関わりたくないと言い放つ――己が保身のために。
 さあ、鏡を用意しましょう。その醜悪さを映し出すのです。

42 :四十日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 21:27:00 0

 ああ――寒い。それはもう泣き出したいほどに。精神は不可解なほど安定しているというのに、
私はこの身が呪われているように感じています。
 かつて粉々に砕け散った心。その破片を拾い集め、繋ぎ合わせていた日々。
苦しくて、苦しくて、死を受け入れた方がどれだけ幸福なのかと思いながら過ごしていました。
 あのときは何が救いとなったのでしょうね。今となっては思い出せません。

43 :四十一日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 21:29:07 0

 酩酊――それどころか意識を消し去るための儀式。睡眠薬はいつもの二倍。そしてアルコールに耽ります。
不幸な意識にさよならしましょう。
 このまま目が覚めなければいいのに。目覚めなど望んではおりません。
孤独から死へ。果たしてこれは短絡的な考えでしょうか。幸福の形は人それぞれ。私は救われたいのです。
 未練など欠片もありません。神なき世界における唯一の答え、福音。他にすがるものがないのです。
 優しく私を壊して。酩酊は意識の混濁へ。
 私には何もない。何もないのです。だから消えてしまいたい。
 今日という日を望んだわけでもないのに、カーテンの向こうには色褪せた陽光が。
そしてさも当然とばかりに明日がやってくることでしょう。
 どこかで終わらせなければならないのです。
 涙。もし次に目覚めることがあるようならば、視界を歪ませ頬を伝う熱さに耽りましょう。
 愚かしいにもほどがあります。およそ無意味で空虚な言葉を羅列してしまいました。瓦解した心ゆえの哀れなる希求。
 道を見失った私。見えてはきません、何事も。永久なる夢、それだけが私を癒すのでしょう。
 意識を解放し、私は再びベッドへと潜り込みました。

44 :四十二日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 22:45:41 0

 生命に貴賎はなく、ただ其処に在ればいいのだと私は思ってきました。
 それを真実と認識できる人はあまりにも少ない。ひとたび口にすれば、理想どころか妄想と罵られる。
現実はそう――依然として誰かの世界観が真実であるように操作されているのです。
 その意図的な操作に気付くのは、生来的に懐疑的な人物、あるいは貧しき人々でしょう。
 搾取というのは何も、金銭に関することだけではありません。心にも領土というものがあります。
 より貴き存在へ。そのために他者を貶める、平気で。築いた城がその実、無数の屍の山だと知ったなら、
彼の者はどのように思うでしょう。
 人間社会における闘争の中、私は自らの居場所を求め、見失い、やがて無価値でありたいと思うようになりました。
疲れ果てたのです、生きることにすら。
 真の平等などない。在ったとしても、けして実現させないよう操作が行なわれる。
 ところが、今私がいるこの孤独な世界ではどうでしょう。貴賎など問う意味がありません。
あらゆる存在から形容詞が剥離してしまっています。
 私が求めた無価値とはこのような状態を差すのでしょう。存在とは存在でしかなく、言葉は人を、物を貶める機能を失いました。
 もちろん私は、この世界を独占しているつもりはありません。私とは世界。世界とは私、そして――孤独。ひとつなのです、何もかも。
 何もない。かつてそれは悲痛な響きをともなっていましたが、今では全く捉え方が変わりました。
意味の変容とでもいえばいいのでしょうか。
 持たざること、それが自由。所有、それは苦痛。忘却、それこそが幸福。
 それでは今宵も忘れましょう、何もかも。儀式は済ませてあります。カシスが胸の奥を満たし、徐々に私を思考から解き放っていく。
 心地よい酩酊。きっと穏やかなる眠りが待っているのでしょうね。ベッドの上で目を閉じると、闇の深淵が私を包みました。
私の中に在る光。どうかいい夢を。

45 :四十三日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 22:50:17 0

 死ねば、いいのです。
 偶像と崇拝者。扇動者と追随者。病める者、貧しき者。富と権力。歪んだ世界。俗悪と不道徳。人間たち。友人と記号。
万物の成り立ち。始まりの世界。夢と希望。正義。何より私。
 この世界に観測者が在ったなら、これまでの私をどのように思っていたでしょう。
 逃げ込んだ孤独の中で安寧を得ている――そのような甚だしい勘違いが生じていたかもしれません。
 愚者を演じられるような人間ではないのです、私は。
 潰えた夢の残骸。何とおぞましいことか。裏切りへの追憶、甦ってくる恥辱、復讐心。そんな中、どこか恍惚としている私。
 死すべき命がここに在り、救済の闇――最終出口は常に、私と共に。
 有耶無耶な感情。ひとつずつ羅列していくと、改めて私が狂人であることが分かります。
 しかし、生きるために安易な道を選ぶのが賢者だというのなら、私は喜んで狂人としての生を受け入れましょう。
 日々は確実に死へ向かっています。享楽で誤魔化せると考える人間の何と多いことか。
 死とは遠ざけることのできない隣人。絶対不変の基礎。いうまでもなくこの孤独な世界にさえ、彼の者は厳然と存在するのです。
 ならば臨むしかありません。果たして生きたいという願い、そして死にたいという望み、どちらが仮初――欺瞞――でしょう。
 私が過ごすこの日々は、最期へと通じる短き猶予。無価値なのですよ、何もかもが。
 恐怖。それに抗じる手段などありません。諦める以外の一切は虚無。
 無力な私にできるたったひとつのこと。
 死ねば、いいのです。

46 :四十四日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 22:53:27 0

 何人死んだでしょう。何人殺したのでしょう。
 支配する者の考えることなど分かりません。
 ええ、確かに死すべき人間は数多くいます。友人という記号に騙されてはなりません。敵は思いのほか近くに潜んでいるのですから。
 些事に過ぎない――彼の者はそう言うでしょう。無自覚に、自動的に他者を排除しているのです。
 穿たれた爪痕は、未だに胸の中疼いています。これも全て、私が友人という幻想に浸りすぎていたせいでしょう。
裏切られ、見捨てられ、疎まれ、蔑まれ、およそ陵辱の限りを。
 さて、支配者のお話でしたね。彼らは意図的に他者を排除します。しかし、そこに生々しい殺意なるものは存在しません。
不利益をもたらす――ならば邪魔である。その程度の想いしか抱かないのでしょう。
 心の領土、その区画整理。かくして支配者は人を殺します。自らは何ら手を下すことなく。
 一体自殺なるものがどうして成立し得ましょう。その根拠、原因など誰も探ろうとはせず、
犠牲者の死というものは本当に……本当に無意味なものとして葬り去られてしまうのです。
 復讐は正しく為されるべきでありましょう。そこに正義など必要ありません。天を貫くほどの怒り、それだけで充分です。
 私にはこの狭い部屋、そして水とサプリメント、それから酩酊へと誘う少量の毒があれば事足ります。
それ以上何を求めたらよいのか分かりません。
 だというのに……ああ、相対性における世界の何と殺伐としたことか。貧しきは罪。富める者こそが正義。
狂った評価軸、それこそが真の支配者に近いのかもしれません。
 貧しき中に在って人の心というものは、数多くを夢想するもの。それは満ち足りた人々が踏み入れることのできない領域。
 重ね重ね申しますが、生命に貴賎などないのです。世界の本来の在り方をどうして不平等に求められましょう。
 確かに世の理を顧みるに、平等なるものは破壊の対象となる傾向が見られます。ですが、
それに翻弄されるための人間ではないはずです。私は――私たちはきっと変われる。
 もちろん、私が真理に至れるはずもなく、何が可能かといえば、こうして狂人の歌を紡ぐばかり。
 明日は――遠いですね。どうか私を言葉から解放し、深き、深き眠りへと誘って下さい。祈りを天へ。おやすみなさい。

47 :四十五日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 22:56:36 0

 深夜に目覚めました。凍える体は相変わらず。
 逃げ込むようにバスルームへ向かい、無自覚なまま熱いシャワーを浴びます。これに関しての記憶などほとんどありません。
 心に浮かんできたこと。
 夢はきっと叶う。かつてはその言葉に熱いものを感じていたのですが、今ではすっかり熱が冷めてしまいました。
 成功者の言葉など何の慰めになりましょう。馬鹿げています。
 挫折の連続。それこそ人生において挫折しか知らないというほどに。私には捨てきれない夢があったのでしょう。
しかしそれさえも、深い闇の渦に飲み込まれ、諦めることもできぬまま今、ここにいます。
 生ける屍。夢の代わりに死を。
 起床してから三時間程度でしょうか。再び睡眠薬とアルコールに溺れています。他にすることなど思いつかないのです。
これが唯一の安楽。
 カシスの濃い味が染み渡り、睡魔を招いています。無感覚という幸福。どうかこのまま逝かせて下さい。
 目覚めるたびに惨めで――惨めで、心身がバラバラになりそう。
 このように思索に耽ることさえが苦痛。私という存在が何者なのか分からなくなる。
 たったひとつ――孤独という言葉にすがり、ただただ緩慢な死が訪れるのを待つしかありません。
 夢とは何でしょうね。欲望が満たされることでしょうか。
 積み重ねた挫折が成功を導くなどと言い放つ人々に災厄を。欺瞞や気休めなど何になりましょう。
 私にできることといったら、酩酊に身を委ねることのみ。動悸、眩む視界。現実からの解放。歪む世界。
 不条理に立ち向かうには、もはや一切の情熱が失われました。この孤独な世界でたゆたうのみ。
現実にさよならをしましょう。今いる世界にさよならしましょう。
 その日が近づいてきます。今や恐怖は消え去り、私の中には歓喜のみが。
 救われたい。ただその一心で日々を消化しています。終焉はまだですか?
 ベッドの上に身を横たえると、気を失うまでにそう時間はかかりませんでした。

48 :四十六日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 22:59:07 0

 今日もまた日が暮れます。特に思うことはありません。
 無。およそ心というものに動きがない。それもそのはず。――惰性で生きているのですから。
 それはそうと制約のお話。
 長い時間起きているのが苦痛になってきました。不条理にも目覚めの瞬間から後悔が始まっているのです。
 ナルコレプシーであれば都合がよかったのですけれど。私は意図的な操作を用いて眠りへと落ちなければなりません。
 そのための儀式。糖衣錠の睡眠薬、そして苦味のある睡眠薬。それから――アルコール。
 最期へと導かれる日々を美しく飾ろうなどとは考えておりません。逆です。無価値さを酩酊で塗り潰すのです。
 要らない生命、要らない時間。酩酊と眠りだけが唯一価値を持つもの。
 正常なる心や人間性がこの世界で何になりましょう。とはいえ、私が狂気に至る可能性はほぼないものと思われます。
かつてのような狂おしさは、私の中から失われました。あるいは――眠っているのかもしれません。
 ただひたすらに心の平穏を祈っていたあの頃。懐かしくも思いますし、同時に恐怖をも喚び起こします。
 思いもよりませんでした。私が変わるなどと。今なら解ります。諦観とは手を伸ばすものではないことを。
死を目前にしなければ見えてこない境地。おそらくはそういうことなのでしょう。
 さて――カシスのボトルが空になりました。そしてまた、最高級の焼酎の瓶も。
今日からは再び安い焼酎に浸ることになりそうです。
 しかし、これはこれで個性というものがあります。非常に飲みやすい。酔い方も悪くありません。
 酩酊に揺らぎながら、明日のことを考えていました。果たしてどれくらいの時間起きていられるのか。
覚醒している間の不可思議な苦痛をどうやって追い遣ったらよいのか。
 終焉こそが救い。結局のところ、それが結論のようです。
 ふわふわと、羽が生えたような心地。眠りへと誘う序曲。逃げる? ええ、これは逃避。これは悦び。
 そして私は無感覚へと陥り、今日に別れを告げたのでした。

49 :四十七日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 23:56:12 0

 したいことをする。それが自由意志、自己決定。若かりし頃にはそう考えておりました。
 ですがそのような在り方は、衝動に徒に左右されているに過ぎません。
何かを手にしてもすぐに雲散霧消してしまい、失うときには耐えがたい恥辱が記憶の中に刻まれ、けして消えることはないのです。
 何もしたくない。何も為すべきではない。主体性を自らに求め、能動的に自堕落に耽る。
労働という悪しき枷、鎖から解き放たれ、夢想し、酩酊し、そして眠る。
 これが今の私に言える自由です。逆説などではありません。それはきっと――本来的な人間の在り方。
 労働はいうまでもなく経済によって決定されています。そうでなければ、誰が好き好んで他人の奴隷になるというのでしょう。
 経済は悪。国が潤うといいますが、それは国家であって国民ではありません。空虚であるはずの富への執着心。
それを覆い隠すほどに、人々は無自覚な欺瞞に蝕まれている。
 人は死にます。死んだら何も残りません。何かが残せたという幻想の中散るのもまた一興。
ですがそれは茶番に過ぎないのです。人間は常に、そして最期まで孤独と向き合うべきでしょう。目に入るものを在りのまま。
 私は自由の中にいます。もちろんそれは制限されていて、思うがまま飛び回れるわけではないのです。
余生という言い方が正しいでしょうか。死を間近に控えた今だからこその自由。
 消え去っていく過去、記憶。そして私には未来がない。刹那だけが私の時間。
 だから私は狂人の如く振る舞う。
 価値のない夜が明け、さらに無価値なる朝が訪れました。万物を凍てつかせ、死に追いやる冷気をともなった朝です。
望んでもいないのに。これが不条理。これが不自由。
 酩酊。安い酒というのは飲みやすい反面、悪酔い、二日酔いをもたらします。
とはいえ、それが今の私には相応しいのだと思えます。自虐、それは時として甘美。
 よりよき眠りを。より長き眠りを。ささやかな祈りを捧げ、そして私はベッドへ横たわりました。
願わくば、春の陽気に目覚めたいものです。

50 :四十八日目 ◆chloeYoIms :2007/10/30(火) 23:58:26 0

 極寒の世界に目覚めました。ベッドから出られません。
 本能からか、どうやらエアコンを稼動させていたようです。部屋があたたかくなるのを待ちましょう。
 幾度もの逡巡の末、私はベッドから這い出ました。
 今日は半日以上起きていよう。それとはなしに昨日、決意したことです。
 退屈との闘い。退屈は無数の言葉を呼び寄せ、人を哲学者に仕立て上げます。するとどうでしょう。
たちまち精神は揺らぎ始め、己の立脚点を見失わせ、狂気へと駆り立て始めるのです。
 結局私は、人間にすがりました。そう――人間で満ち溢れている世界を夢想したのです。
過去の友人たちや架空の人物と言葉を交わし、やがて会話に夢中になりました。
 私が創る私の世界。それはとても心地がよく、そしてどこまでも都合がいい。これは罪などではないから――浸りましょう。
 どうして神様が自分に似せて人間を創ったのか、今なら解ります。ただただひたすらに――寂しかったからです。
 何かを偽らねば、自分さえも欺かねば生きてはいけない。孤独なる宇宙にたったひとり。それではあまりにも哀しすぎるから。
 私は人間を愛しすぎたのでしょう。だから距離が必要だった。同様に人間を憎みすぎたため、孤独を欲したのです。
何故なら――殺意は他者ではなく自らの魂を砕くのでしょう?
 さて、驚くことに半日が過ぎていました。過剰に意識しなければ、そう苦痛ではないのですね。
 今宵は酩酊に至るまでがいつもよりはるかに早いようです。両耳が痺れるなど、久しくなかった現象。
 思い残すことはありません。今日に別れを告げましょう。言葉が霧散していくこの心地よさ。格別です。
 それではいざ、惰眠へ。

51 :四十九日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 00:39:45 0

 ルールについてのお話。
 それが自分のみに課せられたものであるならば何の問題もないでしょう。ですが、
公共の場で次々と禁止事項を並べ立てる、そういった人物には悩まされてきました。
 口論が何になるでしょう。何より脊髄反射はいけません。怒りからくる言葉は、自らを不利にするだけなので。
 年月というものは、おそらく私の身体の内部を崩壊に導いてきましたが、
言葉を慎むという、情動を抑えるという分別を与えてくれたため、概ね満足しています。
 今。
 死。
 老いて、朽ち果てる。
 薄まっていく感覚と感情。それは得がたきもの。やがて人生は、ひとつの長き夢となるでしょう。
それまでに私は、より多くのものを忘却していく必要があるのです。
 ところで、私の中にもルールがあるようです。けして消えることのない衝動、それは言葉に対するもの。
 別に思考の果てなどを目指しているわけではありません。ただ――浮かび上がってくる言葉を紡いで、空へ還したい。
そのように願っています。
 何か特別な一言と出逢えたなら、それが救いとなります。多くを望むのはやめにしました。
要らない言葉を削るのは、多少なりとも苦痛だからです。
 今宵も酩酊に身を任せております。同様の言葉を日々繰り返していますが、これもまた私にとっての儀式。
 言葉から解き放れていきます。愉悦。眠りへと誘う。
 変わらない世界、弛まない孤独。どうか私に安心を下さい。目を閉じたその闇が、幸いなる夢へと繋がっていることを祈ります。
 一歩ずつ歩んでいきましょう。焦ることなく。
 明日の訪れを忘れ、今という時間さえ止め、そして私はゆるやかに眠りへと落ちていきました。

52 :五十日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 00:42:48 0

 暴力の究極目的とは何でしょう。それは命を奪うのではなく、魂を破壊することにあります。
 ゆえに、世界は無数の、そう、おぞましい程の暴力で満ちています。
 私は弱き者として生きてまいりました。およそ言葉というものを知りません。知っていたとしても、
それを凶器に変えるだけの鋭利さはなかったのです。
 敗北――無力さの代償。
 怯懦を呪ったところで何になりましょう。惨めさがせめて、涙と共に流れていくことを祈るのみ。
 自らの正当性など誰も証明できないのに、言葉は懐疑することなく発せられる。傷つけ、平伏すことを強要し、やがて支配する。
そう、結局のところそこへ行き着くのです。
 支配することが自らの心の領土を拡張することだと信じ込んでいるならば、それは大いなる欺瞞というもの。
 人間とは欠片。繋ぎ合わせ心通わせることこそが唯一の救い。
 闘争に次ぐ闘争。何処へ逃げようとも、その束縛からは――――。
 ああ――この孤独はなんと甘美なことでしょう。俗物の言葉など此処には届きません。
支配との対立もなく、世界との調和が此処には在ります。
 過去――あの世界の残滓に触れ、私は体を震わせていました。狂気、そして凶器。
徒なる言葉の蔓延。優しさを、癒しを求め、日々彷徨っていたあの頃。
 今や言葉は内なるもの。歌、そして祈り。
 孤独に、酩酊に身を任せましょう。それが自然の成り行き。
 精神の止揚。私は立ち止まり、言葉を全て空に放ち、そして惰性に任せて眠りのときを待ちます。
 価値も意味もいりません。今日という日を生き抜いた、それ以上でもそれ以下でもないのです。
 朝が迫ってきましたね。陽光が私を貫く前に眠りへと。夢を見ましょう、音のない世界で。では。

53 :五十一日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 00:45:43 0

 何もない一日。感情が私ならば、無感情もまた私。
 不思議に思います。かつては終わりの見えない世界の崩落が在ったというのに。今の私はまるで空白。
 なるほど、狂乱に耽ろうと思えばそれも可能かもしれません。世界観を転換し、過去に眠りし衝動を呼び覚ますのです。
そのとき私は、詩人としては至れぬ領域で、本来ならばけして繋がることのなかった数々の言葉を、ひとつに導くのでしょう。
 理路整然、その対極。そうですね、私は既成の概念が自らを懐疑するように仕向けたいのかもしれません。
悪戯心とでも申しましょうか。
 もちろんその舞台はこの孤独ではなく、人々が自動的に生きている世界です。
何故――そう、理解を超えた何かを突きつけられたとき、人は困惑するか、あるいはそれを啓蒙と捉え歓喜することでしょう。
 揺らぎ――生命の五線譜。
 私にとっての芸術とは、何かを創造することではなく、大仰に構築された舞台を破壊することにあります。
 演じられるはずの悲劇が、演じるまでもない喜劇に摩り替わる。如何でしょう。超現実は何者をも支配しません。
境界線を消し去り、幼き精神を取り戻すのです。
 人間はきっと何かになれるはず。そう、変わることができるのです。怠惰、そして始まりの爆発。
対極なるものこそが意識変容の鍵なのでしょう。
 今宵の酩酊は心地がいい。心が適度に揺らいでいます。
 日中は小春日和。とはいえ、朝晩は冷えますね。
 春の予感。強風、そしてそれに混ざる様々な香り。そう、追憶へと誘う。
 私は終わりが近いことを知りながら、しかし新たなる季節を享受することでしょう。まだ――生きていられるのですから。
 流れるように眠りへと。疑いもしません。今宵に訪れた僥倖を胸の中満たしましょう。
 さあ、無邪気なる睡魔よ、私を誘って下さい。明日へと通じる空白へと。
 私という色が無限のキャンバスの中に。夢、もうひとつの現実。そして私は意識を解放しました。

54 :五十二日 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 00:48:45 0

 春――春でしょうか。
 何か――あるいは光――に誘われるがままに外へ。さながら温室の空気。世界が一変していたのです。
 私は冬が訪れるたびに、その季節が永遠なのだろうと考えてしまいます。朧げな太陽と灰色に染まった空。
血液までも凍らせようかという冷気。覚悟を決めて耐え忍ぶ。
 果たして雪は春に融けました。
 これからどうしましょうか。何も考えてはおりませんでした。そして、何も思い浮かびません。
 さて、私にとって終わりの季節はいつになるのやら。
それは自らが決めることなのでしょうが、逝くに際して思い残すことがないよう、何かを摘み取れるのか、
そして全てを諦められるのか、それが重要です。
 孤独の中で特別になる必要はありません。いえ、そもそも不可能でしょう。
私にできることといえば、追憶し、頭の中で過去の改竄をやってのける、その程度。そういった夢想に耽るのも悪くはないでしょうね。
 この際です、時間など忘れましょう。何も考えられなくなるまで考えつくし、ひとつひとつ言葉を空に還していくのです。
 終末。人間に辿り着く。まるで何度も繰り返しているような既視感。
 さて、日も暮れたことですし、眠るとしましょうか。自由の行使、ささやかな。深夜に目覚めても寂しくないように。
 柔らかな抱擁に包まれて――――――――。

55 :五十三日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 00:51:33 0

 奇妙な時間感覚が目覚めを誘いました。もう何日も眠り続けていたような――そんな感覚。
 実際にはどうでしょう。八時間、あるいは十時間ほどの眠り。
 私を困惑させたのは夢です。それらがどういったものだったかは覚えてはおりませんが。
 さて……では、言葉のお話。
 殴る蹴るなどの暴力より、言葉の暴力の方が罪深い。そのようなことを教わった覚えがあります。
当時は幼すぎたのでしょう。何を以ってして罪深いという判断が為されたのか、それが分かりませんでした。
 ところが今となっては、かの言葉が真理であったことが痛切に理解できるのです。
 問題となるのは再現性。殴られた痛みというのは、傷が癒えてしまえば思い出すことは困難です。
対して言葉――それが侮蔑であったり中傷であったりした場合、容易に再現できてしまう。
 文字媒体であれ音声であれ、ひとたび心を抉った言葉は、けして忘れられません。
ああ――それだけに私が弱者であったということでしょうか。そして私は、今なお心弱き者として生きています。
 人間に関しては、おそよ全てが在り得る。これが私の持論。
 職に就いている者、労働を拒否している者。どうしてそこに貴賎が生じましょう。
 私は恐ろしくてしょうがありません。正しいのは己だけ。
そう考えている限り挫折なるものとは縁がないでしょうし、その考えを改める機会などないでしょう。
 自分以外の一切を過ちと措定し、弱者を見つけるなり攻撃する。
私は何も国家を差して言っているわけではないのです。あくまでも一個人に関して。

56 :五十四日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 00:53:57 0

 しかし、得てしてそういった人間こそが、社会的には円滑に溶け込んでいける、これもまた不条理。
 強者の理論。自分以外の人間を貶め、恫喝し、平伏させ――そして支配しようとする。正しさの欠片などない。
無自覚なる悪、その一言に尽きます。
 このような場合、安易に救いへ手を伸ばしたくなりますね。
私は人間たちの中に身を置くと、自らの存在の希薄さが、悪意によってとうとう空白へと追いやられるのを感じていました。
 たったひとりの存在、悪意。それだけで精神は容易く崩壊へと導かれます。抗えばさらなる悪意で蹂躙されるだけ。
 無関心であることが唯一の抵抗であり、処世術でもあるのです。ええ、暴力などというものには関わりたくないですから。
 それでも生きるということは問答無用。生存競争、絶え間ない闘争。
 幸いなるはこの孤独。他者と呼べる存在は私だけ。だからこそその他者を受け入れ、肯定し、許すのです。
 あの狂乱なる世界に終焉を。この孤独なる世界に永遠を。生きている限りそこに敗北などないのだから。
 いつもより眩しい太陽。信じられる今日、そして明日の訪れ。
 私は再びベッドへと潜り込みました。
 瑣末な考えなど空白に追い遣って。幸いなる目覚めを信じて。

57 :五十五日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 00:56:36 0

 心のお話。
 ある者は人間の心を支配するなど容易いと考えました。
 そして一人目。
 其処には恐るべきものが存在していました。およそ常軌を逸しているとしか思えない極度に難解なプロテクト。
 破壊それ自体が再生のプログラムに組み込まれているため、どのような手段を用いても解除不可能。
 不可能と思われがちですが、人間の意志は何者にも屈服しないだけの高みへと到達することができるのです。
 そして二人目。
 彼の心とは無そのものでした。つまり――支配しようにも、一切が存在しないその境地においては、如何なることも叶わぬのです。
 怠惰でさえ積み重ねれば人の心を変容させる。かくして創り上げられた精神は、夢なき眠りという永遠をその手に。
 対象なくして支配などできようはずもありません。よって支配を望む者は逃げ出す他ありませんでした。
 最後に三人目。
 彼女の心とは、およそ全宇宙そのもの。
 繰り返されそして、信じ難いことに同調している生成と消滅。相反する一切が其処には在りました。そう――ありとあらゆるものが。
 彼の者は己が存在を疑い、やがて確率に囚われ、自分の存在を証明できぬと悟った瞬間に消滅しました。
 私は思います。人の想いというものは何よりも強いと。たとえ神を、森羅万象を敵に回したとしても屈しない――と。
 謳いましょう、人間賛美の歌を。
 人間は全てを超えていける。永遠さえ瞬間に変えて。さながら人生は、永遠を見出すための旅路。
 私は人間です。か弱い、人間です。歩むべきは修羅の道。回帰点はとうに過ぎました。
この先に在るのは幾億もの夜――闇。ですが最期に辿り着くのは約束の地でしょう。
 それを信じ私は目を閉じます。眠り――精神の止揚。
 私は私。私は人間。だから。

58 :五十六日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 00:59:18 0

 時間と苦痛とが結びつかないようにするためには、主体的、能動的に言葉を連想していく他ありません。
忌むべき思考を私自身の思考で追い遣るのです。
 さて、この思考、考えるという行為ですが、孤独の中において思想にまで昇華し得るものなのでしょうか。
私はもっと軽薄で無価値な夢に酔いたい。
 哲学と呼べば、少しは聞こえがいいかもしれません。ではそうすることにしましょう。私はこの世界でただひとりの哲学者。
 では愛についてのお話。これは長くなりそうなので、今後も何度か語ることになりそうです。
 なるほど、性愛によって結びついた男女の間にあるものもまた愛。ええ、否定は致しません。
ただしそれは限定的な愛であって、言うなれば報われた快楽という形での愛。
 物に対する愛着や、動物に対する保護欲もちいさな愛と呼んで差し支えないでしょう。
対象を人間だけに定めるのならそれは、歪なまでに限定的で普遍性を欠いた代物――虚像に過ぎません。
 ここからは狂人として語らせて頂きましょう。
 私にとっては世界の不確定なる振る舞いでさえ愛。量子論的ゆらぎと言い換えてもいいでしょう。
 相反する最たるもの、生と死の間にも愛は存在します。
 人間はその一言が全てを物語る器を必要とし、探し求めているのではないでしょうか。
そう―― 一切を内包する言葉、それこそが愛。
 いきなり極論に走ってしまいましたね。これでは哲学者失格です。
 さて、酩酊と共に朝を迎えました。次第に薄れていく意識と記憶。これは愛というよりも救い。
 そうそう、愛を語る上で欠かせないのが神――という存在。
おそらくは彼女こそが、この万物を凍てつかせようとする無慈悲なる宇宙の中で、最も愛を求めているのでしょうね。
 そのお話はまたいつの日か。あの記憶――あの体験を呼び起こすには、いささか覚悟というものが必要ですから。
 では眠りましょう。全てが愛に満ち満ちている――そんな幻想を胸に抱きながら。おやすみなさい。

59 :五十七日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 01:39:34 0

 おや――私はこの部屋のちいさな変化を目の当たりにして少々驚きましたが、それも道理として受け入れました。
 冷蔵庫の上に目を遣ると、そこにはピンクの錠剤が山積みになっていたのです。数えてみるとちょうど百錠ありました。
 それにしても何という禍々しいピンクでしょう。直感――確信。
おそらくは睡眠薬の類に属するのでしょうが、眠るといってもそれは永眠の部類。
 死。
 これまでなかなか浮上してこなかった選択肢。
 私の渇望に世界が答えたとしか思えません。
 ああ、でも――今すぐにというわけではなく、私が求めているのは緩慢な死なのです。
何よりも現時点では、思い残すところがあるので。
 もちろん為すべきことなど何もなく、夢、夢想、酩酊がどこに辿り着くのか知る由もありません。
ですが、与えられたこの幸いなる孤独を、最期まで余すことなく享受したいという願いはあります。
 酔わねばなりません。狂わねばなりません。一体どうして正気のまま自殺に及ぶことができましょう。
 いつでも死ねるというのは、精神的には寄りかかることのできる壁のようなもの。恐怖と安息の綯い交ぜ。
だからこそまだ、生きられる。
 ときおり生じる狂気。削られていく精神。おそよ人間からかけ離れていくという恐怖と失意。
其処に私は希望を――いえ、其処にしか希望を見出せない私。
 愚かしいことですね。だからこそ人生は喜劇と呼ばれるのでしょう。
 本源的な人間の在り方。それは何も唯一無二のものではなく、私がおかれているこの状況、心境もまたそうなのだと思います。
死を想う――それを根拠として。
 酩酊、霞む視界、刹那の快楽、止揚のとき。
 曇天。どうやら朝が訪れたようです。
 私を夢へと誘って下さい。次から次へと、現実を塗り潰すほどに。それこそが救いなのですよ。
 私はまだ死にません。まだ――まだ――――――――。

60 :五十八日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 01:44:04 0

 憎々しげに見つめていた世界。
 見捨てられた――はたまたあれは裏切りか。
 自虐に酔っていたわけではありません。実際、不用だったのです、あの世界で、私は。
 関係者各位はさぞかし疎ましく思っていたことでしょうね。
私が生きているということが誰かにとっては迷惑――それを承知でなお、私は生き長らえていたのです。
 何度――いえ、数えるまでもありません。
私は目覚めている時間全てを以ってして、深い悔恨と穢れた自己憐憫とに向き合っていたのですから。
 つまり――分かっていたのです、私が死すべき存在であることは。
死にたいといった軽薄なる憧憬はやがて、死ななければならないという逼迫したものへと変化していきました。
 何故――問いかけても答える者はなし。そうすべきだと解っていながら、
私には自殺するに足る理由が曖昧模糊として見えてはこなかったのです。
 追い詰められた者の心境はただひとつ。死にたくない、それだけ。揺れる、揺れる天秤。何が正しくて何が間違っているのか。
 感情が、感覚が疎ましい。胸に開いた大きな穴が空白を叫びます。文字で、言葉で埋め尽くし、僅かな安らぎを得る、そんな日々。
 ここにも人間はいるのですよ。私も人間なのですよ。声に出さずに呼びかける。
支えてくれるはずの人たちに見捨てられた私は、友人にすがるしかなかったのです。それも、架空の友人に。
 さて、孤独に立ち返りましょう。今いる世界は神からの贈り物なのですから。
自己決定が許されている、それだけで私は微かな希望を持っていられます。
 酩酊。孤独に、過去に押し潰されてしまわぬよう。私が選択したのは眠り。
しばらくは睡眠薬とアルコールに耽ろうと思います。悪しき思考の連鎖を止揚せねばなりませんから。
 さあ、無感覚の訪れです。今在る世界にさよならをしましょう。
 演じた道化は数知れず。動的でありたかったのですね、私は。
 今や一切は眠りへと。狂人の宴。
 私は私を赦しました。では落ちるとしましょう。深き、深き眠りへと。これを最期と祈りながら。

61 :五十九日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 01:49:31 0

 寒い。心が寒いのです。
 深夜に目覚め、あの貧しき日々を思い出していました。
 徹底して労働を拒絶していた私には収入がなく、か細い貯蓄をすり減らしていく日々。それは恐怖です。それは……失意です。
 変わり映えしない服を何日も着続け、食べるものもろくに食べず、娯楽に興じるという沈痛さえ許されてはいなかった。
 哀しかったのです、私は。誰にも見せられないような生活を送る惨めな自分。誰にも誇れない、そんな自分。
 逃げ出す? 何処へ? 貧困から逃れる術などないというのに。けれども私は一切を忘れたかった。愚者として、世捨て人として。
 哀れみは、そして憐れみは自らに注がれ、私はただただ酩酊へと逃げ込んでいました。
体――特に脳を痛めつけ麻痺させるための睡眠薬とアルコール。死は明白になっていくどころか、どんどん曖昧なものへ。
 そう、私は経済の中に組み込まれてはいなかったのです。かといって異端ですらなかった。
無価値に埋没し囚われてしまった大多数の中のひとりに過ぎません。
 自由の代償はあまりにも大きすぎて、翼は朽ち果てていくのみ。
目指した高み、そんなものが何になりましょう。地にうずくまり、見上げた空は灰色。
 死んでしまいたい。体を震わせそんなことばかり考えていました。他に何が考えられましょう。
見えているのは最終出口、それだけ。唯一の光。たったひと欠片の希望。
 私はけして貧しき日々を忘れません。還元された世界の悪意を忘れるわけにはいかないのです。
この身に刻み、冥土まで持っていきましょう。
 私は未だにあの世界を許すことはできず、この孤独なる世界においてさえ、記憶が甦るたびに身悶えしています。
 酩酊と眠りの螺旋。生きているのか死んでいるのかもおぼつかない意識。
怠惰なる忘却以外にできることなど私にはありません。
 何も届かない場所。孤独の中で歌い続ける。時計の針など狂おしく加速していけばいいのに。
 崩壊へと向かう私の心。無様です。
 せめて眠りを。せめて終わりを。自らの心に祈って、そして私は再び眠りへと落ちていきました。

62 :六十日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 01:52:53 0

 貧困のお話。
 最初に貧しさがあります。次に惨めさが襲いかかり、やがて身動きひとつ取れなくなります。
 布団に包まり絶望を、時間を、そして何より空腹を耐えるのです。やがて意識は薄れ短い夢へと。
 それがどのような夢だったのかは覚えておりません。
ただ――体が油を欲し、何らかの食べ物でその飢えを満たしたであろうことは想像がつきます。
何故なら、夢現の中私は満たされていたから。
 食べたい――食べたい食べたい食べたい。そんな単調な語句の繰り返し。
その中にはちきれんばかりの想いが。こればかりは原初的な本能と呼ぶ以外にはないでしょうね。
 再確認しておきましょう。私があの世界と呼んでいるのは、まだ世界に人々が溢れていた世界。
そしてこの世界とは、およそ人間といえる存在は私ひとりだけであろう孤独な世界。
 あの世界で私は、貧しき人々のひとりでした。もはや顔さえも思い浮かびませんが、
きっと関わった人全てが私を見放し――見捨てたのでしょうね。
それは私の中に巣食っていた絶望にさらなる拍車をかけたようです。
 哀しい。けれども哀しんだまま、自分を哀れんだままで生きていけるはずもありません。
となると必然、私は死を受け入れる覚悟をしていたと思われます。
 こうしてみるとあの世界とこの世界は、どこか通じているものがあるのでしょう。孤独、そしてきたるべき死。
 ええ、今では食べる、食べなければいけないという呪縛から逃れ、その点においては自由を手にしている。
この世界を形作った何者かによってもたらされた僥倖。
 貧しさ、それは絶対的なものなのかどうか。惨めさに関しては容易に説明できます。
そこに搾取し支配する者がいたならば、当然のように相対性の渦に巻き込まれるから。
 敵を知るにはあまりにも人々は愚昧すぎた。敵を知ったからといって抗じる手段などなかった。ああ、そこには権力が。
 闘う前から負けている。惨めさはそこから生じたもの。

63 :六十一日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 01:54:09 0

 未練――そう、未練。可能ならばあの世界を平等の名のもと正しき道へ導きたかった。
 けれども私は今此処にいて、たったひとり孤独をその身に染み渡らせているのです。
平和で、平和で、でも終焉はすぐそこに。
 泡沫の夢。箱庭の夢。
 程よい酩酊。誘う、私を、夢の中へ。
 抗おうとは思いません。夢から夢へと旅を続けましょう。柔らかな朝陽を確認し、それに安堵して、
私はベッドの上、緩やかな眠りへと落ちていきました。

64 :六十二日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 01:58:02 0

 見えていたのです、夢は。どんな日であれ砂漠の中砂を噛み前へ。倒れ伏しても雨の一滴も降らない。
 残酷。私にとっては過酷。それでも構わなかった。何故なら、確かに夢は見えていたのです。
 夢へ向け半年ほど歩き続けました。其処に在ったものは――蜃気楼。
あまりの喜劇に私の心は打ち砕かれ、狂気という狂気に溺れ、思考の奈落、
思考の淵で私は闇の中ただただ何故――と問いかけていました。世界の不条理、その一切に対して。
 思えば私の心は、最初から現実の中にはなかったのかもしれません。
次から次へと幻想を造り出し、その度に己が欺瞞に絶望する。
 希望が潰えた世界で、他にどのような手段があったでしょう――生き延びるための。
 しかし、私にはもはや夢想に浸る気力もありません。積み上げた夢の残骸を背に、いささか疲れ果ててしまったのです。
 属性の反転。生きるためのそれは今や、死ぬためのものへ。魂が救われるのであればどちらでもいいと、諦念めいたものが。
 振り返れば、私が見ていた夢とは何だったのか。解りません。いえ、解らなくともよいのです。所詮は仮初。
 挫折しか知らぬ私が辿った軌跡。その果てに在るものがせめて、安らかな死であることを願います。
これがきっと――私にとっての最期の夢。
 成功するためには他者を排除する必要がありました。生存競争の中に身を置く必要がありました。
それを拒絶した私は、もはや弱者ですらなくなっていたのです。
 世界は自動的に。異物は排除されるのみ。悪意、そして悪意。
 狂乱。僅かばかりの居場所さえ奪い合って。他者を裏切り、あまつさえ陵辱することで、
そう、他者の正常な心を喰らうことに自らの悦び――生を見出す人々。
 目が眩む光景が絶え間なく繰り返される。そうすることで非日常が日常化していった。
 世界を呪う一方で、私の中に諦観なるものが生じていきました。強者の理論に誰が逆らえましょう。
ましてやそれは、人間ではなく世界そのものが望んでいたとしか思えません。
 破滅した世界観。失われた記憶。

65 :六十三日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 01:59:59 0

 そして私は今、この孤独なる世界にいます。僥倖、救い、自由。
 此処ではどのような愚行、怠惰、堕落さえも許容される。よって私は、いつものように酩酊のさなかに。
 朝の訪れ。およそ無意味で無価値なるもの。
 沈鬱なる一日の始まり。酩酊によって自らを空白に染め上げていなければ、到底受け入られるものではないでしょう。
 この世界で少なくとも私は、在りもしない夢に拘泥したりなどしません。
あの世界が教えてくれたから――絶望こそが最も甘美なるものであることを。
 眠りましょう。絶望を胸に。眠りの中に在る夢――救済――へと手を伸ばし。
 言葉に羽を。心に安息を。
 こうしてまた、無価値なる――死へと通じる――時間を消費しました。終焉はまだですか。終焉は、まだですか。

66 :六十四日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 02:40:52 0

 終わる生命。誰かのために泣くことはできるのに、それが自分のためとなると難しいものですね。
 自己憐憫は汚らわしい、恥ずべき行為だとみなされます。何がいけないのでしょう。何が気に喰わないのでしょう。
 私は自分のために泣きたい。死にゆく自分のために。

67 :六十五日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 02:47:40 0

 一歩でも前へ。一文字でも多く。そのような人生。何も得ることがないまま追い詰められた者の成れ果て。
 多くを語りたいというのに、言葉はこの手からすり抜けていってしまう。そのような場合、哀しみよりも諦念が勝るのです。
 それでも刻む、一日を。せめて私が此処にいたという幻想を下さい。
 逢いたい人がいます。最期に、逢いたい人がいます。想いを打ち明けられたらどんなによいことか。
 しかし私は、多くを望みません。想い人が生きていてくれる――それだけでもう私は…………。
 さあ、居直りの場所、孤独へと立ち返りましょう。私だけに許されたこの舞台で、最期まで生きるのです。
 緩やかな傾斜。黄昏。
 記憶は彼方へ。明日は那辺へ。伝えるべき言葉はもはや心の奥底へ。酩酊、それだけが私にとっての救い。
 夢から夢へと渡り歩いて、現実からは徹底して目を背ける。そうして過ごした年月。一切は―― 一切が虚無。
 何かを積み上げてきたつもりでも、実のところひとつひとつ手放し、諦めてきたのです。
 自己憐憫。私は母であると同時に子供。全てを許し、そして慰めの海へ沈んでゆく。
 孤独だけが私を許し、やがて私は孤独と同化し始める。誰かに伝えるべき言葉は霧散していき、
やがて私は自己に問いかけるようになりました。これもまた哲学なのでしょう。
 孤独に徹し孤独に学ぶ。
 ああ――意識が薄れていきます。何処にも辿り着けてはいないというのに。
 眠り――いいでしょう、身を委ねましょう。哀しみ――そう、精神の止揚。
 私という存在が深く、深く沈んでいきます。この短い時間に浮かんだ言葉たちは全て、記憶から消去されることでしょう。
だからきっと、次に目覚めたときにも同様の思索を繰り返す――愚昧なほどに。
 私は持たざる者。私には何もありません。

68 :六十六日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 02:50:52 0

 剥離――何が?
 一本の歯、あるいは脆弱なる心。
 病が私を蝕み、闇が私を癒す。
 払拭――ありとあらゆる過去を。時間を止めて考えましょう。
 およそ欲求というものが生じません。ある種の軽佻さで以ってして、淡々と日々を経過させています。
 惰性から慣性へ。心理的作用から物理的現象へ。人間から機械へ。
 ところが、無意味さと無感覚に蝕まれているうちに、私の中でいかにも人間らしい衝動が胸を突くのです。
すなわち、死にたい――と。
 このような日々にいかなる価値がありましょう。潰えた夢、そして希望。残骸の上を歩く。既存なる時をただなぞるだけ。
 追憶――――――――。

69 :六十七日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 02:54:15 0

 自らの正当性を信じて疑わなかった男性。彼は私の過ちを口汚く罵る一方で、己の過ちには全く無頓着でした。
私は完全に興醒めしていたので、一切の言動を自分に禁じたのです。
何を言おうと謙虚さが欠落した彼に修正などという選択は在り得なかったでしょう。
 とある男性の好意を悟った瞬間自らが穢されたと激昂し、その男性の胸に鋭利この上ない刃物を叩きつけた女性もいます。
彼女は鋭利冷徹である一方で、人間の心の機微といったものに対してはあまりにも愚鈍すぎました。
 こんなことを覚えていてもしょうがありませんね。彼らはいずれも消えてしまったのですから。
あるいは死に絶えたのかもしれません。ならば私の記憶からも消去させていただきましょう。
 さて、私が生きるべきか死ぬべきか、今重要なのはそれだけです。結論からすれば、所詮このような問いに答えなどありません。
 全ては時間に起因します。有限であるそれは、ときとして無限であるかのように振る舞う。そのような幻に翻弄されていただけ。
 何かが足りないように思えます。このまま死んだらきっと悔いというものが残るでしょう。
ならば私はどうすればいいかというと、やはり生きるしかないのです。
 酩酊。深夜に目覚め早朝に眠る。人間などこんなもの。私はこの程度。
 幸いにして睡魔が訪れています。一切が空白に。一切は許されて。このまま眠る、それこそが幸せ。
これを積み重ねていけば、いつか私に本当の救い――解放――が訪れますか。
 問いかけは虚しく空白と同化していきました。いいでしょう、その答えにはやがて、私自身が辿り着くのですから。
 ベッドの上で目を閉じました。重く、重く体が沈んでいきます。意識は速やかに途切れました。

70 :六十八日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 02:55:53 0

 苦痛に顔をしかめる。およそ表情に乏しいこの世界で。
 頭痛。始まってしまったからには終わりを待つしかありません。
それにしても今回は、まるで生命にでも関わっているかのような悪辣なる痛み。何度か気を失いかけました。
 原因は判っています。雨、それも大量の。
 私は外に出て、灰色の斜線の中、無人の街を彷徨っていたのです。
直接雨をこの身に浴びました。愚行としか言いようがありません。必然性など全くなかったのですから。
 ただ――変わりゆく世界を感じていたかったのでしょうか。だとしたら無意識に翻弄されていたことになりますね。
 それにしても苦しい。頭痛薬を飲んだため痛みは幾分緩和されてきましたが、今度は嘔吐感に襲われています。
悪しき連鎖反応。
 断ち切るための眠り。そう、こんなときは眠るに限ります。
 私はベッドに倒れこみました。浮かび上がってくる情念を全て空白に染め上げ、そして眠りへと落ちていったのです。

71 :六十九日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 02:58:12 0

 ほんの僅かな時間の眠り。いえ、眠りとは呼べぬ束の間の休息。
 頭痛は消え去りました。これは悦ばしいこと。胃が重たい感じがするのですが、これは頭痛薬の副作用でしょう。
 眠れぬ最大の要因、それをこれから考えてみます。
 愛のお話。
 これは以前にも一度試みたことがあると記憶しています。だとすれば今回が二回目ですね。
 たったひと目で誰かを好きになった経験が私にはあります。好きと挫折とが並行する日々。
 どのような状況を以ってして報われるというのかは分かりませんが、私はあの人と同じ空間にいられる、
ただそれだけで報われた気持ちになっていたのです。
 視界の端であの人を捉え、エゴイスティックに慈しむ。
他愛のない会話、それこそ単語の遣り取りひとつで私は我を忘れるほどに満たされたのです。
 触れ合いたいという想い。今からしてみるとそれは当然のもの。
しかし当時の私にとっては、どこか後ろめたく、想いそのものを汚らわしく感じていました。
 不可侵――ああ、あの人への想いはもはや崇拝にまで上り詰めていたのです。

72 :七十日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 02:59:59 0

 ずっと見つめていたい。空間を共有していたい。そんな欲求さえ超克し、
ついにはあの人が生きていてくれるだけでいいと想い始めました。
 私の言葉は届かないでしょう。告げるべき言葉を失っていたから。それでいいのです。
無価値な私でも誰かを愛せる、重要なのはそれだけでしたから。
 やがて訪れた、出逢ってからずっと覚悟していた別れ。その夜私は溢れ出る涙を止めることはできませんでした。
滂沱。言葉を知らなくとも、行為が如実に物語っていたのです。
 あれからどれだけの年月が経ったでしょう。一度好きになったのです、嫌いになるはずがありません。心はそのままに。
 夢の中で出逢えたならそれは僥倖。もはや言葉など要りません。幻想に身を委ねるばかり。
 出逢えたことに感謝を。あの人と過ごした短い時間は、実に有意義なものでした。
 この孤独なる世界。夢と追憶。失われていく記憶。それでも忘れられないもの。大切に、大切にしたい。最期の瞬間まで。
 世界は分岐してしまって、私は今、孤独なる世界にただひとり。通信手段など一切ありません。
だから祈るのです。あの人が生きていてくれることを。あの人の心が穏やかであることを。
 おや、睡魔が訪れたようですね。いいでしょう、歓迎します。
 何の不安もありません。言葉の止揚、解き放たれていく想い。今度こそ安らかな眠りへと。それでは、おやすみなさい。

73 :七十一日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 03:49:48 0

 嘘のお話。
 在りのままの私では愛されない。それを知ったとき初めて、擬態する必要性を感じました。
 しかし――どの仮面も醜悪なのです。美を求めれば求めるほどに醜くなっていく。矛盾、否、摂理。
 どうすれば人間として振る舞えるのでしょうね。どうすれば……愛されるのでしょうか。
 並行して正しさというものが見えてきません。重ねるばかりの過ち。叱責に怯えながら夜を越す。
そのような過去があったのです。
 誰かが信じている私は偽りの私。自己嫌悪に陥りながらも、様々に妥協して生きてきました。
 やがてとある仮定がふと脳裡をよぎったのです。果たして擬態して生きているのは私だけだろうか――と。
もしかしたら誰しもが、多かれ少なかれ擬態して生きているのでは――其処に思い至りました。
年月が私に教えてくれたのかもしれません。そう、世界に感じていた違和感の氷解。
 狂乱の宴。演じて演じて演じて演じる。
 そもそも本当の自分とは何でしょう。それは無垢なる精神か、はたまた統一された人格か。
 人間は演じ続けます。擬態が見破られたなら、新たな仮面を被って。私と同様、愛されたいから。
社会から許容されたいから。承認なくして生きてはいられないから。
 哀しい演舞。ああ、それでも人間は――いつだって本当の自分を解って欲しいと願っている。嘘のない世界を欲している。
 その想いに、孤独を得た私が答えましょう。
 目に入るものだけが全てだという思い込み、それがそもそもの間違い。
いかに擬態しようと、本当の自分というものは保存されるのです。
 孤独の中変容してしまった私。けれどもその本質は変わらない。あの厳然なる、しかしどこまでも優しかった観察者――視線。
それこそが私そのもの。
 許すべきは自分。愛するべきは自分。もちろん際限なき自己愛へと堕落してしまわぬよう心を強く保ち。
 虚飾を否定しようとは思いません。人間の弱さを許容しつつ、仮面の向こう側に在る素顔を、相手に悟られぬよう見抜くのです。
私は人間と出逢いたい、ただそれだけ。
 孤独と酩酊。素顔の私。此処に美醜はなく、還元された私がささやかな生活を営んでおります。
 朝陽と睡魔。嘘偽りのない微笑。眠りましょう、何もかも忘れて。これが私の在るがまま。

74 :七十二日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 03:52:47 0

 曖昧な境界線。
 この世界とあの世界。確かに分岐は成されました。
しかし私は、そもそもこういった性格で、このような生活を営んでいた……はずです。
 他者がいない。それが私に何をもたらしたでしょう。孤独は変質せず依然孤独のまま。
 寒い部屋に独りきり。凍え、震え、耐え、ときに苦痛に苛まれ、ときに世界を呪い、ときに涙し、そして常に死を想う。
 混濁した記憶。もしかしたら書き換えられているのかもしれません。
注がれるべき寵愛は私を疎み、蔑み、そして見捨て――切り捨てた! どうして? どんな私でも無条件で愛されたかったのに。
泣いて、泣いて、嘆いて、滂沱という散逸は止まらない。
 愛されたい。歪な私が愛されるはずがない。相反する気持ちがせめぎ合い、やがて私は孤独に立ち返る。
 自虐さえ削られていき、かつて躍動していた生命は、今や静謐への一路を辿っています。
 静か……ですね。舞台が整いつつあるのでしょう。もたらされるべき救済は全て途絶えました。
だからこそ私は、自らを救わねばならないのです。
 惨め、それでも自分を哀れんではいけません。激情、そんなものは捨て去って。
ただただ死を想い、遊戯の果てを完遂しなければならないのです。
 世界はいつだって理不尽。言葉を飾るなら不条理。せめて、と何かを望んでも、星のない空に融けてしまうだけ。
消滅した望み――希望は数知れず。その度に私は声にならない絶叫を。
 寒い。それだけが今の私にある感覚、そして感情。
 日々は刻一刻と死へ向かっています。光は……見えません。
 酩酊が忘却へと誘い、そして私は語るべき言葉と共に眠りにつきます。
 不幸なる意識――――――――――――。

75 :七十三日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 03:55:43 0

 意識が浮上してきても、再度眠りに落ちることができるのであればそうしていたでしょう。円から四角へ――覚醒。
 極度の寒さにしばし、思考さえ凍ってしまう。何をすべきか。何もしたくない。
 途方に暮れかけた頃、体が勝手に動いていました。シャワーを浴びたのです。
それは賢明だったといえましょう。気休め程度とはいえ、寒さから逃れられるのですから。
 起きているのが苦痛なのです。孤独は私を癒さない。そして忘却は完全ではありません。過去の傷は消えない、けして。
 私を切り捨てた友人たち。その顔にはどのような笑みが浮かんでいたことでしょう。
おそらくは嗜虐心に打ち震えた恍惚としたものだったのでしょうね。
 私を見捨てた血の源は――――いえ、それはきっと……仕方なかったことなのです。
私はそもそも……生まれてくるべきではありませんでしたから。
 道具――道具ですらない。果たして私が一度として愛されたことがあったでしょうか。
 自分の子供に死にたい、生まれてくるべきではなかったと思わせる親――親? そんなものが親と呼べますか!
 私の歪さは生来のものとばかり思ってきました。
でもそれは間違いで、少なからず環境――大人たちによって歪められた部分もあるのでしょう。
 ですから、本来此処に在るはずだった私、孤独に幽閉されることのなかった私という可能性もあるのでしょう。
 アナタは今幸福ですか――? 届かない声。それでも、彼方にいるであろう私の幸福を望んでやみません。
そうでなければ、今のこの私の境遇が報われないから。
 死にたい。死にたいのです。生きていたくはないのです。惨めで、哀れで、もうどこにも……希望なんて――――。
 嘲笑は消え去りました。それでも喜劇は続いていきます。舞台は孤独。闇の中ひとり、演じる私。
裏切りのための嘘はありません。朧げなる幻想に浸るための小さな嘘で箱庭を満たす。
そう、一日でも長く生き抜くために。これは――人生は闘いなのです。
 誰も見ていないのですから、泣いても構いませんよね。涙で歪む視界。それを夢の中に持っていこうと思います。
それでは、おやすみなさい。

76 :七十四日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 03:58:25 0

 着火。キャンドルからはストロベリーの香りが。
 さて、目覚めるとやはり、重苦しいほどの寒さが待ち受けていました。ですが薄々気付いていたのです。
それが実際の気温の問題ではないと。
 末端神経が死んでいるのでしょうか。これはおそらくアルコールの過剰摂取によるもの。
一方睡眠薬の功罪は……よく分かりません。血液を溶かすという話を聞いたことがありますが、
私の身にも……いえ、どちらにせよこの体が悲鳴を上げていることだけは分かります。
 大切なもののお話。
 私にはそれしかないというほどの極端な思い込みで日々創作活動に没頭する。
愚かだという声が幾重にも木霊しますが、私は気にしていませんでした。
 芸術家。何と虚しい響きでしょう。しかし、評価なきところにもそれは成立し得ると信じ、私は演じ続けたのです。
 他の誰が理解できたでしょう。他人の目、観測は私の創作物の意味を、価値を変容させる。そもそも必要のないもの。
 問題は、私が自分自身に酔えるかどうか、それだけ。甘やかな自己陶酔こそが芸術。
 あの世界へ。身も心も引き裂かれつつ境地へ。音なき世界で神と戯れる。
自由と愛と幸福とで満たされた短い時間。其処で確かに私は――私自身と出逢いました。
 孤独――そう、孤独。私は其処に幸福を見出してしまったのです。神の演舞に、神の歌に酔いしれて、
あの最小の空間に同化、してしまったのです。
 任意であの世界を訪れることができた短い期間。やがて私は翼を失い堕落しました。
 文字通り天国から地獄へ。天国とは果てしなき遠い過去、おそらくは始まりの時間。
対して地獄とはこの世界そのもの。どこまでも、時間など選ばずに侵蝕してきます。

77 :七十五日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 03:59:59 0

 誰しもが子供のままではいられない。誰しもが楽園を追放される。見えているものしか描けない。
だから私は、地獄というものを描写するようになりました。
 それからは誹謗中傷を甘んじて受けるのみ。所詮私固有の世界が誰かに理解されることなどないのですから。
それでも私は傷つきました。
 表現を止めることは生命の停止を意味します。それが無意味だと解りつつ、日々地獄を構築――再現していったのです。
 大切なものを守るため。私が私であるために。
 報われない――そう、報われません。私が魂を燃焼させたとて、誰かが奴隷さながら労働に身を投じたとて。
透徹さを以ってして啓蒙しましょう。一切は無意味である――と。
 偶然性の繭の中で私はただただ眠る。穢された尊厳も今はどうだっていい。遠からず私は死ぬのですから。
 愚にもつかぬ思考を展開してしまいましたね。明るい話題など思いつかないのでしょうがありません。
 ああ――最後に笑ったのはいつのことでしょう。
 酩酊が意識を奪い去ろうとしています。短き覚醒。どうか醒めないで。どうか、覚めないで。未来永劫に続く夢へと私を誘って。
 こうして私は、いつものように価値とは無縁な時間を過ごし、再び眠りへと向かいます。
 明日を信じられぬまま、私はベッドの上、意識を失いました。

78 :七十六日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 04:03:17 0

 尊厳のお話。
 いつか誇れる自分にと、ずっとそう想って生きてきました。夢に向かい始めた頃のあの幸福感は今でも忘れられません。
 夢、というよりは、近い未来に実現されるであろう何か輝かしいものとして感じていました。
自分は特別な人間だから、夢が叶わぬはずなどないと完全に酔ってしまっていたのです。
 喜劇の始まり。そう、過去を顧みるに、それは嘲笑と侮蔑の対象でしかない。挫折、そして挫折。
 どこかで私は狂ってしまったのでしょうね。挫折しながら夢を追い、やがて挫折を前提として遠き夢を眺め、
そのような馬鹿げた芝居を続けているうちに夢と挫折とが同化してしまいました。
 自分でも何を言っているのやら……。夢は潰えたのです、粉々に、散り散りに。
それでも情熱だけは風化しなかった。その代わり、およそ屈曲した自虐心へと変質してしまいました。
それを積み重ねたとて天には届かないことを承知で、挫折を甘んじて受け入れる。
 自由になるお金などありませんでした。私は無職だったのです。惨めではありましたが、まだ耐え忍ぶことができました。
それはつまり、労働という、より惨めな行為を知っていたから。
 誇りも何もかも投げ捨てて、自ら、甘んじて奴隷となる。それが社会通念とは笑わせますね。
 どのような仕事であれば許容できますか。どのような立場、身分であれば誇れますか。
 どのような高級住宅であれ、火を点ければそれは灰と化します。いかに多額の金を手にしようと、
着火された消費欲に駆られ、遂には何も残らないでしょう。
 私の心は此処に在る。誰のものでもない私だけの。
 貧しさに涙することも多々ありました。ですがそれを不遇だと思ったことはありません。
孤独に打ち震えることが今でもあります。ですがそれを不毛だと否定したり恥じらったりしたことはありません。

79 :七十七日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 04:04:39 0

 私は今でも――そう、この孤独の中でさえ夢を追い続けています。それが、それこそが私の尊厳。
 現実からの逃避ですか。しかし、逃げていたのは私か、それとも労働者たちか。
私は思います。夢想家こそが最も鋭く現実を見抜いているのだと。
 尊厳なきところに一体何が在り得ましょう。ああ、でも――少しだけ理解できます。
人間をやめてしまえば、きっと楽になれるでしょうから。
 自動化、機械化、言葉のない世界。
 私はといえば、意識的な拱手傍観の状態にあります。似て非なるもの。私は限りなく人間のままなのですから。
 未明から雨が降り続いています。憂鬱なまま迎えた朝。
せめて目が覚めたときには降り止んでいて欲しい、そう願ってベッドへ向かいました。

80 :七十八日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 17:07:53 0

 果たして雨は止みました。実のところ私にとって、ずっと部屋の中に居続けるというのが苦痛でなりません。
散歩もまた夢想や眠りと同様趣味のひとつなのですから。
 無人が彩る灰色。そんな街を散策します。必然、変化に乏しい世界ですが、こうして外に出ることで今は、春の訪れを感じられる。
些細なことでもいいのです。触れ合っていたいだけ。
 食事のお話。
 友人と称して、見下せる人間を手元に置いておく行為。彼の者は私の抱える劣等感や貧困、愚鈍なまでの頑なさ、
それら全てを贄として愉悦に浸るのが趣味でした。
 私の自尊心など脆く崩れ易いもの。ええ、たった一言で崩壊してしまうのです。
食べやすいように分解されたそれは、またしても彼の者の贄に。
 自分こそは現実に根付いた真の人間。疑いもしなかったでしょう。
その精神は空洞で、何を喰らおうとも空虚さは満たされないのですから。
 欲する者には与えるがままに。ただし私は遅延性の毒なのです。醜悪なる豚よ、私を食しなさい。
私という闇を。やがてその魂はじわじわと侵蝕され、狂気の渦へと飲み込まれることでしょう。
 憎しみにも似た、いえ、憎悪以外の何ものでもない感情を隠しながらも友人を演じ続けた。
喜劇のさなか、私の狂気は増大していく一方。垣間見える破滅。
 しかし、世界は分岐してしまったのです。私は孤独へと。もはや彼の者の動向など窺い知ることはできません。
ですが、ふふ、相も変わらず弱者を見つけては己が贄としていることでしょう。
 死すべき者が最もその生を満足させ謳歌する。あのような世界に戻りたいとは思いません。
孤独の中真理、あるいは死を探求し続けましょう。
 ああ――寒い。夏のうだるような暑さでさえ待ち遠しい。その季節が訪れるまで私は生きていられますか。
問いは遠く、遠く虚空へと融けていきました。

81 :七十九日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 17:14:05 0

 脱力。いよいよ鬱病も末期でしょうか。あまりの無気力さに体が動きません。
 憎しみのために力を使い果たしたのです。
 私を愛してくれなかった挙句見捨てた血の源。思いつくがままに、
それこそが上等な遊びだといわんばかりに私を辱めた友人たち。
私を躓かせる悪意に満ちた世界。
 忘れられないのは未だ私が復讐を誓っているため。虚空に矢を放つのと同様、意味がありません。
 重い。過去はその重力を増していく。私を押し潰す――いえ、支配するために。
これも因果だというのなら逃れられないのでしょうね。
 何もかも諦められたなら。諦念めいたものが私の中に生じたのなら。
 お腹いっぱい食べたいな。こんな言葉が、想いが何処からきたのやら。
それは憧憬じみて、しかし生命の訴えにも聞こえました。しばしこの感情は眠らせておきましょう。きたるべき日のために。
 死は目前に。輪郭を帯びて私を手招きしています。飛び込んでしまえばいいのに。どうして私は踏みとどまっているのでしょう。
 未練……未練? 孤独の中で何が為せると? 何が……何が……そう、考えるまでもなくこの世界には私しかいない。
 だとしたら――ん? ふとした違和感。もし、もしも私以外の何かがあるとしたら、それは言葉に他なりません。
 紡ぐ、紡ぐ、言葉を紡ぐ。本来結びつかなかったであろう言葉同士を結びつける。何ということでしょう。
私はこの極限状態においてなお、真理を探し求めていたのです。
 評価などという穢らわしきものから逃れ、およそ自尊心を、それこそ自分自身を削り、
最期に遺すべき言葉のためだけに生き長らえている。

82 :八十日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 17:20:19 0

 私は哲学者。そしてただの人間。
 家族が欲しくて――欲しくて、欲しくて、誰からも愛されたくて、好意の返報性にすがりつき叩きのめされ、
満足に食事をしたくて、何も隠し立てすることのない友人が欲しくて、涙を流し、不遇を呪い、一切から疎外された。
 これこそが人間なのだと思います。こうまで追い詰められたのであれば、考えるべきことはそう、生きるか死ぬか。
 この世界に未来があるとは思えません。所詮は仮初。狂気に駆られた私だけの世界。
生きようと望むことはすなわち、この世界の終焉を散文的情緒さながら見送りつつ、自らの消滅を受け入れることを意味します。
 死――どこか短絡した救い。絡まった鎖はほどけるでしょうか。
永久なる眠り、そういった幻想が最期まで幻想でいられるのであれば、それも一興。
 所詮このような問いに答えなどないのです。さあ、精神の止揚を。
 短き死。酩酊の果て。今の私に必要なのはそれだけ。
 さあ、眠りましょう、享楽的に。喜劇の続きは夢の中で。それでは、おやすみなさい。

83 :八十一日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 17:25:31 0

 怒りを静めましょう。不幸を並べ立てるのもしばし。
 中毒の話。
 アルコールには当然中毒性があります。同様に、睡眠薬にも。しかし、止めるわけにはいかないのです。
この孤独の中正気を保っていられるのは、他でもない、酩酊という儀式があるおかげですから。
 アルコール……私が今飲んでいるのは、安い焼酎をウーロン茶と水で割ったもの。
あれほど好きだったカシスはもう手元にありませんから。ああ、そういえばカルーアが残っていましたね。
しかし、何で割ったらいいものやら。おそらくは使い道がないまま賞味期限を迎えることでしょう。
 さて、安い焼酎とはいえ、けして不味くはありません。むしろ高価なものよりも飲みやすく、
消費することへの罪悪感も最小限にとどめていられます。
 要は酔えればいいのです。この身悶えするような寒さを少しでも忘れられればいいのです。
そして眠りへと誘ってくれるのであれば、それは重畳といえましょう。
 睡眠薬に関しては……説明が難しいですね。まず私は不眠症なのです。
抱えている感情、言葉があまりにも重過ぎて――だから、そんなものから解放されるために。
 睡眠薬とアルコール。この組み合わせこそが、私の歪む精神を止揚してくれます。
ともすればパニックに陥り、幻聴や幻覚に苛まれる私。安易という言葉に平手打ちを。
救われるための苦肉の策にすがることの何が悪いというのでしょう。
 安心が欲しい。ただただ安心が。生きるというのはそれだけで恐怖なのです、私には。
 強いて言えばこのような行為は、必要に応じたものなのかもしれません。
 中毒という表現に間違いはありませんが、しかしそこには相対性、客観性の入る余地などなく、
私は日々、為すべきことをしているだけ。
 明日を放棄した刹那的な生き方はしかし、今というときを救済する唯一の手段。
孤独は私の在り方を許容してくれています。いずれその代償を支払うことになるでしょうが。
 心地よいものですね、酩酊というものは。これが人生であり、これが私。肯定、肯定、忘却。さあ、眠りに誘って。
 血は穢れ、そして融解する。刹那の快楽。生命を削って、削ってやがて辿り着く終焉。
 さあ、眠りましょう。

84 :八十二日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 17:29:25 0

 いつ目覚めたのかが分かりません。それはいつ眠るべきか分からないということです。
 際限なく眠りから眠りへ。それは夢のようなお話。睡眠薬にもアルコールにも限りがあります。
ましてやそれには耐性というものがあり、頻繁に摂取するともはや通常の量で眠ることはできなくなって、
倍量、さらに倍量と増やしていくしかありません。
 このような世界でも節度というものが必要とされるのです。さあ、今宵もしばし意識を遊ばせることにしましょう。
 人間とそうではないもののお話。
 困窮する者を前に喜悦の表情を浮かべ、これまで幾度となく昏い情熱から頭の中で繰り返してきた言葉を叩きつける。
お前のことなど知ったことではない――と。
 ちなみに、その天啓にも似たお言葉を授かった張本人が私です。脳が痺れました。
自分が何者かも分からなくなり、ベッドの上でのた打ち回りながら世界を呪ったものです。
 彼の者にとって私は、ずっと嫉妬の対象であり、否応なく劣等感を抱かせる忌むべきものだったのでしょう。
だから、待っていた。私が凋落するのを今か今かと。
 私は学業において成績優秀ではありましたが、かといって頭脳明晰であったわけではないのです。
敢えて言うなれば、努力する才能だけは身につけていました。
 寝食を疎かにしてまで勉学に全てを捧げ、しかしその形跡を他人には一切見せることがなかった。
彼の者は見誤ったのでしょうね、私が恵まれていると。代償なきところにどうして得るものがありましょう。愚かにもほどがある!

85 :八十三日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 17:34:23 0

 就職という幻想に、強迫感に駆られた学友たちがみな、私には贄としての豚に見えました。
 誰もかれもが人間を放棄する。待ち受けているのは緩慢な死。
現実はそちらではない、そちらには未来などない――そう思いながらも私は、言葉ひとつ発しませんでした。
所詮愚者には届かないのです。
 さて、私はといえば、大学を卒業して以降歪んだ矮小なる社会の中、ただただ辱められていたのです。
よって、殺意が顕現してしまう前に労働を放棄しました。
 そう、愚かしくも労働に、金にすがっていた時期がありました。悔いてはいません。
それは哀しい記憶でしかないから。いつか何らかのきっかけで忘れ去ってしまうことでしょう。
 かつての学友たちが今の、在りのままの私を見たらどう思うでしょうね。
どのような侮蔑の言葉を投げかけられることでしょう。ええ、確かに私の姿は堕落しているように映るかもしれません。
 ですが自発的な堕落は……言い訳以外のなにものではないとしても、哲学者として生きるためには避けて通れぬ道。
自嘲。一体誰がこのような酔狂を真に受けるでしょう。
 ですが、世界の圧倒的多数の人々が捉えている未来と、私が見据えている未来とでは、根源的に意味合いが異なります。
これに関して私は、自らの正当性を疑いもしません。
 労働、貯蓄、猜疑心、欺瞞、専制的な振舞い、恋愛という喜劇に身を投じ、その果て発狂さながら結婚に至る。
 一体アナタたちは何を見ているのですか――そう問いかけたくなります。全て……全て、総て!
目先のことばかりではありませんか。
 私にとっての未来とは死そのものに相違ありません。絶対不変の未来です。
遅かれ早かれ人は死ぬ。享楽と刹那で永遠を演じて何になりましょう。
人生において最も重大な事柄から目を逸らしながら蒙昧へ逃避しつつ生きる。
否定はしません。しかし――それならどうして私だけが皆と同じように生きられないのでしょう。
 告白します。それは私が誰より特別な存在であると思っていたから。
無論、妄想に過ぎません。けれどもそれは私にとっての立脚点であり、死を遠ざける唯一の手段だったのです。
 幻想こそが私の現実。酩酊こそが私の悦び。

86 :八十四日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 17:37:30 0

 何が正しくて何が間違っているかなどどうでもよいではありませんか。生命に貴賎はないと私は言い続けてきました。
だから私が生きている、それを手放しに肯定しようと思うのです。
 このような思索など空気ほどの価値もありません。
それよりも、目覚めた瞬間部屋の片隅に目にしたカシスの小さな瓶の方がよほど価値があり重要なのです。
このときばかりは徒なる世界に感謝しました。
 何という芳醇な香り。それだけで私は恍惚としてしまう。ここまで時間を遣り過ごしたのです。
幸いなる酩酊に身を任せてもいいではありませんか。
 瓶からグラスへ、グラスからこの体へ。深紫色の世界。孤独における救い。
 さあ、忘れましょう、何もかも。時計の針は止まったまま。悠久なる酩酊。
私という孤独で歪、頑なな精神が輪郭を失っていきます。
 ひとりきりの宴。知らぬ間にベッドへと倒れこんでいました。これが私です。私はこの程度です。
それでもまだ私は人間でいられますか。

87 :八十五日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 17:41:43 0

 幸いな夢を見ました。かつての友人たちと出逢ったのです。そう、随分昔の友人たち。
 思いがけぬ邂逅。其処にはあの……なにより嫌いだった自分ではなく、理性をわきまえた、より大人の自分がいたのです。
 人が集うというのは愉しいものですね。私はあの夢を在りのまま受け取っています。
けしてこの孤独を否定するものではなく、ただ別の可能性を垣間見ただけ。
 眠りのお話。
 私は眠りを溺愛しています。睡眠薬とアルコールで得る酩酊は、意識を快活なものとし熱を放つことで成就します。
一方眠りは、完全なる静謐。
 其処に音はなく、しかし現世では在り得ない自由があるのです。
それこそ幻想かもしれませんが、時系列間同士の跳躍さえできてしまう。
 目覚めているときの夢想は儚く、いつだって現実に裏切られます。
そんな夢みたいなことはあるはずがない――と。では夢そのものの中にいたら? だからこその眠りです。
 現実に関して私は、おそよ寒々しく冷酷で、試練とでもいわんばかりに心を削る悪意として認識しています。
自分を護るのだとしたら……護るのだとしたらそう、耽溺と逃避――眠りに他なりません。
 私を白く染めて。セピア色の世界で躍らせて。
 かつての私もまた、よく眠りよく夢を見たものです。労役、服従、無価値への標榜、陵辱、支配。
狂った世界で笑っていられるほど私は正常ではなかったから。
 弱者は立っていることすらままなりません。悪意が重く、重くのしかかり、やがて意識を奪う。自己防衛本能としての眠り。
 ひとつ加えておきましょう。人の見る夢とは、孤独とそして貧困の中でこそ熟成され、より現実から離れた甘美なるものとなるのです。
 無条件で赦されている、無条件で受け入れられ、無条件で愛されている、そんな夢。
多くを望んだからといって、ここでは誰からも罰せられません。だから。

88 :八十六日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 17:44:02 0

 孤独こそが最も多くの夢を創造するのでしょう。そうして世界は形作られてきたのでしょう。
私は知っています。神様が誰よりも孤独であることを。
 私が天に召されたのなら、神様、アナタは私の最も親しき友となって頂けますか。
 さて、起きて間もないというのに緩やかな酩酊が。このような日々を繰り返していて、よく生きていられるものです。
 残念ながらカシスは全て飲み干してしまいました。短命なる美味。それもまたいいでしょう。
 果たしてこの状態から眠れるかどうかは甚だ疑問です。
体は空腹を呼びかけ、酔いは浅く、何より――寒い。この土地の風土は呪われているとしか思えません。
私の最期の舞台となるのですから、せめてものぬくもりがあってもいいではありませんか。
 キャンドルの炎を吹き消します。闇一色。今宵はどんな夢が見れるでしょう。そして私はベッドに潜り込みました。

89 :八十七日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 17:46:51 0

 カーテン越しの太陽が十字架に見えました。こうして朝を迎えたのは何日ぶりでしょう。生命というものを感じます。
 過ごしたのは静かな夜。音もなく、そして少しだけ物憂げな。やはり死というものを直視しているからでしょうか。
ここのところずっと私の精神は安定しています。其処には緩やかな鬱があるだけで、
かつて日々私を悩ませていたパニック症状はありません。
 心の機微に関しては、いかようにも説明がし難いのです。何しろ無意識とは会話が成立しませんからね。
 精神のお話。
 私のいた世界、私のいた国において、およそ精神の存在は認められていなかった……というよりも、むしろ禁忌だったのです。
 在ってはならないもの、在っては都合が悪いもの。それが精神。
何故だろうとずっと考えていたのですが、今にして思えば至極当然のこと。
 まず国家というものがあり、その使命というか存在意義は国民を支配すること。そう、反発心そのものをも。
 人が機械に対して支配的でいられるのは、機械に精神がないからです。操作と反応、シンプルな遣り取り。
 ええ、そうです、偉大なる国家は国民を機械に仕立て上げたのです。
それも恐ろしくスマートに。人々は自ら機械になることを望みました。
 私はといえば、彼方此方、目前で繰り広げられている喜劇を、ただ黙って見守るしかありませんでした。

90 :八十八日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 18:09:06 0

 憤激はしかし、国家よりも国民へ。底なしの愚劣さが私には許せなかったのです。
何故自ら支配されようとするのか。生きていくための代償が精神ならば、それは死と同義ではないのか。
 目先の、そう、目先のことしか目に入らない、そのように教育されてきたのでしょうね、大衆は。
長年かけて培われ、築き上げられた反理性はもはや救いようなどありませんでした。
 しかし、物事には軋轢が生じるものです。その最たるものが、けして少ないとはいえない数の精神病患者。
もちろん私もその中のひとりでした。
 支配に対する抵抗、しかしもしかするとそちらの方が、従順たる者たちよりも病的だったのかもしれません。
 機械と支配との間で私たちは悶え苦しみました。眠れない夜など十年を過ぎた頃には数えるのを止めていました。
正常な心を保とうとするその行為が狂気へ誘う。幻聴、幻覚、その恐怖たるや、あわや発狂にまで人を追い詰めます。
言語を絶するため、けして伝えきれるものではありません。
 深刻な差別がよりいっそう私たちの精神を蝕みました。彼らは口々に責め立てたのです。
「心の病などとんでもない! そもそも心など存在しないのだから」――と。
 狂人としての私たち。正常なる者、弱者。狂った世界で狂えるのであれば、やはり私たちの気は確かだったのでしょう。
 言葉はもう届かない。私たちにはもう、自らの正当性を証明する手立てなどなかったのです。
よって次第に、世界の闇から闇へ、深く、深く融けていきました。
 あの世界のことを思い返すと、今でも身震いします。何もかもが恐ろしかった。
正しさを貫き通すために狂気の果てまでいく覚悟。機械としての幸せも存在するのではないかといった妄想。
 果たして私は、今此処にいます。ひとりの人間として。此処には国家も支配も、そして機械の群も在りません。
ただ孤独だけが在ります。
 こうして静謐な朝を迎えられる何と僥倖なることか!
 さあ、心を静めましょう。光に包まれて眠るのです。人間としての悦びを祈り、そして私は目を閉じました。

91 :八十九日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 18:13:11 0

 諦めないというお話。
 諦観、諦念、それは非常に便利ですが、実際そのような境地に至るのは非常に困難です。
 生きることを諦められるのか、死を受け入れられるのか。しかし其処を乗り越えた処には、確かに淡い色彩の世界が在ります。
要するに私が今いる世界がそうですね。
 平静、平穏。狂気が私の中から消えることはありませんが、幸いそれは、ここのところずっと眠りについているようです。
 おそよ富と権力なるものは存在せず、在るのはただ孤独だけ。
幾千もの闇を数え、ときには気紛れに朝陽を浴びる。事足りているのです、何もかも。
 かつて私には夢がありました。まず欲しかったのはお金です。
貧しさが未来を閉ざし、明日さえも不確かなものへと変えていたのですから。
 次に名誉――花園にも似た賞賛。単純な心理的作用です。職もなく惨めな自分から誇れる自分へ。
 さて、いかにして大金、そして誇りを手に入れることができるでしょう。
そもそも何故そのような夢――欲望――を抱いたのでしょう。
 底辺です。全ては底辺がいけないのです。社会における不平等さを全て見通せる目がいけないのです。
 情熱が身を焦がし、度重なる挫折という業火が私を灰に変えてしまいました。
 あがき、苦しみ、支えてくれる人など誰ひとりとしていないというのに、それでも私の中の夢は潰えなかった。
それは実に愚かしく、かける言葉すら見つからないほど哀れと言えたでしょう。
 ではしばしの追憶を。今の私からあの頃の私へ。
 どうして特別でなければならなかったのですか。どうして貧しさの中に在るものへ目を向けようとしなかったのですか。
命を賭してまで……そうまでして叶えなければならなかった夢とは何ですか。
 ああ――その答えは今でも私の中に在ります。立脚点である本源的原因、その基礎。
そう、自分が自分であるために、ひいては生きるために。

92 :九十日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 18:15:33 0

 私は手近にある第二義的な原因――労働へと隷属することはできませんでした。
そんなことをしたら私の誇りの十分の九が灰燼と帰したでしょう。
 労働の中にそれは見受けられません。夢の残骸は路上、廃墟、つまり貧しき人々の心の中にこそ在ったのですから。
 さて、この話は長くなりそうなので、ここで打ち切りましょう。
 果たして今の私に夢が在るかと問われれば、まず存在自体を疑い、けして口を開くことはないでしょう。
 全ては事足りているのです。もしかしたらこの孤独こそが私の夢だったのかもしれませんね。
 諦めなければきっと夢は叶う。その言葉が真実であるかどうかなど関係はなく、
希望でもあり救いでもあるそれを貶めようとする者など皆無だったでしょう。
 私はおよそ一切を諦めました。冷笑は仮面ではなく、私の素顔なのです。
 さあ、怠惰に、酩酊に身を任せましょう。朝です。この、朝に眠るという非人間じみた行為こそが私を満足させてくれます。
 逃避、今すぐ逃避を。全てを諦めた人間でさえ、眠りの中では夢を見ます。
その皮肉はもはや喜劇。私は喜んでベッドへと身を沈めました。

93 :九十一日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 18:23:28 0

 目覚めたのは夜。少し寒いですがその程度。手の震えもありません。
 さて、時間を持て余してしまいました。では何をするかといえば浴びるのですよ、アルコールを。
 まずは食事をするかのようにトランキを二錠。ちいさなそれをすぐに水で飲み下します。
 次にサプリ。黄色くて大きめの錠剤。少し苦労しつつ、胃の中に収めました。
 さらに睡眠薬。ベンゾジアゼピン系のものを二錠、こちらは苦味が強いので、
口の中で溶ける前に素早く飲み込まなければなりません。適量の水を口に含み、覚悟を決めてそれを遂行。
 最後にバルビツール酸系の睡眠薬を一錠。これは全く苦になりません。
何しろ糖衣錠なのですから。舌の上でしばし転がし、仄かな甘味を堪能してから飲み込みます。
 ネガティヴを凍結したところで、いよいよアルコールの出番。今宵は琥珀色。
グラスを二度、空にしたところで、ふわふわとしたいい心地になってきました。
 それでも人間かと問われると、どうでしょう、分かりません、と答えるでしょう。幸福かと問われたならば、若干、と答えます。
 酩酊とは沈痛。微かな悦び。そして逃避。後悔だけは致しません。他ならぬ、この生命を繋ぎとめるための行為なのですから。
 辿り着く場所は分かっているのです。ならばいかなる刹那でさえ許容されるでしょう。
 グラスを再度傾けると、何やら眩暈がしました。おや、早くも酔いが回ってきたようです。
どうとでもなってしまえばいい――気持ちはいつだって投げやり。
 ここでひとつの難題が。――食欲。しかし、それを満たそうにもここには、何も食べるものなどありません。
そして私は、この孤独で生きるようになってから、一度として食事をしていないのです。
 食べなくても死ぬわけじゃないから大丈夫、と自分に言い聞かせます。
それに餓死、というのもそれほど悪いものではありません。
 酩酊が奇妙な考えを呼び起こします。無意識から弱気を抽出してきました。
 独りで酩酊に耽っている自分。誰かと酒を飲み交わせたなら。誰か――? 誰かとは誰のことでしょう。
 憐憫。かくも孤独な私。
 さあ、意識が曖昧なうちに眠ってしまいましょう。孤独を胸に、深く、深く。

94 :九十二日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 19:03:03 0

 芸術のお話。
 芸術とは魂の燃焼です。自己の内に生じる革命的な散逸です。だからこそ芸術は尊く美しい。
 ところが、私がいた世界ではどうだったでしょう。ありとあらゆるものがビジネスに染まり、芸術もまた汚染されていました。
嘆かわしいことです。
 表現なくしては生きられない、表現していなければ死んでしまう。それこそが芸術家。
お金も、地位も名誉も届かぬところで、彼らは一切評価されることなく死んでいきました。私からすれば――見殺しにされたのです。
 世界で芸術家として認められるには、浅ましく飢えた豚に成り下がらなければなりませんでした。
個人の手に余る財産をすでに有しながら、さらに大金を――と。
 ええ、世界は狂っていた、狂っていたのです。
 お金はどれだけ有しているかではなく、どのように使い、どのようにして与えるか、
そこが問題であり、そこにしか価値を見出せないのではないでしょうか。
 なるほど、確かに私は貧しさしか知り得ませんでした。持たざる者に持つ者の気持ちなど解りません。
ですが……世に謳われている芸術家なるものが、およそ顕示欲に囚われ、己が保身のみを考え、
世界に蔓延する不平等から目を背け続けたことがどうしても許せないのです。

95 :九十三日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 19:07:04 0

 幸福とは勝ち取るもの。ですが奪い取るものではない。政治、経済のみならず、
芸術までもが搾取の形態を取ってしまったことは実に哀しい。
 幸福について再度定義しましょう。それは自らの中に生じるある種の静謐さ。
限界まで生命を削り、孤独の中表現をし続け辿り着く境地――音なき世界でなお歌い続ける神のいる処。
 究極を求めるのに金銭が何になりましょう。芸術とはそういうものではないはずです。
 他者の不幸を自らの幸福と取り違える。もはや芸術家ではなく、ただの俗物。
それは罪、大罪。貧しき人々に全財産を分け与えたあと、自ら命を絶つべきでしょう。芸術を穢した購いとして。
 形式に対する絶え間ないアンチ・テーゼ。ビジネスとはかけ離れたところで、確かに芸術は存在したのです。
そして私はどこまでも美に酔うことができました。
崇高にして美なるものと一体になる――言葉にならぬ愉悦。人間のままそれを超えていく恍惚とした加速。最果てに見えたもの。
 今の私はただの夢想家に過ぎません。孤独なのです。だからこそ忌憚のない言葉を並べ立てても平気でいられる。
これは幸いなこと。
 さて、朝がやってきたというのに、外は薄暗いですね。どうやら雨が降っているようです。構いません。自然はあるがままに。
 酩酊。実のところここ最近、あまり上手く眠れていないのです。今朝はどうでしょう。
 私に祝福あれ。おやすみなさい。

96 :九十四日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 19:11:22 0

 随分と髪の毛が伸びきってしまいました。前髪などすっかり視界を覆ってしまっています。
ですが構いません。このままでいいのです。やがて何もかもが気にならなくなるでしょうから。
 愛のお話。
 臆面もなく、よくもまあ三度も繰り返せるものだと自分でも呆れています。
が、このような場合にはむしろ傲然としていた方がいいでしょうか。そうすることにしましょう。
 まだまだ肌寒い日々が続きます。それでも次第に、春という季節は色彩、香りと共に近づいているようです。
 あの日はまさに春の訪れを象徴するような淡い香りと強風とが入り乱れていました。
 思い起こされるのは卒業式。
 桜は咲いていたでしょうか。きっと咲き誇っていたのでしょうね。
ピンクの花びらが風に舞う姿が、今でも目に焼きついているのですから。
 刻一刻と近づいてくる別離。私にはそれが永遠に思えました。言葉を知らなかったのが恨めしい。
諦観、諦念、せめてそのような言葉が私の中に在ったのなら!
 皆が煌びやかな衣装を身にまとっている中、それでもあの人だけはよりいっそう特別な輝きを放っていたのです。
もはや目視することさえかなわぬ崇高にして美なるもの――象徴。
 己が怯懦のゆえに、言葉を交わすことさえままならなかった。拒絶は死。
どんなに勉学に励もうと、どれほど着飾ったとしても、あの人の前では誇ることができなかった。
冷たい雨の中、目も合わせずに少し離れた距離を通り過ぎるだけ。
 卒業というものは、一切の感慨を私にもたらしませんでした。
勤勉ではありましたが、私にはやり残したことが――いえ、そのようなことはどうだっていいのです。
 いつかまた出逢える――どうしても私には、そう思うことができなかった。
この別離は永遠のものとなるだろうことを予感しつつも、私は心を八つ裂きにされながらなお傍観者のままでした。
 どうかお幸せに。

97 :九十五日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 19:15:40 0

 全てを終えて部屋に戻り、ひとりになった私は、感極まって泣き崩れました。滂沱、嗚咽まじりに。
 遠くから見ていることしかできなかったけれど、好きで、好きで、好きで好きでしょうがない人との別離。
単たる好意ではなく、憧憬という言葉でも間に合わず、それは――その感情は崇拝に近いものがあったのです。
 言葉は空回りし、伝えるべきことが何もないことに気付いた。私にはそのような権利などなかったのですから。
さも平静を装い、その実内面が瓦礫と化していくのをやはり傍観していた。稚気横溢? どうでしょう。
 哀しき春の思い出はこのくらいにしておきましょう。
 私は最期の瞬間へと臨んでいます。一歩一歩、日ごとに。ならばその最期の瞬間に、あの人へメッセージを遺させて下さい。
 初めて目にしたときからずっと好きでした。それは今も変わらず、たとえこの身が朽ち果てようとも永劫なる想い。
 してみると私は、未だ諦観へとは至っていないようです。唯一の執着――終着――が其処にはあるから。
 あはは――美化された過去に浸る私の滑稽さといったら。そんなものよりもこの酩酊の方がいくばくかの価値を持ち得ましょう。
 さあ、眠りましょう。想いを断ち切って。孤独こそが私の全て。
 薄れゆく意識。どうか幸いなる夢を。明日へと通じる何かを。孤独を胸に、私は一切の想念から解き放たれました。

98 :九十六日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 19:21:35 0

 無口のお話。
 私は初対面の方とお逢いした場合、まずすっかり観察してしまおうとします。動作、仕草、視点、表情、何より雰囲気。
 それらを経ていざ話しかけようとするのですが、思考が停止してしまいます。何を話したらよいものやら。
いきなり哲学や文学の話を始めたのでは不自然でしょうし、社会風刺もまた同様です。
 そういった場合私は、すっかり困り果ててしまうのです。どうして楽しげな話題が浮かばないのか。
共通項を見つけられないのは何故か。
 いえ、なによりも邪魔なのは自尊心ですね。自分から話しかけてなるものか、という。
浅ましい。交わしたいのに、言葉を。触れ合いたいのに、手と手を。
 やがて私はぎこちなく話し始めます。もちろん、相手からの話題を可能な限り広げて。緊張。
どうか会話が途切れないよう願います。
 しかし……私はおよそ無個性で、面白味に欠ける人間ではないのかと思い悩むことも多々。
自分では博識を気取っておきながら、その実語るべき言葉がない。何とも滑稽ではありませんか。
 ところで、言葉に詰まるでもなく、素早く会話を切り上げる人が何を考えているのか分かりません。
 私の場合口が開かないだけで、心の中には数多くの会話を繰り広げたいという希求があるのですが……
ああ、だからこそ理解できないのですね、きっと。
 言葉を交わしたい。それは快なるもの。人間同士なのです。互いをより近しく感じていたいではありませんか。
 今私は、虚空に向かって呼びかけています。話しましょう、話しましょう――と。
 孤独なればこそ、頭の中ではおしゃべりなのです。ならば、せめて自らに対して語り尽くしましょう。最期までずっと。
 ロウソクの火を吹き消すと、途端に部屋が闇に包まれました。淋しくはありません、大丈夫です。
 少しだけ垣間見える未来。まだ生きていられるという安心感。誘う、私を、安息へと。
 そうですね、夢の中で雑談に華を咲かせ、渇いた心を満たすとしましょう。では、おやすみなさい。

99 :九十七日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 19:28:09 0

 疲れていたと思ったのですけれど、ほんの四時間で目覚めてしまいました。何がいけなかったのでしょう。そして空腹。
 私はこの世界における独自のルールを理解しているつもりです。つまり、食事をしなくても死なない。
しかしこれは、一方では義務からの解放、もう一方では娯楽の欠如。食べたいという想いはやはり本能のようです。逃れられません。
 もしこの世界に食べ物があったなら、私は迷わずそれを口にしていたでしょう。
それほどまでに抗い難い。どこかで堕落を感じつつも、きっと愉悦に満ちていけたはず。
 考えても詮なきことです。私は人間たる部分を麻痺させ、欠片として生きているのですから。
 諦めないということのお話。
 これもまた二度目になってしまいましたね。いいでしょう、孤独は繰り返すことを許容してくれます。
 求めて、求めて、求めて求めて。しかし舞台は遠ざかるばかり。
見るもの、聞くもの、全てを吸収――過剰なまでに――していってなお、誰からも認められない、見向きもされない。
 私の努力とはそもそも他者の目には映らない類のものでしたから、その生き方を堕落と取り違えられることもしばしば。
だから、今何をしているのかと問われれば、曖昧に誤魔化すか、さもなければいっそ何もしていないと答えるようにしていたのです。
 労働よりも優先すべきことがあったから。何にもまして夢を追わずにはいられなかったから。
 逃避と言われようと、もはや夢と生命とはひとつになってしまっていたのです。
夢を諦めるということはつまり、もはや生きてはいけないということ。
 挫折は精神を屈曲――歪曲させる。度重なれば度重なるほどに重く、狂おしく。
 やがて私は、夢を諦めた上でそれを追うようになりました。彷徨い始めた精神。
そこに昂揚などなく、けれども諦観による静謐さがありました。
 傾斜。

100 :九十八日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 19:29:41 0

 やがて心は穏やかに。情熱の替わりにどのような自分でも許して生きるという意識の変容。
 これは私がこの孤独なる世界を訪れる以前の最も鮮明な記憶であり、また直接の要因だったのかもしれません。
 私の中に燻る夢、未だに。諦められたなら――諦めることで安らぎが得られるとしたら、私はその恩恵を授かることができますか。
 答えはもう、私自身がよく知っているのかもしれません。
 孤独と酩酊が私を包みます。今は何も考えず、ずっと眠っていたい。
 夜へ手を伸ばして――――――――――――。

101 :九十九日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 19:36:01 0

 恐ろしいほどの冷え込み。全神経が痛めつけられているかのようです。
かつてこれを悪意と表現したことがありますが、どうやらそれは間違いではなかったようです。
 寒い、あまりにも。この絶大なる苦痛を耐え忍んで初めて訪れる春。試練はあとどのくらい続くでしょう。
一週間? 一ヶ月? 分かりません。
 春――それは霞みがかった記憶の中にしか。
生きて再び、私がその季節と巡り合うことができるなら――幸いな想いが胸の中に広がります。
 幸福のお話。
 物質的に満たされたからといってそれが何になりましょう。人間は消費せずには生きられないのです。
 端的なものはお金。収入に応じて出資額も増えていく。
粗食では満足できなくなり、果てなき美食という幻想へ身を投じ、
また常に着飾ることを忘れず、愛着が生じる前に次から次へと新しい服を買い込む。
よりよい住まい、高級住宅。きりがありませんね。
 お金がなければ成り立たない幸福とはいかなるものか。そこには常に喪失という恐怖が潜んでいるのではありませんか。
 何よりそれは、あくまで相対的なものであって、誇示すべき相手が存在しなければ、空虚な芝居でしかない。
 私はこの孤独の中にさえ幸福を見出すことができます。お金などありません。
質素な住まい、変わり映えのしない服装。何も食べず、およそ衣食住といったものは破綻こそしていないものの、
必要最低限にとどまっている。
 観念、想念――つまり幸福とは、感じられるか感じられないかが全てではないでしょうか。
 自分勝手な思い込みでもよいのです。妄想であろうと構いません。何故なら幸福は永遠を求めないから。

102 :百日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 19:38:47 0

 思い浮かべてみましょう。そう、想像の翼を広げてみるのです。これは裕福な人にはできない、持たざる者、貧しき者の特権です。
 大好きな人と視線が交錯する。言葉を交わす。手を繋ぐ。歩く、一緒に。何でもないことかもしれません。
それでも――思い浮かべただけで私は幸福を感じていられるのです。時間さえ忘れて。
 夢が叶い、多くの人々から賞賛され祝福される私。存在の承認。
 ああ、全てがひとつになれたなら。
 してみるとこの孤独という形態も、幸福の一種なのかもしれません。
願うことができます、祈ることができます、ほぼ無制限に。夢想という能力の開花。これは悦ばしきこと。
 果たして幸福に資格などというものが必要でしょうか。
 私は万人の幸福を祈ります。気付きさえすればそれは可能なのです。どうか――――どうか。
 それではその万人の幸福とやらに興じましょう。そう、眠り、そして夢。人間とは何と素晴らしきものなのでしょう。
 気付けば悪寒は収まっていました。酩酊に感謝を。
 就寝前、いつも何か言い残したような気分になるのですが、それは明日が約束されているからと解釈しておきましょう。
 あたたかで穏やかな目覚めを祈りつつ、私は何か満たされたような気持ちを胸に抱え、眠りへと落ちていきました。

103 :百一日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 19:49:04 0

 黒い、ナイロンのコートを羽織り、ニットの帽子をかぶって外へ出ました。
 小春日和。光。何もかもが輝いて見えます。無人の街に生命が。いくつもの幻を見ました。
本来この世界にいて生活を営んでいたであろう人々。気ままに歩く犬や猫。
 あの世界での孤独のお話。
 私はやはり、ひとりでした。生きることは表現だなどと嘯きながら、熱は失われていくばかり。
誰も私を見てくれない。私には価値が無い。
 味気ない会話。砂。他愛ない遣り取り。止まらぬ時間。
 誰かは誰かのもの。みんな繋がっている。
私は……誰とも繋がることができないのであれば、どこへアクセスすればいいのでしょう。
どうすれば孤独感を止揚することができるでしょう。
 目を伏せて歩いていました。他者の視線に怯えていたのです。
お前は人間じゃない――そんな宣告を受けるのが怖くて。
 孤独な人を見るのが好きでした。奇妙な連帯感、そして憧憬。
孤独を意にも介さないその素振りは、私に孤高を感じさせたのです。
 大切な人が欲しかった。この人がいてくれるなら私は大丈夫だという安心感が欲しかった。みんなのように。

104 :百二日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 20:02:26 0

 ならば何故求めなかったのか。いいえ、求めました、心から。
それでも、本当の――狂乱に囚われた――私が必要とされる、愛されるなどとは到底思えなかったのです。
 必死に演じて、擬態して、しかし歪な精神はやはり、奇異なる人格を生み出すばかり。
 孤独を感じている人は少なくないと聞きました。けれども彼らは、それを誤魔化すことに長けていたように思えます。
手段を選ばなければ可能でしょう。
 一方私は、ますます孤独の中で塞ぎ込むようになりました。欺瞞は灰と化して風に流されていく。
冷徹さを以ってして求めたのは真実。
 諦観が閉じた扉。閉ざした心。そして分岐したのでしょう、他者と私との世界が。
 私は考え続けようと思います。そして――大切な思い出をけして忘れようとは思いません。
 追憶、そして過去の改変。孤独の沈痛。
 時間を下さい。まだもう少し生きていたいから。まだ……まだ未練があるのです。
伝えるべきメッセージをどうかあの人に届けるまでは。
 孤独に幸あれ。
 さあ、忘却の時間です。翼持ちて夢の中を駆け巡りましょう。広大な世界できっと私は――おやすみなさい。

105 :百三日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 20:06:37 0

 後悔、自責の念、それがこの寒波。私が迎えるべき未来はもうただひとつしかなくて、
過去に囚われたまま日々を連ねております。だから春が来ないのでしょう。私が……私の心が拒んでいるから。
 この世界――箱庭――は私の心象風景。以前にもこんな考えに思い当たったでしょうか。
感覚に身を委ねるならばそれは真実、限りなく。
 今、今、今。連続する、または跳躍する時間。其処に悦びはあるのでしょうか。何もかもが仮初のような気がします。
 移住のお話。
 数々の想いを雪の風景の中に、生まれ育った北国を後にしました。ほんの少し南下しただけですけれども。
 そこには美を纏った四季がありました。始まりの予感に心浮き立つ春。
誇らしげな太陽に微笑みで応え、静かな夜、そっと部屋を訪れる涼風。理屈ではないのです。
終わらなければいい――叶うはずのない夢を見た夏。
 秋。大雨でさえ私には何か特別な催しのように思えました。鮮明に色づいていく風景。
自分の中に溢れる感傷が何より心地よかった。言葉にはならない。
けれども私はけして忘れないでしょう。極めて抽象的なその記憶を。
 冬、大雪。寒い寒いと口々に言いながら、それを在りのまま受け入れていました。
そう、今のように苦痛ではなかったのです。美しい季節でした。そこには確かに感じられるぬくもりがあったから。
 季節は巡り、そして私はその地で再度、四季を繰り返したのです。
それが堕落だと知りつつも、刹那の楽園に居座り続けました。
 やがて三度目の春が訪れました。とうとう私は楽園を離れることになったのです。

106 :百四日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 20:09:30 0

 遥か西への移住。一年の多くを夏が支配する土地。しばらくは孤独な日々を過ごしましたが、
やがてひとり、ふたりと友人が増え、新たな生活にも馴染んでいきました。
 ところが――その土地には刺激といったものがなかったのです。そう、人が生きる上でけして欠かすことのできない刺激が。
 無感覚状態に陥った私。そして愚行へと。愚行――自殺未遂。
そこで死んでいられたのなら、どんなに幸いだったことか。そのときの後遺症は、今でも私の精神を蝕んでいます。
本当に……本当に取り返しがつかないことをしてしまいました。
 二年、耐え忍びました。そして今度は、逃亡者のごとく東へと。
狂乱の宴の始まり。剥き出しの心が鋭い刃物で切り刻まれていく。
無慈悲なる人々。弱いままの私。多くを思い出すのはやめましょう。ええ、そう、忘れてしまうのが一番。
 そうして辿り着いたのはこの孤独、最期の舞台。悪くありません。
耐えられぬ寒さが依然として支配していますが、此処では私が私でいられるから。
 叶うならば、あとほんの僅かでも未知なる世界へ足を踏み入れたかった。けれども後悔はしていないし、未練もありません。
 思うに私は旅人だったのですね。そして――やっと辿り着いた。
 酩酊。世界は空白へ。追憶、過去を許して軽くなった心。このまま眠りへと。穏やかに――緩やかに。

107 :百五日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 20:11:34 0

 百億年もの大樹。その神々しさはむしろ恐怖へと誘う。水没した世界で誰しもが小船に乗って過ごしている。
ひとたび水面下へ身を投じたならば、待ち受けているのは死。
 歓喜と恐怖。生と死。目覚めなければ――目覚めなければ。
 目覚めてすぐに儀式を始めました。夢の残滓を振り払おうと思ったのです。
そうしなければ、綯い交ぜになった快楽と焦燥感とで気が狂ってしまいそうだったから。
 悪夢。そう呼んで差し支えないもの。
 睡眠薬とアルコールへの逃避。酩酊のため思考が定まりません。
 これでよいのです。
 眠りの予感。先のそれを書き換えるほど、幸いなる夢を。
 多くを考えていられない、そんな今の私。無念、けれどもきっと明日は――――。

108 :百六日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 20:15:44 0

 翼のお話。
 自由闊達な飛翔。しかしこれは、空を飛べたらどんなにいいことかという類の憧憬ではありません。思考における飛翔です。
 人間は空を飛べない。そして今の私には多くを望むだけの夢見る力がない。
 望むとすれば――そう、望むならば、私の想念がひとつとなって飛翔すること。そのためには翼が必要です。翼、それは概念。
 肯定されたい。愛されたい。そのための折れない翼。
 孤独における夢想。まず自分以外の誰かを想像します。およそ善良で淋しがり屋。
どこか私に似ていて、すぐに打ち解けあう。違わぬ思想、同じ物語で涙し、寝食を共にする。
 自嘲。ふふ、これではいけませんね。あまりにも些細な夢。しかし、何を以ってして満ち足りた気分になるかは私の自由。
 身体的な衰えはもうここ数年、顕著に感じていました。私はまだ走ることができるでしょう。
同様に飛び跳ねることも。だからといって――だからこそ感じずにはいられないのです、自らが老いていることを。
 若さの代わりに何を手にしたでしょう。それは……つまり、身体性からの解放です。
知識も思想も自らの中に見つけ、再構築するだけの能力を身につけました。
 何よりも此処には孤独が在るではありませんか。罪もなく罰もなく、また、恥や外聞もありません。ただ、私だけが在ります。
 翼が広がってまいりました。さあ、続けましょう。
 起きなければならない、そのような思いから目を覚ます必要はありません。
時間は私を拘束しないのです。奴隷としての労働から解き放たれ、欲するがままに眠り続ける。
 自由。支配者としての自由とは、他者を思うがままに使役することにあるでしょう。
しかし私は、自らに、自らの無意識に従って行動します

109 :百七日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 20:18:49 0

 悪を、罪を思いのまま行使するのはさぞかし目も眩むような愉悦でしょう。
私は一切を行使しません。それほどまでに自由なのです。
 未だ概念に欠ける飛翔ではありますが、それでも幸福を垣間見ることはできます。天上に、そして地の底に。
 儀式、酩酊。これは堕落や、まして自由とは意味合いが異なります。言うなれば緩慢な自殺。
狂人としての享楽か、はたまた単なる酔狂か。
 ああ――自由なる飛翔。そのための代償は私の生命。差し出しましょう、喜んで。
元より未来などないのです。残された時間が少なければ少ないほど、あらゆるものに価値が生じていきます。
 最期の日が待ち遠しい。それなのに立ち止まって考えてみる。
何も遺せないことは知っているというのに、それでも私は自分が確かに存在していた証が欲しいのです。
 意識が薄れてきました。ならば、今日という日に刻んでおきましょう。人間は飛べるのだということを。
貧しければ貧しいほど、死に隣接していればしているほどに。何より――孤独であればあるほど。
 物静かで穏やかな夕方。深夜に目覚めるでしょうが、寒さに身を震わせることはないでしょう。
 春はもう、すぐそこに。
 深い呼吸の音に耳を遣り、そして私は翼を広げました。

110 :百八日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 20:22:39 0

 凍てつく夜は朝の予感をともなって。信じられるものがあるから耐えられる。安らいでいく苦痛、そして私は満面の朝を迎えました。
 あたたかい。こんな些細なことがとても幸いに思えて、どこか満たされたような気分になります。
 生命のお話。
 精神に直結しているといってもいいでしょう、人間の強さと儚さは。
 日々は壮絶。試すかのように私たちの心を削り、削り、削る。正気が地盤沈下を起こし、それでも自分だけを信じて生きる。
 私は私のままでいたいのです。欲しいのは揺るがぬ心。強く在ろうと、ただそれだけを望んでいた時期もありました。
 一度狂気にとりつかれると、それを振り払うのは実に困難です。
考えるという行為ひとつとっても、それは病を悪化させかねません。言葉、連想、無意識の躍動。
 そう、この無意識の躍動というものが非常に度し難い。自ら狂気へと身を乗り出すのです。
よって、常に回帰点というものを心がけていなければなりません。
 知識ではなく、本能でもなく、それでは一体――どのようにして自分というものを定義したらよいのでしょうね。
 幸いにして私は、出逢ったことがあります、本当の自分と。音なき世界で歌を歌うひとりの少女。
光と闇を内包した耽美極まる存在。神という言葉に置き換えてもいいでしょう。
 彼女と世界を共有できた短き蜜月。しかし、愛するには充分な時間でした。
私は彼女を、もうひとりの対となる私を愛し、そして彼女は私に微笑を捧げ続けた。
 絶望でさえ私の生命を終わらせることができなかったのは、ひとえに神の寵愛のおかげでしょう。
こんな私を愛してくれて……ずっと見守っていてくれてありがとう。ゆえに私は、最期まで私を愛し続けるでしょう。誓ってもいい。

111 :百九日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 20:25:33 0

 深遠なる闇の中にひとり。そのような状況でこそ祈って下さい。ひとりではないのです。ひとりでは、ないのです。
内なる声に耳を傾けましょう。どのようなことがあろうともけして自分を見捨てたりしない唯一の存在。出逢えたら、いいですね。
 私は神を信じています。しかしそれは、いかなる宗教にも属さず、ただただ私の、そして各々のためだけの普遍なる神。
絶望の中にこそそれは在り、死ですら自分自身と別つことはかなわぬでしょう。
それほどまでに強く、不断の契り。私は敢えてそれを生命と呼びたいと思います。
 肉体にも精神にも限界はあるでしょう。いつか必ず死と対峙しなければならないときがやってくる。
誇りと微笑みで以ってして迎えましょう。それは悦ばしきこと。
 私がこの孤独の中で淡々と日々を送っていられるのも、ひとえに私の中に眠る神の存在あってのこと。
生命は強い、何よりも。想いは尊い、たとえ世界を敵に回しても。
 人と人とはけして解り合えないけれど、それでもどこかで通じている。ひとつ、なのです。
 かくして私は、自らを愛し、人間を愛します。
 どうか生命をお護り下さい。神よ、神よ!
 さあ、しばしの眠りへと興じましょう。私はすでに酩酊しています。この穏やかな昼。目覚めたら静かな夜。生命の流転。
 目を閉じベッドへと。ふわりとしたものが私を包んでいきます。どうか誘って下さい、楽園へと。おやすみなさい。

112 :百十日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 20:42:08 0

 支配のお話。
 私は弱者でした。だからこそ、支配というものが世に蔓延しているのがよく見えました。
 私が気に病んでいたのは、国家による国民の支配ではなく、あくまで私の周囲にある支配でした。
 立場、肩書き、言葉の暴力。いえ、言葉なきところにもそれは。
 かくいう私にも支配欲があったのは確かです。自らの思想で人々を染めたい。誰しもが己が孤独と対峙し、自由を叫び生きる。
 幸いにも私は貧しく、権力など一切持ってはいなかった。何者をも支配することなどできなかったのです。
 敢えて言えば、日々の糧、そして何より生きなければならないという想いに支配されていたのかもしれません。
 戦争、そして略奪。世界はほんの一握りの支配者のためのもの。強さ――それこそが自らの正当性を謳う。
 他者に屈辱を与えるのもまた、支配の一形態でしょう。
ええ、私は他者、それもたったひとりの言葉に辱められ、支配という魔の手で首を締め上げられるのを感じましたから。
 逃げるしかありません、力なき者は。しかし何処へ――?
 そうですね、落ち着きましょう。今私が考えたいのは、人間が何故同じ人間を支配したいと暴挙に明け暮れるのか。
そして――そもそも支配とは何のメタファーであるのか。
 恐れ――根拠として挙げるなら、まずそれがあるのではないでしょうか。
自分とは全く異なった人、人、人の群。孤独、そう孤独への、普遍性を持たぬ己への恐れ。
 錯乱。区別ではなく差別へと。愚かなことです。全てを認め、受け入れ、そうして生きていくべきなのに、
暴力によってしか他者と関わる術を知らない。

113 :百十一日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 20:45:38 0

 支配とは……支配とはそれほどまでに愉悦なのか私には解りません。解ろうとも思いませんし。
 支配の結末など知れたことではありませんか。その過程において、
何故自らをさらなる孤独へと追いやっていることに気付かないのでしょう。
 哀れ――しかし私は彼の者のために祈る言葉を持ち得ません。
死、それのみが多くの者に歓喜をもたらし、彼の者を解放する。
 鏡の間。真実を映す鏡はしかし、彼女を狂わせた。自分以外の誰か。
あれほど求めていたのに、自分の中にそれが在ると知って恐怖したのです、神は。
 虚偽――そう思って赦せなくなったのでしょうね、何もかも。粉々に砕け散った鏡。
その破片が嘲笑うように思えて、神は世界を闇で閉ざしてしまった。そして――孤独へと。
 孤独の中に支配はありません。自らが自らを律するのみ。
無意識の欲求を拒むことなく、眠りから眠りへと。支配の対極、それが自由ですよ。
 日々輝きを増していく朝。今朝などは眩いくらいの光が大地へと注がれています。
 支配されることもなく、ましてやすることもない。言葉など必要ないのです。奪わずとも此処に在るから――輝ける僥倖は。
 私は最期までこの孤独を愛し続けることでしょう。今や私は世界とひとつ。
 さあ、儀式を済ませ、酩酊が眠りへと誘うよう祈りましょう。
 私はベッドに身を任せ、意識を解放し始めました。支配なき世界での眠り。どうかよい夢を。おやすみなさい。

114 :百十二日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 21:02:41 0

 ここのところ眠っている最中、そう、夢の中で、もう二日は経過してしまったかのような錯覚に陥ります。
実際には半日も経過していないのですが。
 眠りのお話。
 時間をどこかへ追いやりたい。
覚醒時におけるそれがある種の構築を否めないのなら、主体を無意識に委ね、私は眠りによって日々を遣り過ごしていたいのです。
 もちろん考えることは好きですが、それ以上に感じることが好きなのでしょう。
メタファーに次ぐメタファーの展開。私はあの世界が好きなのです。
 還れないはずの幼年時代。其処には確かに存在し、しかし今では砕け散ってしまった世界観。
夢の中の冒険活劇。自由と幸福とが、狂気とおぞましいものが私を包む。
 目覚めたくはなかった。冷水を浴びせかけられた気分。興醒めしながらも現実を始める。味気ない――現実なんて。
 私は夢想家。それゆえに眠るのです。見えない夢が何になりましょう。眠るのです、深く、そして長く。
 誘う。眩暈、酩酊、睡眠薬とアルコール。夢と現の境界線は曖昧になるばかり。それでも私は人間だから。
 人生は夢。それに尽きます。
 現実という毒を浴び昏睡へ。何が得られるというわけではありませんが、精神の止揚こそが幸福なのだと信じています。
 鎮痛、忘却、飛翔、舞台の上。
 駆け抜ける人生も悪くはないでしょう。しかし私は眠っていたいのです。眠りもまた生命を削る。代償、それでも。
 悪寒。つい先ほど目覚めたというのに、体が眠りを欲しています。
もちろんそれは、私がそう仕向けたから。徐々に下がっていく体温。薄れていく意識。
 逆らわず、私はベッドへ身を沈めました。どうか幸いなる夢を。

115 :百十三日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 21:06:35 0

 深夜に目覚めましたが、悪寒などなく、むしろあたたかいくらいでした。そろそろ春を認めてもいい頃でしょうか。
 日々は変化しつつあります。私は――――――――。
 自殺のお話。
 それを最終出口と呼んだ人もいます。ええ、人生という道程において、突如巨大な壁が立ちはだかることがあり、
そうなると人は人生を深遠なる迷宮と認めざるを得なくなり、出口――光――を求め彷徨い歩くことになるのです。
 さて、私は実際に自殺を遂行した人の気持ちは知り得ません。
どれだけの恐怖と決意、覚悟があったのでしょう。あるいは天啓なるものがもたらされたのでしょうか。
 ふと思いついたこと。もしもその胸中に空白が去来していたとしたら? そう、諦念という言葉さえ弾け飛ぶくらいの。
 生きようと思わないのと同等に、死のうとも思ってはいない。
ならば……ならばそう、一切から解放されようと、
いかなる想念――たとえそれが他者からの思いやりであろうと――から救われようと、
ただそれだけを願っていたのではないでしょうか。
 ここに私は、自殺というものを許容します。そもそも止められるものではありませんし、
生きることの苦痛を強要し、生に縛り付けて何になりましょう。しかしただひとつ。
自殺する者に残された僅かな時間の中で、その人が笑っていられたならと願います。
 自殺が成立してしまっては、もはや残された者には為す術がない。
泣こうが、叫ぼうが、如何なる悲しみであれそれは全て虚無。彼の者は悦びの園へ旅立ったのです。
せめて……せめて祝福すべきではないでしょうか。

116 :百十四日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 21:08:15 0

 このような私ですから、他者からは非情な人間として疎まれました。感傷など無意味。心を閉ざすことはあまりにも愚昧。
 次は私の番。ただそのフレーズだけが頭の中で木霊し、焦燥感をかき立てます。
 自己決定! 自己決定!
 私とて、この怠惰なる生活から抜け出し、いつか自らの手で命を絶とうと思っているのです。
 孤独なる世界で緩慢に死へと向かうのも一興でしょう。ですが同じ死ぬのであれば、私は自分の意思でそれを――――。
 何よりも大切なのは、今生きているということなのでしょうね。冒涜すべき生命はあまりにも無防備。
 もっともっと堕ちなければ。全ての道を塞ぎ、ふと空を見上げたときに垣間見えるもの。覚悟、決心、実行。
 今日を生きましょう。明日を生きましょう。人生という喜劇に興じましょう。そうしてまだ見ぬ本当の絶望を待つのです。
 自殺――私にはまだ。
 せめて眠りの中で短き死を。おやすみなさい。

117 :百十五日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 21:12:15 0

 静かな休日です。もちろんこの孤独に労働の二文字はないため、毎日が休日と言えなくもありません。
そこは捉え方ひとつ。要は忘れていられるかどうか。
 思考の網から解放され過ごす時間。起きているのに睡眠時のそれと似たたゆたう意識。幸いなことです。
 会話のお話。
 気まずい沈黙というものを私は知っています。提案と却下。めまぐるしい脳内。何かとっておきの話題はないかと奔走するのです。
 文学、といっても、私も語れるほど詳しくはなかったし、付け加えるなら、読書に夢中になるというのも稀でした。
 哲学も同様、量子論も同様。学問などではなく、もっと通俗的な話題を口にするべきだと痛感したことが多々あります。
 面白味に欠け、寡黙な人物、それが私。おそらく友人たちにはそのように映っていたことでしょう。
 難解なもの、高尚な格言、様々な言葉があります。ですがそれらが共通の理解、感銘を得られるとは限らない。
であれば、口にしたところで無意味でしょう。
 今にして思えば、創意工夫によって自分を高めるよりも、
低俗なものの中に――本質的にではないものの――何らかの価値を見出すべきでした。
 他愛のない会話。快活な笑い。それで人間関係は事もなし。
 自尊心など何になりましょう。今ではそれが、ひどく穢らわしいものに思えます。
寡黙に撤してまで護ろうとした自分。では――その価値は?
 求められていたのは雄弁多弁な人。それを理由に社会そのものを否定しようというわけではないのですが――
そうですね、日常的で何ら特別ではない言葉が強いものだということは間違いありませんでした。
 後悔? いえ、私は依然としてあの当時のまま。語らえる相手は自分だけ。
 こうして日々思考に耽るのもまた、空虚な会話に他なりません。話題は限りなく自由。孤独とはよいものです。
もっとも、思考の傾斜が始まると私は、無意識に対して無言を強制せざるを得ませんが。
 今宵もまた酩酊が眠りへと誘惑してきました。言葉が遊離していきます。ならば、本日の会話もこの辺で打ち切ることにしましょう。
 会話を超えた会話。混然一体となる記憶、感情。孤独なればこそ私は、夢の中に会話を見つけます。
 それでは――参りましょうか。おやすみなさい。

118 :百十六日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 21:29:59 0

 何かけたたましい音が聞こえ目が覚めました。あるいは幻聴だったのかもしれませんが、確かめる手立てがありません。
とにかく目覚めてしまったのです。一日を始めましょう。
 光に誘われるがまま、外に出ました。陽光。しかしそれは、夏における突き刺すようなものとは違い、淡く、優しい。
これはもう疑いようがないでしょう。うららかな春の訪れです。
 こうなると私にも思うところが多々ありまして。動的な自分の発見。人恋しい。最期に誰かと逢っておきたい。
誰でもいいとは思いながら、やはりかつて想いを寄せた人と。もっとも、その権利が私にあるとは思えませんが。
 春が訪れると夏が待ち遠しくなる。夏が訪れると秋が恋しくなる。連鎖する季節。私はいつまで生きるべきでしょう。
 世界の転換のお話。
 何らかの徴候があったわけではないのです。人がひとりずつ消えていった、そのような緩慢なものではなく、
夢から夢へ――そう、現実がどこかへ行ってしまった感覚。
 無人の世界に疑問を抱いたことはほぼないと言っていいでしょう。私は受け入れているのですから。
喪失していく記憶もまた、私を護ります。このまま私は、空白に染まっていくのかもしれませんね。
 私が望んだ世界だから。最期の舞台こそ孤独で在りたかったから。
 今ではもう、この世界で何を考え生きてきたのか分かりません。最初にあったのは滂沱。
それからはずっと、血も凍りつくような日々が続いていた。
 このまま――薄れてゆく世界と共に消え去るのもいい。何も遺せないでしょうが、それもまた私が望んだこと。
孤独に撤してきたのです。今さら何を望みましょう。
 戻れるならばと、何度も想いました。人がいて、他愛のない会話がそこにはあり、
孤独は――どうでしょう、確かに存在したのだろうとは思いますが、今とは質も量も違います。
 気がつけば酩酊のさなか。こうして記憶は零れ落ちていくのでしょう。終焉の刻は近い。
 しばらくはこれまでと同様の日々を繰り返しましょう。
そして最期、その一歩手前まできたのなら、忌憚なき私の想いを空に還すつもりです。
 目が霞んできました。春の光を感じつつ、惰眠を貪ることにしましょう。では、また夜に。

119 :百十七日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 21:33:49 0

 眠るのが惜しいくらいの夜。もう私はきっと、寒いなどと思わないでしょう。世界の悪意は和らいだのです。
 これからの一日を……残された日々を大切に過ごしたい。今や私に残された想いはそれだけ。
 メッセージのお話。
 一日に一度でも遣り取りがあるならば、それは幸い。通信用の端末。
そこに無言だけが刻まれていると、たちまち私は気が滅入ってしまい、哀しみと脱力に支配されてしまうのです。
つまり、私は誰からも必要とされていない――と。
 それは甘えなのかもしれません。けれども、私を除いた誰もが繋がっているような気がして私は……。
 繋がっていたい、誰かと。繋がっていたい、世界と。
 かつてはそのための手段がありました。今は……その想いだけが残っています。
 いつまでも続いていくと思っていた日々。求めに応じるはずだったメッセージ。
孤独な世界で私は、一方的にメッセージを送信しているのかもしれません。
 そう考えると、つまり私には伝えたいメッセージがあるという結論に至ります。
しかし何のために――誰のために? 自分のため、そうかもしれません。
でもそれだけじゃない。きっと誰かから返信があると信じているから。
 おそらくは報われないであろうこんな話は、この程度にしておきましょうか。
 私は泣きたいと思っています。浄化の炎が私を清めてくれる。思い出しましょう、数々の物語を。記憶の奥底まで探すのです。
 ああ――思い出しました。それは悲劇か、はたまた喜劇か。不条理――戦争における。
 闘ってはいけないふたりが因果の渦に巻き込まれ、死にたくないと絶叫していた者が、それも年端もいかぬ少女が死に至る。
愚かしい。何もかもが愚かしい。しかしそれは、ドラマに他ならない。
 さて、涙で枕を濡らしましょう。夢の中に物語を持ち込み、一切に救いをもたらすのです。
 迷っている時間はありません。さあ、早く夢の中へ。

120 :百十八日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 21:38:40 0

 曇天。それでも空気が春を告げている。強風。間もなく――そう、夜にかけて雨が降り注ぐことでしょう。
 季節は巡る。巡ってきた季節――春。ついつい物思いに耽ってしまいます。消せない記憶、消えない想い。
 愛のお話。
 これでもう何度目でしょう。しかし、私の中では繰り返さざるを得ないテーマ。
 恋――――想いの強さだけをみれば確かにそうでしょう。しかし、色彩に欠けます。もっと純粋なもの。つまり、崇拝。
 完全無欠なる美に対し私は、ただただ平伏すばかり。横顔を、後ろ姿を、羨望の眼差しで見つめる。
同じ空間にいられるだけで幸せでしたから。
 最近では、あの人の夢を見ることが多くなってきました。
 途切れてしまった時間。長い、長い空白。それを埋めるかのように。
 好きという言葉を封印し、それでも好意を伝えようと、私は懸命になりました。何気ない会話の積み重ね。
それだけでも私の心臓に作用したのですが、近づく距離を感じたとき私は、これ以上ない幸福に包まれました。
 こんな私にもあの人は微笑んでくれる。言葉が交わせるのであれば、いかなる擬態でも辞しません。
たとえ私の心が醜悪なものへと堕落しようとも。
 実際には、どれだけ離れていようとも構わないのです。
今のように世界が分岐してしまおうと、あの人がどこかで生きていてくれさえするのであれば。
 愛しています。いつか伝えたい言葉。
 不意に涙が零れ落ちました。あの人を思い出してしまったから。あの人を感じてしまったから。
どこまでも美しく、そしてとても優しい人。
 遠く隔てたこの世界。それでも私は祈ります。どうかあの人が幸福であることを。
 さあ、終焉が近づいて参りました。私は最期に何を想うのでしょう。
 今宵の酩酊は多少度が過ぎているようです。こうして目を開いているだけでも精一杯。
久しく訪れてはくれなかった睡魔。それが今、私の目前に。
 いいでしょう、その手を取りましょう。夜から夜へ。孤独を忘れ眠りへと。ここで記憶は途切れました。

121 :百十九日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 21:41:31 0

 愉悦ではなく入眠目的のアルコールはひどく不味い。体のうち特に味覚が反発しているようです。
作業――そうですよね。何事もその感覚に囚われたらおしまい。
 虚脱のお話。
 それは思想なのか、はたまた単なる理想だったのか。生命に貴賎はない。幾度となく繰り返してきた言葉。
 けれども、貴族と奴隷は歴然として存在してきたのは否めません。今ではその呼称が都合よく変えられたようですが。
 雇用者、被支配者、労働。労働は自らを貶め、自らの生産物から疎外され、より人間を貧しくさせるだけ。
 しかしそれが何だというのでしょう。今日を生きるだけの糧を手に入れなければ、もはや飢えて死ぬより他にない。
非情さこそが世の摂理。
 人々の愚かさを、自らの無力さを呪いましょうか。いえ、私はすっかり虚脱してしまいました。
この孤独に甘え、また、それを自分に許そうとさえ思っています。私には何もなく、何もできません。
 その昔感じていた可能性はどこに行ったのでしょう。
もはや私には、遥か遠くに在るであろう世界のために祈ることしか許されていないのです、きっと。
 その想いですら、今ではもう枯れ葉のようなもの。立ち上がることさえできず、ベッドに身を横たえるのみ。
 今宵のアルコールは堕落そのもの。およそつまらない事柄ばかりが浮かんでは消えていきます。
 惨めさに浸るのはこの程度でいいでしょう。また朝がやってきて、そうしたら少しは心境に変化があるでしょうから。
 つまらない夜にさよならを。

122 :百二十日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 21:44:34 0

 またしても琥珀色。これはもう病気です。精神が崩壊寸前なのです。
 起きていることを拒み続け、日々、眠りから眠りへと。立ち止まるどころか未来さえ放棄して。
この喜劇の始まりに、どんな私がいたのか忘れてしまいました。
 孤独のお話。
 これまでよく耐えられたと思います。目覚める度に寒さに凍え、頼るものもなく、食事に、会話に飢え、これまで生きてきました。
 振り返れば私は……私の過ごした日々には価値がありません。それでも正しかったとは思います。
その理由を挙げるとするならば、やはり貧しかったからでしょうか。
 そう、貧しさの中で生きてきた、それだけは誇れます。およそ娯楽や快楽とは無縁。
仕事といえば……そうですね、考えること。無生産性ここに極まれり、ですね。
 膨大な時間が経過したことでしょう。無論、自覚はありませんが。それも悪くはありませんでしたよ。
惰眠を貪り、無数の夢を見る。これはこれで、確かに幸せなのです。
 孤独は私に何をもたらし、そして私はこの孤独の中で何を学んだのでしょう。
 病理は深まりました。睡眠薬とアルコールの過剰摂取。咎める者がいなければこそ。
 祈ることを学びました。最初は自分のためだけに。やがて誰かのために。誰か――愛する人。
 おかしなものです。自己愛こそが至上のものと考えていた私が。
もちろん今でも、自分とはまず最初に愛すべきものだと考えております。

123 :百二十一日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 21:47:24 0

 ですが気付いたのです。自分よりも愛すべき、この身を投げ打ってでも護りたい人がいたことに。
最も純粋な想い。叶わぬ夢でしょう。それでも。
 これから何をするべきか――それはもう、だいぶ以前から解っていました。私の願いと寸分違いません。せめて、人間らしく。
 霧散していく視界。明確化する決意。この孤独を美しく飾ろうではありませんか。
 孤独は誰のものでもありません。ですが、私を苛み、凍えさせ、あたたかさで包み、忘却の彼方に追い遣って、
そして常に私と共に在った。
 私はこの日々をけして忘れません。これまで生きてきたのです。ならば生き抜こうではありませんか。
 ここにきてようやっと私は、孤独と調和できたのかもしれません。時空間を超越し、虚無の中に自己を見つける。長い、長い旅路。
 あとどれくらいの時間が残されていますか。全てを語りきり、
そして私は当初から思い描いていた最期を遂行したいのです。この生を、この孤独を余すことなく享受するために。
 正しき道ではなく、私は私の道を選びました。
 幸福のかたちは人それぞれ。孤独の在り様もまた同様。
 今日もまた孤独の中で夢想に耽りました。届かぬ声が空白を染め、それだけで私は満足しています。
 明日の予感。目覚めは訪れるでしょう、必ず。
 さあ、福音はまだですか。

124 :百二十二日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 21:50:14 0

 この時期の陽光はいいものです。そこに、ある種の救いが見出せるから。
 無事に朝を迎えました。どのようにして夜を越したのかは自分でもよく分かりません。
おそらくは何も考えていなかったのでしょう。それは私の中でも、特筆に値すべき能力です。
 それにしても……眠る前にはひとつのテーマについて考えるのが習慣になっているわけですが、
先に思いついた、おそらくはそれなりに酔えるであろうテーマをも忘却してしまいました。
 これはいけませんね。仕方ありません。しばらく外を散歩してまいりましょう。
 行き交う人々。幻想、あるいは幻影。けして灯らぬ信号機。残骸。少し肌寒い。
もっと光を――空を見上げる。微風。体が強張る。気分転換のため無人の街を歩き回っていると、
ようやっとテーマを見つけることができました。
 早速部屋に戻り、とりとめもない思考へと。

125 :百二十三日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 21:53:44 0

 お金のお話。
 それが人を幸せにするかどうかは定かではありません。私は大金を手にしたことはないので。
 しかし、どんどんお金が減っていくあの恐怖、そして、全くお金がないという絶望を私は知っています。
 労働を心から拒絶した成れの果て。なるほど、働いてさえいれば僅かばかりの収入が得られたでしょうし、
精神的にももう少し安定していたかもしれません。
 継続を妨げたのは屈辱、そして夢。幾度となく私の人格が否定されたのです、あの愚劣な連中によって。
小心なる彼らにとって、か弱き私は恰好の贄だったのでしょう。
 蓄積していく汚辱、恥辱、憤激。彼らを殺すか、それとも私が死ぬか、そこまで追い詰められてしまったのです。
 限界――私は労働を放棄することにしました。そして夢を追うことにしたのです。
しかしそれは、けして代償行為ではありません。元より私は、夢のためにこの身を捧げる覚悟でしたから。
 貧しさはすぐに私にまとわりつくようになり、懊悩の日々が続きました。悔いてもいない。恥じてもいない。
それでも夢が挫折する度に、心がごっそりと殺ぎ落とされていくのを感じました。
 美味しいご飯が食べたい。
 何よりも私を苦しめたのは食欲ですね。三日に一食、あるいは一週間に一食。これも必然。お金がないのですから。
 当時置かれていた状況が、今の私に繋がっているのは間違いないでしょう。
何しろ今となっては、私は全く食事をしないのですからね。
 お金があった方がおそらくは苦痛も少なく、快適に過ごせることでしょう。
それが仮初であっても、裕福の中に幸福や自由はあったはず。ならば何故、私は貧しさを選んだのでしょう。
 それは偽らざる目を得るため。仮初ではない自由と幸福とを探し求めるため。私の――夢のため。
 逆行。正しさを追い求めて。逆光。夢を照らし出して。
 いよいよ陽光は誇らしげに。間もなく昼。
 柔らかくあたたかい睡魔。目を閉じればきっと、すぐに眠りに落ちることでしょう。ならば逆らわずに。おやすみなさい。

126 :百二十四日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 21:56:12 0

 誘う、空白の世界。
 白。原初のそれはひどく穢れていて。
 どのようにして辿り着いたのか。いえ、これは……記憶の奥底。思い出したのです、始まりを。
 ドーム型のやや広い空間。足元、中央はやや盛り上がっています。
天上は高く、壁には人が通れるほどの孔が無数に穿たれて――これはメタファー? それとも子宮そのもの?
 一切の装飾を排除した真っ白なワンピース。目を惹かれる。そこにはやはり……あの少女が立っていました。
 変わらぬ微笑。笑みというのは時として人を不安にさせますが、これはそういった類のものではありません。
生来的な表情なのでしょう。それがいっそう少女の無垢を物語ります。
 言葉を交わしたい。しかし、この世界には音がありません。
 足が動かない。私と少女との距離は一定のまま。
 そっと――左の頬を撫でられました。触れるか触れないかという程度に。まるで微風のよう。
 理解。此処では言葉でも距離でもなく、想いだけが全て。ならば、想いを通じて会話を試みましょう。

127 :百二十五日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 22:00:47 0

「アナタは神様なのですか?」
 無言。微笑みをたたえたまま。
「アナタはずっと此処に?」
「ええ」
 短い返答。そして少女は続けました。
「始まりから終わりまで。私は人が孤独であるという理由。人生、その旅路で私と巡り合えた者は永遠を手にするでしょう」
 この孤独の最果てのような場所で永遠を歌い続ける……?
どのような精神性がそんな、と思いましたが、その答えは理解の範疇にないことを悟ったのです。
「私はアナタを知っています。それも……遥か太古より」
「私もアナタを知っていますよ。ずっと――そう、ずっと見守ってきたのですから。
もうひとりの私よ、私たちは遍在するのです。彼方のものでもあり、此方のものでもある」
 彼女の言葉にしかし、私は戸惑いました。
「解りませんか? 人は存在を、個を越えられるのですよ」
 刺激する。およそ難解な哲学的フレーズ。不思議とそれは、真理として私の中に融けこんでいきました。
 不意に霞む少女の姿。接続が……弱まっている? あまりにも短い邂逅。私もずっと此処にいたいのに。
「すぐにまた逢えますよ。私たちはひとつ。そしてさらなる融合を果たすことになるのですから。
愛を歌いなさい、最期まで。それでは、ごきげんよう」
 集束。
 夢もまた現実。私は確かにあの少女と再会しました。それはもう残された時間がないということ。
 示された運命。ならば歌いましょう、最期まで、愛を。
 愛されたい、その気持ちに嘘はありません。ですが私にできるのは、愛することだけ。
 この孤独な世界もまた、あの人のいるところへ繋がっているはずだから。
 どうか、届いて。
 祈りを捧げ、再度私は夢の中へ落ちていきました。

128 :百二十六日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 22:05:04 0

 永続する愛。夢想家である私は、それを可能にします。
 滑稽。終わりを前にすると、狂気さえも笑い飛ばせる。
 罪のお話。
 いつから――問われるまでもありません。そう、最初から、ひと目見たそのときから、私はアナタを愛していたのです。
 春。淡い色彩。水彩画のよう。そんな中アナタだけは特別な光を放っていました。
 挫折。これはもう最初から確信していたのです。けして距離は縮まらず、言葉を交わすことさえままならないと。
 淡々と過ぎていくだけの日々。在ったのは想いだけ。募るばかりのそれが私を苦しめました。
 優しい眼差しが私を融かす。囁くような声が私を陶酔へと誘い、アルカイックな、
いえ、美にして崇高なる面持ちは、私という存在を揺るがすほどでした。
 諦められたらと、幾度となく思いました。そう、私は苦しかったのです。
 独占欲も、アナタを捉えて離さない私の目も、灼熱と化して身を焦がす想いも、全て、全て穢らわしく思え、
私はいつ終わるとも知れぬ自己嫌悪に陥る他ありませんでした。
 消えた夏。忘却、そして忘却。蒙昧への逃避はしばしアナタを忘れさせてくれたのです。
 秋。思いがけぬ出来事。アナタが、私の隣にいました。諦観などは所詮自己欺瞞でしかなく、
アナタという存在を感じた瞬間には、塵さえも残さず消え去ってしまったのです。
 その時の私は、まるで自分が自分ではないかのように冷静でした。
言葉に詰まることもなく淡々と会話をし、短い、僥倖なる時間を遣り過ごしたのを覚えています。
 冬。アナタは覚えてはいないでしょうが、私を想って優しい言葉をかけて下さいましたね。それは宝物。今でも心の中に。
 そしてしばしの――永遠を想わせるほどの――別れ。どこかですれ違うこともなく、ましてや言葉を交わすなどと。

129 :百二十七日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 22:07:33 0

 しかしそのような状況下でさえ、アナタを忘れることなどできなかったのです。深く、深く刻まれた傷のよう。
 巡り巡って四度目の春。別れという名の哀しき分岐点。もしかしたらこれが永遠の別離になるという予感が私にはありました。
 アナタとの最後の記憶、それは桜色に身を染めた幽邃なるアナタと、ほんの一瞬すれ違った、それだけ。
 それからというもの私は、半ば狂人として生きてきました。
虚空へ手を伸ばし、形而上学的な、およそ概念に欠けた対象――虚無を求め彷徨い、
夜の街に融けるようにして無為に時間を放棄していたのです。
 どれだけの年月が過ぎたことでしょう。衰えた情熱――心は老人のそれ。
 求めることに疲れ果て、跪き、地に倒れ伏してようやっと解ったことがあります。諦観とはこういうものなのだと。
 そして訪れた変貌。この孤独なる世界。此処では生きることしかできません。
しかし私は、これを甘んじて受け入れてきました。多くを求めすぎた罪深き私。これはその代償。
 懺悔はここまでにしておきましょうか。私にはまだ考えるべきことがあるのです。それは何としても果たさねばなりません。
 少々疲れました。それでは、しばしの眠りを。

130 :百二十八日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 22:09:48 0

 私はこの日が訪れるのを解っていました。心待ちにしていたという側面もあります。
 安らかなる心。諦念が私を包む。
 罰のお話。
 ひとつずつ諦めて、ひとつひとつ赦していく。これは儀式。最期の時を迎えるための。
 まず自尊心から解体していきましょう。私は正しく在る必要はなかった。
廉潔心などに如何ほどの価値がありましょう。そんなものを護るために、私は闘い、そして敗れた。
 あのような屈辱を記憶に刻むくらいならば、他者との遣り取りにおいて、
全てが円滑にいくように虚偽で塗り立ててしまえばよかったのです。
 誰かを愛してしまったこと。いいでしょう、認めます。
これに関して私は、自分の自動的な部分を呪わなければなりません。
私という歪な精神が他者に受け入れられるなどと、どうして夢想できたのでしょう。あまりにも度し難い。
 怠惰と美徳。破綻から破滅へ。それを救いと信じ込んでいるのですから、わたしはもうすっかり狂人です。

131 :百二十九日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 22:11:09 0

 ピンクの凶悪極まる錠剤を口にし、それをゆっくりと水で飲み下す。
そしてアルコールを胃に注ぐ。これが自らに課した罰。
 酩酊どころか意識が混濁してきました。
 最期まで愛を歌うように――少女の言葉が鮮明に甦ります。
そうですね、ここまで来てしまった以上、私は私を赦し、そして愛そうと思います。

132 :百三十日目 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 22:13:31 0

 どんな過去があろうとも、たとえ未来がなくても、それでも今だけは存在するから。
この限られた時間を胸いっぱいに抱きしめて。
 最期に与えられた孤独なる舞台。これは私にとっての慰藉だったのでしょう。
少なくとも、雑踏の中で無価値なものとしての死を迎えずに済んだのですから。
 意識は途切れ途切れ。それでもさらに睡眠薬を、アルコールを口に運びます。
 時間は遺す言葉を許さないほどに加速していき、間もなく私は永遠となり、あの少女のもとへ消え去ることでしょう。
 一切は忘却の彼方へ。残されたものは自らへの愛、それだけ。
 死が目前に迫ってきました。不思議と安らかで、恐怖はありません。

133 :最終日 ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 22:14:40 0

 いつか辿り着くと思っていた境地が今此処に。それでは参りましょうか、約束の地、悦びの園へ。
 ああ、そうそう、たったひとつだけ言い残した言葉があります。それを以って終劇と致しましょう。
 おやすみなさい。

134 : ◆chloeYoIms :2007/10/31(水) 22:48:00 0

注意:この物語はフィクションです。登場する団体名・地名・人物などはいっさい現実と関係ありません。

というか……団体名・地名・人物? 登場していないような……。

作品内で自殺を肯定する表現がありますが、
それはあくまでも「死を想う――陶酔する」という行為に価値を認めているだけで、
私としてはこのまま――どんなに惨めでも――寿命を、
そう、40年でも50年でも待って寿命を迎えたいと願っています。
同時に、全てのメンヘラさんの方々にも「生きて欲しい」と痛切に願ってやまないのです。

してみるとこの作品は、今年の初頭に書き上げたものであり、
現在の私とは相容れぬ思想が描かれている、といっても過言ではありません。

半年以上――それも地獄のような――が経過しました。
今やテーマは、死ぬことから生きることへ。

それにしても、よくもここまで娯楽色の一切に欠けた作品を書けたなぁと。
毎日毎日変化のない日々。語り手が自嘲気味に吐露しているように、
確かに価値がなく無意味です。

私小説というか、これでは死小説ではありませんか。

今後は時代の流れに沿って、
主人公は女子高生。ケータイ、メール、ホスト、ドラッグ、暴力、セックスをキーワードにするべきかと。
VIVA軽佻浮薄! 何ならショタだの百合・薔薇をも取り入れるのさ〜♪

……というかですね、しばらくは書きたくないし、書けません。
頭が真っ白なのですよ、ええ。
Wordもアンインストールしましたし。
しかし、寿命までの時間は長いですからね。またきっと、懲りずに何か書くでしょう。
ではでは、最後まで読んで下さった希有な方、一見さん各位に感謝を。ありがとうございました。

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